2017年8月5日土曜日

Audeze LCDi4 の試聴レビュー

アメリカのヘッドホンメーカーAudezeからの最新作「LCDi4」を試聴してきました。2017年7月発売で、価格はなんと35万円だというのだから驚きます。

Audeze LCDi4

2010年頃から、大型平面駆動ヘッドホン「LCD」シリーズで超高級ヘッドホンブランドの代名詞となったAudeze社ですが、2016年にはその技術を10万円以下のイヤホンサイズへと流用した「iSINE」シリーズが話題になりました。そして今回iSINEシリーズの最上級機として、LCDシリーズに匹敵するという意気込みで名前を継承したのが「LCDi4」です。

あまりにも高価なので私は買う気はありませんが、「iSINE20」は音が良くて衝動買いしてしまった経験があるので、実際どれくらいパフォーマンスが向上しているのか気になって試聴してみました。



iSINEとLCD

Audeze LCDシリーズというと、音質はもちろんのこと、尋常でないサイズや重量も「超弩級」レベルのヘッドホンとして名高いです。

現行フラッグシップヘッドホン「LCD-4」はメッキ金属、木材、レザーなどの豪華素材を惜しみなく投入したゴツいハウジングの中に、直径106mmという巨大な振動板と、さらに、それを平面駆動するための大型磁石が前後二枚入っており、本体重量は600gにもなります。さすがにここまで重いと、平均的な日本人では長時間着用するには首や肩への負担が結構辛いです。(他社の大型ヘッドホンは、ゼンハイザーHD800の330g、HIFIMAN HE1000の420gなど、重くても400g程度です)。LCD-4の価格はおよそ56万円と尋常でないので、本当に覚悟を決めた人のみが購入するマニアックの頂点に位置するヘッドホンです。

Audeze LCD-4とLCDi4

そんな超弩級ヘッドホン「LCD-4」を構成する要素の中でも特に重要なパーツである、厚さ0.5ミクロン(0.0005mm)の「Uniforce」振動板を、そのままイヤホンに移植した、ということで、「LCDi4」という名前に繋がったそうです。

ちなみに、振動板に力を与える磁石は、LCD-4では前後二枚で挟んでいたため「Double Fluxor Magnet」とスペックシートに記載してありますが、LCDi4では片面のみのようで、単純に「Fluxor Magnet」と書いてあります。

LCDi4は「イヤホン」と言うには大きいサイズからもわかるように、振動板の直径が30mmという超大型サイズであり、出音にクセが無い、いわゆる「平面駆動」を実現できています。

一般的なダイナミックドライバー型イヤホンの場合、大きくてもソニーMDR-EX1000の直径16mmとかが上限なので、それらと比べると30mmの振動板がどれだけ大きいかわかります(ちなみに500円玉が直径26.5mmです)。

ドライバーの駆動面積(つまり、音が発せられるエリア)が大きく平面であるほど、クセの無いリニアな出音が実現できますが、逆にあまり大きすぎると、前後に振動させるために膨大なエネルギーが必要になり、アンプのパワーが要求されます。そのため振動板を出来るだけ薄く軽く、動きやすくすることが肝心なのですが、そうなると、今度はペラペラグニャグニャで音が歪んでしまいます。(ティッシュペーパーやサランラップで太鼓を作るようなものです)。その辺に技術的なチャレンジがあるのですが、LCDi4は見事それらを全て克服した優れた技術力を見せつけてくれます。

ここまでドライバーが大きいのなら、ヘッドバンドのあるヘッドホンで良いじゃないか、と思うかもしれませんが、そこをあえて「イヤホン」だと主張しているのが、無理矢理感があって凄いと思います。

Audezeの平面駆動ドライバーの大きな利点である「薄くて軽量」であること、そして、開放グリルを設けて「ハウジングによる味付けや小細工は一切不要」ということを、あえてイヤホンという土俵に持ってくることで、「他社とは着眼点が違う」という存在意義を明確にしています。

つまり、Audezeのドライバー技術無しでは実現できない、類を見ないオンリーワンの商品だということが重要なポイントです。

デザイン

iSINEが登場した時にも、なんだかスター・ウォーズみたいなレトロ・フューチャーっぽいデザインが話題になりましたが、LCDi4も似たようなアプローチを取っています。

LCDi4(左)とiSINE20(右)

開放グリルが目立つデザインです

ハウジングはiSINEのようなプラスチックではなく、マグネシウム合金製になりました。あいかわらずスター・ウォーズというか、一昔前のSFデザインで、ガンプラのパーツとかにありそうですね。

光沢のある黒い塗装と、横一列の開放グリルから、うっすら覗く茶色いメッシュなど、ネットでは「ゴ◯ブリ」だと揶揄されていましたが、確かにちょっと異色なデザインだと思います。個人的にはiSINEの蜘蛛の巣のようなデザインの方が好みです。

全体的なサイズ感やレイアウトはiSINEと全く同じですし、金属ハウジングで重くなってしまったかと思いきや、片側12gということで、iSINEの11gとほぼ変わりません。

ヘッドバンドの無いイヤホンなので、重すぎると装着感が悪くなりますが、12gであればごく一般的なイヤホンと同じくらいなので快適です。ただし、装着感については普通のカナル型イヤホンとはかなり異なるので、それについては詳細に書いておきたいです。

装着感と音質について

ところで、私自身は下位モデルiSINE20を発売時から半年以上ずっと使ってきたので、今回の試聴でもLCDi4を違和感なく装着することが出来ました。

しかし、iSINE20について振り返ってみると、購入当時から少なくとも一ヶ月くらいは装着感と音質のトラブルに悩まされていました。ちょっと装着方法を変えるだけで、音質が大きく変わってしまうのです。もしかしてiSINEを試聴している多くの人は、まともな音で聴けてないんじゃないか、と思えるくらいです。

いろいろと試行錯誤してみた結果、個人的にベストな音質を得るために一つの結論にたどり着いたので、ちょっと解説したいと思います。もちろんLCDi4でも全く同じことが当てはまります。

完璧なサウンドを得るには装着感が大事です

iSINEとLCDi4は、どちらも一般的なシリコンイヤーチップと、ハウジング周囲に固定する「イヤーフック」の組み合わせによって装着感を調整する仕組みです。

イヤーチップは一般的なソニーサイズよりも若干太めですが、SpinFitやスパイラルドットなどの社外品シリコンチップならちょっと無理をすれば装着できます。

イヤーフックはメガネのように耳にひっかける硬いプラスチックタイプと、BOSEとかのスポーツイヤホンでよくある、柔らかいシリコンの羽根を耳孔の上のくぼみに押し込むタイプの二種類が同梱されています。

ちなみに本体重量が12gと軽いため、実はイヤーフック無しでシリコンチップのみでもそこそこ安定しますが、さすがに動き回れば脱落します。

シュアー掛けのIEMイヤホンに慣れている人ならばメガネタイプのフックの方がしっくり来ますし、一方Audezeとしては、シリコンタイプの方を推奨しているようです。

シリコンイヤーフック

ところでiSINEのレビューでも紹介しましたが、このシリコンタイプのイヤーフックは、米軍や米警察が通信無線機器などで採用しているものを作っている会社が、ちょうどAudeze本社のすぐ近くにあったので、意気投合して採用した、というエピソードがあるので、人間工学に基づいた長年の開発による優秀なイヤーフックです。

シリコンタイプのイヤーフックはサイズによって合う人と合わない人がいるので、店頭デモ試聴機などでは汎用性のあるメガネタイプが使われることが多いです。

ちなみにLCDi4に付属している収納ケースはiSINEと同じもので(ただしiSINEはナイロンで、LCDi4はレザー)使いやすく堅牢で、とても優秀なデザインだと思うのですが、一つ残念なポイントとして、シリコンタイプはOKなのにメガネタイプのイヤーフックを着けた状態では収納できません。

ともかく、自分に合った装着感が得られるようにイヤーフックの種類を選べる配慮は、メーカーとして努力しており好感が持てます。

私がiSINE20を長らく使ってきて発見したのは、「装着感で音質がかなり変わってしまい、耳に一番ピッタリ合う組み合わせが、一番高音質だとは限らない」ということです。

個人的な感想としては、iSINE20・LCDi4ともに、「イヤーチップはあえてピッタリ密閉させず、本体を若干耳孔から遠ざけたほうが、音が断然良い」と思いました。一般的なイヤホンのセオリーに矛盾するような装着方法なので、最初のうちは戸惑ったのですが、何度も試行錯誤するうちに、結論としてこうなりました。

一般的なイヤホンの場合、自分の耳孔サイズにピッタリ合うシリコンチップを選び、耳孔に隙間の無いように、また、音の伝達経路を極力短くするために、本体を奥の方までグッと挿入することが良いと言われています。

ところが、iSINEやLCDi4でこれをやってしまうと、大型平面ドライバーの音が細いノズルを通って一点に集約されていまい、逃げ場の無い、まるで聴診器で聞き耳をたてているような、もしくは、スピーカーに耳を当てて聴いているような、釈然としない不自然なサウンドになってしまいます。(とくにコンプライなどの低反発ウレタンを使ってしまうと最悪の音になってしまいました)。

もちろん、開放型デザインなので、外部騒音の遮音性は皆無です。つまり店頭での試聴デモなどでは、どうしても低音の量感を出すために耳孔奥にグッと押し込んでしまいたい気持ちがあると思います。

自宅の静かな環境で、騒音や音漏れを気にせずに、あえて密閉しない自由な状態でガンガン鳴らすことで、はじめてiSINEやLCDi4の本来の潜在能力を完全に引き出すことができると思いました。

シリコンイヤーチップの長さが違いました

そんなわけで、耳から若干距離を空けた方が音が良いと常々思っていたのですが、今回LCDi4を試聴する際に、店頭にあったデモ用のiSINE20も同時に聴き比べてみたところ、同じiSINE20なのに、なぜか私の持っている物よりもデモ機の方が音が格段良いのです。

不思議に思って両者を見比べてみたら、店頭デモ機のiSINE20の方がイヤーチップが2ミリほど長いのです。LCDi4を見ても、この「長い」タイプのイヤーチップが装着してありました。試しに私のiSINE20に長いイヤーチップを装着してみたら、同様に音が良くなりました。

つまり、ドライバーから鼓膜までの距離が約2ミリほど遠くなり、「たったそれだけ」と思うかもしれませんが、確実に音が良くなりました。

不思議に思って問い合わせてみたところ、私が買った初期ロットiSINEには短いシリコンが付属しており、現行ロットiSINEやLCDi4では、写真のような長いやつに変更されたそうです。

さらに現在は、「Groovy Tips」という、溝があるタイプのセットも同梱されているということです。

Groovy Tips

「Sサイズ」で私のiSINEの(左)と、現行iSINE/LCDi4のセット(中央・右)

上記写真のように、Groovy Tipsは普通のシリコンとほぼ同じ直径と長さなのですが、デコボコがあるため装着感が若干硬めです。

個人差があると思いますが、私の場合は写真中央の「スムーズで長い」タイプが一番音が良いと思いました。特に短いタイプと比べると、長さがほんの数ミリしか違わないのに、ここまで音のプレゼンテーションが変わるのかと驚くほどの効果があります。

いろいろと新たな発見があったので話が長くなってしまいましたが、ようするにiSINE・LCDi4を試聴する際には、出来るだけ静かな環境で、IEMイヤホン的な固定概念は捨てて、いろいろな装着方法で試してみることが大事です。

ケーブルについて

LCDi4はiSINEと同じくケーブルが着脱可能なのが嬉しいです。しかも、一般的なカスタムIEM用2ピン端子ケーブルが使えますので、様々な社外品ケーブルに交換できます。

2ピン端子です

逆差しに注意

ひとつ注意すべきは、本体側の2ピンソケットには逆挿し防止のために突起があるので、2ピンケーブルでも上記写真のように片面に溝があるタイプでないと挿入できません。

この溝が無い2ピンケーブルも結構見かけるので、その場合は丁寧にカッターナイフなどで溝を作る必要があります。無理に挿し込むと、本体に過剰な負荷がかかってしまいます(実際それで本体がパカッと割れてしまったiSINEを見たことがあります)。私の場合、Moon AudioやFiioなど溝の無い社外品ケーブルは、250℃くらいの低温に熱した半田ゴテで溶かして溝を作りました。

とても高級そうなケーブルです

LCDi4には、iSINEに付属していた物とは全く異なる、新たな高音質ケーブルが使われています。ケブラー補強の銀メッキOCC銅ケーブルだそうです。

iSINEの時は、5~10万円の普及価格帯ということで、ベーシックな3.5mmアナログケーブルとは別に、iPhoneなどにそのまま接続できるLightningデジタル端子ケーブルを付属していました。

iSINE発売当時、アップルがiPhone 7にて3.5mmアナログヘッドホン出力端子を廃止してしまったことで、一気にLightningヘッドホン需要が高まった、ちょうどそのタイミングでの登場だったので、戦略的にはかなり優れた判断だったと思います。

また、Lightningデジタル端子ということは、ケーブル内にDACを搭載しているわけで、そこにDSPを搭載することで、よりiSINEが正確に鳴るようにデジタル信号処理を搭載していました。つまり、アナログケーブルを使えばイヤホン本来の素の特性で、LightningケーブルではAudezeの意図したサウンドになる仕組みです。とは言っても、周波数特性を大幅に変えるようなものではなく、細かな山や谷を補正するような程度に留まります。

今回LCDi4は、35万円という値段から、さすがにiPhone直挿しではなく、そこそこ高級なDAPやヘッドホンアンプに接続することが想定されるので、あえてLightningケーブルは付属せず、高品質3.5mmアナログケーブルのみが付属しています。つまり、DSP補正無しの直球勝負です。

ところで、この銀色のケーブルは確かに高級な感触なのですが、サウンドに関しては若干個性が強く、必ずしも万人受けするとは言えないように感じました。

決して悪いサウンドというわけではないのですが、LCDi4本体と、ケーブル由来のサウンドについては分けて考えた方が良いと思います。せっかく交換可能なので、試聴時には他の社外品ケーブルなどもいろいろと試してみることをお勧めします。

具体的には、LCDi4に付属しているケーブルは、結構高音が派手に鳴り、低音もパンチがあるので、いわゆるドンシャリっぽさを強めるように思いました。そもそも高音が良く伸びるイヤホンなので、ケーブルによる高音の僅かな差が敏感に現れてしまうようです。

Moon Audioの2ピンケーブルに交換してみました

私自身がiSINE20で普段よく使っているMoon Audioのケーブルに交換してみたところ、そのへんの派手さが落ち着いて、よりスムーズで柔らかい音楽鑑賞が楽しめました。この辺は趣味が分かれると思うので、付属ケーブルのほうが断然良いと思う人もいるでしょう。

よく見るタイプの3.5mm端子です

ただ、注意したいのは、付属ケーブルは3.5mmアンバランス端子のみなので、もし購入後に社外品の2.5mmバランスケーブルなどに交換することを狙っているのであれば、そのケーブル交換による音質変化に戸惑うことになるかもしれません。

音質とか

LCDi4の公称インピーダンスは35Ω、能率は105dB/mWということで、一般的なポタアンでもそこそこ満足に駆動できる部類のイヤホンです。ただし遮音性は無いので、周囲がうるさい環境ではボリュームを多めに上げてしまう心配はあります。

公式サイトにて「35Ω ± 10%」と自慢しているだけあって、インピーダンスがとても平坦なので、出力が弱いアンプでも音色の特性はあまり変わらないはずです。

とは言ったものの、実際に試聴してみたところ、LCDi4そのものの特性が繊細で見通しが良すぎるせいか、組み合わせたアンプの特徴が目立ってしまうため、下手なアンプだとあからさまに音が悪く聴こえてしまいます。

iFi Audio Pro iCAN

試聴にはあいかわらず信頼のおけるiFi Audio Pro iCANと、普段から聴き慣れているPlenue Sを使いました。

LCDi4の35Ωに対してiSINE20のインピーダンスは24Ωなので(能率は同じくらいだと思うので)、同じ音量を得るにはLCDi4の方がボリュームノブを1〜2割増しくらい上げる必要がありました。

iSINE20にLCDi4のケーブルとイヤピースを装着

まず、当然のごとくiSINE20との比較ですが、ケーブルやイヤピース・フックなどを交換していろいろ試してみたのですが、やはり音のチューニングは結構違います。iSINE20がクリアで高域寄りのいわゆる開放型らしいシャープなサウンドであれば、LCDi4は中低域が豊かで一歩退いた余裕を持っています。

つまり、iSINE20が「他社の一般的な平面開放ヘッドホン」に近いとすれば、LCDi4は明らかにLCD-4ヘッドホンとチューニングを照らし合わせたような仕上がりです。技術的な違いとか、そういった事は一切考えなくとも、LCDi4の方が明らかに「ハイエンド・オーディオらしい」リスニングに特化させた、ベテランオーディオマニアを納得させるような音色に寄せています。

逆説的になってしまいますが、そもそもこんな小さなイヤホンで、LCD-4ヘッドホンを彷彿とさせる音を再現することが狙いであって、それを実現するためにはLCD-4で培ってきた独自技術が必要不可欠だった、という事でしょう。むやみに技術を披露するために作っただけのコンセプトモデルではありません。

とくに低音に関しては、ハウジング由来の反響では無いと明らかにわかる自然な鳴り方なので、目をつぶって音を聴いていると、イヤホン本体ではなく、全く別の空間から届いているような不思議な錯覚が体験できます。ティンパニやベースなど、芯のある低音楽器も表情豊かに鳴ってくれるため、音楽全体の重心が下がって、演奏全体を引き締めるような土台になってくれます。

中低音が豊かというのは、単純に量が多いということではなく、「無理をしていない」というイメージなので、そのおかげで空間表現にまで余裕やストレスフリーさが実感できます。とくに男性ボーカルやR&Bなど、中低音に魅力が詰まっている音楽では楽しさが倍増します。

この豊かさを体感した後では、iSINE20は腰高でギュッと締まったような鳴り方に思えます。ティンパニを例に上げると、LCDi4ではそれっぽくズドンズドンと鳴っているところを、iSINE20では(大袈裟な例えですが)プラスチックの風呂桶みたいに聴こえてしまいます。

とくに、iSINE20の弱点は、特定の録音の特定の楽器で、中低音があまり上手くいかないケースが稀にあることです。iSINEが悪いというよりも、録音の不自然な録り方がそのまま伝わってしまうストレートさに原因があるのだと思います。LCDi4では、そんな不安が起こらない程度に、ほんのすこし肩の力を抜いてくれるので、長時間のリスニングでも疲労感の無いリラックスした体験が得られます。

LCDi4で一番驚いたのが中低音だったので、そればかりになってしまいましたが、もちろん中低音重視でモコモコしているわけではなく、平面ドライバー特有の高音の伸びやかさも、iSINEと同様にしっかり発揮されています。ただし、同じように高音が出ているとしても、それを補うように中低音の輪郭が充実しているので、iSINEほどドライでダイレクトな風ではなく、音色としての味わいが増しているようです。

比べてしまうと、iSINEはなんとなくカサカサした録音データそのままを聴いているようで、音源によっては疲労感にも繋がります。ただ、それが悪いというわけでもなく、私自身はiSINE20のダイレクトでモニター調な鳴り方が結構好きだったりします。



こうなると、では他社の高級イヤホン勢と比較してみるとどうなんだ、という疑問が浮かぶのですが、こればっかりはどんなに頑張っても比較しようがなくて断念しました。

たとえばNoble Audio K10Encore、JH Audio AK Layla II、64Audio U18など、世の中には20万円超のイヤホンは多数存在しています。そんな強豪ぞろいの中で、あえてヘンテコなLCDi4を選ぶ意味があるのか、と思うかもしれませんが、実はそこがLCDi4を考える上で一番重要なポイントです。

LCDi4(それとiSINE)といわゆるIEMイヤホンの決定的な違いは、「音楽がどこで鳴っているように聴こえるのか」ということだと思います。

一般的なイヤホン・ヘッドホンの場合、物理的にイヤーパッドやイヤピースがギュッと密着しているという違和感が拭い去れない、というのもありますが、それ以上に重要なのは、無意識に常に付きまとう「外部の環境から隔離されている」という感覚です。どんなに高級イヤホンでも、密閉された耳栓状態で、周囲の現実から分断され、録音によって作られた架空の世界に飛ばされてしまいます。そのおかげで人目を気にせず音楽に没入できることがヘッドホン・イヤホンの醍醐味でもあり、悪いことではありません。

一方、LCDi4で音楽を聴いていると、それとは正反対の感覚が生まれます。軽量ハウジングと圧迫感の無いイヤーフックのおかげで、まるで愛着のあるメガネのように、時間とともに「まるで何も装着していない」ように思えてきます。さらに遮音性は皆無なので、周囲の騒音や空気の流れも本体を素通りして「まるで何も装着していない」かのように聴こえてしまいます。

リスニング中に、あえて音楽のディテールに没入せずに、ふと遠くの方をボーッと眺めていると、「あれ、この音楽って、一体どこで鳴っているんだろう?」という、とても不思議な錯覚が得られます。

この状態を一度でも体験してしまうと、LCDi4はまるで、自分は素のままで何も装着していないのに、付近で良い感じの音楽が鳴っているという、まさにスピーカーリスニングと同じ疑似感覚が得られます。世間には高音質なイヤホン・ヘッドホンは沢山ありますが、私の経験上、この脳を騙すような錯覚をここまで実現できるのは、LCDi4・iSINEのみでした。

この重要なポイントに気が付かずに、普段のIEMイヤホンと同じように「高音が、解像度が、音場が・・・」といったありふれた目線でのみ評価してしまうと、LCDi4はただの「遮音性が悪い、変な装着感の、クセの強いイヤホン」という程度の結論で終わってしまいます。


このスピーカーリスニングっぽさはiSINEでも十分なほどに実現出来ているので、実はこのイヤホンのメリットは、iSINEの時点で9割達成できていると言えるかもしれません。

では、LCDi4で得られる残りの1割とは何かというと、冒頭に音色の違いを比べてみたように、iSINEは身近にあるブックシェルフ型アクティブスピーカーっぽくて、LCDi4は高級大型フロアースピーカーっぽい鳴り方です。

これはLCD-4ヘッドホンにも共通している特徴なのですが、Audeze LCDシリーズが人気な理由は、コアなヘッドホンマニアはもちろんのこと、スピーカー主体のハイエンドオーディオマニアでも満足に移行できるような、親近感を覚える鳴り方にあると思います。

つまり、録音の裏側までさらけ出す、解像感バリバリの蒸留水のようなヘッドホンでは、いくら技術面が100点満点でも不合格だと言うオーディオマニアは多く、むしろ家庭やオーディオショップのリスニングルームで聴く巨大スピーカーシステムの「あのサウンド」を合格点とすれば、それに一番近いのがLCD-4であり、そして今回のLCDi4です。

そんな事を言っても、世間にはいろいろな種類のスピーカーがあるのだから、全部一括りにするのは乱暴かもしれませんが、実際に多くの高級ヘッドホンに欠けていて、スピーカーリスニングのみで得られるものがあるとすれば、LCDi4はそれを見事に再現できていて、凄いなと思った、という程度の話です。

おわりに

正直、私個人の感想としては、iSINE20で十分凄さが体感できたので、今回LCDi4を試聴してみても、「5倍の値段で、5倍の音質」というまでには行きませんでした。

iSINE20の別路線バージョンというか、よりLCDヘッドホン寄りにチューニングされたデラックスモデル、というイメージに留まります。

細かい部分では、確かに中域の音色の厚みや、低音にストレスを感じさせない表現力など、iSINEでは実現できていない、LCDi4特有のメリットはいくつもあります。もしここまでの価格差でなければ、確実にLCDi4を選んで買っていると思います。LCDi4を聴いた後では、iSINE20はなんとなく「カサカサ」した軽薄なサウンドのように思えてしまいます。

しかし、そんなiSINE20のドライな表現も、平面駆動ドライバーとして説得力のあるサウンドなので、そこまで大きく劣っているとも思えません。そんな風にいろいろと思いを巡らせても、やはりiSINE20とLCDi4は別系統であって、単純な上下関係ではない、という結論に至ってしまいました。

凄いイヤホンです

では、LCDi4の凄さは何なのかと言うと、それは単純に、ハウジングサイズ、重量、装着感などは全てiSINEから据置きで、純粋にドライバー技術を向上することのみで、Audeze社が誇る最強ヘッドホンLCD-4と同系統の、リスニング向けチューニングに仕上げることができた、見事な腕前です。

Audeze社はとくに極端なので、LCD-4は600gというヘッドホン史上最重量の横綱クラスでありながら、それと同じ名前を冠したLCDi4はたったの24gという壮大なギャップが面白いのです。しかも、これと同じ芸当ができるメーカーはAudeze以外に存在しないと思います。

たとえば、高級ヘッドホンとイヤホンの両方を作っているメーカーは多いですが、それらに一貫性があることは稀で、ドライバー技術からサウンドチューニングに至るまで、全く別物の商品であることが当然のように思われています。もちろんイヤホンとヘッドホンでは製造技術や使用環境なども大きく異るので、別物で悪いとは思いません。

しかし、Audezeのように、自社が誇るドライバー技術を中核に置いて、同じ開発チームによって、白紙の図面から同じコンセプトを用いて作り上げるという、頑固なまでのポリシーを貫いているのは、マニアから見て気持ちのよい、突き抜けた態度です。

買える人だけが買うようなプレミアム商品ですが、Audezeらしさの結晶であることは確かなので、ファンであれば二の足を踏まずに手を出すべきでしょう。それに値するだけの凄いイヤホンであることは確かです。