2021年3月4日木曜日

iBasso DX300 DAP の試聴レビュー

 iBassoの新作DAP DX300を試聴してみました。

iBasso DX300

2021年2月発売のポータブルDAPで価格は約15万円、iBassoの現行ラインナップでは最上位モデルになります。iPhone XS Maxよりも巨大な6.5インチ画面に、着脱交換可能なヘッドホンアンプモジュールなど、最上級機にふさわしい気合の入ったモデルです。

iBasso

iBassoというと、同じく中国のFiioと合わせて、近年のポータブルオーディオという一大ジャンルを初期から牽引してきた老舗メーカーです。

私の勝手なイメージとしては、スペックや機能性の最先端を常に追求してハイテクで若干軽薄な印象のあるFiioに対して、iBassoはアナログアンプのサウンドを追求して、それ以外の部分では若干野暮ったいイメージがありました。

最近のiBassoというと、こういうののイメージです

ところが最近はIEMイヤホンを積極的に展開したり、MMCXイヤホンを完全ワイヤレス化する耳掛けアダプター「CF01」や、小型高音質DACヘッドホンアンプ「DC03」など、魅力的な商品を続々出しているので侮れません。

私自身もポータブルオーディオ駆け出しの2016年くらいまではiBasso 「DX90」や「DX80」といったDAPを愛用していました。他社と比べて低価格でありながら、音質面では骨太で力強く優秀でした。

密かな名機D14

現在はiBassoのDAPは所有していませんが、ポータブルDAC+ヘッドホンアンプの「D14 Bushmaster」というモデルだけは今でも雑用に重宝しています。あまりにも地味すぎるデザインのせいで存在すら知らない人も多いかもしれませんが、音質・性能・使い勝手の全てにおいて、2021年現在でも十分通用する隠れた名作だと思っています。(入出力端子だけ現代風にアレンジした後継機を出してくれませんかね・・・)。

iBassoのDAPの方は、Android化のトレンドに伴い2018年頃からDX200、DX150、DX220、DX160と、5~10万円程度の中堅モデルを着々とリリースしており、今回のDX300はそれらで培ってきたノウハウを投入した総決算のような位置づけのようです。

デザイン

DX300は2340×1080の6.5インチという大画面に、OSはAndroid 9を搭載しているため、純正プレーヤーアプリ「Mango Player」がプリインストールされているという点以外では、ほぼスマホのような風貌です。

FLACファイルなどを再生するならMango Playerで事足りますが、やはり多くのユーザーはTidalやSpotifyなどのストリーミングアプリを任意でインストールして使うことを想定しているようです。

SoCはSnapdragon 660なので、2018年頃のハイエンドスマホと同じレベルの快適な操作性が得られます。特に低価格DAPではSoCがショボいため同じAndroidでも反応の遅さでイライラさせられる事が多いので、このあたりはさすが高級機といったところです。

DX160と比較

5インチ画面のDX160と並べて比べてみると、6.5インチの大きさが一目瞭然です。

さすがにここまで巨大だとポケットに入れて持ち歩くのは諦めがつくので、むしろタブレット的な視認性や操作性の良さの方に魅力を感じてしまいます。他社のような無駄に高級感を演出している重厚なDAPよりも、これくらいスマホに寄せている方が親近感がわきます。

付属レザーケースはしっかりした高品質なものです。本体の裏面も変なガラスやカーボンなどにせずスッキリした曲面のアルミパネルなのも実用的で好印象です。

全体的な手触りや雰囲気としては、大きさのわりに300gという軽さも相まって、高級DAPというよりはむしろ「中国人留学生が持っている謎メーカーの巨大ハイスペックスマホ」みたいな雰囲気があります。

マイクロSDカードスロットは左側面でバネ押し込み式、充電USB C端子と3.5mm同軸S/PDIF出力は本体上面にあります。

本体下面には3.5mmシングルエンドヘッドホン出力と、バランス出力は4.4mmと2.5mmの両方が用意されています。Fiio M15やAK KANN ALPHAもそうでしたが、最近のDAPは両タイプ対応が増えてきたので、ケーブル買い替えで悩まなくて済むのが嬉しいです。

ちなみに本体下面はアンプモジュールとして着脱交換可能になっているので、それについては後述します。

ボリュームノブ

全体的なシャーシデザインはずいぶん洗練されており、エッジや直線の表現や、断面が左右非対称の台形になっているなど、ハイテクで実用的なスマホっぽいコンセプトなので、その点では、年寄りのジャケットのボタンみたいな金ピカのボリュームノブは場違いで悪目立ちしているように思います。

こればかりはiBassoのデザインセンスなのでなんとも言えませんが、DX160ではしっかりとシャーシに保護バンパーみたいな工夫がされていたのに、DX300では剥き出しな点はちょっと気になります。

ロータリーエンコーダーで、押し込み電源ボタンも兼ねているため、グラグラして貧弱に感じます。それが側面に飛び出して露出しているため、なにかにぶつけたり、バッグに入れるときに引っ掛けたり、圧迫されたりで壊れそうで心配になります。なぜ今回あえて保護バンパーを設けなかったのか不思議に思います。

オーディオ回路

DX300は最近のDAPとしては珍しく、D/A変換にシーラスロジックの最新チップCS43198をデュアルモノバランスで4枚搭載しています。

近頃のDACというとESSや旭化成(AKM)といったブランドが主流なので、シーラスロジックの知名度は低いかもしれませんが、高級オーディオICの中では由緒あるメーカーです。

特に2000年代のCS4392やCS4398といったD/Aチップが有名で、当時のマランツSACDプレーヤーに採用されたり、欧米の超高級CD・SACDプレーヤーにて広く搭載されていたので、今でも本格的なオーディオマニアにとっての認知度は高いのに、ポータブルから入った人には縁が薄いという逆転現象が起こっています。

新作チップのCS43198はCS4398を凌駕するオーディオ性能でありながら、ポータブルを想定して再生時の消費電力は1/10程度に下がっているため、DX300のようなDAPでも4枚搭載する贅沢な設計が可能になります。

ちょっと不謹慎ですが、昨年の旭化成の大火災の影響で、多くのオーディオメーカーが再設計を余儀なくされている中で、改めてシーラスロジックが定番に返り咲く可能性も大いにあります。チップ価格もAK4497やES9038などよりも格安なので、評判が広まれば広く普及するポテンシャルは十分あります。

ツインバッテリー

DX300はデジタル回路とヘッドホンアンプでそれぞれ別のバッテリーを搭載しているのもユニークな試みだと思います。イメージとしてはAK SP1000+AK AMPと似たような仕組みですね。DX220 MAXの開発経験が活かされているのでしょうか。充電は一つのUSB Cで両方同時に行われるので、余計な手間はかかりません。

ツインバッテリー

電源を分離することで、デジタル回路のノイズが回り込むのを防いだり、アプリの操作状況に関わらずアンプに安定した電力を供給できるなどのメリットがありそうです。特に最近はAndroid OSアプリの消費電力も馬鹿にならないので、そっちにばかり注力して肝心のアンプがパワー不足になってはDAPとして本末転倒です。

据え置きオーディオにおいても、インテグレーテッドアンプと比べてセパレート式の方が良い理由は、それぞれ独立した電源を持っているから、なんて話もありますから、オーディオ製品としては説得力があります。

充電ケーブルを接続すると二つのバッテリーの充電状況が個別に表示され、音楽を聴かずに画面だけ操作しているとデジタル側のバッテリーが減り、逆に画面オフで音楽を聴いているとアンプ側のバッテリーが減るので、確かにそれぞれ分離していることが実感できます。

Mango Player

DAPに多機能を求めている人も多いと思いますが、私はあいかわらずSDカードに入れたPCM・DSDファイルを再生するだけなので、iBasso DAPの純正プレーヤーアプリ「Mango Player」の使い勝手は特に気になります。

Mango Player

ブラウザー

選曲

Mango Playerに関しては、これまでのiBasso DAPとほぼ同じだと思いますが、画面サイズが大きくなったおかげでかなり快適になりました。アルバムブラウザーやトランスポート画面はごく一般的な感じです。

とりわけ気に入ったのは、各種設定が非常に豊富で、ゲインやデジタルフィルター切り替えなどはもちろんのこと、ここまで必要かと疑問に思うくらい細かな設定が可能になっています。多くのユーザーの要望を積極的に取り入れていったのでしょう。

個人的には、とくにカードスキャン周りの設定が豊富なのが嬉しいです。特に最近は500GB以上の大容量カードもあるため、設計が下手なDAPだと何十分も延々とスキャンしてイライラさせられます。Mango Playerでは500kB以下や30秒以下のファイルを無視する、ソートにAやTheを含む、ArtistかAlbum Artistを使う、など事細かに設定でき、さらに内蔵ストレージとSDカードを個別にスキャンできるなど、まさに至れり尽くせりです。

さらに嬉しかったのは、ゲインやフィルター設定などはMango Playerアプリ内だけではなくAndroid設定でも行えることです。多くのDAPの場合、こういうのがアプリ設定かAndroid設定のどちらにあるのか探すのが面倒だったりするので、どちらもあるのはありがたいです。側面トランスポートボタンの入れ替えができるのも良いですね。

バグや謎仕様

インターフェースに関しては概ね好印象だったのですが、やはり新作iBasso DAPらしく、バグや不可解な挙動が結構多かったです。

今回のレビューも、発売直後に書くつもりでいたのに、細かいバグが多かったので、とりあえずファームウェアアップデートで改善するまで保留にしていたら、ずいぶん時間が経ってしまいました。

謎のバグ

たとえば、純正のMango Playerでライブラリースキャンしたら、アルバム名がアーティスト名になっている、なんて初歩的なバグもあり、まともに選曲すらできませんでした。他にも、なぜかサンプルレートが違っていて一部のハイレゾ楽曲がスローモーションになったりなど、変な挙動が多かったです。

もちろん他のDAPでは問題なく使えていたSDカードなので、明らかにアプリ側のミスでしょう。カードを替えてもスキャンしなおしても問題は治りませんでした。

発売から一ヶ月ほどでファームウェアアップデートが何度かあり、このような明らかなバグは着々と修正されているようです。しかし、いくらアップデートで後日対処できるからといっても、こんな明確なバグがあるまま出荷しているという時点で恐ろしいものがあります。

また、ファームウェア更新後も、バグではなく仕様なのかもしれませんが、DX300をUSB OTGトランスポートとして外部DACに接続しても認識してくれないとか、Bluetoothヘッドホンをペアリングしても音が鳴らないとか、初歩的なことが上手く行かなかったのが不思議です。

確かに公式PDF説明書を読むとUSB DACモードはあってもOTGトランスポートモードについては一切記載がありませんし、Bluetoothもウェブサイト情報にはLDAC・AptXと書いてあるのに、説明書にはBluetooth受信モードのみで送信については一切記載が見当たりません。

一般的なAndroid DAPなら苦もなく「接続すれば音が鳴る」ような事なので、なにか設定を見落としているのかと数人で確認してみたのですが、結局上手く行きませんでした。このあたりも仕様なのか不具合なのか、説明書を読んでもいまいちよくわからないままです。

アンプモジュール

DX300はヘッドホンアンプ基板がモジュール化されており、別のものに交換できるというギミックが搭載されています。

アンプモジュール

DAPのインターフェースやデジタル信号処理、D/A変換といった部分は、設計がある程度確立されており、そうそう変更される物ではありませんが、ヘッドホンアンプ回路というのは、高出力と低ノイズが相反しますし、ディスクリートやオペアンプICによる音色の違いであるなど、必ずしも正解が一つではないため、この部分をモジュール化することには大きなメリットがあります。

たとえば、大型ヘッドホンのユーザーとIEMイヤホンユーザーではそれぞれ求める駆動性能が異なりますし、超高精度なモニターサウンドよりも響き豊かなサウンドが好ましい人もいます。さらにDX300の販売価格ではコスト的に実現できなかったような超高級アンプ回路をマニア向けに限定販売するなんていう手法も可能になります。

現時点では標準で付属している「AMP11」というモジュールしかなかったのですが、似たようなギミックを持ったDX220では真空管Nutubeモジュールなんかも別売で出たので、DX300も今後に期待できます。

iBassoのこのアイデアに一つだけ懸念があるとすれば、DX200やDX220など過去のDAPのアンプモジュールとの互換性が無く、DX200用のAMP1~AMP5、DX150 & DX220用のAMP7~AMP9といった具合に、新型DAPが出るたびに旧モデル用アンプモジュール開発は止まってしまうため、今回DX300用モジュールもどれくらいの数が出るのか未知数なところです。

個人的には、DAP本体はあくまでD/Aチップやインターフェース部分のみで差別化して、ヘッドホンアンプは互換性のあるモジュールにした方が、製品の息の長さや、組み合わせでの聴き比べなどのメリットがあると思うので、その点はモジュールの互換性の無さはちょっと残念に思います。

それと、モジュール着脱には二つの小さなトルクスネジを外さないといけないのは不便だと思いました。AK SP1000みたいに工具不要で回せるロック機構とかの方が良いです。

裏面
裏面

アンプモジュールの裏面にはiBassoらしく高級そうな電解コンが沢山乗っています。4.4mmと3.5mmジャックの間にひっそりと2.5mmジャックを詰め込んであるのも芸術的です。

ちなみに一部ホイルテープが貼ってあったので剥がしてみたら、8ピンSOICで多分オペアンプだと思いますがマーキングが削られています。こういういかがわしい手法はあまり好きではありません。(高価なチップならあえて隠さないでしょうから)。

出力

いつもどおり、0dBFSの1kHzサイン波を再生しながら負荷を与えて、ボリュームを上げていって音が歪みはじめる(THD > 1%)最大出力電圧(Vpp)を測ってみました。

DX300はゲイン設定がHigh・Medium・Lowの三段階から選べるので、グラフ上ではそれぞれ赤・青・緑で、実線がバランス、破線がシングルエンド出力です。

バランス出力で無負荷時最大20.3Vpp、つまり7.2Vrmsになるので、公式スペックに書いてある最大電圧7.1Vrmsとぴったり合います。

さらに公式スペックによると最大出力は300Ωで168mW、32Ωで1,240mWとありますが、こちらも実測でそれぞれ174mW、1,413mWになったのでほぼスペックどおりです。私のグラフは歪み率1%での数字ですので、iBasso公式の測定条件は明記されていませんが、多分もうちょっと歪が少ない条件なのだと思います。(歪が許容できるなら見かけ上のパワーはもっと出せますし)。

なんにせよ、このあたりの数字にハッタリが無く、しっかりスペックどおりなのが、さすがヘッドホンアンプの老舗iBassoらしいと思います。

次に、同じテスト信号で無負荷時にボリュームを1Vppに合わせて負荷を与えていったグラフです。先程と同じく実線がバランスで破線がシングルエンドです。

バランスとシングルエンドで上下のズレがあるのはボリュームのステップの事情なので仕方がありませんが、どちらもほぼ横一直線で1Vpp定電圧を維持できており、低インピーダンスでの出力の落ち込みもほぼ同じ、つまりバランス出力でも出力インピーダンスが悪化しないという優秀な特性です。インピーダンスが低いIEMイヤホンでも安心してバランス出力が使えそうです。

ライン出力モードは挙動がちょっとユニークなので注意が必要です。ヘッドホンと同じ出力端子をソフト上でライン出力モードに切り替えられるのですが、ボリュームは可変のままで、ゲイン切り替えも反映されます。

つまり、事前に確認しておかないと、知らずにライン出力モードの状態でヘッドホンを鳴らしてしまうという心配があります。

ライン出力モードにするとどうなるのかは上のグラフを見るとわかります。冒頭のグラフに薄色でライン出力モードでの特性を重ねてみたものですが、無負荷時の最大電圧ゲインはそのままで、パワーのみが下がるのが確認できます。電流バッファーだけバイパスしているのでしょうか。これは確かに、知らずにライン出力でヘッドホンを鳴らしても一応音は鳴るので気が付きにくいです。

実用上、DX300をライン出力モードにして、無負荷時にボリュームノブを最大まで上げた場合、ゲインHigh・Medium・Lowの三段階でそれぞれバランス出力で7.2・3・1.9Vrms、シングルエンドで3.6・1.5・0.95Vrmsになるので、送り先の定格入力に合わせて選んでください。

ちなみにライン出力モードでヘッドホンを鳴らすとなぜ音が悪くなるのか、単純に音量が下がるだけじゃないか、と思う人もいるかもしれませんが、上のグラフを見れば出力インピーダンスが大幅に悪化することがわかります。

先程の1Vppにボリュームをあわせたグラフに、ライン出力モードを薄色で重ねたグラフですが、つまり一般的なリスニング音量(1Vpp)でもヘッドホンの負荷に追従できていないので、音が乱れてしまいます。

たとえばShure SE535イヤホンのインピーダンスを例に挙げると、公式スペックでは単純に36Ωと書いてありますが、実際は100Hzが24Ω、1kHzが36Ω、5kHzで9Ωと、周波数帯でインピーダンス変動が大きいので、上のグラフに照らし合わせてみると、ヘッドホン出力モードではほぼ定電圧を維持できていても、ライン出力モードだと周波数特性にかなりの誤差が出てしまうことがわかります。

他社のDAPなどを適当に選んで比較してみたグラフです。赤がDX300、緑がFiio M15、青がDX220、灰色がiFi iDSD Diablo、紫がAK KANN ALPHAです。それぞれ実線がバランス、破線がシングルエンドです。

iDSD Diablo(灰)はバランスで最大64Vppまで上がるので、グラフでは見切れていますが、保護回路の性質上40Ω以下ではシングルエンドの方がパワーが得られるのがわかります。(継続的な負荷信号の場合)。

DX220(青)を比べてみると、DX300(赤)は順当なパワーアップという感じがしますね。Fiio M15(緑)とでは、50Ω以上ではM15の方が高ゲインが得られますが、それ以下だとDX300の方がパワフルです。

同様に、AK KANN ALPHA(紫)もインピーダンスが低いとかなり非力なのですが、600Ωまでプロットしたグラフを見ると、250Ω辺りからM15を追い抜き、最終的に34Vppにまで到達します。つまり、パワフルなアンプといっても、組み合わせるヘッドホンのインピーダンスによってどれが一番かは一概には言えないという事です。これはもちろん最大音量の事であって、音質とはまた別の話です。

音質とか

今回の試聴では、普段から聴き慣れているIEMイヤホンのUE Reference Remasteredと、最近購入して愛用しているAcoustune HS1697Tiを使ってみました。Acoustuneの方は純正4.4mmバランスケーブルです。

UE Reference Remastered

Acoustune HS1697Ti

DX300のサウンドを簡単にまとめるなら、最上級機であってもやはりiBassoらしく、鳴り方に独特の個性があり、単なる高解像・高出力の無難な仕上がりには留まりません。DAPというよりはポタアンを鳴らしている感じに近いです。このあたりはライバルのFiio M15などとはずいぶん異なる印象を受けます。

しかも、サウンドを聴いていて「まさしくiBassoだな」と実感できる、メーカー独自のサウンドシグネチャーみたいなものがあります。モデルや世代ごとにサウンドの仕上がりが大きく変わってしまう他社製DAPと比べて、この部分は昔からiBassoの大きな強みだと思います。

ただし、DX300はヘッドホンアンプモジュールが交換できるので、今回聴いたサウンドも、どの程度がDX300本体(つまりDACや電源など)で、どの程度がアンプモジュールに依存するのか、という点は気になります。将来的に別のアンプモジュールに交換した際にも同じような個性のままなのか、それとも全然違う性格になるのか、という事です。

DX300のサウンドの特徴で一番目立つところでは、中高音の質感が強く押し出される一方で、低音の空間展開はとても広く遠いです。他のDAPでは味わったことがない、かなりユニークな鳴り方だと思います。

中高域に関しては、女性ボーカルやヴァイオリン、トランペットなど広い帯域で間近に張り出しており、質感が充実しています。特定の帯域が不自然に尖っていたり、プレゼンスやアタックが刺激的に刺さるというわけではなく、声質とか楽器の特徴が明確に掴めるような、情報密度の高い鳴り方です。艷やかな美音というよりも、声の発するエネルギーや、ザラッとした質感が豊かに表現できている、生々しさが魅力的です。

まろやかとかマイルドとは真逆の性格なので、好き嫌いは分かれそうですが、ドラムのドライブ感やギターソロの熱気などが散逸せずに力強く鳴ってくれるので、とりわけロックとの相性が良さそうです。乱雑になりそうでいて、しっかりと安定感を保っているという点において、やはり強力なポタアンのイメージに近く、iBassoらしさが感じられます。

次に、DX300のもうひとつの特徴である低音側の表現についてですが、このように中高域が鮮やかなアンプの場合、低音側も暴れてモコモコしがちなのですが、その点DX300は予想と全然違う鳴り方をしてくれたので驚きました。低音のスケールが大きく、広く遠く、しかも明確に聴こえるという、これまで他のDAPではあまり体感したことが無い鳴り方です。

この低音の鳴り方は特に興味深いです。耳元に迫る音圧や「こもり」が非常に少ないため、軽く薄いサウンドなのかと錯覚するのですが、いざ低音が鳴ると、それが遠くから重く力強く発せられます。別の言い方をするなら、低音側の「音抜け」が圧倒的に良いです。

さらに、高音側と低音側の鳴り方がこれだけ違うのに、それらの間に捻れや詰まりのような違和感が生まれておらず、ちゃんと統一感があるのが、さすが高級機らしい仕上がりです。他にも個性的なヘッドホンアンプは色々思い浮かびますが、どれも一辺倒なクセのせいで台無しになっていることが多いです。

iBassoのDAPやポタアンといえば、昔からアンプ回路にオーディオグレードの大きな電解コンを入れるなど、とりわけ低音の力強さや質感を重視した設計が特徴だと思いますが、従来のDAPではそれが裏目に出ていると感じる事も多かったです。低音を厚く太く盛る事で、録音に本来あるべき奥行きが埋もれてしまい、端切れが悪くなる感じです。それがDX300では同じくらいの厚さや太さでありながら、空間にとても広い余裕を持たせる事に成功しているので、まさに「iBassoらしい」サウンドを保持しながら、さらに上のランクに進化したように感じられます。もしかすると、こういった部分でDX300のデュアルバッテリー設計が効果を発揮しているのかもしれません。

このDX300の特徴的な低音を味わうには、イヤホン・ヘッドホン自体の低音の再現性が悪いと台無しなので、できるだけ低音がこもりにくい開放型ヘッドホンなどで聴いてみることをお勧めします。特に低音のリズムが重要な音楽ジャンルでは、単純に音圧が強いだけのアンプとは一線を画する体験ができるので、それこそ据え置き型アンプでしか味わえないようなスケールの大きなサウンドに驚くと思います。

DX300の特徴的なサウンドが気に入った場合、さらに大きなメリットは、駆動条件に関わらず鳴り方の変化が少ない、という点です。これはアンプ設計が優れている証拠でしょう。

つまり、ゲインモードをLowにしてボリュームを下げて使うような高感度IEMイヤホンでも、逆にアンプのフルパワーを要求するような大型ヘッドホンであっても、サウンドの傾向があまり変わらず、相性問題のようなものが出にくいです。

非力なDAPで音量を上げすぎると、電源が追いつかず、音のメリハリが損なわれてしまうことがよくありますし、逆にパワフルさを押し出したDAPでも、低音量時にはノイズが目立ったり、ローゲインモードにするとアンプ回路の事情で音痩せして魅力に乏しい、という事もよくあります。その点DX300はさすが上級機だけあって、幅広い条件にしっかり対応できています。近頃iBassoは自社製ヘッドホンやイヤホンにもそこそこ力を入れているので、アンプに求められる特性の理解も一層深まっているのかもしれません。

Hiby R6PROとDX300

DX300はiBassoの上級機にふさわしい仕上がりであることは確かですが、無難な安定志向というわけではなく、好き嫌いが分かれるサウンドなので、必ずしも万人受けするDAPではなさそうです。

たとえば、私が普段使っているHiby R6PRO DAPと聴き比べてみると、性格が正反対なので、どちらが優れているかは断言できません。R6PROの音は全体的に丸く派手さが無く、質感の鮮烈さも低音のスケール感もDX300には一歩劣りますが、逆になんとなく雰囲気が良く、マイルドな親しみやすさがある、いわゆる「聴きやすい」サウンドです。私自身も普段からR6PROをずっと使っていると、たまにはもうちょっとスケールの大きなサウンドが聴きたくなるので、その点ではDX300に魅力を感じました。

この価格帯の他の候補では、もうちょっと情報量重視のDTMオーディオインターフェースみたいな鳴り方ならFiio M15の方が良いと思いますし、高音の空気感やプレゼンスの雰囲気の良さならAK KANN ALPHAや、予算的に余裕があるならAK SE200も優れたDAPです。最近は昔ほどDAPにラグジュアリー感を求めるのではなく、各メーカーごとに実用性とコストパフォーマンス重視で優れたモデルが出揃っていると思います。

何度かDX300を試聴してみて、サウンドの表現、特に低音の鳴らし方においては、他社と十分互角に戦える最上級モデルにふさわしい仕上がりだと実感できたのですが、レファレンスとして常用するにはちょっと厳しいと思えた部分もあります。

個人的にDX300の購入を断念した理由というか、興味が失せてしまった原因は、ソフトのバグの多さでも金色のボリュームノブでもなく、純粋に「DSDファイルの鳴り方が好みに合わなかった」というのが大きいです。

具体的には、ジャズやクラシックなどのDSDファイルを聴いてみたところ、どれも「PCMっぽい鳴り方になる」「ギラギラして押しが強い」という印象が強かったです。

優れたDAPやDACになると、音源の違いが細部まで描画できるようになり、とりわけDSD特有の特徴的な鳴り方がどれだけ引き出せるかというのは個人的にとても気になる部分です。クラシックでは特にDSD生録音が多く、主に空間や空気感の表現力においては同じアルバムのハイレゾPCM版とかなり印象が異なるのですが、DX300ではそのあたりが上手くいきませんでした。普段から聴き慣れたDSDアルバムでテストしてみても、それぞれの空間情景やコンサートホールの雰囲気が希薄で、その代わりに楽器音に耳障りな疲労感がつきまといます。

一般的なDSD64のみでなく、DSD128などの高レート音源でも全く同じ感覚だったので、やはり何か原因があるのだろうという結論に至りました。ファイルフォーマットの違いというよりは、DSD録音というのは総じて空間音響を豊かに取り込んでいる作品が多いため、それらの響きを上手く分離できておらず、主要な音色の邪魔になってしまっているのかもしれません。

楽器の質感が鮮やかで間近にハッキリ出るというDX300の特徴が、余計な情報まで前に押し出してしまい耳障りになるのでしょうか。クラシックDSDファンとしては、ここまで鮮烈なインパクトは不要なので、もうちょっと繊細でゆったりとした奥行きや距離感が欲しいと思いました。

このままではどの楽曲を聴いてもそれぞれの雰囲気の違いがDX300の個性に上書きされてしまうような印象を受けたので、毎日常用すると飽きてしまう予感がしました。これについては、DX300が採用したD/AチップのDSD処理の特徴なのか、それともアンプジュールの影響かわかりませんが、今後もし別のアンプモジュールが出てくれれば、その原因が明らかになるだろうと期待しています。

おわりに

iBasso DX300の事前情報を見たときは「こんな大きなDAPは絶対欲しくない」と思っていたところ、いざ実物を触ってみると、そこそこ軽量で操作も快適なので、意外と気に入ってしまいました。

操作性の良さやツインバッテリーというアイデア、そして今後アンプモジュールでの発展性を踏まえて、そろそろ自分のHiby R6PROを手放して、これに乗り換えようかな、という気分になってきたのですが、iBassoらしい音作りの中でもDSD再生の好みが合わないという理由から買い替えは断念しました。

また、USB OTGモードやBluetooth接続がなぜか音が鳴らないという謎があり、アプリの細かなバグなんかも、順次アップデートで改善されていますが、「ああ、このメーカーは全然テストしてないんだな」と一気に気分が削がれてしまいました。やはり第一印象は重要です。

特に音質に関してはずいぶん個性的に感じたので、これがDX300本体の特徴なのか、それともアンプモジュールを交換することで性格が変わるのか、というのがまず気になります。せっかくの交換型アンプモジュールですから、できれば発売に合わせてもう一つくらい風味の異なるタイプを用意してもらえたら、評価の流れも変わっただろうと思います。また、DX200やDX220など前例を見るとアンプモジュールの種類は豊富とは言えないので、高価なDAPですし、自身を持って購入できるように、今後のロードマップみたいなものも提示してもらいたいです。

そんなわけで、DX300は良くも悪くも第一印象や感想の振れ幅が大きいDAPだったわけですが、プラットフォームとしては良さそうなので、もうちょっと様子を見て、ちゃんと納得した上で購入するなら、決して悪くない選択肢だと思います。せっかくの最上位機種なのだから、最初からもうすこし洗練された形で体験してみたかったな、と思えたのが残念です。