2022年8月12日金曜日

Dita Perpetua イヤホンの試聴レビュー

 Dita Audioの新作イヤホンPerpetuaを試聴してみたので、感想とかを書いておきます。

Dita Perpetua

2022年6月発売、約43万円というとんでもなく高価なダイナミック型イヤホンです。私自身2017年のDita Dreamがイヤホン史上最高のサウンドだと思ってきたので、今回の新作もどんな音なのか気になっていました。

Dita Audio

Dita Audioはシンガポールのイヤホンメーカーで、ダイナミック型イヤホンに特化した、一貫して洗練された独自技術を追求している孤高の存在です。

2015年頃、市場がまだマルチBA型のドライバー数で優劣を争っていたような時代にありながら、一見シンプルなダイナミック型のAnswerやTruthといったモデルでイヤホンマニアに一目置かれる存在になりました。今回登場したPerpetuaもチタンハウジングに12mmダイナミックドライバーのみという潔い設計です。

Perpetua、Dream、Dream XLS

私の場合は、2017年に発売したDreamというモデルでDitaの凄さに惚れ込んでしまいました。当時のイベントでデモ機を試聴してみて「これは凄いイヤホンだ」と心に訴えるものを感じてしまい、当時としてはずいぶん高価だったのにも関わらず、すぐにショップで購入しました。

以来Dreamは私にとって秘蔵のイヤホンとして、定期的に聴いてみては、やはり「凄いイヤホンだ」と実感しています。発売から五年も経ち、Dita以外のメーカーもイヤホン開発において着々と進化しているのにも関わらず、Dreamの音の凄さや感動は薄れていません。測定などによる正確さだけでは表現しきれない、音色を作り上げるセンスの良さは、まるで楽器を作る工房のような印象すらあります。

そんなにDreamの事が好きなら、なんでメインのイヤホンとして毎日使わないのか、と思うかもしれませんが、実はDreamは音が良い反面、私の耳ではフィット感が絶望的に悪く、これまで色々なシリコンイヤピースを試してみても、すぐに耳から脱落してしまうため、直立不動でじっとしている状態でないとまともに使えないという難点がありました。ケーブルが硬く、耳から引っ張られるような力が働くのも悩みのタネです。

後日Dita Osloという柔軟性が増したアップグレードケーブルが登場したことで若干改善されましたが、それでも他社のIEMイヤホンと比べると、私の耳にはどうしても合いません。

Dream、Dream XLS、Perpetua

Dreamの登場から二年後の2019年には後継機のDream XLSが登場しました。荒削りなチタンハウジングの初代Dreamと比べて、光沢のあるデザインやガラスパネルなどデザイン面でも進化しています。高音質録音でないとかなりシビアに聴こえてしまう初代Dreamに対して、XLSはもうちょっと万人受けする鳴り方になったのですが、写真で見るとわかるように、ハウジングやノズル形状はDreamからほとんど変更が無く、あいかわらずフィット感が最悪だったので、私は購入しませんでした。

そんなわけで、今回新たに登場したPerpetuaは、DreamやDream XLSから直系の後継機でありながら、新型12mmダイナミックドライバーに合わせてハウジング形状も大幅に変更され、写真で見比べてみても明らかにフィットが良さそうになったので、個人的に期待が大きいです。

Dita Perpetua

このPerpetuaというモデルはDita Audioの創業十周年記念モデルということで、パッケージを見るだけでも、ずいぶん気合が入った作品であることが伺えます。外箱を開封すると「10 YEARS OF DITA」とさり気なく書いてあります。

外箱

内箱

今回借りた試聴機はすでに開封済みだったので、中身の詳細は新品開封時とは微妙に異なるかもしれませんが、それにしても、白一色の硬派なパッケージから、金属ピンとゴムで固定されている濃いグレーの内箱に至るまで、高級感にあふれています。

Ditaがシンガポールの会社だからかもしれませんが、やはり最近よく見る中国メーカーの高級機とは美的センスが違うように感じます。金銀財宝のような派手な演出とは正反対の、シンプルで控えめなデザインでありながら、紙やエンボス加工の質感、キッチリと整った加工精度など、非の打ち所がありません。どこをとっても、接着剤がはみ出ていたり、ビニールなどの安物素材は使用しておらず、一級品の仕上がりです。

パッケージ

中身

説明書など

Perpetuaロゴの上にエンボス加工で「Always and forever, now」とスローガンが書いてあります。果てしない、永遠の、という意味のPerpetuaのイメージに合ったフレーズで、光の加減で薄っすらと浮かび上がる演出が良い感じです。

上蓋には説明書類が入っているのですが、イヤホンのフォルムをあしらったメタルクリップで止めてあるとか、小物はワックスペーパーっぽい袋に入っているとか、とにかくカッコいいです。

日本の大手メーカーとかでしたら、どれだけパッケージデザインを頑張ったとしても、提携している梱包業者の作れる範囲内でとか、社内規定テンプレートでの安全注意書きとか、どうしても余計なものが入っていて興ざめになってしまいがちですが、Ditaは開発者自身が本当に作りたかった一点物をそのまま手渡されたような気持ちにさせてくれます。

イヤホンとアクセサリーケース

中身はこんな感じです

イヤホン本体は重厚なアルミケースに入っており、それとは別にエナメルレザーのポーチの中にイヤピースと交換コネクターが入っています。

傷をつけたくないので実用上は使いづらいかと思いますが、高級素材を活かした丁寧なプレゼンテーションは圧巻です。

そもそも、ここまで高価なイヤホンを買える人でしたら、普段持ち歩くためのペリカンケースなりを持っているでしょうから、そちらに移し替えれば良いだけで、新品開封時の感動を与えるプレゼンテーションとしては、これで正解だと思います。

ちなみに円筒形のアルミケースは上蓋との嵌合がピッタリしているため、取手で持ち上げると内側が自重でゆっくりと降りてくるのも高級感を煽ります。

艷やかで綺麗な仕上がりです

ノズルとコネクター

イヤホン本体はこんな感じです。磁器のように硬く冷たい光沢のある質感はとても美しいですし、ロゴのエンブレムの埋め込みも透明感に深みがあります。

ハウジングからノズルまでスムーズな曲線で繋がっているような形状になっており、サイズはかなり大きいものの、先代のDreamと比べてフィット感がずいぶん改善しました。

Perpetuaではノズル部分が改良されてます

初代DreamとXLSを見ると、本体の平面部分から短いノズルが飛び出しているだけの安易な形状だったため、イヤピースをしっかり耳の奥まで挿入する事ができませんでした。

それなら大きめのイヤピースを使えば良いじゃないか、と思うかもしれませんが、ケーブルの耳掛けと出音ノズルの角度の兼ね合いで、必ずしもノズルが向いている方向と耳穴が揃わないのです。つまり、大きめのイヤピースを使っても、装着時にノズルが変な方向を向いてしまい、脱落しやすく、音も悪くなります。ケーブルが2pinタイプなので、MMCXのようにコネクターの回転での融通が効かないのも問題です。

一方Perpetuaの方を見ると、ハウジング自体が曲線を帯びており、ケーブルコネクターの位置に対してノズルがかなり奥の方まで挿入できる設計になっています。しかもノズルからハウジングまで広がっていく曲線的なフォルムのおかげで耳穴の周りにピッタリとフィットしてくれて、安定感や遮音性も大幅に改善しています。

実際に装着してみると、Perpetuaなら脱落せずに安定したフィット感が得られます。ノズルがしっかり奥まで入るということは、ユーザーごとの耳穴形状の影響を受けにくく、メーカーが意図したサウンドに近づくことができます。

イヤピースを選ぶ時に肝心なのは、大きすぎてハウジング本体が耳から浮いてしまってはダメですし(ノズル角度が乱れます)、逆に小さすぎて、奥まで挿入してもピッタリした密閉が得られないのもダメです(特定の帯域の音が逃げます)。

結局のところ、Perpetuaの形状は、なにか特別な事をやっているわけではなく、これまでDreamやXLSが良くなかったのに対して、ようやく他社並みのまともな設計になったというだけの話なのですが、それだけでも私にとっては嬉しい事です。

2pinコネクター

ケーブルを装着した状態

2pin端子の比較

ケーブルの比較

ケーブルは2pinタイプで、コネクターが本体ハウジングと合わせてカーブを描くような形状になっています。

他社の2pinケーブルとの互換性もありますが、本体側コネクターが若干奥まったデザインなので、入らないケーブルもあるかもしれません。2pin端子の先端がシェルの四角い切り欠きに挿入するタイプのコネクターなら問題ないと思います。Effect AudioのConXは問題なく入りました。

Coil/Overケーブル

Perpetuaの付属ケーブルは「Coil/Over」という名前がついており、PCOCC銅線だそうです。前作のケーブルと比べると、左右の線材が逆方向にツイストしてあるのが目立ちます。若干太くなりましたが、スルッとした質感なので、初代のゴワゴワした硬いケーブルと比べると、だいぶ扱いやすくなりました。Y分岐の部品もさすが高級機らしくイヤホン本体と同じくらい綺麗です。

Ditaはケーブルも含めてトータルパッケージとしての音質に拘るメーカーなので(初期の作品ではケーブル交換不可でした)、今回の新作ケーブルもそれなりに良いものでしょうから、多くのイヤホンメーカーみたいに、まず付属ケーブルを捨てて社外品を買い足さないといけないのと比べるとありがたいです。

個人的な感想としては、Ditaは音質面でメリットがあるからツイストタイプのケーブルを選んでいるのだとは思いますが、どうしても捻れるクセが付きやすく、装着時に本体が外へ引っ張られる力が働きやすいため、装着感でいうと、鎖のような編込みケーブルの方が好みです。

アダプターが要らなくなるのはありがたいです

Perpetuaのケーブルはアンプ側の端子が交換できるのも嬉しいです。3.5mm、2.5mm、4.4mmの三種類が同梱されています。

Ditaは2017年のDreamやAnswer Truthなどの頃から交換可能な端子を採用していました。今では多くのメーカーが同じアイデアを導入していますが、当時はかなり画期的だったと思います。

特にDreamが出た頃は、ちょうどソニーが4.4mmを使いはじめて、2.5mmとの使い分けが面倒になってきたあたりだったので、端子を交換するだけでケーブルを買い直さなくても良いというのは嬉しいアイデアでした。しかもイヤホン側の2pinやMMCXコネクターは何度も着脱すると接触不良を起こしやすかったので、ケーブル交換する必要が無くなるのもありがたいです。

私が持っているケーブルのほとんどが4.4mmなので、AK DAP用に2.5mm変換アダプターを使っているのですが、アダプターごとに音が変わってしまうのが意外と気になってしまいます。その点Ditaは手軽で悩まなくて済むのでありがたいです。

似ていますが互換性はありません

ちなみに交換コネクターはDreamやXLSのものと同じように見えますが、規格が微妙に変わったようで、互換性は無いようです。接続しようとしても上手くいきませんでした。Perpetuaのは端子側のネジも金属になったので、そのあたりもグレードアップしているようです。どちらにせよ、私のDreamでは何度も着脱しても不具合は一度も起こらなかったので、優秀なコネクターだと思います。

インピーダンス

いつもどおり、周波数に対するインピーダンスの変化を測ってみました。

インピーダンス

位相

公式スペックによると20Ωだそうです。グラフの実測でも17~18Ωくらいだったので、大体合ってます。

参考までにDreamとXLS、そして同じくダイナミック型のIE900も重ねてみましたが、どれもほとんど同じような傾向なのは面白いです。マルチドライバー型で見られるクロスオーバー帯域のインピーダンス変動や位相の変化が起こらないのがシングルドライバーの大きなメリットです。

音質とか

Perpetuaのケーブルは3.5mm・2.5mm・4.4mmとコネクターを容易に交換できるため、アダプターなどを通さずに色々なソースで鳴らせるのがありがたいです。今回は普段から聴き慣れているHiby RS6 やAK SP1000といったDAPを主に使いました。

Hiby RS6 DAP

AK SP1000 DAP

イヤピースはいくつか試してみたところ、最近気に入っているSedna Crystalに落ち着きました。Perpetuaは耳へのフィット感という点ではどのイヤピースを選んでもそこそこ安定してくれたのですが、むしろ音質面でイヤピースのサイズ選択が大きな影響を及ぼします。

S・MS・Mという三種類で比べてみたところ、私の耳では、SではPerpetua本体を耳の側面にピッタリ押し付けてもイヤピースが耳穴内で密閉してくれず、空気が漏れるような感じがあり、そのため左右の音量やステレオイメージが狂う感じがしました。Mサイズでは逆に大きすぎて耳穴に押し込んでも本体が耳から浮いた状態になってしまい、装着感は安定するものの、ドライバーから鼓膜までの距離が長くなり、長い筒を通ったような変な濁りのあるサウンドになってしまいました。

そんなわけで私にとってはMSサイズがちょうどよかったのですが、参考までにゼンハイザーIE900ではM、UE LiveではSがピッタリだったので、Perpetuaはノズルの長さがそれらの中間くらいですから、MSが合うのも納得できます。

ケーブル交換

ケーブルが2pinタイプなので、色々と良さげな社外品ケーブルを試してみたのですが、音のバランスがかなり変わってしまい、上手くいかず結局付属ケーブルに戻してしまいました。付属ケーブルはPCOCC銅だそうですが、たとえば上の写真のEffect Audioの金メッキ銀のやつだと明らかに高音寄りで低音がスカスカになります。付属ケーブルもチューニングの一環として設計されていると考えるべきかもしれません。

なんて書いていた矢先に、Ditaから4N純銀のCelesteという公式アップグレードケーブルが発表されました。Perpetua専用とは書いていませんが、その組み合わせは想定しているでしょう。一体どんな音になるのか気になりますが、残念ながら発売はまだ先のようです。

TACETレーベルからMiklós Perényiによるチェロ作品集を聴いてみました。風変わりなサラウンド録音をすることで有名なレーベルなので警戒していたのですが、こういうソリスト中心の作品だとかなり素晴らしい音質です。ハンガリーのベテランPerényiはメンデルスゾーンやシューマンなどメジャーな作品を味わい深く余裕綽々と演奏しており、オケとのバランスも優秀です。


Perpetuaの音質傾向を簡単にまとめると、音像の距離感や空間表現がとても広く、高音はスッキリとシャープに、低音もしっかり太く鳴り、周波数特性に目立った穴や限界を感じさせず、かなり余裕を持った音楽体験ができるイヤホンです。とりわけ音像が耳元から一歩離れた位置で鳴っているあたりはイヤホンというよりも大型ヘッドホンで聴いている感覚に近いです。

他のイヤホンを聴いた後だと、音が脳内に明確に刻まれる感覚が乏しいため、最初は聴き取りづらく感じるかもしれませんが、聴き慣れてくると、確かに音は遠いものの、響きに埋もれたりはしておらず、全ての音を聴き分けられることに気がつきます。自分の視界全体が、まるでイヤホン本体の形状から連想するような完璧な球体のドームに覆われており、そこに音像が点在して、そこからさらに遠くへと響きの臨場感が広がっていくようなイメージです。

音楽を描くキャンバスが上下左右にとても広いため、情報量が多くても混雑せず、全ての音像の間に空間の余裕が感じられます。おかげで、常に客観的な立場で、リラックスした雰囲気でありながら、細部まで分析的に聴ける解像感も持ち合わせており、リスニング向け、モニター向けのどちらとも言えない、ユニークかつ高次元な鳴り方です。

同じくダイナミック型イヤホンでは、JVCのHA-FW10000や先日試聴したSimphonio VR1とかも広い空間が体験できるタイプですが、そちらは特定の響きの美しさを求めてチューニングされたような印象があり、そのためにレファレンス的な万能さを多少捨てた感じがあるのに対して、Perpetuaはかなりバランスが良く、美音演出をそこまで追求していないため、まるでHD650とかDT880みたいな、リスニングにも十分通用するモニターヘッドホンに近い感覚があります。

また、特にチェロ協奏曲のソロを聴いているとわかるのですが、空間が広くても楽器の音像自体がぼやけてしまうわけではなく、クッキリと主張する音像の周りに空気感の余裕がある感じです。そのため、音像と周辺環境とのコントラストにメリハリがあり、楽器の音色だけではなく、その奥にある背景の臨場感までしっかりと感じ取れるような鳴り方です。

Perpetuaが特にユニークなのは、遠くまで抜けるような空間の広さが感じられるものの、それが全て音源由来である、という点です。さきほどHD650やDT880と似ていると言いましたが、それらは開放型・セミオープンだからこそ、現実の外の空気と音源に含まれる音響がブレンドされることで、自然な空間情景の広さが感じられるわけですが、Perpetuaは耳穴を密閉するイヤホンなので、外の環境はしっかりと遮音されています。つまり、どちらかというと密閉型ヘッドホンと似ているべきです。しかし密閉型にありがちなハウジングの反響による余計な響きや濁りがほとんど感じられず、それでいて遮音性が高く、しかも空間が広く感じられる、といった総合的な感覚が、これまでのイヤホンでは実現不可能だった未知の体験なので、正直驚いています。

最近の優秀なダイナミック型イヤホンというとゼンハイザーIE900が挙げられますが、聴き比べてみるとプレゼンテーションが根本的に違います。IE900は音像が自分の目線の高さにピッタリ横一列に揃っており、一点透視のように奥行き方向で分離しているような感じです。つまり全ての音像を自分の手に届く範囲に収めて、ちょっと注目するだけで細かな要素を容易に解像できる、まさにニアフィールドモニター的に睨みを効かせるような性能に特出しています。IE900を聴いてからPerpetuaに替えてみると、空間が特に上下方向に一気に広がり、ヴァイオリンの最高音が自分の眉間の上あたりで、チェロの最低音が顎の下辺りといった具合に、前方の視野を目一杯使って音像が分離するため、全てを把握しようとなると大変なのですが、逆に、広く展開することで、音像と音像の間にある空気の質感にも注目できるようになります。

三世代を比較

同じメーカーのDita Dreamは個人的に大好きなイヤホンなので、それと比較してみたところ、Ditaらしい中高域のシャープな表現は共通しているものの、低音側に向かうにつれてPerpetuaが圧倒的に有利になります。低音の量がただ増すのではなく、それと同時に、耳の左右にある空間余裕が大幅に拡大しており、遠い位置で低音が鳴るため、耳元には音圧を感じません。Perpetuaを聴いた後だと、Dreamは自分の耳の真横に壁があるような狭さを感じてしまいます。それでもDreamは前後上下方向の分離はPerpetuaと同じくらい余裕があるため、そのあたりはさすがDitaらしい仕上がりで、上下に狭く左右に広いIE900とは根本的に違うところです。

Dreamの後継機XLSは個人的にそこまで好みに合わず、初代Dreamから買い替える気は起きませんでした。フィット感がDream並みに悪いというのが一番の理由でしたが、音の方も、Dreamは高音がシャープすぎて低音不足という感想が多かったようで、XLSはそれに答えるために厚めに仕上げた印象です。高音がコンプレッサーで張り付いているような楽曲であればXLSの方がマイルドで良いと思うのですが、低音は耳元で音圧を感じさせるタイプだったので、一般的なイヤホンの表現方法とそこまで変わらず、Dreamの上位互換というよりは味付けの違うカジュアルバージョンという感じでした。そこへ来てPerpetuaはDreamゆずりの凄い高音と同じ表現力を最低音にまで拡張できているため、明らかな上位互換だと思えます。

BISレーベルから、Putnins指揮エストニア・フィル合唱団のラフマニノフを聴いてみました。

ラフマニノフというと「晩祷」が有名で、他は聴く機会が少ないのですが、こちらはその五年前に書かれた聖ヨハネ典礼の作品集です。Putninsは同じくBISですでに晩祷を録音していますが、そちらはオランダの合唱団、今回はエストニアということで、雰囲気も全然違います。


Perpetuaはかなり特別感のある凄いイヤホンだと思ったわけですが、では目立った弱点はあるのか、と考えてみると、一つだけ致命的な点が思い当たります。

Perpetuaの凄さは、録音に含まれる音響を余すことなく展開してくれるところなので、逆に言うと、音響の出来が悪い作品では、その悪さがかなり目立ちます。具体的には、各トラックパートの位相が狂っていたり、左右の空間表現が一致していなかったりなどの不具合が普段以上に気になってしまいます。

スタジオミックス作品であっても、トラックをドライに録って、最終的にコンボリューションリバーブなどで全体の空気感を整えていれば問題ないのですが、響きの管理が下手な作品は救いようがありません。左側にいるギターは音像から10m先まで響きが遠ざかっていくのに、センターのボーカルは1m四方のボックスに入って歌っている様子で、右側にいるベースは完全にドライでシミュレーターを通しており、パーカッションはインサートで、といった具合に、音響に一貫性が無い作風だと、まるで片耳が詰まったような気持ち悪い聴こえ方になってしまう、というわけです。

古い録音でも必ずしも悪いわけではなく、例えばステレオ最初期1955年エーリヒ・クライバーのフィガロとかを聴いてみても、マイク設置の段階から大変上手に録れているため、なんの違和感もなく楽しめます。逆に、最新のハイレゾ録音だから良いだろうと過信していると、Perpetuaで聴いてみると不具合が目立つような作品が意外と多く、最近買ったアルバムをあれこれと聴き直して、優れた作品を見つけるのが楽しかったです。

たとえば上で紹介したラフマニノフのアルバムなんかはPerpetuaの性能が存分に引き出せる超優秀盤です。他のイヤホンで聴いても良いアルバムなのですが、Perpetuaで聴くことで、なにか宇宙的な空間の凄みを感じさせてくれます。

ようするに、普段の音楽鑑賞用として使うとなると、Perpetuaほど圧倒的な音響が活かせる場面はどれくらいあるのか、もっと大雑把に、下手な録音でも誤魔化して楽しく聴けるようなイヤホンの方が良いのではないか、と思えてきてしまいます。

そこで、Perpetuaの二つ目の弱点、というか、注意点を挙げたいと思います。楽曲の良し悪しが目立つのと同じくらい、ヘッドホンアンプなど上流ソースの音質差がずいぶん目立ってしまいます。

ほとんどのイヤホンの場合、イヤホン自体のクセや特性が主導的になるので、アンプはしっかり駆動できる性能さえあれば、音色の違いは仕上げのエッセンス程度にしか気にしなくても良いのですが、Perpetuaではかなり過敏に反応します。

アンプを色々と持っている人ならば、それぞれモデルごとの傾向が掴みやすいため、楽曲を聴いた時点で「この鳴り方なら、こっちのアンプで聴いた方が良いかも」と予想して使い分けることが容易です。

また、44.1/16音源であれば、DACのオーバーサンプリングデジタルフィルターによる違いが明確に感じられます。デジタルフィルターの「シャープ」とか「スロー」などの設定を変えても普段そこまで違いが感じられない人でも、Perpetuaではすぐに聴き分けられると思います。

ハイレゾ楽曲の場合はデジタルフィルターに頼る事はできませんから、そうなると、DAPやアンプ自体を色々と試してみることになります。

HighNoteレーベルからの新譜で、Cyrus Chestnut「My Father's Hands」を聴いてみました。

自身の父親へのトリビュートということで、ポピュラーアレンジからスタンダードまで混ぜた個人的なミックステープのような選曲が面白いです。グルーヴ感の強いスッキリしたピアノに、Peter WashingtonとLewis Nashという近代を代表する最高峰のメンバーとのピアノトリオ盤です。


先程のラフマニノフの合唱曲などでPerpetuaの広大なサウンドステージを最大限に引き出すには、AK SP1000で聴くのが一番良かったのですが、このピアノトリオのような作品では空間の広さはそこまで必要ではありません。SP1000で聴いていると、むしろピアノのアタックが硬くて弾ける感じが目立ってしまい、どうも上手くいきませんでした。

そこで、このアルバムはHiby RS6で聴いてみると、ピアノの音色が落ち着いて、より美しく仕上がり、さらにもうちょっとゴージャスにゆったりとしたラウンジっぽく楽しみたいのならAK SA700で聴く、なんて具合に、DAPを変えるごとに楽曲の表情がガラッと変わります。

プロモニターらしく鳴ります

Nutubeアンプも良い感じです

こういう贅沢な組み合わせも意義があります

Perpetuaで音楽を聴いていると、「ではこのアルバムはどうだろう・・・」「このアンプとの相性は・・・」と、聴き比べてみるのが楽しくなって、身近にある様々なソースを手当たり次第に試してみたくなりました。こういう感覚にしてくれるのが、優れたイヤホンの証だと思います。

DXDの交響曲録音や、高密度な打ち込みのシンセ音楽などなら、RME ADI-2 DAC FSで音の粒子まで解像するくらいクリアに鳴らすのも良いですし、逆にバンドが荒っぽくて聴きづらいのならNutubeや真空管を通してボーカルを引き立たせて艶っぽく仕上げるのも良いです。

私が普段聴いているようなジャズやクラシック、特に室内楽の生録音では、まずChord DAVEで聴いてみると、Chordらしい流動的で綺麗な鳴り方が素晴らしいのですが、ちょっと厚みや押しの強さが物足りないかと思い、そこからXLRライン出力でIFI Pro iCAN Signatureを通して鳴らす事で、そういった部分が補強されて良い感じです。

このように、たかがイヤホンには不相応に思えるような贅沢なシステム構成であっても、Perpetuaで聴けばそれぞれの違いに敏感に反応してくれるため、あれこれ試し甲斐があります。あらためて、このあたりも大型ヘッドホンで聴くのと似ているな、と思わせてくれます。

結局Perpetuaはどんなジャンルの音楽との相性が良いとか、どのシステムで鳴らすのがベストだといった次元を超えて、自分なりの回答を見つけるためのレファレンスとして存在感を発揮してくれます。サウンドの細かいニュアンスの違いを感じとり、自己流でシステムを吟味して組み立てるのがオーディオ趣味の真髄といったところですが、それをイヤホンでここまでできるというのが凄いです。

おわりに

Perpetuaは確かにDita Audio渾身の力作です。Dream以降のモデルはそこまで自分の好みに合わず、なんとなく距離をおいていたのですが、このPerpetuaで見事に引き戻してくれました。

可聴帯域全体で、ここまで堂々とスケールの大きなサウンドを描いてくれるイヤホンは前代未聞です。43万円という値段が妥当なのかは、残念ながら私では手が届かないので、なんとも言い難いですが、これが買える人を素直に羨ましく思います。

今回Perpetuaを数週間ほど試聴してみて一番強く感じたのは、これまで散々聴き慣れてきた愛聴盤であっても、Perpetuaで聴いたらどうなるのか気になってしまい、改めて新鮮な目線で接する事ができ、また逆に、バロックの長編や、前衛的な現代音楽など、普段は敬遠しがちな未知の楽曲であっても、Perpetuaで聴けば、その全貌を把握して作曲の意図が伝わるような気がして、積極的に聴く意欲がわいてきます。

アンプなど上流機器に関しても、スペックが高性能であれば音が良い、という安易なレベルを超えて、機器ごとの鳴り方の個性や魅力を聴き分ける事ができるようになり、楽曲との組み合わせの相性を吟味するのが楽しくなってきます。平面駆動型とかマルチBAなどと比べてアンプのパワーや出力インピーダンスなど駆動力の要求がそこまで高くなく、ノイズが目立つほど高感度でも無いので、スペックを問わず色々なアンプを活かせるのも良いです。数万円のNutubeポタアンとかでも、それら特有の魅力を引き出すことができました。

一介の味付けによる魅力ではなく、音楽環境の変化に敏感に反応して、システム全体を育てていくメリットを見出す、末永く付き合えるイヤホンということで、勝手ながら、あらためて「Perpetua」という名前に納得してしまいました。

イヤホンに限らず、オーディオ機器において、上下のランク付けや明確な優劣は存在するのか、それとも単純に自分が音色を気に入れば、それがベストなのか、というのは昔から議論されています。

どれが良くてどれが悪いのか、優れたオーディオ機器とはどういう物を指すのか、というわけですが、私の持論としては「楽曲やオーディオシステムを構成している他の機器の音色を覆い隠さない」のが優秀であると思いますし、個人的にPerpetuaが他のイヤホンと比べて明らかに優秀だと思えた理由がまさにこれです。

つまり、Perpetuaのサウンドはこういうものだ、という感想を延々と書いたとしても、それは主にアンプなど上流機器のサウンドの傾向を表現しているのが大部分であって、また別のアンプに変えて聴き直してみると、サウンドの感想もガラッと変わってしまいます。

これは個人的にちょっと困った事態です。これまでの私の場合、イヤホンがシステム全体の中で一番のボトルネックになりがちという想定で、アンプはできるだけパワフルで素直な特性のものをレファレンスとして選び、色々なイヤホンの個性を楽しむ、というアプローチを取っていたわけですが、Perpetuaでは逆にイヤホンがアンプを超えるほど高い次元へと進化したおかげで、そちらをレファレンスとして、様々なアンプの個性を楽しむという遊び方になってしまいました。

結局は同じ事のように思えるかもしれませんが、長らくオーディオ趣味をやっている人であれば、どちらかにレファレンスを置いておかないと、両方を試行錯誤していたら気力や体力的に持たない、という気持ちを理解してもらえると思います。つまりPerpetuaを手にしたら、他のイヤホンは一旦忘れて、今度はアンプ集めの旅に出たくなってしまいそうで怖いです。

それくらい当然だ、まさにそんな挑戦を待ち望んでいた、と思えるくらいコアなオーディオマニアでないと、おいそれと手が出せないイヤホンなのかもしれません。高価であることは確かですが、ただのラグジュアリー志向の高級イヤホンだと侮らずに、ぜひじっくりと真面目に聴いてみてください。