2018年7月23日月曜日

いろいろ試聴記 Campfire Audio Atlas イヤホン

この時期は新商品が続々登場して、私も色々と試聴しているのですが、なかなかブログに感想を書いているヒマがありません。特に高価なモデルで自分の購入対象外だと、じっくり何日も借りて聴いてみるわけにもいきませんし、何度か店頭試聴したのみの大雑把な印象にとどまります。

Campfire Audio Atlas

まずはCampfire Audio Atlasです。2018年6月発売のIEMイヤホンで、ダイナミックドライバーをシングルで搭載しています。値段は約18万円と非常に高価で、同社のダイナミック型イヤホンVegaとほぼ同じ価格設定です。


Atlas

18万円のAtlasと同時に、約3万円のCometというイヤホンも発売され、これは以前ブログで紹介しました。デザインを見るかぎり明らかに兄弟モデルなのですが、Atlasはダイナミック型、CometはシングルBA型と、中身の搭載ドライバー技術が全く異なります。

2018年モデルAtlasとComet

Campfire Audio的に、BAはダイナミックに劣るというわけではなく、2016年には約14万円のマルチBA型イヤホンAndromedaを出しています。大企業のような明確なロードマップやクラス分けというよりも、もっと感覚的に面白そうな製品アイデアを続々投入しているようです。

Vega、Atlas、Comet

Atlas以前のダイナミック型モデルは16万円のVegaと9万円のLyra IIがあり、どちらも8.5mmドライバーを搭載していますが、Lyra IIはベリリウム蒸着、VegaはADLC(非結晶ダイヤモンドライクカーボン)蒸着と、振動板素材の違いが音質差と価格差になっていました。

今回Atlasでは振動板を10mmに拡大し、Vegaと同じくADLC蒸着を行っています。

イヤホン・ヘッドホンともに、振動板を大きくすることで空気を押し出す量が多くなり、より平面的に拡散されるので、低音の方までしっかり再現できるというメリットがあるのですが、逆にあまり大きすぎると歪みやすく不安定になり、高域のレスポンスも落ちるというデメリットもあります。スピーカーにおけるツイーターとウーファーの差のようなものです。Lyra IIの時点では8.5mmが妥当だと考えていたところ、Vegaにてダイヤのような硬いADLCコーティングを施すことで、さらに大型化しても瞬発力が維持できそうだと見込んで、今回の10mm+DLCという発想が生まれたのだと思います。

ドライバーを大きくすると、ハウジング内部の音響空間や、鼓膜までの距離、音導管の太さや長さなどを含めた全体設計も考え直さないといけません。そのため、既存のフラッグシップで好評を得ているVegaの後継機としてではなく、新たなコンセプトとしてAtlasという別モデル扱いになったのでしょう。他のメーカーだったら、単純にVega IIとか言って、同じハウジングで新たに大型ドライバーを詰め込みました、なんていう程度で済ませるのでしょうけれど、こういったこだわりの深さがCampfire Audioらしいです。

ステンレスが綺麗です

出音面

まず印象的なのがステンレス削り出し鏡面処理のハウジングです。ステンレスというとカクカクしたメカっぽいデザインを想像しますが、Comet・Atlasともに、角を丸くして、なんというかヌルッとしたオーガニックな形状に仕上げています。まるでアンティークのクロムメッキされたコーヒーポットとか燭台もしくは高級車のエンブレムなんかを連想します。

AtlasとComet

太いですが長さはほぼ同じです

BA型のCometと比べると、Atlasは10mmダイナミックドライバーを搭載しているだけあって、かなり大きなハウジングなのですが、写真で想像するよりも実際の装着感は良好で驚きました。長さはCometとそんなに変わらず、重心が耳穴に近いので、重くてもグラグラ揺れずにフィットしてくれます。イヤピースはFinalのものでちょうど良かったです。

私の耳だとVegaはあまりフィット感が良くなく、Atlasの方が好みです。Vegaは音導管が長くハウジングが外耳に密着してくれません。

Atlasには背面に通気孔が見えます

ただしAtlasの装着感には不満点もあり、個人的に特に気になったのが、挿入時の気圧抜けが非常に悪いという点です。これまで使ったどのイヤホンよりも、装着時にグッと鼓膜が圧迫され、その圧が抜けるまでに10秒以上かかります。ハウジング背面には小さな通気孔がありますが、それでは不十分なのか、とにかく耳栓感覚が強いです。しかも、ドライバーが大口径ダイナミック型ということで、耳穴内の気圧変化に敏感で、ちょっと位置調整のために指でハウジングを押したり動かしたりするだけで音が変わってしまいます。これは正確なサウンドを得るためには大きな欠点だと思います。

たとえば音楽を鳴らしながらグッと装着すると、耳穴内の空気が圧縮されすぎて、音が止まってしまいます。そして10秒ほどで気圧が徐々に大気圧に近づき、振動板が動くようになり、ゴソゴソと音が鳴り始めます。同じダイナミック型でも、耳穴内とハウジング通気孔がスムーズに繋がっていて圧迫感が無いイヤホン(IE80やE5000とか)と比べると、Atlasはダイナミック型といってもかなり耳栓っぽい圧迫感が強いです。その分遮音性が高くなると期待できますが、耳栓と同様に自分の体内の音(ゴーッと流れるような音)やタッチノイズが聴こえやすくなり、静かな環境では逆に不利です。

MMCX

ケーブルはMMCXコネクターで着脱可能ですが、耳掛け用の針金ワイヤーは入っていません。私の耳だと耳掛け装着はほぼ無理でした。ケーブル端子が外側斜めに向いているので耳掛けすると変な角度になってしまいます。

Pure Silverケーブル

VegaのLitz Wireケーブルと比較

ちなみにAtlasのケーブルは銀色なので、一見VegaやAndromedaなどに付属していたCampfire Litz Wire(銀メッキ銅)ケーブルと同じようですが、Atlasのみ新たに純銀のCampfire Pure Silverケーブルというものです。確かに並べて見比べてみるとデザインが違います。

純銀ケーブルというと他社からも高級アップグレードケーブルで色々ありますが、総じて音が繊細でキラキラする傾向があるように思います。実際このケーブルもたとえばT8iE・XelentoやAndromedaなどに装着してみても、高域が良く伸びるものの硬さや刺さりが無く、綺麗な表現になるような気がしました。銀メッキ銅Litz Wireの方が女性ボーカルなど中高域の色気が出るようで、好みが分かれると思います。どちらにせよ若干腰高になるので、かっちりしたモニター調とか、どっしり太く地に足の着いたサウンドという感じではありません。

ちなみにこのAtlas用Pure Silverケーブルは単品別売もしていますが、これも耳掛けワイヤーが無いようなので注意が必要です。ただしVegaなどに取り付けて耳掛けするのも良好でした。実はこのケーブルにワイヤーが入っていなくて良かったと思います。これまでのワイヤー付きCampfireケーブルは、ワイヤーが太く固く、耳周りにフィットするというよりは、ワイヤーのせいでハウジングが引っ張られて外れやすいです。もうちょっとShureやWestone並にワイヤーを細く柔らかくしてくれればよいのにと常に思っています。

Questyle QP2R

Atlasの音質についてですが、19Ω・105dB/mWとごく一般的なスペックで、Andromedaほどノイズに過敏というほどでもなく、VegaやLyra IIとほぼ同じ感覚で使えました。試聴にはCowon Plenue SとQuestyle QP2Rを使いました。イヤピースは自前のFinalのものです。

まずはじめに、Atlas開封直後のサウンドはかなりひどかったです。これは自分の周りで試聴を心待ちにしていたマニアの多くも落胆したと思います。ただし、色々とイヤホンを聴いてきた人ならなんとなく感覚的にわかるような「これはエージング後は変わるかも・・・」という期待がありました。具体的には、中高域の空間配置が乱れており、音は出ているのに散漫で、「気が散る」サウンドだと思いました。

その後試聴機を常時ガンガン鳴らしっぱなしにして、その間に色々な人が試聴していましたが、私は一週間置きに試聴し直すというのを繰り返して、三週間後くらいには、ようやく(二週間の時点と比べて)変化が感じられないくらいに落ち着いてきました。ダイナミック型なので、振動板やゴム部品の機械的な慣らしとか、色々な理由があるのでしょうけど、マルチBA型IEMなどと比べると、かなりエージング効果というのが現実味を帯びているようです。

そのエージング後のAtlasのサウンドですが、これはかなり奇抜で凄まじいです。典型的な優等生サウンドとは全く異なりますし、Vegaとも全然違うので、これはあえて別モデルにしたのも納得できます。

まず低域が凄いです。量が非常に多いのですが、別空間でなっているようで不快になりません。空間展開が圧倒的で、広大なサラウンドオーディオの大口径スピーカーで聴いているような迫力があります。小さなイヤホンドライバーがせっせと振動している印象が無く、ハウジング内部空間を存分に活かして、壮大な低音空間を作り上げています。

低音が強いイヤホンというと、耳元で空気ポンプのようにモコモコ鳴るだけのものを想像しますが、Atlasではそこからさらに上の次元で、イヤホンを超越した低音「空間」を作り出しています。これは他のイヤホンと比べてとくにユニークな効果なので、それだけでも十分な価値があります。

低音だけでなく、さらに超高音(プレゼンス帯域)も派手に空間に広く展開するので、音楽というよりも、音響そのもののスケール感が大きく圧倒的です。これがAtlasのコンセプトなのかもしれません。

Atlasがさらにユニークなのは、ただ音響が広いだけのサウンドでは終わらず、その中心部分をよく聴くと、かなりクリアでカッチリした音楽演奏が再現されています。つまり空間とは別に、ボーカルやピアノ、ギターなど個々の楽器は硬質で、アタックや輪郭がシャープな、たとえば金属ドライバーの小型ダイナミックイヤホンっぽい刺激があります。マルチBAのような、情報量だけ増えてサラッと(ベタッと)平坦になるサウンドではなく、メリハリがはっきりしていて、やはりダイナミック型らしいと思えます。

ADLC蒸着の高レスポンスな大型ドライバーと、過去にPolarisなどハイブリッド型モデルで培ってきた音響チャンバー設計、そしてステンレスハウジングの響きを、それぞれ音響要素として有効に組み合わせて実現できたサウンドだと思います。

ただし、クラッシクのハルモニア・ムンディやドイツ・グラモフォンなど、臨場感のあるコンサートホールサウンドを意図したアルバムでは、Atlasの特異な音作りとは相性が悪いと思います。木管楽器など、ホール音響と一体で楽しむ楽器が、Atlas的にはホール音響の一部としてサラウンド的に拡散され、一方前方のヴァイオリンやフルートなどはカッチリとメリハリが強調されるので、構成のバランスが悪くなり、まるでドライバー同士の整合性が悪いハイブリッド型イヤホンを聴いているようです。

一方、RCAや米コロムビアなど、オケ全体を前面にグッと出して、背後のホール音響とは全く別にしている録音では、Atlasの効果が十分に発揮できます。以前、アメリカ的、日本的、英国的など、伝統的にオーディオショウやショップデモなどでマニアが求める「良い音」の基準が各国で異なると書いた事がありましたが、Atlasがまさにこれで、ハリウッド大作の映画館サウンドという印象を受けました。映画館サウンドというのは、音響が四方八方に飛び交い、低音も巨大なサブウーファーで空間全体がズシーンと鳴り響き、その空間に包み込まれながら、セリフやBGMメロディなどはセンターチャンネルからクッキリと鳴ります。そんな観客を圧倒するサウンドを求めている人にとって、Atlasは究極の選択になると思います。

私の場合、普段試聴に使っているクラシックレーベルの最新ハイレゾ録音とかを色々聴いている時は、Atlasのサウンドにはイマイチ納得できませんでした。過剰に広がり、過剰に響き、過剰にクリア感を出していると、全てがやりすぎで、録音の奥ゆかしさを台無しにしているとすら思ったくらいです。しかし、もしやと思い、特定のレーベルや録音を聴いてみてから、そんな悪印象がガラリと変わりました。


一例として、1961年ラインスドルフ指揮LSOの「ワルキューレ」全幕です。ニルソン、ヴィッカーズ、ロンドンなど、当時のスター勢揃いで、最近ニルソン生誕100周年で雑誌記事で紹介されていたので改めて聴き直してみました。米RCAレーベルですが当時提携していた英DECCAによるスタジオステレオ録音という変則リリースです。(ちなみにDECCAショルティのワルキューレは65年です)。

このアルバムをAtlasで聴いて圧倒されました。現実のオペラハウスとは似ても似つかない非現実的サウンドですが、まるでアクション映画のカーチェイスシーンやジェットコースターのような大迫力で、座席からのけぞるような体験です。ただ暴力的にうるさいというのではなく、スリルやスピード感があり、壮大なスケールの立体サウンド空間を一気に顔面で浴びるようです。ラインスドルフの強靭で明確な指揮は特に相性が良いです。日本の典型的なクラシックファンからは注目されない指揮者ですが、こういうスタジオ録音にエネルギーを吹き込む手腕は本当に凄いと思います。

オペラに限らず、英DECCAや米RCA・コロムビアなど、立体ステレオのスタジオ効果を存分に活かした、現実を超越するようなプロダクションとAtlasの相性がすごく良いです。もしくは、何十トラックにも及ぶ複雑なDTMサントラの上にエフェクトたっぷりなボーカルが乗っているような音楽でも、それらが混ざらず広範囲に分離してくれて、サブウーファー的な低音を体で感じながら、エッジの立ったクリアなボーカルを楽しめるという二面性がユニークです。

Atlasと比べると、Lyra IIやVegaはどちらかというと中域の力強さを大事にした、歌詞やフレーズの表現の深みなどが伝わりやすいサウンドだと思います。たとえばロックやブルース、カントリーなどと相性が良いと思うので、映画館っぽいAtlasとは全く対照的ですが、それぞれがアメリカ音楽芸術の核心部分を引き出している存在だと言えるかもしれません。

18万円という価格で、ここまで個性が強すぎて大丈夫なのか、と思う人もいるかもしれません。もちろんもっと安い値段で、Atlasよりも無難で優等生的なイヤホンは色々ありますから、個人的に、もしなにか一つだけ高価なイヤホンを買うのだとしたら、多分Atlasは勧められないと思います。

しかし、近頃は消費者、メーカーともに飽食気味で、低価格帯の追い上げも凄まじいですし、無難なサウンドのイヤホンならいくらでも見つかる時代だと思います。このあいだネット掲示板で、中国のとあるイヤホンマニアの日常写真がアップされてましたが、あちらで多くのマニアは、店頭に並んでいる全ての高級イヤホン・高級DAPを買い揃えており、それらを自宅クローゼットに陳列して、毎日気分に応じて選んで使う、という人が急激に増えています。総額にしても数千万円くらいなので、高級車を一台買う程度の趣味です。これが一人や二人ではなく、数千人規模でいます。

そういった多くの消費者が、次にどのイヤホンを買おうかと考えると、全ての項目で平均点を取れるモデルではなく、もっと直感的に、これまでに無い圧倒的な体験を求めています。またメーカー側も、せっかく市場が需要に満ち溢れているのだから、微妙なファインチューニングではなく、今だからこそできる、イヤホンの新たな表現力の可能性を追求しようと技術開発を惜しみません。Atlasは、その結果生まれた非常識なモンスターなのだと思います。

Atlasを買うくらいなら、お金さえあればもっと他に買いたいイヤホンがある、なんて思っている人は、たぶん買うべきでないモデルです。Campfire Audioのラインナップでも、たとえばVegaやAndromedaの方が無難な選択です。ところが、もうすでに色々買ってみたけど、まだなにか足りないと思っている人こそ、Atlasを聴けば、その唯一無二の魅力の虜になってしまうと思います。