2022年9月16日金曜日

Grado 第四世代ヘッドホンのレビュー (SR325x・RS2xとか)

 Gradoの新作ヘッドホン第四世代(xシリーズ)をいくつか聴いてみたので、感想とかを書いておきます。

Grado RS2x & RS1x

従来の「e」シリーズから全機種が徐々にモデルチェンジしており、実際のところ何が変わったのか、すでに旧モデルを持っている人も買い替えるべきなのか気になります。

Grado第四世代

Gradoといえば年齢不詳のクラシカルなデザインのヘッドホンを作っていることで有名ですが、外観は代わり映えしなくとも、中身の音質に関する部分では定期的にアップデートを繰り返しています。

SR325e・SR325x

1993年に初代シリーズが登場してから、2007年に「i」、2014年に「e」、そして今回の2021年「x」で第四世代ということになります。モデルチェンジのタイミングを見ると、初代から第二世代になるまでは結構な時間が開いていますが(全てのモデルが1993年にデビューしたわけではないので)、それ以降は七年くらいの間隔で世代交代している事が伺えます。

Gradoは他にも特殊な木材などを使った限定モデルを不定期に出しているため、種類が多すぎて混乱している人も多いかもしれませんが、実際の標準ラインナップとしては今回が七年ぶりのモデルチェンジになり、つまりこれまでどおりのプランであれば、これから七年後の2028年まで現役で活躍できるようなモデルとして、かなり気合が入っているはずです。

SR325x・RS2x・RS1x

2014年の「e」シリーズ以降、Heritage SeriesやHempなどの限定モデルでハウジング素材、ケーブル線材、イヤーパッドなどを試行錯誤しており、それらの実験とユーザーフィードバックを経て、素材の入手性や音質への影響などにおいて、今後の標準モデルに採用するに耐えうるデザインを模索していたようです。

たとえばGrado Hempからは新型イヤーパッド「F クッション」、HF-3の編み込みケーブル、GH-2のココボロ木材、といった具合に、今回の「x」シリーズはここ数年の限定モデルで見てきたアイデアがふんだんに盛り込まれています。

今のところ発売しているモデルでは、価格順にSR60x、SR80x、SR125x、SR225x、SR325x、RS2x、RS1xの七種類が登場しています。2022年8月には上位モデルのGS1000x、GS3000xが発表されましたが、こちらはまだ試聴できていません(何故かGS2000xは発表されませんでした)。

残るはプロフェッショナルシリーズのPS500e、PS1000e、PS2000eはまだ更新されていませんが、公式ショップを見ると在庫限りで販売終了となっているので、近いうちに新型が出るのかもしれません。

モデルごとの違い

一万円ちょっとで買えるSR60xから、10万円を超えるRS1xまで、各モデルごとの違いを一覧してみると

  • SR60x 44mmドライバー、四芯ケーブル、Sクッション、合皮ヘッドバンド
  • SR80x  → de-stressedドライバー
  • SR125x → 八芯ケーブル
  • SR225x → Fクッション、0.05dBマッチング、金属グリル
  • SR325x → アルミ+プラスチック、レザーヘッドバンド
  • RS2x → Lクッション、木材
  • RS1x → 50mmドライバー

といった具合に、理路整然とグレードアップしていく構想になっており、またそれら変更点は上位モデルにも継承されていく、ということがわかります。つまりSR125xで八芯ケーブルになると、それ以上のモデルも八芯ケーブルというわけです。

グリルが金網に

細かい点では、ハウジングのグリルが金属メッシュになったり、ヘッドバンドが変わったりなど、注意して見ると意外と多くの違いがあるのですが、基本的な音質の傾向や、鳴らしやすさ、そして開放的なデザインや装着感といった肝心の部分はどのモデルも共通しているので、予算や用途に合わせてモデルを選べます。

特に、上位モデルになっても、他社のように強力なヘッドホンアンプが無いと十分な音量すら得られない、なんてハードルも無いため、とりあえず一番安いSR60xなどを買ってみて、Gradoのサウンドに慣れてきたら、改めて上位モデルを試聴してみると、意外と大きな差が実感できるかもしれません。

デザイン

自前で買ったSR325xとRS2xのパッケージ写真になりますが、他のモデルも基本的に一緒です。

Gradoファンならすでに見慣れた、とても簡素な紙箱です。箱やスポンジのデザインは共通で、外側の黒い開封シールにモデルごとの情報を記載しているという合理的な仕組みです。

共通パッケージにステッカーのみ変えています

開封時

こんな感じです

統一感があって収納が楽なのが嬉しいです

これではどうにも高級感が足りないという人もいるかもしれませんが、たくさん持っていても場所を取らずに本棚などに収納しておけるため、個人的には気に入っています。

ちなみにGSシリーズなど大型モデルになると、それなりに高級感のある大きな箱になります。それと、どうしても高級ケースが欲しいという人には、Grado純正の木箱が別売りで手に入ります。

ドライバー

「x」シリーズではドライバーが次世代版に変更されたそうです。一見どこが変わったのかわかりにくいでのですが、インピーダンスのスペックが32Ωから38Ωへと若干上昇している事からも、実際何かが変わっている事は確かなようです。

ドライバー背面が赤から黒へ

新型は振動板中心に丸い穴があります

外観上では、「e」シリーズではドライバーの背面が赤色で、振動板が白っぽいドーム、「x」シリーズでは背面が黒で、振動板の中心に穴のようなものがあります。

ただし、この黒の穴ありドライバーは数年前から存在しており、私の持っている個体では、2017年のGH2までが赤の穴無しで、2018年のGH3・GH4からは黒の穴ありになっています。ただしそれらはスペックでは38Ωではなく32Ωと書いてあります。ちなみに50mmドライバーのRS1eやGS1000eなどは赤で穴ありでしたので、なおややこしいです。

古くからGradoヘッドホンのドライバーはモデルごとに具体的に何が違うのか謎に包まれており、公式サイトでもそこらへんはあまり明確な事を公表していませんので、深く考えるのも時間の無駄でしょう。

なんにせよ、16,000円のSR60xから83,000円のRS2xまで、どのモデルも38Ω・99.8dB/mWの44mmダイナミックドライバーを搭載しており、11万円のRS1xから上のモデルになって、ようやく50mmの大口径ドライバーに交代します。

では、SR60xからRS2xまでドライバーの仕様が同じなら、音質も同じなのかというと、実際に聴いてみると全然違うのがGradoの面白いところです。僅かな違いではなく、交互に聴き比べれば明らかにどのモデルかわかるくらい大きな差があります。

上位モデルになると、ハウジングの素材や形状による音の響きの変化も関わってくるわけですが、たとえばエントリーモデルのSR60xとSR80xでは、デザインもスペックも全く同じで、たかが2000円ほどの価格差なのに、あえて両方販売しており、実際に聴き比べてみると確かに違うというのが面白いです。

公式サイトによると、SR80xには「de-stressed driver」と書いてあり、SR60xにはその記載が無いので、つまり特殊なエージング作業を行っているのでしょうか。さらに公式スペックを見るとSR60x・SR80x・SR125xまでは左右のマッチングが0.1dBで、SR225x以上では0.05dBと書いてあります。

これらから推測すると、ドライバーの製造工程自体は一緒で、エージング作業を行ったり、測定して優秀なものを選定マッチングして上位モデルに搭載するといった手作業の人件費が価格差に繋がっているのでしょうか。なんとなく真空管の売り方と似ている気もします。

そうなると、SR60xとSR80xは具体的にどのようなチューニングの違いがあるかというよりも、安価なSR60xの方がアタリハズレが大きいと言えるかもしれませんし、エージングによる変化が大きいとも考えられます。

ハウジング

SR60xからSR325xまでのハウジングは基本的に二つの円筒形部品が接着されたようなデザインになっています。

SR125x・SR225x・SR325x

二つの円筒を張り合わせた形状

ドライバーやケーブルを固定してある内側の円筒を、グリルやロゴ刻印がある外側の円筒で蓋をするような感じで、この組み合わせによって様々なモデルを展開しています。

内側はどれも黒いプラスチック製の円筒を使っており、SR325xのみ外側の円筒がアルミ製になります。

どちらも木目が美しいです

SR325x・RS2x・RS1xの構造

RS2xとRS1xは木材をくり抜いたような形状になり、RS2xは「楓・麻・楓」、RS1xは「楓・麻・ココボロ」と、どちらも三層構造になっています。ドライバーが接着されている部分は楓(メープル)の削り出しで、そこに麻繊維の複合材を重ねて、さらに一番外側にRS2xは楓、RS1xはココボロで仕上げています。

ココボロというのはあまり聴き慣れない木材ですが、ローズウッドっぽい濃い赤色なので、さすが高価なモデルだけあって高級感があります。

RS1e・RS1x

RS1e・RS1x

RS1e・RS1x

今回RS1xとRS2xは「異なる木材の多層構造」というのがキーワードのようです。これまではマホガニー材の削り出しハウジングを採用していたので、Gradoといえば、あの素朴な茶色の木材を連想する人も多いと思いますが、音質面で限界を感じたのか、理由は不明ですが、様々な木材を積極的に取り入れる方針に変更したようです。

ちなみに先日発表された大型モデルのGS1000xとGS3000xでは、GS1000xはマホガニーとipêという木材で、GS3000xはココボロとアルミと書いてあるので、最上級機でもずいぶん思い切った素材選びをしているのが面白いです。ipêという木材を検索すると、屋外デッキなどに使われる硬い材木らしいです。

Gradoヘッドホンにおけるハウジングは単なるビジュアル面でのデコレーションだけではなく、音を上手に響かせるための重要な音響素材です。

ドライバーから耳に向かって鳴る音と同じ分だけ、外側に向かっても音が鳴るわけですから、Gradoの場合、ドライバーの後ろの円筒の内径や長さ、そして素材を変えることで、帯域ごとの吸収と反射を上手に調整しているようです。つまり音源にちょっとした響きのアクセントを加えるのと同時に、時間差で外側に広がっていく感覚も付与する、まるでヴァイオリンやギターのような繊細な設計を行っています。

ヘッドバンドとケーブル

従来の「e」シリーズでは、SR60eからSR225eまでのヘッドバンドは鉄板に薄いレザーを貼っただけだったものが、今回はスポンジクッション付きのビニール素材に変更されています。これはワイヤレスモデルGW100で初めて採用されたもので、好評だったのでしょう。

新旧ヘッドバンド

SR225x・SR325x

SR325xから上のモデルは、従来どおりステッチされた厚手のレザーを採用しています。こちらは下位モデルの薄いレザーと比べるとかなり厚手でフカフカした感触なので、一見痛そうに見えても、案外快適です。デザインもこちらのほうがGradoのレトロなイメージに合っていますね。

そもそもGradoはヘッドホン自体が非常に軽量ですし、ヘッドバンドの鉄板はある程度手で曲げて形を整えることができるので、イヤーパッドの側圧を自分好みに調整する事も容易です。また、もし頭頂部が痛くなるようでしたら、ヘッドバンドが頭頂部に横一直線に乗らないよう、自分の頭に沿った弧を描くように手曲げで工夫する事も可能です。

右側が新しいケーブルです

取り付け部分が捻れにくくなりました

もう一つ目立った変更点としては、全てのモデルでケーブルがナイロンメッシュのスリーブに入っているタイプになりました。

すでにHF3やHempの後期型で導入されており、かなり固く捻れにくいケーブルなので、賛否両論あると思います。特にSR125xから八芯ケーブルになるとかなり太く扱いにくくなるため、それが嫌であえてSR80xを選ぶ人もいるかもしれません。

感覚的には、パソコン自作に慣れている人なら「ちょっと良いATX電源のビデオカード用ケーブル」みたいな感じといえば伝わるでしょうか。

従来のケーブルはY分岐より上はビニールチューブみたいな感じで、特にハウジングの付け根部分で捻れて断線しそうで心配になるデザインだったのですが、新型では捻れにくくなったおかげで、そもそもハウジングをグルグルと回転することすら難しくなりました。

今回はドライバーも新型に変わったので、実際この新型ケーブルによる音質への影響は不明ですが、線材はスーパーアニールOFCと描いてあるので、良いものなのでしょう。

イヤーパッド

これまでのGradoヘッドホンというと、低価格モデルから順番に「Sクッション」「Lクッション」「Gクッション」という三種類のイヤーパッドがありました。

SR60e・SR80e・SR125eが「Sクッション」、SR225e・SR325e・RS2e・RS1eは「Lクッション」、そして最上位のGSシリーズなどアラウンドイヤータイプが「Gクッション」です。

今回は新たに「Fクッション」というタイプが追加され、SR225x、SR325xにてLクッションの代わりに付属しています。

S・F・L・Gクッション

厚さが違います

どちらも多層構造です

LクッションとFクッションでは装着感と音質の両方でかなり大きな変化があるため、SR225xとSR325xの二機種で新旧を比較する場合はパッドによる違いも考慮しないといけません。

Sクッションと同じくらいの厚さです

新たなFクッションはSとLクッションの中間をとって「ドーナツ型だけど、耳に密着させる」ような形です。Fは多分フラットという意味でしょう。

このFクッションは1990年代に最初期のGradoヘッドホンに使われていたものと似ており、最近ではHempで試験的に採用されたわけですが、それの好評を得て標準モデルにも導入されたようです。

もちろんどのモデルもパッドの互換性があるため、他のモデルから流用したり、純正スペアで別途買い足す事もできますし、社外品もたくさん出ています。ただしイヤーパッドを変えると音質も大きく変わるため、快適な高級パッドが必ずしも最善とは限りません。ひとまず標準装備のパッドでの音に慣れてから検討すべきです。

特に、一番安いSクッション以外は、横から見ると、柔らかいスポンジが硬いスポンジに挟まれているサンドイッチのような多層構造になっており、これが音に影響を与えます。

eBayなどで格安で売っている偽物パッドは、ただのスポンジを切り出しただけなので、硬い接触面が無いため装着感はぐにゃぐにゃしますし、音質も散々な結果になります。

インピーダンス

いつもどおり、周波数に対するインピーダンスの変化を測ってみました。

インピーダンス

位相

まず典型的な例として、SR225xとSR325xを比べたものです。破線がそれぞれ旧型SR225eとSR325eです。

これらのグラフを見ると、新旧で明らかに違うことがわかります。公式スペックのインピーダンスが32Ωから38Ωに上がったのも1kHz付近を見れば納得できますが、それ以上に、低音80Hzでのピークがかなり大きくなっており、さらに200Hzや4.5kHz付近の山も、旧型でもわずかに確認できたものの、新型はかなり目立つようになりました。

電気的な位相として見たグラフでも、これらの山が急激な変動を示しているため、低音の立体的な描き方や若干のアクセントとして聴こえるかもしれません。

インピーダンス

位相

次に、RS2x・RS1xを旧モデルRS2e・RS1eと比べてみました。RS1x・RS1eは50mmドライバーということで、低域のピークが発生する帯域が120Hz付近に移動しているのを除いては、意外と44mmのRS2x・RS2eと重なっているのが面白いです。

なんにせよ、どちらも旧型と比べると低音側インピーダンスの変化、つまり位相変動が大きいですね。RS2xに至っては80Hzを起点に±35°以上も動いています。

音質とか

Gradoヘッドホン全般に言える事ですが、デザインを見ても想像できるように、とても通気性が良く開放的なサウンドが大きなセールスポイントとなっています。ただし、逆に言うと、自分が聴いている音楽がそのまま外にも漏れてしまうので、屋外のモバイル用途などで使うのは諦めたほうが良いでしょう。

Gradoヘッドホンはハウジングによる「こもり」が少ないため、繊細なニュアンスやディテールを描くのが意外と上手いのですが、遮音性の無さが災いして、周囲の騒音で音楽の細部が埋もれてしまいがちです。つまり相当静かな環境でないと、つい騒音に負けないくらいボリュームを上げてしまい「Gradoは大味で耳障りなサウンドだ」という間違った結論に至ってしまいます。

自宅で使うにしても、家族の理解を得ていないと、シャカシャカとうるさいと文句を言われると思いますし、エアコンや洗濯機など身の回りの騒音もそのまま通してしまうため、本来のポテンシャルを引き出すためにはリスニング環境にも結構気を使います。

逆に言うと、Grado最大のメリットは、耳を塞ぐような閉鎖感が少なく、風通しが良く自然な音楽鑑賞が楽しめる事なので、一般的なヘッドホンの閉塞感が嫌いな人や、軽快に長時間聴いていたい人に人気です。また、家族の声や玄関の呼び鈴などの音を妨げないため、小音量での仕事中のBGMや動画鑑賞といったカジュアルな用途でも重宝します。最近主流のアクティブノイズキャンセリングヘッドホンとは正反対の存在ですね。

まずSR60x・SR80x・SR125x・SR225xの四機種を段階的に聴き比べてみたところ、上位モデルに向かうにつれて、左右ドライバーの整合性というか「摺合せ」みたいなものが良くなっていくような感覚があります。(SR225xのみ「Fクッション」なので、それについてはかなり特殊なので後述します)。

人間の耳というのは左右で聴こえる音によって音源の方角や距離などを特定しているわけで、それらが現実に近いほどリアルな立体音像をイメージすることができます。

逆に言うと、左右の音が合っていなければステレオイメージの整合性が取れず、フォーカスが乱れて余計な広がりを持った音になってしまいます。たとえばハイハットやシンバルの打撃では顕著に感じられ、アタックや残響が濁って刺激的に拡散するような耳障りな音に聴こえてしまいます。

中域も、主役である歌手やソロ楽器が立体的に浮かび上がる、いわゆる「実在感」や「分離の良さ」といった感覚を得るためには、単純に中域の音量が大きいだけでなく、左右の波形がしっかり揃っている事が大きく貢献します。

SR225xを基準点とすると、下位モデルに向かうにつれて高音の派手さというか、本来の音色以外のシュワシュワ、シャカシャカした余計な響きのクセが増していき、それと対象的に、中域にある歌手などの肝心の音像が奥に引っ込んでしまうような感覚があります。典型的なGradoサウンドというと、こういった芯がなくてシャカシャカした音を想像する人も多いと思いますが、上位モデルに向かうにつれて、そういった弱点がどんどん改善していきます。

もちろん、低価格モデルの奔放な鳴り方の方が良いと感じる人もいると思いますし、また四芯ケーブルのほうが細くて取り回しが良いという理由であえて選ぶ人もいます。そもそも一万円台という値段も踏まえると悪く言える筋合いもありません。しかし、もしじっくりと音楽鑑賞を楽しみたいのなら、ひとまず二万円台のSR125xをスタート地点として検討する価値は十分あると思います。

「e」と「x」の違い

新旧モデルを比較するのにも、SR125eとSR125xを聴き比べてみるのが最適です。それ以上のモデルになるとイヤーパッドや木材などの大掛かりな変更点が増えてきて、何がどう影響しているのか判別するのが難しくなってしまいますが、SR125の新旧であれば純粋にケーブルとドライバーの違いのみに専念できます。

新型「x」シリーズについて私の第一印象としては、旧型と比べるとサウンドが整っている、もしくは、若干立体的になっている感じがします。Gradoらしさが損なわれるほどはなく、スカッとした音抜けの良さは健在である一方で、これまでの耳元に迫るエッジ感が低減されて、奥ゆかしさを感じさせる大人っぽいサウンドに成長したように思います。

旧モデルでは高音が奔放に飛び交い、耳周りが「お祭り状態」だったのに対して、SR125xは何か一本筋が通ったような落ち着きがあり、刺激に耳を奪われずに、音楽の静寂や弱音部分を丁寧に再現してくれます。ザワザワした不快感が低減されたことで、表現に余裕が生まれて、ステレオイメージが前方奥へと一歩離れたようにも感じます。これは原音忠実という意味では大きな進化を遂げたと言えますが、Gradoらしさというと、自由奔放で、刺激的、音楽の渦の中に飛び込むようなイメージがあったので、そういうのを期待している人にとっては、なんとなく無難に落ち着いてしまって物足りなく感じるかもしれません。

Fクッションについて

SR125xよりも上のSR225x・SR325xになると、新たな「Fクッション」についての話は避けて通れません。これについては、かなり好き嫌いが分かれると思います。

私の場合、クラシックなどの生楽器演奏を聴く場合は従来のLクッションの方に戻したくなり、ロックや打ち込みのパワフルな曲ではFクッションの方が良い感じです。どちらにせよ、最初は違和感がありすぎて「これはダメだ」と思ってしまいがちですが、数時間も使っていればそれが普通だと思えてきます。

LクッションとFクッションの比較

FクッションとSクッションの比較

たかがスポンジクッションだからといって侮ってはいけません。Sクッションと厚みは同じでも、スポンジの密度がかなりしっかり詰まっており、しかもドーナツ形状は、中心と周辺で音の届け方に大きな差を生み出すのが重要なポイントです。

中心の穴を通ってきた音は耳にダイレクトに届くのに対して、スポンジ部分はピッタリと耳周りを塞ぐため、拡散された音がかなりブロックされます。そこに差が生まれて、まるで小さなドライバーから音が大砲のように飛び出してくる感覚があります。天井照明とスポットライトの違いみたいな感じです。

つまり、SクッションやLクッションのような周囲に広がる臨場感と比べて、「Fクッション」では中低域のダイレクト感がかなり増して、骨太で力強い鳴り方になり、SR225x・SR325xのどちらも中低音がかなり持ち上がります。従来のGradoの「低音がスカスカ」といったイメージを払拭する意図があるのでしょう。

では「Fクッション」のデメリットはというと、一種のフィルターっぽさを感じてしまいます。スポンジが障壁となって、ドライバーから耳穴まで筒状のトンネルで結ばれているような感覚なので、たとえば直径が同じくらいのトイレットペーパーの芯を耳にあてて聴いているのを想像すると、言っている意味がわかると思います。

他のパッドではドライバーから耳までの空間でそこそこ音を拡散して逃しているわけなので、「Fクッション」でもハウジングを手で持ってイヤーパッドを耳から若干離すことで(外に音を逃がすことで)音のクセが低減されます。もちろん耳から離しすぎると今度はスカスカな音になってしまいます。

ではどれくらい耳から離した状態が私の感覚的にはベストな音質になるのか、と実験してみたところ、ちょうど5mmほど、つまり「Lクッション」と同じくらいの位置関係で一番バランスの良い鳴り方だと感じました。多分、自分の耳がLクッションでの音に慣れているからでしょう。

もちろん「Fクッション」が悪いというわけではなく、比較的重くパンチの強い鳴り方で、これまでのGradoの固定概念を覆すという意味では効果的だと思いますし、初めて「Fクッション」を導入した「Hemp」が従来のGradoファン以外からも支持を得たのも納得できます。特にダンスミュージックなどで力強い低音が欲しい場面では「Fクッション」はかなり効果的です。

SR225xとSR325x

SR225x対SR325xというのが、Gradoヘッドホンの中でも一番悩ましい境界線かもしれません。価格的には一万円の差で、ハウジングがプラスチックからアルミになってサウンドの傾向が大幅に変わります。必ずしもSR325xの方が高価だから高音質というわけではなく、自分の好みに応じて選ぶ必要があります。

SR325x・SR225x

両者の違いは主に高音の響き方にあります。SR225xは空間に無作為に広がる空気の臨場感のような響きが強調され、一方SR325xはキーンと鳴る打撃の音色そのものが増幅されます。

古くからGradoというとSR325が一番ユニークで味わい深いモデルとして扱われてきましたが、これは多分、デジタルの圧縮音源など、高音の倍音成分がカットされているような楽曲において、アルミハウジングが金属っぽい倍音列を付加してくれるため、原音忠実以上に充実して聴こえるというのが大きなメリットになっているようです。最近のデジタルプレーヤーなどで「失われた高音を補完する」なんて機能がよくありますが、それのアナログ版みたいな感じでしょうか。

また、アルミになることでドライバーの振動を強固に固定するようなメリットもあるようで、低音側の締まりも向上して、全体的に音圧や勢いを強調するような、いわゆるタイトなサウンドを演出してくれます。

そんなわけで、SR225xは爽やかなヌケの良さで歌手やアコースティックな楽曲に向いており、一方SR325xはギターアンプの歪みやハードなドラミングなどで顔面を殴られるようなエキサイティングな演奏に向いていると思います。

どちらにせよ高音の演出が得意なヘッドホンですので、ヘッドホンアンプの高音の描き方を強調する傾向もあります。つまりアンプ選びに関してはパワーなどのスペックよりも高音の表現が自分の好みに合う物を選ぶと良いです。たとえば上の写真のChord Mojo 2とかは結構良い感じで鳴ってくれました。

Gradoを代表するモデルです

SR325は個人的に思い入れのあるモデルなので、旧型とじっくり聴き比べてみたところ、確かな音質メリットがあると感じたので、今回SR325xを思い切って購入しました。

パッドを従来の「Lクッション」に戻してみると、新旧でそこまで目立った違いは無く、ちょっと聴いただけでは交互に比較しても違いに気が付かないかもしれません。しかし具体的なポイントに一旦気がついてしまうと、その違いが無視できなくなってしまいます。

一番わかりやすいのが、空間の遠さです。どちらも音像そのものの定位や距離感はほとんど変わらないのですが、SR325eでは音色から遠ざかっていく残響に「これ以上遠くには音が存在しない」という明確な壁というか限界みたいなものがあるのに対して、SR325xではそれが曖昧で、どれだけ注意して聴いてみても、外側に響いていく音の限界が把握できません。

もう一つは、高音の強調される帯域が違うようで、SR325eはシンバルやハイハット、ギターの高音など、いわゆる刺さるような高い帯域が目立つのに対して、SR325xはそのあたりが若干控えめになり、そのかわりに、もうちょっと低い高音域が目立ちます。抽象的に言うと、ブラスではなく「鉄っぽい」響きといった感じで、特にグランドピアノを聴いていると、響板の暖かな丸い音色や、ホールに拡散する残響ではなく、ハンマーが鋼弦を叩いている感覚が一番強く伝わってきます。

そんなわけで、SR325xは「Fクッション」との相乗効果もあり、金属的ではあるものの、これまでとは一味違った、かなり重心が低い、鈍く輝く鋼鉄のような芯の通ったサウンドが味わえるので、好き嫌いは分かれますが、こういうのが好きな人にはたまらないヘッドホンだと思います。

RS2x・RS1x

木材ハウジングのRS2xは44mm、RS1xは50mmとドライバー自体が違うため、サウンドも根本的に異なります。

私自身、前作ではRS2eの方が好きだったのですが、今回も聴き比べてみた結果、やはりRS2xの方を気に入って購入しました。木材の美しさではRS1xの方が断然良いと思うので、店頭で実物を見てずいぶん悩んだものの、結局は音の好みの方が重要です。

RS2xを買いました

あえて下位グレードとも言えるRS2xの方を選んだのは不思議に思えるかもしれませんが、私の感想としては、やはり小型オンイヤーGradoは小型ドライバーとの相性が良いと思います。RS1xの50mmドライバーは大型アラウンドイヤータイプのGS1000xなどと同じサイズになるので、オンイヤーでは耳とドライバーの間に十分な空間容積が確保できず、かなり大味で持て余すような印象です。小音量ではパリッとしたクリア感が足りず、大音量では耳元で大声で叫んでいるような感じになってしまい、なかなか満足のいく鳴り方が得られません。

逆に考えると、RS1xの魅力は、小音量時の比較的大人しめで温厚なリラックスサウンドにあると思うので、ドライバーとハウジングの許容範囲内で扱えば、ゆったりとしたハーモニーが味わえます。ただし音量を上げ過ぎると耳周りの響きが目立ってきてしまいます。

RS1xにアラウンドイヤーのGクッションを装着することも検討してみたところ、大音量でも暴れず、余裕が生まれて、リラックスサウンドが維持されるようになったのは良いものの、今度は低音のフォーカスが全く無くなってしまい、上手くいきませんでした。

そんなわけでRS2xを買ったわけですが、これはかなり複雑で凝った作りのヘッドホンだと思います。SR225xとSR325xがプラスチックとアルミで独特の響きが感じられたように、RS2xでもウッドハウジングの効能が鮮明に感じ取れます。これら三機種を交互に聴き比べれば、音作りにおいて、いかにハウジングが重要なのか深く理解できます。

RS2eのマホガニー材とくらべて、RS2xでは「楓、麻複合材、楓」の三層構造が複雑な音響効果を生み出しているようで、考え過ぎかもしれませんが、これまでの限定モデルで体感した木材ごとの傾向を立体的に積み重ねたようなサウンドに思えてくるので、とても面白いです。

たとえば楓を使っていたGH1では高音がよく広がり、スカッとした透明感のある音色が印象的でしたし、麻複合材のHempは丸く厚みのある中低音が目立ちました。それぞれ単体ではクセが強いため、万能モデルとは言い難かったわけですが、RS2xは多層構造のおかげで、周波数バランスの調整だけでなく、耳からの距離と時間差での三次元的な効果も得られるという面白い現象が起こります。これはたとえばアコースティックギターで、ボディのトップ材にスプルース、サイドとバックにマホガニーといった組み合わせで音色と響きの立体的な広がりを実現しているのと同じような感覚だと思います。

つまりRS2xの場合、耳元のドライバー面の楓材でひとまず軽くクリアな描写が得られ、その後ろに麻複合材があるため低音はちょっと遠く、つまり鼓膜に音圧をぶつけるのではなく、一旦溜めて放出するような僅かな緩さがあり、そして一番外側の楓材は単なるデザイン要素ではなく、ここで高音を発散することで、外へ広がる空気感を演出しています。この三次元的な演出のおかげで、サウンドに奥行きや深みを持たせており、一筋縄ではいかない凝った鳴り方が楽しめます。もし楓と麻の順番が逆だったら、それぞれ厚みが変わったら、なんて、開発には相当の試行錯誤があっただろうと思います。

ちなみにRS1xの外側に使われているココボロ材はGH2で聴いた時はかなりダークで艶っぽい鳴り方だったので、個人的には、これをRS2xの外側に使ったらどうなるのか聴いてみたかったです。

しっかりアンプで鳴らす価値があります

そんなわけで、私が買ったRS2xですが、まず中高域は従来のRS2eと比べるとかなり軽めで、楽曲によってはちょっと扱いが難しいようです。

打ち込みのEDMやR&Bなど、パリッとした解像感、空間の広がり、低音の力強さ、という肝心の三点をRS2xは見事に演出してくれるため、かなり相性が良いです。特に奥行きのある鳴り方のおかげで、充実感はあっても、鼓膜を攻撃するような不快感が少ないのが優秀です。ヘッドホン自体の特性で音を仕上げてくれるおかげで、DAPやアンプにそこまでこだわらなくても良い音が楽しめるという点で、かなり良いヘッドホンだと思います。

逆に、クラシックの生演奏とかだと、RS2xは高音が鮮やかに出過ぎていて、なんとなくモニタースピーカーで聴いているかのような緊迫感や気が置けない感覚があります。ヘッドホンの音作りが一般的なポピュラー音楽の作風を前提に工夫されていて、生演奏の直録りとの相性が悪いようです。

ただし、あくまで高水準な鳴り方で、過度な響きがあるとか、膨らみすぎてこもっているといった悪さは無いため、DACやアンプなどの上流機器次第でどうにでも調整できるのが大きな魅力です。特に、ベストだと思っている構成からあえて離れてみて、たとえばNutubeを通してみたり、FPGA DACで緩いモードを試してみたりなど、普段使わないシステム構成の方が意外と上手くいくようです。私も今回はQutest DACから普段のViolectricではなくPhonitorを使ったり、RS6 DAPからNutektアンプを通したりと工夫すると良い感じに鳴ってくれました。ちなみにGradoは完全開放型なのでPhonitorのクロスフィードがとてもよく働いてくれます。

ようするに上流の機器で傾向や枠組みを提供してあげることで、そこそこ柔軟に自分好みの鳴り方に調整できるのというわけで、これはRS2xのみでなく、Gradoヘッドホン全般にあてはまるメリットであり面白さだと思います。ハイスペックなレファレンス機器を揃えている人にはGradoは扱いにくいヘッドホンだと思いますが、ちょっとした小ネタ的に変なポタアンとかを集めている人にとっては遊び甲斐のある懐の深さがあります。

おわりに

Grado第四世代ヘッドホンを色々と聴いてみたわけですが、新型ドライバーのおかげか、音質面ではGradoヘッドホン誕生以来の、かなり大掛かりな進化だと感じました。

初代から第二、第三世代への変更は比較的緩やかで、型番が変わるよりも前に段階的なマイナーチェンジが行われていたりなど、明確な境界線が曖昧な状況でしたが、今回は明らかに世代交代の意図が実感できます。つまり、すでに「e」シリーズを使っている人でも、この機会に新型を試聴してみる意義は十分あると思います。

また、私を含めて、ここ数年のGHシリーズやHempなど限定モデルでの動向を追っていた人は、ケーブルやFクッション、木材の組み合わせなど、ここへ来て第四世代のデザインに積極的に応用されているのが伺えて嬉しいです。限定モデルはそれぞれ個性的なサウンドが楽しめるものの、主力モデルとするにはちょっとクセが強すぎると思っていたところ、「x」シリーズでは、それらで培われた技術を見事に融合することで、より高次元な仕上がりを実現しています。

新型の中でも典型的なGradoサウンドを味わってみたいという人は、まずSR125xをオススメします。二万円台なので他社ヘッドホンと比べても割安感がありますし、SR125eとの新旧比較にもうってつけです。

Gradoが思い描く最先端のサウンドを体験してみたいなら、やはり「Fクッション」を装着しているSR225x・SR325xが面白いです。特に低音が強いダンスミュージックなどを聴いてもらえれば、Gradoは低音が弱いというイメージを払拭できると思います。またLクッションに交換すれば表情がガラッと変わるので、ジャンルに合わせて臨機応変に使えるあたりも魅力的です。

高価な木材モデルになってくると、RS2x・RS1xの小型オンイヤータイプか、それともGS1000xなど大型アラウンドイヤーに行くべきか悩ましいところです。私自身、これまで一番愛用してきたGradoといえばGS1000eでした。ただ現状では為替の事情もあり新型GS1000xがかなり高価で手が出しにくくなってしまい、安易に買い替えるべきか悩んでいます(まだ試聴できていないので、なんとも言えません)。

結局、2021年に第四世代モデルが発売して以来、ちょくちょく試聴を繰り返してみて、私自身はまずRS2xを購入して、その後にSR325xを買い足しました。RS2xはGradoの最新技術を惜しみなく投入した凝った音作りだと思いますし、SR325xは従来モデルとの違いも含めて現時点でのGradoサウンドを象徴する作品として、持っておきたかったです。

それにしても、Gradoはつくづく凄いメーカーだなと実感します。近頃のヘッドホンブームのトレンドをしっかりと見据えて、レトロファッション的な自身のブランドイメージを再構築できており、それでいてベテランユーザーの期待を裏切らない、次世代モデルにふさわしい高性能化を実現している、この絶妙なバランス感覚が素晴らしいです。