2020年6月15日月曜日

Lotoo PAW S1 USB DACヘッドホンアンプの試聴レビュー

小型USB DAC・ヘッドホンアンプのLotoo PAW S1を使ってみたので、感想とかを書いておきます。

Lotoo PAW S1

2020年5月発売、価格はUSB Cタイプで30,000円、さらにiPhone用Lightningケーブルも同梱して35,000円程度だそうです。

近頃はスマホ用にこの手のアダプタータイプのDACアンプが流行っているようですが、その中でもこのPAW S1はDSDネイティブ対応で4.4mmバランス出力もついているなど上級品です。


Lotoo

Lotooブランドを展開するのは1999年発足の北京Infomediaというメーカーだそうです。主にオーディオ関連のOEM外注設計製造を行っている会社で、そこの独自ブランドがLotooです。

購入にはかなり覚悟がいるLotoo PAW Gold

日本では特に2015年登場の「PAW Gold」というポータブルDAPが一躍話題になりました。他に類を見ないレトロな風貌に、約30万円という驚きの価格設定です。

私も発売当時に使ってみましたが、インターフェースがとにかく使いにくく不具合が多いものの、音質面ではかなり良くできていた記憶があります。

PAW-VEレコーダー

PAW Goldはプロオーディオとハイエンドオーディオの融合というか、プロ機器っぽい風貌に魅力を感じる人をターゲットとして、あえてポータブルレコーダーの様なデザインに似せたそうです。それ以降、Infomediaブランドで同じフォームファクターのポータブルレコーダーも展開しており、こちらも一部マニアに好評なようです。

PAW Gold Touch

PAW Goldと廉価版のPAW 5000が出てからは、Lotooは心を入れ替えたかのように、PAW6000 ・PAW Gold Touchなど、一般的なタッチスクリーンスタイルのモデルに路線変更しています。これらも中国のメーカーとしてはデザインが結構落ち着いていて、たしかにソニーやTASCAMとかのプロ機器を彷彿とさせる無骨な安心感があります。

PAW Picoをアームバンドで装着

PAW Picoという小型DAPも出しており、こちらは画面が無く、スマホと連動して操作するタイプです。26gという軽さで、DSD対応など高音質設計なのですが、G-SHOCKのようなデザインにGPSやモーションセンサー搭載など、公式サイトでもランニングやスポーツ用として宣伝しているため、いまいちターゲットがよくわからない商品です。

個人的にLotooの印象は、オーディオ設計に関しては高く評価しているものの、製品コンセプトが自分の趣味に合わないため、あまり縁が無いメーカーといった感じです。とくに外観がプロっぽくても具体的に中身の何がプロっぽいというわけでもありませんし、そもそもプロ機器は音が良いと盲信すべきでもありません。その点、近年のタッチスクリーンタイプのDAPは普通に良さげですが、そうなると他多数の中国ブランドと差別化できず目立たないので、なかなかブランドイメージや製品コンセプトを立ち上げるのは難しいものだと実感します。

PAW S1

Lotoo PAW S1は小型スティックタイプでありながら、D/A変換にAK4377、ヘッドホンアンプにOPA1622といった最先端ICを搭載しており、DSD128・DXD対応、3.5mmシングルエンド&4.4mmバランスヘッドホン出力と、かなり充実した仕様になっています。

DSD128再生中

iPhoneがヘッドホン端子を廃止した時は話題になりましたが、アップルの思惑通り、ほとんどの一般ユーザーはBluetoothワイヤレスへと一気に乗り換えたため、こういったアダプターの需要は急激に冷え込み、もはや有線にこだわるヘッドホンマニアのための高級品に特化してきました。

ヘッドホンマニアというと、これまではポータブルDAPを使うのが一般的でしたが、近頃はYoutubeやサブスクリプションストリーミングサービスに依存する人が多く、出先で4Gモバイル通信が行えないDAPは致命的です。そうなると、普段から肌見放さず持っているスマホで手軽に高音質が得られるPAW S1のようなデバイスの需要が高まります。


PAW S1のライバルというと、やはりAudioquest Dragonflyシリーズがこのジャンルの先駆者でしょう。以降はUltrasone NaosやiBasso DC01/02など、似たような製品が色々登場しています。

これらに共通しているのは、バッテリーを搭載しておらず、スマホから給電するバスパワー駆動という点です。つまりスマホのバッテリーを消費するので、パワーと省電力を両立しなければなりません。

とくにDragonflyなどは電力的にかなりギリギリの設計なので、スマホによっては電力が足りず認識しないとか、iPhoneではiOSアップデートをしたら急に認識しなくなった(iPhoneが供給できる電力の上限がOSで管理されているため)など、過去には結構トラブルに見舞われており、ショップのサポートスタッフ泣かせの商品です。

この手の商品に使われる省電力ICチップは日々進化しており、各チップメーカーから新作ICが続々登場しているので、オーディオメーカーの開発者もそれらの動向に敏感でないといけません。

数年前の知識のままでは時代に取り残されてしまいますし、まだ誰も採用していないチップをメーカー独自で動作テストする技量が必要です。基板設計も0402サイズなど1mm以下の表面実装コンポーネントでレイアウト設計できなければなりません。このあたりは老舗オーディオメーカーよりも、Lotooのような技術集団の方がフットワークが軽いのでしょう。(日本の大手メーカーだと、長期間の実績がないチップや回路は採用したがらないので、古臭い設計しかできません)。

hip-dac、BTR3

結局、USBバスパワーの問題を回避するにはバッテリー内蔵型が有利なのですが、そうなるとスティックタイプではなく、ちょっと大きめなモバイルバッテリーみたいなサイズになってしまいます。最近だとiFi Audio hip-dacなんかが良さげですが、やはり大きいですね。

さらに第三のオプションとして、バッテリー内蔵のBluetooth受信機でUSB DACアンプとして機能するものもあります。有名なところではFiio BTRシリーズがありますが、PAW S1と似たようなサイズのBTR3ではUSB DACモードはUSB Audio Class 1 48kHz/16bitのみで、バランス出力もありませんし、その上のBTR5になるとハイレゾDSDや2.5mmバランス対応ですが、サイズが大きく重くなる(PAW S1の27gに対してBTR5は45g)、といった具合に、どのメーカーも小型化の限界に迫っているため、今後新たな複合ICチップなどが登場しない限りは、あれこれ欲を出すほどサイズが大きくなってしまいます。

パソコン用USBサウンドカードとしても優秀です

PAW S1のD/A変換チップは旭化成AK4377で、これはラインナップの中でもとりわけ小型・省電力・低電圧で駆動できるチップです。歪みスペックは上位のAK4497よりも若干劣りますが、そもそもこの規模の製品だと、バスパワー電源回路や後続するアンプ回路構成が性能のボトルネックになるので、D/Aチップだけ派手な物を搭載しても電力の無駄になるだけです。

OPA1622はTI/バーブラウンのラインナップの中でもとりわけヘッドホンアンプ用として開発された最新オペアンプです。非常に省電力で、過電流保護、ポップノイズ低減など、ポータブル用途で使いやすいよう考慮されています。PAW S1の出力スペックはほぼこのオペアンプの能力によって決まります。

採算度外視で高価な部品を組み込むなら素人でもできますが、スマホのバッテリーを急速に消費してはダメですし、電力を引きすぎて一部のスマホで認識しなかったら問題になります。PAW S1はスペック上では2020年現在でベストを尽くした優秀な製品だと思います。

パッケージ

今回試聴に使ったPAW S1は友人が買ったものを借りたのですが、パッケージ内にはUSB C→USB CケーブルとUSB C→USB Aアダプターが入っており、Lightning用ケーブルは別の箱に入ってました。

中国メーカーというと、オマケで薬品臭いシリコンケースとかベルベット巾着袋とか色々詰め込んでいるのが多いですが、このPAW S1はそういうのが一切無くシンプルにまとまっていて好印象です。

こういう長いUSBケーブルも使えます

付属ショートケーブルは非常に柔軟で、スマホと接続するにはとても便利ですが、本体は普通のUSB DACアンプと同じようにパソコンでも使えるので、適当な長めのUSB A→Cケーブルを使っても大丈夫です。個人的にはスマホよりもむしろノートパソコン用の簡易サウンドカードとして重宝しそうです。

本体からケーブルに至るまで全て高品質です

裏面もとても上質です

4.4mmバランスと3.5mmシングルエンド

PAW S1の本体は一見安っぽいプラスチックのようにも見えますが、アルミ削り出しで、マットブラック塗装も綺麗に仕上がっており、実物を手にしてみると重厚感と品質の高さに驚きます。特にこの価格帯の他の中華ブランドと比べると、デザインと品質のどちらも優越感があります。

本体上部にUSB C入力端子があり、反対側に3.5mmシングルエンドと4.4mmバランスヘッドホン出力端子があります。

とくに4.4mmバランス端子のクオリティが高いのが個人的に非常に嬉しいです。パッケージにPentaconnステッカーが貼ってあるので、品質の良いコネクターを採用しているようです。

4.4mmという規格自体は良いと思うのですが、これまで安価なブランドのケーブルやアダプターなどの接触不良で散々悩まされてきました。回転すると音が途切れたりなどです。特に変換アダプターはまともなものが存在しないと言っていいくらい粗悪品が氾濫しています。その点PAW S1は手持ちの4.4mmバランスケーブルがどれも問題なく使えたので、ちょっと驚きました。

画面は綺麗です

他社には無いギミックとして、小さな表示画面がついています。三十代以上の人なら昔のポータブルCDやMDプレイヤーのリモコンを思い出すと思います。この画面があるおかげで、ボリュームの可視化や、サンプルレート表示でちゃんとハイレゾ再生できているか確認できるなど、意外と便利です。数秒で勝手に消灯するので、電力消費もそこまで大きくなさそうです。

ボタン

側面にはボタンが三つあり、ファンクションボタンで「ボリューム→ エフェクト→ ゲイン」を巡回して、上下ボタンでそれぞれ調整するといった感じです。ファンクションは数秒待つと勝手にボリュームに戻るのも嬉しいです。

ゲイン切り替え

ゲインはハイとローの二種類、ボリュームは0~100のステップで、スマホのシステムとは連動していない独自のボリューム調整です。ハイエンドDACと同様に、スマホ上のボリュームは無効になり、ビットパーフェクトで音楽データを送ってPAW S1上でD/A変換するスタイルです。

他社の商品ではスマホのボリュームに依存するタイプも多いですが、PAW S1は高音質を目指す商品なので、この方法で正解だと思います。

エフェクト

エフェクトは「None →Movie →Game →Radio →Brighter →Sweet →Dental →Near field →Far field →Full bass →Jazz →Headphone →Dance →Techno →Rock →Pop →Classic →」と色々選べます。個人的にはこういうDSPエフェクトはあまり使いませんが、結構強烈な効果があるので、ギミックとしては面白いです。

ボリュームゼロ

最大負荷

ちなみにスマホやパソコンと接続して消費電力を測ってみたところ、待機状態もしくはボリュームゼロだと5V80mAつまり約400mWで、32Ω負荷で歪むまで音量を上げた場合は5V200mAで1W消費していました。つまり実際の使用中は音量やインピーダンスに応じてそれらの中間くらいということです。液晶ディスプレイやエフェクトON/OFFは消費電力にほぼ影響を与えません。

私のスマホだと1Wでも問題なく供給できましたが、これが大丈夫かどうかはスマホの設計によるので注意が必要です。音楽の途中で急に切断するなどのトラブルがある場合はスマホの電力不足かもしれません。

スマホOnkyo HF Player

Mac Audirvana

Windows JRiver

パソコンに接続してみたところ、ちゃんとUSB Audio Class 2デバイスとしてWASAPI対応で表示されます。つまり最近のWindows 10ならドライバー不要でPCM 384KHz/32bitまで対応してくれます。DSDはDoPなのでDSD128までです。WASAPIはリソースのリリースが下手なので、できれば別途ASIOドライバーも提供してもらいたかったですが、この手の商品に期待するものでもありませんね。

最近のUSB DACは挿すだけですんなり動いてしまうので、感動もなにもありませんが、数年前までドライバーやファームウェアなどであれこれ苦労していたのを考えると、とても便利な時代になったなと実感します。

ファームウェアといえば、私が借りたものはこれを書いている時点で最新の1.0.0.6が入っていましたが、初回出荷版の1.0.0.4はDSD再生の左右が逆になるというバグがあったそうなので、公式サイトを参照してアップデートすることをおすすめします。

ちなみにファームウェア1.0.0.6からは+ボタンを押しながら接続することでUSB Audio Class 1にする事ができるため、カジュアルに使いたい場合は便利かもしれません。

出力

いつもどおり、0dBFSの1kHzサイン波信号を再生しながら負荷を与えて、歪みはじめる(THD > 1%)最大出力電圧(Vpp)を測ってみました。

PAW S1は3.5mmシングルエンドと4.4mmバランス、そしてそれぞれにハイ・ローゲイン設定があるため、四つのグラフになります。


グラフで見ると、シングルエンド出力がそこそこ健闘していて、バランス出力はシングルエンドの二倍というわけでは無いようです。これはUSBバスパワーに依存しているため仕方がないのでしょう。

無負荷時はシングルエンドで4.3Vpp(1.5Vrms)、バランスで5.72Vpp (2Vrms)というのはとりわけ高出力というわけではなく一般的な部類です。ライン出力用として使う場合も丁度良いくらいですね。

公式スペックでは32Ωで120mWということですが、グラフではバランスで32Ωは5.3Vpp、つまり1.87Vrmsで101mWになるので、大体そんなものでしょうか。歪みが許容できるならもうちょっと出力は得られます。

グラフの破線はそれぞれのローゲインモードですが、感度の高いIEMイヤホンなどを使うのにちょうどよい感じに設定されています。


無負荷時にボリュームを1Vppに合わせてから負荷を与えて、電圧の落ち込みを測ってみました。やはりシングルエンドの方が優秀で、バランス出力は不利ですね。

ちょっと面白いのは、バランス出力でローゲインモードを選ぶと、なぜか出力が弱く不安定になります。オシロで波形を見ても電圧を出すのに苦労している感じです。一方シングルエンドではどちらのゲインを選んでも同じ結果になったので、グラフはピッタリ重なっています。回路設計の問題でしょうか。

どちらにせよ、シングルエンドならピッタリ定電圧駆動ができているので、20Ω以下のマルチBA型イヤホンなどではシングルエンドの方の方が良いと思います。


最大出力電圧グラフを他のポータブルDACアンプと比べてみるとこんな感じになりました。

やはりiFi Audio Hip-dacは他社を寄せ付けない高出力です。バランス出力はグラフから見切れてしまいましたが、無負荷時17.4Vppと圧倒的です。スティックタイプのPAW S1と比べるのは酷いですが、どちらもスマホと合わせて使う事を想定していますし、Hip-dacの大きいボディとバッテリー内蔵でここまで差が出るという事が実感できます。

黄色い線はアップルの例の白いLightning→3.5mmアダプターなので、大体こんなものだという参考になると思います。ちなみにグラフにはありませんがFiio BTR3なんかもAppleアダプターと同じ2.5Vpp程度でした。

緑はAudioquest Dragonfly Cobaltですが、グラフを見てもわかるように、ちょっと挙動が特殊です。これはCobaltのみでなくRedも同様です。単純にボリューム調整ステップが粗く、特に大音量ではワンステップで一気に変化するため、歪まないようボリュームをちょっと下げただけで一気に出力電圧が下がります。実用上はそこまで気にならないと思いますが、グラフで見てわかるとおりインピーダンス依存なので、100Ω以下のイヤホン・ヘッドホンであれば、歪まない最大音量はAppleのアダプターとそこまで変わりません。

これだけ見ると、PAW S1はバッテリー無しのスティックタイプとしては実用的なパワースペックだということがわかります。

音質とか

今回の試聴では、主にスマホのOnkyo HF PlayerやHiby R6PRO DAPに接続して使ってみました。私はAndroidスマホですが、このPAW S1を貸してくれた友人はiPhoneで使っていて不満など言っていなかったので、どちらでも問題なく動くようです。

DAPから

Dita Dream

オーテクATH-WP900

せっかく3.5mmシングルエンドと4.4mmバランスがついているので、Dita DreamとオーディオテクニカATH-WP900を鳴らしてみました。

シングルエンドとバランスを比べるにしても、ケーブル線材が変わってしまっては正確な比較はできません。Dreamは同じケーブルで端子のみ交換できますし、WP900は同じ線材のケーブルが二種類付属しているので、こういう聴き比べでは便利です。

音量に関してはどちらも問題なく、ハイゲインモードでボリュームは40~60%程度で適正音量でした。バランス接続の方が若干音量が大きくなりますが、先程出力グラフで見たとおり、そこまで大きな差ではないので、ボリュームを数ステップ下げる程度です。どのボリューム位置でシングルエンドとバランスの音量が一致するかというのは負荷によって変わります。

バックグラウンドノイズは非常に低く、Campfire Audio AndromedaやWestone UM-PRO50など感度が高いイヤホンを使ってみても、サーッというバックグラウンドはほぼ聴こえません。再生停止時に変なミュートリレー音が入ったりしないのも良いです。

ちなみに3.5mmと4.4mmを両方接続したらどうなるか気になったのですが、物理的に両方の穴が隣接しすぎているので、同時に挿すのは無理でした。


音質の印象ですが、まず結論から言うと、想像通りの真面目なサウンドです。もっと上位のDAPやポータブルDACアンプと肩を並べるほどではありませんが、パソコン直出しやスマホ付属アダプターなどと比べると明らかに高音質であると実感できます。とくに3万円という価格とサイズを考えると、同価格帯のDAPなどと比べても十分健闘しています。

PAW S1のサウンドはノイズが低く、高解像で高音まで軽く細やかに鳴る、いわゆるハイレゾっぽいと言われるような音作りです。余計な厚みや濃い味付けを上乗せしていないので、オーディオファイル的というよりは、信頼できるデバイスといったイメージです。

そもそもスマホやパソコン直挿しは音が悪いと言われている理由についてですが、私の感想としては、スマホは低消費電力を念頭に置いているからか、直挿しだと全体的に奥行きや解像感が乏しく、メリハリの無い粗い塊のようになって聴こえます。複数の楽器の相対的な分離が下手で、距離感や前後の奥行き、とくに演奏の周りの音響(いわゆる空気感)が十分に描ききれていないため、リアルに感じられません。

パソコンの場合はオーディオ回路が電源ノイズや電磁ノイズの影響を受けやすいため、直挿しだとサウンドにチリチリとノイズが乗ったり、オーバードライブ気味にうるさく耳障りになる傾向が多いです。とくに私が普段使っているMacbook AirやDell XPSなどは、イヤホン直差しではゲインが高すぎて音量調整が難しい事と、充電中やUSB周辺機器の状況などによってノイズが乗ってしまうため、音楽鑑賞には使えません。とくに充電中は金属製イヤホンを接続すると耳の産毛がチリチリと感電する感覚がある人も多いと思います。

PAW S1はこれらのオンボードサウンドから乗り換えると大幅な音質向上が体感できます。背景が静かで、情報の分離が良くなり、録音内のすべての音を余すこと無く聴き分けられる感じがします。似たようなスティックタイプのDACアンプと比べてもPAW S1はDAC部分がワンランク上のように思えます。

感覚的には、たとえばDragonflyやBTR3などは、既存のライン出力にアナログポタアンを足したような印象で、音のインパクトや太さといった部分に魅力を感じるのですが、PAW S1は逆に、DACが上質なものに交換されたような感覚に近いです。

もちろんDragonflyやBTR3などもDACを搭載しているので、単に鳴り方の印象でという意味です。DSPやインターフェースICの違いでしょうかね。


PAW S1は完璧というわけではなく、弱点だと思える点は二つありました。

まず、音色の厚みや豊かさといったものが希薄で、全体的に音が繊細で掠れている感触があります。とくにボーカルや弦楽器などではこれが気になるので、もうちょっと太く鳴ってくれたら良かったと思います。刺さるとか尖っているという感じではなく、色艶が抜け落ちているようなイメージです。例えるなら、高級マイクが安いマイクに変わったような、もしくはスタジオ録音がライブ録音のマイクに変わったような感じといったらわかるでしょうか。これはPAW S1に限らず、このクラスのDACアンプだとよくある傾向です。

もう一つの弱点は、低域の実在感が弱い事です。これはバスパワー省電力設計にてよくある問題でしょう。量が少ないというよりは、リアルさに欠けるといった感じです。低音は特にPAW S1のシングルエンドとバランス接続で明確な違いが現れるポイントです。

バランス接続では明らかに力不足といった感じで、ベース楽器音に芯が無いです。まるで逆相になっているようにフワッと左右に広がってしまい、フォーカスが定まりません。一方シングルエンドの方がセンター寄りの力強さがありますが、距離感や質感が足りず、ただ音圧として鳴っているだけのような感じがするので、耳障りに聴こえます。

低音に関しては、やはりバッテリー内蔵型DACアンプの方が有利だと思います。たとえばiFi Audio nano iDSD BLやhip-dac、DAPでもFiio M6、ソニーNW-Aシリーズなんかは同価格帯でも低音の再現性が上手いと思います。

一方、音色の豊かさや色艶といった点は、回路設計や部品構成によって大きく向上する部分なので、例えばiFi Audioではnano iDSD BLよりもmicro iDSD BL、ソニーならNW-AよりNW-ZXといった具合に、7万円超クラスで、コストや物理的な制限が無くなる事で、ようやく実感できるレベルになります。

安価な機器でも、変にこだわったコンデンサーやコイルなどを一点集中で組み込むなどして音に味をつけるメーカーもありますが、回路全体とのバランスが取れていないのでクセだけが強くなりがちです。やはり今になっても、オーディオにおいて、音質に注力すると回路規模やコンポーネントサイズが肥大化することは必然のようです。

このあたりは、やはりイヤホン・ヘッドホンとの組み合わせ次第でどうにでもなる部分だと思います。

ようするに、PAW S1の価格から考えると、5万円以下くらいのイヤホンと合わせるのが妥当だと思いますが、これくらいの価格帯だと、幅広いソースに接続するだろう事を想定して、上位のイヤホンと比べてかなり濃く個性的な音作りを目指しているメーカーが多いです。(低音をブーストする、金属の響きを乗せる、などです)。

つまりイヤホン自体の音の個性が目立つため、PAW S1の音作りの細かい点はあまり気になりません。単純に、スマホなどと比べて、PAW S1の広帯域・低ノイズといった基本的な性能が効果を発揮してくれて、普段聴き慣れたイヤホンがそれまでよりも良い音で鳴ってくれます。

T1でも音量は出ますが音質がスカスカです

逆に、さすがにPAW S1でレファレンスクラスのヘッドホンを鳴らすのは想定外でしょう。ヘッドホンの性能が高まるにつれ、より素直に音源や上流機器の性格が伝わるようになるので、アンプも優れたものが求められます。音楽を伝えるボトルネックとしては、ヘッドホンを聴いているというよりは、PAW S1を聴いているという事を意識させられます。

やはり適材適所というか、用途を明確にする事が重要だと思います。

おわりに

Lotoo PAW S1はスティックタイプのバスパワーDACアンプとしては2020年現在では最有力候補だと思います。

似たような他社製品もこれまで色々と使ってきましたが、どれも互換性や音質に難ありで、あえてブログで紹介するまでもないという感じだったところ、PAW S1にてようやく、こういうのが欲しい人なら迷わず買える商品だと思えました。シャーシやディスプレイなどの品質が高く、動作もしっかり安定しているので、目立った死角がありません。

スマホのアダプターとして使うなら最高クラスです

価格は3万円台と若干高めですが、同じ値段でもっと良いDAPやポタアンが買えるとか、そういう話ではなく、27gという超軽量スティックタイプであることが魅力だと割り切って検討するべきです。

音質に関しても、このサイズのバスパワー機器において、現在の技術ではこれ以上は望めないでしょう。音質やパワーを追求すればサイズが大きくなってしまいますし、バッテリー搭載型だと充電の手間もあるので、手軽にスマホやパソコンに接続するなら、これくらいが一番使いやすいです。

ところで、よくショップで見る光景ですが、この手の軽量スティックタイプを買うつもりで来店したのに、興味本位でもっと大きなnano iDSD BLやFiio Q5Sを試聴してみたらそっちに目移りしてしまい、さらにその勢いでmicro iDSD BLやChord Mojoなんかも試聴してみたら音の良さに驚き、さらにChord Hugo 2とかを聴いてしまい、結局値段もサイズも非現実的すぎて、何も買わずに帰ってしまう、なんて人が結構います。

私も、中途半端に大きな物を買って、結局面倒で使わなくなってしまう、ということを散々繰り返しているので他人事ではありません。実際に自宅で色々やっている時、PAW S1みたいなのがあれば便利だな、なんて思う事が多いです。今回は友人から借りた物を使ったのですが、互換性とかの確認も良好だったので、自分用にも一台買おうかと考えています。