近頃は超高額なバランスド・アーマチュア型イヤホンが続々登場していますが、このXelentoのようなダイナミックドライバー型イヤホンとなると、ハイエンドモデルと呼べるものは実はそこまで多くありません。
2015年に登場したAstell & Kernとのコラボレーションモデル「AK T8iE」をベースに、ベイヤーダイナミック自身のスタンダードモデルとして再リリースしたのが、このXelentoです。パッケージやカラーリングのみでなく、サウンドチューニングも若干の変更を加えているので、より「ベイヤーらしい」サウンドを求めている人にとっては気になる存在だと思います。
2015年に鳴り物入りで登場したAK T8iEは、ベイヤーダイナミックとして初のハイエンドイヤホンということでだけでも衝撃的でしたが、大手DAPメーカーAstell & Kernとのコラボレーションモデルという販売形態で、表向きはAstell & Kernブランドのイヤホン、という立場をとっていたのも面白かったです。
AK T8iE以前にも、ベイヤーダイナミックとAstell & Kernのコラボモデルヘッドホンはいくつかありましたが、AK T1pやAK T5pなど、どれもすでにベイヤーダイナミックで存在していたモデルの味付けやデザインを若干変更することでAstell & Kern用に「カスタマイズ」した特注品といった感覚でした。
一方AK T8iEイヤホンは、全くの新作でありながら、AKコラボモデルのみでしか手に入らない存在だったため、いつの日かベイヤーダイナミック版が出るのではないかという予感は誰しも持っていたと思います。
そんなAK T8iEイヤホンは、発売当時の価格が14万円ということで、ダイナミックドライバー単発のイヤホンとしては異例のハイエンドモデルでした。
それまで10万円超のイヤホンというとJH AudioなどのマルチBA型が主流であって、ユニット単価の高いBAドライバを5基10基と大量に詰め込むことで、必然的に価格が上昇するという、強引な「物量投入」の説得力がありました。
一方ダイナミックドライバー単発の場合、当時人気の頂点にあったゼンハイザーIE800ですら8万円台ということで、どのような技術革新や高級素材を投入したとしても、たかが一枚の振動板ドライバに、10万円もするようなコストをかける事はできるのか、という疑問がありました。
つまり、生半可なメーカーであったら、そもそも「どうやって」そこまで高価になってしまうほどの高性能イヤホンが造れるのか、というノウハウが不足しています。
これは料理みたいなもので、たとえば家庭のキッチンで500円単価の親子丼が作れたとしても、それと同じ要領で、高級レストランの厨房で5,000円の値段に見合う親子丼を作れと言われても、どこから手を付けていいのか見当もつきません。
単なるボッタクリなどではなく、一流名門メーカーのプライドとして、「ここまでの音質を得るために、こんな値段になってしまいました」、と言えるだけの説得力のあるモデルを開発するのは、やはり技術力とノウハウの成せる技なのでしょう。
そんなわけで、ほんの一握りのメーカーしか作り得ないのが、高性能ダイナミック型イヤホンの現状なのですが、それでもAK T8iEが登場した翌年の2016年には、米国Campfire Audioから、さらに上を行く17万円の「Vega」というモデルが登場したりなど、BA型と比べると新作頻度が少ないせいか、出るたびにマニアの間で話題になるのがダイナミック型の面白いところです。
意外と見落としがちですが、AK T8iEはAstell & Kernモデルということで、同社DAP用2.5mmバランス端子ケーブルが付属していたのですが、XelentoはAK DAPとは無関係なので、ケーブルも3.5mmステレオ端子用のみです。
Xelentoはエクセレントだそうです。ちょっとバカっぽいネーミングですが、ベイヤーダイナミックというとDT250みたいに「それってどのモデルだったっけ?」と英数字で覚えにくいモデル名だったのが、こないだ発売されたAmiron HomeやByronを始めとして、コンシューマ機には覚えやすい名前をつけるようになったようです。商標登録とかもあるでしょうし、ユニークで覚えやすい名前を考えるのも一苦労ですね。
パッケージは横長でイヤホンとしてかなり巨大なデザインです。AKG K3003のパッケージを思い出します。ベイヤーダイナミックらしい、いかにもドイツっぽいシンプルで高級感のあるレイアウトですが、ちゃっかりハイレゾロゴがあるのと、下の黒い帯部分に「An Audible Piece of Jewellery」つまり音を奏でるジュエリー(?)みたいなスローガンがさり気なく書いてある遊び心があります。(Amiron Homeでも変なスローガンがありましたね)。
銀色のミラーフィニッシュは女性的なジュエリーというよりもスナップ・オンとか高級工具を連想しますが、実物を手にとって見ると、たしかに質感の高さは尋常では無いです。
スリップケースを開けると、黒い箱がパカっと開くようになっており、中にはハードケースとケーブル、イヤーチップ各種がズラッと陳列してあります。シリコンイヤーチップのサイズが7種類もあるのは圧巻ですね。銀色の四角いパーツはケーブル用クリップです。
ハードケースはDAP用レザーケース程度の大きなサイズですが、本体とケーブルが無理なく収納できるようによく考えられていると思います。
Xelento Remoteの国際流通品が発売される以前は、上の写真のような別バージョンのボックスが出回っていました。これは中国のみに限定して、2017年初頭から少量の先行販売が始まっていたのですが、このパッケージはAK T8iEのものと同じタイプでした。付属ハードケースもAK T8iEと同じ形状です。
パッケージのみの違いであれば良いですが、ネット掲示板では、最初期版Xelentoと現行版では音も違う、なんてことを主張している人もいたので、なんだか事情がややこしいですね。私は聴き比べたわけではないのでよくわかりません。ただ、見切り発車で先行ロットを並行輸入した人とかは、気が気でないかもしれません。
鏡面処理の球体フォルムは、写真を撮ろうとすると、どんな角度でも周囲が映り込みすぎるので、なかなか大変です。本体の形状はAK T8iEと全く同じなので、単純に表面処理がブラックメタリックから銀色にカラーリングが変更されただけのようです。L/R表記の印刷が大きくなって見やすくなったのは嬉しいです。
Xelentoのスペックは16Ω・110dB/mWということで、これもAK T8iEと変わらないようです。実際に交互に聴き比べても、音量の違いは感じられませんでした。DAPやスマホなどでも容易に鳴らせます。
イヤーチップはいわゆるソニーサイズなので、一般的なものであればだいたい付け替えられると思います。他社のイヤホンと比べると、上の写真にあるように音導管の部分が円形ではなく楕円になっていることがユニークですが、耳孔へのフィット感のために意図的にそういう形状にしたということで、シリコンチップの互換性には全く問題ありません。
付属しているのはコンプライ系の低反発ウレタンと、AK T8iEの時と同じ、キノコみたいな独特な形状をしたシリコンタイプがあります。
このキノコタイプは賛否両論で、非常に快適だと思う人と、全然ダメだという人に極端に分かれるようです。私自身は後者なのですが、装着感が悪いというよりは、あまり耳孔を圧迫しないため、簡単に外れやすいというところが嫌いなだけです。
付属しているケーブルは耳掛け用ワイヤーが無いタイプなので、ふとした拍子にケーブルが耳から外れて、つられてイヤホン本体も外れてしまうことが多々ありました。もしワイヤー入りのケーブルに交換するのであれば、付属のキノコイヤーチップを使うことで、あまり耳孔を圧迫せずに快適な装着感が得られると思います。
私自身はグッと耳孔に挿入することに慣れているため、AK T8iEもずっと社外品のイヤーチップに交換して使っています。SpinFitも良いですが、JVCのスパイラルドットイヤピースとの相性が良くて、長らく愛用しています。穴径も長さも純正キノコとあまり変わらないので、そこまで大きな音質差は感じられず、ただ耳から外れにくくなります。むしろ付属しているコンプライの方が極端に音質が変わります。
ケーブルはAK T8iEと同じくMMCXコネクタで着脱可能になっていますが、線材が変わっています。初代AK T8iEの黒いケーブルは貧弱でイモみたいなサウンドだったのですが、AK T8iE MkIIでは若干高級っぽいゴールドカラーのケーブルに変更され(それでもあまりパッとしませんでしたが)、今回Xelentoでは奮発して、銀コート線を採用したということです。
見た目も高級になりましたが、本体がシュアーがけ前提なのに、あいかわらず耳掛け部分にワイヤーが入っていないケーブルなので、個人的にはどうしてもワイヤー入りケーブルに交換したいです。音質については後述します。べつにワイヤーが無くても装着感は悪くないのですが、やっぱり収まりが悪い感じはします。
どれもL字型の3.5mmステレオ端子ですが、Xelentoのみリモコンケーブルなので、4極端子になってますね。グラウンド分離バランスケーブルではありません。
ちなみに、写真に撮り忘れてしまったのですが、付属ケーブルはMMCX端子の部分に小さなギザギザのワッシャーが噛ませてあり、回転防止の役目を果たしているようです。このワッシャーはケーブル着脱時にポロッと外れやすく、失くしてしまいそうなので、注意が必要です。ワッシャー無しでもMMCX端子の接続はしっかりしていますが、グルグル回りやすく、若干グラグラになります。
私自身は初代のAK T8iEを所有しており、普段からけっこう頻繁に活用しています。イヤホンハウジングが非常にコンパクトなこともあり、外出用というよりも、むしろ自宅のベッドやソファなどで横になっていても邪魔にならない軽快さが気に入っています。
今回の試聴ではAK T8iE、AK T8iE MkII、Xelento Remoteと、三モデルが揃いました。普段から使い慣れているCowon Plenue S DAPをメインに色々な楽曲を聴き比べてみました。
まず最初に言える事は、AK T8iEとXelentoは、そこまで言うほど大きな違いは無い、と思いました。
ネット掲示板やレビューなどでは、大事件のごとく優劣を議論しているようですし、私自身もせっかく比較試聴する機会ということで、細かな違いでも誇張するような表現をよく使いますが、実際のところ、そんな大げさな違いではなく、結局どちらを使ってもベイヤーダイナミックらしいダイナミックドライバサウンドの魅力は十分に体感できました。
ここからは、ほんの細かいポイントでの音質差についてになりますが、やはり各モデルごとに特徴的な個性というか、性格を持っているようで、明確な上下関係が無いこともあり、なかなか優劣は決められません。
よく巷の噂では、Xelentoはベイヤーダイナミック名義でのモデルなので、もっと高域寄りでモニター調なサウンドだ、なんて言われています。たしかにブランドイメージ的にも「芳醇なAstell & Kern」と「プロスタジオのベイヤーダイナミック」という印象がありますが、実際にAK T8iEとXelentoを比較してみると、あながち嘘ではなく、そんな風に聴こえました。
個人的な好みでのみの「買いたいランキング」としては、AK T8iEがトップで、次にXelento、そして最後にAK T8iE MkIIの順に並びました。つまり、意外にもAK T8iEの初代とMkIIで好き嫌いの差が大きく、Xelentoはまた表情の異なるサウンドとして、同レベルに納得できる仕上がりでした。
Xelentoのサウンドは、一言でいうと、AK T8iEよりも、より「フラット」な仕上がりになっています。能率やインピーダンスは変わらないので、両者を交互に付け替えて比較しても、中域のコアな部分の鳴り方はあんまり違わないように感じるのですが、その一方で、高域と低域の、音色の最極端の部分で、そこそこ大きな違いが聴こえます。
まず低域についてですが、AK T8iEは低域が過剰で、Xelentoは低域が控え目だろう、なんて先入観があったのですが、実際はそうでもありませんでした。
面白いのは、試聴に使った楽曲によっては、むしろAK T8iEのほうが低域の存在感が弱い、と感じる事もありました。なぜ曲ごとに印象が変わるのか不思議に思ったので、いくつかの楽曲で低音に集中して聴いてみたところ、原因が理解できました。
AK T8iEの低音は、とくに重低音というような50Hz以下の「振動」が非常に強調される仕組みです。強烈な振動が「リスナーの体全体を震わせる」ような、まさにサブウーファー的体験が味わえます。一方、もうちょっと上の100Hz付近では、鳴り方が意外と控え目になり、そこまで高圧にボンボン鳴り響くわけではありません。
一方、Xelentoの場合は、「フラット」といった感じに、特定の周波数が誇張されること無く、50Hzであろうが、100Hzであろうが、均一に量感豊かに鳴っています。
つまりどのような違いが生まれるのかというと、たとえばウッドベースやチェロ、ティンパニやキックドラムなど、バンドやオーケストラ生楽器の直接録音の場合、実際そこまで重低音は録音されていません。マイクの特性や、全体のミックスダウンの判断にて、むしろ重低音は自然にカットされているものです。そもそもそんな重低音振動は、本来味わうべき楽器の特性ではなく、録音に使った部屋の反射特性なので、楽器とは別問題、という考えです。(完璧にデッドだと退屈になりますが)。
そういった生演奏録音を聴いている場合、AK T8iEは意外なほどに低音がおとなしく、たとえばウッドベースのメロディなんかも、主張が弱く、聞き取りにくかったりします。実はXelentoの方が生楽器の低音が豊かに盛り上がるので、低音楽器を聴く楽しみがあります。
対称的に、たとえばシンセサイザーやベースギター、リズムマシーンによる重低音というのは、イコライザーなどを駆使して、現実ではありえないような音圧で超低周波数サウンドが擬似的に創り上げられています。つまりライブ演奏の時点で、楽器ではなくスピーカーから発せられる音ですね。そういった楽曲を聴いた場合には、AK T8iEは過剰反応して、ものすごい体感的な低音が発せられ、「低音過多だ」と指摘されることになります。つまり、鳴り方のクセが強く、楽曲によっては破綻するくらい過剰気味な仕上がりが、AK T8iEの特徴です。
では低音の量感がフラットなXelentoの方が全面的に優れているのかというと、実際聴いてみると、そうとも思えない節もあります。なぜかというと、AK T8iEの場合、確かに鳴る時は過剰に鳴る低音なのですが、それがまさにサブウーファー的に、音楽の内容とは全く別物として「体に響く」体感マシンみたいな効果があります。一方Xelentoの低音は、音楽の一部として、「演奏の一部として音色がしっかり聴こえる」低音です。密閉ダイナミックヘッドホンのごとく、そこそこ厚くパンチがあるため、常にそれが鳴っていると邪魔に感じることもあります。
趣味趣向のレベルですが、私自身は生楽器演奏における、AK T8iEのあまり耳障りでない体に響く低音のおかげで、他のイヤホンでは決して味わえない広大なスケール感が実現できているのだと思います。録音エンジニアが巧妙だと、普段はなんてことない低音なのに、ここぞというティンパニのフォルテシモなどで、ズドン!と、「おおっ!」という体感が楽しいです。Xelentoではその傾向が多少なりとも薄れて、優等生的なサウンドになっています。進化というよりは、表現の違いの範疇だと思います。
高音域も、両者で異なる傾向が感じられました。Xelentoのほうが一音一音がより丁寧で安定しており、スーッと「よく伸びる」感覚が実感できるサウンドです。キンキン響くようなこともなく、意外と無難というか、交互に比べてもAK T8iEとあまり量は変わらない印象です。空間のスケール感が一層優秀になっており、音楽が広々と展開していく感覚はすばらしいです。一方AK T8iEはたとえばピアノやヴァイオリン、女性ボーカルなどといった楽器が豊かに「音色が奥へと厚く響く」充実した鳴り方をしてくれます。
たとえ色褪せた録音であっても、音色の倍音成分を増幅してくれて、主役がグラマラスにパワーアップするのがAK T8iE特有のメリットです。家庭のリビングにあるアップライトピアノが、魔法のごとくコンサートグランドピアノのように響いてくれる感覚です。
ここまで「AK T8iE」と言っていた内容は、AK T8iEとAK T8iE MkIIのどちらにも当てはまります。高域と低域の表現に関しては、初代AK T8iEとMkIIに大きな違いはなく、Xelentoだけチューニングが異なるような感じです。
初代AK T8iEとMkIIの違いは主に中域にあって、その部分のみは、私自身は初代のほうが好みです。初代AK T8iEの中域は温厚すぎるという指摘があったのか、MkIIでは若干立ち上がりの刺激が加わるように微調整されているような気がします。それがなんだか腰高に思えて、リスニング中に常に不安定でソワソワさせるようです。大きな違いではないかもしれませんが、初代からMkIIに付け替えると、なんだか落ち着かないな、という気持ちが頭から離れませんでした。
せっかくなので、ダイナミックドライバー搭載イヤホンとしてXelentoのライバル候補であるCampfire Vegaとも比較してみました。
Vegaは音作りの方向性に共感が持てるものの、なかなか使いどころが思い浮かばず手を出していない商品です。
ダイナミックドライバー同士、XelentoとVegaで共通点は多いですが、違いも多いです。
Xelentoはどちらかというと大口径アラウンドイヤー密閉型ヘッドホン(たとえばフォステクスTHシリーズとか、ベイヤーダイナミックDT1770)のような、全ての音像がある程度の距離から鳴っているような一歩退いた余裕があります。一方Vegaの方が、ダイナミック型でも力強さやインパクトを発揮する、コンパクトオンイヤー密閉型ヘッドホン(たとえばゼンハイザーHD25やB&W P7)のように、音像は近場で横一直線にピッタリとした配置で、フワフワ感や空間効果は避けて図太い音色を披露しています。なんというか、SE215SPEやIE80なんかが広帯域化で超進化したら、たぶんこんな音になるだろうな、という正統派イメージです。
Vegaは、このパワー感と、若干エッジがザクッとすることが重なって、たとえばロックやオルタナティブ系をガンガン聴けば楽しいだろうな、なんて思います(逆にXelentoではインパクトに欠けます)。そのへんも、HD25のファンに相性が良いと思います。下位モデルLyra IIの方が刺激が少なくマッタリした感じですが、Vegaを聴いた後だと物足りなくなるので、これらの二機種の中間的な存在が欲しくなります。
どちらもマルチBA型にありがちなシャリシャリした感じではないので、ダイナミックらしいサウンドが味わえますが、Vegaの方が聴きたいところにフォーカスを絞った聴き方で、Xelentoは全要素に一貫性のある漠然とした余裕があります。
そのため、折角の機会なので、ケーブルを交換するとどうなるかもチェックしてみました。各モデルのケーブルを入れ替えるとややこしいことになるので、まず全部のケーブルを除外して、Campfire Vegaに使われているCampfire ALO Litzケーブルを使うことにしました。
ちなみにこのALO Litzケーブルは、明るめでありながら、あまりサバサバせず滑らかな感じなので、かなり守備範囲が広い優秀なケーブルだと思います。単品だと2万円くらいするので結構高価ですが、Campfireイヤホンを買うと付属してくるので、同社イヤホンの人気にも少なからず貢献しています。
まず最初に、ALO Litzケーブルを装着した状態でも、三モデルの音質はそれぞれ違っていることが確認できたので、一安心しました。ただし、Litzケーブルに交換したことによる音質変化もしっかりと感じられました。
ALO Litzが推奨ケーブルというわけではないですが、個人的に耳掛けワイヤー入りケーブルを使いたいので、付属ケーブルよりも、むしろ社外ケーブルでの音質をけっこう重要視しています。
実のところ、私が初代AK T8iEを気に入っているのは、このイヤホン特有の悪いクセの大部分が、ケーブル交換によってそこそこ対処できるからです。つまり普段から純製付属ケーブルは一切使っていません。とくにALO Litzのような明るめのケーブルにすることで、低音の重苦しさはずいぶん軽くなりますし、高域にキラキラ感も乗ってくれるので、全体的に良い方向に改善されます。
AK T8iE MkIIの場合、低音や高音は初代と同じ傾向に改善されるのですが、MkIIの中域のソワソワした雰囲気はケーブル交換では十分に対処されなかったので、私の中での評価はあまり変わりませんでした。
Xelentoは、付属の銀コートケーブルが見掛け倒しではなくちゃんと仕事をしているらしく、ALO Litzに変えることで高域の伸びやかさや歯切れ良さがずいぶん減ってしまいました。さらに、サウンドの音場展開が、四角い枠にピッタリ収まったようにコンパクト化した感じがして、丁寧すぎるサウンドになってしまいます。
もしかすると、ALO Litzケーブルで聴いたサウンドがXelentoの裸の姿であって、それではいかにもモニター調すぎて面白くないから、銀コートケーブルを付属することで、せめてもの派手さを味付けしたのかもしれません。
今回はALO Litzケーブルを試したのみで勝手な憶測なのですが、たぶんXelentoは素性のストレートさが一番優れていて、合わせるケーブル次第で大きく化けるポテンシャルを秘めているイヤホンで、一方AK T8iEの方は、本体のクセの強さを必要に応じてケーブルで抑制するような使い方になるのだと思います。
Xelentoは超低域から超高域までどの帯域にもスキがない、非常にリニアな鳴り方が魅力的でした。過度な味付けや響きは避けて、多くのリスナーが首をかしげることなく満足できるような、自然体なチューニングです。
逆に、AK T8iEは低音も含めたズシーンと広がるスケール感や、奥ゆかしい響きの魅力が捨てがたいので、あえてXelentoへの買い換えに踏み切るほどの購入意欲は湧きませんでした。
Xelentoは劣っている、ということではなく、上下関係が感じられない純粋な「別解釈」といった仕上がりだったため、それだけのためにわざわざ不人気な初代T8iEを二束三文で処分するのも嫌だというだけです。こればっかりは、純粋に「試聴して決めよう」と覚悟して臨んだ結果です。
世の中には、イヤホン・ヘッドホンにはモニター調のフラット感を求めて、それと合わせるDACやヘッドホンアンプの方で(真空管やクラスA回路などで)味わいの濃さを高める、という人も多いです。一方Astell & Kernの場合はその真逆で、AK DAP自体は比較的クリアでモニター調であって(あえてDAPはリッチ感を売りにしておらず)、それと合わせるAKプロデュースのコラボイヤホン・ヘッドホンの方で、音色の豊かさを付加しているようです。XelentoとAK T8iEのどちらが正しいというものでもないですが、組み合わせ次第ではかなり極端な結果になってしまいます。
もし今からどちらか一つを買うのであれば、たとえば普段は断然ヘッドホンユーザーだけど、この際奮発してハイレベルなイヤホンを一台だけ持ちたい、というのであれば、Xelentoの方を断然オススメします。AK T8iEでは個性が強すぎて、そればっかり聴いていると気になりだして、他に目移りしてしまうと思います。
一方AK T8iEは、マルチBAで十分満足できるイヤホンを愛用しているマニアが、それとは全く真逆の性格を持った、個性派イヤホンをもう一台買いたい、という買い足し用途では、是非オススメしたいです。BAの刺激から耳を癒やす清涼剤のように、やっぱりダイナミックドライバーのポテンシャルは凄いなー、という説得力を過剰なほど見せつけてくれます。
高価なマルチBAに匹敵するパフォーマンスを秘めたダイナミック型イヤホンを設計製造するのは大変困難な作業だと思います。Xelentoは、ベイヤーダイナミックの名に恥じず、これほどのベテラン企業であってこそようやく実現できた傑作だということが、つくづく感じられました。
2015年に登場したAstell & Kernとのコラボレーションモデル「AK T8iE」をベースに、ベイヤーダイナミック自身のスタンダードモデルとして再リリースしたのが、このXelentoです。パッケージやカラーリングのみでなく、サウンドチューニングも若干の変更を加えているので、より「ベイヤーらしい」サウンドを求めている人にとっては気になる存在だと思います。
ダイナミック型イヤホン
ベイヤーダイナミックというと、大型スタジオモニターヘッドホンで名を馳せる「業務用メーカー」としての歴史が長いため、今回のようなコンパクトイヤホンのイメージはあまりありません。左から順にAK T8iE、AK T8iE MkII、Xelento |
2015年に鳴り物入りで登場したAK T8iEは、ベイヤーダイナミックとして初のハイエンドイヤホンということでだけでも衝撃的でしたが、大手DAPメーカーAstell & Kernとのコラボレーションモデルという販売形態で、表向きはAstell & Kernブランドのイヤホン、という立場をとっていたのも面白かったです。
それまでのAKコラボはゴツいヘッドホンのみでした |
AK T8iE以前にも、ベイヤーダイナミックとAstell & Kernのコラボモデルヘッドホンはいくつかありましたが、AK T1pやAK T5pなど、どれもすでにベイヤーダイナミックで存在していたモデルの味付けやデザインを若干変更することでAstell & Kern用に「カスタマイズ」した特注品といった感覚でした。
一方AK T8iEイヤホンは、全くの新作でありながら、AKコラボモデルのみでしか手に入らない存在だったため、いつの日かベイヤーダイナミック版が出るのではないかという予感は誰しも持っていたと思います。
そんなAK T8iEイヤホンは、発売当時の価格が14万円ということで、ダイナミックドライバー単発のイヤホンとしては異例のハイエンドモデルでした。
それまで10万円超のイヤホンというとJH AudioなどのマルチBA型が主流であって、ユニット単価の高いBAドライバを5基10基と大量に詰め込むことで、必然的に価格が上昇するという、強引な「物量投入」の説得力がありました。
一方ダイナミックドライバー単発の場合、当時人気の頂点にあったゼンハイザーIE800ですら8万円台ということで、どのような技術革新や高級素材を投入したとしても、たかが一枚の振動板ドライバに、10万円もするようなコストをかける事はできるのか、という疑問がありました。
つまり、生半可なメーカーであったら、そもそも「どうやって」そこまで高価になってしまうほどの高性能イヤホンが造れるのか、というノウハウが不足しています。
これは料理みたいなもので、たとえば家庭のキッチンで500円単価の親子丼が作れたとしても、それと同じ要領で、高級レストランの厨房で5,000円の値段に見合う親子丼を作れと言われても、どこから手を付けていいのか見当もつきません。
単なるボッタクリなどではなく、一流名門メーカーのプライドとして、「ここまでの音質を得るために、こんな値段になってしまいました」、と言えるだけの説得力のあるモデルを開発するのは、やはり技術力とノウハウの成せる技なのでしょう。
そんなわけで、ほんの一握りのメーカーしか作り得ないのが、高性能ダイナミック型イヤホンの現状なのですが、それでもAK T8iEが登場した翌年の2016年には、米国Campfire Audioから、さらに上を行く17万円の「Vega」というモデルが登場したりなど、BA型と比べると新作頻度が少ないせいか、出るたびにマニアの間で話題になるのがダイナミック型の面白いところです。
Xelento Remote
今回試聴に使ったのは、「Xelento Remote」というモデルで、発売価格は約13万円です。Remoteというのは、スマホ用リモコン付きケーブルだからということです。ちなみにリモコン無しケーブルも付属していました。意外と見落としがちですが、AK T8iEはAstell & Kernモデルということで、同社DAP用2.5mmバランス端子ケーブルが付属していたのですが、XelentoはAK DAPとは無関係なので、ケーブルも3.5mmステレオ端子用のみです。
Xelentoはエクセレントだそうです。ちょっとバカっぽいネーミングですが、ベイヤーダイナミックというとDT250みたいに「それってどのモデルだったっけ?」と英数字で覚えにくいモデル名だったのが、こないだ発売されたAmiron HomeやByronを始めとして、コンシューマ機には覚えやすい名前をつけるようになったようです。商標登録とかもあるでしょうし、ユニークで覚えやすい名前を考えるのも一苦労ですね。
ベイヤーダイナミックらしいパッケージですが・・・ |
パッケージは横長でイヤホンとしてかなり巨大なデザインです。AKG K3003のパッケージを思い出します。ベイヤーダイナミックらしい、いかにもドイツっぽいシンプルで高級感のあるレイアウトですが、ちゃっかりハイレゾロゴがあるのと、下の黒い帯部分に「An Audible Piece of Jewellery」つまり音を奏でるジュエリー(?)みたいなスローガンがさり気なく書いてある遊び心があります。(Amiron Homeでも変なスローガンがありましたね)。
銀色のミラーフィニッシュは女性的なジュエリーというよりもスナップ・オンとか高級工具を連想しますが、実物を手にとって見ると、たしかに質感の高さは尋常では無いです。
スリップケースの中身は、黒いボックスになっています |
内容物がわかりやすく陳列されたパッケージです |
スリップケースを開けると、黒い箱がパカっと開くようになっており、中にはハードケースとケーブル、イヤーチップ各種がズラッと陳列してあります。シリコンイヤーチップのサイズが7種類もあるのは圧巻ですね。銀色の四角いパーツはケーブル用クリップです。
付属ハードケースの中身はこんな感じです |
ハードケースはDAP用レザーケース程度の大きなサイズですが、本体とケーブルが無理なく収納できるようによく考えられていると思います。
ネットで拾った写真です |
Xelento Remoteの国際流通品が発売される以前は、上の写真のような別バージョンのボックスが出回っていました。これは中国のみに限定して、2017年初頭から少量の先行販売が始まっていたのですが、このパッケージはAK T8iEのものと同じタイプでした。付属ハードケースもAK T8iEと同じ形状です。
パッケージのみの違いであれば良いですが、ネット掲示板では、最初期版Xelentoと現行版では音も違う、なんてことを主張している人もいたので、なんだか事情がややこしいですね。私は聴き比べたわけではないのでよくわかりません。ただ、見切り発車で先行ロットを並行輸入した人とかは、気が気でないかもしれません。
付属イヤーチップは快適ですが外れやすかったです |
リモコン付きケーブルです |
鏡面処理の球体フォルムは、写真を撮ろうとすると、どんな角度でも周囲が映り込みすぎるので、なかなか大変です。本体の形状はAK T8iEと全く同じなので、単純に表面処理がブラックメタリックから銀色にカラーリングが変更されただけのようです。L/R表記の印刷が大きくなって見やすくなったのは嬉しいです。
Xelentoのスペックは16Ω・110dB/mWということで、これもAK T8iEと変わらないようです。実際に交互に聴き比べても、音量の違いは感じられませんでした。DAPやスマホなどでも容易に鳴らせます。
イヤーチップはいわゆるソニーサイズなので、一般的なものであればだいたい付け替えられると思います。他社のイヤホンと比べると、上の写真にあるように音導管の部分が円形ではなく楕円になっていることがユニークですが、耳孔へのフィット感のために意図的にそういう形状にしたということで、シリコンチップの互換性には全く問題ありません。
キノコ形状のシリコンです |
付属しているのはコンプライ系の低反発ウレタンと、AK T8iEの時と同じ、キノコみたいな独特な形状をしたシリコンタイプがあります。
このキノコタイプは賛否両論で、非常に快適だと思う人と、全然ダメだという人に極端に分かれるようです。私自身は後者なのですが、装着感が悪いというよりは、あまり耳孔を圧迫しないため、簡単に外れやすいというところが嫌いなだけです。
付属しているケーブルは耳掛け用ワイヤーが無いタイプなので、ふとした拍子にケーブルが耳から外れて、つられてイヤホン本体も外れてしまうことが多々ありました。もしワイヤー入りのケーブルに交換するのであれば、付属のキノコイヤーチップを使うことで、あまり耳孔を圧迫せずに快適な装着感が得られると思います。
私自身はグッと耳孔に挿入することに慣れているため、AK T8iEもずっと社外品のイヤーチップに交換して使っています。SpinFitも良いですが、JVCのスパイラルドットイヤピースとの相性が良くて、長らく愛用しています。穴径も長さも純正キノコとあまり変わらないので、そこまで大きな音質差は感じられず、ただ耳から外れにくくなります。むしろ付属しているコンプライの方が極端に音質が変わります。
左から順に、AK T8iE、AK T8iE MkII、Xelento |
上から順に、AK T8iE、AK T8iE MkII、Xelento |
ケーブルはAK T8iEと同じくMMCXコネクタで着脱可能になっていますが、線材が変わっています。初代AK T8iEの黒いケーブルは貧弱でイモみたいなサウンドだったのですが、AK T8iE MkIIでは若干高級っぽいゴールドカラーのケーブルに変更され(それでもあまりパッとしませんでしたが)、今回Xelentoでは奮発して、銀コート線を採用したということです。
見た目も高級になりましたが、本体がシュアーがけ前提なのに、あいかわらず耳掛け部分にワイヤーが入っていないケーブルなので、個人的にはどうしてもワイヤー入りケーブルに交換したいです。音質については後述します。べつにワイヤーが無くても装着感は悪くないのですが、やっぱり収まりが悪い感じはします。
どれもL字型の3.5mmステレオ端子ですが、Xelentoのみリモコンケーブルなので、4極端子になってますね。グラウンド分離バランスケーブルではありません。
ちなみに、写真に撮り忘れてしまったのですが、付属ケーブルはMMCX端子の部分に小さなギザギザのワッシャーが噛ませてあり、回転防止の役目を果たしているようです。このワッシャーはケーブル着脱時にポロッと外れやすく、失くしてしまいそうなので、注意が必要です。ワッシャー無しでもMMCX端子の接続はしっかりしていますが、グルグル回りやすく、若干グラグラになります。
音質とか
Xelentoの音質に関しては、まずAK T8iEとどの程度の違いがあるのかが一番気になるところです。私自身は初代のAK T8iEを所有しており、普段からけっこう頻繁に活用しています。イヤホンハウジングが非常にコンパクトなこともあり、外出用というよりも、むしろ自宅のベッドやソファなどで横になっていても邪魔にならない軽快さが気に入っています。
三兄弟モデルを比較してみました |
今回の試聴ではAK T8iE、AK T8iE MkII、Xelento Remoteと、三モデルが揃いました。普段から使い慣れているCowon Plenue S DAPをメインに色々な楽曲を聴き比べてみました。
まず最初に言える事は、AK T8iEとXelentoは、そこまで言うほど大きな違いは無い、と思いました。
ネット掲示板やレビューなどでは、大事件のごとく優劣を議論しているようですし、私自身もせっかく比較試聴する機会ということで、細かな違いでも誇張するような表現をよく使いますが、実際のところ、そんな大げさな違いではなく、結局どちらを使ってもベイヤーダイナミックらしいダイナミックドライバサウンドの魅力は十分に体感できました。
ここからは、ほんの細かいポイントでの音質差についてになりますが、やはり各モデルごとに特徴的な個性というか、性格を持っているようで、明確な上下関係が無いこともあり、なかなか優劣は決められません。
よく巷の噂では、Xelentoはベイヤーダイナミック名義でのモデルなので、もっと高域寄りでモニター調なサウンドだ、なんて言われています。たしかにブランドイメージ的にも「芳醇なAstell & Kern」と「プロスタジオのベイヤーダイナミック」という印象がありますが、実際にAK T8iEとXelentoを比較してみると、あながち嘘ではなく、そんな風に聴こえました。
個人的な好みでのみの「買いたいランキング」としては、AK T8iEがトップで、次にXelento、そして最後にAK T8iE MkIIの順に並びました。つまり、意外にもAK T8iEの初代とMkIIで好き嫌いの差が大きく、Xelentoはまた表情の異なるサウンドとして、同レベルに納得できる仕上がりでした。
Xelentoのサウンドは、一言でいうと、AK T8iEよりも、より「フラット」な仕上がりになっています。能率やインピーダンスは変わらないので、両者を交互に付け替えて比較しても、中域のコアな部分の鳴り方はあんまり違わないように感じるのですが、その一方で、高域と低域の、音色の最極端の部分で、そこそこ大きな違いが聴こえます。
まず低域についてですが、AK T8iEは低域が過剰で、Xelentoは低域が控え目だろう、なんて先入観があったのですが、実際はそうでもありませんでした。
面白いのは、試聴に使った楽曲によっては、むしろAK T8iEのほうが低域の存在感が弱い、と感じる事もありました。なぜ曲ごとに印象が変わるのか不思議に思ったので、いくつかの楽曲で低音に集中して聴いてみたところ、原因が理解できました。
AK T8iEの低音は、とくに重低音というような50Hz以下の「振動」が非常に強調される仕組みです。強烈な振動が「リスナーの体全体を震わせる」ような、まさにサブウーファー的体験が味わえます。一方、もうちょっと上の100Hz付近では、鳴り方が意外と控え目になり、そこまで高圧にボンボン鳴り響くわけではありません。
一方、Xelentoの場合は、「フラット」といった感じに、特定の周波数が誇張されること無く、50Hzであろうが、100Hzであろうが、均一に量感豊かに鳴っています。
つまりどのような違いが生まれるのかというと、たとえばウッドベースやチェロ、ティンパニやキックドラムなど、バンドやオーケストラ生楽器の直接録音の場合、実際そこまで重低音は録音されていません。マイクの特性や、全体のミックスダウンの判断にて、むしろ重低音は自然にカットされているものです。そもそもそんな重低音振動は、本来味わうべき楽器の特性ではなく、録音に使った部屋の反射特性なので、楽器とは別問題、という考えです。(完璧にデッドだと退屈になりますが)。
そういった生演奏録音を聴いている場合、AK T8iEは意外なほどに低音がおとなしく、たとえばウッドベースのメロディなんかも、主張が弱く、聞き取りにくかったりします。実はXelentoの方が生楽器の低音が豊かに盛り上がるので、低音楽器を聴く楽しみがあります。
対称的に、たとえばシンセサイザーやベースギター、リズムマシーンによる重低音というのは、イコライザーなどを駆使して、現実ではありえないような音圧で超低周波数サウンドが擬似的に創り上げられています。つまりライブ演奏の時点で、楽器ではなくスピーカーから発せられる音ですね。そういった楽曲を聴いた場合には、AK T8iEは過剰反応して、ものすごい体感的な低音が発せられ、「低音過多だ」と指摘されることになります。つまり、鳴り方のクセが強く、楽曲によっては破綻するくらい過剰気味な仕上がりが、AK T8iEの特徴です。
では低音の量感がフラットなXelentoの方が全面的に優れているのかというと、実際聴いてみると、そうとも思えない節もあります。なぜかというと、AK T8iEの場合、確かに鳴る時は過剰に鳴る低音なのですが、それがまさにサブウーファー的に、音楽の内容とは全く別物として「体に響く」体感マシンみたいな効果があります。一方Xelentoの低音は、音楽の一部として、「演奏の一部として音色がしっかり聴こえる」低音です。密閉ダイナミックヘッドホンのごとく、そこそこ厚くパンチがあるため、常にそれが鳴っていると邪魔に感じることもあります。
趣味趣向のレベルですが、私自身は生楽器演奏における、AK T8iEのあまり耳障りでない体に響く低音のおかげで、他のイヤホンでは決して味わえない広大なスケール感が実現できているのだと思います。録音エンジニアが巧妙だと、普段はなんてことない低音なのに、ここぞというティンパニのフォルテシモなどで、ズドン!と、「おおっ!」という体感が楽しいです。Xelentoではその傾向が多少なりとも薄れて、優等生的なサウンドになっています。進化というよりは、表現の違いの範疇だと思います。
高音域も、両者で異なる傾向が感じられました。Xelentoのほうが一音一音がより丁寧で安定しており、スーッと「よく伸びる」感覚が実感できるサウンドです。キンキン響くようなこともなく、意外と無難というか、交互に比べてもAK T8iEとあまり量は変わらない印象です。空間のスケール感が一層優秀になっており、音楽が広々と展開していく感覚はすばらしいです。一方AK T8iEはたとえばピアノやヴァイオリン、女性ボーカルなどといった楽器が豊かに「音色が奥へと厚く響く」充実した鳴り方をしてくれます。
たとえ色褪せた録音であっても、音色の倍音成分を増幅してくれて、主役がグラマラスにパワーアップするのがAK T8iE特有のメリットです。家庭のリビングにあるアップライトピアノが、魔法のごとくコンサートグランドピアノのように響いてくれる感覚です。
ここまで「AK T8iE」と言っていた内容は、AK T8iEとAK T8iE MkIIのどちらにも当てはまります。高域と低域の表現に関しては、初代AK T8iEとMkIIに大きな違いはなく、Xelentoだけチューニングが異なるような感じです。
初代AK T8iEとMkIIの違いは主に中域にあって、その部分のみは、私自身は初代のほうが好みです。初代AK T8iEの中域は温厚すぎるという指摘があったのか、MkIIでは若干立ち上がりの刺激が加わるように微調整されているような気がします。それがなんだか腰高に思えて、リスニング中に常に不安定でソワソワさせるようです。大きな違いではないかもしれませんが、初代からMkIIに付け替えると、なんだか落ち着かないな、という気持ちが頭から離れませんでした。
シングルダイナミックのCampfire Vegaと比較 |
Vegaは音作りの方向性に共感が持てるものの、なかなか使いどころが思い浮かばず手を出していない商品です。
ダイナミックドライバー同士、XelentoとVegaで共通点は多いですが、違いも多いです。
Xelentoはどちらかというと大口径アラウンドイヤー密閉型ヘッドホン(たとえばフォステクスTHシリーズとか、ベイヤーダイナミックDT1770)のような、全ての音像がある程度の距離から鳴っているような一歩退いた余裕があります。一方Vegaの方が、ダイナミック型でも力強さやインパクトを発揮する、コンパクトオンイヤー密閉型ヘッドホン(たとえばゼンハイザーHD25やB&W P7)のように、音像は近場で横一直線にピッタリとした配置で、フワフワ感や空間効果は避けて図太い音色を披露しています。なんというか、SE215SPEやIE80なんかが広帯域化で超進化したら、たぶんこんな音になるだろうな、という正統派イメージです。
Vegaは、このパワー感と、若干エッジがザクッとすることが重なって、たとえばロックやオルタナティブ系をガンガン聴けば楽しいだろうな、なんて思います(逆にXelentoではインパクトに欠けます)。そのへんも、HD25のファンに相性が良いと思います。下位モデルLyra IIの方が刺激が少なくマッタリした感じですが、Vegaを聴いた後だと物足りなくなるので、これらの二機種の中間的な存在が欲しくなります。
どちらもマルチBA型にありがちなシャリシャリした感じではないので、ダイナミックらしいサウンドが味わえますが、Vegaの方が聴きたいところにフォーカスを絞った聴き方で、Xelentoは全要素に一貫性のある漠然とした余裕があります。
ケーブル
AK T8iE、AK T8iE MkII、Xelentoはそれぞれ異なるケーブルを付属しているので、実は本体はどれも同じで、ケーブルの音質差だったりして、なんて疑わしくなってしまいました。そのため、折角の機会なので、ケーブルを交換するとどうなるかもチェックしてみました。各モデルのケーブルを入れ替えるとややこしいことになるので、まず全部のケーブルを除外して、Campfire Vegaに使われているCampfire ALO Litzケーブルを使うことにしました。
Campfire ALO Litzケーブルを装着してみました |
ちなみにこのALO Litzケーブルは、明るめでありながら、あまりサバサバせず滑らかな感じなので、かなり守備範囲が広い優秀なケーブルだと思います。単品だと2万円くらいするので結構高価ですが、Campfireイヤホンを買うと付属してくるので、同社イヤホンの人気にも少なからず貢献しています。
まず最初に、ALO Litzケーブルを装着した状態でも、三モデルの音質はそれぞれ違っていることが確認できたので、一安心しました。ただし、Litzケーブルに交換したことによる音質変化もしっかりと感じられました。
ALO Litzが推奨ケーブルというわけではないですが、個人的に耳掛けワイヤー入りケーブルを使いたいので、付属ケーブルよりも、むしろ社外ケーブルでの音質をけっこう重要視しています。
実のところ、私が初代AK T8iEを気に入っているのは、このイヤホン特有の悪いクセの大部分が、ケーブル交換によってそこそこ対処できるからです。つまり普段から純製付属ケーブルは一切使っていません。とくにALO Litzのような明るめのケーブルにすることで、低音の重苦しさはずいぶん軽くなりますし、高域にキラキラ感も乗ってくれるので、全体的に良い方向に改善されます。
AK T8iE MkIIの場合、低音や高音は初代と同じ傾向に改善されるのですが、MkIIの中域のソワソワした雰囲気はケーブル交換では十分に対処されなかったので、私の中での評価はあまり変わりませんでした。
Xelentoは、付属の銀コートケーブルが見掛け倒しではなくちゃんと仕事をしているらしく、ALO Litzに変えることで高域の伸びやかさや歯切れ良さがずいぶん減ってしまいました。さらに、サウンドの音場展開が、四角い枠にピッタリ収まったようにコンパクト化した感じがして、丁寧すぎるサウンドになってしまいます。
もしかすると、ALO Litzケーブルで聴いたサウンドがXelentoの裸の姿であって、それではいかにもモニター調すぎて面白くないから、銀コートケーブルを付属することで、せめてもの派手さを味付けしたのかもしれません。
今回はALO Litzケーブルを試したのみで勝手な憶測なのですが、たぶんXelentoは素性のストレートさが一番優れていて、合わせるケーブル次第で大きく化けるポテンシャルを秘めているイヤホンで、一方AK T8iEの方は、本体のクセの強さを必要に応じてケーブルで抑制するような使い方になるのだと思います。
おわりに
AK T8iEとXelentoの違いを比べてみると、やっぱりXelentoはベイヤーダイナミックらしい普遍的な完璧サウンドで、AK T8iEはAstell & Kernらしいリスニングの充実感重視だな、という当たり前のような結果になりました。Xelentoは超低域から超高域までどの帯域にもスキがない、非常にリニアな鳴り方が魅力的でした。過度な味付けや響きは避けて、多くのリスナーが首をかしげることなく満足できるような、自然体なチューニングです。
逆に、AK T8iEは低音も含めたズシーンと広がるスケール感や、奥ゆかしい響きの魅力が捨てがたいので、あえてXelentoへの買い換えに踏み切るほどの購入意欲は湧きませんでした。
Xelentoは劣っている、ということではなく、上下関係が感じられない純粋な「別解釈」といった仕上がりだったため、それだけのためにわざわざ不人気な初代T8iEを二束三文で処分するのも嫌だというだけです。こればっかりは、純粋に「試聴して決めよう」と覚悟して臨んだ結果です。
世の中には、イヤホン・ヘッドホンにはモニター調のフラット感を求めて、それと合わせるDACやヘッドホンアンプの方で(真空管やクラスA回路などで)味わいの濃さを高める、という人も多いです。一方Astell & Kernの場合はその真逆で、AK DAP自体は比較的クリアでモニター調であって(あえてDAPはリッチ感を売りにしておらず)、それと合わせるAKプロデュースのコラボイヤホン・ヘッドホンの方で、音色の豊かさを付加しているようです。XelentoとAK T8iEのどちらが正しいというものでもないですが、組み合わせ次第ではかなり極端な結果になってしまいます。
もし今からどちらか一つを買うのであれば、たとえば普段は断然ヘッドホンユーザーだけど、この際奮発してハイレベルなイヤホンを一台だけ持ちたい、というのであれば、Xelentoの方を断然オススメします。AK T8iEでは個性が強すぎて、そればっかり聴いていると気になりだして、他に目移りしてしまうと思います。
一方AK T8iEは、マルチBAで十分満足できるイヤホンを愛用しているマニアが、それとは全く真逆の性格を持った、個性派イヤホンをもう一台買いたい、という買い足し用途では、是非オススメしたいです。BAの刺激から耳を癒やす清涼剤のように、やっぱりダイナミックドライバーのポテンシャルは凄いなー、という説得力を過剰なほど見せつけてくれます。
高価なマルチBAに匹敵するパフォーマンスを秘めたダイナミック型イヤホンを設計製造するのは大変困難な作業だと思います。Xelentoは、ベイヤーダイナミックの名に恥じず、これほどのベテラン企業であってこそようやく実現できた傑作だということが、つくづく感じられました。