2022年4月27日水曜日

Violectric V281の近況とボリューム回路アップグレードの効果

 オーディオ機器において、ボリューム回路は音質にとても大きな影響を与える重要な部品だ、なんていう話をよく聞きます。今回はヘッドホンアンプのボリュームポットを固定抵抗式にアップグレードすると実際に音質が変わるのか、という話です。

このたびアップグレードしたViolectric V281は個人的に長らく愛用してきたアンプなので、普段から慣れ親しんだサウンドがどの程度変わるのか興味深いです。

V281

Violectric V281はドイツのCMA・Lake Peopleというプロオーディオ機器メーカーが作っている据え置きヘッドホンアンプで、私は2016年2月に新品で購入してから現在に至るまで、自宅のメインシステムとして使い続けてきました。

Violectric V281

つまりこれまでの6年間ほとんど電源も落とさず、毎日の音楽鑑賞から当ブログでのDACやヘッドホンなど新製品試聴にも散々使い倒してきたわけです。新譜を購入して一番良い音質で楽しみたいと思ったなら、迷わずV281で鳴らしています。

この6年間、不具合にも見舞われず、他の高級アンプを散々試聴してきても目移りせずに使い続けてこれたので、ずいぶん愛着があります。これといって派手なサウンドの特徴があるわけではないのですが、どんなヘッドホンでも難なく駆動できる安心感と、スケールの大きな余裕が感じられるところが気に入っています。

そんなV281も2020年には「Final Edition」という特別デザインのモデルにて生産終了となりました。それ以降もViolectricはV590やV380といった後継機や、上位ブランドNiimbus US5など、同じ回路コンセプトを発展させた新型を続々と出していますが、私自身はひとまずV281で十分満足できており、今のところわざわざ買い替える気も起きていません。

V281は2014年の発売当初から三種類のボリューム回路オプションが提供されていました。一番ベーシックなモデルはリモコン無しのボリュームポット仕様で、発売当時の本体価格は1,900ユーロくらいだったようです。これにリモコン操作ができるようになったものが+250ユーロ、そして最上位はボリュームポットではなくリレー制御固定抵抗式ボリュームになり+500ユーロという価格設定でした。こちらもリモコン操作が可能です。

リモコン操作ボリュームポットは通常のポットの回転軸にモーターが付いただけの、単純な便利機能としてのアップグレードなのですが、最上位のリレー制御固定抵抗式になると音質向上のためのアップグレードという位置づけになっています。

一般的なボリュームポットの中身

ボリュームポットの中身を見ると、ボリュームノブの軸に金属のバネ接点(ワイパー)があり、それが音楽信号が流れているカーボンのトラックに触れていて、ノブの回転位置によって信号がカーボンを通る距離が長くなるほど抵抗値が上がり、音量が絞られるという仕組みです。

左右ステレオ用のボリュームポットは、一つの軸に同じものが二つスタックされているだけです。

こういったシンプルな仕組みのため、左右の挙動のバラつきや、カーボンが擦り減ってのガリノイズなど不具合も多く、しかも音楽信号が必ず通過する部品ですから、どんなに優れたオーディオアンプでも、これが音質のボトルネックになってしまう、という主張もよく耳にします。逆にこのような古典的なボリュームポットを使うのが音質的に最善だという考えのメーカーも多いです。

ともかく、ボリュームポット由来の技術的な問題を克服するために、V281ではリレー制御固定抵抗式ボリュームがアップグレードオプションとして用意されています。

この場合、ボリュームポットの抵抗値が一旦デジタルの128ステップに変換され、そのステップに応じてリレースイッチが開閉して、音楽信号が固定抵抗の組み合わせを通る、という仕組みです。

安易にこの仕組みにすれば良いというわけではなく、固定抵抗の品質や、左右の抵抗の実測値がピッタリ同じ物を選別して組み立てるなど、コストと労力がかかるため大量生産には向いておらず、大きなメーカーほど導入には消極的です。同じコストをかけるなら、たとえばオーディオグレードの大きなコンデンサーとか、もっと手間をかけずに見た目が派手になる部分にお金をかけたいという考えもあるでしょう。

ちなみにV281のオプションモジュールとしては、ボリューム回路以外ではUSBもしくはS/PDIF DAC基板も追加できるようになっています。

私自身は2016年の購入時には色々と聴き比べて悩んだ結果「DAC非搭載、リモコン操作ボリュームポット式」のモデルを選びました。DACはあえて内蔵せずとも他に色々と持っていましたし、ボリュームに関しては、当時聴き比べてもそこまで大きな差が感じられなかった事と、リレー式はボリュームノブがグラグラ、カクカクしていて不安だったので、価格差を考えるとリモコン操作ボリュームポットがベストだと判断しました。

後日どうしてもアップグレードしたくなったら、Violectric/Lake Peopleや代理店に送り返せば有料で換装してくれるという話だったので、そこまで悩むこともありませんでした。また、ViolectricがCMAという会社に吸収された後、CMA公式オンラインショップにて各モジュールが販売されるようになったので、ずっと気にはなっていました。

また、最近になって、身の回りでV281を所有していて耳の良さに信頼がおける人から、リレー式の方が断然音が良いという話を聞いたので、そのせいで私も興味が湧いてしまった、という理由もあります。

そんなわけで、不満もなく長年使ってきたV281ですが、本体が生産終了になり、オプションモジュールの販売も在庫限りという事になったので、せっかくだから後悔が残らないようにリレー式ボリュームを買ってみようと思い立ったわけです。

リレー制御固定抵抗ボリューム

V281は本体価格が高価なだけあって、リレー式モジュールも500ユーロとずいぶん強気な価格設定です。冷静に考えると、たかがボリュームノブにそこまで払うのはもったいない気もしますが、同じ値段でV281からもっと良いヘッドホンアンプに買い替える事ができるわけでもありませんから、下手なものを買い足すよりも実用性があると思います。

もしそこまで効果が感じられなくとも、長年酷使してきたアンプなので気分転換というか「お布施」みたいな気持ちもありますし、最悪これまでのボリュームポット基板に戻すことも容易です。

シンプルなキット

ドイツから送られてきたアップグレードキットはこんな感じで、ボリューム基板モジュールとリモコンのセットがダンボール梱包にそのまま入ってました。リモコンはOneForAllの汎用プログラムリモコンで、事前に対応コードが書き込まれています。

リレーボリュームキット

上基板の下面

側面

基板二階建てのモジュールで、メイン基板との接続はオーディオ信号用とモーターボリューム制御用の二本のリボンケーブルです。

モーターボリュームはアルプスのRK168 10K Bテーパー、抵抗値をデジタルロジック制御に送るだけの用途なので、ステレオではなくモノラルタイプです。

これの抵抗値で74HCT595シフトレジスタからULN2803Aダーリントンアレイにてリレーの開閉で固定抵抗の組み合わせを選択するという古典的な仕組みです。

固定抵抗式ボリュームというと、ロータリースイッチにたくさんの抵抗をハンダ付けしてカチカチと選択するような方式を連想する人もいると思いますが、このようなA/Dによるリレー開閉の方が細かな調整ステップが得られます。

リレーと抵抗は左右各7個づつ、つまりA/Dは7bitの128ステップのボリューム制御です。(後継機V550PROなどは8bit 256ステップに進化しています)。ボリュームノブはBカーブですが、リレーのステップは均等ではなく、ボリュームノブの回し始めの方が細かなステップで上昇するようになっています。ボリュームノブが全開付近になると10°回しても次のステップに行かないくらい大雑把になりますが、実用上そこまで上げて使う事はほぼ無いですから、ちゃんと使いやすいように考慮して設計したのでしょう。

最近はこのようなデジタル制御の抵抗切り替えをワンチップで行えるICなんかも手に入るので、そういうのを採用しているDAPなども見かけるようになりましたが、今回のようなスルーホール基板のディスクリート設計であれば修理も楽ですし、手間も惜しまない自作マニアであれば、大量の高級抵抗を買い込んで、満足がいくまで一つ一つ測定して左右をぴったり合わせるなんてことも可能です。

右側は左右バランス調整ノブです

ちなみにボリュームノブとは別に左右ステレオバランス調整ノブも付いており、こちらはアルプスのセンターデテントタイプの10K Bテーパーです。

せっかくリレー抵抗式ボリュームなのに、左右バランス調整はポットを通るのなら結局意味が無いのでは、と思うかもしれませんが、V281のボリューム回路はNE5532オペアンプを通しているアクティブ式で、バランスノブを回すことで、その抵抗値で左チャンネルのオペアンプのゲインを調整して、左右のバランスが変化するという仕組みになっています。つまり音楽信号はバランス調整ポットを通りません。

ピュアオーディオ系の人はアクティブボリュームは嫌いだと思いますが、V281はプロ機なので、要所要所でオペアンプバッファーを通すのはよくある設計です。NE5532はチープすぎると思う人なら、これも変えてみるのも面白いかもしれません。個人的には、下手に一点だけICを高級化しても全体のバランスが崩れて逆効果になることが多いため、そこまで高級オペアンプとかには熱心ではありません。

分解

リボンケーブル類

ボリューム基板の換装はとても簡単です。電源ケーブルを抜いてシャーシを開けて、ノブのロックナットと各種リボンケーブルを外すだけでフロントパネルが分離できます。

リボンケーブルはどれも同じコネクターなので間違わないように注意が必要です。

リレー式とポット

リモコンボリュームポット基板

せっかくなので、これまで搭載されていたリモコンボリュームポット基板と並べて比べてみました。ポット基板は二階建てではないので、フロントパネルには斜めに取り付けます。

ボリュームポットはアルプスのモーター式50K Aカーブで、オペアンプを通して左右バランス調整を行う仕組みはリレー式基板と同じです。

入りません

ここでちょっとトラブルが発生しました。新たなボリュームノブのシャフトが太すぎて、フロントパネルに入らないのです。

データシートを見ると、以前のアルプスRK27はシャフトネジがM8で、このリレー式に使われているRK168はM9と書いてあり、1mm太いので入らないのは当然です。同じメーカーでなぜわざわざ変えてるのかは不明ですが、ギターなど楽器用ポットはM9か3/8" (9.525mm)が多いので、そのせいでしょうか。

こういうのが困ります

なんの説明や手順書も無く送られてきたので、どうすべきか悩んだのですが、CMAにメールしても返答が無く、結局どうしようもないのでパネルをドリルで9mmに広げました。ちなみに左右バランス調整ノブの方はどちらもRK27で8mmなのでドリル拡張は不要です。

以前アップグレードした人の話によると、新たなフロントパネルごとセットで送られてきたというケースもあるそうです。少なくとも私がCMAサイトの部品番号で買ったやつはパネルは同梱していなかったので、もしドリルを持ってなかったら散々ですね。

完了

ドリルで穴あけさえすれば、ピッタリ組み付けられました。

あと細かい点で不満があるとすれば、付属の9mmワッシャーだと厚みが足りずボリュームノブを奥まで入れるとパネルに擦れてしまい、しかしノブをちょっと浮かせて締め付けるとグラグラするので、自前のワッシャーで嵩上げできれば良いです。それまで使っていたワッシャーは8mmなので再利用できません。

よくよく思い返してみると、私が2016年にリレー式のV281を試聴してみて、ボリュームノブがグラグラしていたのが気になって敬遠したのは、これが原因だったようです。しっかりとワッシャーで嵩上げすればグラグラは解消できます。

ステレオエラーとクロストーク

換装が終わったところで、実際どの程度の変化があるのか非常に気になります。

ボリュームポットを固定抵抗式にアップグレードすることで音質が良くなる、という話はV281に限らず高級オーディオメーカーではよく聞く話です。

ということで、実際に音楽で聴き比べてみる前に、せっかくなので簡単な測定でも違いが現れるのか確認してみました。

まずボリュームポットの弱点としてステレオギャングエラーが挙げられます。

ボリュームノブを回す事で左右チャンネルの音量が同時に上下するわけですが、一つのノブで二つのワイパーを同時に回しているため、それらがどの位置でも同じ数値(抵抗値)にピッタリ揃う事は製造技術上とても困難で、どうしても左右の音量差が発生していまします。

一般的なボリュームポットの多くは、ボリューム最小付近で誤差が一番大きいため、ボリュームノブはそこそこ上げた状態で適正音量が得られるようなアンプの使い方が理想的だと言われています。

ステレオエラー

上のグラフでは、ボリュームノブを目視でゼロから100%まで段階的に上げていき、左チャンネルに対する右チャンネルの音量差を入力信号に対する電圧ゲインの差で測ってみたものです。

グラフを見れば両者の違いは明らかです。ボリュームポットでは、まず最初の10%程度では左チャンネルの音量が1.5dBほど大きく、そこからボリュームノブを上げていくとそこそこ安定しますが、それでもボリューム位置によって±0.2dB程度の音量差が発生しています。もちろんボリュームポットの個体差によって特性は若干変わります。

肝心なのは、よく言われているように、ボリュームノブの最初の30%くらいはエラーが大きいため、それ以上で使うのが理想的だという話は正しいようです。ヘッドホンの能率が高すぎてボリュームノブが30%以下になってしまう場合はラインレベルやアンプのゲインを下げるなどで回避すると良いかもしれません。

それと比べて、リレー式ボリュームの方は、ゼロから全開まで0.1dB以内に収まっており、ほぼ誤差がありません。つまり、どんなボリューム位置でも左右の信号がピッタリ同じ電圧ゲインに揃っています。

micro iDSDとも比較

余談になりますが、小音量での左右のギャングエラーがかなり酷いことで有名なiFi Audio micro iDSDシリーズも同じ条件で測ってグラフに重ねてみました。(使ったのはmicro iDSD Signatureです)。

こうやって見るとmicro iDSDの誤差があまりにも酷いので、V281のポットはそこまで悪くないように思えてきます。実際に聴いてもmicro iDSDはボリュームの回し始めは左側からしか音が出ていないように聴こえます。

ちなみにV281とmicro iDSDのどちらも35%と65%付近で左右の音量差が逆転するのが面白いですね。ボリュームポットの構造上の特性でしょうか。

RK27 & RK09

なぜmicro iDSDはここまで酷いのかというと、コンパクトなシャーシに搭載できるボリュームポットは大型なものと比べてどうしても性能が劣ってしまうからです。V281はアルプス電気のRK27シリーズで、micro iDSDはRK09シリーズを採用しています。

データシートを見ると、大型のRK27は全開から-70dBに絞るまでギャングエラー-3dB以下を保証しているのに対して、RK09は全開から-40dBまでしか保証していません。つまり小音量時のギャングエラーに対する保証が無いというのは、上のグラフを見ても納得できますね。

RK501

ちなみに同じアルプス電気の最上位ボリュームポットRK501はソニーがDMP-Z1に搭載したことで有名になりましたが、こちらは-100dB、つまり完全無音までギャングエラー-3dB以下を保証しています。

DACを搭載しているなら、デジタルの状態で音量調整することで原理的にギャングエラーが発生しないような設計にもできますし(最近は64bit演算のおかげでビット削りの問題も改善されましたし)、アナログアンプでも、ポットやエンコーダーの指令に応じて抵抗値が変わるような(つまりV281のリレー式ボリュームと似たような構造の)ICを採用しているメーカーも多いです。

もちろんポットを使った方が「音が良い」から、ギャングエラーを我慢してでも使うべきと考えているメーカーも多いです。

クロストーク

そんなポットによる音質への影響で、もう一つ確認したいのは、左右チャンネルのクロストークです。

ライン入力の左チャンネルにサイン波のスウィープ信号を入力して、それがどれくらいヘッドホンの右チャンネルに現れるかというテストです。

2Vのライン入力で、2Vのヘッドホン出力になるようボリュームを合わせた状態です。ちなみに上流機器によるクロストークを除外するために、ラインケーブルは左チャンネル入力しか接続せず、もう片方はグラウンドに落としておきます。

結果を見ると、ボリュームポットでは高周波に向かうにつれてクロストークの量が徐々に増しており、一方リレー固定抵抗式ではクロストークが全く確認できませんでした。

ボリュームポットでは高音に向かうにつれて20kHzで最大-70dBほどのクロストークが発生しているので、これは単体では気にならないレベルでも、音楽の臨場感、空気感みたいなものに影響を与える可能性はあります。

V281が採用しているアルプスのRK27は業界でもトップクラスに優秀なボリュームポットですから、別のポットを採用しているアンプでは、さらにクロストークが悪化する場合もあります。

音質への影響は、今回確認したクロストーク以外でも、歪みや雑音など様々な要因が考えられます。未だに多くのオーディオメーカーがボリュームポットを採用していて、それが音質に良い影響を与えるという説があるのも、こういった理由があるのかもしれません。

音質とか

今回は自力でボリューム基板を交換したので、ひとまずフロントパネルを組み付けず、ボリュームポット式とリレー式の基板を入れ替えて、交互に聴き比べる事ができました。

ヘッドホンは普段からよく使っているFostex TH909、Grado GS1000e、ベイヤーダイナミックT1 2nd Gen、他にもIEMイヤホンなども色々と鳴らしてみました。

まず、先程のグラフでも見た通り、ボリュームの回し始めでも左右のギャングエラーは全く感じられないという点が、想像以上に大きなメリットを感じられました。IEMイヤホンでモノラル音源を聴いてみて、音楽がギリギリ聴こえるような小音量時でも左右からピッタリ同じ音量で鳴っています。それと比べるとボリュームポットでは、これまでは別に気にも留めていなかったのに、小音量時のステレオイメージの挙動がフラフラしていてなんだかおかしいと感じられ、「今までこれを使ってたのか・・・」という驚きがありました。

リレー式に変えた事で悪くなった点もあります。ボリュームが128ステップしか無いというのはさほど問題ではないのですが、ボリュームを回すと左右14個のリレーが開閉することで本体からカチカチ(というかジャラジャラ)音がするのは、ちょっとうるさいです。

さらに、ボリューム操作時に音楽にも「パチッ」という小さなノイズが入る事があります。すべてのステップでノイズが発生するわけではなく、特定のステップのみ気になるので、リレー開閉の組み合わせによるようです。このあたりはロジックのタイミング次第で改善の余地があったと思います。

これらはボリューム操作中のみの不満なので、一旦適正音量に合わせてしまえば、あとは問題ありません。

音質に関しては、空間が広くなった、という点は明らかに感じられます。楽器の音色表現や低音の量感などには目立った変化は無いのですが、立体的な臨場感が増したというか、周囲の奥行きの描き方が精密になり、より遠くにある音源が明確に聴き取れるようになったようです。ベタな言い方をするなら「霧が晴れる」「見通しが良くなる」といった表現がピッタリ合います。

これはもしかしたら、先程グラフで見たように高域のステレオクロストークが低減したおかげで、ステレオイメージの形成が正確になったおかげかもしれません。ボリューム回路が変わっただけなので、V281そのもののサウンドが大きく変わることはなく、相変わらず実直でしっかりとヘッドホンをドライブしてくれる信頼感は健在で、なにか一つボトルネックが取り払われたような感じです。

特にクラシックの交響曲録音のような、音源が多く立体的な描き方が必要な音楽においては、大きなメリットが感じられます。しかも、そのせいで主要な音像の描き方が軽く緩くなったりといったデメリットも感じられないので、アップグレードとしては十分な説得力があります。

そもそも、2016年に私がV281を購入した際に、ボリュームポットとリレー式を店頭で聴き比べて、そこまで大きな違いが感じられなかったので、「わざわざ高価なリレー式を選ぶ必要は無い」と判断してポット式を購入したわけです。それが今になって急に手のひらを返すように「リレー式の方が断然音が良い」と言えてしまうのも、なんだか変な気分です。

単純に、6年前と比べて自分の耳が肥えてきたのかもしれません。というか6年前と同じ感覚や感想のままという方がむしろ怖いです。もしくは、当時の店頭デモと比べてDACなど周辺機器が充実したおかげで、違いが現れやすくなった可能性もあります。

それよりも、やはりV281を6年間ずっと使ってきたおかげで、その個性や特徴なんかが無意識に脳裏に焼き付いており、ボリューム回路のような些細な違いでも敏感に伝わるようになった、というのが一番説得力がありそうです。

そう考えると、ヘッドホンやオーディオ機器をじっくりと聴き込まずに、新作をとっかえひっかえ売り買いしたり、数時間ショップで試聴しただけで感想を固めてしまうのは、なんだか本質を逃しているようで惜しい気がします。また、今回実際にリレー式を購入して聴き比べていなかったら、Violectricのポットとリレー式のどっちを買うべきかと誰かに聞かれたら、「そこまで音質差は無いからポットで十分だよ」とずっと言い続けていただろうと思うと、むやみに適当なアドバイスをすべきではないな、という自戒の念もあります。

そんなわけで、V281のボリューム回路アップグレードは、嬉しい反面、長年の思い込みが覆されたような、複雑な気分の結果になりました。

おわりに

今回はいつものヘッドホン試聴レビューとは一味違い、自前のアンプのアップグレードについてメモ代わりに書き留めただけなので、あまり興味を惹かない内容だったかもしれませんが、なにか参考になる点でもあれば幸いです。

結果として音質面で良い結果が得られたと実感できたので、有意義なアップグレードだったと思います。決して安い買い物では無かったので、測定でもハッキリとした違いが現れたことで、変なオカルト的なアップグレードではないことも確認できて一安心しました。

これでV281をまだまだ現役で使い続けることになりそうです。これ以上アップグレードすべき部分も思い当たりませんし、数年後に電解コンデンサーがヘタってきたら交換するくらいでしょうか。その時はNiimbus相当の高級オーディオグレードコンデンサーとかに交換してみるのも面白いかもしれません。

他にはオペアンプ交換とかも思い浮かびますが、今の音に満足できているので、あえてバランスを崩すようなこともしたくありません。そもそもV281におけるオペアンプはラインバッファーのみで、実際にヘッドホンをドライブしているわけではありませんし、DACのI/V変換とかも無いですから、そこまで高速とか低オフセットなどのハイスペックなオペアンプを入れるメリットも少ないですし、高価なOPA627とかを入れてもクセが強くなるだけで、すぐに飽きてくる心配があります。

私にとってV281ヘッドホンアンプというのは、様々な音源や新作DAC・ヘッドホンなどを試聴するためのレファレンス的な存在なので、あれこれ手を加えて自己流にカスタマイズするよりも、信頼の置けるサウンドで末永く使えるのが大事です。

ヘッドホンオーディオにおける過去10年間を振り返ってみると、USB DACやネットワーク化の発展や、ハイエンドヘッドホンにおける目を見張るような進化が実感できますが、ヘッドホンアンプ、特に据え置き型においては、そこまで大きな変化は見られません。

オーディオアンプのアナログ回路設計はすでに成熟しきっており、抵抗やコンデンサーといったパッシブ部品や、トランジスターやダイオードなどアクティブ部品にも画期的なブレイクスルーがあったわけでもなく、優れたアンプを作るために必要な手間と技術は変わりありません。ポータブル用途のICチップが普及してきたおかげで、低価格、省エネなアンプでも高性能が出しやすくなった、というくらいでしょうか。

そんなわけで、これからもDAPやヘッドホンは新作が出るたびにあれこれと入れ替えて聴き比べてみますが、ヘッドホンアンプは当面のあいだV281を使い続ける事になりそうです。