2020年11月20日金曜日

オーディオテクニカ AT-BHA100 AT-DAC100 ヘッドホンアンプ DACの試聴レビュー

 オーディオテクニカから新作ヘッドホンアンプとUSB DACが登場したので試聴してみました。

AT-DAC100 & AT-BHA100

2020年10月発売、ヘッドホンアンプAT-BHA100は約13万円、USB DAC AT-DAC100は約9万円ということで、かなり気合が入ったセパレートタイプの製品です。もちろんそれぞれ個別で使うことも可能です。

日本の大手メーカーから真面目な据え置きヘッドホンアンプが出るのは久々の事なので、どんなものか気になって聴いてみました。

AT-BHA100 & AT-DAC100

ATH-BHA100とATH-DAC100は同時発売という事からもわかるように、セットで使う事を想定しているようで、デザインも統一感があります。

外出する機会が減って、在宅勤務でパソコンのデスクワークとかも増えてきたので、IEMイヤホンやポータブルDAPとかよりもむしろこういった家庭用据え置き型システムの需要が増えてきたのではないでしょうか。

価格設定やサイズ感も、数万円の手軽なデスクトップガジェット系と数十万円の仰々しいフルサイズオーディオのちょうど中間に収まるような印象で、せっかく良いヘッドホンを持っているなら、やはりこれくらいの機器で鳴らしたい、と思えるような位置付けだと思います。ひとまずパソコンに挿しておけば、音楽鑑賞のみならず、動画やゲームなど幅広い用途で活用できます。

ATH-AWKT & ATH-AWAS

オーディオテクニカはATH-AWKT・AWASなどを筆頭に優れた家庭用大型ヘッドホンを取り揃えていますが、これまでアンプに関しては他社任せといった感じでした。以前これらのヘッドホンを試聴した際にも、Questyle CMA Twelveというヘッドホンアンプを使いました。

AT-HA5000 & AT-HA20

過去にはAT-HA20やHA40といった手のひらサイズのベーシックなヘッドホンアンプを出していたり、2005年には高級ヘッドホンアンプAT-HA5000というのもありましたが、結構前にカタログから消えていますし、最新世代のハイエンドヘッドホン勢に見合った製品とは言い難いです。

今回ようやく熱心なヘッドホンマニアでも満足できるセットで上流からオーテクで統一できるというのは嬉しいです。これはたとえばソニーならTA-ZH1ES、フォステクスはHP-V8といった具合に、各社それぞれハイエンドヘッドホン用のアンプを提供していたのと比べると、ようやく、満を持してという感じがします。

AT-HA5050H

ちなみに熱心なヘッドホンマニアならご存知かもしれませんが、実は2016年には60万円もする超高級ヘッドホンアンプAT-HA5050Hというモデルが登場しています。しかしこれは流通がかなり限定的で、主に中国向けに作ったラグジュアリーモデルということで、日本ではカタログにすら掲載されていない状況でした。

ちなみに、AT-HA5050Hの中身はラックスマンなどのような国産ハイエンドオーディオらしい物量投入設計で、ヘッドホンアンプ専用機としてはかなり気合が入った、珍しい存在でした。今回の新作AT-BHA100もそれと同じ路線で行くのかと思っていたところ、方向性を変えてきたのがちょっと意外です。

AT-HA22TUBE

AT-BHA100はアンプに真空管を採用している点はAT-HA5050Hと共通しています。過去にもAT-HA22TUBEといった小型ヘッドホンアンプで真空管を搭載したり、どうもオーディオテクニカとしてはヘッドホンアンプには真空管を入れたほうが良いという考え方のようです。同社ヘッドホンとの相性や、想定する客層ターゲットを踏まえて、という部分もあるかもしれません。

真空管を搭載しているといっても、AT-BHA100では最終的にヘッドホンを駆動するパワーアンプ部分はトランジスターを使っているので、最大出力などのパワースペックが真空管によってハンデを受けることはありません。音楽にちょっとした味付けを加えるアクセントのような役割のみです。これはAT-HA5050Hでも同様でした。

このあたりは、同じ国産メーカーでもフォステクスの最上級ヘッドホンアンプHP-V8のようにパワー管で実際にヘッドホンを真空管駆動しているのとは異なる設計思想です。どちらが優れているというものでもありませんが、完全真空管駆動となると30万円以上が相場になってしまいますし、発熱も凄いので、パソコンデスクで常時点灯というものでもありません。

AT-DAC100の方は旭化成AK4452VNチップを搭載し、限りなくストレートにD/A変換を行うような設計になっています。考え方としては、DACはヘッドホン以外の用途でも使う事を想定しており、それに対してヘッドホンリスニングでのサウンドの味付けはヘッドホンアンプの方に任せる、という感じなのかもしれません。

奥行きがずいぶん違います

そんなわけで「実直なDACと、個性的なヘッドホンアンプ」という図式は、外観を見てもなんとなく伝わってきます。

AT-BHA100の方は奥行きが266mmとかなり長いので、パソコンデスクで使う場合は配置に苦労するかもしれません。(背後にケーブルのスペースも必要ですし)。公式のPR写真ではそれを感じさせないような絶妙な角度で写しているのですが、実際は相当奥行きのあるデスクが必要になります。

公式サイトより、縦置きスタンド

ちなみにどちらもシャーシ足が取り外し可能で、縦置きスタンドも同梱しているのですが、残念ながら今回借りた試聴機では足もスタンドも付属していなかったので、テーブルに直置きになってしまいました。

AT-DAC100

前面

背面

それぞれの外観を詳しく見てみます。

まずAT-DAC100は前面に電源ボタンと入力切り替えノブのみというシンプルなデザインです。他社でよくあるデジタルフィルター切り替えとかラインレベル調整みたいなギミックもありません。

背面はACアダプター電源入力、光と同軸S/PDIF入力、そしてUSB入力は一般的なUSB-B以外にUSB-Cもあるのが珍しいです。出力はステレオRCAのみです。余計な設定やモード切り替えなどが不要で、とにかく「挿せば音が鳴る」、というシンプルさを徹底しています。

入力スペックはUSBでPCM 768kHz/32bit・DSD512、S/PDIFではPCM 192kHz/24bitと、他社と遜色のない最新スペックです。もちろんスマホやDAPなどからのUSB OTG接続でも動きました。過去の日本メーカー製DACというと、変な独自色の強いUSB I/Fを使っていて互換性が悪いモデルとかが多かったので心配でしたが、ちゃんと堅実な設計のようで安心しました。

AT-BHA100
バランス出力モード

AT-BHA100の方も、ヘッドホンアンプとして比較的シンプルでわかりやすいデザインです。電源ボタン、入力切り替え、そしてバランス・シングルエンド出力切り替えといった並びです。

唯一ユニークな点としては、シングルエンドモードでは6.35mm出力がグリーンとオレンジの二系統あり、それぞれ個別のボリュームノブが用意されており、バランスモードに切り替えると右端(オレンジ)ボリュームノブのみで操作するという仕組みになっています。

バランス出力は4ピンXLRと4.4mmの二種類が用意されているのは良いですね。オーディオテクニカの最新ヘッドホンを見ると、機種ごとにバランスコネクターを使い分けているので、両方使えるのは当然の事ながら嬉しいです。

背面

背面にはステレオRCAとXLRバランスライン入力端子があります。さらにヘッドホンアンプのゲイン切り替えスイッチと、RCA入力用のRCAスルー出力もあります。

デザイン

AT-BHA100とAT-DAC100のデザインについて、好き嫌いはあると思いますが、個人的な感想としては、価格から想像していたよりは、ちょっと質感が安っぽいと感じました。

セットで20万円超と考えると、他社であればソニーTA-ZH1ESやQuestyleなどでは重厚なアルミ削り出しやノブ操作感などが期待できますが、それに対してこちらは板金や嵌め合いの処理などがあまりパッとしません。

ザラザラした黒塗装の鉄板とネジの組み上げ方など、なんとなく90年代のカーオーディオやAVアンプを連想させる質感です。とくにAT-DAC100の方はサイズや前面LED表示などから、まるで家庭用ネットワークハブとか、一昔前のDTM楽器モジュール(シンセや電子ドラム音源など)っぽい親近感があります。つまりオーディオラックに収めるならもうちょっとゴージャスさみたいなものが欲しい気がします。

真空管のLED照明

真空管についても、これくらい高価なモデルなら、LED演出というのはちょっと安っぽく感じます。消灯できないのが残念です。

これについては、オーディオショップの友人に聞いた話だと、真空管は白熱灯くらい光ると勘違いしている初心者が多いらしく「電源を入れたのに光ってない!不良品だ!」とクレームが入る事があるらしいので、わざとLEDを光らせているメーカーが多いそうです。

実際このアンプに搭載されているようなプリ管だと、内部の一部フィラメントが淡くオレンジ色になるくらいで、ここまでギラギラ光ることはありえません。

付属ACアダプター

付属ACアダプターも、放熱グリルっぽいデザインは一昔前の楽器などによく付属していたリニアトランス電源にそっくりなのですが、実物は小指で持ち上げられるほど軽量なスイッチング電源なので、デザインとのギャップにちょっとがっかりしました。

AT-BHA100・AT-DAC100のどちらも、価格からするとかなり地味目です。もちろん実用上は問題ありませんが、これまでのオーディオテクニカの高級ヘッドホンアンプといえば、AT-HA5000のウッドパネルやAT-HA5050HのVUメーターなど、明らかに富裕層のラウンジをターゲットにした豪華絢爛デザインだったので、今回のデザイン路線は意外でした。

サイズ的にはソニーTA-ZH1ES、ゼンハイザーHDV820、Focal Archeなどと同じような奥行きがあるので、デスクトップというよりは、本棚やサイドボード、もしくはオーディオラックの余剰スペースに置くのが良いと思います。この上にヘッドホンスタンドを置いても良さそうですね。(真空管はあくまでプリ管なのでそこまで熱くなりません)。

公式サイトより

公式の広報写真にてAT-BHA100の内部が見えます。左右差動の四本の真空管を中心に、整然としたわかりやすいバランス構成になっているのが確認できます。

真空管はECC83Sと書いてありますが、これは欧州表記で、むしろ米国名12AX7と言った方が馴染み深いと思います。ギターアンプなどで多用されている、多分世界で一番普及している真空管でしょう。これはプリ管なので、その後のディスクリートトランジスターによるパワーアンプ回路でヘッドホンをドライブしています。

入出力や電源を含めて、ノイズの原因になるような無駄なケーブルが無く、すべて大きな単一基板で仕上げているところが、さすが大手メーカーらしい潔さで、カッコいいです。

公式サイトより

真空管を搭載しているAT-BHA100と比べて、AT-DAC100はかなりシンプルなデザインのようです。

D/Aチップは旭化成AK4452VNを採用しており、後続するアナログ回路はまるでデータシートのレファレンスデザインかのような潔さです。厚いアナログバッファー回路などを導入することでサウンドの個性や付加価値を高めるメーカーが多い中で、AT-DAC100はかなり真面目です。

しかし、基板の電源側を見ると、ACアダプタ-入力後にかなり大掛かりな安定化回路を搭載(金色のオーディオグレード電解コンデンサーが目立ちます)、そしてUSB・S/PDIF入力も適当なポン付け基板ではなく、メイン基板上でD/Aチップに隣接して合理的に仕上げています。全体的なイメージとしては、コンシューマーオーディオというよりは、BenchmarkやRMEなど、性能第一のプロ用機器っぽさを彷彿とさせます。

初心者はD/Aチップやオペアンプの銘柄とかに注意が向きがちですが、周辺回路で手を抜いてしまうと、そもそもそれらチップの性能スペックに到達できませんし、家庭の電源環境やUSB上流のパソコンからのノイズなど、様々な外部要因で音が変わってしまいます。その点AT-DAC100はオーディオ回路は最短距離で余計な小細工を入れず、その周辺をしっかりと堅めることで、どんな環境条件でもスペック通りの性能が出せるように配慮した設計だと思います。

AT-BHA100とAT-DAC100の内部写真を見た感想ですが、価格相応にしっかりと手の込んだ、日本のメーカーらしい入念な設計が伺えます。基板レイアウトや部品選定など、よくガレージメーカーにありがちなキット基板を組み合わせただけの簡単設計ではなく、ちゃんと価格と目標に応じて最善を尽くした感じが伝わってきます。

昔のような巨大なトランスやコンデンサー物量投入で重いほうが音が良いなんて言われていた時代も魅力的でしたが、実際問題として、そのようなゴチャゴチャした古い設計ではDSD256や24bit PCMといった超ハイレゾ音源のポテンシャルを引き出すための性能が得られないという事もあります。あえて年寄りは置き去りにしてモダンなユーザーに見合った優秀な設計に移行したのは良い事です。

一つだけ面白い判断だと思ったのは、AT-BHA100にはバランスライン入力を設けているのに、AT-DAC100はRCAライン出力のみという点です。9万円台という価格設定の中で音質を追求するなら、バランスの余計な回路が無い方が正解だと思いますし、AT-BHA100側も多分バラン回路的なものを通しているだろうと思うので、大した問題では無いと思います。

ヘッドホンをバランスで駆動する事で得られる高ゲインやセパレーション向上などのメリットに対して、ライン信号のバランス接続というのはスタジオなどで遠く離れた異なるコンセント間で機器を接続する時にループや電位を気にせずに済むといった意味合いが強いため、間近に隣接した機器間ではそこまで重要ではないというか、二つを混同すべきではない、という点だけは考慮すべきだと思います。

そうは言っても、ともかく「バランスの方がプロっぽくて高音質」だと漠然と信じている人が多いと思うので、その点では中身が何であろうとDACにバランスライン出力もあったほうがセールス的には良かったのでは、と思います。

出力

今回はAT-BHA100とAT-DAC100のセットで出力を測ってみました。0dBFS 1kHz サイン波信号を再生しながら負荷を与えて、ボリュームを上げていって歪みはじめる(>1%THD)最大電圧(Vpp)です。

ちなみにAT-DAC100のライン出力電圧を測るのを忘れてました。アンプ側の許容入力電圧とかもチェックしたかったのですが、残念ながらもう試聴機が手元にありません。ともかく、どのみちボリュームノブを上げきる前に歪み始めるので、ラインレベルが変わってもヘッドホンアンプの最大出力はそこまで大きく変わらないでしょう。

ただし、あくまでコンシューマー製品なので、他社ライン出力をつなげる際はくれぐれも入力レベルオーバーでクリッピングしないよう注意してください。(最近のDAPなどはかなり高いライン出力電圧とかを選べるようになっているので)。

出力電圧

まずバランスとシングルエンド出力、それぞれ背面のゲイン切り替えスイッチでハイゲイン・ローゲインの比較です。

バランスでは無負荷時に20Vpp(約7Vrms)、シングルエンドではそれの半分くらいです。据え置きヘッドホンアンプとしては一般的な部類ではないでしょうか。さらにバランスのローゲインモードがシングルエンドのハイゲインモードとほぼ同じ音量になるようです。


いくつか他のヘッドホンアンプと比較してみます。前回取り上げたiFi Audio ZEN DAC+ZEN CANシステム、そして以前ATH-AWASなどを試聴した時に使ったQuestyle CMA Twelve、さらに最新ポータブルDAPの例としてAK SE200です。それぞれ実線がバランスで破線がシングルエンドです。

ZEN CANとCMA Twelveに対してAT-BHA100は約半分くらいの電圧ゲインを目安に設計しているようです。とはいえSE200のようなポータブルDAPと比較するとAT-BHA100でも十分なパワーアップが見込めます。

ZEN CANやCMA Twelveの方が飛躍的な高出力が得られる事は確かですが、実際それほどまでの大音量が必要になるヘッドホンというのは稀だと思うので、大多数ではAT-BHA100でも十分だと思います。

1Vpp

AT-BHA100のみで、先程と同じ1kHz信号で、無負荷時にボリュームノブを1Vppに合わせて、負荷を与えて電圧の落ち込みを確認してみます。紫がバランス、赤がシングルエンドで、実線がハイゲイン、破線がローゲインモードです。

このグラフを見ると、低インピーダンス負荷での落ち込みは具合は最近のヘッドホンアンプ勢と比べるとちょっと不利なようです。また、シングルエンドに対してバランスの方が不利なのも確認できます。どちらももうちょっと低いインピーダンスまでしっかり1Vppで横一直線の定電圧を維持してもらいたかったです。

同じグラフで、他社のヘッドホンアンプと比較してみました。Hugo 2、CMA12、ZEN CANなどと比べるとAT-BHA100は不利ですね。

20Ωくらいからグッと下がりはじめるので、ようするに20Ωよりも低いヘッドホンの場合は、AT-BHA100で鳴らすとかなり個性的なサウンドになるだろうという事です。特にIEMイヤホンなど、低インピーダンスで、しかも周波数によるインピーダンス変動が激しいモデルだと、こういったアンプによるサウンドの変化が顕著になるので、素直にDAPを使った方が良いでしょう。

参考までに、オーディオテクニカの主要ヘッドホンのインピーダンスグラフはこんな感じです。400Ω以上の高インピーダンスでグラフに収まらないATH-ADX5000は例外として、他のモデルはどれも30~50Ω付近に収まっており、絶対に30Ωを下回らないという設計ポリシーみたいなものが伺えます。

一方、イヤホンATH-IEX1の場合はインピーダンスが低域側で4Ωと極端に低く、中高域に10Ωほどの山があります。つまり、Chord Hugo 2で鳴らせば4Ωでも10Ωでも同じ電圧がアンプから送られますが、AT-BHA100だとそうならないので、鳴り方が変わってしまうという事です。

アンプというのは理想的にはHugo 2のようにどんな負荷でも定電圧を維持できる方が優秀ですが、現実問題として、ATH-IEX1の開発者はどんなアンプで鳴らしてチューニングを仕上げたのか、という疑問もあります。ともかくAT-BHA100で低インピーダンスのイヤホンを鳴らすのはあまり理想的ではない、という話です。

このあたりが、メーカーの設計思想みたいなものが明らかになる部分だと思います。つまり、30Ω以上のオーディオテクニカ製ヘッドホンであれば、上のグラフに照らし合わせてみると、定電圧が維持できていて正確に駆動できそうです。つまり俗に言う「相性が良い」という事です。しかし、同社のイヤホンや、他にも多種多様な他社製ヘッドホンを完璧に鳴らす事にはそこまで考慮していないような気がします。

似たような例として、ソニーのウォークマンが他社DAPと比べて大電圧が得られないのと同じ理由だと思います。(つまり、ソニーはそもそもそんな低能率イヤホン・ヘッドホンは絶対作らないから、という話です)。

その点iFi Audio ZEN CANなどのように、自社ではヘッドホンを作っていないメーカーの方が、幅広いヘッドホンメーカーでの極端な条件を想定しているので、汎用性が高いようです。

サイン波が

ところで、今回出力を測っていて、もう一つ面白い点がありました。シングルエンドのローゲインモードを選択した場合のみ、サイン波テスト信号が、結構早い段階で、上のグラフのような歪み方をします。波形の下半分が鋭角になっているのがわかると思います。二つある6.35mmヘッドホン出力のうち、どちらを使っても同じです。

これは無負荷時でも、負荷を与えても、ボリュームノブ50%くらいからこういう歪みが発生するので、音質に結構大きな影響を与えるだろうと想像します。真空管っぽいドライブということでしょうか。つまり、もしシングルエンドで使うなら、ローゲインとハイゲインモードではボリュームノブを同じ音量に合わせてもサウンドの印象が微妙に異なると思います。

音質とか

今回の試聴では、せっかくオーディオテクニカということで、同社の最新モデルATH-AWAS・ATH-AWKTなどを主に鳴らしてみました。同じ線材でシングルエンドとバランスの二種類のケーブルが付属しているのも聴き比べの点で便利です。

AT-DAC100とAT-BHA100のセットで使う事を想定している人が多いと思うので、試聴もほぼそれで行いましたが、それぞれ個別での性格もチェックしてみたかったので、ちょうど同時に試聴していたiFi Audio ZEN DAC & ZEN CANと交互に入れ替えてみたりもしました。

ソースはDAPのUSB OTG接続で、RCAケーブルはAudioquest Golden Gateというやつです。

Onyxは大小様々なクラシック系レーベルの中でも個人的にトップ3に入るくらいの存在で、音質・演奏内容・レパートリーの全てにおいて常に最高水準を維持しつづけています。地味なジャケット絵のせいで素通りしがちですが、過去タイトルなんかも漁ってみると驚くような発見が多いです。

今回の新譜も看板Vペトレンコ&リバプールのコンビでペトルーシュカ、そしてカップリングは同じくディアギレフ繋がりでレスピーギ「風変わりな店」というのがセンスが良いです。細かい描写まで色彩豊かで飽きさせない見事な演奏と録音品質で、まさに試聴レファレンス盤と呼ぶに相応しいです。


AT-BHA100 & AT-DAC100を聴いてみた第一印象は、かなり丁寧に調整された、丸く落ち着いたサウンド、という感じです。

長時間でも聴きやすく、派手な刺激や耳障りなクセの少ない、正統派で誰でも納得できるような仕上がりだと思います。据え置き型で余裕を持った設計だけあって、オーケストラの厚みや音の広がりにも余裕が感じられ、とくに普段DAPなどを主に使っている人でしたら、据え置きシステムに移行するメリットがしっかりと体感できると思います。

真空管の効果も十分に伝わってきますが、それがわざとらしい響きや、余計な雑味や自己主張になっておらず、上手い具合にアンプ全体のサウンドに貢献しています。

真空管らしい、といっても明確な定義はありませんが、AT-BHA100の場合は、録音全体の統一感を出して、雰囲気をまとめ上げてくれる調整役みたいな感じです。

下手なアンプだと、高域はこう、低域はこう、といった具合に、周波数帯域ごと、もしくは音量の大小によって鳴り方や表現の仕方が異なり、ひとつひとつの要素をかいつまんで聴く分には悪くないのに、全体の雰囲気が良くない、というケースがよくあります。AT-BHA100では、たぶん真空管を中心とした回路設計のおかげで、そういった整合性の悪さを感じさせず、音楽全体が一つの空間に包み込まれたように聴こえます。

オーケストラなど大構成の演奏を聴く場合はバランス接続の効果が実感できるので、特にバランスケーブルが付属している場合はそれを選んで正解だと思います。具体的なメリットは、特に低音側の楽器音が立体的になり、左右のステレオ感や実在感が増す事です。また高域のプレゼンス付近もバランスの方が楽器と空気の分離が良いような気がします。これに慣れてからシングルエンドに戻ると、ほんの僅かですが、低音などの情景が不明瞭な、浮足立った感じに聴こえます。他社のヘッドホンを使う場合でも、バランスケーブルで聴いてみる価値があるアンプだと思います。

ジャズというかワールドミュージックの異色作で、ノルウェーのLosenレーベルから「Tamayura」を聴いてみました。箏奏者・ヴォーカルの中川果林とソプラノサックスHans Tutzerのコラボで、和風と北欧ジャズっぽい融合が綺麗です。

中川は以前ECMでAnders Jormin・Lena Willemarkとの「Trees of Light」が凄く良かったですが、あちらはスウェーデンの歌手Willemark中心にECMっぽいムードで統一されていたところ、今作ではもっと自由に、前半は月夜に忍者が飛び出してきそうなジャパン風味、後半は琴・ソプラノサックス・ベースの緩やかに流れるような演奏スタイルです。音質も良いですし、似たような作品は無いので面白い企画盤だと思いました。

iFi Audio ZEN DAC ZEN CAN

ZEN DAC・ZEN CANと交互に入れ替えて聴き比べてみました。

まずAT-DAC100の方は、実直な見た目や内部写真からの想像通り、かなりスッキリとした鳴り方です。RMEなどプロ用オーディオインターフェースほどカチッとした硬質な鳴り方ではありませんが、ZEN DACと比べても、線が細く、細かいディテールまで聴き分けることができる、高い解像感と安定感があります。特に生楽器でしか味わえない複雑な音色や、演奏の細かなニュアンスが伝わってきます。

ZEN DACの方がアタック部分の刺激や低音の弾む感じが出せているのですが、AT-DAC100はそのような飛び道具的効果が無いおかげで、余計に翻弄されずに、楽曲データをそのまま耳に取り込んでいるような感覚になります。

特にハイレゾ音源やDSDなどの効果が感じ取りやすいです。逆に、圧縮音源や古いCD音源とかを本来以上の美音に仕上げてくれるような効果はありません。そういうのはラックスマンとかマランツみたいな方が得意なようです。

ヘッドホンアンプAT-BHA100とZEN CANは水と油というくらい性格が異なります。パワーやゲインの差はそこまで感じません(どちらもゲイン切り替えスイッチがありますし)。

ZEN CANの方が輪郭がシャープで、特に歌手の滑舌が鮮明に聴き取れます。ベースやパーカッションも前方に迫って力強く鳴るので、意識せずとも向こうから勝手にやって来るようです。一方AT-BHA100は冒頭で言ったように仕上がりの統一感を重視しているようで、個々の楽器というよりも、その間の空間が違和感なく繋がり、演奏全体が一つの空間や世界観として統一されています。具体的には、楽器そのものよりも、管と弦のハーモニーであったり、それらが空間で混じり合う感じが良く出ていて、アタック成分の尖りや、空間の位相差といった部分は上手い具合に丸め込むようです。

つまり、逆に言うと、AT-BHA100の弱点としては、そういった先鋭の細かなディテールや、位相空間を限界まで引き出すというよりは、ある程度のところで控えめに仕上げて、無難な枠に収める、という事が言えます。とくに楽器音の艶っぽい輝きとか、広大な奥行きや空間表現など、ハイエンドなヘッドホンアンプがそれぞれ持っているような圧倒的な特徴はいまいち感じられません。荒削りで先端のディテールが潰れていたり、位相が捻じ曲がっていて気持ち悪いような録音でも、意識せずに楽しめるように、という気配りが感じられます。

AT-BHA100を聴いていると、なんだか「Simaudio MoonやMusical Fidelityなど老舗オーディオブランドがコンポーネントシステムの一環として真面目に作ったヘッドホンアンプ」というイメージが湧いてきます。つまり、生粋のヘッドホンマニアが細かい点にあれこれ論議するようなものではなく、むしろ家庭のリビングルームでそこそこのスピーカーオーディオシステムやAVシステムを組んでいるベテランの音楽ファンが、それの延長線でヘッドホンリスニング環境を求めているなら、是非おすすめしたいというタイプの製品です。

また、あくまで個人的な感想なのですが、AT-BHA100のサウンドは、最新のATH-ADX5000やATH-AP2000Ti、ATH-AWASなどではなく、むしろもっと古典的なオーディオテクニカっぽいヘッドホンサウンドとの相性を狙っているような印象も受けました。

たとえば、ATH-AD2000XやATH-W1000Z、ATH-W5000、ATH-L5000などです。現行モデルだと、ATH-AWASとATH-AWKTの二機種の中では、前者が次世代、後者は古典的サウンドという分類だったと思うのですが、つまりどちらかというとATH-AWKTと相性が良いアンプです。

古典的なオーディオテクニカのサウンドというと、中高域からプレゼンス帯域まで持ち上がって、中低域の厚みはあまり強調しない、いわゆる高音寄りの美音系というのが私の感想です。つまりコンプレッサーが強すぎる楽曲や、MP3やストリーミングなどの圧縮音源だと、シャリシャリしすぎて聴き疲れするので、現代のカジュアルユーザーには適さないサウンドです。

AT-BHA100はそのようなヘッドホンに対して、高音の魅力は維持しながら、くれぐれも破綻しないよう丁寧に仕上げるような効果があります。また、高音の響きや艶っぽさはヘッドホンの方にすでに備わっているので、DACやアンプでそれを付与するような事もしません。試聴時にもATH-AWKTなどで聴くと、響きが自然で、ずいぶん相性が良いな、と感じます。

その一方で、ATH-AWASだと、もちろん悪くはないものの、思い切りが足りないというか、全てがアンプの世界観で丸く収まってしまっている感じがします。ヘッドホンが予期せぬ鳴り方をしない、というのは良いことなのですが、このヘッドホンならもう一皮剥けて、もっと良いアンプで鳴らせるポテンシャルがある、と感じたりもします。

価格的に考えても、AT-BHA100よりももっと高価なヘッドホンアンプなんていくらでもありますし、それぞれに異なる個性や魅力があるのですが、イメージとしては、ATH-AWASやADX5000などなら、もっと凄いアンプを試してみる価値は十分あると思えるのですが、ATH-AWKTやW5000などでは、AT-DAC100とAT-BHA100のセットで相性が万全だから、これ以上は望む必要が無い、と思えます。


おわりに

オーディオテクニカから久々に登場した本格的DAC+ヘッドホンアンプのセットでしたが、結論から言うと、オーディオテクニカの大型ヘッドホンと合わせてシステムを組むのであれば最善の選択肢であり、メーカー側としてもそれを想定して設計しているように思えました。

他にも、たとえばフォステクスTH900MK2からソニーMDR-Z1Rまで、日本のメーカー製高級ヘッドホンと合わせても満足できると思います。その一方で、よく海外のガレージメーカーにありがちな、駆動しやすさを一切配慮していないような奇抜なヘッドホンの場合は苦労するかもしれません。そういうメーカーは、むしろわざと鳴らしにくく設計して、アンプごとのサウンドの違いに一喜一憂するという、ヘッドホンマニアの需要に向けた商品といえます。

ヘッドホンはあくまで道具として、音楽鑑賞を重視する人であれば、オーテクのフルセットで完結して末永く音楽を味わえるというのが今作の魅力だと思います。

またオーテク製ヘッドホンとの相性や音の仕上げといった部分はAT-BHA100ヘッドホンアンプの方に専念しており、AT-DAC100はヘッドホンとは関係なくハイレゾ音源の魅力を引き出せる素直さがあります。

つまり、AT-DAC100単体で購入するのも全然アリですし、AT-BHA100とセットで揃えても、背面のRCAパススルー出力を活用することで、すでに自宅にあるオーディオシステムやAVアンプなどにUSB DACを追加する、という風にも応用できます。ヘッドホンとスピーカーを手軽に切り替えられるというのはとても便利です。最近だと、USB DAC対応のNASやルーターとつなげてネットワークオーディオを構築するなんてのも流行ってますね。そういう時に、こういった小型高性能ライン出力DACは重宝します。

AT-BHA100のサウンドに関しては、真空管が使われている事もあり、派手気味なオーテクヘッドホンでも上手にまとめ上げてくれる、ゆったりとした鳴り方ですが、もう少し鮮烈さやダイナミックな力強さ、派手さが欲しいなら別のブランドのアンプを検討した方が良いかもしれません。

これくらい高価なモデルになると目立った不具合も無いため、上下や優劣ではなく個人的な好みの話になります。つまり真面目に検討するならじっくり試聴してみることは大事ですが、逆に未試聴で買っても「失敗した」と感じることはそうそう無いと思います。

20万円超という価格設定は、最高級ヘッドホンと合わせるにふさわしい、相当マニアックな商品です。初めて大型ヘッドホンを購入した層にはちょっとハードルが高いと思いますし、かといって下手に安価なアンプで鳴してヘッドホンの性能を引き出せないのも惜しいです。もしオーテクがこういう製品をもっと開発できる力量があるのなら、個人的には10万円以下くらいで入門者にも優しいDACアンプ複合機みたいなものが今後出てくれたら嬉しいです。