昨年登場した「GH1」から始まったGrado ヘリテージ・シリーズの二作目で、前作はハウジングにメープル材を採用していたところ、今回はダークな木目が美しい「ココボロ材」を使っています。
Grado GH2 |
ルックスだけでなく音質を追求して選ばれた素材だということなので、GH1オーナーとしては気になって試聴してきました。
GH2
GH2はリミテッドモデルとはいっても、ヘッドバンドやイヤーパッドなどはこれまでのGradoと同じ定番の見慣れたデザインなので、唯一異なるハウジング木材のみが目立つ存在です。GH1とGH2 |
木目パターンや色の濃淡などは、天然素材だけあって一台ごとの個体差があると言われていますが、実際にGH2を手にとって見ると、公式サイトなどの広報写真で見るよりも、なんだか「地味」というか、老人の家具感があります。
前作GH1はカッチリとエッジの立った精巧な細工だったのですが、GH2の方が地方物産展の民芸品コーナーみたいな暖かみのある仕上がりです。派手なワックス磨きやクリアコートなども無く、ただの削り出し木材なので、もうちょっとオイルフィニッシュっぽいツルツル感があっても良かったと思います。
まあそのへんは、実際に購入して触っているうちに風格が出てくると思います。色合いはコーヒー豆みたいな深い茶色が綺麗ですね。
中に赤色ドライバーが見えます |
接着面は木材と平行です |
3.5mmステレオ端子です |
ドライバは現行Gradoでは見慣れた裏面がメタリックレッドのやつです。ドライバ接着面もハウジング木材から飛び出していませんでした。ケーブルも1.7mの3.5mm端子で、これまで通りです。
モデルごとに公称再生周波数レンジが異なりますが、これは価格なりの上下関係を表しているだけというか、「一応そこまで保証しますよ」といった類なので、(自動車の最高速度みたいなものなので)、気にするようなものでもありません。
そもそもGradoヘッドホンというのは、スペックや理論では表せない不思議な魅力に包まれています。
Heritage Series
Gradoヘッドホンの上位モデルや、同社レコード針、フォノアンプなどの商品は、木材を使用していることが有名ですが、それはらほぼ全てマホガニー材を採用しています。Gradoフォノアンプとレコード針 |
一方Heritageシリーズは、数量限定のバッチ生産で、マホガニー以外の希少性のある木材を採用していることが特徴になっています。
GH1は色合いの薄いメープル材でしたが、今回GH2にはココボロという高級木材を選んでいます。
GH1のメープル材は単なる材木ではなく、Gradoヘッドホンの本社工場付近の公園で伐採された廃材を使った、ということで、本当の意味での「数量限定」で、同じニューヨーク・ブルックリンという土地でGradoとともに育ってきた木材、つまりHeritage(伝統)として説得力のあるコンセプトでした。
一方今回のGH2は、熱帯雨林で育ったココボロ材を買い付けたということで、あまりHeritageとの関連性が実感できません。
ココボロ材というのは、濃い茶色の見た目どおり、通称ローズウッドと呼ばれている木材の一種で、一般的に有名なブラジリアン・ローズウッド(ハカランダ)など南米で採れるローズウッド材とは異なり、メキシコなど中央アメリカの雨林で育っています。(楽器などで言われるローズウッドは植物分類ではなく見た目の俗称です)。
ローズウッド材というと、密度が高く温度や湿度で変形しにくいため、ギターの指板など楽器で多く使われていますが、過剰伐採問題もあり、とくに昨年あたりからは多くのローズウッド種の輸入販売が登録許可制になるということで、楽器メーカーにとっては致命的な打撃になりました。
そのため、これまでローズウッド材の代名詞だったブラジリアン・ローズウッドに代わって、まだ価格が1/3以下で手に入るココボロ材が最近になって人気急上昇しています。
確かに美しい木材ですが、ラグジュアリー感覚で森林伐採という話になると、そういうのはエコロジー観点から嫌な人もいるでしょうし、Heritageシリーズとしてなぜ今回採用するに至ったのかとか、もうちょっとエピソード的なものを明確にしてほしかったです。
今後Heritageシリーズが続くのであれば、一体どういった存在意義を持つのでしょうかね。毎回エキゾチックな高級木材をあしらった、いわば「ブティック・コレクション」ラインなのか、それとも名実ともに「ヘリテージ」としてGradoの歴史にちなんだ製品なのか、それともコンセプトデザイン的な「とりあえず作ってみた」系になるのか、これからの展開が気になります。
Grado公式サイトで、過去の限定モデルコレクションを見ると、多くの非売品やリミテッド・コラボを出しているので、(有名なのでは、たとえばドルチェ&ガッバーナとのコラボとかありましたね)、個人的には、将来的にもっと既存のハウジングデザインから離れた奇抜なデザインも見てみたいです。
GH1とGH2ではハウジング形状も異なります |
GH2は一見するとRS1e・GH1の木材を変えただけの単なるカラーバリエーションモデルのようにも思えるのですが、実際にGH1と並べて見比べてみると、形状にも変更が加えられていることがわかります。
外側の角はGH1では段差があり、GH2は丸く曲線を描いているのが印象的ですが、さらに注意してみると、内径のエッジもRS1e・GH1では45°に深く面取り加工されているのに、GH2では直角です。
それがどうした、と不思議に思う人もいるかもしれませんが、Gradoヘッドホンの場合、本当に単なるドライバーと円筒形木材だけのシンプル構造なので、素材や形状の微妙な違いで音質がかなり変わります。
Gradoは民芸品や日曜大工みたいだ、なんてよく揶揄されていますが、実際に日曜大工の木工細工が好きな人は、希少な高級木材で自分好みのGradoハウジングを自作している人もネットでよく見かけます。
結構ウッドパーツのサイズ感が違いますね |
そういえば、先月号の英Hi-Fi NewsにてGrado GS2000eのレビュー記事を読んだのですが、結論としてサウンドの魅力は認められるものの「クセが強すぎる」ということで厳しい評価でした。その記事の中で「結局Gradoヘッドホンの周波数特性って、ハウジング円筒の直径と長さで決まるよね」みたいな身も蓋もないことを言ってました。
貝殻を耳にあてると波の音がする、というのと同じ原理で、たとえばプリングルスの筒を適当な長さに切って耳に装着してみれば、周囲の音が「シュ~ッ」と特定の周波数が強調されて聴こえるようなものです。
もちろん筒の表面にぶつかる音波だけでなく、素材の密度や構造によって吸収や響きが異なりますので、そのへんの微調整でのノウハウが、最終的な音質に大きく貢献するようです。スピーカーのバスレフポートと一緒で、この円筒が無ければスカスカシャリシャリサウンドになってしまいますし、長細すぎても特定帯域が強調されすぎますし、単純な計算ではすまない手探りな部分が大きいと思います。まさに楽器ですね。
また、ビンテージギターの収集家がよく主張するように、表面の塗装が厚すぎると、せっかくの木材の振動が死んでしまう、ということもあるので、Gradoヘッドホンのようにほぼ削ったままの無垢材というほうが、音響的には良いのかもしれません。
音質とか
今回の試聴には、Cowon Plenue SとSimaudio MOON 430HADを使ってみました。SIMAUDIO MOON 430HAD |
Gradoヘッドホンはどれも鳴らしやすいため、このような巨大なデスクトップヘッドホンアンプは不要なのですが、やはりしっかりと腰を据えたアンプで駆動することで、最大限のパフォーマンスを引き出せて、モデルごとの違いがわかりやすくなるようです。
まず最初にはっきりと感じられたのは、GH1とGH2のサウンドは一聴して違いがわかるくらい異なります。ここまで違うサウンドだとは予想していなかったので驚きました。それぞれまったく別物のヘッドホンというか、Gradoラインナップ内でも両極端に位置するモデルかもしれません。
GH2の特徴は、音色がとても落ち着いていて、刺激が少ないことです。簡単に言えば、GH1は「軽いサウンド」で、GH2は「重いサウンド」だと思いました。
重いといっても、Gradoらしい開放感をしっかり発揮しているので、音抜けが悪いとか、暗い、スピードが遅いという感じは一切ありませんでした。その辺は同じ温暖系開放型のゼンハイザーHD650やフィリップスX2よりも優秀だと思いました。
たとえば、リスニング中にアンプのボリュームを普段以上にどんどん上げてくと、GH1を含めたほとんどのGradoヘッドホンの場合、高音の押しの強さが耐えきれなくなってくるのですが、GH2はかなり絶妙なバランス感覚にチューニングされており、結構な大音量まで上げても、なにか特定の周波数帯域がやかましく感じません。
つまり、普段のリスニング音量で長時間聴いても不快なストレスが生まれにくい、ということに繋がるので、落ち着いてリラックスできるサウンドです。軽量なコンパクトオンイヤー型ヘッドホンで、ここまで音色が豊かで開放感溢れるサウンドというと、他のメーカーでは全く思い浮かばないです。
これまでのGradoというと、高域がキツくて攻撃的なサウンドだというイメージがあります。確かに各モデル毎に程度の違いはあるにしろ、全体的に他社と比べて高域寄りで「明るく派手な」サウンドであることは確かです。
これはチューニングとして間違っているわけではなく、単なる不快なキンキン音ではなく、音楽に生命力を吹き込むような、他社では真似出来ない絶妙なオーガニックサウンドを繰り広げているからこそ、長年のファンが多いのでしょう。
そんなGradoも過去の栄光にすがるのではなく、最近のヘッドホンブームの波に乗って着々と進化を遂げているようで、サウンド自体はここ5年くらいで大きく変わってきています。
たとえば現行のRS1eやRS2eといった「e」シリーズでは、高域の派手さはそのままで、従来のGradoに不足していると指摘されていた低音が改善され、よりバランスよく楽しめるサウンドになったので、それ以前の古いGradoしか知らない人ならば、その進化に驚くと思います。
その次に登場したHeritageシリーズ「GH1」は、進化したGradoサウンドをさらに突き進めて、Gradoらしさを全面的にリファインした、まさに伝統芸といった仕上がりでした。「e」シリーズ由来の低音の量感と、かなり高いところまでよく伸びるクリアな高音を両立しており、さらにハウジングがマホガニーからメープルになったおかげか、中高域の響きが濁りがちだった部分がスッと綺麗に抜けるようになり、より軽快で開放感とタイミングの良さを実現できている名作でした。
今回GH2を聴いてみると、とくに低音の質感や中域のコントロール感などはGH1ゆずりで、さすが最新世代モデルだな、と納得できる仕上がりでした。個人的にはRS1eやRS2eよりも魅力的です。
「コントロール」が良いというのは私の勝手な解釈なのですが、たとえば歌手や楽器の特定の周波数が突然鼓膜に迫ってきたりせず、歌手なら歌手本人の全体像としてしっかり定位置でイメージされている、ということです。
たとえばRS1eの場合コントロールがそこまで良くないので、トランペットやギターなどの高音楽器がたまに鼓膜にギラッと「刺さる」ような違和感が生まれます。一方GH1やGH2では、同じトランペットのサウンドでも耳から数センチ離れた位置をキープしてくれています。
そんなわけで、GH1とGH2はどちらも最新世代のGradoヘッドホンとして、従来機を凌ぐサウンドを実現出来ていると思うのですが、GH2はさらにそこから、あえてGradoの定番サウンドから離れるようにチューニングそのものを大きく変えてきたように感じました。
具体的には、高域の刺激がけっこう低減されているのですが、それが単純に高域カットされたような物足りなさではなく、まったく別物の表現になっています。これまでのGradoの高域は、いわゆるエキサイティングに全部を主張する高域だったのですが、GH2では、空気感はしっかり空気感として、音楽の音色は音色として、ちゃんと分別出来ているように感じました。つまり、表現の幅が広がったようです。
楽器そのものの音色は丸みを帯びて、響きがキンキンしなくなったので、それだけ聴いていれば温暖で豊かなサウンドだと思えます。ただ、GH2の高域はそれだけではなく、空気感がその後ろでしっかりと描かれているので、豊かな音楽とは別に、Gradoらしい開放感が背後にちゃんと存在しています。
不思議なのですが、このGH2で、Gradoヘッドホンでは初めて、空間の前方定位みたいなイメージが感じられました。これはRS1eやGH1でも得られなかった感覚なので、本当に面白いです。同じ楽曲をGH1とGH2で交互に聴き比べていると、GH2に付け替えた瞬間から、音像がクロスフィードをかけたように前方に空気感が生まれているので、どういう原理でそうなるのか不思議です。これまでGradoというと「音場の再現性が弱い」ということが指摘されていたので、かなり画期的な進展だと思います。
GH2を過去のGradoヘッドホンとくらべてみると、サウンドに厚みがある部分などは、PS500eと似ていると思います。ただ、PS500eの場合、アルミハウジングのためか低音の鳴り方が重くズシンと来る感じで、Gradoらしいオーガニックなサウンドを求めている人にとっては低音過多すぎて異色なモデルだと思います。一方GH2は、低音が多いというよりは、GH1から高音の刺激が消えただけなので、ドンシャリというよりはむしろ中~中低域寄りの心地よいサウンドです。
また、音場が優秀といっても、大型モデルのGS1000eとはかなり違います。GS1000eは、基本的にはRS1eをベースに、より大型のボディとパッドで距離をとって、耳との間に音響空間を形成することで、全ての音色に一定の余裕を与えているような感じです。しかし、その距離のせいで、小型ボディGradoの面白さである鮮やかさが損なわれているとも思います。
GH2はGS1000eとは違い、GH1ゆずりの近めな音像ですし、音色が太く濃く現れていて、空気感だけが前方への奥行きを見せています。あくまで小型ボディGradoらしいサウンドだと思います。
大型パッドといえば、GH1の場合は、明るくメリハリの強いサウンドだったため、あえて別売の大型パッドを装着することで鳴り方に余裕をもたせる使い方も人気がありました。Head-Fi掲示板などでも、GH1はGrado小型モデルの中でも、とくに大型パッドとの相性が良い「一石二鳥」モデルだという評判があります。
GH2の場合、大型パッドを装着するとサウンドがソフトでマイルドになりすぎて、なんだかBGM的に聴き流してしまいそうになるので、あまり相性は良くないと思いました。Gradoらしからぬサウンドが得られるという意味では面白い組み合わせではあります。
おわりに
Gradoとしては異例なほどに豊かで聴きやすく仕上がっているGH2は、確かに限定モデルとして魅力的な個性を放っています。単なる収集家向けのカラーバリエーションではありませんでした。単純に考えれば、GH2とは、 GH1の高域が穏便になっただけのチューニングモデルだと結論付けることも可能なのですが、そう簡単には説明できないほど不思議な空間表現の魅力があります。
私のGrado歴を振り返ってみると、大抵ふとしたきっかけで、「今日はGradoでも聴いてみようかな」なんて思い立ってRS1やGH1を取り出して、アルバムを何枚か聴いたくらいで「もういいかな・・」とAKGやベイヤーダイナミックなんかに戻ってしまう、というのを定期的に繰り返しています。つまり魅力は認めるものの常用はできない、という感じです。世間のヘッドホンマニアでも、けっこうそういう人は多いと思います。
そこで、もしかするとGH2であれば、それだけでずっと使い続けることができるかも、と期待させてくれるような、普遍的な万能性を秘めているヘッドホンです。
実は、今コレを書いている時点でも、GH2を購入しようかどうか悩んでいます。一聴しただけで「これは良いヘッドホンだ」という直感がしたのですが、現実的になってみると、このまま突き進んでしまったら、単なる木工コレクターになってしまいます。たとえば、もしこの先、GH3、GH4と、また風変わりな木材のモデルが出たら、その都度買うのか、と想像すると末恐ろしさもあります。
購入をためらっているもう一つの理由は、そもそも「これはGradoらしいサウンドなのか?」という疑問です。変な言い方をすれば、GH2はGradoらしくなく、他社の平均的なヘッドホンに一番近いサウンドのモデルです。それでいて、価格相応にかなり良いレベルに仕上がっているので、なんだか「Gradoを聴いているぞ」という特別感(罪悪感?)みたいな感覚が薄いです。
つまり、とにかく「Gradoらしい」明るく開放的で若干刺激的なサウンドのヘッドホンを一台買うのであれば、これまでどおりRS2eかGH1が最上級のGradoサウンドを体現しているモデルだと思います。(あえてRS2eと言ったのは、RS1eはGradoらしさが尖りすぎていて、RS2eの方が聴きやすいと思うからです)。
GH2は、これまでずっとマホガニー材の定番ハウジングを採用してきたGradoが、今回初めて「音響のために」素材から吟味して選びぬいた、つまり「現時点でのベストな提案」を表現しています。
GH1とは異なり、伝統という意味のHeritageシリーズとは正反対で、将来Gradoが向かっているサウンドの方向性をわずかながら覗かせてくれるようなモデルだと思いました。