2019年6月20日木曜日

Questyle CMA Twelve ヘッドホンアンプの試聴レビュー

Questyleから据え置き型ヘッドホンアンプ「CMA Twelve」を聴いてみたので、感想とかを書いておきます。

Questyle CMA Twelve

日本ではまだ未発売ですが、米国などでは2019年2月頃に登場しました。好評なCMA400iの上位モデルという事で、価格はUS$1500です。写真の試聴機は黒ですが、ゴールドも選べるそうです。

コンセント電源でDAC搭載のヘッドホンアンプというと、ありそうで意外と選択肢が多くないので、自宅でのメインシステムとしての決定版になるかもしれません。


Questyle

Twelveというのは、Questyle社独自のCMA(Current Mode Amplification)というアンプ回路設計の12周年モデルという事だそうです。

CMA400iとCMA Twelve

今回は主にCMA400iとの比較試聴を行いました。外観やスペックだけ見ると、CMA TwelveはCMA400iをベースにした真面目な発展系といった感じで、公式サイトにある回路基板写真を見てもよく似ています。

どちらもD/Aチップは旭化成AK4490を搭載、USB PCM 384kHz・DSD256まで対応しており、ヘッドホンアンプはフルバランスで、Questyle独自のCurrent Mode Amplificationという手法で、一旦クラスA電流信号に変換してから増幅するという回路を売りにしています。

公式サイトの基板写真を見る限りでは、CMA400iとの差は主に電源回路の強化でヘッドホンアンプ出力の向上、信号回路の見直しや、わかりやすいところではボリュームノブなど各部品の高品位化によるクロストーク低減・低ノイズ化(ダイナミックレンジの向上)といった細かい改良点が多いようです。つまり実際に聴いてみるまでは違いがわかりにくいです。

CMA400iはUS$800で、日本での価格が11万円くらいですので、CMA TwelveがUS$1,500ということは約20万円くらいになりそうです。

私はCMA400iをかなり気に入っていて、これまで多くの人に勧めてきました。とくにこの価格帯としては音質、スペック、信頼性、操作性、シャーシ品質などすべてが高水準で、いわゆるハイエンドオーディオ製品として求められているポイントを押さえているところが優秀です。もちろんもっと高価なブランドは他にもたくさんありますが、音質の好みは別として、性能面で妥協の無いモデルとなると、CMA400iはかなりお買い得だと思います。

Questyleの面白いところは、CMA400iよりも前に、上位のCMA600i・CMA800iや、40万円でセパレートフラッグシップのCMA800Rなどがありました。ところが、私の個人的な感想としては、これら初期モデルは使い勝手(USB DAC互換性とか)や音質の癖などまだ未熟で使いづらい面があり、CMA400iになってようやく死角のない完成度を達成できたように思えました。

つまり、あくまで私の意見ですが、これまで10万円の予算ならCMA400iがオススメ、でもそれ以上の予算ならQuestyleではなく他のメーカーを検討すべき、と言っていたところに、そのギャップを埋めるよう今回新たに登場したのがCMA Twelveです。

CMA400iとCMA Twelve

CMA Twelveは、並べてみるとわかるように、CMA400iをそのまま大きくしたようなフォルムになっています。

CMA400iのデザインが好評だったので、それをできるだけ崩さずに、回路基板を拡大するために必要な筐体サイズを確保したような設計です。

強力なクラスAアンプ回路を搭載することで発熱が大きいため、筐体がとても厚いアルミ削り出し板で構成されていて、一般的な薄い押出成形板と比べてがっしりした高級感があります。

CMA400iは据え置きモデルとしてはかなりコンパクトなため、パソコンデスクなどの卓上でも邪魔にならず、さらにオプションの縦置きスタンドでヘッドホンハンガーとしても使えるというアイデア商品だったのですが、CMA Twelveはどちらかというと、もっとちゃんとしたオーディオラックに置きたいような商品です。

CMA Twelve

ヘッドホン出力は6.35mmと、バランス接続のXLR 4ピン・4.4mmが用意されています。CMA400iでは2.5mmだったところが今回は4.4mmに変更されたのは時代の流れでしょうか。

ボリュームノブはリモコン対応アナログボリュームポットです。CMA400iよりも高級品を採用しているようですが、回す感触はこっちのほうが軽いです。

フロントパネル

フロントパネル左側には電源スイッチ、入力切り替えボタン、出力切り替えスイッチと「BIAS CONTROL」というスイッチがあります。

入力系統や再生フォーマット・サンプルレートがLEDランプで表示されるのはシンプルでわかりやすくて良いです。写真ではUSB入力でDSD256を再生している状態です。

余計なアップサンプリングとかDSPのような機能が無いので、イメージとしては90年代のハイエンドDACを思い出します。

出力切り替えスイッチは「HP AMP」を選べばヘッドホンアンプ、「DAC」を選べば背面のライン出力が有効になり、もう一方がミュートになります。さらに背面のスイッチでライン出力がボリューム固定と可変が選べますし、リモコン対応ボリュームなので、オーディオシステムのDACプリとしても使いやすいです。

「BIAS CONTROL」は公式サイトによると出力段のバイアスの深さを切り替えるそうですが、実際に「HIGH」「STANDARD」と切り替えてみても、あまり音の違いがわかりませんでした。

出力を測った時も変化がありませんでしたし、スイッチを切り替えた時に音が途切れるとか波形が乱れるといった事も確認できませんでした。

一般的にはクラスAバイアスを深めることでクロスオーバー歪みの発生を抑えることができる反面、消費電力が高くなり、さらに最大ゲインも制限されるのですが(そのためピュアクラスAアンプは発熱が多く、ゲインが低いのですが)、CMA Twelveの場合、そういったデメリットは確認できませんでした。

Questyle QP2R DAPにもBIAS CONTROLは搭載されており、確かにHIGHモードではバッテリー消費が激しくなるので、長時間再生のためにはSTANDARDを選ぶメリットがあるのですが、CMA Twelveはコンセント電源ですから、わざわざHIGHとSTANDARDを切り替えるメリットはあるのでしょうか。そのあたりはよくわかりません。

ちなみにQP2Rで感じた事なのですが、このCMA Twelveでも、BIAS CONTROLをHIGHにして長時間聴いていると、なんとなく音が厚く暑苦しく感じられて、STANDARDに戻したくなるのですが、かといって、いざ交互に聴き比べても違いがあるとは感じられません。プラセボ効果でしょうか。

上がCMA Twelve

天板はCMA400iの方にはDSDやCMAロゴが印刷されていましたが、CMA Twelveには何もありません。高級機に余計なロゴは不要ということでしょう。マット塗装なのですが、写真で見えるとおり指紋や布拭き跡が目立ちます。

底面のゲインスイッチ

底面にはヘッドホンアンプのゲイン切り替えスイッチがあります。頻繁に切り替えるものではありませんが、たとえば感度が高いIEMイヤホンとかではLOWゲインにしたほうがボリュームノブ範囲が使いやすくなります。基板のディップスイッチなので、ペーパークリップなど細い棒が必要になり面倒です。

他のメーカーでもありがちですが、試聴時にLOW設定で気が付かずに「パワーが弱いな」なんて落胆する人もいると思うので、こういうのはフロントパネルで目視できた方が良いと思います。

背面

背面パネルの入出力は豊富ですが、とても重要なのは、アナログ入力は搭載していない事です。つまり入力はデジタルのみしかありません。意外とこれを知らずに買って後で気がつくという人が多いようです。

オーディオマニアとしては他のCDプレイヤーやフォノアンプなども接続したいと思うところですが、あくまでデジタルから一貫した音作りをしたいというQuestyleのポリシーなので、しかたがありません。

デジタル入力はUSB・同軸S/PDIF・光S/PDIFと、さらにCMA400iには無いAES/EBUが追加されました。最近使っている人はあまり見たことがありませんが、あれば何かと便利です。その代わりにCMA400iでは二個あった同軸S/PDIFが一個に減ってしまいました。(上下で入出力になっています)。

アナログライン出力はCMA400iでもボリューム固定・可変スイッチが有りましたが、CMA Twelveではさらにゲイン切り替えも搭載しています。

ライン出力のゲイン切り替えは、STANDARD 14dBuとPRO 20dBuとだけ書いてありますが、実際に測ってみるとXLRではSTANDARDが4.7Vrms (15.6 dBu)、PROは7.9Vrms (20.1 dBu)だったので、大体合ってます。RCA端子では約半分になります。

ちなみにボリューム可変の場合は、ボリュームノブを最大に上げた状態で固定と同じ出力になります。あと、本体背面のゲインスイッチはヘッドホンアンプ用なので、ライン出力には影響しません。

STANDARDで一般的なライン出力相当なので、PROは家庭オーディオ用としてはゲインが高すぎますから、本当にスタジオ機器で必要な時以外は選ばないほうが良いです。

Master

今回試聴したCMA Twelveですが、実は数ヶ月前から友人のショップに試聴機があり、個人的にかなり使いこんでいます。最近の新作ヘッドホン試聴でも、これを使う機会が多かったです。

それなのになぜ試聴レビューをずっと書かなかったのかというと「CMA Twelve Master」というモデルの存在があったからです。

CMA Twelve Master

CMA Twelveの発表時に、それと同時にさらに上位価格のMasterというモデルも出るという話だったので、せっかくだから両方揃ってから交互に聴き比べてみようと思っていたのですが、いくら待てどもMasterの方が店頭に届きません。これ以上待っても興味が失せると思ったので、CMA Twelveのみで感想を書くことにしました。

Masterはセラミック

このMasterというモデルは、公式サイトの紹介によると、CMA Twelveと全く同じ回路構成で、基板がセラミック製になっているそうです。

一般的なガラスファイバー基板と比べてセラミックの方が音が良いというのはどうにも信じがたいので、これはぜひ並べて聴き比べてみたいと思ったのですが、残念ながら実現しませんでした。AK DAPがシャーシ素材を変えると音が変わるというのと同じように、オーディオはやっぱり聴いてみるまで結論は出ません。

ちなみにセラミック基板というのは、高強度で耐熱性が高いので、産業機器などで使われる高価な製造技術です。一般的な基板よりも熱伝導が優れているので、トランジスターなど発熱するデバイスの特性が安定する、熱膨張・収縮での劣化が防げるなどのメリットがあるそうですが、オーディオ用途として実際のところどうでしょう。回路パターンの厚さが違うなどの要因もありそうです。

QPm

SHB2

SHB2

ちなみに、CMA Twelveと同時に登場したのはCMA Twelve Masterのみでなく、新作DAP 「QPm」と、据え置きライン出力DAC「Super Hub SHB2」というのも発表されました。どちらもまだこれを書いている時点では発売されていないようです。

DAPの方は、私は現行モデルQP2Rを所有しているので、新作QPmはかなり気になっています。QP2Rは「音質は最高だけれど操作性は最悪」という、玄人好みというか人を選ぶDAPでした。

それよりも面白いのはSuper Hub SHB2です。まだ現物は見たことがないのですが、公式写真を見るとわかるように、Questyle DAPをドッキングする据え置きユニットのようなもので、これもCMA Twelveのように、通常版SHB2とセラミック基板のSHB2 Masterが選べるそうです。

スペックを見る限りでは、ドッキングしたQuestyle DAPをデジタルトランスポートとして使えるようで、さらに背面を見るとデジタルとアナログのどちらも入出力があります。多目的A/D・D/Aオーディオインターフェースのような装置でしょうか、プロ用であればよくある製品ですが(RMEやMytekとか)、それにしても独創的です。ちなみにヘッドホンアンプは搭載していないようです。

5GHzモジュール

そして注目すべきは背面5GHzと書いてあるモジュールで、今回試聴したCMA Twelveにも搭載されています。

説明を読む限りでは、これはBluetoothではなく、SHB2とCMA Twelveをペアリングするための専用無線通信機だそうです。ペアリングすることで、SHB2からデジタル信号をロスレスでCMA Twelveに送信することができるという事です。

そうなると、SHB2は単なるデジタルトランスポートとして、内蔵DACは使われない事になるので、かなり無駄の多い組み合わせのように思えますが、いろいろと考えてみると、確かにニーズはあると思います。

SHB2はフロントパネルのDAPドッキングが印象的すぎて、ついそっちばかり考えてしまいますが、実質的にはヘッドホンとは無関係のれっきとしたDACプリ装置なので、オーディオルームのラックに組み込んで、スピーカー用パワーアンプに接続するのが本来の使い方だと思います。

最近多くのマニアがやっているように、オーディオNASや小型パソコンからUSB DACにつなげて、手元のiPadやスマホなどでサーバーを操作するという使い方ならSHB2は良さそうです。

しかしオーディオラックにヘッドホンアンプがあっても距離が遠すぎるので、できれば座席間近にヘッドホンアンプを置きたいとなれば、手元のCMA Twelveと5GHzペアリングしておけば、オーディオルームのメインシステムと全く同じ音楽を即座にヘッドホンアンプで聴けます。

CMA Twelveの価格を考えれば、貧乏学生とかではなくそこそこのオーディオシステムを組んでいる人を想定していると思うので、5GHzペアリングというのは、そういった広がりを持った使い道が色々と思い浮かぶ面白いアイデアだと思いました。日本だと技適とか大丈夫なのでしょうか。

出力

いつもどおり0dBFSの1kHz サイン波PCMファイルを再生しながらインピーダンス負荷を与えて、出力波形が歪むまでボリュームを上げた状態での最大電圧(Vpp)を測ってみました。

幸いにもCMA Twelveにはアナログ入力が無いので、デジタル信号のみで作業が楽です。


まず最大電圧のグラフですが、バランス(XLR・4.4mm共通)はしっかりアンバランスの約二倍の出力が発揮できています。

CMA400iと比べてみても、かなりパワーアップしていることが確認できます。CMA400iの場合は出力が弱いというよりは、電源かなにかの関係で意図的に最大振幅が制限されているようなグラフに見えますが、CMA Twelveはしっかりデバイスが飽和するまで上がりきっているような感じです。

両者の低インピーダンス側の落ち方がほとんど同じということからも、基本的なアンプ設計はよく似ており、CMA Twelveは上位モデルということでもっと余裕を持たせた設計だと想像できます。音質面でも、多分そういった印象になるでしょう。



無負荷時にボリュームノブを1Vppに合わせて、負荷を与えていった時のグラフです。

多くのアンプの場合、バランス出力では出力インピーダンスが悪化するので、一部のイヤホン・ヘッドホンは実はアンバランス接続したほうが音が良いというケースが多いです。グラフで見られるようにCMA400iはその傾向があるのですが、CMA Twelveではバランス・アンバランスのカーブがぴったり重なっており、10Ω以下まで横一直線です。つまり出力インピーダンスがほぼ測定不能なほど低いため、ダイナミック型ヘッドホンやマルチBA型IEMなどでも正確に駆動できそうです。

ちなみに本体の底面にハイ・ローゲイン切り替えスイッチがあり、上記のグラフはすべてハイゲインモードで行ったのですが、ローゲインに切り替えても最大ゲインが制限されるだけで、出力インピーダンスなどはほぼ影響を確認できませんでした。

参考までに、600Ω負荷での最大Vppはバランス出力はハイ・ローゲインがそれぞれ48・24Vppで、アンバランス出力では24・12Vppでした。

音質とか

今回の試聴では、普段から聴き慣れているフォステクス TH610やベイヤーT5p 2nd、ゼンハイザーHD800などを使いましたが、ここ数ヶ月で試聴した新作ヘッドホン(HIFIMAN HE6seなど)もこのアンプを使う機会が多かったので、だいたいの印象は掴めています。

Hiby R6 PRO DAP

デジタルトランスポートとしてHiby R6 PRO DAPを使いました。挿すだけですぐに接続できたので、ずいぶん便利な時代になったと思います。

ところで、最近AudioquestからUSB C → USB Bケーブルが出たので、上の写真のような場面でかなり重宝しています。変なOTG変換アダプターとかを使わずにケーブル一本でDAPやスマホから据え置きDACに接続できるのが便利です。とくにDSD256やDXDなどでは安物のケーブルやアダプターを介すると音飛びしがちですが、このケーブルは安定しています。


DECCAからのクラシックでLise Davisenのデビューアルバムを聴いてみました。ノルウェー出身のドラマチックソプラノということで、久々にワーグナーが歌える逸材が現れたと、GramophoneやPrestoなど各紙で高レビューばかりです。

歌手のデビューアルバムというのは大概持ち上げすぎて内容が伴っていないものが多いのですが、このアルバムは実際かなり良かったです。得意とするタンホイザーの場面や、リヒャルト・シュトラウス歌曲、締めに「四つの最後の歌」と、新人にはかなり重荷な内容ですが、見事です。確かに往年のバイロイト歌手のような厚い貫禄と落ち着いた表現を持ち合わせていて、サロネンとフィルハーモニアのサポートもゆったりしていて相性が良いです。

こういった管弦付きの歌曲というのは、歌手の実在感からオーケストラのスケール感まで、オーディオに求められる技量が高いので、試聴にはもってこいです。

HIFIMANとの組み合わせ

CMA Twelveは平面駆動ドライバーの開放型との相性が良いようです。たとえば前回紹介したHIFIMAN HE6seは非常に能率が低いので、CMA400iでは厳しいですが、CMA Twelveでバランス接続ならそこそこ満足に駆動できます。

上の写真のHIFIMAN Susvaraは柔らかく音色が綺麗なタイプのヘッドホンなので、下手なアンプ(特にDAPなど)で聴くと実体感が弱くなりがちですが、CMA Twelveで鳴らすと上手くいきました。

CMA Twelveの特徴は、まず歌手の定位が安定していて、土台がしっかりしています。声の輪郭がクッキリと浮き上がり、オーケストラに埋もれません。高域はちゃんと鳴っているものの、そこまで派手ではありません。抜けの悪さや詰まったような印象はありませんが、量は少なく、落ち着いた感じです。陰りのあるダークなイメージと言えるかもしれません。

ここまではCMA400iとよく似ているのですが、双方を交互に聴き比べてみると、まず左右に振り分けられた音像はCMA Twelveの方が明らかにクリアです。セパレーションが向上しているということでしょうか。ステレオ音場が広くなったというわけではないのですが、扇状に展開した左右の楽器が濁りません。

さらにCMA400iと決定的に違うのは、低音の鳴り方です。CMA Twelveの低音はかなり優秀なので、他社のDAPやポタアンなどと比べても、まずこれが印象に残ると思います。

CMA400iの低音が悪いと思った事は無いのですが、CMA Twelveと聴き比べると、CMA400iでは低音が裏返ったように聴こえてしまいます。なかなか言葉では言い表せないのですが、ある特定の周波数から下が、CMA400iではそれより上の低音に覆い被さるような、濁った多重層として表現されるのですが、一方CMA Twelveでは、それが正しく展開されて、より低い音まで空間や奥行きが表現できています。録音されている空間情報の一番低いところまで邪魔されずリアルに再現できているような感じです。

とくにフルオーケストラの演奏を聴くと、CMA400iの時点ですでに「高音は控えめ、低音は土台がしっかり」という、イメージとしては「正三角形」のような鳴り方だったのですが、CMA Twelveでは、さらにその三角形の土台が下の方までぐっと拡張されたようです。そのため、全体の印象としてはかなり重厚で深みのあるサウンドです。


最近NativeDSDにて、オーディオマニアが好きそうな企画がありました。2LレーベルChristian Grøvlenのバッハですが、同じ演奏を同時にDPAとゼンハイザーという異なるマイクで録音したものを聴き比べるというのです。昨今ほとんどのクラシック録音はDPAマイクを使っているので、ゼンハイザーで録るというのは新鮮です。二枚同時に買うと安くなるクーポンもあって売上は好調のようです。

同時期にFonè Recordsからもノセダ指揮「シェヘラザード」で、こっちは数年前にマルチマイクのステレオダウンミックスで発売されたものが、今回ステレオマイクのみのリミックス版で出して、こちらもセットで買うと安くなりました。やはりオーディオマニアはこういった聴き比べで友達と聴いてあれこれ言うのが楽しいですし、再生機材以上に録音手法によってこれだけ印象が変わるという自覚は大事だと思います。


今度は密閉型ヘッドホンFostex TH610を使いました。もちろんCMA Twelveなら十分な余裕を持って駆動できます。

ピアノソロのDXD録音というのは不思議なもので、常識的に考えると96kHz・24bitですら十分すぎるほど録音帯域をカバーできているはずなのに、DXDの方が何故かピアノの周りの空間がより自然で広く感じられます。そんな雰囲気を存分に楽しむために、こういう時は密閉型ヘッドホンを使いたくなります。

ピアノのようにシンプルな楽器を聴くと、CMA Twelveの鳴り方は他社のアンプと比べてずいぶん個性的だということを実感できます。

たとえばiFi Audio Pro iDSD、ゼンハイザーHDV820、Chord Hugo TT2など、似たような機能を持った据え置き型DACアンプと比較すると、CMA Twelveは明らかに左右の空間展開が狭く、高音の空気感(プレゼンス)も少なく、音色の表現、とくに奥行き方向に特化した鳴り方です。

つまりCMA Twelveのサウンドはコンパクトなので、HDV820に変えてみると一気に空間が広がり、コンサートホール的なアンビエンスが強調されます。これはゼンハイザーHD800(HD800S)ヘッドホンの特徴と共通しているので、その傾向を強調したいのなら絶好のコンビネーションです。しかしこの組み合わせではホール残響や空調、タッチノイズやピアニストの息使いなどが目立ちすぎて、肝心のピアノ演奏自体は単なる構成音響の一部、つまりあまり重要視されていないように思えます。一方HD800をCMA Twelveで鳴らすことで、ピアノそのものが主役として引き立ちます。

Chord、iFiもそれぞれ違った傾向で、Chordはサラッと水のように滑らか、iFiはテンポよく音が間延びせず情報量が多く感じる、といった具合に、ここまで高価なアンプであっても、どれも同じという事は無く、むしろ明確な不具合が無いからこそ個性が際立つとも言えます。とくにDXDファイルだと、情報量が多いためか、各DACごとの性格差が強調されるようです。

私は自宅で長年愛用しているViolectric V281を聴き慣れているので、それが自分なりのレファレンスになっているのですが、それと比べてもCMA Twelveはピアノの表現でもタッチや楽器そのものの性格を色濃く表してくれます。とくにCMA Twelveが得意な低音は、打鍵から楽器全体が響いている感触がよく掴めます。

V281は極限まで無個性で協力なアナログアンプなので、合わせるDACによって性格を変える事ができるのが気に入っていますが、試行錯誤の手間と投資が面倒です。CMA TwelveはDACを搭載しているので、その手間が省けるというメリットが大きいです。

どちらが良いかというものでもなく、気に入った方を選べば良いだけですが、少なくともCMA Twelveはいわゆる一般的なドライなスタジオレファレンスアンプというよりも、入念に作り込まれたオーディオメーカーのハイエンド機といった感じです。音作りはたとえば往年のDENONなどに近いように思います。


ノルウェーのAMP Musicというレーベルから、ジャズでCecilie Grundt Quintet 「Contemporary Old School」を聴いてみました。全く知らないバンドなのですが、ハイレゾダウンロードショップで買ってみたらかなり良かったです。

リーダーはサックスで、タイトル通り聴きやすいオーソドックスなジャズですが、一曲ごとに年代というかスタイルを変えているので、アルバムを通して聴く充実感があります。Blue Note後期ショーターのような快速なソプラノあり、ECMっぽい幻想的なテナーありと、サックスの表現の幅が広くて飽きませんし、他のバンドメンバーもソロが多めで良いです。こういうのがもっと売れてほしいです。

Grado RS2e

疲労感が少なく、芯が太いサウンドということで、ジャズを聴くにはGradoとの組み合わせが良かったです。とくにRS2eは現行Gradoラインナップの中で一番Gradoらしくバランスの取れたサウンドの傑作だと思いますが、CMA Twelveで鳴らすことで、その魅力が大いに引き出せます。

パシャパシャと跳ね周りがちなGradoですが、これまで見てきたCMA Twelveの特徴である、高音が控えめ、音像の輪郭がはっきりして、音場がコンパクト、というメリットが全て活かされて、音が左右の耳から一歩離れて、目前に演奏を明確に作り上げてくれます。深く重い低音が出せるCMA Twelveを使う事で、Gradoはよく言われるようなスカスカではなく、しっかり下の方まで鳴っているのが感じ取れます。

ジャズアルバムをGradoで聴いているとよくわかるのですが、CMA Twelveが得意としている深い立体的な低音というのは、単純に量が多いという事とは違うので、そもそも録音内の低音が生楽器ではない場合、もしくはヘッドホンの性能(超低音までリニアに駆動できる能力)が不十分な場合では、CMA Twelveは宝の持ち腐れになり、CMA400iもしくは他のアンプとほとんど変わらないという結果になってしまいます。

ちゃんとした録音を高性能ヘッドホンで聴くという場面だからこそCMA Twelveのメリットが引き出せる事が実感できました。

イヤホンでも使いやすいです

高ゲインの据え置き型ヘッドホンアンプというと、イヤホンとの相性が悪い製品が意外と多いですが、CMA Twelveはさすが低ノイズ・低歪みを主張している高級機だけあって、イヤホンでも問題なく使えました。出力インピーダンスが低いことも、マルチBA型IEMとの相性が良いです。

今回はWestone UM-PRO50を使いましたが、私の耳ではバックグラウンドノイズは聴こえず、ボリューム調整範囲も広く、ギャングエラーなども気になりませんでした。

不思議なもので、DAPで十分に駆動できるようなイヤホンであっても、こういった据え置き型アンプを通す事で、かなりのアップグレード感が体験できます。音像の定位が安定して、派手な楽曲であってもはっきりと、ドラムがやっていること、ベースがやっていることと、聴き分けて耳で追う事ができます。情報が明確ということは、不快感が少ないということで、機器疲れせずに、音楽をずっと聞いていられるという事になります。

高級イヤホンを買ったのはいいけれど、音がうるさすぎて疲労感があり使わなくなったという人は結構多いと思いますが、こういった据え置きアンプでもう一度試してみるのも良いと思います。

おわりに

Questyle CMA Twelveは性能・音質ともにCMA400iの上位機種といった印象がふさわしいモデルです。

CMA400iは、DAPやポタアンから脱却したい人の「初めての据え置きヘッドホンオーディオ」としてのニーズに応える優れたモデルでしたが、CMA Twelveはとくにセパレーションや低音のリアリズムが増していて、全体的に確かなアップグレード感が得られます。どんなアルバムを聴いても、アンプの違いがわからないという事はありませんでした。

「どんなイヤホン・ヘッドホンも苦労なく鳴らしたい」、「余計なDSPやイコライザーとかの設定は不要」、「電源を入れてボタン一つですぐ聴ける装置」といった、ハイエンドにふさわしい製品に仕上がっていると思います。

唯一CMA Twelveだけの独自機能である5GHzモジュールは、今のところSHB2とのペアリングのみのようなので、メリットはかなり限られています。


どちらも良いです

さらに上を目指すなら、セラミック基板のCMA Twelve Masterもあります。中身に価値を見いだせる人だけが買うべき製品だと思うので、興味を惹く存在ではあります。(実際にまだ聴いていないのでなんとも言えませんが)。

つまり、半分の価格で8割のパフォーマンスを得られるCMA400iの存在は揺るぎないですが、その一方で、懐の余裕次第でCMA Twelveを狙うメリットも十分にあり、さらにせっかくならCMA Twelve Masterを買っておけば後悔しないだろうという三段階のグレード分けがよくできています。

Questyleはデザインからして古典的な「古き良き」ハイエンドオーディオメーカーを彷彿させるメーカーですが、「本当に違いに納得できる人なら、大幅な価格差を許容できる」、というところも、往年のDENONやマランツなどのように、まさに古典的です。

Current Mode Amplificationという独自のアンプ回路のおかげでしょうか、CDフォーマットからハイレゾDSDまで、ジャンルや録音品質を問わず、疲労感が少なく、長時間しっかり骨太で楽しめるのがQuestyleの魅力だと思うので、自宅で音楽コレクションをじっくりと聴き込むのには最適な逸品です。