フランスのFocalから新作ヘッドホンClear MgとCelesteeを聴いてみました。
Focal Clear Mg & Celestee |
どちらも同じデザインの兄弟機で、Clear Mgが開放型、Celesteeは密閉型デザインです。特に好評だったClearの後継機としてClear Mgは新たにマグネシウムドライバーを搭載しているため、サウンドの進化が気になります。
Focal
このブログでFocalについて書くたびに毎回言っている事かもしれませんが、昨今のブームに便乗して数多くの有名スピーカーブランドがヘッドホン市場に参入してきたものの、それらのほとんどが脱落している中で、唯一Focalだけがハイエンドヘッドホンにて大成功をおさめています。
そこそこ名のしれた一流オーディオブランドであっても、ヘッドホンというジャンルを甘く見ているのか、それともまともな作り方を知らないのか、「本命はスピーカーシステムで、ヘッドホンはあくまで安易なアクセサリー」という風潮があり、あえて最高音質を目指す事を避けて、中途半端なカジュアル・ポータブルモデルに逃げているケースがとても多いです。
そんな新参組の中でFocalのみが高音質の頂点を目指す心意気を掲げて、Head-Fiなどのユーザーコミュニティの声をしっかりと受け止めて、真面目に自社内での製品開発と改良を突き進めているように思えます。
フランス製です |
Focalが特に素晴らしいのは、今回のような上級機種は同社のスピーカーと同じくフランス自社工場製であること、そしてそれらのモデルの開発には同社の高級スピーカーの技術がしっかりと反映されていることが挙げられます。つまり適当なOEM品にFocalバッジを貼ったのではなく、ちゃんとFocalらしいサウンドが期待できる、という点を高く評価したいです。
今回登場したClear MgとCelesteeを含めて、ここ数年のFocalヘッドホンを見ると、どれも2016年に登場したElearというモデルのデザインをそのまま継承している事がわかりますし、そのElear自体も同時期に発売したUtopiaというフラッグシップモデルの廉価版という扱いで、基本的な構造やコンセプトはほとんど一緒です。
Clear MgとUtopia |
つまり、あれこれ場繋ぎ的に色々なモデルを展開するのではなく、初心のコンセプトやフォルムを崩さず堅実に進化を遂げている事が伝わってきます。まだまだ改善の余地があり、完璧にたどり着いたとは言い難いかもしれませんが、新型が出るたびにデザインが同じなので、サウンドの進化だけを純粋に評価できるというのは良いことだと思います。そういった意味では、なんとなくフォステクスのTHシリーズと似たようなアプローチかもしれません。
ちなみに47万円の最高級フラッグシップモデルUtopiaは2016年の登場以来目立った変更は無く、2021年現在でも現役で販売しています。(2020年には新たにバランスケーブルを付属したパッケージ「Utopia NP」に変更されたのみです)。
Utopia以下の高級ヘッドホンでは、開放型がElear、Clear、Elex、Clear Mg、そして密閉型はElegia、Stellia、Radiance、Celesteeと数多くのモデルが出て、着々と進化しているため、今となってはいくつかの面においてはUtopiaを超えているのでは、と主張する人も少なくありません。Utopiaはサウンドの味付けの派手さであったり、デザインの高級感を強調しすぎて重く扱いづらいなど、デビュー作ゆえの手探り感が伺える点も多いです。
しかしスピーカー業界と同じように、フラッグシップ機というのは一種のブランドステートメントですから、安易に手を加えたりせず、それ以外のモデルでアイデアや改良点などの実験結果を得ながら、機が熟すのを待っているように思います。ユーザー側としても、高価なフラッグシップ機ともなれば頻繁なモデルチェンジが無いほうが安心して購入できます。
開放型と密閉型 |
今回登場したClear MgとCelesteeについては、それぞれ開放型と密閉型という事で兄弟機として捉えても良いのですが、個人的にFocalの開放型と密閉型はこれまで異なる道筋をたどってきたような印象があるので、それぞれに期待しているものも違います。
まず開放型Clear Mgにおいては、そもそも原点であるUtopiaが開放型でしたし、Elear、Clear、Elexと、どれも完成度が高く、目立った不具合も無い優秀なヘッドホンでした。
最初に登場したElearは13万円と決して安くはないものの、Utopiaと比べて地味で堅実なサウンドは他社のライバル機と比較しても若干割高な印象がありました。次に出たClearは19万円という価格相応に音質とデザインが向上しており、Utopiaとは異なる路線の、軽くクリアなサウンドが独自のファンを生んでいます。
そんなわけで、今回Clear Mgには順当な進化を期待していますし、Clearの路線をさらに突き進むのか、それともUtopiaに寄せていくのか、という方向性についても気になるところです。
CelesteeとStellia |
密閉型Celesteeの方はもうちょっと予測不能です。Focalは昔からListenという低価格な密閉型ヘッドホンを作っていましたが、今回のような高級機で最初に密閉型を試みたElegiaは、10万円の価格で、密閉型の悪いところが目立つような凡庸な作品だったので、個人的には嫌いでした。しかし次に出たStelliaは一気に33万円という強気な価格で、サウンドも圧倒的に進化しており、開放型のUtopiaと肩を並べても良いくらい優れたヘッドホンだと思います。
今回登場したCelesteeはStelliaと比べると大幅に安くなっているものの、デザインや素材の品質はStelliaとほとんど同じなので、横に並べてみると単なるカラーバリエーションかと思えてしまうほどです。Celesteeのアルミドライバーに対してStelliaはUtopiaと同じベリリウムドライバーを搭載している事が価格差の主な理由でしょう。
他のモデルに関しては、開放型ElexはオンラインストアDrop(Massdrop)とのコラボ、密閉型Radianceはベントレー自動車とのコラボということで、標準ラインナップからは外れるので今回は比較対象から外しますが、それぞれのユーザーフィードバックが今回の新作に大いに貢献したことは想像できます。
Focalらしいデザイン |
さすがフランスのオーディオブランドらしく、ここまで洗練された高級感あふれるデザインは日本のメーカーではなかなか真似できません。
単純に派手なデザインというわけではなく、各部品の色合わせや光の反射、そして組付け精度など、ヘッドホンに限らず、市販の量産品でここまで綺麗に仕上げている商品というのはかなり稀です。
Clear Mgは光沢のある銀色のハウジングに六角形のグリルでインパクトを出しており、Celesteeも密閉型でありながら、あえてグリルっぽいデザインパネルの下にレザーを配置することでビジュアルに共通点を持たせています。グリル穴のサイズを放射状にする事で立体感を出して、金属リングの反射も合わせて、中心のFocalエンブレムに集中するようになっています。
ヘッドバンド |
ヘッドバンドのデザインはハウジングとは対象的に、あえて地味めにしており、レザーとマイクロファイバーの質感や色合わせ、そしてアルミのエンドキャップの銀の面取り、さらにハンガー部品への曲線の繋がりなど、メカっぽさと曲線と高級素材の質感を見事に融合させた、優れたデザインだと思います。
包み込むようなフォルム |
Celesteeも同じです |
全体的な装着感に関しては概ね不満はありませんが、若干の個人差はあると思います。同じような構造のベイヤーダイナミックなどと比べてかなり重厚でがっしりした感触なので、顔の輪郭に合わせて柔軟にフィットするというよりは、この形の塊に頭を入れているような、ヘルメット的な存在感があります。サイズとしては、シュアーSRH1540がずっしり重くなったような感じでしょうか(SRH1540は286g、Clear Mgは450gだそうです)。
イヤーパッドが十分厚いので側圧が気になることは無いと思いますが、ハウジングのハンガー回転以外では、たとえば前後の傾斜などはあまり自由度が無いので、試聴時にはちゃんとパッドが顔の側面に隙間を作らずにフィットしているか確認してください。特にCelesteeは密閉型なので隙間を作らない事が肝心です。
Clear Mgのイヤーパッド |
Celesteeのイヤーパッド |
サイズや厚みは同じです |
Clear Mgのイヤーパッドは通気性のあるフリースっぽいマイクロファイバー素材で、一方Celesteeは密閉型なので遮音性重視ということでしっかりしたレザーです。
どちらも耳がすっぽり入るアラウンドイヤー型で、厚手の低反発素材なので装着感はかなり良好、長時間でも痛くなることは無いと思います。
イヤーパッドの固定ピン |
Clear Mgのドライバー |
Celesteeのドライバー |
Utopiaもほぼ同じデザインです |
イヤーパッドはプラスチックのピンで固定されているだけなので、引っ張ると簡単に取り外せて、ドライバーが確認できます。
どちらも40mmダイナミックドライバーで、Clear Mgはその名の通りマグネシウム製のドライバーコーン(振動板)を採用しています。一方Celesteeはこれまでのモデルと同様にアルミ合金製です。
Focalは昔からスピーカーのツイーターに金属製コーンを採用することがトレードマークになっており、この技術をヘッドホン用ドライバーに応用したことがFocalらしいサウンドである大きな理由になっています。他社のヘッドホンのほとんどがプラスチックコーンを採用しており、稀に金属コーティングを施している程度なので、金属コーンというのは非常に珍しいです。
最上位Utopiaヘッドホンではベリリウム製コーンを採用しており、これはFocalの最上位スピーカーシリーズと同じです。周期表を見ればわかるとおり、Clear Mgで使われているマグネシウムはベリリウムと同じ第二族の金属で結晶構造も同じなので、似たような特徴を持っています。ベリリウムの方が剛性が圧倒的に高いので優れていますが、どちらも軽くて振動を伝達しにくいため、金属特有の響きや鳴りみたいなものが非常に少ない事から、スピーカーコーンの素材として適しています。
Celesteeに使われているアルミ合金コーンはElearの頃から採用されている定番素材です。ハウジングにも書いてあるとおりアルミ・マグネシウム合金なので、マグネシウムが多少入っているとはいえ、結晶構造はアルミだろうと思います。(そうでなければマグネシウム・アルミ合金と書くので)。アルミに多少のマグネシウムを合金するのは強度を高めるためで、マグネシウムと同じ特性を得るわけではないので、マグネシウムコーンとは全く別物の素材です。
これまでのFocalヘッドホンはUtopiaのベリリウムコーンとそれ以外のアルミ合金コーンという差別化が明確にされており、今回Clear Mgにで初めてその中間を埋めるようなマグネシウムコーンが登場したわけですが、Focalのスピーカーを見ても、上位モデルのUtopia、Sopra、Kantaシリーズはベリリウムツイーターで、それらよりも下のAria、Choraなどはアルミ合金ツイーターなので、今回のマグネシウムコーンは珍しい試みです。
Clear Mgと初代Clear |
デザインはほぼ同じです |
パッドとヘッドバンドの劣化 |
初代Clearの試聴機も手元にあったので、並べて比べてみようと思ったところ、Clearの劣化具合が一目瞭然となってしまいました。Clear Mgのパッドはこうならないことを祈っています。
Focalがヘッドホンに参入してまだ日が浅いため、長期使用の実績や、適切な素材選びが培われていないのだろうと思いますが、こういうフリースっぽい素材は毛羽立ってくるのが必然ですね。他のメーカーではあまり見ない素材なので、物珍しさで高級感を出すのは良いのかもしれませんが、他のメーカーが採用していない理由も写真を見ればわかります。
本体のヒンジなどの構造部分はガタがきていないようですし、パッドも交換すれば済む話なので、大した問題ではないでしょう(ヘッドバンドは交換可能かは不明ですが)。
ちなみに余談になりますが、Focalヘッドホンの初期の頃はドライバーが非常に繊細で、大音量で鳴らすとコイル配線が切れるとか、ネジが緩んでノイズが出る、なんて不具合を何度か経験しています。特にUtopiaなどの初期は散々でした。
しかし時が経つにつれて、同じモデルでも故障例を見なくなってきたので、着々と改善しているようです。保証が効かない中古品とかはリスクが高いのであまり薦められませんが、今回のような最新モデルでは他社製品と比べてそこまで壊れやすいという話は聞きません。
Clear Mgのケーブル |
3.5mm TS端子です |
Clear Mgのみ3mバランスケーブル付属 |
初代Clearに付属していた布巻きケーブルはものすごく太くて扱いづらく、これまで私が試してきた全てのヘッドホンの中でも最悪の部類だと思っていたのですが、今回はもうちょっと柔軟なゴムケーブルになったおかげでずいぶん使いやすくなったと思います。
ところで、どうでもいい話ですが、せっかくエレガントなヘッドホンデザインなのに、ケーブルを束ねる黒いバリバリが毎回同じチープで不格好なやつなので、もうちょっと良いものにしてくれれば良いのに、なんて思っています。
Clear Mgは開放型なので自宅で使うことを想定してか、1.2mの3.5mmシングルエンド(6.35mmネジ込みアダプター)ケーブルとは別に、3mの4ピンXLRバランスケーブルも付属しています。XLRコネクターは真面目にノイトリック製なのがなお良いです。Celesteeは密閉型でポータブル用途ということで1.2mシングルエンドケーブルのみ、バランスケーブルは付属していないのはちょっと残念です。
ヘッドホン側のコネクターはどちらも3.5mm モノラルTS端子なので、社外品への交換も容易です。配線は先端Tが信号でSがグラウンドになっており、ヘッドホン内部はTRSでRとSのどちらもグラウンドしているようなので、社外品TRSケーブルとの互換性も良さそうです。
ちなみにClear Mgの方はプロ用モデルとしてカラーリングが異なるClear Mg Professionalというのも発売しており、こちらはバランスケーブルが付属していない代わりにシングルエンドのコイルケーブルとスペアのイヤーパッドが同梱されています。バランスケーブルはプロっぽくて優れていると思っている人も多いと思いますが、実際のプロの現場ではめったに使われませんし、プロモデルにはあえて付属していないというのは皮肉っぽくて面白いですね。
インピーダンス
公式スペックによるとClear Mgは55Ω・104dB/mW、Celesteeは35Ω・105dB/mWと書いてあるので、ほとんど同じように思えますが、実際にインピーダンスを測ってみると、実は大きな差があることがわかります。
つまり、開放型モデルはどれも40-50Hzくらいに非常に大きなインピーダンス共振点を置いてあり、モデルごとに周波数や高さが違います。ピークの高さではElearとClear Mg、UtopiaとClearがそれぞれ似ていますが、100kHz以上の特性を見ると、今度は逆にElearとUtopia、ClearとClear Mgが似ていますね。
一方、密閉型はほぼ横一直線で、モデルごとの違いはほとんどありません。
一般的に、密閉型ヘッドホンの方が低音にハウジング共振がある事が多いので、Focalの設計は特殊です。開放型でもセミオープンっぽくハウジング音響をしっかりと活用しているという事でしょうか。このような大きなインピーダンス変動があること自体は悪い事ではありませんが、組み合わせるアンプによって鳴り方が影響を受けやすいです。
また、公式スペックで言っている55Ω・35Ωというのはグラフを見てわかる通り1kHz付近での数値なので、その数字だけを見てもこのような可聴帯域全体の挙動はよくわかりません。
それにしても、密閉型の方は、私があまり好きではないElegiaと絶賛しているStelliaのインピーダンスグラフがピッタリ一致しているので、やはりこういったグラフや数値だけで音質の好き嫌いを判断するのは間違いであることを改めて実感させてくれます。
音質とか
今回の試聴では、いつもどおりChord Hugo TT2 + M-Scalerの組み合わせを主に使ってみました。大きめのアラウンドイヤーヘッドホンなので、DAPとかよりも据え置きシステムで鳴らす人の方が多いだろうと思います。
Chord Hugo TT2 + M-Scaler |
スペックが似ているだけあって、音量はほとんど同じです。密閉型Celesteeの方が外部の環境騒音を遮断してくれるため、相対的にアンプのボリュームは若干低めでも大丈夫なように感じますが、そこまで大きな差はありません。
音楽を聴いてみて、まず第一印象としては、Clear MgとCelesteeのどちらも相変わらずFocalらしい、つまりかなり個性が強いサウンドです。好みは分かれると思いますが、ハッキリと言えるのは、これらはいわゆる無難なモニター系の音ではなく、明らかに音楽鑑賞用に作り込んだ仕上がりです。つまり、これまでDT880・HD600・SRH1840など淡々とした系統のヘッドホンを使ってきた人にとっては異色でクセの強いサウンドに感じるだろうと思います。
Clear MgとCelesteeを交互に比較試聴してみて、とても面白いと思ったのは、それぞれに明確な違いや個性があり、ブラインドでも違いがわかるほどの差があるのに、それでもやはりFocalっぽい鳴り方だと実感できる事です。
まずClear Mgから聴いてみたところ、こちらは開放型としては太く鮮やかで豊かなサウンドです。HD650とかよりも厚く深みのある鳴り方なので、ハイエンド開放型ヘッドホンで似たようなサウンドのモデルというのはあまり思い当たりません。
初代Clearは名前の通り軽くクリアで鋭いタイプのサウンドだったので、今回Clear Mgで中低域の量感が増した事で印象が大幅に変わりました。クリアというよりはウォームと名付けた方が良いかもしれません。高音がClearほど刺激的ではなくなった事と、中低音の厚みのおかげで、全体のバランスが温厚になったという感じです。
ここまで温厚になると、低音を過剰に盛りすぎて耳障りになるかと心配になったのですが、実際Clear Mgの低音の鳴り方はかなり良いです。パンチだけの安易な音圧効果ではなく、立ち上がりは緩いものの引きは速く、中域の方まで比較的バランスよく均一に鳴っているので、とりわけ強調された帯域があるわけでもなく、どんな低音楽器でも上質に描いてくれます。表現はかなり緩めなので、ピンポイントの解像感や立体的なイメージ形成はそこまでパッとしていませんが、音楽全体のバランスや雰囲気が良いので不満はありません。
やはりこういった部分で、解像感重視のモニターヘッドホンというよりも家庭用フロアスピーカーっぽいFocalの音作りを感じさせてくれます。この鳴り方は安易なヘッドホンでは絶対に得られない、さすが高級ヘッドホンらしい絶妙な仕上がりだと思います。
Clear Mgを同じ開放型のUtopiaと比べてみると、共通点が感じられる部分もあり、逆にClearに近いと感じる部分もありました。とくに高音の鳴り方はかなりUtopiaっぽいです。これについては後述しますが、新たなマグネシウムドライバーのおかげでしょうか、明らかにClearとは違い、Utopiaの鳴り方に近づいています。
逆に、高音以外の、たとえば音場展開や空間の雰囲気なんかはClearに近いです。これは別に悪い事ではなく、むしろUtopiaの鳴り方は独特で好き嫌いが分かれるので、Clearの方が好きだという人も多いと思います。
Utopiaは圧倒的に音抜けが良く、いわゆる「ヘッドホンの存在が消える」ような、一切の遮蔽物が無いような感覚が得られるのが最大の魅力です。それと比べると、ClearやClear Mgは開放型といえども常に耳元にハウジングの存在があり、空間の響きや空気感がそのあたりから浴びせられているような感覚があります。HD600を筆頭に、ドライバー周辺にバッフル構造がある典型的な開放型ヘッドホンっぽい鳴り方です。
Utopiaの開放感はたしかに凄いのですが、逆に言うと、無音の中から急に音が飛び出してくるような鳴り方で、録音に含まれる環境音などの細かい音があまりよく聴こえない、極端に言うならノイズゲートを通したような、微小音が黒で塗りつぶされたような感じさえします。
つまりUtopiaは店頭デモ用にギラギラに調整された液晶テレビみたいな感じで、ダイナミックレンジが管理されているスタジオポップスなどを聴くにはスカッとしていて非常に良好なのですが、クラシックや生楽器の生録など、環境音を含めたダイナミックレンジの広い録音に包み込まれるような聴き方をしたい人にはClear Mgの方が好みに合うように思えます。
次にCelesteeの方を聴いてみたところ、こちらもずいぶん面白いサウンドです。まず印象的なのは、Clear Mgと同様に、厚みのある鮮やかな鳴り方でありながら、低音は無理のある盛り方をしていない、という点です。同時期の開発だけあって、チューニングの傾向がよく似ています。
特定の帯域を強調せず、中低域を中心に厚く豊かな鳴り方を実現できているので、感覚としてはソニーMDR-Z1Rとか、DENON各種のような厚さと鮮やかさを兼ね揃えているタイプの密閉型ヘッドホンが好きな人なら気に入るだろうと思います。これらと同様に、ステレオ音像の再現性も良好で、密閉型だからといって左右のハウジングだけから響きが聴こえてくるような不具合もなく、ちゃんとリスナーの前方に音が分散してくれています。
初代密閉型のElegiaは相当なドンシャリ傾向で、ハウジングからの反響が全帯域にわたりプラスチックっぽさが目立つ響きだったので、「優れた開放型ヘッドホンに蓋をしただけ」みたいな印象で、個人的にあまり好きではありませんでした。そのあたりが今回Celesteeにて大幅に改善され、反響に素材特有のクセが少なく、上手に管理されているため、聴いていて常に同じ音が延々と響いているような感覚がありません。こういった傾向はStelliaにかなり近づいたと思います。
開放型Clear Mgと比べると、密閉型だけあって、たしかに耳の周辺に反射板が張り巡らされているような感じがしますが、それはそれでコンサートホールが若干狭く響きやすくなったような感じがするだけで、音楽の邪魔になったり耳障りに感じるほどでもなく、かなり良い感じです。
Stelliaとの違いは主に高音の鳴り方にあり、そのあたりはやはり価格相応の差を実感します。Stelliaはベリリウムドライバーを搭載しているおかげか、高音の描き方が非常に繊細で、硬い尖りが無くスッキリとした鳴り方です。そのため、全体的な雰囲気はかなり大人しめで、密閉空間の中に独自の精密な世界観を生み出すような鳴り方が個人的に大好きです。一方Celesteeはアルミドライバーのせいか、高音が派手めで刺激的なので、第一印象ではこちらのほうがクリアに聴き取れて良好に思えるものの、大音量で長時間使っているとうるさく感じるかもしれません。
ここまでClear MgとCelesteeを交互に聴き比べてみて、どちらも「高音の独特なクセ」と「中低音の上手な仕上げ方」という二点で明らかに「Focalっぽいな」と感じられました。これらはFocalのスピーカーとも共通している特徴なので、ヘッドホンでもそれらが実感できるというのは、Focalのヘッドホン開発能力の高さを物語っています。
特に高音のクセというのは、Focalのスピーカーでもそうですが、金属ドライバーによる影響が大きいようで、今回もそれが一番印象に残りました。具体的には、高音だけを見れば、新型マグネシウムドライバーを搭載したClear MgはベリリウムドライバーのUtopiaやStelliaとよく似た鳴り方で、一方アルミ合金ドライバーのCelesteeは初代Clearなどに近いです。結局のところ、Focalヘッドホンを気に入るかどうかは、この高音のクセを好ましく感じるかどうかで決まると思います。
この高音のクセの違いが明確に実感できる試聴アルバムを二つ紹介します。
Harmonia MundiからDaniel Reuss指揮エストニア国立交響楽団のプーランク「スタバト・マーテル」です。新譜ではないものの、先日イースターのセールで見かけて買ったら、演奏と録音ともに最高クラスのアルバムでした。それにしても晩年のプーランクは本当に素晴らしいです。個人的に20世紀の傑作オペラだと思っているカルメル修道女とほぼ同時期の作品なので、作風もよく似ています。
この二枚のアルバムを聴いてみると、Clear MgとCelesteeの違いやFocalヘッドホンの特徴がとてもよく掴めます。
私がヘッドホンを試聴する際には、ボリュームを普段聴く音量よりも徐々に上げていって、一番最初に「うるさい」と感じた要素が、そのヘッドホンの特徴やクセを表している、というような実験をよく試しています。
Focalの場合、ボリュームを上げてうるさく感じるのは明らかに「高音の金属音」なのですが、まずECMラヴェルでは、一曲目の始めから、Celesteeではピアノの高音が暴れて刺さります。このアルバム自体がかなり飽和気味に録音してあるのですが、Celesteeでは聴いていられないほどキンキン響きます。一方Clear Mgは他の一般的なヘッドホンと同じくらいという程度で、そこまで気になりません。
次にHarmonia Mundiプーランクを聴いてみると、今度は真逆の結果になり、例えば三曲目の中盤で男性合唱が入ってくる部分など、今度はCelesteeでは問題無いのに、Clear Mgではプレゼンス帯の倍音成分が強調されすぎて、合唱そのものよりもシュワシュワした騒音に埋もれてしまいます。
ようするに、ドライバーを含めた設計次第で、高音といってもそれぞれ異なる周波数帯域が強調され、あるアルバムでは問題無いのに、別のアルバムではかなりクセが目立つといった結果になってしまうようです。試聴時には様々な録音を聴いてみるのが大事です。
ちなみにベリリウムドライバーを搭載するUtopiaやStelliaはどうかというと、Clear Mgと同じようなシュワシュワ感があるものの、もうちょっと引きが速いため、そこまで耳障りにはなりません。つまり周波数的な傾向は似ているものの、やはりUtopiaやStelliaの方が一枚上手なようです。
私みたいにクラシックなどの生録ばかり聴いている人にとっては、Clear MgとCelesteeのどちらもヘッドホン由来の高音の味付けが強すぎて、アルバムごとの相性が気になってしまうため、なかなか手が出しにくいヘッドホンです。
しかし楽曲によっては味付けが上手く働いてくれて、勢いやエネルギー感を増長する効果が得られますし、たとえば古いアナログ録音のロックなど、そもそも自然な高音が含まれていない作品でも、ヘッドホンが倍音成分を生み出してリアルっぽく仕上げてくれる効果もあります。つまり他の凡庸なヘッドホンと比較すると、明らかにFocalの方が音に充実感や勢いがあり魅力的に感じられます。こういったところで家庭用スピーカーとの共通点を実感します。
おわりに
Focalがハイエンドヘッドホン界隈で大成功を収めている理由は、やはり家庭用スピーカーの鳴り方に非常に近い体験をヘッドホンにもたらしてくれたからだということが、今回の新作を試聴してみてつくづく実感できました。
独自の金属ドライバーによる目覚ましい高音と、絶妙にチューニングされた豊かな中低域、という組み合わせはリビングルームのフロアスピーカと共通しており、生粋のポータブルオーディオマニアというよりも、むしろそういった家庭オーディオ環境を聴き慣れた人の方が共感を持てるようなサウンドです。
今回登場した新作Clear Mg・Celesteeを見ても、一般的な定番ヘッドホンのサウンドに寄せるのでも、なにか奇抜なインパクトを求めるのでもなく、あくまで同社のスピーカー開発に基づいて、前作Clear・Elegiaでユーザーコミュニティに指摘された不満点を着実に対策していったような仕上がりになっています。Clear Mgは新たなマグネシウムドライバーによる高音の繊細さを手に入れ、一方CelesteeはStelliaゆずりの音響設計で安っぽい響きから脱却できました。どちらも成長の理由と結果が明確なので、他のメーカーでありがちな「前のモデルの方が良かった」なんて事にならないのがFocalの凄いところです。
もちろん、ここからさらにスピーカー的な鳴り方を追求したいのであれば、フラッグシップ機のUtopiaは依然として体験してみる価値がありますし、密閉型ではベリリウムドライバーを搭載するStelliaは描画の完成度が一層優れています。
どのみちFocalヘッドホンは私が日常的に使っているベイヤーなどのスタジオモニター系ヘッドホンとは正反対の性格なわけですが、だからこそ存在意義があります。よく他のヘッドホンマニアの人たちと話していると、サウンドの具体的な傾向や印象に関しては概ね同じ感想であっても、では実際に普段使うヘッドホンに選ぶか、つまり自分の好みに合うかどうか、という話になると、ここまで正反対の意見になるのか、と驚かされる事が多々あります。
たとえば、どのヘッドホンを買うべきか悩んでいる人にとっても、レビューを真に受けて良い悪いのランク付けで判断するのではなく、各メーカーがそれぞれ目指している音作りに共感できるか、という方向で調べたり聴き比べてみたほうが、好みのヘッドホンが見つかりやすいと思います。とりわけFocalはそういった独自のサウンドの主軸をしっかりと持っているメーカーだからこそ根強いファンを獲得しているのだと思います。