2022年4月21日木曜日

Fiio M17 DAPの試聴レビュー

Fiioの新作DAP M17を試聴してみたので、感想とかを書いておきます。

Fiio M17

2021年12月発売、価格は約25万円ということで、現行Fiio DAPの最上級モデルとして登場しました。6インチ画面に610gという思い切った物量投入の超重量級DAPです。個人的にこういった奇抜なコンセプトは結構好きなので、興味を惹かれました。

Fiio

中国のFiioはポータブルDAPというジャンルの初期から活躍してきたリーダー的存在で、私も駆け出しの頃はずいぶんお世話になったメーカーでした。

発足当初はiPodの代用品になりそうな数万円台のシンプルなモデルを出していましたが、ここ数年は低価格帯のモデルは切り捨てて、十万円超のハイエンドDAPに専念しているようです。その一方でスマホドングルDACやBluetoothレシーバーなどは相変わらず1~2万円程度のコストパフォーマンスの高いモデルを色々と出しているので、あえてフルラインナップにこだわらず、市場のニーズに合わせて結構思い切った舵取りを行うメーカーだな、という印象があります。

私自身は近頃のFiio DAPはなかなか購入に至るようなモデルには出会えていません。個人的に最近使っているDAPといえばHiby R6PROからRS6と、もっぱらHibyに傾倒しています。別にDAPメーカーにそこまで思い入れがあるわけではないので、あえてFiioを敬遠しているわけではなく、毎回新作が出るたびに「今回はどうだろう」とじっくり試聴しています。それにしては当ブログでなかなか感想レビューを書いていないのは、あまりにもサウンドが普通すぎて、書くことが何も思い浮かばないという理由が大きいです。明らかにクセが強いとかの特色があった方がブログのネタとして書きやすいです。

昔のFiio X1と比べてみると

今回登場したM17は、M11、M15と続くMシリーズDAPのフラッグシップ機で、それぞれ11万、16万円から、一気に25万円へとステップアップした、Fiio渾身の高級DAPです。

20万円を超えるとなると、それまでのiBassoやHibyなどと競い合う市場から、AKやLotoo、L&Pなどのラグジュアリー系ブランドの領域に足を踏み入れる事になるので、期待される製品デザインや客層なんかも変わってくるだろうと思います。ようするに、6万円と8万円の差で悩んでいるような人ではなく、25万円と30万円の差はそこまで気にしないような客層という事です。私自身はここまで高価になってくると中古とか以外ではなかなか手が出せません。

M17

そんなわけで、M17を実際に手にとってみたところ、ずいぶん個性的な製品だと思いました。まず6インチ画面ということで大きいだろうことは予想していたのですが、それ以上に厚みがすごいです。レンガの塊というか、610gという数字以上にずっしりと感じます。明らかにポケットに入れて軽快に持ち歩くようなポータブル用途を想定していません。

Chord Hugo 2と比較
iFi Audio micro iDSD Signatureと比較

どちらかというと、Hugo 2やmicro iDSDなどのポータブルDACアンプを使っている人の方が親しみが湧くかもしれません。micro iDSDの厚みと長さで、横幅が広くなったようなサイズ感です。

また、シャーシデザインも、25万円の高級DAPといって想像するようなエレガントな造形というよりは、どちらかというとゲーミングPC系のアクセサリーを彷彿とさせるようなメカっぽい印象です。その点はAK KANN Cubeのコンセプトに近いかもしれません。

左右にある発光ギミック

ファン付きスタンド

特に側面の七色に輝くLED発光ギミックとか、付属の冷却ファン付きスタンドなど、ちょっと対象年齢層が低めというか、枯れたベテランオーディオマニアよりは、ゲーミング世代でパフォーマンススペック重視の中国の裕福な若者向けのイメージを連想させるようなデザインだと思います。公式サイトのイメージ写真も明らかにゲーミングのイメージを強調しています。

派手なメッセージ

M17の特色ギミックとして、ACアダプターを接続することで強力なアンプモードが選べるようになるのですが、その時の画面上の表示も「スキルをアンロックした」みたいなスマホゲームっぽいポップアップが出るので、やはりそっち系をイメージしたデザインなのでしょう。Ignoreのスペルをミスってるところとかも令和最新版っぽくて愛嬌があります。

そのわりにAndroid OSのスキンや音楽プレーヤーアプリのUIとかは今まで通り至極無難なデザインなので、その辺のギャップにはちょっと違和感があります。どうせならOSまでギンギンにサイバーなスキンで発光させる方向に振り切ってもらいたかったです。

上面

メカっぽいデザインはKANN Cubeと似ていると言いましたが、入出力端子に関してはM17の方が豊富です。

まずヘッドホン出力は3.5mm、4.4mm、2.5mmの他に、6.35mmもしっかり用意されていることから本気度が窺えます。ボリュームノブはグルグル回転するエンコーダーではなく一回転のボリュームポットで、回転位置で音量の数値をデジタル制御するような仕組みのようです。さらに側面のボリュームボタンも用意されています。

底面

底面にはプラスチックのキャップで保護されている端子が二つあり、それぞれDC12Vの丸形ACアダプター入力と、RCA同軸S/PDIF入出力というのも気合が入っています。USB C端子も二つあり、USB 3.0でQC4.0 PD3.0急速充電と高速伝送用と、USB 2.0で外部DACへのOTGトランスポート外部ストレージ接続用という用意周到さです。

唯一気になるのは、USBのところに二つあるように見えるマイクロSDカードスロットが実は一つしかなく、もう一方はダミーになっているという点です。こういうのがあると、後日M17 PROとかPlusとかが出そうで心配になってしまいます。

レザーケース

冷却ファン用グリル

付属レザーケースも左右の発光部分にはしっかり穴が空いています。背面には放熱グリルが設けられており、付属の冷却ファン付きスタンドに載せた時に活躍します。

マザーボードとかATX電源の紹介みたいですね

M17公式サイトの説明を読むと、クロックにNDK製フェムトクロック、SoCはSnapdragon 660、BluetoothにQualcomm QCC5144、USBインターフェースはXMOS XUF208・・・といった具合に、音作りの芸術性エピソードなどよりも、むしろどれだけハイスペックなICチップを搭載しているかという方向に注力しており、まるでスマホやゲーミングPCパーツメーカーのようなマーケティングのアプローチを取っています。もちろんFiioだけでなくiBassoやHibyなど、中国のDAPメーカーはこういった売り方が多いです。

日本のメーカーの場合は、国内のほとんどの主要都市で試聴できる環境が整っているため、「実際に音を聴いてみてください」という売り方でオーディオ業界が発展してきた歴史がありますが、Fiioのように中国や世界で戦っているメーカーは、多くの人が実際に試聴できる環境におらず、自宅のパソコンでスペック表を並べて比べて「どっちが強いか」妄想でバトルしているような人たちが大多数なので、スマホやグラボのように勝ち負けが明白なスペック重視の戦略が中心になってくるようです。

たとえばこれが日本やイギリスなどの老舗オーディオメーカーであれば、「最高級ES9038PROを使っても、どのみちTHXチップアンプのTHD+N性能がそれに追いついてなくてボトルネックになるんだから、それなら省電力を狙って安価なES9038Q2Mにしようか」といった具合に現実的な設計になるわけですが、そうするとスペック比較で選んで買っている人には「PRO使ってないからダメだ」と敗北宣言されてしまうわけで、このあたりが開発の難しいところです。

スワイプダウンショートカット

オーディオ設定

VUメーター

インターフェースは至って普通なAndroid OSで、音楽再生アプリもこれまでと同じものです。このあたりはさすがに老舗のFiioだけあって完成度は高いです。アプリに関しては色々と多機能に詰め込んでいるので純粋なファイルプレーヤーとしては使いづらいと思いますが、慣れれば問題ありません。

ウォークマンやAK DAPとかに慣れている人は、こういう基本的な部分はちゃんと動いて当然だと思っているかもしれませんが、私のこれまでの経験上、中国Android系DAPの最大の弱点は、音質でもスペックでもなく、OSやアプリの作り込みの甘さというケースがとても多いので、その点Fiioは最大手だけあって安心して使えます。他のメーカーは謎のクラッシュやノイズ発生などのバグが多すぎて使い物にならないDAPが未だに多いです。


内部のスペックを見ると、D/A変換はES9038PROを二枚、ヘッドホンアンプにはTHXのAAA-788+というアンプチップを二枚搭載しています。

それにしても、Fiioのサイトを見ていつも思うのですが、こういった内部構成や展開図とかのCGIイラストが本当に上手ですね。重要な部分がしっかりハイライトされていて、しかも適当なイメージ図ではなくて実際の実装のようです(多分)。他社もこういうところを見習ってもらいたいです。

このTHXチップというのは昔からあるTPA6120やLME49600と同じようなチップアンプで、単独でヘッドホンやスピーカーを駆動できるようなアンプ回路を一式詰め込んだ、オペアンプのもっと手の込んだやつみたいなICチップです。とくにM17が採用したAAA-788+というチップは最高3Wまで出せる強力なもので、今回のようなDAPというよりも、むしろポータブルスピーカーや据え置きヘッドホンアンプなんかに使われることを想定しているようです。

そもそも、3W出せるチップアンプを搭載するとなると、DAPの電源が3W以上のパワーを供給できないといけないわけですから、並大抵のDAPではなかなか採用できません。そのあたりも含めてFiioの本気度が窺えます。

ACアダプター接続時

ちなみに、M17にACアダプターを接続するとパワーアップするというのは、このチップアンプへの供給電源がバッテリー駆動時には±8.5Vで、ACアダプター接続時には±11.5Vに上昇する特殊モードに切り替わるからだそうです。ACアダプターを接続することで、ゲインモードに「Enhanced Over-Ear Headphone Mode」というのが追加されます。

さらにOS設定にてACアダプターで本体バッテリーを充電するか、それともオーディオ回路への供給のみかを選べるようになっています。充電するモードを選んでもEnhancedモードは使えるままなので、あくまで電源の安定化や充電ノイズを低減させるための配慮でしょうか。聴いていて音質の違いはわかりませんでした。

出力とか

いつもどおり、0dBFSの1kHzサイン波信号を再生しながら負荷を与えて、波形が歪みはじめる(THD > 1%)最大出力電圧(Vpp)を測ってみました。

ちなみにほとんどのDAPメーカーはスペック最大電圧をVrmsで表しているのですが、FiioはVppを使っていますので、その点は他社との比較には注意が必要です。(サイン波であれば、Vrms = 0.3535×Vpp)。

最大出力

赤線がバランス、青線はシングルエンド出力です。それぞれ上から順にEnhanced、Over-Ear、H、M、Lの順番です。

宣伝は偽りではなく、この尋常でないハイパワーぶりは凄いです。公式スペックではバランスで35.3Vpp、シングルエンド17.5Vppと書いてありますが、しっかり発揮できています。パワーに換算するとバランスで3W以上出ており、THXチップアンプの性能を引き出せていますし、しかもACアダプター無しでもバランス24.9Vpp、シングルエンド12.4Vppというスペックもちゃんと実現しています。1%以上の歪みを許容できるなら、もっとパワーが出せます。

出力オーバー

ちなみにM17はテスト中にあまりにも高負荷を与えるとオーバーロード警告が出て、音楽再生が自動的に止まるよう設計されています。グラフ上では右端の傾斜部分、つまり電流リミットに差し掛かって定電圧が維持できなくなる領域にて、無理にボリュームを上げるとこうなります。

上のグラフはこの警告が出るギリギリのポイントで測った電圧なので、実用上十分すぎるほどパワフルであることには変わりありませんし、そもそも警告が出る時点では波形が10%以上歪んでいます。


他のDAPなどと比較してみたグラフです。測定データが新旧混じってるので、一部カーブがカクカクしているのは申し訳ありません。どれもバランス出力です。

相変わらずmicro iDSD Diabloが圧倒的ですが、50Ω以下あたりからはM17の方が高出力を維持できているので、低インピーダンスヘッドホンとの相性が良さそうです。KANN Cube(KANN Alphaもほぼ同じ)は無負荷時の最大電圧はM17と同じくらいですが、いざ負荷がかかると一気に出力が落ちこんでしまい、150Ω以下のヘッドホンを使うならあまりメリットはありません。他にも、DX300、R8、SP2000Tなど主要なハイエンドDAPがどれも同じくらいの最大電圧を上限にしているのは、DAPの設計上これくらいを狙うのが標準的なのでしょう。

いつも言う事ですが、高出力イコール高音質だとは限らず、実際ここまでのパワーが必要かどうかは各自の利用環境によります。しかし最近はDAPで大型ヘッドホンを鳴らしたい人も多いですし、ハイエンドDAPともなれば、どんなヘッドホンでもしっかり鳴らせるという安心感を求めるのも当然でしょう。

1Vppテスト

同じ1kHzテスト波形で、無負荷時にボリュームを1Vppに合わせて負荷を与えていって、出力の落ち込みを測ってみました。

シングルエンドよりもバランスの方が若干落ち込むのはセオリー通りです。簡単に計算してみると、ケーブルを含めて出力インピーダンスはシングルエンドで1Ω、バランスで2.3Ωくらいでした。

それよりも、各ゲイン設定でも特性が変わらず、カーブがピッタリ一致しているのは興味深いです。というのも、実際に聴いてみると、ゲインモードをOver-EarからIEM用のH/M/Lに落とすことでバックグラウンドノイズが明らかに減るのです。つまり、変なアッテネーター抵抗とかを通すのではなく、アンプの回路側でどうにかしているということなので、これはかなり優秀です。

音質とか

今回Fiio M17を試聴するにあたって、ちょっと悩ましい問題が起こりました。M17はACアダプターを接続することで「Enhanced」というハイパワーモードが使えるようになる事は紹介しましたが、そうすることで明らかに音質が変わってしまうのです。

大型ヘッドホンを鳴らすのに最適です

あくまで私の感想としては、ACアダプター接続時の方が断然好みのサウンドです。他の高級DAPと比べても音がかなり良いと感じられ、特に大型ヘッドホンを鳴らすなら、これ以上に無いと思えるくらい気に入りました。しかしACアダプターを外すと、そこまでパッとしないというか、これなら他のDAPでいいかなと思えてしまいます。

そんなわけで、私のM17の評価はACアダプターの有無で大きく変わってしまい、もし購入を考えている人がいたら、どちらの使い方をするかで、おすすめすべきか考えが定まりません。

これまでも「外部電源を接続すると音質向上する」というヘッドホンアンプは(JVC SU-AX01とか)いくつかありましたし、むしろ逆に、充電中は音楽にチリチリノイズが乗ったり、金属製イヤホンを装着すると耳にビリビリと静電気が感じられて怖くて使えない、みたいな悪影響があるDAPなんかもありましたが、今回のM17ほどあからさまに音質が変わるヘッドホンアンプは初めてです。

「Enhanced」モードを選べば音量も変わりますしサウンドが違うように感じるのも当然なのですが、それ以外のゲインモードを選んだときも、バッテリー駆動よりもACアダプター接続時の方が音が良いように感じます。出力は変わらないようなので単なる思い込みや錯覚かもしれませんが、交互に聴き比べてみる価値はあります。

ゲインモードを下げればノイズも減ります

ちなみに一番パワフルなOver Earモード(もしくはOver Ear Enhanced)を選ぶと、感度の高いIEMイヤホンなどではアンプのホワイトノイズが結構目立ちます。

パワフルを目指したDAPなので仕方がないな、なんて思っていたところ、ゲインをOver Ear以外(High、Mid、Low)に切り替えるとノイズが明らかに低減して、イヤホン用途に最適化されています。しかも先程のグラフで見た通り、出力インピーダンスは低いままで維持されているため、単なるアッテネーター抵抗ではありません。このあたりの配慮はさすがFiioだなと思いました。

こういうハイエンド平面型に最適です

では具体的にM17の音質について、そしてACアダプターの有無で音質がどのように変化するかを、もうちょっと詳細に聴き込んでみます。

まずACアダプターを接続した状態で聴いてみると、M17のサウンドはDAPというよりもむしろ据え置き型ヘッドホンアンプの印象に近いです。

冒頭のAudeze LCDシリーズや上の写真のAbyss Diana TCなどのように、ポテンシャルを引き出すのが難しい平面駆動型ヘッドホンにてM17のメリットがはっきりと実感できます。ダイナミクスに余裕があり、低音は詰まることなく空気を動かし、高音は広い空間へとスッキリと抜けていきます。

他のDAPを使った場合、十分なリスニング音量は出せるものの、音色の歯切れが悪いというか、空気が詰まったような、表現に乏しい退屈な鳴り方になってしまいがちです。

これまでの経験上「大型ヘッドホンをDAPで鳴らした時の音」というのはこういうもので、据え置きヘッドホンアンプとは明らかな格差があるというイメージだったのですが、M17ではそのようなDAPらしい限界が感じられず、そこそこパワフルな据え置きアンプで鳴らした時と同じくらいの感覚で楽しめたので、正直驚きました。

音色の傾向は相変わらずFiioらしくクリア感重視の鳴り方で、ノイズが低く、高音の解像感が高く、他の帯域の厚みで邪魔をしない、スッキリしたレスポンスの良さを強調するような性格です。逆に言うと、中域の音色に独特の味わいや色艶を乗せるような感じではないので、生楽器の音色の美しさを引き立てるなんていう用途は不得意です。

つまり据え置きヘッドホンアンプといっても、芸術性を求めるハイエンドオーディオ系よりは、SMSLやToppingなどのそこそこ上級モデル(SP400やDX7など)のようなハイテク系ブランドの鳴り方に近いです。つまり今後どのようなヘッドホンを手に入れても問題なく鳴らしてくれる万能性を求めている人に向いています。

逆に、すでに優れた愛機ヘッドホンを持っていて、もっと自分の好みの鳴り方を引き出したいという場合には、据え置きアンプであれば、例えばBursonとかSchiitなど、特色の強いモデルに行く選択肢もありますが、今のところDAPではM17以外ではそういった大型ヘッドホンでも通用するようなモデルはあまり思い浮かびません。

ポータブルDACアンプでは、私が長らく愛用しているiFi Audio micro iDSD Signatureと比較してみると、アンプのパワーの話は別にしても、やっぱりFiioはFiioらしい鳴り方だなと実感します。どちらも音楽をあまり甘くしすぎないスッキリした傾向なのは似ていますが、micro iDSDの方がピアノの高音もしくはヴァイオリンやトランペット付近の中高域の淡いグラデーションの質感表現が上手で、とくに生楽器の高音質録音では、演奏の細かなニュアンスや奏者の意図している表現を伝える効果を発揮してくれます。昔からiFiが使っているバーブラウンのDACはそういうオーガニックな傾向があるなんてよく言われていますが、実際そのように思えてきます。しかしダイナミクスを十分にとっていないコンプが強めの録音を聴く場合はmicro iDSDではそれが効果を発揮しないので、うるさく耳障りに聴こえがちです。

一方M17の方は高音でも楽器の質感よりもうちょっと上の方の帯域が目立っており、パーカッションのハイハットなどが硬く刺激的に聴こえます。つまり女性ボーカルなどで高音が刺さりがちな帯域は上手に回避してくれているため、派手目な打ち込み音楽などでも案外聴きやすいです。また、主要楽器の音色を無理に強調しないため、それ以外の情報、たとえば空間の迫力やスケール感の大きさはmicro iDSDよりもM17の方が一枚上手だと思います。

次に、ACアダプターを外すとどうなるのか聴いてみます。Enhancedモードをを選んでいれば音量が下がるのですぐにわかりますが、他のゲインモードでも、そこまでではないものの音色の違いが感じられます。

まず真っ先に気になる点は、高音のスケール感が無くなり、録音の空気みたいなものが一気に減ります。単純にロールオフされたような感じではなく、高音の量はほとんど変わっていないのに正確さが損なわれるというか、不明瞭で狙いが定まらないような印象です。どこまでが楽器の直接音で、どこからが空間表現か、といった臨場感はステレオイメージの整合性によって描かれるのですが、ACアダプター無しではそのあたりが曖昧になるため、音色と響きが一緒になって混沌としてしまいます。優れたコンサートホールとそうでない会場の音響の違いみたいな感じです。

低音側も結構変わります。ACアダプター接続時の方が空気に余裕があり、たとえばキックドラムなども、広い空間の中でキックドラムが鳴っている、楽器と周囲の臨場感という別々の要素が感じられ、音色の前後左右には空間の余白があるのですが、ACアダプター無しだと、低音楽器そのものの鳴り響きが帯域全体を埋め尽くすような厚めな鳴り方に変化します。DAPで鳴らした低音というとむしろこっちのほうが印象に近いので、それはそれで妥当だと思うのですが、普通のDAPに成り下がってしまったようで、もったいなく思えてしまいます。

ようするに、ACアダプター無しのバッテリー駆動でのM17は、比較的鈍く厚めな傾向で、ACアダプター有りとの格差という以前に、他のDAPとくらべてもクセが強めで好みが分かれそうな気がします。

しかも大型ヘッドホンだけではなくIEMイヤホンでもそう思えたので、私だったらM17はACアダプターを前提として自宅で使って、ポータブル用途でIEMを鳴らすならM11Plusとかの方がスッキリとシャープな鳴り方で個人的な好みに合います。もちろんM11Plusで大型ヘッドホンを鳴らすのは厳しいですので、両立させるのは難しいです。

もしACアダプター有りのサウンドを聴いていなければ、私のM17への感想は多分「ハイパワーを目指したせいで、IEMを鳴らした時の繊細さに欠ける、ポタアンのような厚く大味なDAP」という印象に留まったと思いますが、ACアダプター接続時のサウンドがDAPの常識を超えてかなり凄いので、それだけでも、ぜひ一聴してみる価値があります。

おわりに

ここ数年のFiio DAPを振り返ってみると、機能やスペックに関しては業界最先端を詰め込んでいて魅力的に思えるのに、いざ音楽を聴いてみると「まあ、こういうスペックならこういう感じの鳴り方になるよね」という程度の印象で終わってしまう事ばかりで、どうしても購入には至りませんでした。

音が悪いというのではなく、なんというかパソコンのサウンドカード的な優等生サウンドなので、それ一台だけしかヘッドホンアンプ・DAPを持てないというなら断然オススメできるものの、他に色々と個性的な音色のアンプを経験してしまうと、Fiioではあと一押しの魅力に欠けるような印象がありました。同じ値段なら、もうちょっと個性が強くても音色に惚れ込むようなDAPを買ってしまいます。

そんな中で今回登場したM17に興味を持てたのは、そもそも「同じ値段なら・・」と言えるようなライバルが存在しない、ひときわユニークなコンセプトだからです。平面駆動型ヘッドホンもしっかり鳴らせるDAPが欲しいという人にはオススメできます。

サウンドに関しても、音色の美しさといった部分にはあまり注力していないものの、良い意味でDAPっぽさが無く、サウンドの立体感やスケールの大きさに関しては、まるで据え置き型ヘッドホンアンプかと思えるような大迫力を実現しています。「どれだけ頑張っても結局DAPはDAP、据え置きシステムには敵わない」なんていう先入観を見事に裏切ってくれました。

また、ACアダプターを使うことでパワーアップするというギミックも、一般的には電源部分の品質(ノイズや安定性、PSRR)がオーディオ回路に極力影響を与えないような設計が優秀とされているところ、M17はそれを逆手に取って、あえて違いがわかるように設計したところがユニークで面白いと思います。

ではM17はどういう人が買うべきか、と考えてみると、まずヘッドホンオーディオを一台ですべて完結したいミニマリスト、すでに大型ヘッドホンをいくつか持っていて、据え置きシステムの束縛から脱却したい人が思い浮かびます。

私自身はM17をACアダプター接続で使うメリットがあまりにも大きいと感じたので、バッテリー駆動のポータブル用途としてはM17ではなく別のDAPを使いたくなるだろうと思います。そういった意味では、既存のDAPの買い替えというよりは、据え置きシステムの代用としてのイメージが強いです。前回試聴したAK ACRO CA1000の立ち位置に近いのかもしれません。

もちろんM17とACアダプターを合わせて持ち歩いても、据え置きシステムと比べればコンパクトに済むわけですから、バッテリー駆動はそこそこに、行く先々でコンセントに挿して使うノマド的な使い方も十分考えられます。

よくよく考えてみると、M17はまるでゲーミングノートパソコンのような存在のように思えてきました。ゲーミングノートを使った事がある人ならご存知のように、ハイスペックなグラボを積んでいるモデルともなると、実はACアダプターを接続しないと最高パフォーマンスが出せなかったり、バッテリー駆動でフルパワーが出せたとしても1時間も持たなかったり、本体は薄型軽量なのにACアダプターがレンガのように重く大きかったり、そもそも外出先で使おうと思っていたのに冷却ファンが爆音すぎて恥ずかしくて使えなかったりなど、ようするに、あまり外出先でのポータブル用途には向いておらず、結局は自宅のプライベートな環境でACアダプターを接続して使うのがメインになります。

M17も、そもそも外出先の騒音下で使うのであれば音質に関してはそこまでシビアに考える必要はありませんから、じっくりと音楽鑑賞に専念できる静かな環境で、ACアダプターを挿して使うのがベストだというあたりは、ゲーミングノートとの共通点を感じます。

そんなわけで、長らく使ってみて、M17のデザインや広報写真がゲーミングPCを意識したコンセプトなのが今更ながら納得できるような気がしてきました。