2020年10月18日日曜日

Cayin N3Pro 真空管DAPの試聴レビュー

 中国Cayinから新作DAP「N3Pro」が登場したので試聴してみました。

Cayin N3Pro

2020年9月発売、小型軽量で6万円という低価格ながら、真空管とトランジスターのサウンドを切り替えられる面白いDAPです。

Cayin N3Pro

最近急増してきた中国オーディオの中でも、Cayinというブランドは1993年にスピーカー用のアンプメーカーとして発足しているため、比較的老舗の部類に入ります。とくに真空管オーディオで有名なので、今回のDAPに真空管が搭載されているのも納得がいきます。

そもそも昨今の中国のポータブルオーディオブームというのはスマホなど電子機器産業からのスピンオフとして生まれた側面がありますが、Cayinはそれらのブーム以前から真面目にオーディオ製品に取り組んできた中華ブランドという点で極めて珍しい存在です。

Cayinの真空管スピーカーアンプ

当時のオーディオマニアのあいだでは、トランジスター(ソリッドステート)アンプでのハイエンドシステムとは別に、個性的な味わいのある真空管オーディオをサブ機として嗜むというのが一種のトレンドとして存在しており、そんな中で、手頃な価格帯でしっかりと作られているCayinのアンプは好評だった記憶があります。

思い返してみると、「中華オーディオ」を取り巻く状況というのは、スピーカーシステムがポータブルにシフトしただけで、内情はあまり大きく変わっていないように思えます。つまり、当時から、欧米や日本の一流有名ブランドと比べてお買い得感がありましたが、中国のオンラインショップやオークションサイトで販売されている最底辺の無名模造品はあまりにも粗悪で信頼性が低すぎる、そんな中で、Cayinのようにコストパフォーマンスが高く独自開発の実績があるブランドというのは存在感があり、メーカーとしても長続きしています。

据え置き型ヘッドホンアンプHA-6AとHA-300

長らくスピーカーオーディオをメインに開発してきたCayinですが、近年はそれらのデザインをベースに超高級ヘッドホンアンプも発売しており、好評を得ています。デザインも欧米のハイエンドブランドに負けないような洗練されたカッコよさですし、過去には他のブランド名でのOEM製造も行っているので、デザインに見覚えがある人もいるかもしれません。

12AU7・KT88という近代の王道設計で完璧を目指した「HA-6A」と、6SN7・300Bという中国で大人気の高級管設計の「HA-300」という、あえて二種類のヘッドホンアンプを販売していることも、さすがマニアの心情をよくわかっているメーカーだと思います(真空管マニアというのは、必ずどちらかの陣営に分かれるので)。

CayinはポータブルDAPには2013年に参入したので、同じく中国のFiioやiBassoと同期といえます。中国のDAPというのは分業制がしっかりしていて、インターフェースなど基礎設計の部分を他社と共用することが多いため、開発のフットワークが軽いというのが最大の魅力です。日本のメーカーがそれぞれ自社製にこだわって四苦八苦している隣で、中国ではコアシステムをOEMから買い付けて起動ロゴをカスタマイズする程度で済ませているため、参入のハードルが低く、特にCayinのようなオーディオ回路設計に特化したメーカーであれば、開発労力を音質部分のみに専念することができます。おかげで低価格でありながら音質に主張のあるDAPが続々と登場し、市場を盛り上げてくれています。

Cayin N6・N5・N8

これまでのCayinのDAPについて、個人差はあると思いますが、率直に「デザインがダサすぎる」というのが私の個人的な感想です。多くの中華ブランドはプロの産業デザイナーを雇ったり一流デザインオフィスに外注していないため、その分安く作れるという側面もあると思いますが、CayinのDAPは別格というか、「どうしてこうなった!?」と思わせる奇抜っぷりが、むしろ面白いです。

初期のCayin DAPを代表する「N6」(通称ドラム式洗濯機)はもちろんのこと、その後のカードラジオっぽい「N5」から、金ピカのVマークが目立つフラッグシップ「N8」まで、とにかく主張が強く、手書きのスケッチがそのまま商品化されたような個性派デザインばかりです。

Cayinもずいぶんカッコよくなりました

そんな歴史を経て、N3Proは一見ようやく普通のDAPっぽいデザインに到達した感じがあります。

ちなみに2017年に「N3」というモデルがありましたが、今作N3Proは同じ価格帯というだけでデザインの共通性はほぼ無い、全くの新作です。

Fiioと比較


N3Proの本体は比較的コンパクトで、63.5×115.2×18.9mmというと、AK SR25と同じくらいでしょうか。Fiio M6などと比べると厚いので、ポケットに入るか微妙なところです。写真ではFiio M11 PROとの比較です。

画面は上半分のみなので小さいです

普通のDAPなら、画面が4インチ・5インチなどで、サイズのおおよその見当がつくのですが、N3Proは下半分に真空管が配置されているため、画面は上半分だけの3.2インチ(480×360)と非常に小さいです。そのため、一応タッチスクリーンですがフルAndroidではなく、iPodや初期Fiioみたいな古典的なOSを搭載しています。OS開発もHibyということで、旧Fiio・Shanling・Questyleなどとほぼ一緒です。おかげでHibyLinkにも対応しているそうです。

真空管モードでのみ点灯

本体中央に窓があり、真空管モードではここがオレンジに光ります。

マイクロSDカードスロット

上面には何もありません

豊富な端子類

裏面

画面以外のデザインは極めてシンプルかつ王道で、本体左面にマイクロSDカードスロット、右面にボリュームとトランスポートボタン、下面にはUSB-C・3.5mmライン出力・3.5mmイヤホン出力・4.4mmバランス出力があります。

ちなみにバランス出力はトランジスターモード固定で、真空管モードが使えないので注意が必要です。

ボリュームとトランスポートボタン

ボリュームノブを押し込むと電源ボタンになります。ちょっとガタガタしているので、耐久性は不安です。その下の白いプリント絵柄とかが、やはりCayinらしいというか、余計なことをして安っぽく見える感じがします。それ以外は、高級というほどではありませんが、結構洗練されていて使いやすそうな印象です。

画面が小さいという理由もあると思いますが、個人的にN3Proで一番驚いたのが、その軽さです。スペックでは195gとありますが、数字以上に軽く感じます。

付属ケース

ラベルが隠れてどっちがライン出力かわかりません

このあたりの処理は良い感じです

Dignisっぽいグリル

付属ケースも、緑色というのは好みが分かれると思いますが、これくらい高品質ならわざわざ社外品ケースを買わなくても良いので嬉しいです。(初回特典もしくは販売店や国によってケース付属か別売か変わるようなので注意してください)。

ステッチや背面グリルなど明らかに近頃のDignisデザインに寄せた感じです。上位モデルのN6IIやN8ではDignis製ケースを販売しているのですが、こちらは一切表記が無いので、雰囲気を似せているだけでしょうか。こういうのは普通ならDignisブランドを尊重して、そっくり真似る事はしないと思うのですが、どうなんでしょう。

とは言っても、メタルグリルのところに大きく「Never be the Same Again」とスローガンがポップなフォントで刻印されており、やっぱりこのダサさがCayinらしいな、と一安心しました。iBassoとかもそうですが、最近は変な英語スローガンを入れるのが流行っているのでしょうか。(日本のメーカーも他人事ではありませんが)。冒頭の起動画面でもあるように、いたるところで目にします。

真空管オーディオ

N3Proの目玉である真空管回路についてですが、実際に真空管が使われるのはD/A変換後のプリアンプ回路のみで、その後のヘッドホンアンプにはオペアンプが使われています。

公式サイトのイラストによると、D/A変換は旭化成AK4493EQをデュアルで搭載、オペアンプLPFを経て、バランス信号はそのまま最終オペアンプに送られて4.4mmバランス出力になります。

一方3.5mmシングルエンド出力ではLPF後にオペアンプでシングルエンドに合成され、そこから真空管もしくはオペアンプバッファーを経て、最終オペアンプに送られる仕組みです。

つまり、真空管モードが活用されるのは3.5mmシングルエンドヘッドホン出力のみで、4.4mmバランスヘッドホン出力ではソリッドステート(トランジスター)出力のみに限定されます。ちなみにライン出力信号も上記オペアンプバッファーから取り出されるようなので、真空管プリアンプとしても使えないようです。

ヘッドホンアンプに使われているオペアンプは公式サイトには明記しておらず、広報写真も不鮮明でよくわからないのですが、16ピンSOICのようなので、TI THSシリーズとかでしょうか。なんにせよ、どのモードを選んだとしても、最終的なヘッドホンアンプ特性はこのICのスペックに依存することになります。

6418

肝心の真空管は6418というサブミニチュア五極管です。一般的なサイズの管で言うとEF86とかと同じような分類でしょうか。N3Proでは二本搭載していますが、12AU7のような双三極管と違い、左右でそれぞれ一本づつ、差動には四本必要になるので、N3Proは真空管モードでのバランス出力不可なのは納得できます。

6418はサブミニチュアだけあって、ヒーター1.25V、プレート15Vで0.6mW出力という非力な真空管なので、ライン信号ならまだしも、これでヘッドホンを駆動することはそもそも不可能です。トランジスター普及以前にポータブルラジオなどで使われていたのでしょう。

最近の小型真空管というとKorg Nutubeが有名で、Cayinも上位DAP N8にはNutubeを搭載していますが、流石に6418と比べると敷居が高いので、N3Proではあえて入門機として手頃な6418を選んだようです。Nutubeはバルクでも一本3000円程度するところ、6418なら200円程度です。ビンテージNOS真空管なんていうと聴こえは良いですが、要するに大昔に大量生産されたものが捨て値で処分されているので、魔法や伝説的な何かを期待するものではありません。

そもそも近年の真空管オーディオというのは、真空管を駆使して最高の測定スペックを目指すというわけではなく(それならトランジスターを使えば済むわけですし)、もっと素朴な定番回路を使って「真空管らしい」サウンドを演出することが求められているので、あえて高価な管を選んで使う必要はありません。あるとすれば、管ごとのばらつきは無視できないので、左右のゲインなどがしっかり合うように測定マッチングしたものが望ましく、とくに一流メーカーが古いNOS品を使う場合はそのあたりでコストをかけており、素人が真似できない部分です。(1000本買って、全て測定して相性ごとに選別するなど)。

N3Proは画面メニュー上から真空管のUL(ウルトラリニア)とTriode(三極管)モードを切り替えることができます。

どちらも回路の接続方法の話なのですが、ULは6418が五極管だから可能な方法で、プレートからオーディオ出力の一部をスクリーングリッド(三極管には無い)に戻す事で、いわゆるフィードバックを形成して、出力インピーダンスや歪み率を下げる手法です。出力の何%を戻すかなどは設計次第なので、ULと言っても色々な考え方があります。

三極管モードは、その名の通り、五極管の余計な部分を使わずに、一般的な三極管と同じように接続する方法です。つまり有名な12AU7などと同じような挙動になります。

どちらも実際にスピーカーやヘッドホンを駆動するパワー管であれば話は別ですが、N3Proのようにプリ管であれば、味付けや好みの違いで楽しむ程度の話です。もはや複雑な回路構成でスペック性能を競い合っていた時代ではないので、定番の真空管っぽいサウンドが出せれば、それぞれの優劣や詳細などを深く議論するのも無駄です。

ちなみにN3Proのバッテリー再生時間は、一般的な使用条件において、真空管モードもしくはバランスモードでは9時間、シングルエンドのソリッドステートモードで11時間だそうで、真空管だからといって、とりわけ電池の消費が激しいというわけでもなさそうです。

インターフェース

N3Proが近頃のライバルDAPと比べて弱点があるとすれば、やはりフルAndroid OSを搭載していない、つまりアプリインストールができない、という点が致命的だと思います。

Cayinはそもそもオーディオ機器メーカー(つまりポータブルガジェットメーカーとは違う)という自負が強いため、FLACが良い音で聴けれればそれで十分、という考えなのかもしれません。QuestyleのDAPとかも同様ですね。

実際フルAndroidと比べるとコスト削減できるので、同価格帯DAPと比べてもその分だけオーディオ回路に注力できるというメリットにもなります。(上位モデルN6II・N8などはしっかりAndroid OSです)。

ちなみにLDAC対応Bluetoothと、無線LANでHibyLinkが使えるそうですが、今回は試しませんでした。

Firmware 1.0だそうです

シンプルなインターフェースに関しては個人的にはそこまで不都合は無いのですが、今回N3Proを実際に使ってみて、レスポンスの遅さにはかなりイライラさせられました。

ファームウェアがまだVer. 1.0なので、今後アップデートで改善可能と言えるかもしれませんが、そもそも中身は大昔のFiioなどとほぼ同じものですから、2020年にもなって今更感があり、しかも当時と全く同じバグや不具合が多数確認できたのは残念です。

最近は「実機に触らずに、比較サイトでスペックだけ熟読して、ネットで購入する」という人が大多数なので、D/Aチップの銘柄やDSD256対応など紙面スペックの高さが強調され、こういった実際のユーザビリティ面がないがしろになっているのは仕方がないと思います。

同価格帯で、フルAndroidでない独自OSでも、Cowon Plenueシリーズとかの素晴らしいインターフェースを体験している身としては、N3Proに限らず、いいかげんDAPメーカーにはこの手の時代錯誤なインターフェースから卒業してもらいたいです。

ホーム画面
アルバムブラウザ

インターフェースの機能性に関しては必要十分なのですが、他社DAPと比べてとにかく挙動が遅いというのが一番の不満点です。遅いなら遅いなりに、Questyleみたいにテキスト表示にすれば潔くて説得力があるのですが、N3Proの場合、一見Androidみたいな見栄えの良さを演出することで、快適さが犠牲になっているようです。

ようするに、先読みやキャッシュ構築、タスクのバックグラウンド処理などが不十分で、多くのアクションにおいてSDカードへの読み込みが発生するため、挙動が不安定で、かなり待たされます。

たとえば、上の写真にあるアルバムブラウザ画面では、スクロール中にはジャケット絵は表示されず、指を離してから3秒ほど待つとようやく表示される(つまりキャッシュされておらず、毎回読み込まれる)、戻っても全部消えていて再度読み込まれる、といった感じで、聴きたいアルバムを探すときに一切役に立たないのが困ります。これも昔のFiioとかと全く同じで、懐かしくて笑ってしまいました。

また、特定のSDカードやフォーマットだと読み込みが極端に遅く、再生にも支障が出るというのも、昔のFiio DAPで遭遇したトラブルそのままで、まだ対策していなかったのかと驚かされました。私が普段DAP試聴のために使っているSamsung Evo Plus 128GBやSandisk Extreme Pro 256GBといった高速なマイクロSDカード(exFATフォーマット)でも、N3Proに入れるとアルバムスキャンに15分以上かかり、DSFファイルはどれを再生しても5秒毎にプチプチと音飛びが入ってしまい、まともに使えません。

他にも、たとえば1GB程度の長い曲(クラシックだと多い)の再生を開始すると、その後もバックグラウンドでカード読み込みが発生しているようで、すぐにフォルダーブラウズ画面に戻ると二重の読み込みについていけず、音飛びしはじめて、操作もカクカクして、結局システムがフリーズして再起動する、といった事も何度も起こりました。

10年前のガラケーやDAPならさておき、近頃はスマホの進化に合わせてDAPの高速SoCやメモリーもどんどん安価になっているので、さすがに2020年にもなって、たかが数千曲のアルバム観覧で苦しんだりクラッシュするような処理の遅さは失格だと思います。10年前のハードウェア性能に合わせて設計されたDAPインターフェースOSにあぐらをかいて、ユーザビリティ面において進化を行ってこなかった、という点が残念です。

結局、今回は32GBの小さなSDカードをFAT32でフォーマットして、楽曲も小さいファイルのみに厳選して、ようやく安定して鳴らせるようになりました。こういうので四苦八苦していた時代を思い出して、なんだか懐かしい気分です。

スワイプダウン

真空管モードを選ぶと五秒間待たされます

画面上端からスワイプすると、ゲイン切り替えやBluetoothなど、いくつかの設定が表示されます。このあたりはスマホっぽくて進化が感じられます。

ちなみにソリッドステートから真空管モードに切り替えると、五秒間のウォームアップ待ち時間が発生します。これはこれでギミックとして面白いと思います。

Music Setting

Music Setting

System Setting

各種設定は「Music Setting」と「System Setting」画面でそれぞれ行えます。このあたりの項目などは旧Fiioなどと一緒なので親近感があります。

N3Proに限った事ではありませんが、真空管モード切り替えなどは「画面上端スワイプ」からで、D/Aチップのフィルター切り替えは「Music Setting」からなど、機能が散らばっているのは使いづらいと思いました。それ以外はこれといって不満はありません。

トランスポートとして


N3ProはUSB OTGトランスポート機能もあるので、たとえばこのように外付けDACと接続することも可能です。とりわけ設定切り替えなどは必要無く、ただ挿せば音が鳴りました。

出力

いつもどおり、0dBFSの1kHzサイン波信号を再生しながらボリュームを上げていって歪みはじめる(>1%THD)最大出力電圧を測ってみました。

まずはバランス出力(ソリッドステートのみ)と、シングルエンドにてソリッドステート・UL・三極管接続、さらにライン出力の比較です。ソフト上のゲイン設定は「High」にしています。

ご覧の通り、バランス出力は16Vppというかなりの高電圧で、シングルエンドでのソリッドステートはその半分の8Vpp、さらに真空管ULモードはその半分の4Vpp、といった感じです。さらに三極管モードは若干低いです。真空管はプリ部ですから、設計次第ではプリ回路の出力を揃えて全て同じ出力ゲインにすることも可能だったと思いますが、あえて差をつけるような設計にしています。

なんにせよ、バランスで50Ω、シングルエンドで20Ω程度までしっかり最大ゲインで粘っているのが優秀です。

ちなみにライン出力はちゃんとライン信号専用に高インピーダンス設計にしているのが嬉しいです。無負荷時5.5Vppつまり2Vrmsです。

ボリュームを無負荷時1Vppに合わせて電圧の落ち込みを測ったグラフです。色分けは最初のグラフと同じです。やはり真空管とトランジスターを切り替えても、実際にヘッドホンを駆動するオペアンプは同じなので出力インピーダンスに違いがありません。ちなみにライン出力はボリューム固定なので1Vppに合わせられないため表示していません。

次に、バランスとシングルエンドのソリッドステートモードにて、ゲインをHigh・Med・Lowで切り替えてみました。真空管モードも似たような挙動だったので、グラフがゴチャゴチャしないよう表示していません。

ゲインを下げるごとに電圧が半分になる設計なのがわかります。つまりバランスのMidとシングルエンド・ソリッドステートのHighが同じで、バランスのLowとシングルエンド・ソリッドステートのMidと真空管ULのHighが同じ、なんて考えればわかりやすいです。

ちなみにグラフにはありませんが、ライン出力もゲイン切り替えが可能で、無負荷時Highが2Vrms、Medが1.5Vrms、Lowが1Vrms程度でした。

最後に、価格帯が近い他のDAPと比べてみました。それぞれ実線がバランスで破線がシングルエンドです。

こうやって比較すると、N3Proはかなり高出力であることがわかります。そこそこ鳴らしにくいヘッドホンとかでも、バランス出力なら十分いけそうです。16Vppというと、最近だとAK SE200やiFi Zen DACとかが近いでしょうか。

音質とか

今回の試聴では、普段から使い慣れているDita DreamやUltimate Ears RRイヤホンなどを主に使いました。

Dita Dream

UERR

Alphaレーベルから新譜で、Giovanni Antonini指揮ハイドン「天地創造」を聴いてみました。ハイドン生誕300周年の2032年までに全交響曲録音を目指す「Haydn 2032」プロジェクトから番外編としてのオラトリオです。

大編成の迫力、そして一流スター歌手陣を揃えるという点から、古くから名盤が多い作品ですが、今回の新譜も引けを取らず聴き応えがあります。古臭い重鈍な演奏や、ピリオド主義の乾いた演奏でもなく、力強い熱唱とドラマが今風で良い感じです。


N3Proの音質についてですが、まずソリッドステート、UL、三極管モードを切り替えると、それぞれサウンドが大幅に違うので、どんな楽曲でも、どんなイヤホン・ヘッドホンを使っていても、すぐ違いが体感できると思います。

つまり、D/Aチップのフィルターモード切り替えみたいな些細な変化ではなく、もっと根本的に鳴り方が変わります。音量も変わってしまうので、正確な聴き比べというのは難しいですが、適当にボリュームを上下してもサウンドの個性は健在なので、そこまでシビアに聴き比べなくとも、明らかな音色の変化が楽しめると思います。

このあたりは、単純にソリッドステートと真空管の違いというよりも、Cayinの音作りの手腕によるところで、あえてわかりやすく、それぞれの個性を強調するように仕上げているのだと思います。

とくにソリッドステートモードは、従来のCayin DAP(N5・N5IIなど)では、もっとホットでこってりした濃い味付けにしていて、「さすが真空管アンプで有名なCayinだけあって・・」と思わせるようなチューニングだったところ、今回N3Proでは、真空管モードとの差別化を図るために、もっとカッチリと鳴るトランジスターらしいサウンドに仕上げています。

N3Proのサウンドは、このようにモードごとに変わる部分と、さらに全モードで共通している部分とに分かれているように思います。

各モードごとのサウンドは後述しますが、まず全モードで共通していると感じたのは、解像感、空間の奥行きや立体感、そして特に低音の鳴り方といった部分でした。つまり、これらはD/AチップやヘッドホンアンプICに依存するという事でしょうか。

さらに言えば、この共通した部分において、やはり6万円台のDAPだという印象が感じられ、各メーカーのハイエンドDAPとの差が一番大きく現れていると思います。N3Proは小型軽量で、真空管が無ければもっと薄型コンパクトになっていたでしょうから、電源の安定性や回路の作り込みといった部分においても、10万円を超えるような大型DAPと比べると不利なのかもしれません。

解像感はそこまで高くなく、楽器の細かいディテールを分析するというよりは、太めの音色を楽しむような感じです。逆に言うと、アタックがそこまで強調されず、滑舌の不快な刺激であったり、ヴァイオリンなどのシャリシャリした薄さみたいなものは感じられないので、これはこれで安心して聴けるので良いです。低価格で高解像路線に仕上げると、どうしても音に深みが無い「スマホ感」が強まってしまいがちなので、高解像というのは、それ以外の要素もすべて満たしているハイエンドDAPでようやく目指すべき特性だと思います。

空間展開も、前後の奥行きみたいなものは感じられませんが、非常に安定していて、特定の帯域の音色が飛び出してきたり、不自然に捩れるような悪いクセはありません。こちらも、下手に広帯域・高解像ばかり目指すと不自然な(本来録音には無い)前後左右の広がりが生まれてしまう事が多いのですが、N3Proはそのあたりも破綻しないように仕上げています。

もっとハイエンドなDAPになれば、コンサートホール的な広大な空間展開や、リアルな音場配置を実現できたり、音色が濃厚で間近に迫るような迫力を演出するなど、それぞれ個性が強調されるのですが、N3Proではそこまでには至らず、ちょっと物足りないです。とくに試聴に使ったオラトリオだと、オペラ以上に歌手とオケのバランスや配置に気を使うので、そのへんはN3Proは破綻は少ないものの、ちょっと平面的でポップスっぽい印象になります。

個人的にN3Proで一番の弱点だと思えたのは低音の表現の乏しさです。どの楽曲の、どの楽器も、同じような丸く太い鳴り方をしてしまい、質感の違いがあまり伝わりません。音量的には十分バランス良く鳴っていて、音が軽いという事は一切ありませんが、質感の奥深さや、空間における立ち位置などがいまいち弱いです。地鳴りや地震のような効果は伝わりますが、どの楽器がどれくらいの編成で鳴らしているかといった情報は感じ取れません。

低音の表現力というのは、一般的に電源やアンプの余裕に依存するなんて言われますし、筐体の大きいDAPやポタアンなんかが有利な部分ですので、その点コンパクトなN3Proの得意分野ではないことは納得できます。他のメーカーの小型軽量DAPでも同じように弱点になりがちな部分です。

そんなわけで、全体的な傾向としては、6万円としては上手にまとめた、無難なDAPという印象のN3Proですが、肝心のソリッドステート・真空管モード切り替えによるサウンドの変化が大きいため、その土台としては必要十分な仕上がりと言えます。


ACTレーベルからAdam Baldych「Clouds」を聴いてみました。ジャズを中心にロックやワールド系クロスオーバーの多いレーベルですが、今作はヴァイオリン・チェロ・ピアノのトリオで、反復によるグルーブ感を楽しむミニマリズム的な作風です。

それぞれソロの美しさと、厚いハーモニーの浮遊感が絶妙に良いので、エレクトロ系とかが好きな人でも楽しめそうなアルバムです。


N3Proの各モード聴き比べは、まずソリッドステートモードから聴いてみると、十分な太さとクリアさを持った優秀な鳴り方で、イメージとしてはポタアンっぽい傾向があります。つまりスマホなどを補うブースター的な力強さがあり、とくにチェロの中低域において出音の押し引きの迫力が出せているので、ダイナミックで聴き応えがあります。同価格帯だとFiio M11PROよりもAK SR25寄りで、マイルド過ぎず派手すぎず、普段どおりの音楽がちょっとパワフルに鳴ってくれます。

やはり真空管との対比を強調させるためにも、あえて変な小細工は入れずにストレートな仕上がりを目指したように感じます。もし唯一これだけしか選べないDAPだったら、ちょっと無個性すぎて、もっとクセの強い別のDAPに目移りしてしまうと思うので、そのへんは上手に考えられてると思いますし、長く使う上では、むしろこのソリッドステートモードが「普通に良い」ということが、後々重宝されると思います。

4.4mmバランス出力もほぼ同じような傾向なので、個人的には、どうしても音量を稼ぎたい場合以外では、3.5mmシングルエンドで十分だと思いました。バランス出力というと、左右のクロストークが低減して、音場や音像の立体感が向上する傾向があると思いますが、そもそもN3Proはそういった部分があまり目立たないDAPなので、バランスで大きく変化するというようなことはありません。

もちろん4.4mmバランスケーブルが付属しているヘッドホンなら、使ってみる価値はあります。ただしバランスで出力電圧が二倍になっても、聴感上の音量が二倍になるわけではありませんから(そもそも二倍の音量という定義が不明瞭ですし)、過信は禁物です。


次に、真空管モードに移行してみますが、こちらもULと三極管モードで印象が大きく変わります。どちらが正解というものではなく、好みや雰囲気によって決めるべきで、二種類から選べるということに意義があります。

ULモードでは音の響きに厚みが増し、ソリッドステートモードと比べて音量のダイナミクスが圧縮されるような感じで、全ての音響が前面に敷き詰められるような豊かな表現になります。そのため、音数の多い交響曲の自然録音とかだと滲みすぎて不明瞭になりやすいですが、逆にポップスやロックの刺激を抑えて雰囲気を作り出してくれるので、真空管らしい豊かなサウンドが味わえます。

試聴に使ったアルバムでは、厚いハーモニーのレイヤーが堪能でき、穴がなく音の壁に覆い尽くされ、没頭するような聴き方ができます。他にも、たとえばロックの往年の名盤などで、CD化や近年のハイレゾ化で派手になりすぎて聴き疲れするという場合は、ULモードで聴くと、アナログレコードで聴いたような緩さや響きの余裕が増して、心地よい体験ができます。

三極管モードもダイナミクスが圧縮されるのは同じですが、ULモードとは違い、音がスリムになって、中低音も軽くなり、まるで音数が極端に減ったかのように、スッキリしたサウンドになります。その反面、鳴っている楽器の音色がとても艷やかでキラキラしている美音に変身します。これは一般的に三極管接続の真空管アンプの特徴に通づるので、さすが真空管アンプに精通したCayinらしいです。

普段の高性能トランジスターアンプをレファレンスとして比べてしまうと、三極管モードはなにか音楽情報が削除されているような不安も浮かぶのですが、これは全くの別物として、意識を切り替えて聴いてみると、その魅力が際立ちます。とりわけボーカルや、シンプルな構成のヴァイオリンとピアノのような生楽器演奏など、一点集中で、聴くべき楽器が定まっている音楽の場合は、余計な音響に翻弄されることなく、音色の豊かな倍音とはっきりした存在感が楽しめます。私の身の回りでも、特定の歌手のファンであるとか、音色の美しさを追求したい人は三極管接続のアンプを好んでいるようです。

そもそも三極管接続オーディオアンプの不完全さから、以降どんどんアンプは複雑化・高性能化していったわけですが、それでも三極管接続だけでしか味わえない独自の魅力があるということで、現在でもニッチなジャンルとして存在し続けているわけで、その雰囲気を手軽に体験できるという点ではN3Proは有意義です。(これで気に入ったなら、Cayin HA-6Aという据え置きアンプを聴いてみる価値があります)。

ちなみに真空管接続モード切り替えは、iFi Audio Pro iDSDというヘッドホンアンプでも似たようなギミックがあり、それぞれのサウンドが変化する傾向もよく似ています。Pro iDSDは30万円超の高級据え置き型アンプで、安価な小型ポータブル機では真空管を導入していないため、その点N3ProはPro iDSDと同じような遊び方をずっと低価格でできるというユニークな魅力があります。これは「ヘッドホンアンプなんて、音量さえ出せれば、どれも一緒」なんて思っている人にとっては有意義な体験になると思います。

Audeze LCD-1

Grado RS-2e

ソリッドステート・真空管モード切り替えは、IEMイヤホンとかでも十分に楽しめますが、個人的に特にヘッドホンとの相性が良いと思いました。

たとえば上の写真のAudeze LCD-1のような平面駆動型ヘッドホン(他にもFostex RPシリーズなど)はスマホや下手なアンプで鳴らすとスカスカで物足りないサウンドになりがちです。N3Proを使うことで、バランス出力の高電圧ゲイン、ソリッドステート・UL・三極管と、それぞれどんな鳴り方になるか手軽に切り替えて聴き比べができるので、自分の好みを把握するのに役に立ちますし、必ずしも正解は一つではないという事も理解できるようになります。

また、Gradoとの相性が良いのも嬉しいです。こちらもアンプとの相性が悪いと派手で耳障りなサウンドになりがちで、中域の美しさを引き出すためにはそこそこ良いアンプが求められるのですが、N3ProのULモードでまったり美音に包み込まれるもよし、三極管モードで耳障りな音を排除してボーカルに専念するもよしで、Gradoの魅力が堪能できます。Gradoは特に能率が高く音量が出しやすいヘッドホンなので、高価だからという理由だけでむやみにパワフルなアンプを使うとむしろ押しが強すぎてうるさくなり、逆効果になる場合があります。

このように、すでに個性的なイヤホン・ヘッドホンをいくつか所有している人でも、それぞれモード切り替えで新たな魅力や楽しみ方を発見できるという点でも、N3Proは単なる入門機ではない面白さがあります。

おわりに

Cayin N3Pro DAPは6万円程度という低価格なわりに、真空管とトランジスターの違いがちゃんと聴き分けられる優秀なDAPでした。バランス出力での高出力ぶりも魅力です。

さすがCayinだけあって、サウンド設計においてはベテランとしての実力をしっかりと見せつけてくれます。機能性では同価格帯のライバルと比べると一歩劣るかもしれませんが、サウンドは群を抜いて優れていると思います。

6万円くらいのDAPというと、他社製品ではどうしても機能重視でサウンドが薄く退屈な傾向があり、「これならスマホでもいいか」と思えてしまうところ、Cayinはしっかり聴きごたえのある力強いサウンドに仕上げており、さらに、過去のCayin DAPは逆にホット過ぎて飽きてくる感じもありましたが、そのあたりもN3Proでは上手にまとめています。

最高級クラスのDAPと比べると、空間表現などで一歩劣りますが、一方で真空管の魅力はユニークなので、すでに優れた上級DAPを持っている人でも、それとは違う面白いサウンドが楽しめるサブ機として手に入れる価値があります。特に上級DAPになると重厚巨大で携帯しづらいモデルが多いですから、その点N3Proのコンパクトな軽さは役に立つ場面が多いと思います。サブ機として考えるなら、メインのDAPと似ている劣化版を買うよりも、あえてN3Proのように根本的に違うサウンドが楽しめる方が、使い分けが楽くなります。

個人的にサウンド面では気に入ったので購入も考えたのですが、インターフェースの遅さや不安定さに尻込みしてしまいました。その点はファームウェア更新で改善されるのか、今後の進展に期待したいところです。操作性の快適さというと、高級品ならもちろんAKが代表的ですが、安価なモデルでもソニーAシリーズとかPlenueなど良い手本があります。それら日本や韓国のDAPメーカーと比べると、なぜか中国のメーカーはUIユーザビリティを重んじていないという点で、いつまでも未熟な安物というイメージがつきまとってしまいます。奇抜な新作を乱発するよりは、むしろそっちに注力したほうが私も買う気が出るのですが、大多数の消費者にとってはどうでも良い事なのでしょうか。

なんにせよ、N3Proの真空管とトランジスターを切り替えられるというのは、奇抜さだけでなく十分実用的な機能です。最近はAK SE200では二種類のD/Aチップを切り替えるといったギミックがありましたし、一台で複数のスタイルを「聴き比べ」できるというのがトレンドになっているようです。

それまで高価なDAPを横目で見て「本当に音がよくなっているのか?」と疑念を抱いていた人であっても、このように手軽にわかりやすく音の違いが聴き取れるとなれば説得力があり、さらに、違いがわかるという事に対しての心理的な優越感や満足感が生まれるというのが大事です。また、些細な音質の差であれこれ何台も買い集めるよりは、こうやって一台で色々と遊べた方が、飽きずに末永く使えそうです。