2017年12月10日日曜日

いろいろ試聴記 オーディオテクニカ ATH-MSR7SE

手短な試聴記の三回目はオーディオテクニカの密閉型ヘッドホン「ATH-MSR7SE」 (Special Edition)です。

ATH-MSR7SE

2014年に登場して以来好評を得ている「ATH-MSR7」の特別版として、このたび発売されたモデルです。カラーバリエーションのみでなく、イヤーパッドや付属ケーブルの変更、そしてドライバーまでも新型を搭載するという正真正銘のスペシャルエディションです。

通常版MSR7が2万円くらいですが、このMSR7SEは数量限定生産ということもあり約38,000円とかなり強気な価格設定です。


ATH-MSR7

オーディオテクニカATH-MSR7は、コンパクト密閉型、回転機構でフラットに畳んで収納できる便利さ、スマホでも容易に駆動できる鳴らしやすさ、そして交換可能な片出しリモコンケーブルといった、売れ筋を直球勝負で狙ったヘッドホンでした。価格も入門機として丁度良いですし、堅牢でスマートなデザインは同価格帯の他社製品勢よりもかなり高級感があり、よくできたヘッドホンだと思います。

MSR7が登場する少し前に、ソニーから同じジャンルでMDR-1R(MDR-1Aの旧バージョン)が発売しており、3万円以下で密閉型折りたたみ可能と、とてもよく似たライバル的な存在になっています。

しかし似ているのはデザインのみで、実際に音楽を聴き比べてみると、それぞれが全く異なるサウンドチューニングに仕上がっています。つまりヘッドホン入門者でも「これがソニーっぽい音」「これがオーテクっぽい音」という方向性がしっかり実感できる、という意味でも「エントリーモデル」としての役目を果たしていると思います。

そんなMSR7は価格を考えると十分すぎるほど素晴らしいヘッドホンだとは思うのですが、いざ購入して使っているといくつか不満もありました。

まずイヤーパッドが薄く硬くゴワゴワしており、サイズもアラウンドイヤーとしては微妙に小さいため、耳の大きい人では外耳が折れ曲がってしまい、ドライバー部分にぶつかって痛くなってきました。コンパクトさを重視したせいだと思うのですが、あとすこし厚みや大きさに余裕があればと残念に思いました。

また、MSR7に付属しているケーブルは「ショート、ショート+リモコン、ロング」と三種類が用意されていたのですが、どれも同じ線材で、硬くベタベタしており使いづらかったです。音質もあまりパッとせず、社外品ケーブルにアップグレードするユーザーも多いです。

全体的にコンセプトやポテンシャルは高く、コスト制約の中でよく頑張ったなと思えるものの、もうちょっとお金を出してもよいから、それらの不満を踏まえた完成形を見たいという願望があり、今回の「Special Edition」はそんな願望を叶えてくれるモデルになりました。

Special Edition

スペシャルということで値段は高くなりましたが、通常版には無かった専用セミハードケースが付属しているのがうれしいです。ケース中央には付属ケーブルを全て収納できるミニポーチがあるのも便利です。

専用ケース付きです

通常版も美しいです

本体はメタリックブルーにゴールドのアクセントが美しいですが、写真映りが良いだけでなく、実際に手にとって眺めてみても非常に綺麗です。ハウジング側面のロゴは社名無しに変更されてますね。通常版の時点で質感が素晴らしく、極端にメカっぽくもライフスタイルっぽくもなく絶妙な雰囲気が、性別、年齢を問わず使える優れたデザインだと思います。

ちなみにMSR7SEの試作品は可動部分がギシギシ音がすると指摘されていましたが、私が触ってみた製品版はまったくそんなことは無く、スムーズでしっかりした仕上がりです。

イヤーパッドは大幅に進化しました

個人的にMSR7SEの一番嬉しい変更点はイヤーパッドです。一見通常版と同じようなのですが、実際に装着してみると明らかに別物で、快適具合に雲泥の差があります。通常版はゴワゴワの合皮に綿を詰めただけみたいな質感だったのですが、MSR7SEの物はサラサラの肌触りにしっかりした低反発クッション性があり、耳まわりを柔らかく包み込んでくれます。

MSR7は密閉型ヘッドホンの中でもとりわけ遮音性が優れていることが好きだったのですが、長時間の装着は辛かったので、今回の改善は率直に嬉しいです。通常版ユーザーにも別売でこのイヤーパッドだけ売ってくれれば嬉しいです。

無理に広げるとこうなってしまいます

ひとつだけ装着感について注意点があります。新品開封時はヘッドバンドの側圧が結構強めで、使っているうちに徐々に自分の頭に沿って緩くなってくるような感じです。私が試聴に使った新品は通常版MSR7とほぼ同じ側圧だったのですが、私の友人が購入したやつは、上の写真のように、グイッと広げたところ想像以上に曲がってしまい、変な形になって元に戻らなくなってしまったそうです。ヘッドバンドはたぶんステンレス鉄板だと思うのですが、曲げる限度を超えないよう注意が必要です。

ドライバーハウジングは同じです

通常版MSR7と並べて比べてみると、ハウジング形状は全く同じなのですが、搭載している45mm「True Motion」ハイレゾドライバーはSpecial Edition用にDLCコーティングされているらしいです。振動板表面にダイヤモンドに限りなく近いアモルファス炭素膜を蒸着させることで、「硬く、軽く、響かない」という理想的な振動板特性に近づけています。

近頃は半導体製造技術の応用のおかげで、ミクロン単位の蒸着が産業レベルで導入できるようになったので、ソニーのアルミ蒸着ドライバーをはじめとして、DLCやタングステンなど、目指すサウンドに応じて振動板表面の硬さや響きを柔軟に追求できる、面白い時代になってきました。

MSR7の上位機種であるSR9も同じく45mmドライバーにDLCコーティングを採用していますが、SR9のカタログにのみ「純鉄一体型ヨーク」と書いてあります(ヨークはドライバー背面でマグネットを包む部品です)。そうなるとMSR7SEのドライバーはMSR7とSR9の中間に位置することになります。

付属ケーブルが豊富です

付属ケーブルは、通常版MSR7と同様に「ショート、ショート+リモコン、ロング」の三種類がありますが、それとは別にもう一つ、6N-OFC線材の高級ケーブルが同梱されています。

6N-OFCケーブルと通常ケーブル

高級線材ということで音質向上はもちろんのこと、並べて比べてみると一目瞭然ですが、6N-OFCは柔軟性があり非常に扱いやすいです。上の写真では、MSR7SEの6N-OFCケーブルはクルクルっと巻き上げて配置できましたが、MSR7の通常ケーブルはどれだけ頑張ってもグチャグチャでまとまりません。

音質とか

ポータブルヘッドホンということで、試聴にはQuestype QP2R DAPを使ってみました。

ポータブルDAPでも十分鳴らせます

通常版MSR7とMSR7SEを交互に聴き比べてみると、同じモデルとは思えないほど、全く異なるサウンドで驚きました。

とくに目立つのはMSR7SEの高音の伸びやかさですが、それ以外の部分でも、通常版と比べて圧倒的に広帯域で音場も広く自然なサウンドです。自然というのは、ハウジング固有の変な響きや捻れが感じられず、低音から中音を経て高音に至るまで、スムーズで統一感があるという意味です。

他社のヘッドホンと比べると、今ひとつ肉質感というか音色の太さみたいなものは薄いのですが、これはオーディオテクニカの個性として十分納得できるチューニングです。

とくに複雑にプロデュースされたハイレゾ楽曲などでは、暑苦しくならずにクリアな見通しの良さが長所となり、そんなMSR7SEの後に他のヘッドホンで聴くとなんだか「空気が詰まっている」ようにすら聴こえてしまいます。とくに通常版MSR7とは空気感に大きな違いがあり、そのおかげで単なるチューニングの差ではなく明確にスペシャルな存在感を放っています。

通常版MSR7はオーディオテクニカらしく音像のフォーカスがしっかりしており、ハウジング技術のおかげか低音がしっかり前方定位してくれてボコボコ膨らまないことが優秀です。2万円という価格帯であっても重低音などの安直なエフェクトに媚びず、生楽器を忠実に再現してくれるところが気に入っています。しかし全ての楽器がコンパクトにまとまりすぎて、リスナー前方にある小さなステージに凝縮されているような狭苦しさで、アンサンブル全体が重なり合っているようなもどかしさもあります。

なまじ楽器そのものの解像感や分離が良いため、情報量の多いハイレゾ楽曲とかであるほど窮屈で、もっと広いステージを与えてあげたいと常々思っていたのですが、それがMSR7SEで実現出来ました。

変な言い方をすると、MSR7SEになることで、よりソニーっぽく(たとえばMDR-1Aっぽく)なったかもしれません。ドライバーのコーティングがそうさせているのでしょうか。ただしMDR-1Aは奔放にキラキラと空間に響きを散りばめるようなサウンドで、より映画的、サラウンド的な演出に適しているのですが、MSR7SEは同じキラキラでも音像が前方主体でピタッと配置されており、生音楽の音がワンクッション置かずに直接そのまま目の前から飛んでくるようなサウンドです。

1AのみでなくZ7やZ1Rなども含めて、ソニーのヘッドホンは音楽のみでなく周囲の音響空間環境ですらヘッドホンで作り上げるような趣向で、一方オーディオテクニカは楽器の音そのものに独自の鳴り響きを与えて直接届ける、そんなアプローチの違いがあるように思えます。

ATH-SR9と比較

オーディオテクニカのラインナップでは、同じくDLCドライバー搭載のATH-SR9が4万円台で買えるので、MSR7SEとどっちを買うか微妙なところです。しかもSR9はA2DCコネクター左右両出しケーブルなので、公式バランスケーブルなどアップグレードの道もあります。試聴したのみの感想としては、SR9よりもMSR7SEの方が好みのサウンドでした。

ドライバー以外ではMSR7とSR9はハウジング内部の音響設計が違うので、これが結構大きな影響を与えているようです。SR9は大型ハウジングで十分な内部音響空間を持つことで、振動板をハウジングと鼓膜の中間点に配置する構造になっており、ミッドポイントマウントと呼んでいます。一方MSR7の方はハウジングを薄くするために、背圧を逃がす経路を二段階のチャンバー化したデュアルレイヤー・エアコントロールテクノロジーという構造だそうです。どちらも無駄なハウジング反射音が耳に届くのを制御するための技術なので、同じ密閉型45mm振動板でも、こういった音響技術でサウンドは大幅に変わるのでしょう。

SR9は設計通りに音響をしっかり制御出来ているせいか、私の耳ではどうにも音がシャープで硬すぎて、ゆったり音楽を味わうといった用途には向かないと思いました。キラキラ・キンキン響くのではなく、ピンと張り詰めた直接音のみの緊張感のあるサウンドは、余韻に浸るヒマもありません。その点MSR7SEは軽快で肩の力が抜けた素朴な音色の上でちょっとした空気感や余韻の響きがプラスされている、決してSR9ほど高解像では無いものの、「上品に作り込まれている」音色の雰囲気が楽しめます。

個人的な感想ですが、MSR7SEのサウンドは、SR9よりもATH-A2000Zと似ていると思いました。密閉型でありながら高音寄りで中低音が無駄に膨らまない点や、響きが充実しているのに音像がクッキリして乱れない点などです。空気感の余韻はATH-ESW950に近い印象もあります。W1000ZやW5000のような大型ウッドシリーズほど低音が左右に回り込む感じがしないので、コンパクトといえど侮れない定位感を持っています。

ところで、MSR7SEに付属している6N-OFCケーブルは明らかな音質向上が感じられました。通常版ケーブルもあるので交互に付け替えて比較することは容易です。試聴時には常に6N-OFCケーブルを使っていたのですが、ちょっとだけ通常版ケーブルに付け替えたところ、サウンドに金属的でシャープな刺激が付加され、聴きづらくなりました。どちらにせよ空間の広さはMSR7SEの方が圧倒的に有利なので、それは新作ドライバーによるものだとすると、6N-OFCは音色をより聴きやすく澄んだ響きに仕上げる効果があるみたいです。

もうひとつ興味深いポイントは、エージングによる音質変化です。ヘッドホンはドライバーやハウジング、イヤーパッドなどを含めて、ゴムや接着剤、クッション材など、経年変化する可動部品が多いため、具体的に何のせいでエージングするのかは不明ですが、MSR7SEは新品開封直後のものと数十時間鳴らしたものでは、後者の方が中高域のトゲがとれてマイルドになりました。周波数特性が変わったというよりは、カレーやシチューなどが時間経過で寝かされて様々な風味の角がとれたようなイメージです。

おわりに

ATH-MSR7SEは「Special Edition」という名前にふさわしく、通常版MSR7と比べて大幅な進化が感じられました。ユーザーに指摘された不満点の改善や、発売から3年が経った今だからこそ実現できるドライバー技術の進歩もあり、価格の上昇も十分に納得できる仕上がりです。この薄さとコンパクトさで、このサウンドですから、2017年現在の密閉型ポータブルヘッドホン市場の中でもかなり上位に位置するヘッドホンだと思いました。

このまま数量限定生産で終わらせるのは勿体無いので、今後同じ技術を応用してさらに進化を進めたMSR7の後継機なんかが出てくれることを期待しています。とくにSR9・MSR7SEにて採用されたDLCコーティングドライバーはいわゆる金属っぽい響きのクセは感じられない優れた特性を持っているようなので、今後たとえばM50x・M70x・R70xや、各種大型機なんかの後継・発生モデルなんかでも採用したらどうなるか気になります。

材料技術とは別に、音作りに関しても、M50x・MSR7以降のオーディオテクニカは、高音の綺羅びやかさなど伝統的な良い意味での「オーディオテクニカらしさ」を維持したまま、若干クセのあった悪い意味での「らしさ」を着々と解消しており、より万人受けするようなチューニングの方向性に変化していると思います。

近頃ネットニュースなどで話題になる海外の中小メーカー勢と比べると、モデルラインナップの更新が遅いため、なにかと「古い世代」のヘッドホンだと思われがちですが、いざ新作となると、入念な開発期間を経て着実に良い製品を作り上げるので、さすが大手ベテランメーカーとしての底力を実感しました。