Chord Hugo 2 |
2017年3月発売で価格は27万円、ベストセラーの初代Chord Hugoは2014年発売で23万円だったので、ようやく待望の後継機登場といった感じです。
この三年間にChordはHugo TT・Mojo・DAVEといったDACを出しており、今回Hugo 2はそれらの開発で培った技術進歩を取り込んで、大幅な進化を遂げています。
Hugo 2
有名なブランドだけあって、すでに多くのネットニュースやレビューサイトで紹介されていますし、こんな個人ブログで書くことも残っていないのですが、やはり音を聴いてみると本当に素晴らしかったので、感想とかを書いておきたくなりました。Chord HugoとHugo 2 |
2014年の初代Hugoからずいぶん時間が経ちましたが、全体的な機能はほぼ同じで、「バッテリー駆動のUSB DAC兼ヘッドホンアンプ」というコンセプトは変わっていません。似たような商品は世の中に多いですが、あえて他社と比べてユニークな点といえば、Bluetooth入力があるので、スマホなどからBluetoothヘッドホンアンプとして使えるくらいです。
あとは、あいかわらずChordらしくデザインが奇抜です。とくにボリュームノブは、本体中心にあるガラス玉のようなものをコロコロ回転させる仕組みで、音量にあわせて色が変わるというギミックです。隣にある透明な大きな窓は、中に見える基板上にあるLED照明の色によって、再生中のサンプルレートがわかるようになっています。
サイズはほぼ同じです |
表面の質感はスムーズになりました |
実際に新旧モデルを並べて見比べてみただけでは、カラフルなLEDライトが増えて、より一層派手になったくらいにしか思えないのですが、内部は全く別物と言っていいほど変わっているそうです。
とは言っても、初代Hugoの時点でPCM 384kHz・DSD128対応などUSB DACとしての機能は網羅しており、ヘッドホンアンプとしても圧倒的な「高出力・低ノイズ」を実現していました。発売から三年が経った今でも、このパフォーマンスは類を見ません。もはやこれ以上何を期待すべきかと心配になります。
今回、ちょうど私が試聴していたタイミングで、イベントにてChord社長のJohn Franks氏・設計者Rob Watts氏の話を聴かせてもらう機会があったのですが、彼らいわく、170万円のハイエンドDAC「Chord DAVE」 プロジェクトで得たノウハウによって、あらためてHugo 2も当初の想定以上に設計を見直すことになってしまった。今後もし後継機があったとしても、ここまで大幅な作り直しはたぶん無いだろう、と言うほどの力作です。
Hugo・Hugo TT・Hugo 2・Mojo |
今回は、初代Hugo・Hugo TT・Mojoを交えて存分に試聴することが出来たので、モデルごとのサウンド進化の過程や、それぞれの個性なんかもハッキリ伝わってきました。残念ながらDAVEは高価すぎて同時に揃えることができなかったので、以前聴いた時の記憶に頼ることになります。
こういうのはやはりスペック比較だけでなく、繰り返し音楽を聴いてみないとなかなか評価が難しいです。さすがに27万円となれば当然「良い音」であるべきなのですが、その中でもモデルごとに個性や性格が見えてくるのがオーディオの面白さです。
本体デザインとケーブル接続
初代Hugoオーナーに「なにか不満はあるか?」と聞いてみれば、十中八九、必ずといっていいほど、ケーブル端子についての文句が挙がると思います。Hugo TTの3.5mmイヤホン端子に泣かされた人は多いでしょう |
旧Hugoでは端子がアルミシャーシに奥まって配置されているため、太いケーブルが使えないのです。Chord自身がそこだけは譲れないデザインポリシーみたいなものがあるみたいですが、それでもHugo 2ではずいぶん改善されました。
RCAは、このタイプのWireworldコネクタでギリギリでした |
3.5mmイヤホン出力と角型TOSLINK光デジタル入力は、初代Hugoでは丸穴に奥まった形状だったのですが、Hugo 2では表面にあるので、太いケーブル・コネクターでも使えるようになりました。
RCAライン出力端子だけは、あいかわらず穴が狭いため、太いコネクターだと挿入できません。AudioquestやWireworldなど大抵のケーブルは入りましたが、あからさまに太いコネクタのやつは無理です。
高価なケーブルであるほど、カーボンファイバーや黒檀削り出しとか派手な太いコネクターを採用したがるので、たぶんChordとしても、そんな見掛け倒しのケーブルを買うんじゃないぞと暗示しているのかもしれません。
よく見れば、色々と変わっています |
もうひとつHugo 2の大きな変更点として、RCA同軸S/PDIF入力が廃止され、これまで二つあった3.5mmイヤホン出力の一つが同軸S/PDIF入力になりました。
この3.5mm S/PDIF入力というのがちょっと面白いです。3.5mmのTRSステレオコネクターを使い、Sがグラウンドで、TとRのどちらにもS/PDIF信号を送れます。片方のみでPCM 384kHzまで入力できるというのも凄いのですが、さらに、TとRのアグリゲーション接続で768kHzまで入力できる仕組みになっています。
もちろんその場合はデュアルリンクに対応した特殊トランスポートが必要になるわけですが、現在Chord最上位トランスポート「Blu MK. 2」と「DAVE」DACの組み合わせもこのようなデュアルS/PDIFの768kHzリンクを使っているので、夢が広がります。
384kHzとなると、相当真面目な高速伝送用「同軸」ケーブルを使う必要があるので、下手なオーディオブランドが作ったツイスト・編み込みケーブルなどでは動作不良もしくは音質劣化に繋がると思います。もちろんそこまで活用したいマニアックなユーザーは、ちゃんとそのへんは踏まえているでしょう。
USB接続 |
本体の反対側も、初代Hugoと比べてかなり簡素になりました。謎の黒いスイッチ類が、上面のカラフルなボールスイッチに移行したので、充電用とデータ用のマイクロUSB端子があるのみです。このあたりはMojoのデザインを継承しています。
ちなみに、両端にネジ穴があるのも興味深いですね。今後公式アクセサリーとかが期待できそうですし、そうでなくても自作で色々遊べそうです。
初代Hugoでは、ACアダプター充電というのが個人的に面倒臭くて嫌いだったので、Hugo 2でUSB充電になったのは手軽で嬉しいです。
それと、初代HugoではUSB Audio Class 1とClass 2用にそれぞれマイクロUSB端子があり、本体にラベルが無いのでいつもどっちがどっちだか区別がつかず困っていたのですが、Hugo 2ではClass 2のみになりました。
初代Hugo設計時はまだOnkyo HF Playerとかも普及していなかったですし、スマホ用にClass 1を用意したのでしょうけど、さすがに2017年でClass 1を使っている人はいないでしょう。
初代HugoはUSBケーブルが入らなくて泣かされました |
Hugo 2では問題ありません |
初代HugoのマイクロUSB端子は、写真で見るとわかるように、奥まった意地悪な設計だったのですが、さすがにユーザーの不満が多かったのか、Hugo 2では本体表面になって、どんなケーブルでも使えるようになりました。
充電端子は意外と多機能で、ケーブルを接続して電源ライトが白色なら2A、写真のように青色なら1Aで給電しているということがわかるようになってます。こういうギミックは実用的なので嬉しいですね。
さらに、充電ケーブルを接続しっぱなしで24時間が経過すると、電源ライトが紫に変わり、「デスクトップモード」というのに移行して、バッテリーの過充電を防ぐ状態になります。さらに、本体が勝手にスリープしなくなるので、据え置きDACとして繋ぎっぱなしの状態にしておけます。
それと、初代Hugoでは、ラベルの無いボタンが多くて、初心者泣かせだったのですが、Hugo 2ではそれぞれのボタンに印刷ラベルがあるのが助かります。
初代Hugoと共通なのは、電源スイッチ(初代はスライド式、Hugo 2は長押し)、入力切り替え、クロスフィード切り替え、といった三つですが、Hugo 2ではさらに四段階のフィルターモード切り替えスイッチも追加されています。これは結構興味深いので、あとで別途説明します。
クロスフィード(X-PHD)はOFFと弱中強の三段階で、音質効果は初代Hugoと同じロジックを採用しているそうです。これだけは、サウンド効果がとても好印象だったため変更を加えていません。HugoからHugo 2へ唯一そのまま移植された演算コードは、このクロスフィードだけだそうです。
ちなみに、クロスフィードを押しながら電源を投入することで、出力が3Vrmsになる「ライン出力モード」になります。
さらにボタンの小ネタとして、フィルターとクロスフィードを同時押しすることで、LED照明の強弱を切り替えられます。
シンプルでわかりやすくなりました |
Mojoに近い部分が多いです |
初代Hugoと比べると意味不明なゴチャゴチャがなくなり、よりスマートで使いやすくなった印象があります。そのあたりもMojoで改善された部分が広く反映されています。
個人的にまだ不満なのは、ボリュームノブが初代Hugoと同じようにダイヤルを回すと色が変わるタイプということです。どんなに使い慣れていても、どっちが消音方向か自信が持てなくて、イヤホンを接続する際に爆音になりそうでドキドキします。アンプのパワーが尋常ではないので、借り物の高感度イヤホンを壊してしまったらと恐る恐るです。
Chordらしいデザインを優先しているのは理解できるのですが、LCD画面とかが無い分、たとえば色ではなく輝度にするとか、もうちょっと音量上下の目安をわかりやすくしてほしいです。やっぱり昔ながらの数字が書いてあるボリュームノブが一番確実で安心できます。
USB接続
個人的に、初代Hugoの欠点を一つ挙げるとすれば、USB接続の信頼性には悩まされました。Hugo以前のChord Qute HD・Qute EXを使っていた時も、とくにハイレゾPCM・DSD再生ではプチプチとノイズが乗ったり、再生開始時にパチッと鳴ったり、ケーブルや送信デバイス次第で相性問題も多かったです。また、USBとS/PDIFで音質が結構違うというのも気になっていました。
その後登場したMojoでは、そのへんの接続関係はほぼ完璧に改善されており、今回Hugo 2でも大きな不具合には遭遇しませんでした。USBとS/PDIFの音質差も私の耳では感じられません。
Macbook AirのAudirvanaにて |
Hugo 2をMacbook AirのAudirvanaに接続してみると、PCMが768kHzまで対応しているおかげで、DoPでDSD256まで送れます。実際に聴いてみても快調でした。
Onkyo HF Playerの接続画面 |
Android OTGからDSD256再生できました |
スマホはXperia XZのAndroidで試してみましたが、Onkyo HF Player上でしっかり認識して、同じくPCM768kHz、DoP DSD256まで再生できると表示されます。
ひとつだけ不具合が確認できたのは、私のスマホのHF Playerで音楽を聴いていると、なぜかDSD256のみ、再生中にポーズするとヘッドホンから「ピーーーッ」という高周波ノイズが聴こえることがあります。一応Chordに報告しましたが、原因がどちらにあるのか不明です。
Bluetoothペアリング |
AK KANNからBluetooth接続も試してみました。問題なく使えましたが、Hugo 2のアンテナ窓(本体の黒い部分)が小さいので、使用時にはここを遮らないように注意が必要です。
電源強化とノイズフロア変調
Chord社の開発エピソードを聞くと、WTAフィルターやパルスアレイといった個々のテクノロジー以上に、ノイズフロア・モジュレーションという言葉をよく耳にします。今回HugoからHugo 2になって、とくに大きく注力された部分だと思います。
ヘッドホン出力のノイズにはそれぞれ個性があり、それがたとえ単独では耳で聴き取れないほど小さなノイズであっても、もしくは録音のバックグラウンドノイズの方が上回っていたとしても、実はその上で鳴っている音楽に様々な影響を及ぼす、という考えです。
どのメーカーでも、どれだけD/Aチップ単体のノイズフロアスペックが低かったとしても、最終的にヘッドホン出力で現れるノイズフロアは、たとえばトランス電源の50・60Hz、抵抗の熱雑音、コイルやリレー共振、USBインターフェース放射ノイズなど、D/A変換以外の原因が大部分を占めています。つまりD/Aチップだけが高性能でも無意味です。
そういったノイズの原因を探求して、一つ一つきっちり対策することで、段階的にシステム全体のノイズフロアを下げる努力をするのがオーディオ設計者の大事な仕事です。実はここが、優秀なオーディオ機器メーカーと、そうでない、見よう見まねのメーカーの大きな差です。
Chordが言うようなノイズフロアというのは、ナノボルト規模の微小なものなので、アマチュア機材ではもちろんのこと、数千万円の業務用アナライザー機器ですら容易に測定できないようなレベルの話です。
抵抗やコンデンサなどを一つ追加するごとにノイズは増えるので、「音楽信号の経路はシンプルなほど良い」ということはオーディオの世界では常識ですが、その意味を勘違いして、周辺の電源回路やインターフェース回路までノイズ対策をせず安易に作っているメーカーが意外と多いです。ノイズ対策をする技術力が無いから、あえてシンプルに作り、そのせいで音にクセがつくと、それをメーカーの「個性」として曲解するところもあるので、たちが悪いです。
Chordの場合は、初代HugoにてFPGA、パルスアレイ、ヘッドホンアンプなど、それぞれの設計を当時可能な限り低ノイズ化したのですが、最終的にHugoにおけるノイズフロアを決定づけたのは、バッテリーの電源回路だったそうです。つまり、その設計のままで、FPGAがどんなに高性能になっても、パルスアレイをどんなに増やしても、結局あまり効果は無く、音色のクセも変わりません。
そこでChordが開発したのがHugo TTです。Hugoをベースに据え置き型デザインにしたHugo TTは、蓋を開けてみるとだたのHugoが入っていて、そこにXLRバランス出力回路が追加されていただけのように見えるので、まるで笑い話のような扱いを受けていました。
しかし実は幾つかの明確な改善点が導入されており、その結果、実際にヘッドホンで初代Hugoと聴き比べてみると印象がかなり異なります。とくに電源部には、瞬間的な大電流供給ができる電気二重層コンデンサ(俗に言うスーパーキャパシタ)を導入しました。それにともないアナログアンプ回路のクラスAバイアスも引き上げるなど、ベースはHugoでありながら、それまで消費電力の問題で制限されていた電源部分を集中的に強化しています。
音質差については後述しますが、Chord自身もHugo TTでここまで想像を超える音質向上が得られた事に驚いてしまったそうです。そして、そこで得た研究成果がHugo 2に活かされています。
電源対策なんて、オーディオにとって当然の事だろうと言われそうですが、これはたとえば24bit限界の−144dBよりもさらに下の、普通なら観測できず、無視できるレベルのノイズの話です。
このHugo TTの経験を元に、Hugo 2では、電源強化はもちろんのこと、USBインターフェース、FPGA、アナログアンプ回路など、各セクションごとのアイソレーションを強化し、それぞれの瞬間的な電力変動がお互いに干渉しないことを徹底しています。
初代HugoではUSBとS/PDIFで明確な音質差があり、多くの人がS/PDIFを好んで使っていたのですが、これも入力インターフェース回路の電力消費と電位の安定性が主な原因なので、Hugo 2ではアイソレーションを徹底することで音質差を確認できないレベルにまで押さえ込むことが出来ました。
さらにヘッドホンアンプの設計も初代Hugoから全面的に見直され、DCサーボを導入したり電源電圧を引き上げるなど、アンプをサポートする周辺回路全体がより安定することで、低ノイズ化されています。
このように電源周りのノイズ源を徹底的に排除し安定化させることで、Hugoでのボトルネックが解消され、今一度、そこからさらにノイズフロアを下げるために、ようやくWTAフィルター、ノイズシェーピング、パルスアレイ数などを進化させるメリットが生まれた、という風にも捉えることができます。
そういったノイズの原因を探求して、一つ一つきっちり対策することで、段階的にシステム全体のノイズフロアを下げる努力をするのがオーディオ設計者の大事な仕事です。実はここが、優秀なオーディオ機器メーカーと、そうでない、見よう見まねのメーカーの大きな差です。
Chordが言うようなノイズフロアというのは、ナノボルト規模の微小なものなので、アマチュア機材ではもちろんのこと、数千万円の業務用アナライザー機器ですら容易に測定できないようなレベルの話です。
抵抗やコンデンサなどを一つ追加するごとにノイズは増えるので、「音楽信号の経路はシンプルなほど良い」ということはオーディオの世界では常識ですが、その意味を勘違いして、周辺の電源回路やインターフェース回路までノイズ対策をせず安易に作っているメーカーが意外と多いです。ノイズ対策をする技術力が無いから、あえてシンプルに作り、そのせいで音にクセがつくと、それをメーカーの「個性」として曲解するところもあるので、たちが悪いです。
Chord Hugo |
Chordの場合は、初代HugoにてFPGA、パルスアレイ、ヘッドホンアンプなど、それぞれの設計を当時可能な限り低ノイズ化したのですが、最終的にHugoにおけるノイズフロアを決定づけたのは、バッテリーの電源回路だったそうです。つまり、その設計のままで、FPGAがどんなに高性能になっても、パルスアレイをどんなに増やしても、結局あまり効果は無く、音色のクセも変わりません。
Hugo TT |
そこでChordが開発したのがHugo TTです。Hugoをベースに据え置き型デザインにしたHugo TTは、蓋を開けてみるとだたのHugoが入っていて、そこにXLRバランス出力回路が追加されていただけのように見えるので、まるで笑い話のような扱いを受けていました。
しかし実は幾つかの明確な改善点が導入されており、その結果、実際にヘッドホンで初代Hugoと聴き比べてみると印象がかなり異なります。とくに電源部には、瞬間的な大電流供給ができる電気二重層コンデンサ(俗に言うスーパーキャパシタ)を導入しました。それにともないアナログアンプ回路のクラスAバイアスも引き上げるなど、ベースはHugoでありながら、それまで消費電力の問題で制限されていた電源部分を集中的に強化しています。
音質差については後述しますが、Chord自身もHugo TTでここまで想像を超える音質向上が得られた事に驚いてしまったそうです。そして、そこで得た研究成果がHugo 2に活かされています。
電源対策なんて、オーディオにとって当然の事だろうと言われそうですが、これはたとえば24bit限界の−144dBよりもさらに下の、普通なら観測できず、無視できるレベルのノイズの話です。
このHugo TTの経験を元に、Hugo 2では、電源強化はもちろんのこと、USBインターフェース、FPGA、アナログアンプ回路など、各セクションごとのアイソレーションを強化し、それぞれの瞬間的な電力変動がお互いに干渉しないことを徹底しています。
初代HugoではUSBとS/PDIFで明確な音質差があり、多くの人がS/PDIFを好んで使っていたのですが、これも入力インターフェース回路の電力消費と電位の安定性が主な原因なので、Hugo 2ではアイソレーションを徹底することで音質差を確認できないレベルにまで押さえ込むことが出来ました。
さらにヘッドホンアンプの設計も初代Hugoから全面的に見直され、DCサーボを導入したり電源電圧を引き上げるなど、アンプをサポートする周辺回路全体がより安定することで、低ノイズ化されています。
このように電源周りのノイズ源を徹底的に排除し安定化させることで、Hugoでのボトルネックが解消され、今一度、そこからさらにノイズフロアを下げるために、ようやくWTAフィルター、ノイズシェーピング、パルスアレイ数などを進化させるメリットが生まれた、という風にも捉えることができます。
D/A変換の進化
Chordというと、2001年に登場した「DAC64」から現在に至るまで、開発コンサルタントのRobert Watts氏が設計したWTA(Watts Transient Aligned)フィルターという独自のD/A変換回路を搭載している事が有名です。この技術についてはChord DACの紹介記事を読めば必ず書いてあるので、もう聞き飽きたかもしれませんが、2017年現在になっても未だに他社を寄せ付けない革新技術であり続けていることは凄いです。
具体的には、ESSや旭化成などの市販D/A変換チップを使わず、汎用FPGAマイクロプロセッサーにデジタルデータを送り、高度な演算処理で原音のアナログ波形に限りなく近い形を再構築するという仕組みです。
Xilinx Artix 7 FPGAがHugo 2の頭脳です |
WTAフィルターの性能は、年々進化するFPGAプロセッサーの処理能力に比例するので、初代HugoのXilinx Spartan 6 (45nm)から、Hugo 2では次世代のXilinx Artix 7 (28nm)というFPGAチップに更新されています。
ちなみにこのArtix 7はMojoに搭載していたものと同世代なのですが、Mojoでは小型電源の制約上FPGA内の45コアをフルで使う事は無理だったので「Hugoと同等の演算を、より小型・省電力で実現する」という狙いだったところ、今回Hugo 2では45個の208MHz DSPコアをフルパワーで使う方針を取りました。
WTAフィルターというのは、いわゆるオーバーサンプルの一種なのですが、一般的なD/Aチップで使われているFIRやアポダイジングといった、リアルタイム演算に適した「重み付き移動平均」タイプの物とは一味違います。
WTAの場合、一度に大量のデータをFPGAに取り込み、SINC関数のような自然振動に近い波形の合成を当てはめることで、「この階段状のデジタルデータの元になった複雑な自然波形はこうだろう」という風に、原理的にデジタルになる前のアナログの波形構成を逆算するというところがユニークです。
ところで、この「原音の再構築」という考えから、現在Chordは面白い実験を行なっています。DAVEに対するDAVINAという名前のプロジェクトで、簡単に言うと、まずPCM 768kHzの超ハイレゾで音楽を録音して、それを48kHzにダウンサンプリングしたものを、あらためてWTAフィルターで768kHzに再構築する、そしてオリジナルとWTA後の音楽ファイルを聴き比べてみる、というアイデアです。
つまり、もしWTAフィルターがちゃんと主張どおり可聴帯域内の音楽を「再構築」できるのであれば、二つのファイルに音質差は無いはず、という事です。(48kHzダウンサンプリング時に欠落したデータは、可聴帯域外ですから、人間の耳では聴こえないはずです)。一方、もしたとえば質感や空間表現などが違うというのであれば、それが何故か、という事を究明することによって、さらなるDAC設計のヒントになるだろう、というプロジェクトです。
結果がどうなるかはまだわかりませんが、こういうことをユーザーと一緒に楽しく企画しているところが、Chordの遊び心というか、実験好きなオタクっぽい部分として面白いです。
話をHugo 2に戻しますが、各モデルごとのFPGA内でのD/A変換処理はこうなっています:
- Hugo: 26,000タップ 8FS WTA → 16FS WTA → 2048FS リニアオーバーサンプリング→ 5次ノイズシェーピング
- DAVE: 164,000タップ 16FS WTA → 256FS WTA → 2048FS リニア+IIR+IIR→ 17次ノイズシェーピング
- Hugo 2: 49,152タップ 16FS WTA → 256FS WTA → 2048FS リニア+IIR+IIR→ 11次ノイズシェーピング
16FSというのは44.1kHzの16倍なので705.6kHzのことです。つまり256FSは11.2MHz、そして最終的に32bitで2048FS(約100MHz)まで引き上げたものを、最終的にノイズシェーピングで4−5bitでパルスアレイに送ります。
こう見るだけで、Hugo 2のアルゴリズムは初代Hugoよりも、むしろDAVEのデザインを移植していることがわかります。
Hugoの時点では、16FSまでやれば原理的にも聴感上も完璧だろう、という考えだったそうです。つまりPCMファイルのサンプルレートが705.6kHz以上であるメリットは無いだろうと、誰しも思います。
Chord DAVE |
ところが、Chord DAVE開発時に、せっかくだからもっと凄いことを試してみようと、さらに強力なFPGAで256FS(11.29MHz)までWTAフィルターのアルゴリズムで再構築してみたところ、明らかに音の鮮度が良くなっていると気づいたそうです。そしてそれが今回Hugo 2にも採用されています。
オーバーサンプリングといっても、別に高周波の定在波信号を復元するわけではないので、「CD音源では失われてしまった20kHz以上の高周波が・・」といった怪しいハイレゾ的な意図ではなく、WTAの狙いは、その名の通りTransient、つまり楽器の音の過渡特性を正確に復元することです。
具体的には、例えばドラムのドン!とかシャン!というアタック音は、無音から最大に到達して、自然減衰が始まるまで、波形を見ると大体数ミリ秒です。ピアノやヴァイオリンなどの場合は、波形が立ち上がるまで50ミリ秒くらいかかります。
ピアノの鍵盤を二回叩いた波形をズームインしてみます |
44.1kHzサンプリングだと、サンプルごとの時間は約23マイクロ秒なので、つまりドラムのアタックは数十サンプル、ピアノでも数百サンプルのみで形成されています。人間の耳はこのアタック部分を聴いて楽器や声の個性や質感を聴き分けているので、これでは情報が欠落しすぎている、という事でしょうか。
では実際どれくらい細かいオーバーサンプルと、どれくらい長いタップ数の組み合わせで行えばよいのか、という疑問があるのですが、Chord自身もそれを模索しているようです。
初段WTAは聴感上8FS(352.8kHz)では不十分だということで、今のところ16FSで落ち着いています。これは演算タップ数との兼ね合いもあります。
16FSは705.6kHzなので、サンプルごとの時間は約1.4マイクロ秒です。つまり初代Hugoの26,000タップで演算する区間は約36ミリ秒、Hugo 2の49152タップは70ミリ秒、DAVEで200ミリ秒くらいの波形を復元することになります。ピアノの過渡特性が100ミリ秒くらいというのと比較してみると、どれくらいタップ数が必要かなんとなく理解できそうです。
Chord Blu Mk. 2 + DAVE |
数年前Chordの予想では、16FSなら100万タップあれば、もはやどんな楽器の鳴り響きもカバーするのに十分だろうと考えており、そこで実証のために2017年に登場したのが「Chord Blu Mk. 2」というCD・USBトランスポートです。
Blu Mk. 2は、消費電力30Wという、パソコン並に強力なFPGAを搭載しており、16FS WTA M-Scalerという新たなフィルター設計で、1,015,808タップという膨大な規模のデータを再構築します。アルゴリズムがDAVEとは異なるので単純比較はできませんが、多分数百ミリ秒から1秒くらいの音楽データを一気に自然波形として再構築するという、圧倒的な処理です。
そして、その16FS(つまりPCM 705.2kHz)データを、二本の同軸ケーブルでDAVEに送り、その後の256FS WTAから先はDAVEが行う、という手法です。つまり、Chord Blu Mk. 2がものすごいハイレゾPCMを作り出し、DAVEがそれを超低ノイズでアナログ変換する、というゴージャスな設計です。
あきらかに「やりすぎ」な感じもしますが、スーパーカーとかと一緒で、凡人では手が届かないハイエンド・フラッグシップというのは、こうあるべきなのでしょう。メーカーは努力をして、その評価をするのはあくまでユーザーです。
これも、さすがに「100万タップというのは大袈裟だろう」と思っていたのに、Chord社内の試作機として作ってみて聴いてみたら・・・、ということらしいです。面白いのは、DAVEで256FS WTAを導入することで、楽器の音色の鮮度、タイミング情報が向上し、ディテールが増してきたのですが、Blu Mk. 2では16FSのタップ数を増やすことで、今度は音楽の距離感、奥行きといった感覚がどんどん向上していったそうです。
私も一度だけデモ機を聴いてみたことがありますが、Blu Mk. 2を組み合わせることで、DAVE単体よりも大規模なオーケストラなどで圧倒的な奥行きと立体感が感じられました。もっとじっくり聴いてみたいのですが、貧乏人にはなかなかそういう機会はありません。
Chordの方針としては、とりあえず限界に挑戦する試作を作ってみて、それで音質が明らかに良くなったなら、まず高価なハイエンド機として商品化する、そしてハイエンドユーザーの意見を参考にして、将来的に開発コストが下がったら低価格帯モデルを出す、という開発サイクルを繰り返しています。そしてHugoやMojoが生まれました。
人間の脳の音色・空間処理はどこまで高性能なのかは測定不能なので、限られた知識の論理武装だけで「もうこれで十分だろう」と決めつけるのは趣味娯楽としては勿体無いです。「実際に聴き比べて、違いが感じられたのなら積極的に導入しよう」というのは技術の進歩として当然の試みですし、あくまでハイエンド嗜好品なので、要らなければ買わなければ良いだけです。
近い将来、どれだけ性能を上げても違いがわからなくなる日が来るのかもしれませんが、その時まで、ハイエンドから普及ポータブル機まで、着々と開発と試聴を繰り返しているところが、Chord社に好感を持てるところです。
こうやって色々と情報を読んでいると、誰しも思うであろう事が2つあります。
一つめは、もしFPGAでリアルタイム演算するのが難しいのであれば、パソコン上で事前に705.6kHz・32bitにオーバーサンプルしておいたデータを作っておけば良いのではないか、というアイデアです。実際そのような狙いで、WTAっぽいフィルターソフトを駆使して疑似ハイレゾファイルを作っておくマニアもいます。この場合ファイルサイズが膨大になるのが問題ですが、時間とともにそれも解決します。
しかし、現実問題として、それをどこに送るのか、となると一般的なUSB DACのD/A変換を通すのでは本末転倒ですから、ChordのようにFPGAと後続するパルスアレイが連動しているシステムでないとポテンシャルを活かせません。
もう一つ考える事は、これまで44.1kHz・16bitのCD音源を前提にしていましたが、最近は96kHz・24bitなどのハイレゾPCMファイルを買って聴くことも増えてきましたし、それならWTAフィルターもあまり意味が無いのでは、と思えたりします。しかし、これまでChordがWTAは16FSにこだわっているように、4FSや8FSですらまだ不十分だ、という見解のようです。つまり、世の中に完璧な705.6kHz PCM録音が主流になるまで(そんな日は来ないと思いますが・・・)96kHzや192kHzハイレゾファイルでも、WTAフィルターを通すメリットはあるそうです。もちろんオリジナルデータが良いに越したことはありません。
ところで、余談になりますが、タップ数が増えて、より多くの音楽データを先読みで取り込むということは、再生に遅延が発生するわけですが、今のところHugo 2の16FS・49,152タップでは30ミリ秒程度のバッファが発生するので、聴感上はそこまで問題になるレベルでもありません。
DAVEくらいになると100ミリ秒単位の遅延が生まれてしまうため、これは動画鑑賞などでは口パクのズレが気になってしまいます。そのためDAVEではWTAを簡素化し遅延を抑える動画専用モードが搭載されています。これについてChordに尋ねたところ、やはりブルーレイ鑑賞などで最高音質を得るためには、動画再生ソフト側で映像を遅らせる事を薦めています。
パルスアレイ
Hugo・DAVE・Hugo 2など、それぞれ16FSや256FSのWTAフィルターでオーバーサンプリングしたあとに、さらにわざわざ2048FSにオーバサンプルするのは、高次ノイズシェーピングを104MHzで行うために必要なプロセスです。こうすることで、演算上のノイズフロアが-200dB以下と、どんな測定器でも計測不可能なほど低くなるため、もしノイズがあるなら、それはD/A変換以外の別の理由ということになります。ノイズシェーピングの無いノンオーバーサンプル(NOS)DACの場合、どんなに頑張っても16bitの-96dBがノイズフロアになるので、そこからどうあがいても、アナログアンプよりもデジタルノイズの方が大きくなってしまいます。
通常ノイズシェーピングは5次関数くらいでも可聴帯域の−144dBマージンを十分確保できるので、17次だと論理上−350dB・50bit相当なんて、普通ならそこまでやっても意味がないだろうと思うレベルですが、実際音に違いが出るそうですから不思議です。一般的にノイズシェーピングというと高周波ノイズが出るから悪だなんて言われていますが、大昔の1MHz付近の動作ならたしかにそうかもしれませんが、Chordの100MHz FPGA動作であれば話は別です。
FPGAの出力がアナログ変換されるパルスアレイも、HugoやMojoの4エレメントから、DAVEの20エレメントを経て、Hugo 2では10エレメントを搭載しています。
パルスアレイというのは104MHzで動作する高速スイッチで、FPGA出力をPWM(パルス幅)のアナログ電圧に変換する部分で、この先にヘッドホンアンプ回路がつながります。ポータブル機ということで電力消費や物理的なスペースを考えても、よく10エレメントも詰め込んだなと驚きました。
Chordのパルスアレイがユニークなのは、多くのDACのような電流スイッチではなく電圧ロジックスイッチを使っているため、高速動作が可能ということと、常に一定速度で開閉を繰り返しているため、消費電流が音楽に依存しない、つまりノイズがほぼDCで一定、というメリットがあります。さらに、開閉はマスタークロック駆動なので、FPGAに由来するジッターに全く依存しません。
エレメントが多いほど並列化でき、それぞれの同時開閉数や循環タイミングを柔軟に設計できるため、エレメント単体の過渡特性のバラ付きや歪みに依存しなくなります。たとえば4エレメントだと、最大音量が続く時は4エレメント同時に開きっぱなしになり、非線形な歪みが発生しますが、20エレメントだとそこは余裕を持てるため、全開でも16エレメント、余剰4エレメントで、クロックでそれを巡回させることで、どのエレメントも常に開きっぱなしという状態を回避できます。
さらに、パルスアレイから出た信号をFPGAに戻すことで、高次ノイズシェーピング回路のフィードバックとして使い、さらに可聴帯域ノイズを下げています。正確なクロックで打ち出されたアナログパルス出力を階層的にFPGAに戻し補正するため、単純な負帰還というより、Chordはこれを2次アナログノイズシェーピングと呼んでいます。
数年前であればここまで複雑な演算は夢の世界でしたし、現在の市販D/Aチップもここまでやっていませんが、Hugo 2やMojoのような小さなシャーシの中でここまで手際よく色々やっているのは凄いですね。
フィルター設定
ここまで見た上で、改めてHugo 2に搭載されているフィルター切り替えスイッチの説明を読むと、その意味に納得できます。四種類それぞれライトの色で表しているのですが、それらはこのような感じです。
- 白: 256FS
- 緑: 256FS & 40kHz/-3dBローパスフィルター
- 橙: 16FS
- 赤: 16FS & 40kHz/-3dBローパスフィルター
原理的には、白の状態(256FS・フィルター無し)が最高音質なのですが、そうではない場合もあるので、毎回音楽を聴いた上で決めて欲しいということです。
なぜそうなるのかというと、まず256FSと16FSの違いですが、先ほど紹介したように、256FSでは数ナノ秒レベルの精度で音の過渡特性を正確に再現しようと試みます。つまり、普段以上にアタック部分の情報量が増えるので、普段聴き慣れているゆっくり動作のアンプと比べると、音楽がクリアで明るく聴こえる事が多いとのことです。
ここで問題になってくるのは、ヘッドホンメーカー側の設計理念です。よくヘッドホンの測定グラフを見ると、矩形波のはずが尖ったパルスみたいに鳴ってしまう「硬いサウンド」のヘッドホンが意外と多いです。
たとえば真空管アンプなど、アタック部分を意図的に鈍らせて暖かみを持たせる音作りのアンプをレファレンスとして選択して、それを使うとちょうどよく聴こえるように音作りをしているヘッドホンの場合、もしHugo 2の256FSで聴くと、アタックの情報量が多すぎて、音が鳴りすぎ、シャープすぎてしまいます。
つまり、一部のヘッドホンが、ヌルいアンプと相性を良くするために意図的にアタックを強調する高解像っぽい音作りにしているため、その場合はHugo 2を256FSから16FSに切り替えたほうが良いそうです。16FSにすることで、アタックがちょうどよく「滲む」ような効果が得られます。つまり、ヘッドホンの不具合を隠すために、Hugo 2を意図的にスペックダウンさせるわけです。
もちろん音の好みは人それぞれなのですが、Chordいわく、もしHugo 2を使っていて、常に16FSモード(オレンジ・赤)が良いと感じているのなら、それはたぶんあなたにとってアタックがキツすぎるヘッドホンを使っているからだろうから、別のヘッドホンを選んだほうが良い、ということです。
次に、フィルター無しと、40kHz以上カットのローパスフィルターですが、これは、音源によって選ぶべきだということです。というのも、どんな録音でも本来であれば40kHz以上の帯域に音楽情報が大量に記録されていることはありえないので、(そもそも生楽器がそこまで鳴りませんし、録音マイクがそこまで高性能ではないので)フィルターでカットしなくてもあまり変わらないはずです。
唯一の例外として、一部のハイレゾ音源などで、録音時のA/D変換に使ったノイズシェーピングがカットされずにそのままデータに残留しているケースがあります。
192kHzハイレゾといっても、40kHz以上はほぼ無音です |
たまにこういう高周波ノイズが入ってるアルバムもあります |
この192kHzアルバムでは、ノイズシェーピングがカットされずに入ってます |
DSDファイルの場合は後述するようにHugo 2の方でしっかり対策しているのですが、ハイレゾPCMで高周波ゴミが残っている場合は、それが音楽由来なのか変換ノイズなのか判断しきれないため、自動的にカットできません。そのため、それがヘッドホンに悪さをする可能性もあるので、Hugo 2では必要に応じて任意でカットできるようにフィルターで選べるようになっています。
理想的なサンプル音源とヘッドホンの組み合わせに固執するのではなく、ユーザーごとに好みの音楽とセットアップでベストなサウンドが得られるように、色々と配慮しているのが嬉しいです。そして、効果があるか無いかは、ヘッドホンや音源ごとに違ってくるということも納得できます。
DSD再生
DAVEとHugo 2にて新たに256FSのWTAフィルターが導入されたことによる、もう一つ大きなメリットは、DSD再生が大幅に進化したことです。ちなみに、ChordがDSDについて否定的なことは広く知られています。PCMデータであれば、あくまで原音からデータを一定間隔でサンプルしただけなので、WTAフィルターで原音に近い復元ができるのですが、DSDではデータそのものにノイズシェーピングがすでに施されているので、それでは復元できません。Hugo 2の11次ノイズシェーピングのように高次のものであれば良いのですが、SACD規格時代から5次ノイズシェーピングが一般的なので、可聴帯域にノイズが被っていることが多いです。CDの44.1kHzと同様に、当時の人が「ギリギリこれくらいで十分だろう」と判断したのが今となっては裏目に出ている感じです。
しかし、世の中にはすでにDSDで作られたアルバムが沢山あるという事実があるため、Chordとしても、どうやってDSDを高音質で再生するかという事は常に考えているそうです。
世間一般のD/Aチップによる「ネイティブ」DSDというと、1bitのデータ列をスイッチドキャパシタで順々にアナログ変換して、最後にフィルターでノイズシェーピング部分(たとえばDSD64では30kHz以上)をバッサリとカットする方法です。DSDファイルそのものがノイズフロアと帯域のボトルネックになってしまうので、それより高音質は望めません。
初代Hugoの仕組みは「16FS WTA → 2048FSリニアオーバーサンプリング」という流れだったので、DSDデータを16FSにダウンサンプリングするわけにもいかず、WTAはバイパスして、単純に2048FSリニアオーバーサンプリング部分にDSDデータを流し込む仕組みでした。つまり、DSDデータ由来のノイズシェーピングも含めて、さらにここでノイズシェーピングするという、あまり合理的とは言えないやり方でした。
一方DAVEとHugo 2は「16FS WTA → 256FS WTA → 2048FSリニア+IIR+IIR」という構成なので、つまり次段256FS WTAの部分にDSD64・DSD128・DSD256を流し込む事ができます。
さらにもう一つユニークなアイデアとして、まず生のDSDデータから高周波成分を間引いて(デシメーション処理)、その状態で256FS WTAフィルターに通すことで、音楽波形のみ32bitで再構築する、WTAの恩恵が得られる設計です。
実際、事前にデシメーションを行うか、それともノイズシェーピングもろとも生のDSDデータをそのまま256FS WTAフィルターに入れるか、どちらが良いのか悩んだそうなのですが(もちろん後者の方が「ネイティブ」と言えます)、実際に音を聴いてみると、明らかに事前にデシメーションしたほうが良かったため、それを選んだそうです。この部分のチューニングはDAVEの経験を経てHugo 2でさらに進化したそうなので、DSD再生に関してはDAVEよりもHugo 2の方が良いかも、なんて噂もよく聞きます。
さらにクロスフィード回路やボリューム調整は256FS以降で行われるため、DSD・PCMを問わず、同じ挙動が得られるというメリットがあります。
世の中にはDSDを根本的に嫌いで、ないがしろにするDACメーカーもまだ多いのですが、ChordはDSDの何がダメなのかを明確に指摘し、それに対策改善するようなD/A変換処理を提案するというところまでやってくれるのが凄いです。
これは、Chordが44.1kHzのCD音源を未だメインとして扱っていることと同じ理念だと思います。全ての録音が完璧なハイレゾPCMであればWTAフィルターは不要ですし、それに越したことはないのですが、現状でほとんどの音楽が44.1kHzですし、もしくは下手なハイレゾ化で高周波ノイズだけが乗っている楽曲もとても多いです。
結局フォーマットは何であれ、その手法にこだわらず、聴きたい音楽をベストの状態で聴ける、というのがDACの本来の姿であるべきなのですが、なぜか手段と目的が逆になってしまい、そういった努力すらしないメーカーが多いです。その点Chordはあらゆる手段を尽くして、よくここまでやってくれるな、と感心してしまいます。
ヘッドホンアンプ
パルスアレイでアナログ電圧パルスになった信号は、その時点でローパスフィルターも行われ、シンプルなトランジスター増幅のヘッドホンアンプ回路に送られます。クリッピング発生の最大電圧 |
いつもどおり、パソコンから0dBFSの1kHzサイン波信号を再生して、ヘッドホン出力がクリッピングする(THD1%以上になる)音量まで上げてみたグラフです。
若干グラフがカクカクしているのは、歪みはじめるポイントにボリュームノブをピッタリ合わせるのが難しいからなので、雰囲気のみで、絶対値はあまりアテにしないでください。
Hugo TTは強化電源により最大出力が上がっていることが確認できますが、それ以上に注目すべきは、Hugo 2は低インピーダンス側の駆動力が増して、Hugo・MojoよりもHugo TTに近い性能になっています。
最大電圧(つまり音量)に関しては、すでにHugo・Mojoで十分すぎるほど大音量が得られたので、あえてHugo TT相当まで引き上げるメリットは少ないと思いますが、低インピーダンス側が強化されたのは、最近とくに低インピーダンスヘッドホン・イヤホンが増えてきたこともあり、有意義な進化だと思います。もっとも10Ωで6Vppなんて絶対必要無いでしょう。
他のアンプと比較 |
ついでにいくつか他のアンプと比較してみました。あいかわらずiFi Audio micro iDSDのターボモードは圧倒的な高出力ですが、私自身はターボモードは爆音すぎて一度も使ったことが無いので、あまり意味がありません。
それよりも、Hugo 2は低インピーダンス負荷でも出力の落ち込みが少なく、ガッチリ安定してドライブできるのはさすがです。とくにDAPではここまでのパワーを発揮できるのは稀なので(あったとしても、KANNのようにノイズフロアが高くなってしまうため)、やはりどれだけDAPが高性能になったとしても、Hugo 2の優位性はまだ健在のようです。
ボリュームを1Vp-pに合わせた状態 |
ここまで高出力だと、出力インピーダンスが高いのではと心配だったのですが、1kHzサイン波で、ボリュームを1Vp-pに合わせた状態のグラフを見ると、4Ω以下まで完璧に一直線です。これは初代HugoやMojoも同じ挙動なので、Chordらしい圧倒的なパフォーマンスです。
つまり、通常のリスニング音量においては、4Ωでも600Ωでも、ヘッドホンのインピーダンスによって音質・音量が左右されることが無いということです。とくに周波数ごとにインピーダンスがばらつくマルチドライバーIEMなどでは極めて重要です。
他のメーカーと比較 |
このHugo 2の特性がどれだけ異色かということは、他のヘッドホンアンプと比較してみるとでわかります。AK SP1000では10Ωくらいまで踏ん張っていますが、それ以下で一気に出力が落ち込みます(つまり電源の電流限界です)。ヘッドホンを接続することが多いKANNやiFi Pro iCANは、30Ω程度から徐々に下がっていく、典型的な高電圧アンプ設計です。
出力インピーダンス(グラフ線の傾き)測定には、どの負荷インピーダンスで測るかというルールが決められていないので、たとえば4Ω付近か30Ω付近かでスペック解釈が大きく異なるのですが、その両方でほぼ一直線を誇っているのはHugo 2のみです。
音質とか
技術的な内容が何であれ、やはりいちばん肝心なのは、実際に音楽を聴いてみることです。しっかり真面目に聴き比べたかったので、自分が普段からよく使っていて聴き慣れているiFi Audio micro iDSD BLとJVC SU-AX01も持参しました。
Chord Hugo 2、iFi Audio micro iDSD BL、JVC SU-AX01 |
Hugo、Hugo TT、Hugo 2、Mojo |
さらに、Chordからも初代Hugo、Hugo TT、Mojoの三機種を揃えました。
再生はUSB接続で、主にAK KANNとMacbook Airを使いました。USBケーブルはAudioquestのCarbon OTGケーブルとCinnamonマイクロUSB OTGケーブルです。
パソコン・DAP-OTGともに接続トラブルや音飛びは無かったので、快適にリスニングが行えました。その点は初代HugoやMojoで得たノウハウが活きているのでしょう。
Unique Melody Mavis II |
Dita Dream |
Fostex TH610 |
最近よく使っているUnique Melody Mavis IIと、Dita Dreamイヤホン、そして大型ヘッドホンはFostex TH610で試聴しました。
とくにTH610はこういった場面で出番が多い、本当によくできたヘッドホンだと思います。日頃のリスニングは開放型の方が良いと思う人も多いと思いますが、私の場合は密閉型の方が音楽の細かな情報や空間展開など、アンプ毎の差がよく伝わってきます。
2xHDレーベルから、Bill Evans 「Another Time: The Hilversum Concert」をDSD256 (11.2MHz)で聴いてみました。MacのAudirvanaからの再生です。
往年の秘蔵アナログテープの復刻で最近話題になっているResonanceレーベルからの新作で、1968年オランダでの録音です。音源自体は昨年フランスFondamentaレーベルから出た「Bill Evans Trio Live at Hilversum」と同じ内容で、あちらはPCM 172.6kHzリマスターでしたが、今回は全く異なるアナログ工程からのDSD256リマスターということで、聴き比べが面白いです。FondamentaのPCM版はテープノイズも活かした空間重視、一方2xHDのDSD版は暖かみと丸みを持った音色重視でどちらも楽しめます。こういうのが今になって多方面から復刻されるのは素直に嬉しいです。
DSD256(特にDoP転送)はインターフェースの限界に挑戦する膨大な負荷がかかるため、その分、音質面でもデメリットが多いのですが、Hugo 2はそんな事は一切感じさせず、純粋に高レートDSDらしい緻密で雰囲気溢れるサウンドを鳴らしてくれました。
HugoやMojoを使っている時も思ったことですが、このHugo 2も、まずピアノの音を一聴するだけで「Chordらしさ」がハッキリと感じとれました。
WTAフィルターなどの独自技術の御託ではなく、低価格なMojoから超ハイエンド機DAVEに至るまで、一貫する「音」があることが、一流ブランドである証明なのだと思います。しかもそれは耳障りな悪いクセではなく、Chordでしか味わえない特別な魅力です。
「Chordらしさ」というイメージ全体を言葉で表すのは難しいのですが、一番わかりやすいのは、空間の広がりや刺激的なパンチよりも、音色本来の質感を最優先に置いていることだと思います。
音そのものが綺麗に聴こえる、水のような透明感があるため、録音が高音質であればあるほど、その奥深くまで見通して堪能できるような底知れぬポテンシャルがあります。とくに、ピアノ、ベース、ドラムというトリオ構成でもスカスカにならず、ピアノ鍵盤の一音だけでも複雑な音色の世界が生まれ、それらの混ざり合いが時間とともに変化していくのを楽しむような感覚です。
ドラムもベースも情報量が多いのですが、混雑したり厚みで埋もれたりはせず、全ての要素を無駄にしないようリスナーに届けてくれるため、聴き慣れたアルバムでも、普段以上に「色々な事が起こっている」ように思わせてくれます。
とくに、Chordの狙いどおりなのか、音の「タイミング」情報というものをとても大事にしていることが伝わってきます。このタイミングというのは、たとえば二人の楽器がピッタリ同時に鳴る、みたいな大雑把なものではなく、もっと顕微鏡的に、無音から一つの音が発せられる時に生じる、複雑な音波の形(アタック部分にズームインした部分)が正しく鳴っている、ということだと思います。つまり演奏ではなく、楽器そのものを決定づける「指紋」のような、音そのもののタイミングの話です。
タイミング情報が欠落している、もしくは乱れているとどうなるかというと、アタック部分の情報が粗いため、ゼロから最大音までいきなりガンと上がるような、硬質なアタックが生じたり、もしくはどんな音でも丸く滑らかにしてしまう、温いマイルドな音になってしまいます。そういった下手な機器では、ピアノならピアノで、全ての音の最初の部分が全部同じように鳴ってしまうため、それがクセとして認識されます。(楽器の「指紋」ではなく、これではDAC装置の「指紋」になってしまいます)。それでは同じような音色を延々と聴かされるため、すぐ飽きてしまい、アルバム一枚を最後まで聴くのが退屈で辛いです。(これは、ちょっと曲の頭だけ試聴するだけでは気が付かないものです)。
一方Chordの場合、ピアノの一音一音が独自の性格を見せるようになり、さらに刺さりや鈍りで情報が潰れることが無い、つまり表情が心に伝わりやすく、飽きさせません。本来の肌触りを再現することで、サンプルレートなどの器に束縛されず、音楽の「音」をより一層堪能出来るようになるのが、Chordらしさの魅力だと思います。
もうひとつ、Chordらしさという点では、空間の使い方に独特な個性があり、そこは好き嫌いが分かれるかもしれません。よく「音場のスケール感」「臨場感」とか言われるような、音楽をとりまく空間が広いといった感じではなく、Chordの場合、演奏楽器の音色そのものが精密に解体されています。左右に広い空間のステージ上にポツンとバンドメンバーが配置しているのではなく、むしろそれぞれの楽器の内側に向かってスケールの大きさを表現しているようです。パノラマ的というよりは顕微鏡的に、楽器の中に入り込むような感覚です。
たとえば、もっと大雑把なアンプの場合、ベースがボンと鳴ったら周囲の空間がボーンと鳴り響くような、疑似サラウンド的な楽しみが得られるので、そのほうがライブ感があって好きだという人もいると思います。
ドイツACTレーベルから8月の新譜で、Adam Baldych & Helge Lien Trio 「Brothers」を88.2kHzハイレゾPCMで聴いてみました。
ポーランド出身の若手ジャズヴァイオリニストBaldychですが、同じくミュージシャンとして共に活動していた彼の弟が昨年29歳の若さで亡くなるという不幸を経験したことで、追悼の意味も込めて音楽を綴ったそうです。
ジャズヴァイオリンというだけでも珍しいですが、ポーランド民族音楽を基礎とする民謡やフォーク音楽の側面もあるため、固定概念に捕らわれない自由な作風です。カントリーフィドルのようなアクの強い演出ではなく、穏やかで内省的な弾き方に心を奪われます。Helge Lienピアノトリオのサポートも優秀ですし、要所で入るゲストTore Brunborgのサックスも世界観に奥行きを与えてくれます。
順番に聴き比べました |
ヴァイオリンの響きはピアノなどと比べても高音の倍音が豊富なのですが、そんな音色が一番上まで伸び切って、空気と混じり合うギリギリのポイントまで、Hugo 2は綺麗に再現してくれます。過度に強調せず、あくまで自然でありながら、ちゃんと聴き取れる情報量もあり、これは生半可なDACアンプでは体験できない、さすがChordだなと納得できる音作りでした。
とくにこの高域の再現性が、HugoからHugo 2になって大幅に改善された部分だと思います。全体的なプレゼンテーションはどちらもよく似ているのですが、高音はHugo 2で明らかに良くなっています。
私自身はChordでも低価格なQuteHD・QuteEXというDACを以前使っており、旧Hugoがデビューした際には乗り換える気があったのですが、とりわけ高音域のクセが特徴的すぎて、結局買い換えを断念した経験があります。
初代Hugoでは、さらに接続方法によってこの高音の特徴が大きく変わり、S/PDIFはそこそこマイルドながら伸びが悪く、一方USBではギラギラ、シュワシュワするような余計な動きがあり、気が置けない、落ち着かせない鳴り方でした。とくにヴァイオリンの場合、アタックは刺さったり硬かったりするでもないのですが、そこから続く響きが若干主張が強く、スッと奥に伸びるのではなくジリジリと後を引くような、常に存在感がそこにあり拭い去れない印象でした。アクセルがベタ踏みというか、緩急の「緩」の部分でも情報量が多すぎて耳に残る感じです。
もちろん他の部分は値段相応に素晴らしい出来だったので、ただ高音だけは趣味に合わなくて残念だと思いました。当時、Chordとしても初めてのバッテリー駆動のポータブル機ということで、これはこういう音なんだな、という感想に至りました。
次に、廉価版のMojoが登場しましたが、これはかなり気に入って購入して、ずいぶん使い倒しました。ほぼ初代Hugoと同じサウンドでありながら、今度は高音を意図的に控え目にすることで、Hugoであった違和感を目立たせないような仕上がりです。しかも高音が篭もっていると意識させないギリギリの絶妙さを見極めており、上手な音作りだったと思います。
今回試聴に使ったアルバムをあらためてMojoで聴くと、ヴァイオリンの存在感に圧倒されず、ピアノやドラムなどアンサンブル全体の連携、つまり音楽のコアな部分を落ち着いてじっくり楽しめるので、私自身はあいかわらずHugoよりもMojoのほうが好みです。とくに、なにかと高音域が強調されがちなIEMイヤホンの場合、HugoよりもMojoの方が相性が良いと思います。
私の感想が絶対に正しいわけでは無いので、もしHugoのサウンドが好きであれば、逆にMojoは丸く収まりすぎて不完全燃焼のように感じるかもしれません。どちらも完璧とは言えませんが、それなりに考えて作られてるなと思いました。
Mojoの次に出たのがHugo TTでしたが、ヘッドホンで聴いただけでもHugoとの違いがすぐに感じられます。サウンド全体の印象はHugoそのままでありながら、明らかに低音の立体感とスケールが良くなっています。
Chordいわく、この音の理由は高性能電源を搭載することによるらしいですが、原因が何であれ、その効果は実際に音を聴いてみて初めてその凄さに感心します。低音の量が増えたというのではなく、これまでHugoとMojoでは多少なりとも丸くまとまってモコッとしていた低音の塊が、Hugo TTで一気に開放され、一音ごとに音像の配置、距離、膨らみなどの情報が圧倒的に緻密になり、リアルさが増しています。
とくに私自身、HugoとMojoの低音についてそこまで悪いと思っていなかったのですが、いざHugo TTを聴いてみると、「さらにここまで質感を引き出せるのか」と驚かされました。つまりHugoやMojoの低音が普段のアンプで聴き慣れた「普通」であって、Hugo TTでは中音域と同じくらいChordらしさが発揮できたのかもしれません。
そんなHugo TTの次には、170万円の超弩級DAC「Chord DAVE」が登場しました。私自身はフルオーディオシステムに組み込んだ状態では何度も聴きましたが、単独のヘッドホンアンプとしてはまだ数回しか聴く機会に恵まれていません。その時はTH610以外では、HD800S、ベイヤーダイナミックT5 2nd Generation、Audeze LCD4などを使いました。
DAVEはさすがに凄いサウンドで、Chordらしさも健在、低音の余裕もHugo TTと同じくらい素晴らしいのですが、とくに気になったのは、高音の自然な伸びやかさが圧倒的に優れていることです。これまでHugo・Hugo TTはジリジリと長引く響きのクセがあり、そしてMojoではそれを隠すような温暖系と、モデルごとに高音の扱いに試行錯誤が垣間見えるような仕上がりと思えたのですが、それがDAVEでは完全に払拭され、なんの支障もなく最高音まで一直線に突き抜けるような透明感です。これは高度な演算処理による効果なのか、もっとアナログ的な理由なのかは分かりませんが、とにかく別次元のレベルの差を見せつけてくれました。
ここまで素直で広帯域だと、サウンドに明確なクセも無く、言葉で表現するのも困難だと思ったので、当時DAVEを聴いた際に試聴レビューをするのは諦めました。こういうのはやはり実際に購入して日々じっくりと聴き慣れることで、徐々にその真価が染み渡るような、ハイエンドにふさわしいサウンドだと思います。
そこで今回登場したHugo 2なのですが、よく雑誌の紹介記事などで、Hugo 2はDAVEのサウンドを受け継いでいる、なんて書かれあり、「どうせ宣伝文句だろう」なんて疑っていたのですが、いざこうやって実際に聴いてみると、明確に「なるほどな」と納得できる部分が多々あります。
Hugo 2はこれまでのHugo・Mojo・Hugo TTを凌駕している事は確かだと思います。これまで挙げてきた低音や高音など、それぞれのクセや問題点がHugo 2ではことごとく改善されており、一番近い存在というとDAVEということになります。
ではHugo 2とDAVEではどれくらいの差があるのか、170万円が27万円なら、お買い得じゃないか?、という疑問があるわけですが、私がちょっと聴いたくらいでは大きな優劣の差はわかりませんでした。もちろん長らく使っていればだんだんと感じてくるものなのでしょうけど、具体的にどう違うのかをパッと表現できるレベルではありません。
つまり、HugoからHugo 2になり、ただチューニングが変わったというのではなく、確実に進化して、音が良くなっていると確信が持てました。大袈裟に言うと、Hugo 2を聴いた後では、どんなに安くても初代Hugoを買おうという気にはなれません。
ではHugo 2のサウンドに問題点はあるのか、と考えると、やはりDAVE同様、音色のクセが減ることによって、なにかインパクトを求めている人にとってはマイナスに感じる可能性はあります。
どんなに高価なChord DAVEであっても、単独でヘッドホンアンプとして使うのではなく、ライン出力から別途ヘッドホンアンプを付け足す人もいます。もちろん、どのように味付けをするかは個人の自由なので否定するつもりはありませんが、しかしそれを「DAVEはヘッドホンアンプとして劣っているから、別途真空管アンプが必要だ」なんて考えているのだとしたら、とても残念に思います。
Hugo 2も同様に、ヘッドホンアンプとして最大電圧振幅や出力インピーダンスはもちろんのこと、とくにノイズや歪み率の低さは、世間の多くの「見せかけだけの」巨大なヘッドホンアンプよりもはるかに優れた性能を誇っています。そんなChordらしい透明感をたたき台として、意図的に味付けを加えるのはオーディオの醍醐味でもあり、私自身も、あまりパッとしない録音の場合はもうちょっと味の濃いアンプを使いたいと思うことも多いです。ただし、それを録音ではなくではなくHugo 2の問題だと履き違えてしまうと本末転倒です。
Avie Recordsから、Adrian Chandler率いるLa Serenissimaバロックオーケストラの新譜「The Italian Job」を聴いてみました。44.1kHz・16bitのCD音源です。
ヴィヴァルディやコレッリ、タルティーニなど有名なバロック作曲家によるコンチェルト集で、各作品ごとにオーボエやファゴットなど異なるソロ楽器の技巧をフィーチャーしているため飽きさせません。学術的とは正反対の、鮮烈でエキサイティングな演奏に心を奪われます。
2017年の英グラモフォン誌でバロック最優秀録音賞を受賞したので、バロックもたまには良いかなと思い買ってみました。毎年9月頃になるとグラモフォン・アワードの季節なので、各部門受賞アルバムを聴いてみることは、音楽ジャンルの偏りを避けて視野を広める良い機会だと思います。
CD音源のほうがそれぞれの個性が際立ちます |
このアルバムは44.1kHz・16bitのベーシックなCD音源だったので、DACごとの違いがより一層強調されるようです。
最新録音の表現力を余すこと無く引き出すには44.1kHz・16bitでは不十分だという事を前提において、たとえばアップサンプルなど、メーカー独自のポリシーや手法が活きてくるからだと思います。
とくに、DACは王道であるべき、ビットパーフェクトであるべき、という考えのiFi Audio micro iDSD Black Labelでは、16bitの音楽データがそのまま古典的なバーブラウンD/Aチップに入力され、実直に高品質アナログアンプで増幅されるという、古き良きハイエンドCDプレイヤーの伝統を受け継ぐオーソドックスのお手本のような設計です。
そのため今回のようにとくに優れたCD音源の場合、Hugo 2と比べると、iFiで聴いたサウンドはシンプルで地味すぎて、元の音源がハイレゾファイルではないことが残念に感じてしまいます。初代と比べてBlack Labelで少しはマシになりましたが、やはりもう少し演出や味付けの華やかさがあっても良いかなと思えます。
ようするに、CDの限界を感じさせる素朴で色気の無いサウンドです。もちろんこれが実直なD/A変換による本来の姿であって、ここから色の濃いイヤホン・ヘッドホンでいくらでも味付けを加えることができるため、間違いではありません。たとえば、旧世代のハイエンドCDプレイヤーというと、こういった実直なD/A変換後に高級コンデンサーや何段にも及ぶ複雑な増幅回路を経て、音に厚みを与える手法が一般的でした。
もちろん悪いことばかりではなく、iFiはハイレゾPCMを聴けば本領発揮と言わんばかりに凄いサウンドですし、CD音源でも、結局色々な再生機器を聴き比べてみてから最後にiFiに戻ると、やっぱりこれが一番ベーシックで信頼できるな、という安心感もあるので、常に手元においておきたいです。
次に、JVC SU-AX01はとにかく艶っぽく厚くコッテリとした音色なので、CD・ハイレゾPCM・DSDなど音源の由来は問わず、全てアナログクラスAアンプを通したような魅力を与えてくれます。とくにソロ楽器の力強さがグッと増して、輪郭と肉付きが良くなり、音色の麗しさにウットリさせられます。アナログレコードっぽい誘惑が感じられます。さらに独自のK2アップサンプル機能がOFFならシンプルなリラックス系、ONで生々しいホットな切れ味が増すので、二種類のリスニングスタイルが選べます。このJVCの音作りは音楽鑑賞にもっとも適していると思うのですが、逆に言うと、CD音源とハイレゾPCMがどちらも同じようなアナログテープやレコードっぽい質感になり、録音フォーマットによる違いが現れにくいです。このバロック演奏では魅力が引き出せましたが、録音によってはもうちょっと軽快で透明感があるほうが良いかもしれません。
そして最後にHugo 2ですが、上記のiFi、JVCと比べても明らかに異質です。これら三つの中では一番サウンドの特徴がわかりやすく、独特な鳴り方です。冒頭で「Chordらしいサウンド」と言いましたが、それがCD音源ではさらに強調され、CDのハイレゾ化というか失われた部分を補うような効果があらためて実感できます。
ハイレゾ化なんていうと、単純に高音がキラキラすると想像するかもしれませんが、そうではなく、一つの音の情報量が増して解像度が上がるような効果です。フルHDを4Kテレビに買い替えたようなイメージに近いと思います。画面いっぱいに色鮮やかな映像が映し出されるように、Hugo 2で聴くバロック音楽は、華々しい弦の響きや木管の暖かみが細部に渡って映写されます。
とくにCD音源におけるHugo 2の「高音質化」効果は絶大です。あくまでサンプルレートやビット深度という「器の大きさ」についての話なので、元から悪い録音を高音質にする効果はありませんが(それはSU-AX01の方が得意です)、Hugo 2の強さは、44.1kHz・16bitという器の限界を感じさせないレベルにまで磨き上げてくれることです。
Hugo 2にはフィルター設定を変えられるスイッチがあり、白・緑・オレンジ・赤の順に温暖系のサウンドになっていくそうなのですが、先ほどのDSDやハイレゾ音源ではあまり効果が感じられず、カチカチと交互に切り替えてもよくわかりませんでした。
しかし、とくにこのCD音源では、一つのモードで10分ほど聴いてから切り替えてみると、なんとなく雰囲気が変わるように感じます。色々聴き比べてみて、結局白色(説明書では「Natural」)に落ち着く事が多かったです。古い録音などでは赤色(「Warmer」)が良い感じだったので、やはりそれなりに理に適っているようです。技術的には白がDAVEに、赤はMojoに近いそうですが、たしかにそんな感じもします。
CD音源の限界を包み隠さず見せてしまうmicro iDSD BL、ハイレゾ・CD音源を問わず、どれもアナログっぽい太く鮮やかな音色で押し切れるSU-AX01、そしてCD音源のディテールや繊細さをハイレゾと同レベルまで再構築してくれるHugo 2といった具合に、それぞれの解釈が異なります。そして、そのどれもが間違っていないということが、オーディオの奥深さを照明しているかのようです。
おわりに
Hugo 2は、Chordらしい透明感のある音作りを継承しながら、音質はこれまでのHugo・Mojoと比べて明らかに進化しており、より完璧に近づいたモデルだと思いました。音色の情報量が多く、いつまでも飽きさせないため、なんだか最高級テレビに買い替えた時の映像美に見惚れてしまうのと同じような感覚で、これまで愛蔵してきた古いアルバムを改めて聴き直したくなります。もしくは、これまであまり聴かなかったアルバムでも、Hugo 2でもう一度聴いてみれば、なにか新しい発見があるのではないか、と期待させてくれます。
私にとっては27万円という値段がちょっと高すぎて、気軽に買えないのが非常に悔しいのですが、それにしても凄いサウンドです。いつか、もうちょっと値段が安くなったら買いたいと思っています。
Chord Hugo 2 |
モデルごとの進化が感じられました |
また、次世代プラットフォームとして今後の発展も気になります。たとえばMojoにモジュールをドッキングしてDAP化する「Poly」が登場しましたが、Hugo 2でも同様のコンセプトがあれば、最強のDAPとして自慢できそうです。
あと、個人的には、過去にQuteHD・QuteEXと使ってきたことがあるので、据え置き型・RCAライン出力のみのモデルも出して欲しいです。Hugoベースだった「2Qute」の後継機は計画しているんでしょうかね。
今回Hugo 2をじっくり聴いてみて、なんとなくオーディオ業界の現状について色々と思うところがありました。
というのも、Hugo 2は単純に「USB DAC+ヘッドホンアンプ」として考えると、明らかに高額でコストパフォーマンスが悪く見えます。とくに近頃はITガジェット的な見方が強くなっているので、世間の記事やレビューもそういった目線が増えています。とくにMojoの大ヒットがあったことも、そこからアップグレードするために「音質以外」の理由が必要な人にとってはなかなか敷居が高い商品かもしれません。
昨年Chordの上級DAC「DAVE」が登場した時を思い出します。「あのHugoやMojoで有名なChord社が・・・」という流れで、160万円のDACというと「とんでもない!コスパ悪すぎ!ボッタクリ!」と騒ぎ立てます。しかし、それ以前のChordを知っている人であれば、ミドルクラスCDプレイヤーCODA+QBD76で140万円、上級クラスのChord Red Referenceで340万円という、尋常でない価格帯のモデルを何世代も出し続けているメーカーです。
つまり、パソコンやスマホのような「適正価格」という概念は無いので、その事実に耐性のない人にとっては耐え難い世界なのでしょう。コストパフォーマンスに捕らわれると、まずスペックや機能の評価が重点的になってしまうため、無名メーカーの「大手なら20万円相当のDSD対応DACが、なんと5万円で!」という主張が通用するようになり、最近そういうのが爆発的に増えています。安くて音が良ければ大歓迎なのですが、試聴せずにネットレビューのみで買ってしまうのが問題だという事です。
では逆に、大手有名ブランドなら良いのか、というと、そうでもありません。たとえ100万円のハイエンド高音質DACを作っている老舗一流ブランドであっても、最近のヘッドホンブームに便乗して普及層を狙った低価格モデルとなると、「本当に同じデザイナーが、同じ手間と時間をかけて作ったのか?」と疑問に思えるほど、メーカーのDNAすら感じさせない、デザインを似せただけの安っぽいものである場合があまりにも多くて悲しくなります。もちろん我々消費者もバカではないので、ボッタクリイメージを増長してしまい逆効果です。
そんな混沌としたオーディオ業界に颯爽と登場したChord HugoとMojoは、それぞれの価格帯にてライバルを打倒し、見事、多くのユーザーの心を掴むことに成功しました。
ただ高音質なだけでなく、「設計理念」と「音作り」の両方において、それまで永年築き上げてきたChordらしさのDNAをしっかり受け継いていることが凄いです。(音が悪ければ、あんな奇抜な変なデザインはだれも買わないでしょう)。名前だけの廉価版を買わされているというイメージではなく、現時点でChordの総力をかけて作ったポータブル機だという実感があります。
あらためて「やはり音の作り込みのレベルが違うな」と力量を見せつけ、上位モデルと並べて遜色無いサウンドチューニングにて「これがChordの音なのか」と、Chordの知名度を広める事に成功した、名実ともに足を踏み入れる「エントリーモデル」だったと思います。
そして今回Hugo 2はこれまでの「Chordらしさ」の良い部分をしっかり継承して、HugoやMojoでの課題点をピンポイントで改善して、現行ハイエンドモデルDAVEのエッセンスを惜しみなく活かしており、それら全てを「音を聴くことで」実感できたことで、Chordの技量を見せつけられました。