2021年1月27日水曜日

2020年によく聴いたジャズの高音質新作アルバム

 前回は2020年のクラシックアルバムだったので、今回はジャズです。


ジャズはクラシックほど新譜の数が多くないので、そこまで長話にはならないと思います。それでもそこそこ良いアルバムがいくつかあったので、興味があれば聴いてもらえると嬉しいです。

2020年のジャズ

2020年のジャズについて振り返ってみると、全てにおいて混沌とした一年でした。

コロナの影響はあったものの、新作リリースはそこそこ好調でだったのですが、作る側、売る側、買う側の形態が多方面に広がりすぎて、熱心なジャズファンであってもリリースを把握するのが難しく、「実はもっと凄いアルバムが出ているのに知らないだけかも」という不安も残ります。

幸いな事に、今回紹介したアルバムの大半はAmazon Musicなどのストリーミングサービスでも聴くことができます。高音質アルバムはぜひロスレスで(可能であればハイレゾで)聴いてみてください。

しかし、これらのアルバムを発見するのが大変です。ストリーミングサービスで「ジャズ」ジャンルを表示してみればわかると思いますが、ほとんどの作品はブルーノートなど過去名盤か、ラウンジ・ニュージャズみたいな「ジャズ風」のエレクトロ、もしくは「スムーズなピアノジャズ・ベスト50」みたいなBGM用のコンピ盤で、実際の優れた新譜はフィーチャーすらされません。

そんな中で、私の買い方は最近のジャズファンとしては一般的な感じだと思います。まずDownBeat、JazzTimesなどの専門誌やジャズ専門レコード店などで新譜レビューをチェックします。好きなアーティストがいればアーティストのFacebookなども有効です。そしてYoutubeやストリーミングでプレビューを聴いてみてから、気に入ったものを大手ダウンロードサイト、Bandcamp、レーベル公式サイトなどを巡回してFLACファイルを探して買うか、お店でCDを購入するという流れです。

毎度のことながら、よくこんな面倒な事をやってるな、と思うのですが、そこまでしないと発見できなかった優れたアーティストやアルバムが沢山存在することを知っているからこそ、やる気も出るというものです。

今回は新譜を紹介する前に、最近のジャズの業態についてちょっと考えてみたいと思います。

ジャズミュージシャン

近頃は一流ジャズミュージシャンでもレーベルとの専属契約ではなくフリーランス活動が一般的です。そのため自身のリーダー作以外でも、色々なセッションにサポートとして飛び入りしているのもジャズの楽しみの一つです。

本格派のジャズといえば、あいかわらず、レギュラーバンドを組んで街から街へとジャズバーやジャズフェスティバルを渡り歩き、その過程で培ってきたレパートリーをニューヨークのライブやスタジオセッションでレコーディングする、というのが今でも一般的なスタイルなので、コロナの渡航制限や自粛と一番相性が悪い音楽ジャンルかもしれません。

もちろんアーティストは自粛期間中に冬眠しているわけではなく、それぞれ活動の道を模索しているわけで、とくに2020年後半になると、そういったステイホーム期間中に作られたアルバムも色々と出てきました。

たとえば自宅で一人で全楽器を多重録音で重ねていく手法だったり、バンドメンバーがそれぞれパートをリモートで提供してミックスダウンしたりなどのアルバムもありましたが、残念ながらジャズとしての本質とは離れた作品が増えてしまったようにも思います。そういった意味でも、コロナの自粛によってダメージを受けている音楽ジャンルだと思います。

つまるところ「ジャズの定義」の話になってしまうわけですが、たとえば、私にとって「クラシック音楽」といえば、どんな楽器を使っていようが、作品の最終形態は「楽譜」であり、クラシック演奏家として教育を受けたミュージシャンが演奏できる形態(つまり楽譜を見て解釈する)というのがクラシック音楽です。いくらヴァイオリンなどを使っていようが、録音しか残らない作品は、後世の演奏家へと継承できる「クラシック」には成り得ません。

一方、私にとってのジャズというのは、バンドメンバー全員が一堂に会して、即興であれチャート譜であれ、その場でのリアルタイムの判断と駆け引きと共通意識によって、一曲を通して演奏するスタイルです。ジャズミュージシャンの名門バークレー校などで教えられる能力や資質もそのようなものです。

もちろん正式な教育を受けていない天才肌のミュージシャンも稀に存在するかもしれませんが、バンドメンバーとの共通認識による対話ができないと演奏の意気投合が生まれず、演奏スタイルの歴史などを知らないと手数も限られてしまいます。やはりどれだけ天才であっても徹底的にセオリー、技術、協調性の三つを磨いているのがジャズだと思います。

レコーディングであれば、一曲の演奏開始とともに録音を始め、その曲の終わりで録音を止め、同じ曲を2~3回やってみて、一番良かったバージョンをマスターテイクとしてアルバムに収める、という単純な作業です。後日マイクのミックスダウンはしますが、別録りのインサートなどは一切無用です。

とりわけリズムセクション(ドラム、ベース、ピアノなど)がその場の雰囲気に応じて臨機応変にテンポやアクセントを柔軟に変化させ、ソロも聴覚とアイコンタクトで音楽の流れを組み立て、それぞれがバンドを誘導して、ストーリーを構築する力、つまりスウィングしている事が一番の魅力です。

打ち込みのビートの上でジャズっぽいフレーズやハーモニーを使っているだけだったり、事前に展開が取り決められたポップスのバックにジャズオーケストラを起用しているのはジャズではありません。

これはあくまで私の中での狭い定義というか、そもそもジャズに魅力を感じているポイントなので、人それぞれ解釈は違うだろうと思いますが、今回2020年の新譜を紹介するにあたって、理解していただけたら幸いです。

レコーディング

インディーズやセルフプロデュース作品が主流になり、アーティストの自宅や近所のスタジオでレコーディングを行うスタイルも増えてきました。それらをアーティスト自身がパソコンのDAWソフトでコツコツと手直しして作品に組み立てるといった流れです。

私の意見としては、この風潮はジャズにとってあまり良くないと思っています。もちろん例外はあると思うのですが、近頃のこのような作品を聴いてみると、作風や演奏は良いのに、とにかく「音に魅力が無い」「音に魂がこもっていない」と感じることが非常に多いです。

単純に最先端の高級録音機材を使えば良いというものではなく、音響空間のセッティング、厳選した(ビンテージなどの)マイクコレクションやマイクプリ、秘蔵のアウトボードコンプレッサーなど、それらを駆使してアーティストのサウンドを引き出せるエンジニアの力量が求められます。

ミュージシャンはオーディオマニアではありませんし、一流スタジオでの下積み経験があるわけではありません。そのため、自分が録ったサウンドの何がダメなのかも理解していないかもしれません。

新譜を色々と聴いていて「音が良いぞ」と感じてブックレットを読んでみると、やはり一流スタジオと有名プロデューサー・エンジニアの手によるものばかりです。たとえばニューヨークの大手Sear SoundやDavid StollerのSamurai Hotelなどの名門スタジオでのレコーディングであることが多いです。特にニューヨーク近辺には優れた個人経営のスタジオが沢山ありますし、ここ数年で新たなスタジオも続々誕生しています。

幸いにも、このようなスタジオの多くはコロナ自粛中でも細心の配慮をして営業を再開しているのですが、ライブツアーのスケジュールがキャンセルになってメンバーが一時解散になっていたり、ニューヨーク近辺のアーティスト以外では、なかなかセッションのために集まるのが困難なようです。

Bandcamp

インディーズ作品は大手ストリーミングやハイレゾダウンロードよりもBandcampで買うことが多くなりました。

ほとんどのアルバムがFLACなら$10以下と手頃な価格だったり、デラックスなサイン入り限定LPレコードとかTシャツを販売していたり、なんだか昔ライブで手売りしていたCD-Rとかの物販デスクの延長線上にBandcampがあるような印象です。私もコンサート会場で「先着50名はサイン&握手会」なんて急いで並んだ経験があります。

ただし、Bandcampもジャンルカテゴリーは自己申告制で、玉石混交な世界なので、ジャズ専門店やJazztimesなどの雑誌をチェックしていないと、なかなか本格派なアルバムを探し当てるのは困難です。

それだけジャズが一般的な大衆音楽から遠ざかってしまった事を意味していますし、また別の言い方をするなら、一般大衆が期待している「ジャズっぽい」ジャンルと、ジャズファンが求めている音楽との差が開いてしまった、という事なのかもしれません。

そんなわけで、今回はほんの一握りですが、2020年にリリースされた個人的に気に入ったアルバムを紹介してみますので、その中で気に入ったものが見つかれば嬉しいです。一つでも気に入れば、アーティストやレーベル経由で芋づる式に類似作品が開拓できると思うので、それもジャズの醍醐味です。

リマスター復刻作品

ジャズといえば往年の名盤のリマスター復刻も楽しみなのですが、2020年はめぼしい作品はほとんどありませんでした。

十年ほど前にAnalogue Productions、Mobile Fildelity、K2 XRCDなんかの凄い高音質復刻盤ではしゃいでいた頃が全盛期だったのかもしれません。それらが中途半端に終わってしまい、以来めぼしい復刻シリーズがありません。

唯一の頼みの綱であるConcord傘下のCraft Recordings(復刻専門サブレーベルで、現在Prestige、Riversideなどの版権を保有)もベタな有名盤のLPレコード復刻の方に専念しており、デジタルリマスター企画の進展は遅いです。

2019年はCraft Recordingsからチェット・ベイカーのRiverside盤リマスターボックスが素晴らしかったですが、2020年はパーカーの復刻でした。パーカーのSavoy盤はすでに多方面でリマスターされており、私を含めてジャズファンなら同じ曲を全部で何枚持っているかすら把握できないだろうと思います。

こういうのはセッション順に並べるのが一般的だと思いますが、今回は当時の10インチ盤復刻という事で、1944~48年の録音が入り交じっています。2002年のCD「The Complete Savoy and Dial Master Takes」と比べるとサウンドにメリハリやエッジがあり、個人的にはこの新しい方が好きです。ノイズリダクションもそこまで不快ではありません。なんだか昔のラジオから音が飛び出してきたような爽快さがあります。「高音質盤」とは言い難いですが、パーカーの魅力は十分に体感できると思います。

Concordがパーカーなら、Blue Noteの版権を持つユニバーサルはメッセンジャーズということで、2020年はブレイキーの未発表発掘音源「Just Coolin'」をリリースしました。ジャケットも当時風に仕立ててあります。

1959年、ちょうどMoanin'と同じ時期のヴァンゲルダースタジオでのセッションで、モーガン、モブレー、ティモンズ、メリットという理想的なメンバーです。

内容は当時らしい雰囲気で、目新しい感じはありませんが、ショーターが入る直前の軽快でファンキーなスタイルを味わえる選択肢が増えたことは素直に喜ばしいです。

ただしリマスターのセンスがちょっと悪いというか、明らかにLPレコードで売ることを意識した感じで、ステレオを広げすぎてセンターに穴が空いているため、デジタル版で聴くと不満があります(LPレコードは本質的にチャンネルセパレーションが悪いので、左右の音が混じってちょうど良い感じになります)。これなら「レコードの方が音が良い」と思われても当然です。

こういったところは、昔のOJCのリマスターエンジニアPhil DeLancieやJoe Tarantinoとか、Analogue ProductionsやK2 XRCDシリーズみたいに、ちゃんとデジタル専用に、デジタル(とくにヘッドホン)で聴いて心地良いようにステレオミックスを調整してくれるエンジニアに仕上げてもらいたかったです。今作に限らず、ユニバーサルのBlue Noteリマスターは他社と比べて総じてこのあたりのセンスが無いのであまり好きになれません。

復刻といえば、なぜかGiant Stepsが単発で192kHzリマスターされました。60周年記念らしいですが、そんな事を言っていたら同年代のジャズ名盤は全部記念しなければなりませんね。

最新リマスターということで期待していたのですが、そもそもこのアルバムは当初からあまり高音質というわけでもなく、今回のリマスターもCD版や2015年の96kHzリマスター版とさほど変わらないので(今回の方が若干ギラギラしてハイファイ調ですが)、ちょっと期待はずれでした。録音のステレオ感やマイクのアイソレーションが下手で気持ち悪い作品なので、今回せっかくなら根本的にミックスの雰囲気を変えるとか、モノラルで出すなどの大胆さが欲しかったです。先程のブレイキーと同様に、高価な復刻LPレコード版を買って聴くなら良いかもしれません。むしろそれが狙いでしょうか。

2xHDもあいかわらず頑張っています。ゴリゴリのジャズというよりも、ライトなカジュアル系をメインに扱っていますが、それにしても毎度のことながら、誰もが忘れていたような超マイナー版ばかり取り上げる心意気には脱帽します。

もっとビル・エヴァンスやウェスみたいな有名所を出せば何十倍も売れると思うのですが、この偏り方はレーベルオーナーの趣味なのでしょうか。

2020年はNancy Harrow 「Anything Goes」が良かったです。何の変哲もないスタンダードのボーカル集ですので、安心して楽しめます。1978年の作品ということで音質は良好です。

歯切れのよいHarrowの歌声と、ドラムがBilly Hartなので甘々にならず絶妙なテンションがありますし、伴奏はピアノではなくJack Wilkinsのジャズギターなのもカッコいいです。個人的に唯一の不満は70年代ということでRufus ReidのベースがDIっぽく空気感の無いブーブー鳴るサウンドなのが嫌いです(これのせいで70~80年代のジャズは大抵嫌いです)。一方ギターはアンプを通していて空気感が良好なので、この落差がとても残念です。

2xHDのボーカルアルバムでは、Barbara Lea 「A Woman in Love」も素晴らしいです。

こちらはRiversideの1958年アルバムの復刻で、Billy Taylor TrioにJohnny Windhurstのトランペット、しかもRiversideとしては珍しくヴァンゲルダースタジオでのセッションということで、当時の雰囲気が絶品です。

Barbara LeaといえばPrestigeで同じくWindhurstとのアルバムの方が有名ですが、それよりも一年ほど前のセッションです。ベタなスタンダード集で、Leaの歌声も当時のよくあるスタイルですが、とにかくサポートバンドがセンスの塊のごとき旨さで、しかもヴァンゲルダーサウンドで、さらに2xHDリマスターということで、実にジャズファン好みのサウンドに仕上がっています。

もうちょっとマニアックなリマスター復刻では、Gearbox Recordsというイギリスのレーベルが最近活発で、以前からCDやレコードが入手しにくかったアルバムをデジタルダウンロードやストリーミングにてリリースしてくれました。

特にTubby Hayes、Joe Harriott、Don Rendellの「BBC Jazz for Moderns」シリーズ復刻は嬉しいです。この中ではTubby Hayesが一番有名かもしれませんが、Don RendellもColumbiaの「Shades of Blue」「Dusk Fire」なんかは日本でも結構知られていると思います。

今作はタイトルのとおり1962年BBCラジオ放送が原盤のアルバムなので、放送らしい「全員をスタジオに詰め込んだ」セッションサウンドは熱気があって、適当なスピーカーから流していると、まるで当時の生放送をリアルタイムで聴いているかのような感じがしてきます。この頃のイギリスのジャズはアメリカの影響が強いのはもちろんのこと、ロック先進国らしい力強さや独自の才能も持ち合わせており、しっかりしたバップジャズが楽しめる穴場です。

さらにチャレンジ精神がある人なら、同じくGearbox RecordsからAlan Wakeman 「The Octet Broadcasts」も面白いかもしれません。

こちらもBBCのJazz Workshopというラジオ放送で、二枚組の一枚目が1969年、二枚目が1979年です。時代背景とオクテットという構成からも想像できるように、かなりフリーっぽいヒッピー臭い作風が多く、凝ったアンサンブル曲からフリークトーンばかりの曲まで幅広いです。ミンガスに影響を受けた英国人といった感じがなんともユニークで楽しい作品です。

新人デビュー作

ジャズファンにとって、新人デビューアルバムというのも楽しみの一つだと思います。ライブシーンで注目を集めはじめた若手ミュージシャンがベテランとのバンドで腕前を披露する、というようなデビュー作が望ましいですし、スタンダードとオリジナル作曲も交えてくれれば、色々な側面が伺えるのでなお良いです。

2020年の新作で、私が理想としているデビューアルバムっぽさ全開の作品というと、「Introducing Nicole McCabe」がとても良かったです。

タイトルからしてそれっぽいですが、リーダーのサックスにトランペットも数曲参加するオーソドックスなカルテット・クインテットで、演奏スタイルとサウンドも90年代以降の王道スタイルの、レッドマンやワイスコフのような爽快でスピード感溢れる演奏です。

レコーディングはポートランドにあるスタジオで録ったということで、とても自然で綺麗にまとまっていますが、若干クリーンすぎてジャズらしい張り出しや強さが足りないかもしれません。次回はもっとガッツリしたサウンドのアルバムを期待したいです。

Posi-Tone RecordsからJocelyn Gould 「Elegant Traveler」もまさにデビューアルバムらしい溌剌とした作品です。

ジャケットのギターがカッコよかったので聴いてみたのですが、中身も期待を裏切らず、ピアノ入りのスッキリした王道カルテットで、ケニー・バレルやウェス・モンゴメリーばりの渋いギター演奏を披露してくれます。それにしてもドラムのQuincy Davisが上手いですね。レコーディングもブルックリンのAcoustic Recordingスタジオで、温厚で雰囲気豊かに録れています。

スタンダードと自身の作曲が半々ぐらいで、要所でトランペット、トロンボーン、サックスのソロも入れてマンネリを避けるといった具合に、まさにジャズファンなら誰でも気にいるような直球の一枚です。

さらにギターの新人でもう一枚、Pasquale Grasso 「Solo Masterpieces」です。こちらはタイトル通りソロで全編スタンダードという、潔いというか、度胸のある一枚です。

一見インディーズっぽいですがレーベルはソニーなので、アルバム発売前にEPを配布するなど、秘蔵の若手新人として入念にプロモーションしています。演奏は確かに安定していて手数も多く、アレンジも上品で悪くないです。これからもソロでやっていくのか、バンドの中では通用するのか、今後の進展が気になります。

ユニバーサルBlue Note Recordsからの新人デビューで特に良かったのはImmanuel Wilkins 「Omega」です。

若手サックス奏者として注目を集めているWilkinsによるカルテット作品で、全編オリジナルです。アメリカの人種差別問題にインスパイアを受けた作曲だということですが、言われなければわからない、普通に良いジャズです。

演奏は重く霧がかった深夜のような雰囲気で、そこにサックスがしっとりと佇んでいたり、強烈に切り裂いたりと、リーダーとして各曲ごとのテーマをサックス一本で自在に創り出しているので、凄い新人が現れたな、という印象です。ブルーノートといっても気楽なバップとかは無く、確固たるメッセージ性が伝わってくるアルバムです。

これは今回紹介すべきか迷ったのですが、ConcordレーベルからNubya Garcia 「Source」です。すでにShabaka Hutchingsのアフロ系アルバムで活躍してきたサックス奏者ですので流石に上手いです。

あくまで個人的な意見ですが、こういうのが私が嫌いな大手レーベルによる大衆向けジャズの代表例だと思ったので、あえて紹介しようと思いました。

バンドの演奏自体は至極真っ当なコルトレーンばりのアフロ系ジャズセッションで、Garciaのサックスは力強く心に響くのですが、このアルバムでは後付けのステレオエコーや奇抜なエフェクト、シンセストリングスにコーラスチャントなどが台無しにしています。

こういった凝った演出もセッション中にサポートオーケストラっぽく録っていれば迫力があって効果的だったと思います。しかし今作では明らかに別録りのパートを上からかぶせているような下手くそな編集です。

あまりにも子供じみたプロデュースのせいで「とにかくバンドの演奏だけを聴かせてくれ」とイライラさせられました。注意力散漫な若者向けにあの手この手で物珍しさを演出しているのはわかりますし、そうでもしないと限定版ピクチャーディスクLPレコードに目を輝かせる意識高いヒップスター系一般人に売れない、というのはなんとなくわかるのですが、リーダーのサックス演奏とバンド自体は本物なので、ジャズファンとしてはもったいないと思いました。今後ライブ盤などで本質が味わえる事を願っています。

Smoke Sessions Records

本場ニューヨークのライブシーンを味わいたければ、やはりSmoke Sessionsレーベルが代表格でしょう。一年を通してリリースが多いですし、どのアルバムもバンドメンバーが錚々たるラインナップです。

ラインナップの豪華さと、スタンダード中心のオーソドックスな演奏という点では、Joe Farnsworth 「Time to Swing」が一番オススメです。

FarnsworthのドラムとPeter Washingtonのベースによるエレガントなリズムに、大御所Kenny Barronのピアノ、そして数曲ではWynton Marsalisがいつもの調子で小粋なトランペットソロを吹いてます。なんの小細工も無い完璧なジャズとはこのことで、タイトル通りにスィング感がハンパないです。一番「無難」なアルバムではありますが、それだけでは済まされない洗練された作品です。

他にも、ファンキーなリズムの上でソウルフルなアルトが熱唱するBobby Watson 「Keepin' It Real」や、ショーターやポッターのような迫力のある目まぐるしいソロで圧倒するWayne Escoffery 「The Humble Warrior」、ケニーバレル系のジャズギターの真髄Peter Bernstein 「What Comes Next」など、アルバムごとにジャズの豊かな系譜をそれぞれ体現しているような、まるでジャズの百科事典のようなレーベルです。

レーベルを運営するニューヨークSmoke Jazz & Supper Clubは世界的なアーティストが集う有名なジャズバーで、そこで通用する一流のバンドのみがレコーディングされます。稀にSmokeでのライブ録音もありますが、上に挙げたものは全てマンハッタンの中心にある大手Sear SoundスタジオにてレーベルオーナーPaul StacheとDamon Smithによって収録されています。現在のライブジャズのドキュメントとして、これほどの高音質で後世に残してくれるという観点からも、すばらしい偉業だと思っています。

メインストリームな新作

メインストリームなんていうとミュージシャンには怒られそうですが、要するにポストプロダクションは最小限に抑えた、一般的なジャズバンドによるセッションやライブ録音の事です。

まずはこれぞメジャーリリースという一枚で、ECMからMarcin Wasilewski Trio with Joe Lovano 「Arctic Riff」です。

有名すぎて説明不要かと思いますが、夜想曲のような神秘的な作風のMarcin Wasilewski Trioの新作で、ベテランJoe Lovanoの深みのあるサックスが上手く調和されている優秀盤です。Wasilewskiのオリジナルと、Carla Bley作が二曲、Lovanoが一曲提供しています。

Tomasz Stanko、Manu Katchéなどとのアルバムを通して、いわゆるECMサウンドを生み出してきたWasilewskiなので、今作もその雰囲気が存分に味わえます。それにしても、2005年のデビューから、08年のJanuary、16年のLiveなど、どの作品も古臭さを感じさせず、色褪せないですね。今作を気に入ったなら過去作もチェックしてみることをオススメします。

ついでにECMから他にもジャズ色が強めな新譜では、Oded Tzur 「Here Be Dragons」、Michel Benita 「Looking At Sounds」がオススメできます。

ECMは毎年けっこうな数のアルバムを出しているのですが、どれも似たような霧がかった雰囲気で(それが魅力なのですが)、演奏の方はジャズっぽいのかフォーク・ワールドミュージックっぽいのか、なかなかわかりにくい事も多いです。簡単に言えば、柔軟なソロ重視か、作り込まれた世界観重視か、という違いの事です。

テナーOded TzurはECMデビュー作ということで、特設リズムセクションを充てがわれ、シンプルなカルテットスタイルにてサックスの腕前を披露してくれます。一方ベースMichel BenitaはECMのベテランで、今回はレギュラーバンドで挑んでおり、Matthieu MichelのヒロイックなフリューゲルホルンとJozef Dumoulinのエレピで広がりを持たせています。

レコーディングもTzurはスイス・ルガーノのAuditorio Stelio Molo、Benitaはフランス南部La Buissonneスタジオと、どちらもECMがよく使う施設なので、そのあたりの聴き比べも楽しいです。

ウィントン・マルサリスのJazz at Lincoln Centerはアカデミーの一環として常設ビッグバンドを運営しており、毎年様々なコンセプトのプロジェクトを行い、それらのライブ公演をアルバムとしてリリースしています。2020年はとりわけ「Black Brown and Beige」「Rock Chalk Suite」の二枚が良かったです。

一枚目は「BB&B」の略称でもジャズファンなら誰でも知っている、エリントンの大作です。エリントン本人の録音が至高だと言われればそれまでですが、現在とくにアメリカの差別や格差問題の中で、新たな解釈での演奏をする意義は大きいです。オリジナルのゴスペル感やエピソードを尊重した温厚な演奏なので、ジャズファン以外でもきっと感動できる一枚です。

「Rock Chalk Suite」は一変して明るくファンキーな作品です。カンザス大学コンサートホールの25周年を記念して、同大学の有名なバスケットボールチームJayhawksの名選手に由来した作曲で、タイトルはRock Chalk Jayhawksという有名な歓声の掛け声だそうです。

どちらのアルバムもかなり整然とした高度なビッグバンドなので、ジャズファンでも好き嫌いは分かれると思いますが、ジャズの一大ジャンルの最高峰という意味ではじっくり聴いてみる価値がありますし(さすがにどのソロも上手すぎて圧倒されます)、ここから素晴らしいアーティストも沢山輩出されています。

ビッグバンド作品でもう一枚、Mack AvenueレーベルからChristian McBride Big Band 「For Jimmy Wes and Oliver」は気楽に聴けるカッコいい作品です。

タイトル通り、ジミー・スミス、ウェス・モンゴメリー、オリヴァー・ネルソンにちなんだ作品を集めており、オルガンにJoey DeFrancesco、ギターにMark Whitfieldが参加しています。

ビッグバンドといってもコーラスパートでホーンセクションが勢いをつけるくらいで、中盤はほとんどカルテット程度の軽い作風です。オルガンやギターのソロをかなり多めに取っており、特にDeFrancescoのオルガン速弾きやグルーヴィーなコードはジミー・スミスも認めてくれるでしょう。Whitfieldのギターはウェスよりもブルージーな感じなので、どちらかというとグラント・グリーンを連想します。

レコーディングは名門Sound on Soundスタジオです。2017年にマンハッタンから郊外に移転するという話を聴いてから気になっていましたが、新生スタジオで一層サウンドに磨きがかかったようで嬉しいです。ジャズよりもR&Bやヒップホップとの関係が深いスタジオなので、今作のグルーブ感にも貢献しているのかもしれません。

Kenny Barron & Dave Holland 「Without Deception」はタイトル通り、まさに期待を裏切らないピアノトリオです。

似たようなフォーマットのピアノトリオアルバムを一体何枚聴けば気が済むんだ、と毎回思うのですが、聴いてみるとやっぱり良い物です。特に今作はスタンダード無しの全編オリジナルで(最後のモンクはスタンダードというほどでもありません)、Barronも甘々なバラードではなく、Holland、Jonathan Blakeとの緊迫した駆け引きが楽しめます。Barronは77歳ということで、まだまだ若手気取りで頑張ってもらいたいですね。

レーベルはホランドのDare2 Records、レコーディングはマウントバーノンにあるオシャレなOktaven Audioスタジオで、ピアノは丸く透明感があり、ベースとドラムも太く重量感がある、とても優れた録音です。

Chris Rottmayer 「Sunday at Pilars」はまさに「何の変哲もない」一枚です。百科事典でジャズと調べらたら、きっとこういう演奏が聴こえてくるでしょう。超マイナーですがそこそこ良かったです。

フロリダのPilarsジャズバーでレギュラーライブを行っているRottmayerのバンドが、そこでの雰囲気をイメージして、同じくフロリダのPhat Planetスタジオで録音したセッションだそうです。リーダーはピアノで、テナーを入れたカルテットや、ピアノトリオ、ピアノソロといった具合に、まさに近所のバーのライブを聴きに行っているようなセットの組み方です。どの奏者も全く奇抜な事をはしない徹底したクラブバンドで、MamacitaやCherokeeなどの名曲とオリジナル曲の半々で演奏しています。

ところで、このアルバムをあえて取り上げた理由は、サウンドが実に惜しい、と思ったからです。バランスよく丁寧に録れているとは思うのですが、どうにもジャズアルバムに必要なガツンと来るインパクトや音圧が足りず、小綺麗で平面的な仕上がりになってしまいます。今作に限らず、最近のインディーズ系ジャズアルバムでよくある問題の凡例として、あえて言ってみました。

単純に音量が小さいということではなく、録音時やミックスでの輪郭や質感の引き出し方の話です。こういうのを聴くと、やはりニューヨークの一流スタジオのサウンドは凄いんだな、と逆に関心してしまいます。

こちらもゆったりしたアルバムで、温厚なバラード集のJeremy Pelt 「The Art of Intimacy Vol.1」です。

トランペットのPeltは作品ごとにスタイルが激変するのですが、今回は太く甘いメロディに徹しており、George Cables、Peter Washingtonという最高のサポートでのドラムレストリオです。

有名なLittle Girl BlueやThen I'll be Tired of Youなどスタンダードと彼のオリジナルの半々で、レコーディングはヴァンゲルダースタジオというのも良いです。

ところで、現在もヴァンゲルダースタジオと、そのサウンドが健在なのは嬉しい限りです。これもヴァンゲルダーの長年のアシスタントMaureen Sicklerが彼の死後にスタジオを引き継いでくれたおかげです(ヴァンゲルダーは彼女にスタジオを委譲しました)。Sickler夫妻の願望はヴァンゲルダースタジオがアメリカの歴史遺産として認められ未来へと保存される事だそうなので、どうにかそれが実現してほしいです。

そういえばYoutubeにて、とあるバンドがヴァンゲルダースタジオでしっかりマスクと隔離を厳守してレコーディングセッションを行っている動画がありました。こういうのを見ると嬉しいです。

オーディオマニア御用達ボーカルPatricia Barberの新作「Higher」も意外と普通にジャズをしていて楽しめました。

Impex RecordsレーベルからChicago Recording Companyというスタジオでの録音で、ギタートリオにサックスも入れた王道ボーカル盤です。バンドの艷やかで上品な演奏と、素晴らしいハイファイな録音音質で、オーディオショップのデモ盤として使われるのも納得の一枚です。DXD録音だそうで、Native DSDにて購入できます。

今作は数曲を除いてBarberによるオリジナル曲だということで、そちらも注目を集めています。私個人の意見としては、確かにストーリー性やムードは良いのですが、昔のスタンダード歌曲みたいなウィット溢れる韻を踏んでるわけでもないので、なんだか作文を読み聞かされているような感じであまりパッとしません。もちろん演奏も音質も良いので、聴いてみる価値はあります。

Chad Mccullough 「Forward」はオーソドックスなジャズに入れるべきか判断に困りましたが、一応厳格なジャズファンでも楽しんでもらえるだろうと思ったのでこちらに入れました。

悩んだ理由は、極めて優秀なトランペットカルテットの演奏の要所でシンセパッド(シンセストリングス)を入れている事です。演奏の雰囲気作りに効果的ですし、たぶんライブセットでも通用すると思うので、ギリギリセーフといった感じです。

ただしこの作品に限らず、最近のジャズのトレンドとして、隙間を埋めるために「とりあえずシンセ入れとけ」みたいな風潮はあまり好きではありません。演奏の緩急や呼吸が平坦化されてあやふやになってしまいますし、そもそも楽器の音色やアンサンブルに自信があるならシンセパッドは入れません。

そうは言っても、リーダーのゆったりしたトランペットは心に響きますし、リズムセクションのさりげない演奏も一級品です。これはこれで優れたジャズ作品だと思いますし、近年のジャズ入門版として勧めるのに適した一枚だと思います。

Quin Kirchner 「The Shadows and the Light」も、随所でシンセを入れているけれど、演奏自体への影響は少ないので気に入った一枚でした。

リーダーのKirchnerはドラマーで、トロンボーンとサックス三本にエレピとベースという大編成作品です。フュージョンというかプログレッシブというか、全14曲が全てオリジナルで壮大な旅のような多彩な一枚です。四管が奔放にガヤガヤと演奏しているのをリーダーのドラムの迫力でカッチリとまとめ上げるような感じで、サックスとかのメロディだけを追っていると迷走しがちですが、ドラムを主軸に聴いているとスッと筋が通るような作品です。騒々しい演奏ですが、ぜひドラムに注目してみてください。

Kirchnerはシカゴをベースに活躍しているそうで、レコーディングもシカゴのDecade Studioというところで行っています。シカゴというと昔からこういうアバンギャルドで豪快な演奏が多いような気がするので、そういう風土は2020年になっても根強いようです。

デンマークのベテランJesper Thilo 「Swing is the Thing」はブートレグっぽいジャケットのせいで復刻盤かと思ったのですが、実は新作でした。シンセとかとは無縁の骨太なジャズセッションです。

もう78歳になるそうですが、あいかわらずテンポよく切れ味のあるサックスは健在です。同じくデンマークStunt Recordsから2011年に出た「Scott Hamilton Meets Jesper Thilo」もそうでしたが、単刀直入でスカッとした、まるで50年代初頭のグリフィンやゴードンみたいなスタイルを演じきっている、素晴らしい奏者だと思います。

個人的に、彼の80年代Storyvilleでの「Swingin' Friends」「Jesper Thilo Clark Terry Quintet」の二作(現在はCD一枚に収まっています)は隠れた名作だと思っているので、その雰囲気が現在までしっかり続いているのが体験できて実に嬉しいです。

Andreas Feith 「Surviving Flower」はドイツのカッコいいピアノトリオです。サックスも数曲ゲスト参加しています。

リーダーのFeithは知的で繊細なタッチのピアニストで、バンドとの息もバッチリです。しっとりした音色と幾何学的なフレージングの雰囲気はビル・エヴァンスやキコスキーとかが好きな人なら気に入ると思います。全編ほぼオリジナル曲で、そちらもこれ見よがしに難解な作風ではなく、素直に楽しめるクールな良曲ばかりです。シアリングのConceptionを入れているのもカッコいいですね。

録音もクラシック好きなら知っているバイエルン放送スタジオなので、空気感たっぷりに澄んた音色で録られています。目新しさはありませんが、総合的に欠点の無い優秀盤です。

Florian Arbenz & Greg Osby 「Reflections of the Eternal Line」も発売から何度も繰り返し聴いた愛聴盤です。

サックス奏者Osbyとドラム・パーカッションのFlorian Arbenzのデュオで、シンプルな構成だからこそ、二人の対話やシナジー効果みたいな神秘的な演奏が味わえます。Osbyは生粋のジャズミュージシャンですが、ドラムのArbenzはもうちょっと多目的なアプローチで、曲ごとにドラミングスタイルを変えてくるので、それに対するOsbyの回答という目線でも楽しめます。

私の勝手な主張ですが、ジャズを楽しめる人というのは、つまりドラムを楽しめる人なのだと思っています。一般人はドラム演奏に対してなにも感じない人が過半数だと思いますが、そうではない一握りの人だけがジャズに魅力を感じます。今作のArbenzの演奏を聴いていて、ふとそんなふうに思いました。デュオでも退屈に感じるどころか、演奏に引き込まれてしまいます。

今作のテーマとしては、ジャケットでも使われているStephan Spicherという画家の作品にインスパイアを受けているそうです。Youtubeでもその画家が一心不乱にキャンバスに描いている隣で二人が演奏しているという奇妙な動画があります。

さらにもう一枚デュオアルバムで、Miguel Zenón & Luis Perdomo 「El Arte del Bolero」も圧巻でした。こちらもベテラン二人による超能力のようなインタープレイと対話に感服してしまいます。

サックスのZenónはプエルトリコ出身で、一方ピアノのPerdomoはベネズエラ出身ですがニューヨークの印象が強いです。そういえば二人はZenónの2011年プエルトリコ作品集Alma AdentroやPerdomoの2013年Criss Crossアルバム「Links」など、共演が多いですね。どれも愛聴盤の名作です。

今作はコロナ期間中に構想を練った作品群で、タイトルにあるようにスペインの舞踏(ボレロ)をテーマに、ラテンアメリカのバラードを選んだそうです。再生開始の第一声から、Zenónのサックスの音色に引き込まれ、その後ゆっくりと入ってくるピアノとのハーモニーは美しすぎて感動してしまいます。アルバムを通して温厚なバラードが続きますが、どの瞬間も純粋に綺麗すぎて目が離せません。

レコーディングはニューヨークのThe Jazz Galleryというイベントホールで行ったということで、パリッとしたスタジオ録音とは一味違った、しみじみとした雰囲気や空気感があります。

最近はとくにサックスで女性アーティストが増えてきました。性別で音が変わるというものでもないと思いますが、昔のジャズのイメージから考えると凄い事だと思います。しかも単なるレーベルのゴリ推しではなく、クラブ・ライブシーンの第一線で活躍しているアーティストが多いので、本場のサウンドが味わえます。

Alison Neale 「Quietly There」はそれの典型です。Peter Bernsteinのギターを入れたカルテットで、近頃は珍しいウェストコーストっぽさ全開の作品です。

ゲッツやペッパーとかのリラックスした雰囲気が好きな人にはぜひオススメしたいです。リーダーのフワッと広がるサックスは極上に心地よいですし、ベースの生っぽさや、ドラムのブラシワークの繊細さも綺麗に録れています。選曲もSplit KickやMotionなどジャズファン好みの「よくわかってる」クールな作品揃いなのがなお良いです。

Linda Sikhakhane 「An Open Dialogue (Live in New York)」も結構良かったです。

こちらも最近流行りのアフロルーツっぽい雰囲気なので、オーソドックスなジャズと呼べるのか迷いましたが、いくつか導入のエフェクト演出以外は真っ当なジャズのライブなので、演奏中は素直に楽しめました。リーダーのSikhakhaneはコルトレーンのようにフラジオや反復を多用して盛り上げる感じが威勢が良くて爽快です。バンドもガッシャンガッシャンと煽ってくれます。

それにしても最近大手レーベルはアフロルーツ系の演出をするのがトレンドのようですが、蓋を開けてみると演奏はコルトレーン系の伝統的なジャズ、というのが多いです。なんだかコルトレーンとかを知らない人に、斬新な次世代の音楽ジャンルとして売り込もうとしているかのように邪推してしまいます。

大昔にサンバやラテンジャズが流行った時に、パッケージや導入部分だけラテン風味で、いざソロに入ったら普通のハードバップ、というのが大半だったのと似てますね。

メインストリームじゃないジャズ

いわゆる一般的なトリオやカルテットのジャムセッションではない、クロスオーバー系などの異色なリリースをいくつか紹介します。

まずNonesuchレーベルから「I still play」です。クラシックとジャズのどちらで紹介しようか悩んだのですが、こういうのは頭の固いクラシック愛好家よりも、ジャズファンの方が楽しめるかと思いました。

これはかなり凄いアルバムです。数多くの著名アーティストを生み出してきたNonesuchレーベルの社長ボブ・ハーウィッツ氏が引退して会長職に退くという事で、これまでレーベルと懇意にしてきた作曲家一同が「サプライズプレゼント」としてそれぞれ新曲を贈った、という一枚です。

ジャケットを見ても分かる通り、作曲はジョン・アダムズやフィリップ・グラス、スティーブ・ライヒ、そしてブラッド・メルドーやパット・メセニーと、確かにNonesuchと縁が深い巨匠揃いです。

しかも、ピアノを少々嗜むハーウィッツ氏の老後ために、彼でも練習すれば演奏できるようなピアノ小曲、というテーマでの描き下ろしなのだそうです。レーベルオーナーとしては、育ててきたアーティストからの恩返しとして、これほどに素晴らしいプレゼントは他に無いでしょう。

こちらもクラシックとのクロスオーバー的作品で、クラシック界の一流レーベルApartéからPierre Genisson 「Swing - A Benny Goodman Story」です。

オーケストラとのコンサートパフォーマンスで、ベニー・グッドマンの軌跡を辿ろうというコンセプトです。そもそもグッドマンは自身の楽団だけでなく単独のクラリネット奏者としても超一流だったので、当時存命だったストラヴィンスキー、コープランド、バルトークなどの作曲家との交友も深く、クラリネット作品を依嘱、初演したりもしています。

今作でも、グッドマン楽団がよく演奏したSweet Lorraine、Sweet Georgia Brownなどスイングジャズ曲と、クラシックのクラリネット協奏曲を交互に演奏するという面白い企画です。オケはBBC Concert Orchestraといって、真面目なBBC Symphony Orchestraとは違う多目的エンタメオケなので(ボストンポップスみたいなものでしょうか)ちゃんとビッグバンド楽団っぽさが出せていて、よくあるクラシック畑のカチコチのジャズではありません。

Origin RecordsのJoachim Mencel 「Brooklyn Eye」も風変わりな作品です。

ピアノとギターのカルテット構成ということで、一曲目から、なんてことない普通にスィングしているジャズアルバムなのですが、三曲目で変な楽器が登場します。

リーダーのMencelはピアノ以外でも世界的にも珍しいハーディガーディ(回転式弦楽器)の奏者で、それをジャズに取り入れる試みだそうです。珍楽器紹介とかで名前は知っていたものの、こういった作品で音を聴くのは初めてです。バグパイプというか、コブラを操る笛というか、なんとも音程が安定しない奇妙なサウンドで、確かに印象的ではあります。

幸い全曲通してではなく、半分くらいは普通のピアノジャズなので、ネタ的にも聴いてみる事をオススメします。レコーディングは大手Bunker Studioなので音質は良好です。エンジニアもこんな変な楽器を録音する機会なんてめったに無いでしょう。

Gondwana Recordsというインディーズレーベルの運営者兼アーティストMatthew Halsall 「Salute to the Sun」も異色ですが本格的に楽しめる一枚でした。

ジャケットを見てエレクトロやテクノとかかと思って聴いてみたら意外と真面目にジャズをやっていていて驚きました。作風はシンセパッドやパーカッション効果音を多用した、森林の奥深くみたいなワールドミュージックかゲームBGM音楽みたいなサウンドスケープの上でジャズ楽器が演奏しているような感じです。

ECMとかよりももうすこしエレクトロ、ニュージャズ系なので、リズムや構成はカッチリしていますが、リーダーのトランペットやバンドのフルート、ハープ、ピアノが上品な良い雰囲気を出しています。

ギターとジプシージャズ

近頃はジャズギター、とりわけジプシージャズのリバイバルが増えてきたようで、これまで以上に新譜を目にする事が多かったです。

それにしては楽器店でDホールのマカフェリギターとかを売っているのも見ないので、一体どういった界隈で流行っているのか、未だに謎です。なんとなく北欧のバンドが多いようですが、なぜでしょうね。

やはりどのバンドもジャンゴのオマージュが多いので、解釈やスタイルの違いの聴き比べが面白いです。また生のギターはヴァイオリンのように高音に多彩な倍音を含んでいる魅力的な楽器なので、とりわけ近頃の高音質録音やハイレゾ音源に適しています。

まずはDjango Collective Helsinki 「Do Standards」とHot Club de Norvegé 「Moment's Notice」、フィンランドとノルウェー、お互いに面識があるのかは不明ですが、なんだかライバル視してそうですね。

ヘルシンキの方が本格派というか、いわゆるジャカジャカ鳴らしている上でフィドルが飛び交うような演奏で、ノルウェーはホットクラブという名前からも、ジャケットでも伺えるように、アンプ有りのフルアコが入り、さらにハーモニカやボーカルもたまに加わる事で、もうちょっとバリエーション豊かで厚みのある雰囲気です。どちらも筋金入りのベテランなので、両方聴き比べてみるのが楽しいです。

イタリアのAugusto Creni、Moreno Viglione、Renato Gattone 「Gypsy Jazz Trio」もジャンゴのオマージュです。

左右に別れた二人のギターでソロとリズムを交互にとっていく、ジプシージャズの定番スタイルにベースのサポートが加わります。ローマのForward Music Studioというところで録った、ものすごくクリーンで無濾過なサウンドなので、純粋に生のギターとベースのサウンドを味わいたいなら最高のアルバムです。さらにDSD256レコーディングなのでNative DSDでそちらも購入することができます。

ちょっと変則的なアルバムのPietro Lazazzara 「My Art of Gypsy Jazz」も一応紹介しておきます。

イタリアのStradivariusというレーベルからで、バーリにあるMast Recording Studioで録っています。タイトルのジプシージャズというのはちょっと語弊があり、それっぽいの以外に、南欧、南米、西部劇風など、いわゆるクラシックギターのジャンルを網羅したようなアルバムです。

つまりジャズっぽくはないですし、しかもLazazzaraが一人でソロとリズムの両方を多重録音しているのもいただけません。しかし、全14曲中の11曲が彼のオリジナルで、センスも良いので、クラシックギターの良盤としてぜひ紹介したかったです。サポートはベースのみで、数曲でフリューゲルホルンが入るのも粋な演出です。

さらに変則的なアルバムでRez Abbasi 「Django-Shift」も紹介します。こちらはかなり奇抜です。

タイトル通りジャンゴ作品集で、リーダーのAbbasiも相当上手いギタリストなのですが、名曲を相当崩して、エレピやシンセを交えたフュージョン系の作品に仕立てています。ペコポコ鳴ってるベースギターやロック風ドラムもウェザーリポートとかの時代を彷彿とさせます。

さすがにジプシージャズの項目に入れるのは憚れますが、フュージョンが好きな人にとっては懐かしい感じが心地よいですし、原曲を知っていれば崩し方も面白いと思うので紹介しました。しかもレコーディングはSamurai HotelでエンジニアはSystems TwoのMike Marcianoと、サウンド面では抜かりありません。

Systems Two

ジャズの殿堂ニューヨークにおける近年最高のレコーディングスタジオはと聴かれたら、私ならブルックリンのSystems Two Recording Studioと、そこの経営者兼エンジニアMike Marcianoだと答えます。

Criss Crossレーベルを中心に、90年代から現在に至るまで、まさにジャズの第一線を牽引してきた存在なので、近代におけるルディ・ヴァンゲルダーだと言っても過言ではありません。

Permanently Closedは悲しいです

残念なことに、2018年にMarciano氏は年中不休のレコーディングセッションの激務から開放されるために、スタジオを閉鎖することになりました。

同時期にCriss Crossレーベルの社長が亡くなったタイミングと合わせて、なんだか過去30年のジャズの一時代が幕を閉じたような実感が湧きます。

ジャズのアルバムはセッションから約一年くらいでリリースされることが多いため、2019年中はまだ閉鎖前のSystems Twoスタジオで録った作品が色々と出ていたのですが、それ以降はどうなるのか、完全に引退してしまうのか気がかりでした。

幸いな事に、Marciano氏は自宅にミックス・マスタリングルームを準備して、同僚のMax Rossとともにポストプロダクションや、他のスタジオを間借りしてのレコーディングセッションなどをフリーランスで続けるということで、2020年に入って、そのような作品が続々と登場しました。

特に2020年はニューヨークSamurai Hotelスタジオを使う事が多いらしく、私も知らずに新譜を聴いていて「なんだかずいぶん音が良いアルバムだな」と思って確認してみたら、「Recorded at the Samurai Hotel by Mike Marciano & Max Ross of Systems Two」なんて書いてある事が本当によくありました。

さらに自宅でマスタリング作業ができるようになり、海外から送られてくるセッション録音を作品として仕上げるなど、奇しくもスタジオを引き払った事がコロナ下ではむしろ有利になり、より多くの作品に貢献してくれることになったようです。

そんなわけで、2020年でMike Marciano & Max Rossとクレジットされていた作品をいくつか紹介します。

まずはRaphaël Pannier Quartet 「Faune」です。リーダーはドラムで、さり気なくサックスにMiguel Zenónが参加しているのに驚きます。

フランスのFrench Paradoxという超マイナーな新興レーベルから出ており、レコーディングはSamurai Hotelにて行われています。

個人的に2020年のベストアルバムというと、これを選ぶかもしれません。演奏と音質の良さ、作風の独創性、アレンジの聴きやすさなど、どれをとっても最高水準です。フランスらしくメシアンとラヴェルのジャズアレンジが一曲づつ入っており、まずメシアンの幼子イエスのMiguel Zenónのサックスが圧巻です。さらにそこからショーターのESPに移り、ラヴェルで箸休めしてからリーダーPannierのオリジナル曲に入っていくという流れが上手に組み立てられています。

イントロなど要所でエフェクトやシンセパッドなども入ってますが、あくまで雰囲気作りで、本番の演奏の邪魔をするほどでもないので、これくらいなら効果的だと思います。Zenónのサックスはもちろん凄いですが、バンド全体がとても高水準で非の打ち所が無いような名盤です。

もう一枚、2020年のベスト候補に入れたいアルバムは、Francesco Zampini 「Unknown path」です。

こちらもさりげなくトランペットにAlex Sipiaginが入っています。ニューヨークではなくイタリア・ピサ近郊のJambona Labというスタジオでのセッションで、Mike Marcianoがプロダクションを手掛けています。

出だしからSipiaginのトランペットでCriss Crossっぽい雰囲気になり、そこからZampiniのギターも実に良いです。リズムパートでは丸くモコモコしたジャズギターっぽく、ソロに入るとロックばりに歪ませています。普通はこういうエレキギターっぽいジャズは好きではないのですが、この切り替わりのコントラストが気持ち良いので気に入りました。リズムセクションもジャズのスゥイング感とロックのドライブを上手く使い分けており、かなり高度なアンサンブルです。

Dafnis Prieto Sextet 「Transparency」も2020年ベストに選びたくて悩む一枚です。

Prietoはキューバ系の影響を受けたドラムとパーカッション奏者で、今作はトランペット、アルト、テナーの三管を入れたセクステットです。いわゆるコテコテなラテンジャズという感じではなく、キューバっぽいパーカッシブなスタイルとニューヨークの三管ハードバップっぽさが綱渡りで同時進行しているようなユニークなスタイルです。特にスゥイングというかノリの感覚が離れたり重なったりする不思議な感覚はとても珍しく面白いです。

録音はSamurai Hotelで、リーダーの激しいドラムと三管のアンサンブルが決して濁らず、しかも統一感がある、まさに理想的なサウンドです。こういう大編成バンドのセッションを上手にレコーディングできるスタジオは非常に稀です。

個人的ベストに入るほどではありませんが、それでも雰囲気の良いJimmy Greene 「While Looking Up」です。

Mack Avenueレーベルらしくマイルドでレイドバックした雰囲気で、リーダーのサックスと、バンドにはギター、ピアノ、エレピ、ヴィブラフォンとバリエーションが豊かな作品です。激しさはありませんが、全体的に重くしっとりと歌い上げるような演奏なので、ゆったりと聴き込むには最適のアルバムです。

こちらは異色な作品のBenjamin Boone 「The Poets are Gathering」です。リーダーのBooneはサックス兼アレンジャー的な立ち位置で、このアルバムでは一曲ごとに異なる作者による詩の朗読をジャズの音楽に重ねています。

全体的なテーマとしてはアメリカの現状を憂うといった感じですが、作者ごとにシリアスなものからノリの良い軽快なものまで多義に渡り、それぞれの雰囲気に合ったバンド構成を選んで、詩のメッセージを補い強調するような作風になっています。

もちろんジャズとしても普通に楽しめる作品であり、一曲ごとにバリエーションが豊かなので、それだけでも十分充実しているアルバムです。

おわりに

今回は2020年に個人的によく聴いたジャズのアルバムを紹介してみました。

いくつか聴いていただけたら実感してもらえると思いますが、ジャズは2020年も健在で、ますます力を増しているようです。

常に揺れ動くリズムと音色による柔軟な表現力や、バンドメンバーのリアルタイムな対話から生まれる即興性といったジャズの魅力は、世界中に優れたミュージシャンがいる限り廃れることは無いと思います。

私にとって優秀なジャズアルバムというのは、たとえば仕事中のBGMとして聴き流していたつもりが、演奏があまりにも魅力的すぎて、つい耳を奪われてしまい、作業を中断してじっくり聴き込んでしまう、というような作品の事です。聴き方や好みは人それぞれだと思いますが、今回紹介した中でも耳を奪われるような作品が見つかってくれれば幸いです。

逆に、2020年に購入したジャズで今回紹介しきれなかったものも沢山あるのですが、それらの中でも「なんかイマイチだな」と思った作品も結構ありました。それらは演奏が下手だとか音質が悪いとかの理由もありますが、とりわけバンドの一体感に乏しい作品というのが多かったように思います。

たとえばメンバーの一人だけ(大抵ドラムかピアノ)が曲の流れや展開を無視して四角四面に楽譜通りに演奏しているとか、スゥイングやグルーヴを無視していきなり溜めまくる自己陶酔ソロを始めるとか、空気が読めない感じの事です。

50-60年代のジャズ黄金期を聴くと、どんな凡作であっても、そのあたりは意外としっかりしているので関心します。そうなると、やっぱり昔のブルーノート名盤とかがあいかわらず人気で、再生ランキング上位を押さえているのも納得できます。過去の名盤が豊富にあるのに、わざわざ新しいジャズを聴く気になれない、というジャズファンが多い事も理解できます。

しかし、今回紹介したアルバムのように、優れたバンドやミュージシャンは健在ですし、黄金期のベテランから若手へのスタイルの継承や橋渡しも上手くいっていると思います。

2021年になっても世界各地でジャズのライブシーンがあり、殿堂といえるジャズバーがあり、レコーディングセッションがあり、ワークショップが開かれ、つまりプロのジャズミュージシャンが活躍している現状があるうちは、懐古主義に留まらずに、リアルタイムなジャズも楽しみたいです。とくにコロナで移動が困難なうちは、アルバムを買って聴いて楽しむ事で、各国のシーンやアーティストの現状を知って、少しでも活動に貢献できればと思っています。