テクニクスのワイヤレスANCイヤホンEAH-AZ60とヘッドホンEAH-A800を買ったので、感想とかを書いておきます。
EAH-A800 & EAH-AZ60 |
イヤホンAZ60は2021年10月発売で2万円台、一方ヘッドホンA800はこれを書いている時点では日本未発売ですが、海外では同時期に定価4万円程度で登場したモデルです。普段こういうアクティブNCワイヤレス系はあまり縁がないのですが、せっかく買ったので紹介しようと思いました。
パナソニック Technics
テクニクスはパナソニックのオーディオ向けサブブランドというのは周知の事実だと思いますが、CDプレーヤー末期の1990年代に高級オーディオから一旦撤退して以来、DJ機器のメーカーとしての方が有名かもしれません。
総額500万円超のテクニクスR1シリーズ |
2014年には高級オーディオ部門を復活させており、レファレンスクラスやグランドクラスといった新作は各国のオーディオ雑誌でも高く評価され、第一線に帰り咲いています。レコードプレーヤーやアンプからスピーカーに至るまで、この時代にテクニクスのフルシステムを組めるというのも数奇な話です。
最近オーディオに興味を持った人は、あのSL-1200レコードプレーヤーのメーカーとしてしかテクニクスの名前を知らず、ネットでも「DJ機器を作っているテクニクスがハイエンドオーディオへ挑戦」みたいな見当違いな解説をしている人も意外と多かったので、隔世の感があります。
その一方で、私みたいな昔のオーディオマニアはテクニクスという名前を見るだけで昔の栄光を思い出して、今回のような安価なワイヤレスNCモデルでも、なんとなくネームバリューで興味を持ってしまうわけです。
2014年までのブランクについてパナソニック社内でどのような議論がなされていたのかは知りませんが、私の記憶では、多くのオーディオブランドのように醜態をさらして泣く泣く撤退という感じではなく、CDプレーヤーやレコードプレーヤーにおいて、もはや現状維持しか思い当たらないくらい「やり尽くした」感があり、モチベーション的な意味で小休止していたような印象があります。
オーディオマニア的には継続を求めていたかもしれませんが、パナソニックという会社のイメージからして、ソニーみたいな変態メーカーとは違い、あくまで量産で良いものを作るという考えがあり、いくらニッチなハイエンド機を作っても、そこから大量生産の製品開発にフィードバックできなければ意味がない、という考えがあったのかもしれません。そういった意味でも、ネットワークやスマホなど新たな潮流が生まれた今あらためてブランドが復活したのは納得できます。
EAH-T700 |
日本のメーカーは渾身の力作一度出して力尽きるのではなく、海外メーカーみたいにある程度軌道に乗るまでは中途半端でも毎年マイナーチェンジでどんどん進化させていくような手法をとってもらいたいです。
そういう話は今後もしハイエンドなヘッドホンが復活したら改めてするとして、今回のようなアクティブNCワイヤレス機の場合、実際にテクニクスが開発に関わっているのか、名前だけでパナソニックのモデルのバッジ変更なのか、OEM外注品なのか、そのあたりの事情は不明なので、そこまで大きな期待は持たずに購入しました。
アクティブNC
そもそも今回これらを購入したのは、そこまで明確な理由があったわけでもありません。
最近になってコロナ規制も緩和され、仕事で飛行機に乗る用事ができたので、久々にアクティブNCでも使おうかと思ったところ、2018年発売のソニーのWH-1000XM3しか手元になかったので、そろそろ新型でも買おうと思い立ったわけです。
新製品が出るたびに色々と店頭で試聴はしているのですが、個人的にそこまで興味も無く、どれを買うべきかと迷っていたところ、ちょうど出先の家電店でEAH-AZ60を見かけて、そういえば雑誌やネットでの評価も良かったな、と思い出して、試聴したら音も良さそうだったので、その場で購入しました。
値段も2万円台ということで、ソニーやアップルとかと比べてもそこまで高価ではありませんし、ひとまず2022年現在の売れ筋はどの程度のものか、実際に使って体感してみたかったわけです。
そして旅行中にAZ60を使ってみたら期待以上に音が良くて関心していたところ、海外のショップでヘッドホンタイプのA800が売っており、レビューを検索してみたら日本では未発売ということで、余計に気になって買ってしまいました。ようするに衝動買いの連続です。
EAH-AZ60
まずイヤホンのEAH-AZ60についてですが、最近こういうタイプのイヤホンはたくさんありますし、ケースや本体デザインなど、基本的なデザインはどのメーカーも似たようなものです。
あまりにも普通です |
USB-C |
このAZ60も例に漏れず、あまりにも「普通」すぎて、あえて特筆すべき点も思い当たりません。メタリック塗装とシャープなエッジはテクニクスらしくてカッコいいと思いますし、ケースも使いやすいです。前作AZ70やパナソニックブランドでの開発経験が豊富なおかげで、目立った不具合もない手慣れた感じです。
唯一の特徴としては、コーデックがLDAC対応で、aptXは非対応だという点でしょうか。私自身LDACで音楽を聴くために買ったので、aptX Low LatencyやAdaptiveなど低遅延が必須な人は敬遠するかもしれません。
本体7g、Bluetooth 5.2、バッテリーはLDACのNC ONで4.5時間、ケースは16時間といった具合に、2022年の最新機種として十分通用する優秀なスペックです。
ケース比較 |
中身 |
本体デザイン |
厚みとか |
参考までに、最近の売れ筋イヤホンと並べて比べてみましたが、どれも同じような感じですね。感覚的にはゼンハイザーのMomentum TW3と同じくらいのサイズです。
装着感に関しては、ソニーやゼンハイザーとほぼ同じで、本体の重心もノズル付近に集約されているので、イヤピースさえ正しいサイズを選べば脱落する心配もなく、かなりしっかりしたフィットが得られます。上の写真のB&Oくらい大きくなってくると、ちょっと不安定になり、横になって寝る時とかにも圧迫されて邪魔に感じます。
イヤピース |
写真に撮るのを忘れてしまいましたが、イヤピースは通常のXS、S、L、XLという四種類の他にもXS2とS2という短めのものも付属しているのは気が利いています。ノズルが長すぎて本体が耳から浮いている人をよく見かけますが、あれではNCも音楽もおかしくなってしまいます。
ちなみに付属イヤピースはノズルの中にスポンジが入っているので、スポンジの無い社外品に交換すると高音が若干目立つかもしれません。
一般的な社外イヤピースとの互換性も問題ありませんし、ケースの奥行きも余裕があるので大丈夫だと思いますが、私の耳だと付属のやつでピッタリ安定してサウンドも全然問題なかったので、それを使い続けています。
AZ60の使用感とアクティブNCの効果
こういうワイヤレスイヤホンを色々と使ってみて一番困るのが、メーカーごとにペアリングの方法が違う事なのですが、AZ60の場合は「ケースから出してすぐに左右同時長押し」で青赤LED点滅でペアリングになります。
専用アプリ |
設定 |
スマホアプリは他社と比べるとベーシックな感じがします。設定項目は意外と充実しているのですが、白黒のテキストのみの画面なので、初心者は手を出しにくくて肝心な項目を見落としそうな心配があります。
変に派手なグラフィックで演出するよりは、私はこれくらい簡素な方が良いのですが、それにしても「おたすけウェブサイト」とか、まるでパナソニックの白物家電の取説みたいですね。
メイン画面左上に現在使っているコーデック(LDAC)が表示されるのは嬉しいです。この情報が無いメーカーは意外と多いので、aptXやLDACで聴いていると思っていたら実はスマホが非対応でずっとSBCだったなんて話もよく聞きます。
LDAC使用 |
こういうのは嬉しいです |
タッチセンサー |
LDACのON/OFFなど、コーデック周りの設定も行えるのはありがたいです。どうしても安定しなくてSBC強制にしようと思ってもできなかったり、難解な長押しコマンドが必要で再起動ごとにやらなければいけなかったりなど、面倒なメーカーも多い中で、さすがパナソニックだけあって、ユーザーが求めている機能はしっかり事務的に搭載しています。
ANC効き具合 |
ANC調整 |
アクティブNCの最適化もアプリ内のスライダーで手動で行います。騒音環境に応じて、スライダーを上げるとシューッという音が目立ち、下げるとゴーッという音が目立つので、それらのちょうど中間を狙う感じです。そんなに頻繁にやるものでもなく、普段の電車通勤と飛行機で微調整するくらいでしょうか。
アクティブNCはそこそこ悪くなく、自然で圧迫感が少ないのが嬉しいです。NC特有の圧迫感が少ないモデルは逆に消音効果が悪かったりなど、なかなか両立が難しいのですが、このAZ60は他社の2022年最新モデルと比較してもずいぶん健闘していると思います。飛行機でも快適でしたし、歩行中にも衝撃で変な具合にならないので、かなりストレスフリーです。
個人的にAZ60を使っていて一番嬉しいのは、LDACの音質優先モードで鳴らしても、ほとんど音飛びしないのです。これまでソニーを含めて色々なイヤホンを使っていて、電車の駅やショッピングモールとかではどうしてもLDACが安定しなかったのが、何故かAZ60だと上手くいくので、それだけでもAZ60を買って良かったと思えます。
もちろんBluetoothの安定性は送信側の性能にも依存するため、すべての条件で音飛びしない保証はありませんが、少なくとも私の場合(Hiby R6PROから送信しています)、これまで使ってきた中で一番安定してくれていることは確かです。
EAH-AZ60の音質
EAH-AZ60をHiby RS6 DAPからLDAC接続で聴いてみました。
LDACとSBCでそこまで大きな違いはなく、周波数特性が変わるとか、聴こえなかった音が聴こえる、みたいなわかりやすい変化は無いのですが、音楽を聴いていて「なんかいつもと違う変な感じだな」と思って確認したら、LDACではなくSBCやAACでペアリングしていた、なんて事が何度かあったので、わずかながらも違いはあるようです。
肝心のEAH-AZ60のサウンドには正直驚きました。アクティブNCのワイヤレスイヤホンという縛りに囚われず、有線イヤホンと比べても十分良い仕上がりだと思います。最近はワイヤレスイヤホンで高価なモデルが色々と出ている中でも、このAZ60は個人的なサウンドの好みに一番合っているようです。
AZ60の特徴をいくつか挙げると、まずコントラバスなどの低音楽器からヴァイオリンなど高音楽器まで、響きが暴れず、音像の定位が正確です。どの楽器もカッチリと鳴って、濁りや乱れが少ないです。
ワイドレンジというよりは、全体のバランス重視で、余計な不具合が目立たないように丁寧に仕上げたといった感じで、とりわけ生楽器の再現性では他のワイヤレスイヤホンと比べて群を抜いて優れていると思います。奥行きの立体感はあまりありませんが、ステレオ展開と楽器の再現性がリアルなおかげで、複数の楽器がお互いの邪魔をせずに個別の音像として現れるため、複雑な音楽でも混雑しません。
ベタなアルバムですが、こういった古いジャズを聴いてみると、AZ60の凄さを実感できます。最新の録音はどんなイヤホンで聴いてもそこそこ高音質だと感じてしまいますが、50~60年代ステレオ初期の録音はシンプルなミックスゆえに破綻しやすいためイヤホンのテストに最適です。
AZ60は高音の描き分け、特に金属の質感表現が上手で、ドラムのシンバルやハイハット、金管、女性ボーカルなど、刺さるようなエッジや作為的な艶っぽさでもない、素直で硬めの表現のおかげで、極めてリアルで期待通りの鳴り方をしてくれます。特にダイナミクスの表現が豊かで、弱音でも質感が損なわれず、コードやアンサンブルなど複数の音が重なっても厚くなりすぎない、絶妙なバランス感覚があります。
低音の描き方も他社とくらべてかなりスピード感があります。ジャズに限った事ではありませんが、低音のタイミングが反響などで一瞬遅れてしまうと、音楽を前へと牽引するスリルやドライブ感が損なわれてしまいます。ところがAZ60で聴くと、例えば上で紹介したジャズのアルバム「Undercurrent」では、ハバードの勇敢なトランペットとサムジョーンズの重いベースがピッタリ揃っており、ヘイズのドラムのフィルやロールなどのタイミングも絶妙で、演奏の推進力が凄いです。響きが比較的スッキリしているため、めまぐるしい展開にも翻弄せずついていけます。ホリディのアルバムでは彼女の歌唱が高音だけでなく低いところまで重みを持って描かれており、ピアノなど伴奏も存在感があるものの正確に分離しており、聴き応えがあります。
多くのワイヤレスイヤホンにとって鬼門となるのが、このチェロソナタのような作品です。ソロ楽器と伴奏の生録という、これくらいシンプルな録音の方が、各イヤホンの鳴り方の違いが明確にわかります。AZ60ではチェロの最低音でもギリギリ膨れずに、最高音と同じ定位とサイズ感で表現されるので、演奏を通して一貫性があります。他のイヤホンと聴き比べると、低音のどのあたりから響きが破綻しはじめるのか、メーカーごとに違うので面白いです。
ステレオイメージも録音が意図した通り、古めの作風なら左右にワイドに振られている感じであったり、最近の高音質盤ならクロスフィードしているかのように前方定位が描かれるなど、音源に極めて忠実で、安心して聴いていられます。
逆にAZ60があまりおすすめできないケースとしては、EDMなどの打ち込みトラックでは、キックドラムなどの音像がきっちりと整いすぎていて、まるでDAW直出しでモニターヘッドホンで聴いているかのような整理整頓されたサウンドなので、あまり面白くありません。こういう音楽は、ソニーのように、ドンシャリで3Dっぽい臨場感を展開するイヤホンの方が良いです。
また、AZ60はコンプレッサーを強くかけているスタジオロック・ポップス作品も不得意で、高音が耳障りに聴こえます。AZ60の金属音の質感の描き分けが上手いという長所がむしろ仇となって、強弱や質感のバリエーションに乏しい高音が延々と鳴っているのでは、それが不快に感じます。そういう音楽なら、ゼンハイザーMomentum TW3の方が向いています。どんなに粗い音楽でも角が立たないように大人しめに仕上げてあるイヤホンなので、ハイレゾ録音のクラシックとかを聴くと無難すぎて物足りなく感じるのですが、音圧が強い楽曲でも不快感無く楽しめるイヤホンです。
B&OのBeoplay EQも聴いてみたところ、こちらも毛色が違います。かなり軽快でサラッとして、高音の方までよく伸びるので、そこそこ良い有線IEMイヤホンに一番近い鳴り方かもしれません。逆に言うと、屋外の騒音下では高音ばかりが目立ってしまいます。自宅やオフィスで息抜きに音楽鑑賞する用途にはおすすめできますが、私みたいにアクティブNCイヤホンは屋外で使いたい人には、宝の持ち腐れかもしれません。
このようにアクティブNCのワイヤレスイヤホンもメーカーごとに様々な個性があり、必ずしも「どれが最高音質か」という優劣の尺度で評価できるものではないので、その中でもAZ60は私の用途にピッタリ合うモデルでした。
EAH-A800
そんなわけで、AZ60の完成度の高さに関心したので、それなら大型ヘッドホンタイプのA800はどうだろうと思って購入してみました。値段も倍くらい高いので、価格相応のメリットを期待したいです。
EAH-A800 |
フラットに畳めます |
こちらもあまりにも「普通」すぎるデザインなので、コメントするのが難しいです。店頭で黒の在庫が無かったので銀を選んだのですが、テクニクスというと銀のイメージがあるので悪くないです。
本体重量は298g、公式サイトによると40mmのポリウレタン・PEEK三層ドライバー搭載ということを強調しているので、音に自信があるモデルのようです。
個人的にスペック面で興味を持った理由は、AZ60と同じくLDAC対応(aptX非対応)と、LDAC・NC ONで40時間、15分急速充電で10時間という長時間再生が可能なことです。このあたりはどのメーカーも一昔前のモデルと比べて大幅に進化していますね。
それと、今回AZ60イヤホンを飛行機で使っていて、一つ致命的なことを忘れていたのは、ワイヤレスイヤホンだとライン入力端子が無いので、機内エンターテイメントで映画を見るのに使えないんですね。そのためにわざわざトランスミッターを用意するのも面倒なので、ヘッドホンのA800ならライン入力でも使えるというのは、意外と盲点でした。(ちなみにイヤホンではB&W PI7は充電ケースがトランスミッターになるというアイデア商品です)。
あと、Shure Aonic 50のようにパソコンにUSBケーブルで接続すればUSB DACヘッドホンとして使えるかと期待していたのですが、残念ながら充電するだけで認識しませんでした。
パッケージ |
収納ケース |
こんな感じに収納します |
AZ60の方は出先で買ったので箱を捨ててしまったのですが、A800はとっておいたので写真を撮りました。
こちらも極めて王道で普通すぎるデザインです。収納ケースの中にはUSB C充電ケーブル、3.5mmラインケーブル、機内アダプターが付属しています。
収納ケースは以前のソニーみたいに最小サイズに畳んで入れるスタイルなのは嬉しいです。Shure Aonic 50はケースがフリスビー並みに巨大すぎて購入を断念したのを思い出します。
最近のANCヘッドホン |
パッドの内部空間 |
いくつか他社モデルと並べて比べてみました。最近のモデルはどのメーカーもさほど変わりませんね。唯一B&Wのみイヤーパッド内部でドライバー面が傾斜しているデザインになっています。
Shure Aonic 50 |
B&W Px7 S2 |
Sony WH-1000XM5 |
他社モデルと比べてA800も決して悪くないのですが、銀塗装がいまにも剥げそうでチープな感じがするあたりは、なんとなくオーテクとかの質感を連想します。
デザイン面ではやはりB&Wが一番品質が高く、メタルの色合いなど非常に美しく、良いものを買ったという満足感があります。Shureは頑丈そうなのは良いのですが、ポータブルで持ち歩くのはちょっと遠慮したいガッシリとした重厚感があります。
ソニーの新型WH-1000XM5は広報写真でのイメージよりも実物はずいぶん安っぽく感じました。特に先代と比べてかなりコストダウンしたような印象があります。軽量化という点では良いのでしょうけれど、B&WやShureのメタルフレームの頑丈さに慣れてしまうと、ソニーのプラモデルみたいな質感はチープで、まるでイケアにおいてあるプロップみたいな手触りです。
折り畳めます |
意外と見落としがちですが、A800はヒンジで丸く折り畳めるのに対して、他のモデルはできません。ソニーは先代モデルはできたのにXM5ではできなくなったのは意外でした。
ケース無しでバッグに放り込む際にはこうやって丸く畳めた方がヒンジが壊れるリスクが減りますが、逆にヒンジ部品の強度が弱点になるのが、他社があえて採用しない理由でしょうか。
Shure Aonic 40 |
丸く折り畳めるところなど、実はShure Aonic 50ではなくAonic 40の方に近いです。こうやって並べて比べてみると、ハウジングやイヤーパッドのサイズ感など、ほとんど一緒です。
A800の使用感とアクティブNCの効果
個人的にA800を気に入った点としては、AZ60と同じアプリで、機能面が真面目に作り込まれている事と、本体側面のボタン類がわかりやすく直感的に操作できるところです。
AZ60と同じアプリです |
操作系がわかりやすいのは良いです |
すべての機能が右側ハウジングに集約されているので、操作を覚えるのが楽で良いです。
側面タップも右側ハウジングのみで、私の設定ではダブルタップでNC ONとアンビエントモードの切り替えができるだけなので、知らない機能の誤動作の心配がありません。
個人的に、他社でよくある上下左右スワイプで音量調整や曲飛ばしを行うギミックは嫌いなので、これくらいシンプルな方が良いです。
ボリューム操作と再生停止もしっかりと物理ボタンで、カチカチとクリック感があり、指で触れてどのボタンか識別できるよう突起があるのも嬉しいです。
装着検知はオフにしました |
A800を数週間使ってみた感想として、一つだけ不満を挙げるとするなら、ヘッドホン装着検知センサーの誤動作が頻繁に起こるのだけは困りました。私の個体だけの不具合かもしれません。
普通に装着して音楽を聴いていると勝手に再生が止まるので、なにかBluetooth通信の故障かと思って困惑していました。センサーは右側イヤーパッド上部付近にあるので、このあたりを叩くか押し込むと音楽再生が再開します。
私の装着方法が悪いのかと思い、ヘッドバンドを短くしてパッド上部が意図的に圧迫されるようになど試行錯誤してみたのですが、頭を動かさずにパソコンで作業している時とかでも急に再生が止まってしまいます。結局アプリでこの機能自体をオフにすることにしました。
そういえば似たような話では、ソニーWH-1000XM4・XM5には「スピーク・トゥ・チャット」機能といって、自分が話しはじめると音楽が勝手に停止するという「便利機能」があるのですが、初期設定ではオフでも、右ハウジングを二本指長押しでオンになるので、それを知らずに偶然有効にしてしまい、何故か勝手に再生が止まってしまう理由がわからず「故障した、不良品だ」と返品してくる人が多いとショップで聞きました。こういう余計なギミックやタップ機能を導入すると、ただ普通に使いたい人にとってはかえって迷惑になりがちですね。
アプリ設定画面 |
装着検知以外のアプリ設定項目はAZ60と基本的に一緒で、アクティブNCの強さや微調整の方法も同じです。
A800のアクティブNCの効き具合に関しては個人的にかなり満足しています。以前使っていたソニーWH-1000XM3と同程度でしょうか。B&W Px7 S2も似たような感じです。それらと比べるとShure Aonic 50は効き具合が悪く、Aonic 40は私の耳ではどうしても左右のバランスが安定せず駄目でした。
A800を装着して最初の数分は徒歩の振動でポコポコとアクティブNCが反応してちょっと耳障りなのですが、2分くらい経つとそれが無くなり、歩行中も問題なく使えるようになります。イヤーパッドが耳周りに馴染んだのか、内部の気圧や湿度変化なのか、それともNCアルゴリズムの変化によるものか、理由は不明です。
絶対的な静粛性を求めているなら、やはりソニーWH-1000XM5が一番良いです。ホワイトノイズがほとんど感じられないほど静かです。しかし、私の場合、WH-1000XM3では快適に使えていたのに、WH-1000XM5は消音効果が過剰すぎて、頭全体が気圧で圧迫されているかのような不思議な不快感があります。
NC効果はアプリで調整できるので、強度を下げれば良いのですが、せっかくの高性能NCを最大限に使わないのももったいない気がしますし、その点ではWH-1000XM5は自分に合いませんでした。よくアクティブNCは圧迫感があるから嫌いだという人がいますが、私の場合これまでそんな事は微塵にも思わなかったのに、WH-1000XM5にて、それをようやく感じるようになりました。
また、アクティブNCに何を期待しているのかにもよります。エアコンなどの定在波ノイズを除去するならソニーは相当凄いのですが、電車や道路の雑踏などのランダムなノイズになってくると、どのメーカーでも完璧なキャンセリングは到底不可能ですから、メーカーごとの静粛性の差は少なくなります。
やはりアクティブNCを評価する上で肝心なのは、耳への圧迫感やうねりの少なさと、飲食時の顎の動きや歩行時の衝撃などでの誤動作の少なさという二点が重要だと思うので、その点においてA800は結構優秀だと思います。
EAH-A800の音質
先程のAZ60イヤホンと同じように、Hiby RS6からLDACで試聴してみました。
こちらもAZ60と同様に、SBCとLDACの違いはそこまで大きくありませんが、LDACの方がなんとなく音がしっかりしていて高音や低音のうねるような感じ(低レートMP3とかの、あの感じ)が少ないです。
Hiby RS6はLDAC・aptX・aptX HD対応なので便利です |
肝心のA800の音質についてですが、AZ60のまとまりの良いサウンドに関心して、期待をもって買ったわけですが、それにしてはずいぶん性格が違ったので、第一印象はそこまで良くはありませんでした。本当に同じメーカーが開発したのか、と驚いたほどです。
しかし、実際にじっくり聴き込んでみて、他のメーカーのモデルとも比べてみると、確かにAZ60と共通するテクニクスらしいチューニングの特徴や、他社にはないメリットも感じられるようになりました。
専用アプリのイコライザー |
A800でまず最初に気になったのは、重低音がかなり盛られている感じがします。音楽鑑賞よりも第一印象のインパクト重視のチューニングなのでしょうか。
普段私はアプリのイコライザーとかは一切触れずに、フラットな状態で「メーカーの意図した音作り」を味わいたいのですが、今回ばかりは数週間使ってみてどうしても我慢できず、上の写真のようにイコライザーの最低音(100Hz)を一段下げた状態に落ち着きました。ちなみにその上の315Hzも一段下げたかったのですが、ここを調整するとボーカルなどの中域が息苦しく捻じれた感じになってしまうため、100Hzのみ下げました。
このA800の低音は、極端に量が多いというわけではなく、不正確で延々と長引く低音だから耳障りに感じるようです。先程のチェロのアルバムを聴くと、チェロというひとつの楽器のはずなのに、ある低音に差し掛かると左右ハウジングからモコモコと響き渡るように増強されます。つまり音楽の一貫性を損なう低音エフェクトなので、カットしないと邪魔になります。
イコライザーで調整すれば、ある程度抑え込めるので、あらためてじっくりと聴いてみると、A800のサウンドには2つの特徴が感じられます。まず、他のメーカーと比べて空間展開が広く、左右の音像が遠く感じます。
前後の立体感はそこまで無いのですが、音像の広がりが良い効果を発揮しています。たとえばB&W Px7はもっと頭内に凝縮するような狭い鳴り方なので、シンプルな音楽をじっくりと集中して聴き込むのには良いのですが、オーケストラなど音数が多くなると混雑します。逆にソニーWH-1000XM5は空間展開が非常に広いのですが、3Dサラウンド的に特定の周波数帯が自分の前や後ろに飛び交うため、まるでハリウッド映画を鑑賞しているかのような派手さのせいで、音楽を聴いているというよりはソニーを聴いているという感じになってしまいます。
その点A800は左右両端の音像が耳よりもちょっと前方の定位に整っており、まるでコンサートホールの最前列でステージを眺めているような感覚です。大規模な交響曲とかを聴いてみると、オーケストラが左右に広く分散されて、第一ヴァイオリンは左耳の前方に、チェロは右耳の前方に、といった具合に正しく音像が定位しているため、脳内が混乱せず、安心して音楽を楽しめます。他のメーカーでこれができるNCヘッドホンは意外と少ないです。
もう一つ、A800の特徴としては、金属音の鳴り方が正確でカッチリしているところです。これはAZ60でも感じた点なので、テクニクスに共通した音作りなのかもしれません。
シンバルやトランペット、ギターのスチール弦など、それぞれ異なる材質のアタックや響きの質感を見事に表現しています。つまり高音が派手に響いてキンキンするのではなく、逆にそれを恐れて意図的にロールオフするのでもなく、鮮やかに本物らしい鳴り方が味わえます。
アクティブNCヘッドホンにて金属音を再現するのは困難だと思うので(キャンセリング音波がある中で、高音の倍音成分を正確に描かないといけないので)、それを高レベルで実現できているところは、さすがテクニクスです。
こちらもB&W Px7はもっと丸く落ち着いていて爽快感が足りず、ソニーは逆に楽器以外の高音も全体的に持ち上がっているためシュワシュワした鳴り方です。やはり肝心なのは、中域から高域にかけて、アタックばかりでも響きばかりでも駄目で、どちらも両立できていないと金属音は上手く再現できません。
そんなわけで、A800はそこそこワイドな音場に、かっちりした中高域の鳴り方が印象的な音作りです。中低域以下は薄味というほどではないものの、若干メリハリが無くソフトな感じになるため、雰囲気は良いものの、グッとくる質感みたいなものは味わえません。特にベースソロや男性ボーカルなんかを聴いてみると、AZ60イヤホンの方が数段優れているように感じました。
私が聴く音楽の中では、A800はとくにオペラや交響曲など大規模な生楽器演奏に最適でした。特にオペラではヴァイオリンやトランペットなどの鮮やかな音色に負けずソプラノ歌手の音像がリアルに描かれるあたりは魅力的です。ただしティンパニやコントラバスなどの演奏で、ある音程を下回ると、耳元のハウジング付近からモコモコと響いてリアルな臨場感が損なわれてしまうのが弱点です。
低音も含めた音楽鑑賞向けのバランス感覚という点ではShure Aonic 50の方が好みなのですが、そちらはアクティブNC効果がそこまで強くないため、そもそも出先の騒音下で使うと割り切るならA800を選びます。自宅メインでワイヤレスヘッドホンが欲しくて若干のアクティブNCがあれば嬉しいという程度ならShureの方が良いかもしれません。どちらにせよ、同価格帯の有線ヘッドホンを凌ぐサウンドとまではいかないものの、あと一歩惜しいというレベルにまで到達していると思うので、今後さらなる進化を期待したいです。
おわりに
今回購入してみた二機種の中で、とりわけイヤホンのEAH-AZ60は個人的にかなり気に入りました。
好評なだけあって、アクティブNC効果やLDAC接続での安定具合など、性能面でもよく出来たモデルだと思いますが、肝心のサウンドにおいて、近頃多くのワイヤレスイヤホンがカジュアルな多目的用途を前提に作られているのに対して、AZ60は生楽器演奏で満足できる真面目な仕上がりという意外性に驚いたわけです。
では有線イヤホンのサウンドを超えるかというと、少なくともこの2万円台前半(しかも有線ならDAPやアンプの予算も必要)という予算範囲なら私なら断然AZ60の方をおすすめすると思いますし、それ以上に、アクティブNC効果も含めて、外出時の騒音下で聴くことを想定した音作りとして、センス良く仕上がっていると思います。私の場合、静かな環境でじっくり聴き込むなら、もっと良い高級イヤホンはいくつも持っていますが、屋外の騒音下では、それらのポテンシャルの十分の一も引き出せていないと思いますし、重いDAPを持ち歩きたくなければ、なおさらです。
個人的にアクティブNCワイヤレスイヤホンは今回が初めてではなく、新型が出るたびにオーディオショップや友人から借りて試しており、特に今回はソニーWF-1000XM4が手に入りやすく、ゼンハイザーMomentum TW3も発売間もなく、どちらもじっくり使ってみたものの、自分の用途には合わないサウンドだな、と思えて結局買わずじまいだったので、AZ60は意外な発見でした。私みたいに古いジャズやクラシックをじっくり聴き込みたい人は、値段も手頃ですので、ぜひ試してみてください。
EAH-A800の方は、大型ヘッドホンで値段もそこそこ高価ということで、過度な期待があったせいかもしれませんが、悪くないものの、音質面でちょっと惜しい、という印象に留まります。値段も考慮するとAZ60ほど絶賛するわけにはいきません。
音質を追求するならイヤホンよりもヘッドホンタイプの方が優れていると漠然と思いこんでいたところ、今回でその印象がガラリと変わり、私にとってはA800よりもAZ60の方が音楽鑑賞での満足感が高いです。とはいえ装着感やワイヤレス接続の安定性など、A800も別に悪いヘッドホンではないので、自宅の雑用で使う機会が多いです。洗濯機や乾燥機が回っている時などちょっとした静寂を得るのに最適です。
私の勝手な思い込みかもしれませんが、A800の低音が汚いという弱点は、ドライバーのポテンシャルに対してハウジングの響きをしっかり管理できていないように思えます。この手のヘッドホンは価格設定ありきで開発しているのでしょうから仕方がないのですが、もしA800がもうちょっと高価で、ハウジングにプラスチックではなく金属などを組み合わせた高性能な音響設計を投入できれば・・・、なんて想像してしまいます。
Shureを見ても、Aonic 50では低音のコントロールが良かったのに対して、低価格なAonic 40は低音が乱雑に響きすぎる感じがしましたし、B&W Px7 S2は逆にあれだけコンパクトなハウジングなのに低音がそこまで暴れないのも高価な設計だからかもしれません。
ワイヤレスヘッドホンの売れ筋は家電量販店ですから、テクニクスが調子に乗って5万円超の高級機とかを出しても数量が売れる見込みは薄いのでしょうけれど、ヘッドホンマニアからすると、素のポテンシャルは十分にあるので、ちょっと惜しい気がします。
もちろん私の見当違いで、あえてこのようなチューニングを意図して仕上げた可能性もあります。実際こういうワイヤレスヘッドホンは、広告では感動的な音楽体験について熱く語って、音楽の甘美な世界に浸って瞑想している人のモンタージュ宣材写真を使っていたとしても、実際のところ、購入する人の大多数は動画鑑賞やビデオチャットなど多目的に使う事をメーカーは知っているわけですから、私みたいにクラシックの生楽器の再現がなんて言っている人は少数派で、そもそも市場調査の眼中に無いだろうと思います。
そんなわけで、個人的な要望があります。ワイヤレスでアクティブNCともなれば、どのメーカーもDSPでチューニングを仕上げているだろうと思いますが、今回テクニクスのアプリのイコライザー設定を見ても「クリアボイス」「トレブル」「ダイナミック」など、いまいちピンとこないというか、変な音になってしまいそうなネーミングの選択肢ばかりです。
できればもうちょっと突っ込んだDSP処理で、音楽や映画鑑賞など各マニア向けのチューニングオプションを用意してくれたら面白いと思います。単なるEQのみでなくソニーのDSEEやDCリニアライザーみたいな時間軸方向の工夫も取り入れて、AVアンプのように特定のコンサートホールや映画館のスピーカーシミュレーションみたいなのがあれば、色々と試してみたくなりますし、ネタ的にも面白いだろうと思います。ピュアオーディオ的な思想とは別の方向性で、DSPだからこそ可能なギミックをもうちょっと引き出してもらいたいです。出来合いのBluetooth DSPチップをデータシートのままにポン付けしているだけのメーカーが多い中で、こういった複雑な音響処理ができるメーカーであれば、上手く宣伝すれば部品コストをかけずに差別化できると思います。
あと、Bluetooth関連では、もうそろそろ業界標準がSBCから新規格のLE Audio / LC3コーデックに世代交代するらしいので、LDACやaptXなどと特殊コーデックで議論しているのも今年で最後かもしれません。LE Audio対応機種が出るまで買い替えを控える、という人もいるみたいですが、まだ現時点ではテスト段階のようなので、本格的にスマホやイヤホンにLE Audio対応が浸透するまで時間がかかりそうです。
実は今回LDAC対応ということで、パソコンからLDACで飛ばしたいと思って送信機が売ってないか探したら、意外と選択肢が無いんですね。色々と調べてみたらFiio BTA30 PRO一択のようです。(他に良いやつを知っている人は是非教えてください)。旧モデルのBTA30はLDACはS/PDIF入力時のみ対応で、USB入力では非対応とか、色々ややこしいです。
aptXの方も同じくらいややこしく、同じメーカーでもaptX Low Latency対応とaptX Adaptive対応トランスミッターがそれぞれ別で、互換性が無いとか、混沌としています。それとは別にファーウェイが当局と規格化したHWA規格のLHDC・LLDCコーデックは中国国外でどれくらい普及するのか、Android 13からLE Audioが標準で搭載するようになっても共存するのかなど、Bluetooth周りは相変わらず足並みが揃ってませんね。
また、ゲームなどで重要視される遅延に関しても、いくつかベンチマークなどを見るかぎり、Bluetoothコーデック以上にスマホ本体の機種ごとの差が大きいらしいので(参考リンク)、そのあたりも一筋縄ではいかないようです。特に古いスマホを使っている人は最新機種に変更することで遅延が一気に減るかもしれません。
Bluetoothに関しては、まだ完璧とは言えませんが、今回のテクニクスなんかを買ってみた限りでは、ここ数年でものすごい進化をしている事は確かです。数年前の高級機を後生大事に使うよりも、2022年の低価格な最新機種の方が性能や音質が良かったりするので、ぜひ店頭で色々なメーカーの新作を試聴してみてください。