同じく年末は私も仕事が忙しくなってなかなかブログを更新するヒマが無いので、サウンドの印象とかを忘れる前に気になったやつをいつくか簡単に書き留めておこうと思いました。
まずはAudezeの新作コンパクトヘッドホン「SINE DX」です。
Audeze SINE DX と SINE |
SINE DX
平面駆動型高級ヘッドホンという一大ジャンルを築き上げたアメリカのヘッドホンメーカーAudezeですが、近頃はポータブルでも使えるようなコンパクトモデルを続々リリースしています。上級モデルの「LCD」シリーズは「巨大で重い」というだけでなく、相当なアンプを使わないと満足に鳴らせないという難点があるため、新たなユーザー層を開拓するためには、このような軽量モデルも必要不可欠です。
Audeze SINE DXの平面駆動ドライバー |
2016年に発売した密閉型オンイヤーヘッドホンのAudeze SINEは、コンパクトなポータブルサイズながら、Audezeらしい平面駆動サウンドを実現しており、ずいぶん好評を得ています。このサイズのヘッドホンというとゼンハイザーHD25やベイヤーダイナミックT51p、そして平面駆動ではOPPO PM-3なんかがありますが、SINEも有力な候補として仲間入りを果たしました。
そんなSINEに続き、2017年には開放型イヤホンのiSINE10・iSINE20・LCDi4といったモデルが一気に登場しました。私自身もiSINE20のサウンドが気に入って購入しています。
そして今回、ラインナップの穴を埋めるかのごとく登場したのが、開放型オンイヤーヘッドホンのSINE DXです。Audezeがまだ作っていない物が残っているとしたら、密閉型イヤホンのみですね。(作るかどうかは知りませんが)。
グリルが「A」マークになっています |
SINE DXのデザインはSINEとほぼ同じですが、側面が開放型らしく通気メッシュになっています。密閉型SINEでは側面全体がレザーで覆われているユニークなデザインだったのですが、今回はサラサラしたアルミ削り出しで、LCDシリーズように、グリルのデザインがAudezeの「A」を表すようになっています。
ヘッドバンド部分はあいかわらず高級でカッコいいです |
それ意外の部分はSINEと同じなので、装着感は全く変わりませんでした。側圧も密閉型SINEの方が使い古された試聴機だったので若干緩めでしたが、比較しても気になる程度ではありませんでした。
いわゆる一般的なオンイヤー型ヘッドホンらしい装着感ですが、ヘッドバンドやフレームが剛性の高いアルミなので、プラスチック製のゼンハイザーHD25や、鉄板のベイヤーダイナミックT51p、オーディオテクニカATH-ESWシリーズなどよりもガッチリしており、OPPO PM3に近いです。イヤーパッドはモチモチしていますが薄めなので、長時間使うと痛い、蒸れる、という人もいるかもしれません。これはオンイヤータイプの宿命ですね。私の場合2-3時間なら大丈夫でした。
ドライバーはどちらも同じように見えます |
ドライバーもAudeze独自のFluxorマグネット、Fazor整流板、Uniforce振動板のコンビネーションなので、エントリーモデルといえどAudezeの最新技術が詰まっています。細かな変更点はあるかもしれませんが、SINEとほぼ同じデザインのようです。
このケーブルは凝りすぎてて嫌いです |
ケーブルは左右両出しで着脱可能なのですが、V字型の変な形状なので、社外品ケーブルへの交換は難しいです。ちなみにSINEではApple iPhone用Lightningケーブルが注目を浴びましたが、SINE DXでは付属していません。開放型ということでスマホでは使うべきでない、という意味なのか、それとも価格的に同梱するのは難しかったのかは不明です。
ちなみに密閉型SINEは米国公式ショップでUS$449、Lightningケーブル付きで$499ですが、SINE DXはLightningケーブル無しでも$599なので、本体だけで$150もの差があります。
音質とか
Questyle QP2R DAPで試聴してみたのですが、真っ先に気がつくのは、SINE DXの方がずいぶん音量が大きいです。密閉型SINEは駆動能率が悪く、せっかくのポータブルなのに生半可なスマホなどでは満足な音量が出せないというシビアな設計だったのですが、SINE DXではその心配は無さそうです。体感的にQP2R DAPではSINEはボリュームが頭打ちになりそうな楽曲もあったのに、SINE DXでは常に60-70%くらいで十分でした。
公式スペックでSINE DXは18Ω・102dB/mWと書いてありますが、一方SINEは20Ωで能率は非公開ということなので、比較のしようがありません。つまりSINEはLightningケーブル使用を前提で売っているので能率は非公開なのでしょう。ネットで検索してみると85dB/mWとか90dB/mWとか書いてる人もいるので、相当低いことは確かです。
そういえば、SINEとSINE DXでここまで音量差が大きいとなると、単純にSINEのLightningケーブルをSINE DXに付け替えるだけではゲインが高すぎて爆音になってしまうので、それも今回あえてLightningケーブルを同梱しなかった理由なのかもしれません。
これは個人的に以前から気になっている点なのですが、Audezeとその他の平面振動板ヘッドホンメーカーとの大きな違いは、Audezeは耳と振動板の間は全くの密閉空間で、空気の逃げ道が無いので、振動板と鼓膜が互いに押し引きするポンプのような(もしくは和太鼓みたいな)設計です。一方HIFIMANなどはそうではなく、メッシュイヤーパッドやフレームの通気パネルで完全開放されており、鼓膜が圧迫されない設計です。
肝心の音質ですが、楽曲や、注意して聴くポイントによって、SINEとSINE DXは似ているか似ていないか意見が分かれそうです。
低音の量感や表現はよく似ていると思いました。SINEは密閉型でもモコモコせず、SINE DXは開放型でもスカスカではなく、どちらもフォーカスが効いた「正しい」鳴り方だと思いました。高音も刺々しくなく、Audezeらしくスッと伸びて消えていく、シンプルで飾らない鳴り方です。たとえばOPPO PM-3の方が高音も低音も派手目でカッチリと「密閉型っぽく」出るので、好みが分かれるところです。
SINEの良いところは、コンパクトヘッドホンにありがちな低音の乱れが起こらないように節度を守ってコントロールされていることだと思うのですが、SINE DXでもその特徴は変わらず、無理せず安心して聴けるサウンドです。HD25よりも細かな解像感が優れており、T51pよりも広帯域で平坦なため、それらよりも明らかに上位ランクのヘッドホンという印象でした。
SINEとSINE DXの大きな違いは中域の鳴り方だと思いました。たぶんこの部分がハウジングの響きに一番影響を受けやすいのでしょう。SINEの方はサックスなど中域にフォーカスされた楽器がけっこうエッジが目立つ鳴り方で、ヴィブラートとか、ジャリジャリした質感が強調されます。熱気が感じられてエキサイティングと言えそうですが、スムーズとか美しいといった感じではなく、ちょっと聴き疲れしやすいです。
SINE DXでは、強調される周波数がSINEよりもちょっと高めのヴァイオリンあたりで、鳴り方はスムーズで、粗っぽさは影を潜めます。開放型になったおかげだと思いますが、だからといって線が細くなるとかではなく、より音色が伸びやかでスケール感の余裕が増しています。派手ではないので、より退屈になったと言えるかもしれません。ジャズとかポピュラーの小編成だとSINEとSINE DXの差は少ないので、味付けの違いというレベルだと思いますが、大編成クラシックとかになると、SINE DXの方がしっかり分離してくれて、優位性を感じました。
色々な楽曲で聴き比べてみると、やはりSINEというのはポータブル用密閉型ヘッドホンとして、遮音性はもちろんのこと、騒音下でも退屈させないために、あえて楽器や歌声付近にエネルギー感のあるザクッとした質感を強調しており、一方SINE DXはあくまで静かなリスニング環境で使うことを前提として、落ち着いて細かい音まで丁寧に再現できるように綺麗に仕上げたという感覚です。どちらが良いかというよりは、試聴したときの環境や楽曲によって印象が大きく変わってしまいそうなので、聴けば聴くほど両方にメリットがあると思えてしまう問題があります。
そういえば、ドライバー設計に関わることで、SINE・SINE DXに共通した、気になった事が一つあります。頭をちょっとでも横に揺らすと、ドライバーの圧力が狂うのか、左右の音量がふらつきます。これは他社のヘッドホンでは感じたことがない、Audeze特有の問題です。振動板の自重なのか、密閉具合が狂うせいなのかは知りませんが、たとえばちょっとリズムに乗って首を揺らしたり、歩きながら音楽を聴いたりすると、その動きに合わせて左右の音量・音圧がフラフラするので、まともに聴いていられません。ポータブルといえど、じっと座って音楽を聴くためのヘッドホンとして割り切る必要があります。
おわりに
SINEの開放型モデルとして登場したSINE DXですが、実際に使ってみると、単純に「密閉型」「開放型」という違いだけではない事がわかりました。SINEはあくまでLightningケーブルありきという設計だったので、ポタアンと3.5mmアナログケーブルではなかなか駆動が難しいヘッドホンでした。
LightningケーブルはiPhoneユーザーにとって便利なので悪く言うつもりはありませんが、あのリモコンサイズの小さなアンプに、スマホの僅かな電力供給を昇圧してSINEをドライブするというのは、あくまで音量ゲイン優先であって、音質面ではなかなか無理が多い設計だと思います。
つまりSINEというのは、DAPでは心もとなく、Lightningケーブルのみでは音質のポテンシャルを引き出せないというもどかしさもありました。ポータブルのくせに実は本格的な高出力アンプで駆動することでようやく本領を発揮するという、矛盾した設計です。実際マニアでなければLightningで十分ですし、マニアだったらMojoとか大出力ポタアンを持ち歩くのに抵抗はないでしょうから、Audezeの判断は正しかったのかもしれません。
今回登場したSINE DXは大幅に能率アップしたことで、ようやくDAPでも駆動できる、オーディオマニア向けポータブルヘッドホンとして完成されたデザインになりました。
皮肉にも開放型になったことで遮音性が犠牲になってしまいましたが、音楽の音漏れはSINEと比べてもさほど違いがないので、図書館とかでもないかぎり、そこそこ使いやすいです。通勤やジョギングでアクティブに使うにはお薦めできませんが、出先のホテルとかでDAPでじっくりと音楽を聴きたい、でも大型ヘッドホンは持ち歩きたくない、というユーザー層は結構多いのではないでしょうか。そういった場合なら、開放型であることのデメリットは案外少ないと思います。
私自身はイヤホンタイプのAudeze iSINE20を買って満足しているので、同じような用途であろうSINE DXをあえて買い足す決心はつきませんでした。ただしiSINEは装着感にクセがあり、最高の音を得るためには色々と試行錯誤が必要な、かなり人を選ぶモデルだと思います。その点はパッと手にとってそのまま気軽に装着できるSINE DXの方が実用的です。
強いて要望があるとすれば、変則的なコネクターですが、今後交換ケーブルの種類が増えてくれれば嬉しいです。今のところAudeze公式では3.5mm×2バランスという超マイナーなオプションしか販売しておらず、線材などの選択肢もありません。ヘッドホン本体は丁寧で破綻の少ない仕上がりなので、ケーブルで個性を強めることで化けそうな予感もします。
ともかく、コンパクトオンイヤーでここまで高水準に仕上がっているヘッドホンというのはなかなか類を見ないので、用途に合えば、十分に検討する余地のある逸品です。