2020年3月22日日曜日

Ultimate Ears Reference Remastered (Drop 2020) イヤホンのレビュー

Ultimate EarsのIEMイヤホン「Reference Remastered」、通称「UERR」の2020年Drop版を買ったので、感想とかを書いておきます。

UERR

BA×3という一般的な構成のイヤホンで、カスタムIEMとしての方が人気ですが、今回はユニバーサルタイプを買いました。Ultimate Earsの25周年を記念してオンラインショップDropから販売されたものですので、通常版とは若干違うかもしれません。


Ultimate Ears

1995年創業のUltimate Earsは高音質イヤホンの歴史を語る上で最重要とも言える存在です。

そもそもカスタムIEMという一大ジャンルを発明・確立したメーカーだということは、今となっては知らない人の方が多いでしょう。

カスタムIEM

近頃コンサートのライブ映像を見ると、アーティストがIEM(通称イヤモニ)を使うことが当たり前になっていますが、90年代当時はまだステージの床に台形のモニタースピーカーを置いておくのが一般的でした。

典型的なステージモニタースピーカー

コンサート会場の観客に向けたPAスピーカーはかなり混沌としていて時間の遅れもあるので、アーティストはそれを頼りにしていると演奏がめちゃくちゃになってしまいますので、自分の音を間近で聴くための手段がモニタースピーカーです。フロアとかウェッジスピーカーとも呼びます。他にも、ギタリストは自分の真後ろに巨大なギターアンプのスピーカーを置いたり、ドラマーならヘッドホンを装着しているのもライブでよく見ますが、すべて自分の演奏音を直接聴くためです。

モニタースピーカーがイヤモニに代わったことで、まず耳栓代わりになるので難聴を防げますし、マイクにモニタースピーカーの音が混入しないため歌声がクリアになり、自分の音に集中できるため歌唱や演奏が上手くなります。さらに遠くのメンバーの音をミックスしたり、裏方の指示や、リズムを刻むクリック音を鳴らしたりなど、結果的にバンド全体の統一感も出て、ライブ演奏そのもののクオリティが大幅に向上するという革新をもたらしました。

Ultimate Ears創業者で初代社長のJerry Harvey氏は、医療用補聴器を製造していたWestoneと組んで、ステージ上で激しい動きをするロックミュージシャンのために、個人の耳型を元にオーダーメイドで作るカスタムIEMイヤホンを生み出しました。最初期のプロトタイプはヴァン・ヘイレンのライブコンサートのために作ったそうです。

現在では世界中で大小様々なカスタムIEMメーカーがありますが、それらのほとんどがUltimate Ears/Westoneを原点としています。

当時の広告から、UE-5とiPod

その後、Westoneが独自のカスタムIEMをリリースしてトップアーティストの取り合いになったり、訴訟で揉めて喧嘩別れになったり、オーダーメイド不要のユニバーサルIEMをShureと考案したり、色々あったようですが、iPodとスマホの到来によりコンシューマーも高級イヤホンを求めるようになったことで、業界全体に一大ブームが起こりました。

未だに根強い人気がある10Pro

日本でUltimate Earsといえば、2007年に登場したTriple.fi 10 Pro(通称10Pro)というモデルが空前の大ヒットになりました。当時はまだイヤホンの専門情報も少なく、しかも海外メーカーで、約5万円と高価だったこともあり、知る人ぞ知る究極のイヤホンとして口コミで広まりました。年寄りくさい家庭用ヘッドホンを一蹴するほどの高音質を、ポケットに入るサイズで実現できるという点が、ガジェット好きな若者に人気が出て、IT系雑誌などでもよく取り上げられました。

この10Proがきっかけになったかはわかりませんが、Jerry Harvey氏はコンシューマー路線への投資拡大が明確になってきたUltimate EarsをLogitech(日本での社名はLogicool)に売却し、2007年に自身の新たなブランドとしてJH Audioを立ち上げました。

現在のUltimate Earsのイメージ

以降、Ultimate Earsというブランドは、かなり二面性のある特殊な存在です。マウスやキーボードなどで有名なLogitech社のオーディオ製品(Bluetoothスピーカーなど)をUltimate Earsブランドで販売しており、その一方で、Jerry Harvey氏が残したプロフェッショナルミュージシャン向けカスタムIEMの基本デザインを進化し続けて、現在でも多くのアーティストに愛用されています。

とくにプロフェッショナルIEMというイメージを大事にしているようで、あえて売れ筋の高級コンシューマー向けイヤホンには手を出していないため、世間一般のイヤホンマニアにはあまり縁がないメーカーになっています。

JH Audio

Jerry Harvey氏が立ち上げたJH Audioの方は、Ultimate Earsブランド売却時の契約条件として、一定期間はプロフェッショナル市場で競合することが許されなかったため、コンシューマー向け超高級イヤホンに専念することになり、LaylaやRoxanneなど、30万円を超えるようなハイエンドIEMの先駆者として、さらにAstell&Kernとのコラボモデルをリリースするなど、圧倒的支持を得るに至りました。

UERR

今回私が購入したUltimate Ears 「Reference Remastered」というモデルは、2010年にUltimate EarsがハリウッドCapitol Studiosとコラボレーションで開発した「Reference Monitor」というイヤホンがベースになっており、2016年にマイナーチェンジ版として登場しました。

初代Reference Monitor

Capitol Studiosといえばアメリカのロック・ポップスにおける大御所スタジオで、シナトラやビーチボーイズから始まり、マイケルジャクソンやボブディランなど半世紀に渡り伝説的なアルバムを生み出してきました。収録のみでなくマスタリングからLPレコードのカッティングまで現在でも一貫して行うことができる数少ないスタジオです。

実際こういった歴史のあるスタジオとコラボレーションできるというのは、オーディオ機器メーカーとして光栄な事だと思います。Capitol Studiosの公式サイトにもUltimate Earsがパートナーとして、レコーディングエンジニア達によるインタビュー形式でこのモデルの紹介と意義が掲載されているので、ただ金を払ってロゴを借りただけでは無さそうです。

Reference Remastered

初代Reference Monitorはフェースプレートが黒色で、Reference Remasteredは白色、右側プレートにはCapitol Studiosのロゴがありました。

Reference Remastered to Go

発売当初は自分の耳型を送ってオーダーメイドで作ってもらうカスタムIEMタイプのみだったのですが、2017年にはシリコンイヤピースを装着できるユニバーサルIEMタイプ「Reference Remastered to Go」というモデルも限定生産で登場しています。

どちらもパッシブクロスオーバー搭載の3×BAタイプです。3×BAというと、そこまで高級なイメージはありませんし、実際Ultimate Earsにはもっと高価な6×BAタイプの「UE18+」や、ハイブリッド型「UE Live」といったモデルも存在します。

シングルBAドライバーで全帯域をカバーすることは困難なので、高音質を目指すためにマルチドライバー化することが一般的になっていますが、数を増やすといっても、周波数ごとに分担させてフラットな広帯域を目指すのと、同じ帯域のドライバーを増やして音量を倍増させダイナミクスを強調させるのと、二通りの方法があります。

UE PROラインナップ

UE PROの場合、最初期からの主力モデル「UE5」はわずか2×BA、キーボードなど広帯域が必要な人のための「UE7」は3×BA、ドラマーやベーシスト用に低音が強調される「UE6」はBAではなく2×ダイナミックドライバーを採用するなど、必要最低限で用途ごとに適切な構成を選んでいます。最上位のUE Liveになると「6BA+Truetone driver (スーパーツイーター)+ダイナミックドライバー」という複雑な構成で、フェスティバル・スタジアム・アリーナ用と書いてあり、値段も30万円近くします。

ドライバーの数が多いほど値段が高くなるのは必然ですが、どれだけ増やしても、基本的には低中高の三帯域、もしくは四帯域に分けて、それぞれの数を増やす手法が一般的です。たとえば大音量のステージ上でベーシストやドラマーが「普通のIEMでは自分の低音楽器が聴こえない」という理由から、低音用ドライバーを増量する、というような考えです。

つまり我々コンシューマーが静かな環境で現実的な音量で使うなら、必ずしも数が多ければ多いほど良いというわけではありません。最高級のフロアスピーカーでも3ドライバーなどが多いのと一緒です。4パートのアカペラグループと、教会の大合唱の違いのようなものですね。同じパートを複数人で重ねる必要があるかは目的と環境次第です。

肝心なポイントは、UE PROの本流はあくまで「ライブパフォーマー向けのイヤモニ」であり、音楽鑑賞やスタジオの事はあまり考慮していません。つまりしっかり遮音して自分やバンドメンバーの音がハッキリ聴き取れることが優先され、ミキサー・イコライザーで調整しやすい(つまり帯域に穴が無い、不快な刺激が無い、歪まない)ことが大事です。さらに、ステージ上で外れにくい、汗や衝撃で壊れにくい、といった点も求められるため、コンシューマー機とは設計概念が大きく異なります。

公式サイトから内部構造の写真

そんなUltimate Earsラインナップの中で、唯一スタジオレコーディング用のレファレンスモニターと称されているのが、今回紹介するReference Remasteredです。他のモデルがリスニングやスタジオミックスに適していないというわけではありませんが、こちらはそのために特化しているという点がユニークです。

同じ3×BAのUE7が「低・低・高」の2WAYなのに対して、こちらは「低・中・高」の3WAYになっており、サウンドのチューニングはCapitol Studiosのエンジニアにより調整されたそうです。

2020年Drop版

今回私が購入したのは、米国オンラインショップDrop(旧Massdrop)による受注生産のユニバーサルタイプです。

2020Drop版

Dropは過去にもUE900Sや初代Reference Monitorを扱うなど、Ultimate Earsとはなにかと縁があるようで、今回Ultimate Ears 25周年を記念して、最新ユニバーサルモデルの5機種(UE7Pro、Reference Remastered、UE11Pro、UE18+Pro、UE Live)が特価で限定販売されました。

受注生産ということで、数ヶ月前に予約注文と支払いが終わり、実際の商品が発送されたのは2020年3月になってからでした。

2017年版のユニバーサルタイプ「Reference Remastered to Go」と違い、全てのモデルが最新カスタムIEMタイプと同じ仕様にアップデートされ、先端ノズル形状のみがシリコンイヤピースが装着できる形状になっています。たとえば一番わかりやすい点ではケーブル端子形状が変わっています。

さらに、25周年記念ということで、フェースプレートの全デザインが同一価格で選べるという特典があったため、せっかくなので欲張って一番高価なMother of Pearl(真珠貝)を選びました。通常なら定価に対して、スパークル塗装やウッド調なら+15,000円、メタルやカーボンは+20,000円、そしてMother of Pearlは+28,000円といった追加料金がかかります。

2017年版のReference Remasteredユニバーサルタイプは白色のみでした。事前に問い合わせてみたところ、もしCapitol Studiosロゴが欲しければ白色を選ぶ必要があると言われたのですが、そこまでCapitol Studiosに思い入れがあるわけでもないので、Mother of Pearlで左右ともUEロゴになりました。

スケルトン

出音ノズル

イヤホン本体はほぼカスタム版と同じようです。クリアシェルなので内部のBAドライバーや配線が透けて見えます。

これまで色々なIEMを見てきましたが、やはり高価なモデルは組み立てが上手いですね。配線が綺麗にまとまっていますし、位置決めもピッタリです。安価なメーカーのようにボンドでベタベタに接着されている形跡もありません。クロスオーバー回路がシェル上部の余剰スペースに上手く封入してあるのも良いです。

3×BAなので出音ダクトは三本見えますが、一番大きなダクトの中間には金属の筒が見えます。音響のためか、製造上の補強のためかは不明です。

長期的な信頼性はこれから使ってみないとわかりませんが、さすがプロ御用達だけあって値段相応に良く出来た商品だと思います。

外箱

パッケージはDrop版ということで簡素な物を予想していたのですが、意外としっかりしています。

外箱にとってつけたようなハイレゾステッカーが目立ちます。もはや形骸化されて無意味ですね。

説明書

付属ケース

マグネットのフタを開けると説明書があり、付属ケースはよくある筒型のやつです。イヤピース類は上のプラスチックトレイにまとめられているのが良いです。ちなみに箱にはDesigned in the USAとしか書いていないので、製造国は不明ですが、中国製でしょうか。

付属イヤピース

袋とアダプター

シリコンイヤピースが6サイズと、コンプライっぽいスポンジが3サイズ入っており、ケースの中にはマイクロファイバーポーチと音量アッテネーターアダプターが入っていました。ごく一般的というか無難なアクセサリーです。もうちょっと遊び心みたいなものが欲しいところです。

ケーブル

今回このイヤホンを購入するきっかけになった理由に、ケーブルがIPX Super BaXに変更された事が個人的に結構大きいです。

IPX Super BaX

Super BaXというケーブルはデンマークEstron社のオーディオブランドLinumが作っているもので、古くからカスタムIEM用アップグレードケーブルとして好評を得ています。

これまでUEといえば、他社とは互換性が無い独自の2ピンタイプを採用していましたが、2018年頃からこのケーブルに変わったようです。

新しいコネクターは一見MMCXタイプのようですが、実は全く違うので注意してください。

MMCXではありません

本体側端子

コネクターはIPX (Linum T2)というタイプで、よく見ると、ケーブル側はメスで、イヤホン側にセンターピンがあります。つまり一般的なMMCXケーブルとは真逆ですので、無理に挿そうとすると壊れます。

このIPX端子はIP67防水だそうで、雨や汗の侵入を防ぐために採用したそうです。MMCXや2ピン端子は汗で壊れてしまうことが結構多いので、プロ用としては良い判断だと思います。

ミュージシャンでなくても、粗悪なアップグレードケーブルを買って使ってみたら、汗で接触不良になったり、ケーブルが緑色に変色した経験がある人もいると思います。

実際に着脱してみても、イヤホン側とケーブル側のゴムがぎゅっと締め付けられて、コネクターがカチッとハマるため、信頼感が高いです。

IP67防水です

私は汗についてはそこまで困っていませんし、MMCXと互換性が無いのに、なぜ個人的に新しいケーブルに変わって嬉しいのかというと、「回転してくれる」からです。

しっかりしたコネクターなのでMMCXのように容易にグルグル回転することは無いのですが、コネクターが回転できることによって、装着時にケーブルの耳掛けループが自然と一番安定した角度に落ち着くため、本体が変な方向に引っ張られなくなり、装着感がかなり良くなります。

個人的な感想として、2ピンコネクターと比べてかなり重要なメリットだと思います。

Y分岐

Campfire Litzと比べても細いです

付属ケーブルの名前はIPX Super BaXと書いてありますが、見たところ通常のLinum Super BaXケーブルと同じで、コネクターなどの防水性を高めた特注品のようです。広報写真だとLinumのと同じクリア素材ですが、実際付属していたのは黒色でした。Ultimate EarsのFAQによると、Linum純正ケーブルと互換性はあるけれど、それらを使うとIP67防水ではなくなるということです。

ちなみにLinumケーブルはMusic→BaX→Super BaXという順番にグレードが上がっていき、その中でも一番高価な(単品で3万円くらいする)Super BaXが付属しているというのは、かなりお買い得感があります。

Linum公式サイトに「The world's thinnest and lightest cable for IEMs and earphones」とあるように、一般的なイヤホンケーブルと比べると恐ろしいほど細くて軽いです。よくIEMに付属しているショボい黒いケーブルよりもさらに細く、ベタベタせず、スルッとした手触りで柔らかいです。まるで糸のように絡まりやすいのは難点かもしれません。

音質に関しては、他のケーブルと比較できないのでなんとも言えないのですが、とにかくこの細さと柔らかさを一度体験してしまうと、他のゴツいケーブルを使う気が失せてしまいます。

銀メッキ銅のリッツ線とアラミド繊維を編み込んだということで、引っ張り強度はかなり強いらしく、UE以外でも、WestoneからはUltra-Thin Cableという名前でOEM品が出ていることからも、信頼性は高いのでしょう。

装着感

Reference Remasteredのみに限らず、Ultimate Earsのユニバーサルタイプというのは、カスタムIEMをそのままシリコンイヤピースを装着できるようにしただけのようなデザインなので、装着感については多少の注意点というか、アドバイスがあります。

UERRとMavis II

まず、同じようなカスタムIEMベースのユニバーサルタイプの例として、Unique Melody Mavis IIと並べて比べてみると、Reference Remasteredは本体側面から音導管につながる導入部分がかなり長いことがわかります。

Campfire Audio、64Audio、Noble Audioなど、ほとんどのユニバーサルIEMと比べて、耳穴へ挿入する部分が非常に長いです。これはJH Audioにも共通しているポイントですね。

そのため、普段よりもワンサイズ小さいイヤピースを使った方が良いです。

個人差があるのでどれがベストとは言えませんが、私の場合はFinal・Azla・JVCスパイラルドットのどれも、普段M~MLサイズを使いますが、Reference RemasteredにはS~MSくらいのサイズが良かったです。

イヤピースを一時間ほどじっくり聴き比べてみたところ、Finalは若干こもる、JVCは中高域がビビる、Azlaは低音がモコッと出るといった感じに、それぞれサウンドは一長一短だったので、今のところ一番脱落しにくいAzlaを使っています。

ワンサイズ小さめが目安です

目安としては、グッと挿入して、本体が耳に接触せず宙に浮いた状態ではダメですし、逆に、奥まで押してもイヤピースが密着しておらず外れやすいようでもダメです。一旦イヤピース無しで装着してみて、それと同じ奥行きでピッタリと圧迫せず密着するくらいを狙いたいです。

幸い、JH Audioと違い、ノズル先端にイヤピースを固定するノッチがあるので、着脱時にイヤピースが耳奥に残って取れないというトラブルには遭遇していません。

開口には注意してください

イヤピースを試す際に重要な点なのですが、シリコンイヤピースはメーカーによって内径がかなり違います。

左の写真はAzla Sednaで、右はFinalイヤピースですが、AzlaやJVCは内径が非常に広く、FinalやSpinFitは細いです。広い方が音質が良いと思われがちですが、そうとも限りません。

イヤピースは耳の中で潰されて変形するので、イヤピースの形状やサイズよっては特定の出音穴が塞がれたり、半開きで変な音になってしまう事もあります。色々試して違いを理解することで、装着感トラブルの原因究明や対策に役立ちます。

簡単にテストする方法として、音楽を聴きながらイヤホン本体を指で軽くグリグリ動かしてみて、音が聴こえなくなってしまったら論外ですが、そうでなくとも、高音だけ聴こえなくなったり、シュワシュワと変なフィルターのような聴こえかたになるようでは、イヤピースの相性が悪いです。理想的には、左右イヤホンを手でグッと押し込んでも鳴り方が全く変わらないようなイヤピースが良いと思います。

じっとしている時は気がつかなくても、たとえば歩行中や、何かを食べて口を動かしている時など、イヤホンが上下に揺れたり、耳穴の形状が変わることで、悪いイヤピースだとそのたびに音が変わってしまいがちです。歩行中に空気ポンプのように高音がシュッシュッと鳴ったり消えたり、左右のステレオバランスが狂ったりしてイライラさせられます。

「イヤピースなんてどれも一緒」なんて思わず、自分の耳穴形状にあった、極力音が乱れない、優れたイヤピースを見つけることが大事です。


余談になりますが、そういった不具合を回避するためにも、自分の耳型を元にカスタムIEMを作るのは有意義です。

ただし、カスタムのメーカーにもピンからキリまであり、失敗例も多いので注意が必要です。

耳鼻科で耳型をとって、それを元に本体(シェル)を成形するのだから、結局誰が作っても同じだろうと思うかもしれませんが、実際は耳型をそのままコピーするだけでは上手くいきません。

軟骨とぶつかって痛くなりやすい部分や、気温や湿度で変化しやすい部分、顎や首を動かしたときに変形しやすい部分など、人間工学的に必要な修正を行うことで、快適で安定したフィットと出音が得られるのですが、そのセオリーは、長年の経験と顧客のフィードバックによって蓄積されるものです。

UEやWestoneなど、世界中のプロミュージシャンや医療用補聴器の設計で膨大なデータベースを持っているメーカーは、ユニバーサルタイプであっても、まるでカスタムのように優れたフォルムが設計できます。一方、見様見真似でイヤホンを作っているようなメーカーは、そういったノウハウが無いので、音のバランスが容易に狂ったり、すぐ痛くなったりなどのトラブルが起こりやすいです。

とくに、装着感が悪いせいで使う人によって聴こえ方が違ってしまい、まともなレビューや評価ができないようでは優れたイヤホンとは言えません。その点UEのように実績のある老舗の方が安心して勧めることができます。

インピーダンス

公式スペックによるとReference Remasteredのインピーダンスは1kHzで35Ωということですが、実際に測定してみたところ、やはりマルチBA型らしく、かなりアップダウンが激しいです。



実際1kHzだと56Ωくらいですが、低周波側は88Ω、最低インピーダンスは8kHzで16Ωくらいです。ドライバー間のクロスオーバー周波数がハッキリと見て取れる設計ですね。

ただし、他のBA型イヤホンと比べてインピーダンスが比較的高い点はさすがスタジオレファレンスモデルといったところです。

つまり音量を出すためにはゲインの高いアンプが要求される反面、アンプの出力インピーダンスに依存しにくく、どんなアンプでも同じような音色で鳴ってくれるという安心感があります。とくに一番エネルギーが必要な低域側が安定していて、急激な負荷変動が無いのが良いです。

能率は100dB/mWと書いてありますが、最高88Ωということはつまり120dBSPLを出すには3Vrmsは必要なので、そこそこアンプのパワーが要求されます。最近のDAPならほぼ大丈夫ですが、たとえばウォークマンでシングルエンドだとボリューム最大で3Vrmsくらいなので、もうちょっと余裕が欲しいかもしれません。

音質とか

今回の試聴では、普段から聴き慣れているHiby R6 PRO DAPを主に使いました。付属ケーブルが3.5mmシングルエンドのみなので、バランス接続は使いません。

Hiby R6 PRO

さらに、R6 PROよりも出力が若干弱いQuestyle QP2R DAPも使ってみましたが、駆動力や最大音量にこれといって不満はありませんでした。どちらでも満足に鳴らせます。

Questyle QP2R

まず第一に、Ultimate Ears プロフェッショナルモデル全般に言えることですが、ユニバーサルタイプであっても遮音性が非常に優れています。これまで私が使ってきたイヤホンの中で一番、しかもかなり特出して優秀です。

自分にあったイヤピースを見つけることが前提ですが、装着感が快適なおかげか、いわゆる耳栓のような耳が詰まる感触や、シューッという耳鳴りみたいな音も少ないです。装着するだけで外部の騒音が大幅に遮断され、特に屋外や電車などでその効果が実感できます。ただし遮音性が高すぎるので不注意の事故には気をつけてください。

遮音性が高いということは、アンプの音量をあまり上げなくても済むので、インピーダンスや能率スペックから想定するよりも非力なアンプでも十分駆動できるというメリットもあります。



Reference Remasteredのサウンドを簡単に言うと、典型的なマルチBA型イヤホンのお手本のような出音、そしてかなり入念に追い込んだクセの少ないチューニングバランス、というイメージが思い浮かびます。

系統としては明らかにスタジオレファレンスモニターを意識しており、コンシューマー向けのイヤホンとは異なる点がいくつかあります。

まず全体の傾向は非常にフラットな安定志向で、個々のディテールが聴き取りやすいです。

響き(つまり時間軸)の色艶が極力控えめに仕上げてあり、音の立ち上がりがビビらず、引き際も非常に速いです。つまりオンとオフの差が正確で、小さい音が大きい音の残響に邪魔されません。「金属や木材の美しい響き」というのとは正反対の作り方です。

音場展開は左右に広く、前後に狭い感じで、耳穴から脳内に音楽を直接流しているような感覚ですが、高解像で分離が良いため、音が混雑しているような感じはありません。左右の音源は耳元に張り付かず、横一直線の綺麗なステレオサウンドステージに配置されるような印象です。

抽象的なイメージは「写実的な線画」のような感じで、濃い油絵のような音色とは対照的です。どんなに音数が多くても過剰にならず、スッキリとクリアに対処してくれますが、スカスカになるほど軽くはありません。

周波数特性はボーカルなど中域がとても正確で自然に鳴ってくれて、最低音と最高音の両端がスパッと切り落とされるような感覚です。かまぼこ型に中域が盛り上がっているというよりは、必要な帯域は極力クセが無いようフラットに努めて、それより先は暴れないよう意図的に制御しているようです。

とくに低音は50Hzくらいから下で急激に控えめになるような感じです。つまり、ジャズやクラシックのような生楽器であればしっかり力強く感じますが、ダンスミュージックやR&Bの低音は生楽器ではありえないような最低音のみをブーストしているため、そういう音はあまり目立たず、物足りません。ドスドスと体に響くキックドラムを堪能したい人には向いていないイヤホンです。

高音の鳴り方もかなり独特です。とてもクリアなのですが、金属っぽさが全く感じられず、とてもコントロールが効いています。まるで絶対に響かないセラミックや石から音が鳴っているかのようで、オンオフがテキパキしていて、イヤホン由来のクセや付帯音が一切感じられません。


せっかくCapitol Studiosとのコラボレーションモデルなので、同スタジオで録音されたアルバムを聴いてみました。古いVerveのエラやEmarcyのクリフォード・ブラウンとかも考えたのですが、やはり個人的にCapitolっぽさが一番印象に残っているのは、ベテランエンジニアAl Schmittの手による、2006年Groovin' High RecordsのRoberta Gambarini 「Easy to Love」です。

典型的な美声ジャズシンガーアルバムですが、全体の雰囲気が良くて、磨き上げて洗練された一流プロダクションの手本みたいな作品です。ジャズはもっと泥臭くないと、という精神論の人には合わないと思いますが、こういう作品も純粋に音楽が心地よいです。1976年にジョージ・ベンソン「Breezin'」も同じスタジオとエンジニアの手によるものだというのも納得できます。

Capitol Studiosという先入観もありますが、このアルバムをReference Remasteredで聴くことで、チューニングの意図や存在意義がよくわかるような気がしてきました。

レーベルやエンジニアごとにセンスや理論の違いはありますが、素晴らしい録音作品というのは、高価なオーディオ機器で自己満足に浸るのではなく、どんな人でも、どんな装置でも、良い音だと感じて、音楽のメッセージが正しく伝わる作品であることだと思います。

そして、Reference Remasteredは、録音のアラ探しや、間違いを強調する虫眼鏡のような用途ではなく、プロダクションの仕上がりを正しい枠組みに仕上げるための、一種の「定規」のような意味での「レファレンス」だと思います。

一番大事なボーカルを中心に、十分な余裕を持たせて、楽器の響きが喧嘩していないか、帯域や空間に詰め込みすぎていないか、空気を入れる隙間があるか、など、まるで建築設計のように、プロの手による構成全体の正しさやバランス感覚が手に取るように把握できます。また、一般家庭のオーディオでは聴きづらかったり暴れやすい最高音や最低音は、あえて重要な楽器を充てがわないよう、控えめになっています。

このジャズアルバムが一流プロダクションの手本だとすると、Reference Remasteredは、それを完璧に表現する装置です。ドラム・パーカッションの高音の派手さ、ベースの基音と倍音の配分、ピアノ伴奏とボーカルの被りかたと空間配置、そして一番肝心なボーカルの太さ、滑舌、直接音とリバーブのブレンド、ダイナミックレンジの圧縮、といった具合に、まるでシェフの料理のように、すべての具材と工程を上手に仕上げている事が伝わってきます。

卵が先か鶏が先か、というような話になってしまいますが、こういったアルバムをReference Remasteredで聴くことが(あくまで主観的な)正しいレファレンスになり、他のイヤホン・ヘッドホンは低音が強すぎるとか、ピアノ邪魔でボーカルが埋もれるとか、そういったクセや特徴が明らかになります。また逆にReference Remasteredで他のアルバムを聴くことで、それらのエンジニアがどのような環境や意図で音楽を仕上げたのかが理解できるようになります。


EMI Great Recordings of the Centuryシリーズの1962年クリュイタンス指揮「ボリス・ゴドゥノフ」を聴いてみました。

最新ハイレゾ版とかではなく、ありふれた2002年CDリリースなのですが、色々聴いた中で、こういったアルバムがReference Remasteredの良さを一番明らかに示してくれると思ったので、あえて取り上げてみました。


Reference Remasteredは古い録音との相性が抜群に良い事が、いわゆる典型的な「モニター」系ヘッドホンと異なります。

モニターというと、テープノイズ、音割れ、ノイズリダクションなど、古い録音特有の不具合が目立ってしまい、シャリシャリでシビアすぎて楽しめない、というイメージがありますが、Reference Remasteredはそうではありません。歌手、合唱、オーケストラの全ての調和が取れています。

肝心なのは、録音の古さではなく、当時のスタジオエンジニアとプロデューサーがどのような意図でセッションに挑んだのかという事で、Reference Remasteredではそれが鮮やかに蘇ります。

このボリスは当時のHMV The Angel Seriesの中でも音が良い事で有名ですが、主役ボリス・クリストフの重厚なバスに、他のキャストも西側諸国のベテラン勢、コーラスはブルガリアのソフィア国立オペラ合唱団、オケはフランスのコンセルヴァトワールと、とても大規模なセッションです。あまりにも濃い内容なので、なかなか全てを完璧に鳴らし切る事は困難なのですが、Reference Remasteredはそれを実現してくれます。

実際のオペラを観覧しているような豊かな臨場感、というのではなく、あくまでレコーディングセッションとして、「このシーンでは、この歌手をこの位置で、これくらいの音量とエコーで、背後にはコーラスを・・・」といったセッションならではの芸術センスが伝わり、まるで時代劇や歴史映画のように、シーンごとにどのような構成で挑んだのか手に取るようにわかります。そのおかげで、ストーリーのスリルや迫力、もしくは感情表現など、当時の作り手の意図したとおりに伝わってきて、一つの芸術作品として音楽の世界に没頭できます。

スピーカーで例えるなら、最初はジェネレックとか最近のニアフィールドっぽいかと思いましたが、じっくり聴いてみた後は、この無理のない聴きやすさはビンテージモニターっぽさに近いです。たとえば中域の自然さはLS3/5aっぽく、もうちょっと帯域は広くても派手にならない感じはタンノイゴールドや小型アルテックっぽいとか、つまり60年代英国の控えめな王道サウンドに憧れている人なら気に入ると思います。

試聴に使ったオペラも、当時どんなモニタースピーカーを使っていたかわかりませんが、ちょうどビートルズ時代のEMIのAbbey Road Studiosのミックスルームのようなイメージが浮かびます。アメリカのモダンなイヤホンメーカーなのに不思議ですね。つまり優れたスタジオモニターという概念自体は当時からあまり変わっていないという事でしょうか。


他のイヤホンと比べるなら、たとえばソニーMDR-EX1000とかが好きな人なら共感できるかもしれません。音の詰まりや重なりを排除して、実直で余裕のある鳴り方です。EX1000よりももうちょっと厚みや落ち着きがあります。

マルチBAイヤホンの中では、同じ3×BAでもShure SE535ほど刺激的に尖っていませんし、Westone W30ほど丸くマイルドではありません。どちらかというとWestone UM-PRO30や50が大幅にクリア・高解像・広帯域に進化したような感じなので、ユニバーサル型のWestoneからアップグレードする道が見つからない(W80はちょっと求めているものと違う)という人なら、ぜひReference Remasteredを聴いてみてください。

逆にReference Remasteredの弱点はというと、やはり面白みが足りないと思います。先ほど言ったダンスミュージックやR&Bなどは客観的すぎて入り込めませんし、ピアノリサイタルもCampfire Audio Andromedaとかの方が艶や鈴鳴りの美しさを演出してくれますが、Reference Remasteredだとなんだか学校のピアノみたいな地味さです(それが本来正しいのでしょうけど)。つまりそれだけ使っていても物足りなくなってしまうので、やはり別腹で個性的なイヤホン各種も欲しくなってしまいます。そして改めてReference Remasteredを使って「やっぱりこれが一番正しいな」と納得するような感じです。


他のメーカーのマルチBA型はやはりReference Remasteredと比べるとどれも高音の余計な刺さりや低音の膨らみが肝心の音楽を覆ってしまう傾向が強いです。Andromedaのようにキラキラ感が素晴らしい演出効果を生む好例もありますが、それが行き過ぎている物も多いです。とくに、レファレンスモニター用と称するモデルでも、たとえばEmpire Ears ESRなどのように、かなり高音がキツく、特定の用途に特化したモデルも多いので、そういうのを「プロっぽい」からと無理に使うと痛い目にあいます。

また、騒音下で音楽を聴くことが多い人の中には、解像感というものを、押し付けがましい刺激と混同している人も多いようです。Reference Remasteredは真逆で、無音状態がとにかく静かなおかげで、刺激は少なくても、歌手の背後のリバーブやエコーなど、僅かな空気の動きも敏感に伝わってくるという解像感です。

もちろん遮音性が高くないイヤホン・ヘッドホンも非常に静かな環境で使えば良いのですが、まず一般家庭では、密閉された地下室でもない限りエアコンや道路などの騒音から完全に開放される事は困難なので、遮音性が高い事は決して無駄になりません。

さらに、騒音下では良いと思ったイヤホンでも、いざ静かな環境で聴いてみると、細かなディテールが覆われていたり、クセが強かったりで、むしろ弱点が強調されてしまうケースが多いです。カーオーディオに巨大なサブウーファーを追加するのと同様に、騒音下ではド派手なサウンドでないと満足してもらえないという風潮がある中で、Reference Remasteredは一石を投じるようなイヤホンだと思います。

おわりに

Ultimate Ears Reference Remasteredは個人的に長らく欲しかったイヤホンだったので、今回Dropのおかげで購入するきっかけができて嬉しいです。

たった3×BAのわりにずいぶん高価で、しかもケーブルコネクターが特殊で互換性が無いなど、スペックを見ただけでは魅力が伝わらないかもしれませんが、ある程度色々なメーカーを使ってみた上で、改めて作り込みの素晴らしさを実感できるようなイヤホンだと思います。

ユニバーサルタイプとしては遮音性が非常に高く、優秀な無音環境が得られますし、新たなIPX Super BaXケーブルのおかげで装着感も軽快です。

クッキリした分離の良さは特出していますが、体に響くような低音や、圧倒的なパンチは出せないので、ダンスミュージックやR&Bとかを聴く人にはちょっと物足りないかもしれません。しかしレファレンスモニターとしては意外なほどに聴きやすく、刺さりや刺激が少ない、という点は珍しいです。どうせシャリシャリのモニター調だろうと先入観で手を出していなかった人も、ぜひ再検討してみてください。

とくに古いロックやポップスを愛聴している人にもオススメできるという点は、ハイエンドイヤホンとしては貴重な存在です。これまで何百回と聴き慣れた名盤でも、まるで当時の録音スタジオで聴いているように、より新鮮に深いところまで堪能できる感じがします。

ダイナミック型やハイブリッド型イヤホンの魅力も捨てがたいですが、優れたマルチBA型の良さを実感したいなら、まず基準点としてこのイヤホンを聴いてもらいたいです。