2020年3月12日木曜日

Astell&Kern SA700 DAPの試聴レビュー

Astell&Kernから新作ポータブルDAP「SA700」を聴いてみたので、感想を書いておきます。

Astell&Kern SA700

2019年12月発売、価格は約15万円です。すでに豊富なラインナップのDAPが揃っているAstell&Kernなので、これはどのあたりに位置するモデルなのか見極めたいと思います。


SA700

公式の解説を読んでみると、SA700は初代AK DAP AK120のデザイン意匠に第四世代相当の機能スペックをすべて注ぎ込んだ、というコンセプトのようです。

私自身、初めてAK DAPを使い始めたのは第二世代モデルAK240からだったので、初代モデルにはあまり思い入れが無いのですが、たしかにSA700のデザインは最新第四世代モデルよりも初期の頃に寄せている事はわかります。

AK120とSA700

初代AK DAPは2012年の「AK100」で始まり、翌年さらにパワーアップした上位版として登場したのが「AK120」です。SA700は厳密な復刻モデルというわけではないので、むしろ「初期のデザイン要素を取り入れた現行第四世代AK DAPシリーズの新型」として捉えたほうが良さそうです。

4.1インチはちょうどよいです

写真の試聴機はブラックですが、これ以外にシルバーっぽいのも選べます。

実物を触ってみて思ったのですが、やはりSA700の4.1インチシャーシはラインナップの中でも個人的にちょうど良いサイズ感です。これまで現行AKラインナップで4インチとなると25万円のSP1000Mしかありませんでした。

本体サイズは59.1 x 115.9 x 16.5mm、画面は4.1インチ(720×1280)ということで、SP1000Mとほぼ同じサイズ感です。ただしSA700のシャーシはステンレス製で303g、SP1000Mはアルミで203gなので、持って比べてみるとSA700はかなりズッシリ重く感じます。

内蔵ストレージは128GB、バッテリーのスペックは8.5時間再生、USB-C 5V2Aで4.5時間充電だそうです。SP1000Mは10時間再生、9V急速充電に対応していたので、そのあたりで差別化されているようです。

ステンレスシャーシというのはアルミやマグネシウムと比べて明らかに重いので、合理的なメーカーなら決して採用しない素材なのですが、逆にそれが非合理的で非日常な「あえてステンレスを選ぶ俺」みたいなプレミアム感があります。

最近HibyやFiioなど低価格中華DAPも真似していますが、元はと言えば2015年にAK240が限定モデルでステンレスバージョンAK240SSを出したのがトレンドのはしりです。以来AK DAPではステンレスはAK380SS・SP1000などフラッグシップモデル用として温存されていたのですが、今回中級機のSA700をステンレスで作ったのは面白い試みです。

音質面で違いがあるかは永遠の謎ですが(同じモデルのアルミとステンレスを聴き比べると、たしかに違いがあるように思えるのですが)、私はステンレスというだけで「カッコいいから欲しい」と思えてしまいます。ガジェットを超えた嗜好品の世界なので、コスパとか言うだけ無駄です。

  SP1000M・SA700・Hiby R6 PRO

色々なDAPを使ってきた個人的な感想としては、SR15の3.3インチは小さすぎ、SE100の5インチは大きすぎ、やはりポータブルDAPは4インチくらいが視認性や片手での操作性などのバランスがよく、一番使いやすいと思えます。(私が今使っているHiby R6 PROも4.2インチです)。

さらに画面サイズについても、SR15の3.3インチ画面は480×800ピクセルなので、SA700の4.1インチ720×1280ピクセルは表示できる情報量が大幅に増えて、APKアプリなどもかなり使いやすくなります。

懐かしいAKロゴ

SA700の本体デザインは直角の長方形なので、現行AKのカットガラスのような多面体デザインとは随分印象が違います。

電源投入時には現行モデルの「A」ロゴではなく、赤色で「Astell&Kern」ロゴが出る演出が良いです。

かなりシャープなデザインです

背面も地味です

角の面取りはシャープに仕上げてあり、ステンレスという事も合わせて、手で持つとまさに鉄の塊といった感覚です。ボタンやジャック類は初期のAK DAPと同じ形状と感触なので、「AK DAPを使い慣れた人」にこそ伝わる魅力やさりげないアピールが詰め込まれている感じがします。

303gはさすがに重いので、携帯性ではSP1000Mの方を選びますが、あちらはSP1000のゴージャスさと対称的に軽さを追求したモデルですので、SA700のほうが値段が安いわりに高級感があるように思えてしまいます。

この価格帯でここまでラグジュアリー感があるDAPは他に無いと思います。どれだけ高級っぽく演出しても、部品が安価な汎用品だったり、表面の仕上げや面取り、文字フォントなどに統一感が無く台無しになっているメーカーは結構多いです。その点AKは相変わらず素材の質感が良いのはもちろんのこと、組み立て精度やボリュームノブ、ジャック、ボタンなどの総合的なプレゼンテーションが上手です。他社のギラギラした成金演出や玩具のようなハイテクガジェット感とは無縁の、極めて洗練されたデザインだと思います。

唯一残念な点は、これまで上級AK DAPには必ず付属していた高級レザーケースがSA700にはついていない事です。公式ケースは2万円弱で別売していますし、社外品でもDignisなど上質なものは手に入りますが、予算的にもそれを考慮しなくてはいけません。KANN CUBEもケース無しでしたし、こういった部分であえてフラッグシップモデルとの差別化を強調しているのでしょうか。

AK120っぽいボリュームノブ

ボリュームノブはAK DAPらしいローレット加工のカッコいいデザインで、保護するアーチは初代AK120をそっくり真似ています。カチッとした本体デザインとは対象的に、この頻繁に使う部分だけは尖ったエッジが無く、手で持つとスッと親指に沿うような流線型デザインになっているのが大変素晴らしいです。

個人的にこのボリューム保護部分のデザインがAK DAPの中で一番印象に残っています。それ以前のAK100はただボリュームノブが飛び出してるだけだったのですが、上位モデルとしてAK120が登場した時、たかがミュージックプレイヤーにここまでカッコいい金属加工をするなんて、と驚き、当時としては尋常でない価格にも、なんとなく納得させられました。つまり高級DAPというのはここまでやってこそ高級であるという説得力を生み出したことがAK DAPの成し遂げた功績だと思います。

こういうのは、プラスチックのフォークとナイフでも料理が食べられないわけでない、というのと一緒で、興味が無い人にとってはどうでも良い話です。

DSD・24bit・16bit

今回新たなギミックとして、再生ファイルのビット数によってLEDイルミネーションの色が変わります(OSの設定でギミックをOFFにもできます)。

最新ソニーウォークマンのカセットテープギミックといい、最近はハイレゾデータを視認化するアイデアが流行っていますね。実際、外部アプリを使う時など、ちゃんとネイティブ再生できているか心配になることもあるので、こういうギミックは昔よりも重要になっているのかもしれません。

USB Cとカードスロット

カードスロットのドア

もう一つ風変わりなギミックとして、マイクロSDカードスロットにスライド式ドアがあります。初代AK DAPにもあったので、それを復刻したのでしょう。

個人的にはこれは余計なお世話で使いづらいと思いました。ドアを開けると普通のバネ式カードスロットがあるのですが、このドアのせいで、かなり爪が長い人でないと指でカードを押し込めません。一度装着したカードを取り外すのも一苦労です。(イヤホンのプラグとかで押すとちょうど良いです)。

iPhoneのように棒で押し出すトレイといい、こういうカードスロットの面倒くさいギミックはなぜあるのでしょう。個人的にはこれまで一般的なバネ式でカードを紛失したことなど一度も無いのですが、何か別の事情があるのでしょうか。些細な事ですが、私はカードを頻繁に着脱するので毎回気になってしまいます。

見慣れたAK DAPインターフェース

トランスポート

設定画面

インターフェースOSはSP1000Mなどと同じ第四世代AK DAPシステムをそのまま採用しているので、操作性や使い勝手に不満はありません。

DSD256・PCM384kHz・MQA対応、アプリAPKインストール、無線LAN、Bluetooth 4.2 aptX HDなど、現行AK DAPの定番スペックは全て揃っています。

アプリに関しては、最近はAPKよりも便利なGoogle Play対応DAPが増えていますが(ちょうどこれを書いている時点でFiio M11・M11 PROがGoogle Play対応になったそうです)、現状ではその道を選んでしまうとAndroidの制約上ホーム画面の導入が必須になってしまいます。そうなると使い勝手やバッテリーなどへのデメリットも多いので、AKは独自インターフェースで「高音質の音楽ファイル再生」を最優先する姿勢を貫いているのが良いです。


D/A変換チップは旭化成AK4492ECBをデュアル搭載と書いてあります。アンプ回路については詳細不明ですが、スペックでは無負荷時シングルエンド2Vrms・バランスで4Vrmsだそうです。

旭化成チップといえばSP1000・SP1000MがAK4497、SP2000はAK4499を採用していますが、KANN CUBEとSA100はESS Sabre、SR15はシーラスロジックと、モデルごとに柔軟に使い分けています。そのため音質も単純な上下関係ではなく、それぞれ個性が違うのがAK DAPの面白いところです。

AK4492ECBとAK4497EQ

旭化成といえばやはりAK4497チップが定番ですが、あちらは12mm四方で足付きのQFPチップなのに対して、SA700が搭載しているAK4492は5.6mmのボールグリッドWLCSPチップなので、約1/4の面積で実装でき、消費電力も半分くらいになります。

チップ単体の歪み率やS/NなどのスペックはAK4497の方がわずかに優れていますが、実際ポータブルDAPではD/Aチップよりも後続するヘッドホンアンプ回路の歪みやノイズの方が大きいので、チップがAK4497でないから音が劣るという短絡的な考えはできません。逆にチップ面積や消費電力が減ったことで、より優れた電源やアンプ回路を搭載できるというメリットもあります。

また、余談になりますが、ちょうどこれを書いているタイミングで旭化成から新たなハイエンドD/Aチップ「AK4191+AK4498」が発表されたので、今後ポータブルオーディオメーカーも黙ってはいないでしょう。

出力

いつもどおり0dBFS 1kHz サイン波ファイルを再生しながら、負荷を与えて歪み始めるまで(THD < 1%)ボリュームを上げた時の最大電圧(Vpp)です。


まず同じ4インチAK DAPのSP1000Mと比べてみると、アンプの出力特性はほぼピッタリ重なります。さらに、どちらもバランス接続を使う事で出力が2倍になる事がわかります。

公式スペックでは無負荷時バランスで4Vrms(つまり11.3Vpp)ということなので、ちゃんと実測でもそれを満たしていますね。

ちなみに出力特性が同じだからといって、SA700とSP1000Mでは周波数特性やクロストーク、歪み以外のノイズ成分などはそれぞれ異なるので、同じサウンドだということにはなりません。グラフはどの程度のヘッドホンまで実用的に鳴らせるかという点では参考になります。


似たようなサイズのDAPと比較してみると、こんな感じになります。ちなみにどれもバランス接続での数字です。

Hiby R6 PROとFiio M11 PROはどちらもかなりの高出力を目指しており、ソニーNW-ZX507は絶対に歪まないことを最優先にしたような安定志向で、あくまでポータブルイヤホンを鳴らすならこれで必要十分だという判断でしょう。これらと比較するとSA700(というかAK 第四世代DAP全般)はアンプの設計が他社と比べてかなり特殊です。もちろん単なる最大音量の比較なので、「どれが音が良いか」とは話が別です。


同じくテスト信号で無負荷時1Vppにボリュームを合わせて、負荷を与えていったグラフです。SA700とSP1000Mはピッタリ同じで、ほぼ誤差程度の違いしかありません。ピッタリ1Vに合っていないのはボリュームノブのステップによるので仕方がありません。

なんにせよ、シングルエンド・バランスともに20Ω程度まではそこそこ安定してます。20Ω以下で極端に能率が悪いイヤホンとかだと注意が必要かもしれませんが、少なくともSA700は現行AK DAPゆずりの優れた特性であることが確認できました。

音質とか

SA700を試聴するにあたって、まずどの程度のサウンドを期待していいのか全く予想できませんでした。


AK DAPラインナップ内では、同じ4インチサイズのSP1000Mよりも安く、むしろSE100やKANN CUBEに近い価格帯です。ただしSA700のシャーシはそれらのアルミよりも高額なステンレスなので、その分のコストを踏まえると、オーディオ回路にはそこまで予算を割いていないのでは、なんて心配も頭に浮かびます。

他社の普及価格帯DAPと比べてみると、たとえば私が常用しているHiby R6 PROは約10万円ですし、Fiio M11 PROのステンレス版も同様ですので、AKブランドで若干割高という事を踏まえると、このあたりがライバルになりそうです。

またSA700のデザインコンセプトについても、通常ラインナップではなく初期モデルへのオマージュという事ですが、それが単なる外観だけの話なのか、それとも音質面でも何か特殊なことをやっているのかも不明です。

そんなわけで、一体どんなサウンドなのか想像がつかなかったSA700ですが、いざ聴いてみると、たしかに一風変わったユニークな仕上がりです。

Dita Dream

試聴にはいつもどおりDita Dreamイヤホンを2.5mmバランスで使いましたが、手近にあった大型ヘッドホンのベイヤーダイナミックT5p 2ndやオーディオテクニカATH-WP900も鳴らしてみました。


ECMからMathias Eick 「Midwest」を聴いてみました。2014年の作品ですが、最近ハイレゾダウンロードショップで見かけて買ってみたら結構良かったです。リーダーのトランペットにヴァイオリンという変則的なクインテットです。暖かくゆったりしたノスタルジックな演奏で、作曲スタイルはジャズというよりディスニー映画音楽みたいなベタな高揚感ポップスなので、気張らずに楽しめます。


SA700はこういった感傷的な演奏にピッタリの、中低域がしっかり鳴る太く味わい深いサウンドです。現行AKラインナップの中ではAK70 MKII→SR15という流れをさらに上位クラスに昇華させたような感じで、明らかにSE100やSP1000M・SP1000とは系統が違いますし、KANN・KANN Cubeとも別の路線です。

まず私のHiby R6 PROと比べてみると、SA700は音像がコンパクトに凝縮され、音色そのものにじっくり聴き込みたくなるような奥深い魅力があります。精巧なミニチュアを覗き込んでいるような、よくできた箱庭感というか、アナログレコードっぽさみたいな物もあるかもしれません。

R6 PROの方が高音や低音がよく伸びている広帯域なハイファイ調で、空間も広く、全体的にスケールが大きいので、SP1000Mのスタイルに近いです。レファレンス的にはそっちの方が正しいと思うのですが、実際手にとって音楽を聴きたくなるのはSA700の方なので、難しいところです。

Fiio M11 PROと比べても、音楽鑑賞という点ではSA700の方が聴き応えがあって優秀です。PROはM11と比べてだいぶ良くなりましたが、SA700と比べると音色がツルッとしていて表面的というか平面的で、軽く聴き流してしまいがちなので、もうちょっと楽器に彫りの深さみたいなものが欲しいです。

SA700の特徴を具体的に説明するのは難しいのですが、感覚的なキーワードを挙げると、「濃い、深い味わい、落ち着いている」といったイメージが浮かび、逆に「硬い、派手、押しが強い、刺さり」といったイメージはありません。

帯域も空間もレンジが狭く、あまりハイファイ・ハイレゾっぽくは無いので、トランペットやヴァイオリンなどは、他のDAPとA/B比較をするとスカッとせず物足りなく思えるのですが、じっくり聴いてみると楽器の質感がリアルで、温厚すぎず、クールさも保っています。手に取れるサイズ感の中に複雑で多面的な魅力が詰め込まれていて、無理に主張しません。

とくに、低音の音像がベタッと潰れず、他の帯域の邪魔をしない点は、安いDAPではなかなか得られません。私の勝手な錯覚というか先入観かもしれませんが、アルミからステンレスシャーシになることで得られるメリットとして、この低音の深みのある表現が思い浮かびます。たとえばAK240とAK240SS、もしくはSP1000MとSP1000ステンレスを聴き比べると、なんとなくそんな違いがあります。SA700もその恩恵を受けているのでしょうか。


Clavesレーベルから、ヴィオラ奏者Timothy Ridoutのアルバムを聴いてみました。オケはローザンヌ、指揮は最近ハレやRPOで活躍している新鋭Jamie Phillipsなのが良いです。よくあるヴァイオリンやチェロ演目のヴィオラアレンジではなく、ヴォーン・ウィリアムズやヒンデミットなどのヴィオラのための作品を集めているのが嬉しいです。


SA700はAK DAPラインナップの中では7万円のエントリーモデルSR15との共通点が多いです。とくにヴィオラのように、あまり軽すぎると胴体の音色が引き立たず、逆にあまり重すぎても見通しが悪くなる楽器では、SR15やSA700の長所が目立ちます。オケに埋もれず、よく通る音色で鳴ってくれて、しかもホットで押し付けがましい感じは一切しません。

よくアナログ回路にこだわりすぎて、中低域に特徴的な響きを演出して、そればっかりが目立ってしまうようなアンプもありがちですが、SR15・SA700はそこまで自己主張は強くありません。

SR15は圧縮音源や古いCDアルバムなどでもシャリシャリせず骨太で聴き応えのあるのが好印象でしたが、逆に最新ハイレゾ音源やDSDなどの魅力をあまり引き出せない点が不満でした。

SA700は同じようなコンセプトを保ちながら、サウンドが全面的に洗練され、今作のような高音質音源のメリットも十分堪能できるレベルに仕上がっています。中心となるソリストは上の方まで音色の艶が(つまり高次の倍音が)維持できており、オーケストラとの分離も良くなって、全体が塊にならず、あくまでヴィオラ中心で、オケが周囲を包み込むような分別ができています。SR15からのアップグレードとしては明確なメリットが体感できると思います。

とくに、これまでSR15の上位モデルといえばKANNシリーズやSE100(20万円)になってしまい、価格、サイズ、音質の全ての面であまりにも違いすぎて、アップグレードする気が削がれたのですが、SA700なら自然なステップアップだと思えます。

私の個人的な感想としては、SE100の方は、さらに上位のSP1000・SP1000M(25万円)と対を成すような存在だと思います。SE100では解像感を追求しすぎてギラッとしがちなところ、SP1000Mでは空間に余裕を持たせることで聴きやすくなっている印象です。どちらも高音質録音が映える仕上がりで、SA700ほど太く落ち着いているという印象では無いので、ゆったりと音色重視で聴きたい場合はSA700の方が良いです。

KANN CUBEは初代KANNと比べてサウンドが大幅に進化して、ダイナミックで余裕を持った鳴り方はまさに据え置き機そのものなのですが、流石に500g近い巨体はポータブルDAPとは呼べません。家庭でヘッドホンアンプ兼汎用ラインソースとして活用している人は意外と多いです。デザインはSA700とは正反対の、G-SHOCKや4WDハマーの世界観なので、そもそも競合する比較対象にはならないと思います。

Grado RS2e

SA700はゲインがあまり高くないので、ヘッドホンを鳴らしたい場合はケースバイケースでテストが必要です。

第四世代AK DAPのアンプ設計は50Ω~200Ωくらいが一番パワーが引き出せるので、それくらいのインピーダンスであれば理想的です。たとえばベイヤーダイナミックT5p 2nd (32Ω)とT1 2nd (600Ω)を例に挙げてみると、どちらもデータシートに102dB/mWと書いてあるので、冒頭で測定したグラフと照らし合わせてみるとバランス接続ではT5p 2ndなら118.5dBSPL、T1 2ndなら116.6dBSPLくらいまで鳴らせる計算になります。

どちらも静かな環境ならそこそこ実用的な音量が得られましたが、やはりもっとパワフルなアンプで聴くのと比べると抑揚が少なく平坦な感じに聴こえます。オーケストラの静かなパッセージと大音量のインパクトにあまり差がなく、聴き流してしまいます。こういったヘッドホンをしっかり鳴らすためにKANN CUBEがあるのでしょう。

上の写真のGradoやオーテクWP900のような高能率で派手めなヘッドホンなら相性が良いです。音量は3.5mmシングルエンドでも十分で、そもそも明るくエッジの効いた鳴り方なので、どれだけ高解像であっても肝心の音色が上手く出せないDAPだと、やかましく疲れてしまいます。逆に、SA700の落ち着いた深みのあるチューニングとは上手に組み合わさり、色味豊かな楽器音が楽しめます。

おわりに

Astell&Kern SA700は、個人的に久々に「欲しい!」と思えたDAPでした。ステンレス、4インチ、良い音色で落ち着いたチューニングと、まさに私の好みを狙って作ったような商品です。唯一残念なのはレザーケースが付属していない事くらいでしょう。

これまでAK DAPというと、SR15の音は悪くないけどもうちょっと上を目指したい、SP1000/2000は好きだけど高価だし大きすぎて持ち歩きたくない、SP1000Mは「SP1000じゃない感」が脳裏から消えてくれない、なんて色々難癖をつけていたのですが、そんな中でSA700はAK DAPの良い部分を綺麗にまとめてくれたような素晴らしいモデルです。深い音色重視のサウンドが好きならSA700、繊細で爽快なサウンドが好きならSP1000Mと、好みが分かれそうです。

初代AK120のオマージュとか、そういうことを一切考えなくても純粋に良いDAPですし、ステンレスシャーシはカッコいいです。私にとっては往年の傑作として愛蔵しているAK240SSの超進化版といった感じで親近感もあります。

私自身は今のところHiby R6 PROを結構気に入っているので、SA700に買い換えるかどうかは悩み中です。正直どちらでも満足できると思っています。個人的にAndroidアプリやGoogle Playは不要なので、その点HibyよりもAKの方が私の性格に合っていますが、Hibyの方がアンプの出力は高いです。サウンドについても優劣というより両極端なせいで、判断が鈍ります。

SA700はAK DAPの中ではフラッグシップではない中堅モデルと言えますが、実は一番「Astell&Kernらしさ」を象徴するDAPかもしれません。

SP1000やKANNシリーズの方がむしろ特殊性の強いコンセプトなので、それらと比べれば、SA700はAKらしさのエッセンスを凝縮して、これまでのモデル遍歴の中から良いところだけを抽出した、いわば集大成のような存在です。