2021年3月14日日曜日

フィリップス Fidelio X3 ヘッドホンの試聴レビュー

フィリップスの開放型ヘッドホンFidelio X3を試聴してみたので、感想を書いておきます。

Philips Fidelio X3

2020年12月発売で約46,000円ということで、そこそこ本格的なヘッドホンです。好評だった旧モデルFidelio X2 (X2HR)が生産終了になって久しいので、今作はそのままのリメイクなのか、それとも全く新しいサウンドなのかという点が気になります。

フィリップス

フィリップスのコンシューマーオーディオ部門について私が持っているイメージというと、「良い物を作っているのに経営があまりにも不安定で、浮き沈みが激しい」、といった感じです。イヤホン・ヘッドホンブームの最初期にはSHE9700イヤホンなどが「安いわりに音が良い」と好評だったのを思い出します。

フィリップスはオランダが誇る超巨大企業で、1891年に米エジソンに対抗する形で欧州における電球の量産にいち早く着手した歴史あるブランドです。とりわけオーディオにおいてはソニーと共同でCDというデジタル規格を生み出した事で、CDプレーヤー全盛期にCDメカやDACチップなどの供給元として絶大なシェアを誇りました。

Fidelioはそんなフィリップスが2010年代になって生みだしたサブブランドで、当時はヘッドホンが数種類と、Bluetoothスピーカー、サウンドバーなどがFidelioシリーズとして続々登場しました。低価格イメージを払拭して高級感を出したかったのでしょうか。

当時のヘッドホンブーム到来のタイミングもあり、とりわけ2013年の開放型ヘッドホンFidelio X1が好評を得て、2015年には後継機X2が登場、これはまさに渾身の傑作でした。この頃から雲行きが怪しくなり、フィリップスのイヤホン・ヘッドホンが徐々に店頭から姿を消していったので、今回X3が登場するまで存在すら忘れていたという人も多いだろうと思います。

残念ながら2000年頃からフィリップスはパソコンやiPodなどを中心としたマルチメディア新時代への参入に失敗して業績が一気に悪化したことで、オーディオやテレビなどの家電部門を手放し、現在は医療機器やヘルスケア関連に注力しています。最近の人にとってフィリップスといえば電動歯ブラシやシェーバーのメーカーというイメージでしょう。

2010年にテレビ・モニター部門を香港TPV社に売却、2013年にオーディオ部門を日本の船井電機に売却、しかし同年に米ギター製造大手ギブソン社が買収に意欲を出したので船井との契約を強行破棄しギブソン傘下に鞍替えしたのはよいものの、その後のギブソンの経営破綻と破産については皆が知るところです。つまりフィリップスはオンキヨー・ティアックと同じようにギブソン破綻のとばっちりを受けて沈没したわけです。

ちなみにギブソン移行後はFidelio X2のギブソン版とも言えるマイナーチェンジモデルFidelio X2HRというモデルが出ましたが、販売経路の事情から日本には正式に入ってきませんでした。

2018年ギブソン破綻後、すでにフィリップスブランドでテレビやPCモニターを作っていた香港TPV社がオーディオ部門も引き継ぐ事になり現在に至ります。

このTPV社というのもややこしいので今後の行く末も不安です。パソコンモニターOEM製造の世界最大手(シェア30%以上)という大企業で、フィリップスのテレビ部門買収と同時期に中国電子と三井物産のTOBで実質的に中国の国営企業になっており、2019年には民営化のために買い戻しを行っているなんて話があったり、今後のプランが不透明です。

親会社が何であれ、オーディオは音が良ければ別にどうでも良いのですが、ギブソン時のように長期の開発プランが立てられず、商品も店頭に並ばない、という状況が一番困ります。できればこのFidelio X3から心機一転で市場に復活してもらいたいです。

Fidelio

Fidelio X3は50mmの大型ダイナミックドライバーを搭載する開放型ヘッドホンです。

380gの大ぶりなデザインに、ゆったりとした厚手のイヤーパッドや左右両出しの3mケーブルなど、明らかに家庭での音楽鑑賞にターゲットを絞っており、ポータブルで使うことは想定していないようです。

パッケージ

重厚な開放型ヘッドホン

落ち着いた丁寧なデザイン

厚手なイヤーパッド

回転ヒンジはもうちょっと余裕が欲しかったです

付属品は布袋のみでした

公式スペックによると30Ω・100dB/mWということで、鳴らしやすさはFidelio X2と全く同じようです。実際に交互に聴き比べてみても音量はほぼ変わりません。

30ΩというとポータブルDAPと据え置きヘッドホンアンプのどちらでも問題なく使えるインピーダンスですし、スマホでもそこそこの音量が出せるので、そのあたりは流石フィリップスらしくコンシューマー目線で設計されていると思います。

Fidelio X3とX2の比較

印象は随分違います

全体的な構造や装着感はFidelio X2とほぼ同じなのですが、外観デザインはずいぶん変わりました。

Fidelio X2は発売当時のトレンド(同時期のB&W P5など)に合わせて黒を基調にクロムなど重厚感のあるレトロハイテクっぽいデザインでしたが、Fidelio X3ではグレーのファブリックをベースに、あまりブランドイメージを主張しないソフトな印象に仕上げています。イケア家具や無印なんかに寄せてきた感じでしょうか。シリアスなオーディオマニアには物足りないかもしれませんが、年齢性別を問わず嫌いになりにくい無難なデザインだと思うので、プレゼントとかにも良さそうです。

イヤーパッド

イヤーパッドはFidelio X2と同様にプラスチックのピンで固定されており、引っ張るだけで簡単に取り外せます。ベロア調の厚手な低反発素材で、耳をすっぽりと覆うので、装着感は良好です。

ちなみにパッドを外すとドライバーが耳穴に対して傾斜しているのが確認できます。音が耳の真横ではなく前方から鳴っているように錯覚できる仕組みとして、音楽鑑賞用ヘッドホンでよく使われる手法です。メーカーによってはイヤーパッドの前後の厚みを変える事で同様の効果を得ているものもあります。

ゴムで伸縮するヘッドバンド

レザーの質感が良いです

ヘッドバンドはAKGなどのようなゴム伸縮のハンモック式で、十分な余裕があるので頭が大きい人でも問題無いと思います。そういえば初代Fidelio X1では伸縮範囲が狭すぎて、とくにアジア人の頭(耳の位置が低い)に全然フィットしないという問題があり、Fidelio X2で大幅に改良されたのを覚えています。今回Fidelio X3でもX2と同じくらい余裕を持たせています。

全体的なフィット感は、そこそこ重いハウジングをしっかりした側圧で保持しており、イヤーパッドやヘッドバンドが厚手なので痛くなることは無さそうです。ハウジングやヘッドバンドの剛性が高く、しっかりとホールドしているので、AudezeやFostexほどグニャグニャしません。イメージとしては高級ソファーみたいな感触です。

ケーブル

3.5mm端子ケーブルとは別にバランスケーブルも付属しているのが意外でしたが、2.5mmバランス端子なのでちょっと使いづらいです。

バランスケーブルも付属していました

家庭用でしかも3mなら、アンプとの互換性の面で4.4mmか4ピンXLRの方が良かったと思うのですが、まあ付属してくれているだけ文句は言えません。

ちなみに公式サイトの写真でもバランスケーブルが確認できますが、スペックや説明書には一切の記載が無いのがちょっと不思議です。つまり、すべてのロットに付属しているのかは不明です。

左右3.5mmですが・・・

ケーブルは左右両出しで着脱端子が3.5mmということで、社外品への交換に便利だなと思ったのですが、実は配線が特殊なので注意が必要です。ベイヤー、ソニー、HIFIMAN用などの一般的な3.5mmケーブルでは音が鳴りません。

3.5mmステレオTRSで、左側は「信号・無・グラウンド」、右側は「無・信号・グラウンド」となっています。つまりステレオTRSに準じた配線で、左右ケーブルそれぞれに片方のみ配線しているという感じです。

他のヘッドホンメーカーの場合はTRSの先端Tが信号で、RかSもしくは両方がグラウンドというのが一般的なので、モノラルTSプラグを使う事もできますが、X3のみ、それらでは左側のみ音が出て、右側は無音になってしまいます。

なぜフィリップスがわざわざ世間一般の常識に反する特殊なピンアサインにこだわったのかは不明ですが(左右ケーブルを間違えて接続したら音が鳴らないため、接続ミス防止にはなりますが)、社外品ケーブルメーカーの標準品でこの配線のものはほぼ無いと思うので、特注で作ってもらうか自作するしか手段はありません。

インピーダンス

インピーダンスを測ってみたところ、150Hz以上の特性はFidelio X2とほぼぴったり重なっているので、ドライバーそのものの基礎設計はほぼ同じものだと想像できます。低音の共振点が異なっており、Fidelio X3は盛り上がりが抑えられています。

参考までに、インピーダンスがほぼ同じGrado RS1eのグラフも重ねてみました。どちらも開放型ダイナミックヘッドホンですが、メーカーの設計思想次第で低音側のインピーダンスの山が大きく違うのがわかると思います。

これらのグラフを電気的な位相で表すとこんな感じです。Fidelio X2と比べるとFidelio X3はアンプの駆動性能の依存性が少ない、つまり鳴らしやすいようです。

音質とか

Fidelio X3は比較的鳴らしやすいのでポータブルDAPでも全然問題無いのですが、家庭用大型ヘッドホンということで、強力なiFi Audio micro iDSD Signatureを使ってみました。

micro iDSD Signature

Mat Jodrell 「Echoes of Harlem」を聴いてみました。リーダーはトランペット・フリューゲルホルンで、ピアノトリオのサポートによるオーソドックスなジャズです。

モーガンやハバードのような切れ味のハードバップから、もっとモダンでゆったりした曲まで、スタイルの幅広さが良いです。特にドラムがLewis Nashなので、煽りが上手くて聴いていて高揚感があります。録音はニューヨークSear Soundで音質は大変良いです。


Fidelio X3の音質についての第一印象は、かなり厚くゆったりした重い鳴り方です。ピアノトリオとかをまったり味わいたい人には良いかもしれません。

ドラムのハイハットの尖りやキックドラムの音圧が耳障りにならないような柔らかいサウンドで、中低域の雰囲気を重視した、まさに家庭での音楽鑑賞にピッタリの音作りだと思います。開放型デザインですがGradoやHD660Sのような完全開放という感じではなく、ハウジングを有効に活用するセミオープンっぽさがあります。リスニング中に両手でハウジング外面を覆っても鳴り方はあまり変化しません。

とりわけ低音の鳴り方は太く豊かでありながら、あえて強烈なパンチや音圧を避ける事で、鼓膜への圧迫を低減して、長時間の使用でも疲労感がありません。このあたりはフィリップスらしく、インパクト重視の若者向けヘッドホンとは一味違う大人っぽい仕上げ方です。

低価格で高性能と言われているようなヘッドホンの多くは、わざとシャカシャカ・ギラギラと刺激的に仕上げる事で、見かけ上の解像感や分析力を高めていて、聴いていると耳が疲れてくるようなモデルが多いのですが、Fidelio X3はそれらとは真逆の性格です。つまりネットレビューなどではあまり話題になりそうにない代わりに、家電店やオーディオショップで試聴して気に入って買う人が多そうな製品だと思います。

Fidelio X2と比べてみると、X3は似ているようで違うところも多いので、好みが分かれそうです。明確にどちらか判別できるくらい大きな差があるので、単純にFidelio X2の外観デザインを変えただけのモデルでない事は確かです。

Fidelio X2とX3の違いを簡単に言うと、X2の方がダイナミックでワイルドに暴れがちで、X3は逆に大人しくしっかりまとまったサウンドです。X2はドラムなど低音側が飛び跳ねるように弾むのが目立ちますが、それ以外でも、トランペットの発声が前に出てくる感じや、高音の空気感が広がる感じなど、比較的自由に拡散されているような印象です。雑になってしまうギリギリのところでコントロールできており、帯域全体に渡って統一感があるため、優れたヘッドホンであることには変わりありません。

一方Fidelio X3になると、低音の定位がしっかりと定まって音圧が迫るような感覚が無くなり、中高域にも目立った荒さがありません。全域にわたる鳴り方の統一感という魅力はFidelio X2と共通していますが、それがX3では極端に追求されているように思えます。ヘッドホン由来の変な広がりを抑制するために「出る杭は打たれる」といわんばかりにスムーズに仕上げていったような感じがします。

特にモニターヘッドホンと称されるようなモデルとの大きな違いは、それらでは作品の音質の悪さをあえて露見させるような能力が求められるのですが、一方Fidelio X3はちょっとくらいの悪さなら気にならないように整えてくれるため、古いレコードやYoutube動画でも問題ありません。これがいわゆる「聴きやすい」サウンドという事です。

こういったサウンドの傾向は、ホームシアターやリビングルーム用のスピーカーシステムとよく似ています。スピーカーとヘッドホンのどちらも、もうちょっとハイエンドで趣味性の高いモデルになると、サウンドの凄みも増すのですが、逆に万人受けするようなサウンドでは無くなってしまいがちです。Fidelio X3は専用リスニングルームを持っているようなオーディオ機器マニアではなく、リビングルームの延長として楽しめるようなコンセプトが感じ取れます。

オランダつながりで、Challenge RecordsからMari Eriksmoenのヘンデル・モーツァルト歌曲集を聴いてみました。公式サイトからDSD256・DXDも購入できます。

このレーベルは音質は良いのにアルバムレパートリーが地味すぎてつい敬遠してしまうのですが、今作は派手で爽快、ヘンデルのオペラやオラトリオとモーツァルトのオペラアリアを歌っています。主役はノルウェーのソプラノで、とりわけモーツァルトで定評があるので、流石に適当な新人デビューアルバムとかとは一線を画する自信と迫力に溢れた歌唱です。

RME ADI-2 DAC FS

Fidelio X3はかなり温厚で緩い鳴り方なので、アンプは逆にスッキリした方が良いと思い、高解像の代名詞ともいえるRME ADI-2 DAC FSで鳴らしてみました。

こういう高音質ハイレゾ楽曲を聴く場合はやはり味付けが濃いアンプよりもRMEのようにスッキリした方が相性が良いようで、特に歌唱は飽和せず正確に鳴ってくれます。しかしRMEと合わせてもFidelio X3の性格の方が主導権を握っているので、モニターヘッドホンっぽく使えるかというと、ちょっと難しいと思います。

たとえば同価格帯のゼンハイザーHD660SやShure SRH1840などと比べると、Fidelio X3の鳴り方はかなりカジュアル寄りで、硬派なモニターヘッドホンに慣れている私みたいなヘッドホンマニアにとっては弱点と思える部分もいくつか思い浮かびます。

まず空間表現や音像の立体感についてですが、Fidelio X3はドライバーが傾斜配置されていることで立体的な音場が期待できそうなものの、これが意外と中途半端で、むしろ無いほうが良いかも、という感じがしました。

たしかに耳の真横ではなく前方で鳴っているようには感じられるのですが、たとえばHD800Sのように前後に立体的な奥行きが感じられるのではなく、しかもHD660Sなど平行配置のヘッドホンほど左右の分離が明確ではないため、なんとなく全ての音が眉間のあたりに固まって漂っているようなイメージです。

立体感を出すには、歌手、オーケストラ、ホール残響といった要素で「奥行き」方向での分離が欲しいのですが、Fidelio X3ではそのあたりが物足りません。主役と響きが同じ距離感で混同しているため、立体感に乏しいです。

Fidelio X3のもうひとつの特徴は高音の鳴り方です。ソプラノからプレゼンスまで目立った不具合もなく、しっかり鳴っていると思うのですが、発音の滑舌よりもビブラートが目立つような、厚く鈍い印象があります。

高音がこもっているとかロールオフされているような明らかな不具合ではなく、アタック部分の鋭さが緩和されているのみなので、好意的にとれば温厚で聴きやすく、悪く言えばレスポンスが遅く、二重に鳴っているようで見通しが悪いです。

ヘッドホンの高音はドライバーや振動板そのものの過渡特性が重要になり、たとえば金属コーディング処理していると金属っぽく聴こえたりするので、その点Fidelio X3の50mm振動板は二枚のポリマー板の間にジェルを挟んだ複合素材で作られているそうなので、それが特徴的な鳴り方に貢献しているのかもしれません。Fidelio X2でも同じような複合素材を採用しており、高音の鳴り方はたしかによく似ています。Fidelio X3ではもうちょっと落ち着いた鳴り方になったせいで、以前よりも高音の特徴が目立つようになりました。

HD660SやSRH1840のような緻密で分析的な高音の鳴り方を期待しているなら鈍さがもどかしいでしょうし、GradoやUltrasoneみたいな美音っぽい艶を求めている人には地味すぎる、という曖昧さが、冒頭で述べたように派手なヘッドホンに慣れたマニアにとっては物足りなく感じると思います。

ケーブル交換

ここまでFidelio X3を何度か試聴してサウンドの印象が把握できてくると、ケーブルの影響が大きいのではないか、という考えが頭から離れませんでした。

単なる直感というか、なんとなくFidelio X2やゼンハイザーHD650・HD599などで純正ケーブルを使っている時と同じようなもどかしい感覚があったからです。付属2.5mmバランスケーブルに交換しても、その感覚が消えません。

自作ケーブル

Chord Hugo TT2で駆動

そんなわけで、せっかくなので適当な短いケーブルを作って聴き比べてみたところ、やはりそこそこ大きな変化が感じられます。純正ケーブルと比較して、空間の立体感や周波数バランスには目立った変化はありませんが、低音が引き締まり、響きがスッキリして見通しが良くなります。

これについては、単純に付属ケーブルの品質が悪いという話ではありません。モニター系のヘッドホンに慣れている人であれば、この自作ケーブルでのサウンドの方が優れていると感じると思います。しかしカジュアルにゆったりと音楽(もしくはテレビや映画)を楽しみたい、ホームシアター系スピーカーのように部屋を満たすサウンドに慣れている人にとっては、付属ケーブルの温厚で緩いサウンドの方が好ましいです。

そんなわけで、Fidelio X3の付属ケーブルは理に適っていると思うのですが、できれば社外品ケーブルに手軽に交換できるような端子だったら、より多くのファンを獲得できただろうと思うと実に惜しいです。

おわりに

フィリップスFidelio X3は価格相応に上手にまとまっていて、目立った不具合も無く、オールラウンダーとして決して悪くない開放型ヘッドホンだと思うのですが、私のような生粋のヘッドホンマニアにとっては中途半端でもどかしい存在です。

悪くないです

5万円弱という価格設定は手軽な入門機としてオススメするにはちょっと高いですし、真面目なレファレンス・ハイエンド機としてはあと一歩といった微妙なところです。

温厚でマイルドな聴き味、北欧家具のようなミニマリストデザイン、ソファのような柔らかい装着感、そして3mケーブルといったスペックから想像するに、ホームシアターAVアンプやミニコンポ直挿しで使うような年配のカジュアル層がターゲットでしょうか。

このブログを読んでいるようなヘッドホンマニアであれば、ハイレゾDACやヘッドホンアンプは誰でも持っている必須アイテムのように錯覚してしまいがちですが、家電店の客を見ると、20年前に買ったヤマハのAVアンプを後生大事に使っていて、それでヘッドホンを鳴らしたい、なんていうお父さんが未だに結構多いです。

そうなると、金銭的にはそこそこ余裕があるけれど、ごちゃごちゃしたヘッドホンアンプやハイエンド機の煩わしさには乗り気ではないので、なにか手頃な、夜間にスピーカーの代用になるようなヘッドホンを、となると、Fidelio X3が最善の選択肢になるかもしれません。似たような候補としてはベイヤーAmiron Homeなんかが思い浮かびます。

一方、数々のハイエンドヘッドホンを聴き慣れている人にとっては、Fidelio X3は解像感や定位の明確さなどで一歩劣るので「悪くないけど常用するには物足りない、でも色物としての奇抜さも無い」という印象を受けると思います。5万円台ならHIFIMAN Sundara、ゼンハイザーHD650・HD660S、ベイヤーDT1990PRO、Shure SRH1540など切れ味のあるライバルが多いので、そんな中ではFidelio X3はかなり緩く聴きやすい部類に入ります。

ちなみに私はFidelio X1とX2をどちらも発売時に購入しており、当時は傑作として絶賛していたので、新生フィリップスによるFidelio X3の登場には大きな期待があったのですが、いざ試聴してみて、そこまで乗り気になれなかった事に自分でもちょっと驚いています。

しかし、その理由もなんとなく理解できます。初代Fidelio X1が2013年、そしてFidelio X2が2015年発売で、その当時は高級ヘッドホンの選択肢が今ほど多くなかったので、(HD650やK702とかがまだまだ売れ筋だった頃なので)、Fidelioのサウンドとコストパフォーマンスがひときわ輝いていました。

しかし、それ以降、当時の高級機も中国製に移行するなどで価格がグッと下がり、上述のように新たな素晴らしいヘッドホンが続々登場しています。

また、当時と比べてハイレゾ音源や高音質録音といったジャンルも定着しており、アコースティックな空間の奥行きや立体感がある作品を楽しむ人も増えてきました。

そんな中で、Fidelio X3は2021年の最先端サウンドというよりは、あくまでFidelio X2のアップデートに留まる印象だったため、今更感というか時代錯誤にも思えてしまいました。Fidelio X1・X2には鳴り物入りの新興勢力といった存在感がありましたが、Fidelio X3はどうにもインパクトが弱いです。

また、もうひとつの大きな弱点は、Fidelio X2 / X2HRの存在だと思います。2015年の発売以降、実売価格が徐々に下がり、しかも2018年にギブソン社がフィリップスを手放す事になって在庫が捨て値で市場に放出されたことで、今でもアマゾンなどで探せば新品が1万円台で手に入ってしまいます。

この安さでは文句も言えません

さすがにここまで安ければ文句無しにオススメヘッドホンだと断言できるのですが、今回Fidelio X3の発売価格が46,000円というのを見て「ずいぶん値段が高いな」というのが私の第一印象でした。しかも、ここ数ヶ月ですでに3万円台に下落しています。これが2万円台になってしまえばゼンハイザーHD599とかの価格帯になるので、かなりお買い得に思えてきます。こういう大手家電メーカー品というのは大量生産・大幅値下げのイメージや先入観があるため、買い時のタイミングが難しいですね。

個人的にフィリップスには過去の栄光を取り戻してもらいたいので、新たな運営体制の中で今後もFidelioシリーズを中心に積極的に頑張ってもらいたいです。