2021年4月19日月曜日

HIFIMAN HE-400SEヘッドホンの試聴レビュー

 HIFIMANの新型ヘッドホンHE-400SEを試聴してみました。

HIFIMAN HE-400SE

海外では2021年4月発売で、公式サイトでUS$149という激安価格ながら、同社が誇る平面駆動型ドライバーを搭載している本格派モデルです。HIFIMANのヘッドホンはどれも外観がそっくりなので、今作はこれまでとどう違うのか気になります。

HIFIMAN

ヘッドホンマニアのあいだでHIFIMANほど賛否が分かれるメーカーも無いでしょう。熱狂的な信者がいる一方で、苦い経験をした人も少なからずいます。私自身はそこそこ好意的な印象を持っており、特にHE-560というモデルは稀に見る傑作として、今でも愛用しています。

私にとってHIFIMANの難点は、とにかく似たようなデザインのヘッドホンが多く、値段も今回のような2万円程度から、最上級機「Susvara」では60万円を超えるほどにもなるので、コストパフォーマンスや付加価値がいまいち把握できない、という理由はあると思います。

さすがにHE-400SEとSusvaraでは価格差相応に素材のキラキラ具合が違いますが、HIFIMANのポリシーとして、ヘッドバンドやイヤーパッドなどの基本的なデザインは価格を問わず共通しており、世代ごとに全モデルの部品を更新していくというアプローチなので、モデル変遷が余計わかりにくくなっています。つまり同じモデル名なのにヘッドバンドやケーブルなど写真と実物が違っていたりなんて事もよくあります。

もうひとつ、個人的な感想としては、モデルのグレードを問わず、細かい部分が壊れやすい、というのも挙げられます。それについては後述しますが、実店舗で買うならまだしも、個人輸入するとなるとそれなりのリスクがあります。逆に言うなら、音質面での技術進歩に特化して、それ以外の部分はあまり気に留めていない、という点がストイックだと好意的に捉えている人も多いようです。

私自身はヘッドホンには使い勝手や堅牢さを含めた総合的なデザインセンスを求めているので、新型が出るたびに過去の不具合がどの程度改善されているかというのは気になるところです。その点、近頃のHIFIMANは数年前と比べて経営方針が大きく変わり、以前のようなマニアックなガレージメーカーから、もうちょっとコンシューマー寄りになってきたようなので、デザインの合理性やコスト削減にも注力しているようで期待が持てます。

HIFIMANというと平面駆動型ドライバーを搭載した開放型ヘッドホンというのが代名詞で、設立当初から一貫して同じデザインコンセプトを突き進んできました。ダイナミックドライバー型ヘッドホンやイヤホンなども一応作っていますが、今回紹介するHE-400シリーズが平面駆動型シリーズでは最安のエントリーモデルになります。

右は旧モデルHE-400S

2012年の初代「HE-400」から、2014年の「HE-400i」や2015年の「HE-400S」と、世代ごとに最先端デザインを最低価格で提供する、というような位置づけなので、モデルごとに音質はずいぶん違います。また、モデルチェンジが頻繁に起こるので、買い時を見極めるのも難しいです。例えばHE-400iに最新型ヘッドバンドを採用した「HE-400i 2020」というのが最近出ましたが、半年もしないうちに廃番になって、今回のHE-400SEが登場しました。

右のSundaraはハウジングが若干薄いです

さらに、HE-400シリーズの当初の価格設定は3-5万円台でしたが、最近のモデルは2-3万円台に移り、2017年には新たに4万円台で「Sundara」という、これまた似たようなデザインのヘッドホンが登場したので、ますます混乱しています。

私の考えとしては、Sundaraは2017年からずっと変わらず定番モデルとしてカタログに存在しており、一方HE-400シリーズはスポット生産でどんどん仕様を更新していくような位置づけのように思えます。

2020年4月現在のカタログから主要なモデルを拾ってみると、

  • HE-400SE ($149)
  • Sundara ($499)
  • Ananda ($999)
  • Arya ($1,599)
  • HE1000V2 ($2,999)
  • HE1000SE ($3,500)
  • Susvara ($6,000)

という順番になるようです。この中ではHE-400SEとSundaraのみが古典的な丸形ハウジングで、それより上のモデルは大きな楕円形ハウジングになっています。最上位Susvaraのみ両者の中間のような独自のフォルムです。

楕円形のAnanda

数年前までは高級モデルでも丸形と楕円形が混在してましたが、ラインナップ全体が徐々に楕円形に移行しているようです。振動板が大きければ大きいほど平面駆動のメリットを享受できるため、楕円形にするメリットはあるものの、歪まずに正確に駆動することも難しくなります。製造技術が向上することで下位モデルでも採用できるようになってきたのでしょう。

HE-400SE

新型ヘッドバンド

HE-400SEのデザインを見て、まずヘッドバンドが新しくなっているのが目にとまります。このヘッドバンドはHIFIMANにとって第四世代デザインになり、実は昨年のHE-400i 2020版から採用されているのですが、短命なモデルだったので今回初めて見る人も少なくないと思います。ちなみに上位モデルHE6SEなども新型ヘッドバンドを採用しているバージョンをちらほら見かけます。

この新型ヘッドバンドは装着感・使用感ともにベイヤーダイナミックとほぼ同じような感覚で、特にT1・T5などの低反発クッションに近いです。初代ヘッドバンドの手作り感や、二・三代目ヘッドバンドの軽快さと比べて、この四代目はちょっと無難すぎてインパクトに欠けるとも思うのですが、装着感が良いので不満はありません。

HE-400Sは回転できました

HE-400Sではヒンジ部分を回転してフラットに畳めることができたので、新型ではそれができなくなって残念という人もいるかもしれません。ただし回転機構が壊れやすく、店頭試聴機ではグラグラになっているやつも多いので、個人的には新型の方が信頼性が高そうに思えます。

ハウジング自体は従来のHE-400シリーズとほぼ同じで、外周の銀色の部分は金属ではなくプラスチックの塗装です。この値段では文句は言えませんし、軽量で気楽に扱えるという点ではメリットでもあります。とは言っても、巨大な平面駆動ドライバーを搭載しているので、本体重量は390gとそこそこ重いです。ただし、ほぼ同じデザインの上位モデルHE6SEが470gなのと比べると、ずいぶん軽く感じます。

ケーブル

HIFIMANといえばケーブルの迷走っぷりがいつも話のネタになります。今回も例にもれず奇抜なケーブルが付属してきました。

新たなケーブル

あまりにも雑なY分岐

ヘッドホン側は3.5mmです

写真で見るとわかりますが「編み込みIEMケーブルがほつれてしまった」みたいな感じで、とにかく細く、柔軟性が無く、針金のようにクセがつきやすいです。初めて手にした時は「もともと捻れていたものが、ほつれてしまったのか」と思ったのですが、この状態で正しいようです。

まるでIEMケーブルのように軽量なので扱いやすいのは確かなのですが、どこかに引っ掛けたりして断線してしまいそうで心配になります。タッチノイズも最悪で、ケーブルに触れるとガサゴソと、まるで振動板が故障したのかと思えるほどのノイズが聴こえます。

誤解の無いように言っておきますが、線材が細いから音が悪そうだ、というわけではありません。他のメーカーのヘッドホンケーブルも中身の線材はこれと同じくらい細いのが一般的ですが、物理的な保護やタッチノイズ低減のためにゴムなどの厚い層で覆っています。ケーブルは太い方が音が良いというのは初心者にありがちな誤解なので、メーカー側も意図的に太く見せかけているという側面もあると思います。

上級機のケーブル

ちなみにHIFIMAN上位モデルHE1000やSusvaraなどのケーブルは細いケーブルが半透明ゴムホースの中に入っているデザインなので、もしかすると今回HE-400SEで採用されたケーブルも同じような線材で、コスト削減のためにゴムホースを排除しただけなのかもしれません。

ちなみに現在HE-400SEの英語公式サイトを見ると、ケーブルに関しての情報は一切無く、広報写真にも全く写っていないので、今後また別のケーブルに差し替えられる可能性も大いにあります。

ちなみにヘッドホン側の着脱端子は一般的な3.5mm TRS端子で、先端から「信号・未使用・グラウンド」という配線なので、社外品アップグレードケーブルの種類も豊富です。

数年前までHIFIMANは2.5mm端子を使っていましたが、物理的に貧弱で接触不良にもなりやすかったので、3.5mmに変更したのは良い判断だったと思います。2.5mm時代に登場したSusvaraなどのモデルも、最新ロットでは密かに3.5mm仕様に変更されています。

ドライバー

HE-400SEは外観を見ただけではこれまでのHE-400Sなどと何が違うのかイマイチわかりにくいのですが、イヤーパッドを外してみると、肝心の平面駆動型ドライバー自体が大きく変更されていることが確認できます。

新作ドライバー

公式サイトによると、「ステルス・マグネット」を搭載というのがセールスポイントとされており、たしかに平面振動板(縞模様の板)の前に棒状の磁石が七本配置されています。

枠組みに棒磁石を透明なレジンで強固に接着していることからもわかるように、振動板と棒磁石のあいだの隙間を正確に組み付ける事が肝心なようです。隙間が狭すぎれば振動板が前後に動いたときに衝突してしまいますし、逆に離れすぎていては効果が薄れて能率が悪くなってしまいます。

HE-400SEとSundara
Sundaraの展開図

HE-400S

これまでHIFIMANの低価格モデルでは振動板の裏面(つまりハウジングの外面)にのみ棒磁石が配置されているのが一般的でした。公式サイトからSundaraの展開図を見ても、棒磁石(赤矢印)は外面のみです。

磁石を両面に配置することで、振動板の前後振幅が均一になるというメリットはありますが、重量や製造コストも上がるので一概に良いというわけではありません。さらに、出音面を遮蔽するので音が濁ってしまうというデメリットも挙げられています。

磁石の角が丸くなっています

今回ステルス・マグネットと称しているのは、棒磁石の角を丸くすることで音波の干渉を低減する狙いがあるようです。ライバルのAudezeとかも似たような対策を行っているので、実際問題なのでしょう。

Ananda

Arya

HE6SE

上位モデルのAnandaやAryaなど楕円形になると、今回のHE-400SEと同じように振動板の前面にも棒磁石が配置されています。

円形タイプの高級機HE6SEも棒磁石が確認できますが、HE-400SEと比べると振動板のデザインが明らかに違いますし、磁石と振動板のあいだの隙間がかなり広いため、能率が悪くて鳴らしにくかった理由がなんとなく想像できます。(HE-400SEは紙一重の隙間しかありません)。

HE-400SEは低価格でありながら、従来機と比べて振動板の製造技術や磁石との組付け精度が着々と進化していることが感じられます。

イヤーパッド

身の回りのHIFIMANオーナーにトラブル経験談を聴いてみれば、十中八九、イヤーパッドが挙がるだろうと思います。(それ以外だと、2.5mm端子だった頃の接点不良とか、振動板と磁石のあいだにゴミが侵入して音がビビるとかの問題が多いでしょうか)。

イヤーパッド

写真にあるように、イヤーパッドはプラスチックリングの爪を本体に引っ掛ける仕組みになっているのですが、パッドがこのリングに接着剤で固定してあるので、使っているうちに剥がれてくるトラブルが多いです。

内側が剥がれてきます

イヤーパッドのような「柔軟に伸縮すること」が前提にある部品には接着剤を使うべきではないのはデザインの初歩的なルールです。似たようなプラスチックリングを採用しているフォステクス、AKG、ゼンハイザーなどは接着剤ではなく合皮の張力のみでリングを保持しています。

私のHE-560はパッドをすでに三回交換していますし、友人のSusvaraも買って数ヶ月で剥がれてきましたので、高級モデルでも例外ではありません。上の写真は今回比較試聴に使ったSundaraのものです。

イヤーパッド自体はクッション性や耳へのフィット感は良好なので、その部分に関してはそのままで、もうちょっと壊れにくい方法を考案してもらいたいです。

HE6SEのパッド

ちなみに昨年出たHE6SEというモデルでは、プラスチックのリングが別部品になっており、一般的なベイヤー・AKGと同じサイズのイヤーパッドを被せて使うようになっていました。社外品ではYAXIなども同様のリングを別売しています。

この方が合理的で優れていると思うのですが、なぜかHE-400SEでは未だに接着剤を使っているのが不思議です。

インピーダンス

HE-400SEは公式スペックによると21Ω・91dB(/mW?)と書いてあります。平面駆動型らしく能率はあまり高くありませんが、インピーダンスはそこそこ低いので、適正音量を得るのにそこまで苦労はしないでしょう。

インピーダンスを測ってみたところ、さすが平面駆動型らしく、完璧な横一直線です。つまり低音から高音まで余計な共振点などが無く、アンプから見ると非常に安定した負荷です。

安定した負荷ということは、アンプの駆動力や出力インピーダンスに関してはあまり気にせずに、低ノイズ・広帯域なアンプを選ぶメリットがあります。

他のHIFIMANヘッドホンと比較してみると、低音のインピーダンスの山が目立つモデルとそうでないものがあるのが面白いですね。実際に音にどのような影響があるのかは不明です。

音質とか

今回の試聴では、主にChord Hugo TT2を使って、HE-400SE・HE-400S・Sundara・Ananda・Aryaを聴き比べてみました。

Chord Hugo TT2 + M-Scaler

ちなみに今回試聴した中ではHE-400SEが一番音量が取りにくかったです。HE-400SEやAnandaなどよりも一割程度音量を上げる必要がありました。最近の強力なDAPなら問題ないと思いますが、スマホのドングルとかだと厳しいかもしれません。

Arnett Cobb 「Funky Butt」が2xHDによってリマスターされたので聴いてみました。

1980年の録音ですが、ジャケット絵は50年代Verveを想像しますし、内容もそれっぽい覇気のあるブロウなので、知らずに聴くと「50年代なのに音質がやけに良いな」と困惑してしまうかもしれません。当時のCDはずっと気に入って聴いていたので、今回2xHDリマスターで一層力強く太く鳴ってくれて嬉しいです。


HE-400SEを聴いてみての第一印象は、これまでのHE-400シリーズとは性格がかなり違う、むしろAnandaに近い、という感じでした。Anandaは$999の楕円形モデルなので、サウンドが似ているというのは、ずいぶんお買い得に感じます。

もちろん平面駆動型そして完全開放型らしい特徴はしっかりと持ち合わせているので、これまでどおり、素直で一直線な周波数特性であったり、低音のこもりや高音の刺さりなどのクセの少なさも優秀です。低価格モデルだからといって他社でよくありがちな低音を盛るとかの小細工演出を行っておらず、さすがHIFIMANらしい潔さです。

私の勝手な想像ですが、これまでのHIFIMANヘッドホンは、HE-400SからSundaraまでのモデルと、それ以上のAnandaやAryaなどのモデルで、単なるグレードの上下ではなくサウンドの系統が大きく分かれているように思えました。今回HE-400SEが後者のサウンドに近いというのは、これまでのHE-400Sの系統と比べるとずいぶん意外な変化です。

HE-400SEとAnandaはどちらもマグネットを振動板前後に配置しているのが効いているのかもしれません。技術的な理由がなんであれ、各モデルを交互に聴き比べてみると、「HE-400SとSundara」「HE-400SEとAnanda」というふうなグループ分けができます。

まず、これまでのHE-400Sなどでは、平面駆動型らしい繊細さと高い解像感がある反面、音が平面的でつまらない、という印象もありました。まるで色や濃淡の無い緻密な線画のように、バンドメンバー全員が平面上で均一に鳴っているような感じです。

HE-400SからSundaraになると描画のディテールが一層シャープで細やかになるため、解像感という意味ではアップグレードであることは確かなのですが、実在感や人間味といった点ではHE-400Sと同程度に退屈というか、むしろ逆行しているようにも思えました。

解像感が高いということは、つまり音楽を忠実に再現しているのだから、それの何が悪いんだ、と疑問に思うかもしれませんが、HE-400SやSundaraの場合は音の強弱のダイナミクスが極めて平坦なため、無音からのアタックや音色の引き際などオンオフの差が乏しく、延々と一定量の音が耳に流れているような感覚になってしまうのが弱点だと思います。これは同じく低価格な平面駆動型のFostex T50RPやAudeze LCD-2Cなどでも感じるポイントなので、なにか技術的なボトルネックの共通点みたいなものがあるのかもしれません。

個人的に愛用しているHE-560という古いモデルもこれらと同じ系統で、面白みの無いサウンドなのですが、そこそこ上位モデルなだけあって、弱音の緻密さが際立っており、音が前に来てくれない代わりに、奥行きの方向で空気感や柔らかい情景の再現性が非常に高いです。特にオーケストラなどには適しているのですが、ジャズバンドとかだとソロ楽器に迫力が無いので退屈してしまいます。

ようするに、HE-400SやSundaraはダイナミック型とは一味違う「平面駆動型らしい」解像感の高さを味わうための入門機という印象が強かったので、もうちょっと音楽鑑賞が楽しめるヘッドホンとなると、個人的には上位モデルのAnandaなどを推奨したいと常に思っていました。

今回登場したHE-400SEはそんなAnandaとよく似ており、HE-400Sと比べると無音と出音のメリハリがしっかりしており、低音の厚みもあり、アーティストの実在感が大幅に向上しています。まるでダイナミック型のように、背景から音色が飛び出してくるような力強さがあります。

抽象的に言うなら、振動板がスネアドラムのヘッドになったように、リアルな打撃音が耳に届きます。サックスの濁った荒っぽさやピアノ伴奏の打鍵など、どれをとっても楽器音が映えており、太く迫力のある演奏が味わえます。

とりわけベースの演奏がかなり良いです。ダイナミック型ヘッドホンの方が低音の量が多いモデルは多いかもしれませんが、HE-400SEは太い輪郭と正確な音色が両立できており、生楽器重視の音楽でも十分通用する鳴り方です。こういうのはダイナミック型ではそこそこ高級機にならないと実現できません。

ダイナミック型の低価格モデルでは、サブウーファー的に低音を増強しており、映画や電子音楽を聴くぶんには迫力があって良いものの、ウッドベースなどの生楽器では明らかに破綻するモデルが多いので、そんな中でHE-400SEはこの価格帯としてはかなり珍しいヘッドホンです。

スイスの新鋭クラシックレーベルProspero ClassicalからDaniel Behleのシュトラウス歌曲集「Unerhört」を聴いてみました。近頃のクラシック業界は大手レーベルのベテランプロデューサーが独立してブティック的なレーベルを立ち上げるのが増えており、その中でもProsperoは2019年創業なので比較的新しい部類です。

古くはシュトラウス歌曲というとドラマチックで濃厚な印象がありましたが、最近はこのBehleのように知的な解釈で新鮮なスタイルも出てきて、楽しみ方が広がっています。ドイツ系オペラで大活躍しているベテランテノールのBehleらしく、あえてマイナーな曲を多く選んでいるので新鮮です。

HE-400SEのサウンドはAnandaとよく似ていると言いましたが、このような最新の高音質クラシック録音でも同じ印象を受けました。テノールの声が自分に向かって張り出す感じであったり、ピアノの筐体から音が飛び出すような生っぽさがしっかりと体感できます。

とくに平面駆動型はインピーダンス変動(つまり位相の捻じれ)がほとんど無いため、男性歌手とピアノのどちらも低音から高音まで広い帯域をカバーしていても、ちゃんと整合性がある鳴り方をしてくれます。中低音だけが別の場所から鳴っている、なんて事にならないのが平面駆動型の優秀なところです。

ではHE-400SE・Ananda・Aryaの三機種では具体的に何が違うのか、価格差のメリットはあるのか、という点をじっくり聴き比べてみました。

まずHE-400SEとAnandaでは、多くの楽曲ではどちらが良いか判断がつかないくらいよく似ています。両者の明確な違いがあるとすれば、ステレオ音像の正確さではAnandaの方が一枚上手なようで、Anandaの方がより広い空間から音像が鳴っているように感じるので、例えば歌手とピアノが同時に大音量で鳴っている時でも空間に余裕を持って分離してくれます。楕円ハウジングのおかげで振動板が大きく、耳周りに空間の余裕があるためでしょうか。HE-400SEではそのように音圧が高まった時にどうしても雑になって、音が埋もれてしまいます。

こういった分離の良さは左右ドライバーのマッチングとか正確さに影響されると思うので、高価なAnandaの方が優れていて当然なのですが、HE-400SEの方がコンパクトに音を間近で体感できるので、それはそれで悪くありません。

高音もAnandaの方が出ているようで、全体的に明るくクリアに聴こえます。ただし派手めな楽曲だとAnandaの方が耳障りになるので、そのあたりはHE-400SEはあえて幅広い音源に対応できるようにおとなしめに仕上げているのかもしれません。

Anandaよりも上のAryaになると、今度は派手さが控えめになり、より上品に、一音ごとの質感の柔らかさみたいなものが実感できるようになります。高音はより繊細で美しく、低音は音圧よりも深みや表現力を重視するようになり、一見トーンダウンしたように聴こえるのですが、じっくり聴いてみると、音源の魅力をしっかりと引き出してくれている事が伝わってきます。

Aryaと、その上のHE-1000くらいになってくると、ようやくこれまでの下位モデルの性格差や分類みたいなものが全て融合して、HIFIMANとしての理想的なヘッドホンに近づいてくるようです。ただし音源の品質やアンプなどへの要求も高くなります。私自身は、もし今持っているHE-560から新たに買い換えるとすれば、今のところAryaが最有力候補です。

こうやって色々と聴き比べてみると、HE-400SEはHIFIMANの高級モデルと比べて根本的に別物というわけではなく、同じ系統のサウンドでありながら、低価格なりに若干雑で繊細さに欠ける、という程度の違いだと思えました。そういった意味では、なんとなくGradoのラインナップと似ているかもしれません。明確にスペックで差別化するのではなく、音を聴いてみて違いがわかる人のみが上位モデルに価値を見出すような世界です。カジュアル用途ならHE-400SEで十分楽しめますし、そこからのアップグレードも性格が大きく変わるわけではないので安心できます。

最後に、ケーブルについてですが、怪しい見た目とは裏腹に、細い銀色の付属ケーブルは音がかなり良い、というか、むしろこれがベストだと思えました。やはりオーディオというのは実際に音を聴いてみないとわからないものです。

Sundaraなどに付属している黒いゴムケーブルに交換してみると、どうも帯域レンジが狭くなったような、詰まったような感じになってしまいます。逆に、Susvaraなどに付属している半透明ゴムホース(金色のやつ)を装着すると、音がフワフワして焦点が甘くなってしまいます。それらと比べると、付属の細いケーブルは硬く派手に鳴ってくれるため、HE-400SEのポテンシャルを最大限まで引き出してくれているように感じます。

たぶん、黒いゴムケーブルはベーシックなモデルの不具合を隠して上手にまとめるような効果があり、一方高級機のケーブルはヘッドホン本体への要求が高いため、HE-400SEの雑な空間表現を強調して逆効果になってしまうのかもしれません。

おわりに

今回HE-400SEを聴いてみて、あらためてHIFIMANは平面駆動型ヘッドホンの革命児だと再確認できました。HE1000やSusvara以降、高級路線での進展は伺えませんが、こうやって低価格帯に上級機相当の技術を持ってくる事においては目を見張る成長を遂げています。

これまでのHIFIMAN低価格ヘッドホンを振り返ってみると、高級機に引けを取らない緻密な解像感があるものの、淡々としていて平面的、地味で面白くない、という印象があって敬遠していたのですが、今回HE-400SEではそれらとは真逆の性格になり、多少は雑になっても、しっかり溌剌と鳴ってくれます。

新たなステルス・マグネットのおかげなのか、鳴り方はHE-400SやSundaraよりも楕円形のAnandaに近いような印象を受けました。HE-400SEが$149でAnandaが$999ということを考えると驚異的なコストパフォーマンスですし、単なるエントリーモデルとしてあしらうのはもったいないです。

それでもやはりAnanda以上の高級モデルに優位な点が依然として存在しているのは(たとえば空間の立体感など)、たぶん左右ペアのマッチングや製造プロセス精度などに由来するため、コストを下げることが難しいのだろうと思います。

HE-400SEのサウンドを気に入って、さらに上を目指したいのであれば、SundaraやAnandaではそこまで大きなアップグレード感は得られないと思うので、その上のAryaも視野に入れるべきですが、そちらは$1599、つまりHE-400SEの十倍というのはなかなか覚悟がいります。

HE-400SEが出てしまった事で、今後この中間の価格帯も頑張って進化してもらわないと、(つまりArya相当のモデルが$499くらいで出てくれないと)ラインナップにいびつなギャップが生じてしまったようにも思えてしまいます。

そういった意味でもHE-400SEは現時点でのHIFIMANを象徴するモデルであり、今後のモデルへの期待とハードルを高めてしまう、素晴らしいヘッドホンだと思います。