2017年8月1日火曜日

MrSpeakers AEON FLOW ヘッドホンの試聴レビュー

米国のヘッドホンメーカーMrSpeakersから、平面駆動ドライバーを登載した密閉型ヘッドホン「AEON FLOW」を試聴してみました。

MrSpeakers AEON FLOW

価格はおよそ10万円と、高価になりがちな平面駆動型ヘッドホンにしては、そこそこ手が届きやすい値段です。同社の上級モデル「ETHER」シリーズのコンセプトを継承しつつ、よりコンパクトで実用的なモデルとして2017年7月に登場しました。

外観を見ればわかるように、ただの廉価版と決めつけるのはもったいない、上質なヘッドホンですので、面白そうなので試聴してみました。


MrSpeakers

このヘッドホンの公式名は「ÆON」と書いてあり、AとEが合体した、北欧などで稀に使われている特殊文字です。

しかしこれだと商用システム登録やネット検索などで不都合が出るので、販売店などではシンプルに「AEON」と書いてあることが多いです。カッコつけて神秘的なネーミングにしたら、実務上厄介な事になってしまったわけですね。

ちなみに日本人には馴染み深いイオンモールのイオンと同じ単語なので、イオンモールのロゴを見てもAとEが合体しています。ÆONの意味は古代ラテン語で「永遠」だそうです。

名前はさておき、今回このAEONヘッドホンの注目点は、27万円の大型ヘッドホン「ETHER」シリーズの技術を、よりコンパクトなフォルムで、価格を10万円にまで抑えた、同社初の普及モデルだということに意義があります。

以前試聴してみた、ETHERシリーズ

これまでETHERシリーズに興味を持ったものの、「音質は良いんだけど値段が高すぎて手が出せない」、もしくは「サイズが大きすぎて実用的じゃない」、と断念していたユーザーにとって、AEONは待望のモデルです。

他の平面駆動ヘッドホンメーカーを見ても、AudezeのLCDからEL-8・SINEへ、OPPOのPM-1からPM-3へ、といった感じに、新参ヘッドホンメーカーとしてフラッグシップを投入した後に低価格なコンパクト版を出すのは順当なロードマップの進展と言えるかもしれません。

MrSpeakersというブランドの歴史を振り返ってみても、ほんの数年前までは、プライベートのガレージブランドとして、他社の有名ヘッドホン(特にフォステクスT50RP)の改造パーツやアップグレード部品を細々とネット販売していた会社で、人気の末に改造済ヘッドホンをラインナップ展開するに至り、そして挙句の果てに、改造ばかりでは埒が明かないということで、全く新設計の自社製ヘッドホンを初めて世に出したのが、2015年の「ETHER」です。

ETHERは30万円弱とかなり高価でありながら、とくに英語圏では「あのMrSpeakersが作ったのだから」というネット社会での口コミの強さで、新参メーカーとしては異例の速さでトップブランドの仲間入りを果たしました。

しかし、新鋭メーカーの初回モデルというのは、そこにたどり着くまでの研究開発費や設備投資などの回収がすべて重くのしかかるわけですから、ETHERの価格は、見た目のシンプルさとは裏腹に高くならざるを得なかったようです。また、大手企業のように5年~10年といった長期的な投資や、とりあえず赤字覚悟で広告塔となるフラッグシップを出すといった戦略はできませんので、とにかく苦労して作った第一作が高価で数が売れないことには次に続かない、という難しい時期です。(一方で、たとえばソニーMDR-Z1Rなんかは、同じものをもし小さなメーカーが作ったら価格は倍以上するだろう、なんて言われています)。

2015年に開放型「ETHER」と密閉型「ETHER C」登場後、翌年2016年には新たにTrueFlowというパーツを追加したマイナーチェンジモデル「ETHER FLOW」を投入し、旧ETHER・ETHER Cも有償アップグレードが可能ということで、既存オーナーを裏切らず、フラッグシップモデルの話題性を2年間ずっとキープしつづけることが出来た上手な戦略だったと思います。

TrueFlowというのは、公式サイトでのイラスト(→リンク)で見られるように、振動板の前に「すり鉢」状の小さな穴が空いた板を追加することで、音波の乱れが整えられるという仕組みです。たとえば多くのメーカーの家庭用スピーカーなどでも、ドライバーからの音が鋭利な角で不自然に反射しないように、ドライバー取り付け口やハウジングの角を滑らかに整えることは一般的なテクニックなので、ちゃんと効果があるのでしょう。実際にETHERとETHER FLOWを交互に聴き比べてみると明らかに音色に差があります。

今回AEONヘッドホンは、そんな「ETHER FLOW」ヘッドホンと同様のTrueFlowテクノロジーを採用しているということで、単なるコストダウンの廉価版ではない、最先端技術を惜しみなく搭載したモデルだということが魅力になっています。

MrSpeakers AEON

AEONの公称インピーダンスは13Ω、駆動能率は95dB/mWということで、平面駆動型らしく、かなり鳴らしにくい部類のヘッドホンです。

これはAudezeなんかも同様ですが、インピーダンスが低いからといって生半可なアンプで鳴らしてしまっては、力強さに欠ける不快なサウンドになりうるので注意が必要です。

カーボンパネルの密閉型です

ハウジング側面のパネルが通気グリルのように見えるので、一見開放型ヘッドホンかと見間違えたのですが、実はカーボンパネルの密閉型ヘッドホンでした。

デザインを見るかぎり、もしかするとETHER・ETHER Cのように、今後開放型バージョンも発売されるのかな、なんて想像できますね。

ハンガー部品がカッコいいです

ハウジングとヘッドバンドをつなげるハンガー部品は、回転する一点支持で、素材そのものの捻れで顔の輪郭に沿って正確にフィットする、柔軟な装着感を実現できています。

ETHER C FLOW (左)とAEON(右)

本体重量は340gなので、ポータブルと言うにはそこそこ重い部類ですが、たとえば同じく平面駆動のOPPO PM-3も320gなので、飛び抜けて重いというほどでもありません。ちなみにETHER Cの重量は470gです。

しかし、上記写真でETHER C FLOWと並べてみるとわかるように、AEONはそこまでダウンサイズというかコンパクト化はされていないので、装着感はコンパクトポータブルというよりは、いわゆる大型ヘッドホンの仲間です。

円形のETHERと比較して、AEONはハウジング形状が「D」のような形をしているので、その分だけ顔の側面にベッタリと押し当てられるような感触が無く、実際に装着してみると見た目よりも軽快に感じました。

二本の針金とレザーのヘッドバンド

FLOWと書いてある部品を上下にスライドして調整します

ヘッドバンドは、二本の針金のアーチで柔らかい一枚革が釣ってあるので、伝統的なAKGヘッドホンなんかと似たようなデザインです。ただしAKGのようにゴム紐で釣ってあるのではなく、スライダーで事前に調整しておく仕組みになっています。

装着感は快適で、頭頂部にも不快感は無く、長時間でも問題なく使える優秀なデザインだと思います。また、簡素なデザインは軽量化にも貢献できていると思います。

ひとつだけ、個人的に気になったマイナスポイントがありました。装着して音楽を聴いている際に、ヘッドバンドの針金に触れてみたら、「ボーン」という低音の響きがそこそこの音量で聴こえてしまいます。気になって針金をトントンと叩いてみたら、まるで音楽の一部としてウッドベースを演奏しているかのように「ボーン、ボーン」と鳴り響きます。

針金は洋服のハンガーのようにプラスチックのような外皮があるのですが、それの制振効果が十分ではないようです。かなり長い間響くので、音楽を聴いている最中でも、音楽の中の低音と共振して、常にヘッドバンドが僅かに余計な響きを生み出しているかも、なんて気になってしまいます。

実際に試聴の機会に試してみればすぐに実感できる効果なので、この部分はもうちょっと配慮や対策が必要だと思いました。

イヤーパッドはかなり厚いです

内部空間は余裕があります

イヤーパッドは上位モデルETHERゆずりの厚手で耳のまわりをすっぽりと覆うデザインなので、安易なコンパクトヘッドホンという印象はありません。柔らかいスポンジがズッシリと沈み込むような装着感です。残念ながら両面テープで本体に固定してあるので、交換できるとしても粘着テープを貼り直す必要があります。

さすがにETHERやソニーMDR-Z7・Z1Rほどの肉厚な感じはありませんが、たとえばAudeze EL8ほどのガッチリ感も無く、なんとなくAudioquest Nighthawkなんかと似た装着感です。OPPO PM-3やAudeze SINEでは小さいパッドが不快で長時間使えないというのでしたら、このAEONが常用できる最低ラインだと思います。

オプションのスポンジ板

ひとつ面白いギミックとして、イヤーパッド内部にピッタリ収まる薄いスポンジの板が付属しています。

もしサウンドがキツすぎると思うようであれば、このスポンジを挿入することでマイルドな傾向になるというオプションです。

個人的な感想としては、このスポンジを入れるとサウンドがかなりモコモコ緩くなってしまう感じがしたので、試聴時には常に外した状態でした。低音が増すというよりは、高音にマスクがかぶるような感覚です。

スポンジ装着時はAudioquest NightHawkとかPhilips X2に近いっぽく感じたので、慣れればこの方が良いと思う人も多いかもしれません。

AEONのケーブル

ケーブルは布巻きのかなり太いやつが付属しており、しかも左右両出しですし、これもポータブル機とは呼べない理由のひとつです。端子は3.5mmに6.35mmネジ込み式アダプターが付属しています。

ETHER C(左)とAEON(右)のケーブル端子

ちなみにケーブルは着脱可能で、ヘッドホン側の端子はMrSpeakers独自の4ピン端子を採用しています。つまりETHERヘッドホンとの互換性があります。よく見ると、ETHERでは端子が突き出ていたところ、AEONではハウジング内部に埋め込まれたようなデザインになっています。

MrSpeakersという会社自体、他社のヘッドホンを改造することが原点だったので、ユーザーによるケーブル自作には寛容なようで、ピンアウトも公表していますし、公式ウェブショップから端子のみを安価で販売しています。

ETHERのケーブル(左側)を装着してみたところ

ためしにETHERのケーブルをAEONに装着してみたところ、ハウジングに干渉することもなく、しっかりカチッと挿入できました。

ちなみに写真ではわかりにくいのですが、ケーブルはETHERシリーズとは異なる線材を採用しているようで、布巻きの素材も質感が若干違います。ただしどちらも太さや取り回しの悪さはほぼ同じなので、ポータブル向けでは無いことは確かです。

音質とか

AEONは95dB/mWということで結構鳴らしにくかったこともあり、試聴には据え置きヘッドホンアンプのiFi Audio Pro iCANを使いました。

ポータブルDAPを使う場合、私のPlenue SやAK KANN、ポタアンのMojoやmicro iDSDなんかでは十分な駆動力が得られましたが、それらよりも貧弱なアンプでは鳴らしきれないかもしれません。そういった部分も、移動中のポータブル機というよりは自宅でじっくりと聴き込むような用途に合っていると思います。

上位モデルETHERシリーズと共通しているポイントとして、AEONはイヤーパッド内の空間がコンパクトなので、耳が前後上下にズレる余裕が少なく、装着位置による音響の変化が避けられます。ベイヤーダイナミックやゼンハイザーなどのようにイヤーパッド内の空間に余裕がありすぎる場合、音の定位が安定せずリスニング中に何度も微調整する必要があったりするので、その点AEONやETHERの方が、意図したサウンドにピッタリ決まりやすいです。

ETHER C FLOWと並べてみました

AEONは密閉型ということもあり、同じく密閉型のETHER C FLOWと聴き比べてみました。AEONの試聴を始めてまず気がついたのは、このヘッドホンは明らかに平面駆動型っぽいサウンドでありながら、ETHER C FLOWとは異なるチューニングに仕上がっています。

つまり、ETHER C FLOWの代用としてAEONを買おうと考えているのであれば、期待を裏切られるかもしれません。しかしAEONは一味違ったサウンドで独自の世界観を実現しているので、決して悪いヘッドホンではありませんし、ETHER C FLOWよりもランクが低いという風にも感じませんでした。

AEONの特徴として、まず平面駆動型らしく、空間の距離感に余裕があります。「どこまでも遠く広々としている」というほどではないのですが、その距離感がしっかりとしており、リスナーの頭外の、ある一定の距離でピタッと決まるので、聴いていてアクシデントが少なく、安心して音楽を楽しめる信頼感があります。とくに、密閉型コンパクトという多大なハンディキャップの上で、とても丁寧に作り込まれたサウンドだと感心しました。

アクシデントというのは、とくにイヤホンやコンパクトヘッドホンでありがちな現象で、全体的な音色や響きの雰囲気は良好なのに、ある特定の周波数帯で、特定の音量になると、ハウジングの共振やドライバーの余裕の無さのせいで、そこだけ定位がズレたり、不快な音が出ることです。刺さるとか篭もるといった悪い表現や、音場の位置関係がおかしなことになります。とくにハウジングが音圧を直接受けとめる密閉型ヘッドホンでは避けられない問題なのですが、AEONはそれをしっかりと対処して、できるだけ帯域ごとのバラつきが起きないよう努力していることが感じられます。

他社のヘッドホン、とくに素材の響きにあまりコストをかけられない中級価格帯モデルでは、そういったアクシデントを「個性」や「味」として売り込むことで納得させているケースが多いのですが、AEONの場合そんな偏ったクセが少ないため、むしろ無個性すぎるというか、シンプルでシビアなサウンドのようにも聴こえました。

つまりAEONはどちらかというと、硬派なモニターヘッドホンとかにありがちなサウンドに近いかもしれません。とくに驚いたのは「低音が過剰に盛られていない」ことです。

近頃この手のコンパクトサイズ密閉型ヘッドホン、とくに「フラッグシップ機の下に位置する普及機」の場合、どうしても中低域を盛ってシビアさを取り除いた「聴きやすい」サウンドになっていることが多いです。きっとメーカー上層部のマーケティング会議にて、「このヘッドホンの想定されるユーザー像」みたいなイメージが勝手に創作され、サウンドのチューニングもそんな偏見を元に仕上がってしまうのでしょう。

その点AEONは、密閉型でありながら低音の立ち上がりは繊細で、スッと退いていく潔さみたいなものを感じました。いわゆるサブウーファー的にパンチとノリで楽しむという風ではなく、量感は少なめで、じっくりと腰を据えて聴き込むようなディテール重視のサウンドです。

もちろん屋外や通勤中に使うポータブルヘッドホンの場合であれば、周囲の騒音に負けないくらいの低音が欲しいところですが、AEONはポータブルというよりは家庭向けだと考えれば、これくらいでちょうど良いです。静かな環境で聴いていて低音が不快に感じられないというところは好印象です。

低音が控え目なせいかもしれませんが、相対的に高音は結構目立ちます。派手に響くとか、キンキンするといった演出ではないのですが、中高域から上はやはり平面駆動型らしくかなり高いところまで伸びていき、そしてその鳴り方がずいぶんシャープです。硬質・金属的というよりは、レスポンスが速く、カツンと鳴った音が即座に減衰され、あまり余韻を持たない感じなので、常に高音の情報が目まぐるしく途切れずリラックスできない、若干情報過多な鳴り方とも思いました。(そのため、追加スポンジが付属しているのだと思います)。この制動力というかコントロールの素早さは低音の鳴り方と共通しており、一貫性があります。

この制動の速さは、一般的な平面駆動ドライバーで使われているような、ピンッと貼られた薄膜振動板とは一味違う、MrSpeakers独自のV-Planar振動板(蛇腹状になっている)によるものなのかもしれません。

では同じくV-Planar振動板が採用されている上位モデルのETHER C FLOWと同じような鳴り方にならないのはなぜか、と考えてみると、まず単純にハウジングやイヤーパッドのサイズ感による内部空間の距離や容積によるものが大きいと思いました。

根本的な部分では、MrSpeakersのV-Planarドライバーというのは、とても立ち上がりが速く無駄な余韻を持たない、いわゆるスピード感のあるサウンドなのだと思います。それが、ETHER C FLOWの場合は、大きなハウジング空間の効果を駆使して、低音の量感を増し、中高域の響きをあえて抑え込まないことで、より余裕を持ったスケールの大きいサウンドを演出していると思います。一方AEONはV-Planarドライバーのサウンドが至近距離で歯切れよく鳴り、低音も過度に膨らまないようにハウジングのダンピングでしっかり押さえ込んでいるようです。

AEONと比べてみると、ETHER C FLOWは特に中高域の楽器なんかに上質な響きが加わり、より一層「音色」が楽しめるサウンドに仕上がっていると思います。これを余計な演出効果と考えるかどうかで意見が変わると思いますが、私自身は音楽鑑賞用の高級ヘッドホンとしては間違った方向性では無いと思います。

つまりETHER C FLOWはあえてテキパキとしたスピード感を犠牲にして、一音一音の響きや余韻が美しく鳴り続け、よく言う「繋がりの良さ」を大事にしているサウンドで、一方AEONは一音がすぐに減衰して次の一音の邪魔にならないような手際良さを大事にしています。とくにヴァイオリンや女性ボーカルなど、中高域ではこの違いが明確になります。

録音されている情報以上に「歌手が前に出る」「声のヴィブラートが艶っぽい」「ピアノの響きが瑞々しい」といった音楽的魅力を引き出せているのがETHER C FLOWです。ただしこれはAEONと比較した場合のことなので、どちらも世の中にありふれている「響き過剰」なヘッドホンとは一線を画する平面駆動型らしい素直さを兼ね備えています。

このような特徴のあるETHER C FLOWと比べると、AEONはやはりシャープなモニターヘッドホンに近いサウンドのように思えます。具体的にはたとえばベイヤーダイナミックDT990・T90シリーズとか、ゼンハイザーHD800とか、そういったタイプのチューニングが好きな人は気にいるかもしれません。AEONは密閉型ですが、ハウジング由来のクセが少ないので、あえて開放型ヘッドホンの例を挙げてみました。

平面駆動密閉型というと、Audeze SINEやOPPO PM-3よりもAEONの方が空間に余裕があり、閉鎖された密閉空間にいるという感覚は薄いですし、音抜けも良いです。私自身の勝手な意見として、SINEやPM-3は「コンパクト密閉型としてはまあまあ悪くないけど・・・」といった中途半端な存在で、常用するほどの音色の魅力がイマイチ感じられなかったのですが、AEONの場合はそんな妥協しているような気分にはなりませんでした。とくにSINEとPM-3の場合、同社開放型のLCD-2やPM-1で一気に自分が好きなサウンドになるので、それらとどうしても比較してしまい、結局買わず仕舞いでした。

AEONは値段的にもAudeze EL-8の密閉型バージョンとは良い勝負ですが、まず装着感では340gのAEONに対して460gのEL-8では明らかにAEONの圧勝で、軽快なAEONと比べると、あの鉛の塊を頭に乗せているような感触のEL-8は勝負になりませんでした。サウンド面でも、EL-8の方がより密閉型らしくハウジングを存分に響かせるような密度の濃い音色で、コッテリした没入感が良いという人に対して、密閉ハウジングを感じさず高域が良く抜けるAEONは、まさにハウジングの重量感の差をそのまま表しているようでした。

ミニマリストなデザイン同様、無駄の無いサウンドです

おわりに

私自身、日常の密閉型ヘッドホン需要は、もうちょっと下の価格帯に位置するベイヤーダイナミックDT1770 PROやフォステクスTH-610で十分満足しており、今回MrSpeakers AEONを買い足す余裕も無かったのですが、AEONの10万円という価格帯を視野に入れた選択肢となると、世間にあれだけヘッドホンがある中でも意外と候補が限られてきます。

私自身はベイヤーダイナミックが好きなので、T5p 2nd Genなんかもお薦めしたいですが、あちらは大型ハウジングに前方傾斜ダイナミックドライバーということで、近頃のベイヤーらしい音圧とドライブ力でグイグイと音楽のエネルギーを顔面に浴びせるような鳴り方です。

他にも密閉型だとドンシャリの定番Ultrasone各種や、温暖にまとめたパイオニアSE-MONITOR5、DENON AH-D7200なんかもありますが、開放型っぽい平面駆動特有の高音のスッキリした伸びや音抜けの良さを求めているのであれば、このAEONはニッチを埋める唯一無二の存在になりそうです。

開放型ヘッドホンであれば、平面駆動とダイナミック型の差はそこまで明確に現れないかもしれませんが、AEONは密閉型であることが、その特殊性を際立たせているようです。

サウンドはもちろんのこと、細い針金ヘッドバンドやカーボンパネルといったデザイン意匠からも、なんだかオリンピックやツール・ド・フランスで見るような高性能ロードバイクのような無駄の無さや俊敏さを感じさせるヘッドホンです。

もうちょっと財布に余裕があるぞという人でも、これよりも高価なフォステクスTH-900やソニーMDR-Z1Rなんかはそれぞれまた系統の異なる路線ですし、AEONの上位モデルETHER C FLOWも同じサウンドの上位互換ではありません。つまり、AEONは値段だけでは計り知れないクラスにまで密閉型サウンドを上手に仕上げることができた、極めて稀なケースです。そういった意味でも、AEONの10万円という価格には十分な説得力があると思いました。

装着感、軽快さ、デザインなどは総じて不満の少ない合格点ですし、サウンドについても、普段なら「ここがもうちょっと、こうだったらよかった」なんて文句を言いたくなるものなのですが、AEONの場合は、「これで確実に一定の需要があるだろう」という確信が持てて、「あえて何も変更しないでほしい」という風に思えました。

泥沼の高級ヘッドホンスパイラルに陥っている人は、どうせETHER Cの廉価版だろうという思い込みを捨てて、AEONを試聴してみれば、思いがけない発見があるかもしれません。