2021年2月9日火曜日

Campfire Audio Vega 2020 & Dorado 2020 イヤホンの試聴レビュー

 アメリカのCampfire Audioから新作イヤホンVega 2020とDorado 2020を聴いてみたので、感想を書いておきます。

Campfire Audio Vega 2020 & Dorado 2020

どちらも2016年に発売した初代モデルと同じ名前ですが、フルモデルチェンジを果たして再登場しました。そのため名前に2020と付いています。

Vega 2020はシングルダイナミック、Dorado 2020は1BA+1DDハイブリッドで、どちらも焼結ジルコニア・セラミックハウジングを採用している点がユニークです。

VegaとDorado

今回試聴したのはシングルダイナミック型で約10万円のVega 2020と、さらにBAドライバーが一基追加されたハイブリッド型で約13万円のDorado 2020です。

Vega 2020

Dorado 2020

両者のハウジング形状は一緒で、ケーブルもMMCXコネクターの銀メッキ銅線「Smoky Litz」ケーブルが付属しています。

2016年のLyra II、Vega、Dorado

ハウジング形状は2016年に登場した初代シリーズとほぼ同じようですが、以前は上面にあった通気孔が側面に移動しています。出音ノズルも新型は銀色に輝き美しいです。

ところで、2016年に発売した初代VegaとDoradoは、どちらも個人的にかなり印象に残っているモデルです。

まず2015年にLyraというダイナミック型イヤホンが登場し、Vegaはその上位モデルとして一年後に登場しました。個人的にLyraのサウンドはかなり気に入っていたものの、同時期に出ていたベイヤーT8iEやゼンハイザーIE800などのライバルと比べて「あとちょっとのところで惜しい」という印象を持っていたところに上位のVegaが登場したため、期待が膨らみました。

初代Doradoの方も、Campfire Audio初のハイブリッド型として、すでにJupiterやAndromedaなどのモデルで定評のあったBA型の高音と、Lyraで好印象だったダイナミックの低音が融合することで、ハイブリッドらしい広帯域で豊かなサウンドを実現してくれました。

結果として、どちらもかなり好評だったようで、Campfire Audioとしても、それまでのマルチBA型だけのブランドイメージからの脱却する転機になったと思います。以降PolarisやSolarisなど優れたハイブリッド型モデルが続々登場しており、これらもヒット作になっています。

ドライバー

今回の新型Vega 2020とDorado 2020は単なる初代モデルのリフレッシュというわけではなく、搭載ドライバーとハウジング設計の両方で、全くの別物と言えるくらいの大きな変更が行われています。

まずドライバーの方は、初代ではどちらも8.5mmダイナミックドライバーを搭載していたところ、新型では10mmに拡大されています。

これまでのモデルを発売順に見ると、2015年に最初のダイナミック型Lyraから、Vega、Dorado、そして2017年のPolarisまでが8.5mmドライバーを使っていて、同年に登場したシングルダイナミック型Atlasで10mmドライバーに世代交代、2018年のハイブリッド型Solarisも10mmドライバーを搭載しています。

もちろんそれぞれハウジング素材や音響設計が違うので、ドライバーの直径が同じだからといって同じ音になるとは限りません。

ちなみに、ドライバー径が大きいほど音が良いと勘違いしている人もいますが、そんな単純な話ではありません。たしかに同じ振幅なら振動板の直径が大きいほど空気を押し出す量が増えるので、低音の量感が出しやすいなどのメリットはありますが、ただ大きくしただけでは振動板が歪みやすく、音も歪みやすくなります。歪まないように振動板を厚くするなど剛性を高めると、重くなりすぎて動きが鈍くなりますし、さらにイヤホンの小さなハウジング内では、あまりドライバーを大きくしすぎても拡散した響きの制御が難しくなります。

そのため、ゼンハイザーIE800SやFinal Eシリーズなどはあえて6~8mm程度の高振幅小型ドライバーを採用することで歪みの少ない正確で繊細なサウンドを目指していますし、逆にソニーEX1000のように16mmの巨大ドライバーを奇抜なハウジングに詰め込む手法もありますが、一般的なダイナミック型イヤホンというと、ほぼどのメーカーも10mm程度に落ち着いているようです。

ドライバーを大きくするには、振動板が歪まないよう硬くする必要があり、しかも重くなってはいけない、という矛盾した性質が求められるので、Campfire Audioは初代VegaからDLCというダイヤのような素材を薄膜コーティングする手法を採用しています。金属などを蒸着すると、どうしてもサウンドに金属特有のクセや響きが乗ってしまいがちですが、DLCはガラスやセラミックのようなアモルファス素材なので、そのようなクセが少ないというメリットがあります。今回のVega 2020、Dorado 2020も振動板にDLCコーティングが施されています。

Dorado 2020

Dorado 2020はVega 2020の基本デザインを元に、さらにBAドライバーを追加したハイブリッド型です。両者はインピーダンスが違うので、全く同じダイナミックドライバーというわけではないようです。

ちなみに初代Doradoは1DD + 2BA構成だったのですが、Dorado 2020は1DD + 1BAに変更されました。単純に考えると、ダイナミックドライバーの性能が向上して広帯域になったことで、BAに求められる役割が軽減された、もしくは逆に、BAドライバーの性能が向上したことで、1BAで2BA分の役割を果たしてくれるようになったのかもしれません。

初代Dorado(左)はノズルがかなり長く太かったです

初代Doradoでは、ダイナミックドライバーの前方に二つのBAドライバーを詰め込んでいたので、出音ノズル部分がかなり太く長くなってしまい、音響やフィット感に大きな影響を与えてしまったのですが、Dorado 2020ではBAが一つになったことでノズルにスッキリと収まるようになりました。

中心にBAドライバーが見えます

Dorado 2020の出音グリルをよく見ると、ノズル内の中央にBAドライバーが配置されている事が確認できます。ようするに64AudioのTiaドライバーと似たような手法ですね。ダイナミックドライバーとBAが同軸の直線状に配置されることで音響上のメリットもあるのかもしれません。

ハウジング

今回Vega 2020とDorado 2020のどちらもセラミックハウジングを採用している事はとても興味深いです。

セラミックハウジングというと、2015年のLyraというモデルが発売当初はセラミックだったのですが、あまりにも製造が困難(割れやすく、歩留まりが悪い)ということで、すぐに生産終了となった事がありました。

2017年のVegaでは、セラミック切削ではなく、Liquid metalというアモルファス金属(金属ガラス)によるハウジングに変更され、Lyraもこの素材を使ったLyra IIとして再登場しました。これはオーブン程度の低温で鋳造できる新素材ということで、イヤホンハウジングの少量バッチ生産に向いているため注目されました。

セラミック

Vega 2020とDorado 2020ではLiquid metalではなく、新たに焼結セラミックが採用されました。特にVega 2020の方はまるで陶磁器のような白色でツルツルした質感なので、明らかにセラミックっぽいです。出音ノズル部品のみ金属製だそうです。

セラミックのブロックから切削するのではなく、ジルコニアの粉末をイヤホンハウジングの金型に高温高圧で長時間圧縮することで成形します。それを研磨することで光沢のある美しい仕上がりになっています。

金属っぽいですが、こちらもセラミックだそうです

イヤホンのハウジングというのは、特にダイナミックドライバーの場合、発せられた音が反響するため、内部の形状や素材の振動特性が極めて重要です。

ちなみにBA型の場合はBAドライバーから出音ノズルまでチューブを通している事が多いため、ハウジングのデザインや素材はそこまで重要視されていません。

ダイナミック型のハウジングに求められる特性としては、響きが長引かず、特定の帯域だけを強調するような「鳴り」が少ない事が望ましいです。金属やプラスチックなどだと、それぞれ独特の共鳴のような響きが聴こえてしまうため(意図的にそれで音色の味付けをするテクニックもありますが)、その点セラミックは理想的な素材です。

実際どのような素材が優れているのかというのは諸説あると思いますが、今回のような焼結セラミックを研磨するという手法は他のイヤホンメーカーでは安易に真似できません。

ちなみに、削り出しと比べて、今回のような焼結のメリットとして、金型を使うため、比較的複雑な内部構造を作り出せるという点があります。つまり、楽器のボディのように、内部の音響特性を配慮した形状が作れます。

たとえば、従来の1DD+1BAハイブリッドのPolarisというモデルの場合、マルチBA型のAndromedaなどと同じアルミ削り出しハウジングを流用することでコストを下げていましたが、中はただの空洞なので、そのままダイナミックドライバーを詰め込んでも音響特性が悪くなってしまいます。そのためPolarisではアルミハウジングの中にもうひとつ3Dプリンター製の音響ハウジングを設けて、その中にダイナミックドライバーを搭載する二重箱構造のPolarity Tuned Chamberという設計になっていました。

一方Vega 2020やDorado 2020では、セラミックハウジング自体がその役目を果たしてくれるため、ダイナミックドライバーをそのまま搭載するような設計になっています。

ちなみに形状の自由度でいえば3Dプリンターが一番優れているのですが、現状ではセラミックの3Dプリンターはまだ精度や素材の選択肢などに課題があるようです。そのため3Dプリンター製イヤホンというと、一般的にはプラスチック、もうちょっと高価なものだとチタンなどの合金が主流です。

このあたりの材料工学はものすごいペースで進化していますし、たとえばカスタムIEMメーカーでも、耳鼻科で耳型をとって郵送するのではなく、3Dスキャンデータを送信するだけでカスタムIEMを作ってくれるところも増えてきましたので、近い将来、手軽にセラミック3Dプリンターで自宅でカスタムIEMシェルが作れるなんて時代が来るのかもしれません。

ケーブル

Campfire Audioのイヤホンはいつも高品質なケーブルを付属してくれるのがありがたいです。

付属ケーブル

他社のイヤホンだと、付属ケーブルがショボすぎて社外品にアップグレードするはめになり、結局余計な出費になってしまう事がよくあるのですが、Campfireの場合は付属ケーブルのままで十分満足できています。2016年に買った初代Andromedaなんかも、色々と社外品アップグレードケーブルを試してきたものの、結局今でも純正付属ケーブルを使い続けています。

ちなみにもっとケーブルにこだわりたい人のために、Campfire Audio公式でも何種類かアップグレードケーブルを別売しています。

MMCXコネクター

今回Vega 2020・Dorado 2020に付属しているケーブルはSmoky Litzケーブルというタイプで、銀メッキ銅のリッツ線です。ちなみにAndromedaなどに付属していたLitz Cableと同じもので外皮がグレーになっただけのようです。

ケーブル自体が非常に細く柔軟で、MMCXコネクター部分もコンパクトな形状なので、フィット感も軽快で良好です。

MMCXなので、もちろん他のケーブルに交換する事も可能ですし、ShureやiBassoなどが出しているアダプターを使って完全ワイヤレス化することもできます。

イヤホン本体はセラミックなのでそこそこ重量がありますが、一般的な高級イヤホンと比べて比較的コンパクトですし、ノズル部分も長めなので、イヤピースさえ自分に合ったものを見つければ、フィット感は良いです。基本的にイヤピースとケーブルの耳掛けで支持するような形で、イヤホン本体が耳にピッタリ沿って密着するようなデザインではないので、装着の相性や個人差は少ないと思います。

インピーダンス

最近のCampfire Audioイヤホンとインピーダンスを比較してみました。

まずVega 2020はシングルダイナミックだけあってインピーダンスグラフがほぼ横一直線です。5.5kHz付近に若干の山があります。

公式サイトよりVega 2020のスペック

ところで、Campfire Audioの米公式サイトのスペックを見ると、Vega 2020は36Ω、Dorado 2020は10Ωと書いてあります(どちらも1kHzにて)。奇遇なのか不明ですが、私の実測はどちらも公式数値の約半分という変な結果になりました。

あまりにも極端な差なので、テスターでDC抵抗も測ってみたところ、そちらも私のインピーダンス測定と同じ結果になったので、公式の数値が怪しいです。ちなみにPolaris 2は公式ページで17Ωと書いてあり、そちらは私の実測とほぼ合っています。どうなってるんでしょうね。

なんにせよ、私の測った数値で比較してみると、Vega 2020のインピーダンスはクロスオーバー付近まではPolaris 2と似たようなインピーダンスなので、ダイナミックドライバーの特性が似ているのかも知れません。

Dorado 2020は同じ1DD+1BAのPolaris 2と比べてみると、クロスオーバーやBAドライバー側の特性似ているのに、Polaris 2のダイナミックドライバー側はどちらかというとVega 2020寄りなのが面白いですね。

どちらにせよ、5BAのAndromeda 2020と比べるとインピーダンスのアップダウンは激しくありませんが、特にDorado 2020は可聴帯域のインピーダンスが5Ω程度とずいぶん低いため、駆動するアンプの出力特性には気をつける必要がありそうです。

音質とか

今回の試聴では、普段から使い慣れているHiby R6PRO DAPと、Chord Hugo TT2ヘッドホンアンプを使ってみました。

Hiby R6PRO

Chord Hugo TT2

Campfire Audioのイヤホンは総じて能率が高く、鳴らしやすいので、音量に関しては一般的なDAPやスマホアダプターなどでも問題ありません。今回Vega 2020とDorado 2020ではほぼ同じくらいの音量が得られました。ダイナミックドライバーですし、Andromedaほど感度は高くないので、アンプのバックグラウンドノイズなどもそこまで気にならないと思います。

ちなみにCampfire Audio公式スペックでは94dB SPLと書いてありますが、よく見ると94dB/mWや94dB/Vではなく、Vega 2020は94dBPL @ 1kHz 19.86 mVrms、Dorado 2020は18.52 mVrmsと書いてあります。つまり、94dB SPLを得るために必要な電圧という意味です。個人的にはこの方が直感的にわかりやすく理に適っていると思うのですが、他社の94dB/mWなどとは直接比較できませんので、あまり参考にはなりません。(変換するにも、そもそも実測と公証インピーダンスのどちらを計算式に使うべきか悩みます)。

Azla Sedna

Final

シリコンイヤピースはAzla SednaとFinalを使ってみました。フィット感や音質で各自好みのものを選ぶべきです。

上の写真で見てわかるように、イヤピースの形状によって、出音グリルの一部が隠れてしまったり、鼓膜までの距離が大きく変わってしまいます。たとえばAzlaだと開口は広いけれど距離は遠い、Finalは開口が狭いけれど距離は近い、といった感じです。

Vega 2020

まずVega 2020の方から試聴してみました。こちらはシングルダイナミック型らしく、低音から高音まで可聴帯域全体がしっかり鳴っていて、不自然な山や谷、もしくは捻れるような違和感が少ない、とても安心して楽しめるサウンドです。

初代Vegaと比べると、高音の硬さというか、アタックの刺激がずいぶん目立たなくなり、派手すぎるような不快感はほぼありません。イメージとしては、最初からエージングされているような感じで、どちらかというとLyraが進化したような印象に近いです。初代Lyraはベリリウムコーティングでマイルドな傾向、VegaはDLCコーティングで硬く鋭い、というイメージだったのですが、今回Vega 2020はそれらのちょうど中間のような良い具合に収まりました。

たぶんDLCコーティングによるカッチリした鳴り方と、振動板サイズが大きくなった事による中低域の豊かさによる絶妙なバランスがとれて、全体的に充実感が増したように感じられるのでしょう。

Vega 2020の最大の魅力は、中低域から中高域にかけて、つまり歌手や楽器の一番重要な部分に変なクセが無い事です。どちらかというとベイヤーT9iEとかと似ている感じでしょうか。IE800SやDita、Final各種のようなシングルダイナミック型とは方向性が違います。

ほどよい太さのおかげで鳴り方が極めて自然で、音色を構成する要素に明らかな穴が無いため、音像が厚く豊かに、力強く表現してくれます。このあたりの作り方が下手なイヤホンだと、たとえ高解像っぽく感じても、歌手の声が不自然に掠れたり、息継ぎが目立ったりなど耳障りに感じたりします。Vega 2020はそういった違和感が少ないため、たとえばボーカルを味わいたい人には最適なイヤホンです。

同じ10mmシングルダイナミック型のAtlasと比べてみると、Vega 2020の方が落ち着いていて汎用性が高いです。Atlasは縦長の大きなステンレス製ハウジングの空間を存分に使う事で、かなり派手で迫力のあるサウンドを生み出していましたが、一方Vega 2020はもうちょっとドライバー単体のサウンドを尊重して、ハウジングによる演出は控えめに仕上げています。ボーカル重視だとAtlasではちょっと押しが強すぎるので、Vega 2020の方が良いと思いますが、激しいロックのパワーを体感するならAtlasの方が満足感はあります。

次はVega 2020の欠点や弱点についても書こうと思ったのですが、実はこれがDorado 2020と共通している部分が多かったため、まずはDorado 2020についての感想を書いた後に、両方の弱点をまとめてみようと思います。

Dorado 2020

Dorado 2020は一見Vega 2020にBAドライバーの高音を追加しただけかと思っていたのですが、実際のサウンドは想像と大きく異なります。

ダイナミックドライバーがVega 2020ほど広帯域な感じではなく、低音のパンチというか、音圧がくっきり出るように仕上がっており、BAドライバーも刺激的です。つまり典型的な2WAYっぽいV字ドンシャリといった具合です。

先程のインピーダンスグラフを見るとクロスオーバーは5kHzくらいに見えますが、実際に聴いてみると、その付近にはそこまで目立った違和感はありません。しかし、1kHz以下くらいに弱い部分が感じられ、たとえば男性ボーカルとかはVega 2020と比べると若干詰まったように聴こえます。

BAドライバーのおかげで高音はクッキリしています。ただし、BAとダイナミックドライバーを同じハウジング空間内で鳴らしているためか、音の繋がりは良く、下手な2WAYでありがちな位相が捻れているような違和感はありませんし、BAっぽいシュワシュワした鳴り方もしません。やはり64AudioのTiaドライバーと雰囲気的にも近いものを感じます。

Vega 2020をある程度聴いてからDorado 2020に代えてみると、特にドラムのハイハットなど高音の刺激が目立ちます。ただし、プレゼンス帯というよりは、もっと高音全体の広い帯域が強調されているので、不自然さや不快感はありません。むしろマルチBAに慣れている人はこれくらい刺激的な方が良いかもしれません。ダイナミックの低音とBAの高音で、あえてVega 2020との差別化という意味でも、ハイブリッド2WAYらしいサウンドを意図的に狙ったような作風です。

Vega 2020とDorado 2020に共通する弱点、というよりも個性と言ったほうが良いのかもしれませんが、少なくとも、今回私が購入を見送ったのには明確な理由があります。

どちらのモデルも、音像の太さや鮮やかさは優秀なのですが、全ての音がかなり間近で鳴っており、奥行きの再現が乏しく、平面的に聴こえます。空間音響が優れている録音を聴いても、それを引き出す事ができません。とくに私はクラシックとジャズの生録音ばかり聴いているため、これはかなり致命的だと思いました。

背後にあるべき楽器や音響がメインの歌手や楽器と同じ距離感で聴こえるため、音が混雑してしまいます。特にクラシックなど100人規模の演奏になると、奥行きによる分離が不十分で、厚いカーテンのような鳴り方になってしまいます。

また、ステレオのピアノ録音とかを聴くと、空間表現が優れたイヤホンであれば、ピアノの音像は前方の視野角(左右30°くらいの範囲)で奥行きのあるリアルな音像を形成してくれるのですが、Vega 2020とDorado 2020ではそうではなく、左右耳穴の間近から頭内を通るような感触です。

イヤホンごとにこのような音場展開の感覚に差が生まれる理由はドライバーのマッチングやハウジング内部の音響設計、排圧ダクト位置など、様々な要素の複合的な影響によるものですし、イヤピースの種類や挿入角度によっても若干変わる場合もありますが、今回は色々試してみてもあまり大きく改善しませんでした。

左右のステレオ感は十分広いので、たとえばバンドのスタジオミックスで、各メンバーがステレオで割り振られている場合(つまり前後の奥行きを必要としない場合)、音像が細いイヤホンだと余白が目立ってスカスカに聴こえてしまうのですが、Vega 2020、Dorado 2020であれば、音像が間近で鮮やかに鳴ってくれるため充実した鳴り方で楽しめます。

おわりに

今回試聴したVega 2020、Dorado 2020の二作は、どちらもこれまでのCampfire Audioイヤホンの順当な進化型という印象を受けました。

Vega 2020はLyra、Vega、Atlasの流れを継承して、それぞれの良い部分を融合させたようなバランスの良い仕上がりです。Dorado 2020はDorado、Polarisなどでハイブリッド設計を試行錯誤した末にたどり着いた、ハイブリッドらしいサウンドに磨きがかかり洗練された作品です。どちらもCampfire Audioが目指すデザインやサウンドに収束してきたようで、とりわけクセや違和感が無く、ボーカルがしっかり楽しめるのが魅力的です。

Dorado 2020の方がBAドライバーの分だけ若干高価ですが、サウンドの優劣はつけがたく、たとえばレンジが狭い古いアナログ作品ならVega 2020、ハイファイ調で打ち込みを多用する作品を聴くならDorado 2020との相性が良いと思います。

昨年のAraやSolarisなどに続いて、今回の二作品を聴いてみても、やはりCampfire Audioのサウンドというのは独特で「我が道を行く」という印象を受けました。多分開発者の個人的な趣味趣向なのだと思いますが、明らかにロックなどを中心に、メイン楽器やボーカルの聴き応えを重視した力強いサウンドです。

そんな作風が自分の趣味とマッチしていれば、新型が出るたびに着々と進化している事に喜びを感じますし、逆に自分の好みと合わなければ、どのモデルを試してみてもダメかもしれません。

例外として2016年の5BA型Andromedaが挙げられ、前方空間にフワッと広がる空気感が素晴らしい傑作だと思うのですが、それ以降に登場した後継機や改良版Andormeda SEやAraなどが総じてAndromedaの良さを潰して、Campfire Audioらしい間近のインパクトの強いサウンドに作り直そうとしているように感じられることからも、やはりCampfire Audioの目指している方向性というものが伺えます。

一つのメーカーの中でも、音像重視であったり、空間の再現性重視であったり、様々な方向性のモデルがあっても良いと思うのですが、Campfire Audioの場合は多分開発者自身が聴く音楽ジャンルが決まっており、クラシックのコンサートホールDSD録音とかに興味が無いのだろうと思います。

もし空間の再現性が優れたイヤホンが欲しいなら、高価なモデルでなくても、たとえばFinal E5000なんかは非常に優秀だと思いますが、そのE5000にVega 2020ほどの音像の力強い充実感を求める事もできません。つまり両極端という事です。

別の言い方をするなら、Vega 2020はそれらを両立するまでには至っていないため、私としてはメインイヤホンとして使うには不十分な、惜しい作品だと思いました。デザインや装着感はとても気に入っているのですが、買ったところで、たまに音を鳴らして満足するような嗜好品になってしまいそうだったので購入は断念しました。そういった意味ではJVCのウッドシリーズなんかと立場が似ているかもしれません。

そんなわけで、Vega 2020とDorado 2020のどちらも、一張羅のメインイヤホンとして全てを求めるのであればオススメできませんが、そういうのはまた別のイヤホン・ヘッドホンに任せて、あくまで嗜好品と割り切って購入したくなる魅力的な商品です。早めに買っておかないと、ロット製造なので、すぐに生産終了になってしまうのもCampfire Audioの魅力です。

そうと決まれば、まず手始めにDorado 2020を聴いてみて、低音や高音が目立ちすぎるならVega 2020、もっと緻密で繊細ならAra/Andromeda 2020、 ワイルドさならAtlas/Solarisといった具合に、方向性に応じて自分の好みが見つかるようにラインナップが展開されています。それもCampfire Audioという統一したサウンドの世界観があるからこそ、それのバリエーションや進化を楽しめるわけで、他のありふれたイヤホンメーカーとは一線を画する凄いブランド力だと思います。