2017年10月28日土曜日

ゼンハイザーIE80Sの試聴レビュー

ゼンハイザー「IE80S」を試聴してきました。2017年10月発売で、価格は4万円弱くらいです。

IE80と IE80S

2011年に登場した初代IE80は、ダイナミック型イヤホンの金字塔として長らく愛用されている、かなりのロングセラーです。

今回、久々のアップデートとして「IE80S」として生まれ変わったのですが、音は変えずにデザインのみの変更ということらしいです。ただ、やはり聴いてみると音はちょっと違うので、気になったポイントを簡単に書いておきます。


IE80S

ゼンハイザーIE80はあまりにも有名なので、あえて紹介する必要は無いと思いますが、ダイナミックドライバー型としては世界中で圧倒的な人気とシェアを誇っている、まさに世代を越えた「殿堂入り」の逸品です。イヤホンマニアとして、所有していない人はいないのではないでしょうか。

近頃たくさんの新型イヤホンが登場している中で、そろそろ古くなってきたかと思いきや、まだまだ売れ行きは好調です。今でも、5万円以下でオススメのイヤホンと聞かれたら、私を含めて多くの人が、「とりあえずIE80を聴いてみろ」と言うと思います。音の好みは人それぞれですが、それでもやはり不快感が少なく、薦めても失敗が無いイヤホンとなると、IE80は外せないと思います。

ゼンハイザーIE8

もっと遡ると、2008年に登場した「IE8」がこのシリーズの原点として、デザインやフォルムが完成されています。2011年に音質面の改善が行われ「IE80」として生まれ変わり、それが2017年の「IE80S」として第三世代に交代したわけです。

ユニークな菱形のシェルハウジングや、マニア泣かせの特殊端子ケーブル、そして、他のイヤホンでも類を見ない低音調整用ネジ、という三つの要素はあいかわらず健在です。

IE80Sの「S」は、最近ゼンハイザー社的にマイブームらしく、やたらと新型の語尾に「S」を付けたがるようです。HD800Sからはじまって、HD660SやIE800Sなどありますが、後継機なのか特別版なのか、あまり一貫性がありません。HDVD800はHDVD800Sになると思いきやHDV820ですし、どういうポリシーなんでしょうか。そういえば、まだ「S化」されてないヘッドホンといえばHD700が残ってますね。あれこそ、デザインや装着感は一級品なので、音のチューニングやケーブルとかを進化させたニューモデルを作ってもらいたいです。

話をIE80Sに戻すと、旧モデルIE8・IE80は16Ω・125dBと書いてあったのが、IE80Sでは16Ω・116dBに変わっています。能率が若干落ちたのか、社内の測定基準が変わったのか、そもそも単位や条件が曖昧なので(dB/mW・1kHz?)意図しているところが分かりません。

形状は同じです

ハウジングを比較してみると、外側のメタルパーツデザインが変わったのみで、形状そのものはほぼ同じです。装着感は「全く同じ」と言っていいと思います。菱形の角の部分がIE80Sの方が若干丸くなっていますが、そこまで耳にぶつかる部分でもないと思うので、気になりませんでした。低音調整ネジの位置も同じです。

ちなみに、この低音調整ネジは電気的なフィルター(たとえばJH Audioの可変クロスオーバー)ではなく、物理的な仕組みなのがユニークです。中にスポンジの入った空洞があり、ネジを回すことでその空洞が狭くなることで低音が弱くなる、という仕組みで、原始的ですが極めて効果的です。私は丁度50%くらいの位置に合わせるのが好みです。細いマイナスドライバーが必要なので、出先で頻繁に調整するというものでもありません。

IE80よりも一万円安いIE60というモデルがあり、これも優秀なのですが、自分好みに低音の量を調整できるというメリットのためだけでもIE80を選ぶ価値はあります。(IE60は低音調整不可で、軽めなサウンドです)。

ちなみにIE60・IE80とも私はずっと手放さずに持っているのですが、その一番の理由が、装着感が快適で、ベッドで寝ながら使っても痛くならず、枕に押し付けられても音が潰れない、という重要なポイントがあるからです。そしてIE80Sもその快適さは健在です。

色合い以外で見分けがつかないです

IE80・IE80Sを裏側から見ると、ほとんど見分けがつかないので(光沢がある方が旧IE80)、つまり音導管のサイズや向きも同じです。イヤーチップはソニーとかと同じサイズなので、コンプライなど選択肢が多いです。私はIE80ではずっとJVCスパイラルドットを使っていました。相性が良いと思います。

ケーブル端子

ケーブルも、この際リニューアルに合わせて、MMCXとかCIEM 2ピンにしてくれるかと期待していたのですが、残念ながらIE80と同じゼンハイザー独自のカバー付き2ピンタイプです。(CIEM2ピンよりも穴が小さいので互換性はありません)。

実際このコネクター形状は曲げにも引っ張りにも強く、グルグル回転せず、パチンと確実に挿入でき、前後向きを間違えることもないので、かなり優秀なデザインだと思います。しかしこのイヤホンのみでしか使われていない独自規格なので、社外品交換ケーブルの選択肢が極端に少ないのが困ります。

旧IE80のケーブル

新IE80Sのケーブル

IE80Sのは左右色付きです

最近のイヤホンでは「バランス端子ケーブル」「マイク付きケーブル」「iPhone用ケーブル」とか色々展開しているメーカーが多いですが、IE80Sの場合は意外にも普通のマイク無し3.5mmステレオ端子ケーブルが付属しているところが潔いです。L字からストレートタイプに変わったのはなぜでしょうね。

ケーブル素材はIE80よりもちょっと太くなり、手触りもビニールっぽくなくて高級感があります。

あいかわらずケーブルを耳にかける「シュアーがけ」を想定しながら、ケーブルにワイヤーや形状記憶スリーブが無いため、動き回ると耳から外れやすくて不便です。そのためだけに社外品ケーブルを買うメリットがあるくらいです。耳掛け式というと無条件の拒絶反応を起こす初心者ユーザー向けの配慮なのでしょうけれど、2011年のIE80とくらべて2017年ならそろそろ市民権を得てきたので、どうにかしてほしかったです。

音質とか

掲示板や各所のレビューなどでも指摘されていますが、IE80からIE80Sへのサウンドの変化は、ケーブルが新しくなったことによるところが一番大きいと思います。

とくに、以前このブログでも何度か書いたように、IE8・IE80のケーブルというのは本当に最低レベルにショボくて、片方の音が反対側に漏れる「クロストーク」が尋常でないくらい悪かったのですが、それが今回新型ケーブルになることで、ほぼ他社並みのレベルに改善されました。ゼンハイザーが悪いというよりは、IE8デビュー時、まだ高級IEMが登場する前の時代は、どのメーカーもこんな感じでした。

具体的には、たとえばIE80では片側のみ音が鳴る場面を(もしくは再生ソフトで片側をカットして)聴いても、反対側にけっこうな量で音が漏れているのですが、IE80Sではそれがほんの僅かなレベルに収まっています。

これは電気的な問題で、被覆が薄いケーブルに電流を流せば必ず発生するものなのですが(特にグラウンド線がシールドとして共通している場合)、上質なケーブル設計であればクロストークは-90dB以下に抑えられているため、ほぼ聴こえないのですが、以前実測したように、安いケーブルだと-60dB以上漏れているため、簡単に聴こえます。

ケーブルの音質差は、交換してみれば一目瞭然です

具体的な音質の違いは、IE80Sの方がかなりステレオの広がりがあり、低音から高音まで全ての音色が安定して出ています。より「フラット」になったと言えるかもしれません。一音一音の情報も繊細で的確になり、IE80よりも分析的に聴けるようになりました。

IE80をあらためて聴いてみると、いきなり中低域がグッと前にでて、すごい存在感を演出することに驚きます。アンプなどに登載されているクロスフィードの効果に近いです。 目の前に立体的にボーカルなどの音像が現れるので、第一印象に騙されがちなのですが、ちょっと聴いていると、だんだんと不自然で「やかましい」と思えてきます。

ケーブルのクロストークというのは全周波数で均一に起こるものではなく、中低域は(波長が長いので)ちょっとした混ざりのズレは問題なく、結果的に音が「モノラル」っぽくセンターで強調されるのですが、逆に高音は混ざっても位相ズレが顕著になるので、シュワシュワ、フワフワと、安定しない淀みになってしまいます。

つまり、IE80の場合、中低域はグッとセンター前にせり出し、高音域はフワフワするので、結果的に、誰もが知るようなIE80特有の、骨太で力強く、若干繊細さに欠けた「篭った」サウンドになります。

たとえばIE80SにIE80のケーブルを装着してみると、一気にIE80のサウンドになってしまったので、本体の音質差とかエージングの違いとか、そういった微妙な要素以上に、ケーブルの違いが明らかに実感できました。

イヤピースはスパイラルドットを使いました

私自身は、これまでIE80ではずっと社外品のアップグレードケーブルを使っていたので、その状態のIE80とIE80Sでは大差はありません。IE80Sは買った時からすでにそのポテンシャルが引き出されているような感じです。

IE80本来の素晴らしさというのは、まず低音がふっくらと丸く柔らかいため、リスナーを包み込むような暖かい雰囲気を演出してくれることなのですが、それでいて高域まで丸く柔らかく鈍らせるのではなく、中高域にかけてしっかりエッジのある存在感を持たせていることです。

金属的とも言えますが、キーンと高音まで派手に伸びていくのではなく、クワーンと響く真鍮の銅鑼や、青銅の鐘のように、音の質感や色付けの手助けになるような、美音の響きを多めに演出しています。かなり低い中低域からそのような効果があるので、女性・男性ボーカルのどちらも、暖かい低音の雰囲気の中でひときわ、鐘のような明朗さで歌声が聴こえてくる感覚です。

低音の暖かさがハウジングに由来する効果だとすれば、この中高域の響きはドライバー本来の特徴なのかもしれません。そんな中高域はHD25やHD598などと共通した性格を持つ、ゼンハイザーらしい響きです。IE80付属ケーブルではあまり実感出来ないのですが、IE80Sで一気に本質が発揮される部分です。

しかし、イヤホン本体が広帯域を演じきるように作られていないため、無駄に派手な高級ケーブルを合わせても、あまり意味がないというか、むしろイヤホン本体の限界が露出してしまい逆効果になる場合もあります。その点今回IE80Sのケーブルは、そういった不快な不具合を感じさせないちょうどよいレベルに仕上げた、おとなしめのサウンドなので、上手な組み合わせだと思いました。

Fiio RC-IE8B

たとえば、私が今手元に持っているIE80用ケーブルだと、Fiioが出しているRC-IE8Bという3000円くらいの安いケーブルは、極細の銀メッキOFCケーブルだそうですが、被覆は安っぽいビニール製で、まさに使い捨てのような風貌です。Fiioは最近DAPで2.5mmバランスをプッシュしているので、そのために作った「とりあえずバランス使ってみて」的な、お試しケーブルだそうです。

このケーブルだと、IE80S純正ケーブルと近いサウンドが実現できます(バランス接続というメリットも追加されますが)。高音がそこそこ出る一方で、あまりギラギラしないので、丁度女性ボーカルの上のあたりでスッと終わる感じで、ドラムのシンバルなどがシャンシャンうるさくならないくらいです。純正ケーブルの方が低音のドッシリ構えた深みがあり、Fiioケーブルは丸くツルンとしてしまい、その下に質感が何もない感じです。

IE80・IE80Sで、低音をそこまで求めておらず、2.5mmバランスケーブルが欲しいなら、これくらい安いケーブルでも十分活用できそうです。

謎の銀ケーブル

もう一つ、身元不詳の銀ケーブルというのがあるのですが、友人が中国から土産でくれたやつです。

これはバランスとアンバランスの二本持っているため、以前IE80クロストーク測定を調べたときに紹介しました。当時の結論として、ケーブルさえ上等であれば、バランス・アンバランスによるクロストークの違いはほぼ無い、むしろ2.5mmバランス端子の方が3.5mmよりも接点間の絶縁が薄いためクロストークがちょっと増える、という結果でした。

ともかく、このケーブルを装着するとサウンドが派手になる感じです。 とくにIE80S純正やFiioケーブルと比較すると、かなりハイレゾっぽくなります。

最初の頃は、「IE80のくせに、こんなキラキラですげー」なんて盛り上がっていたのですが、やはり数ヶ月使っていると不満も出てきました。とくに高音はIE80の限界が感じられるようになり、ある特定の帯域で響き、それより上が出ないという部分を意識するようになりました。これはIE80Sでも同様です。喋り方に独特の癖がある人みたいな感じで、気にしだすとイライラします。IE80S純正ケーブルでは、そうならないように、高音は軽やかに仕上げており意識しません。

IE80Sはそもそも高音の空気感による空間の奥行きとか、三次元的な音響の深みはあまり重要視していないので(それを求めるならIE800とかを買うべきです)、あえて無いものを付け足そうとするよりも、IE80S本来の音色の厚みと暖かさを尊重したサウンドを追求するのが良いと思います。

高音が強調されすぎてしまうと、低音調整ネジでバランスを補おうと考えるのですが、あまり持ち上げすぎると、こちらも許容範囲を越えてしまい、中域までかぶるモコモコした不快な音に覆われてしまいます。どんなに上げても、パンチや切れ味は増えないので、まるでチープなカーステレオのサブウーファーみたいな効果です。つまりIE80Sのケーブル選びはあくまで低音ネジをゼロにした状態でも中高域が自然にリラックスすることが前提で、そこからほんのちょっとだけ低音の暖かみをネジ調整で補うようなやり方なので、IE80S純正ケーブルではそれが絶妙なバランス感覚で実現できるものの、社外品ケーブルだと偏りがちになるようです。なんだか、思いきって自家用車の足回りにスポーツサスペンションを組み込んでみたら、ゴツゴツして乗り心地が最悪で、しかも大して性能アップにもならない、みたいな感じです。

おわりに

あいかわらずIE80らしい暖かく包容力のある低域と、しっかり張りのある中高域は健在で、正統派のモデルチェンジだと思いました。新たなケーブルの効果は大きいですが、根本的にはIE80の良さを尊重しています。やはりボーカルが上手で、ハイレゾ高音質音源などにこだわらず、古い録音でも安心して楽しめるところは変わらない魅力です。

あいかわらず完成度が高い傑作です

イヤホンマニアに言わせると、若干緩く奥行きや繊細さに欠ける鳴り方かもしれませんが、音楽ファンにとっては、日々愛聴する暖かな名曲にどっぷり浸れる傑作イヤホンです。どんなにイヤホンが高性能化したとしても、IE80Sの居場所は決して失われないと思います。

IE80Sの発売価格4万円とくらべて、IE80は現在3万円くらいで販売されています。IE80を買っても、交換ケーブルを色々選んでいたら差額は容易に超えてしまうと思うので、もし今買うのなら、一万円の差額を払ってでもIE80Sを選んだほうが確実だと思います。

そういえば今回は本体試聴のみだったのですが、IE80Sでは付属収納ケースも進化しており、IE80の100均プラスチック組み立てパズルみたいなケースではなくなったのもポイントです。(新ケースも複雑機構っぽいですが)。

では既存のIE80オーナーの場合、買い換えるべきかというと、私みたいにすでに色々バランスケーブルとかを使っているのなら、あえて本体のみのために買い換えるメリットは少ないと思います。若干の音質差はあるにせよ、エージングかどうかあいまいなレベルですし、根本的にIE80のサウンドには変わらないため、もっと個性の異なる他のイヤホンを買って守備範囲を広げたほうが良いと思います。

IE80Sが登場した大きな理由のひとつとして、IE80はあまりにも偽造品が世の中に増えたからというのもあります。ゼンハイザーが公式サイトで勧告しているように、ラインナップの中でもIE80はとくに偽造品が多いです。公認の正規ショップではなく、ネットオークションや格安ショップ、マーケットプレイスなどで買う場合、偽造品である確立は高いですし、プロでも見分けがつかないものもあります。実際、世間のIE80レビューの中で、どれくらいが偽造品と知らずに書いているのかと想像すると怖くなります。

最近ゼンハイザーは全ての商品にホログラムや刻印などで純正品であるマーカーをつけるようになっており、IE80Sでもケーブル分岐部分のホログラムや、音導管部分のシリアル刻印など、偽造が困難なようになっています。そういった意味でも、そろそろ古くなって巷に氾濫しているIE80を一掃してリフレッシュする意味合いも強いかと思います。

ところで、最近は10万円を超えるような高額なイヤホンばかりがネットや雑誌で紹介され、マニアのみでなく、イヤホンに興味を持ち始めた初心者の目線からも、スタート地点の予算設定のハードルが高くなっている気がします。バイヤーズガイドに釣られて、「10万円以上じゃないと買う意味がない」と錯覚してしまうということです。

そんな中で、世が世ならハイエンドだったIE80は、もはや「たかが5万円以下のエントリーモデル」と思われがちで残念なのですが、今回のIE80Sへのリフレッシュで、また新たな立ち位置で注目を浴びることを期待しています。店頭で見かけたら是非試聴してもらいたいですし、その時には低音調整ダイヤルを確認して、可能なら店員に頼んで調整させてもらうことをお勧めします。

今後IE80Sに期待したいところは、たかがイヤホンと言えど近頃のユーザーは多種多様になってきたので、ここはゼンハイザーという大手メーカーとしての包容力を持って、低価格な純正オプションで、高品位ケーブル・バランスケーブル・耳掛けワイヤー付きなどを出してくれれば話題性も高まると思います。

それならIE800Sを買えと言われてしまいそうですが、IE80とIE800は「HD650とHD800」くらいチューニングが根本的に異なりますし、私みたいに「IE80は良いけど、IE800はちょっと・・」と思っている人も多いかもしれません。

IE80がそうだったように、新たに登場したIE80Sは、ゼンハイザー渾身の代表作として、末永く愛用できるイヤホンになりそうです。他のイヤホンでは代用が効かず、アップグレードしづらい独自の魅力は健在です。たとえば半年ごとにモデルチェンジを繰り返すような慌ただしいイヤホンメーカー勢を軽くあしらうように、初代IE8の時代から十年でようやく三代目というゆっくりなペースで、ほんのちょっとずつ、しかも確実に進化していることが、世界最高峰のヘッドホンメーカーである自信と余裕を見せつけてくれるようです。