2021年11月20日土曜日

EarMenとAuris Audio試聴レビュー(真空管ヘッドホンアンプの音について)

 EarMen・Auris Audioという兄弟ブランドのヘッドホンアンプを試聴してみました。ハイテクで低価格なポータブルアンプのEarMenと、高級据え置き真空管アンプのAuris Audioという対象的な製品を開発しているメーカーです。

Auris Audio & EarMen

今回これらを試してみることで、いわゆる「真空管アンプ」の何が特別なのか、なぜ音が良いとされているのか、イヤホンやヘッドホンとの相性とは、といった、よくある疑問がかなりわかりやすく一気に説明できる好例だと思ったので、まとめて紹介してみることにしました。

Auris Audio

中央ヨーロッパのセルビアにAuris Audioというハイエンドオーディオメーカーがありまして、EarMenというのは、そのAuris Audio社のポータブルオーディオ向けのサブブランドというような扱いです。

そもそもセルビアにオーディオ企業があるなんていうのも珍しい話ですが、2013年に発足した新興メーカーで、主に真空管アンプを中心に、世界的にも十分通用する本格的な製品を作っています。

Auris Audioのトーンアームやスピーカー用アンプ

Auris Audio Nirvana

デザインはVUメーターやウッドパネルをあしらったエレガントなスタイルが印象的です。一般的な真空管アンプというと、鉄板打ち抜きでスプレー塗装のシャーシに、ハンダ付けの匂いがするようなイメージがありますが、Auris AudioはできるだけそういったDIY感を排除して、まるで高級車や家具のような洗練されたデザインを心がけているようです。これまで真空管アンプは敷居が高そうで敬遠していた人でも興味が湧くかもしれません。

EuterpeとNirvana

スピーカー用アンプのラインナップとは別に、ヘッドホンアンプとしてEuterpe・Headonia・Nirvanaなどのモデルを出しています。なかでも比較的コンパクトなEuterpeはヘッドホンスタンドとしても兼用できそうな薄型縦置きで、USB DACも内蔵しており、カジュアルに使いやすいモデルです。

Headoniaは白と黒が選べます

最上位のHeadoniaは2A3パワー管を搭載する巨大な据え置きモデルで、3.5Wのヘッドホン出力を誇り、本体重量は24kg、価格も100万円超と、かなりハイエンドな製品です。残念ながらこちらは今回試聴できませんでした。

ところで余談になりますが、スピーカー・ヘッドホンを問わず、一般的に「真空管アンプ」と呼ばれるものは、主に二つのタイプに分けられます。比較的よく見るのは、アンプ内のプリアンプ回路(ラインレベル信号)にて真空管を通す事で、音に味付けを加えるのみで、その後実際にスピーカーやヘッドホンを駆動するパワーアンプ回路にはトランジスターやオペアンプなどの半導体アンプを使うタイプで、比較的低価格で真空管っぽいエッセンスを加えたい場合によく使われる手法です。

一方、本格的な真空管アンプというのは、最終的な増幅回路にもパワー管という種類の真空管を使っているものであって、それらはサイズも大きく大電圧・大電流が必要なため、主にコンセント電源が必須な大型据え置きモデルになります。今回のAuris Audioはこちらの部類ですし、それ以外では、ヘッドホンアンプとしてはWoo AudioやCayinなどが有名ですが、意外と選択肢は少ないです。

そもそも真空管アンプというのは高電圧を得意とする反面、ノイズやクロストークなどのスペックではトランジスターには敵わないので、スピーカーアンプとして使うのと比べて、微小な信号をじっくり聴き込むようなヘッドホン用のアンプにはあまり向いていません。

さらに、一般的なスピーカーは8Ω程度のインピーダンスになるように設計されているのに対して、ヘッドホンは一貫性が無く、メーカーやモデルごとに2Ω~600Ωまで幅広いため、出力トランスの事情から、伝統的な真空管アンプ回路でこれらに対応するよう設計するのが困難です。(それについては、今回Aurisアンプの測定を見れば納得してもらえると思います)。

このようなフル真空管アンプというのは独特の音色を楽しむための嗜好品であって、スペック重視のトランジスターアンプとは対極の存在ですので、ようするにクラシックカーと最新スポーツカーの違い、もしくはハーレー・ダビッドソンとレーシングバイクの違いみたいなもので、そもそも比較対象にはなり得ませんし、コストパフォーマンスとかを考えている人には縁のない世界です。

EarMenとAuris Audio

そんな「クラシックカーと最新スポーツカー」の違いがそのままAuris AudioとEarMenに当てはまるような感じです。低価格なポータブルモデルで中途半端な真空管っぽい製品を作るよりも、いっそのこと別ブランドで半導体中心のハイテク製品を展開しようというアイデアは理にかなっていると思います。

ちなみに米国ではMoon Audioなど大手ヘッドホンオーディオショップにてAuris AudioとEarMenの両方を扱っているため知名度がそこそこあるのですが、日本ではこれを書いている時点ではEarMenのみが正式に輸入販売されているようです。先日EarMenブランドで新たに据え置きUSB DACが発表されたので、今後の展開に期待できそうです。

EarMen Tradutto

Auris AudioとEarMenブランドを分けているのも、真空管アンプのAuris Audioの方はコンセント電源なのでPSEやULなど各国で販売するための安全認証を取るのが面倒という事情もあるかもしれません。つまり輸入代理店が一念発起して取り扱いを始めない限りは、どうしても欲しい人は自己責任での個人輸入という形になるだろうと思います。

Auris Audioのアンプ

まず縦置き型のEuterpeというモデルは、一見よくあるハッタリ真空管アンプのように見えますが、ちゃんとプリ管がECC81(12AT7)双三極管、パワー管がPL95五極管を左右で一本づつという構成で、UL接続でトランス出力だそうです。

Euterpe

12AU7とも互換性があるので、高感度イヤホン用途でゲインを下げたい場合は別途そちらに換装することもできます。コレクションで色々持っている人も多いでしょうから聴き比べも楽しそうです。

切り替えスイッチ

PL95パワー管はEL95(6DL5)とも互換性があり、ヒーター電圧が違うので切り替え用のスイッチが用意されています。付属のPL95が4.5V、EL95は6.3Vなので、切り替えの際は注意が必要です。ビンテージ管のコレクターでしたらEL95の方がポピュラーなので、そのための配慮でしょう。

PL95はどのみちミニ管なので出力はそこまで高くありませんが、一応スペックで900mW出せるそうなので、一般的なヘッドホンであれば十分な音量が出せると思います。

フロントパネル

ヘッドホン出力は6.35mmシングルエンドのみで、インピーダンス切り替えスイッチはLOWだと32Ω以上、HIGHでは150Ω以上を推奨しています。32Ω以下のヘッドホンでも、もちろん音が鳴らないわけではありませんが、かなり個性的な鳴り方になりそうです。

リアパネル

内蔵USB DACはESS ES9018で、DSD128・PCM 384kHz 32bitまで対応しているのは嬉しいです。別途DACを用意せずともEuterpeをパソコンに繋げるだけで完結するシステムなので、書斎やベッドルームで使うには最適です。USBインターフェースはXMOSでスマホやDAPのOTG接続も問題なく動きました。RCAライン入力と、さらにRCAアナログプリ出力も用意されており、柔軟に使えそうです。

電源が大きいです

一つ注意点としては、本体とは別に大きな電源ユニットが付属しているため、設置場所には配慮が必要です。

中身は一般的なリニア電源のようなので、真空管オーディオマニアからすると整流管じゃないからダメだと言われるかもしれませんが、Auris Audioのようなハイエンド・ラグジュアリー系ブランドとしてはこれで正解だと思います。(そういうのをこだわる人はもっと別のメーカーを選ぶでしょうし)。

HA-2SF
Nirvana

他には、HA-2SFとNirvanaというモデルも試聴してみました。残念ながら最高級のHeadoniaは未聴ですが、HA-2SFはUS$2,500、NirvanaはUS$5,800とそれぞれ十分すぎるほど高価です。

どちらも本体重量は約10kg、別途電源ユニットは3kgです。両者のシャーシサイズはほぼ同じで、奥行きはHA-2SFが350mm、Nirvanaは390mmと長いので、オーディオラックに設置する際には注意が必要です。(さらに電源ユニットのスペースも確保する必要があります)。

綺麗に仕上げてある本体と比べて電源ユニットとケーブルはちょっと荒削りな感じなので、そのあたりはもうちょっとエレガントに仕上げてもらいたかったです。電源ハーネスもガレージメーカーにありがちな無骨な丸形コネクターを使っており、木目調の本体に対してバランスが悪いように思います。

HA-2SFのリアパネル

Nirvanaのリアパネル

DACは搭載しておらず、ライン入力はRCA×2とXLR×1、ヘッドホン出力は6.35mmシングルエンドと4ピンXLRバランスです。HA-2SFのみゲインスイッチとRCAプリ出力もあります。

ボリュームは別売リモコン操作も可能と書いてありますが、今回は使いませんでした。

熱いのでガラスプレートで保護されています

HA-2SF

Nirvana

HA-2SFは出力が2Wで、プリ管がECC82(12AU7)が一本、パワー管は双三極管ECC99が四本です。一方Nirvanaの方は出力が6.5Wでプリ管は同じくECC82が一本、パワー管は五極管EL34が二本です。

ECC99というのは真空管メーカーのJJが2000年頃に独自に発売した新しい管なので、自作マニアの間でも色々な使いみちが模索されているところです。つまり60年代とかの古い設計をそのまま流用することができないので、アンプメーカーとしての技量が試されます。ロシアの有名な6N6Pというビンテージ管をそのままECC82/12AU7のピン配列に作り直したような感じで、つまり一応12AU7とピン互換ですがヒーター電圧も動作特性も全然違うので、差し替えだけではまともに鳴りません。

12AU7よりもパワーが出せるものの、スピーカーをしっかり鳴らせるほどではなく、でもプリ管として使うなら12AU7で十分なので、帯に長し・・・でなかなか使い所が難しい管だったところ、ヘッドホンアンプ用としては絶妙にちょうどよいので、最近は採用するメーカーも増えてきました。

Nirvanaのパワー管のEL34や、同類管のEL84・6V6・KT77といえば、オーディオよりもギターアンプで広く使われている事で有名です。

歪みがスムーズなパワー管として、マーシャルなど英国ギターアンプで長らく採用されており、ギターファンにとっては親しみのある管です。一般的にオーディオ用途としては6L6・KT88の方が低歪みなのでそちらが選ばれることが多いですが、メサブギーのようにEL34・6L6の差し替えスイッチがあるギターアンプもありますし、オーディオでも独特なサウンドを狙ってEL34やEL84を使うメーカーも多いです。

パワー管の違い以外では、高価なNirvanaの方は自社製のカスタム出力トランスを搭載ということで、それも価格差に反映されているのだろうと思います。

ちなみに公式スペックを見ても、最大出力での歪み率などに関しては記載されていません。どの程度の歪み率までが許容範囲かというのは、個人差というか解釈が分かれるところです。

HA-2SF

Nirvana

どちらもシングルエンドで出力トランスのインピーダンス切り替えはHA-2SFが「LOW・MEDIUM・HIGH」の三段階、Nirvanaは「32・80・150・300・600Ω」の五段階から選べます。

推奨されるヘッドホンのインピーダンスは32~600Ωと書いてあるので、Euterpeと同様に、8Ωなどの低インピーダンスイヤホンを鳴らすのはおすすめできません。(そのあたりは後述するグラフを見れば納得してもらえると思います)。

EarMen TR-Amp

次にEarMen TR-Ampを見てみます。ES9038Q2M DACに強力なヘッドホンアンプを組み合わせたポータブルDAC・ヘッドホンアンプで、日本では2021年6月発売、価格は4万円程度と、この手の製品の中では比較的買いやすい価格設定です。

EarMen TR-Amp

真っ赤なアルミシャーシは自作キットみたいで親近感があります。ヨーロッパ製と書いてあり、こちらもセルビアでしょうか。ネットの写真を見ると黒のバージョンもあるみたいですが、私が使ったのは赤でした。

TR-Ampというのは、トランジスターアンプという意味と、ポータブルということで、流浪する放浪者(Tramp)をかけたジョークだと思います。

この手の古典的なポータブルDACアンプは最近は選択肢が少なくなってしまったので、新たな候補が参入してくれるのは素直に嬉しいです。古いモデルもまだまだ現役で使えるものが多いですが、DSDとかUSB OTG対応が中途半端だったり、USBがマイクロやミニだったり、なにかと弱点があるので、その点TR-Ampのような新作の方が使い勝手が良いです。

バランス端子はありません

同じく赤いiDSD Diabloと比較

フロントパネルは6.35mmと3.5mmシングルエンドヘッドホン出力とボリュームノブだけの潔いデザインです。ボリュームノブを最小まで下げると電源が切れます。

USB Cなのが嬉しいです

充電しながら音楽が聴けます

最近のモデルとしてはヘッドホンのバランス出力が無いのは珍しい判断だと思いますが、USB端子にはUSB Cを採用しているのは嬉しいです。しかもiFi micro iDSD Signature/Diabloと同じように充電用と音楽データ用で端子を分けてあるので、ACアダプターで給電・充電している状態でもスマホなどOTG接続で音楽が聴けます。

一つ注意点として、端子がUSB Cであっても中身はUSB 2.0配線のようなので、USB C→USB Cケーブルを使う場合にはOTGケーブルでないと認識しない場合があります。たとえばSparrowに付属していたUSB C→USB CケーブルではEarMenロゴがある方をアンプ側に刺さないと認識してくれませんでした。スマホからOTGアダプター経由でUSB A→USB Cケーブルを使うのが一番確実です。

さらに背面にはステレオRCA出力があり、ボリューム固定かフロントボリュームノブと連動するかをトグルスイッチで選べます。卓上でアクティブスピーカーとかを鳴らすには便利かもしれません。

HF Playerにて

本体重量は240g、バッテリーは3700mAhで約10時間再生、USB入力はDSD256 PCM 384kHz 32bit、MQA rendering対応と、最先端のフォーマットに対応しており、D/A変換はES9038Q2M、ヘッドホンアンプはTPA6120という王道の組み合わせです。

マニアは高価なオペアンプだとかディスクリート構成が良いなどという話になってしまいがちですが、やはりこの価格帯でヘッドホンをしっかり高出力・低ノイズで鳴らすとなると、TPA6120チップアンプに優るものはありません。

付属品はUSB A→Cの長いケーブルのみで、ACアダプターは付属していませんでした。できればポータブル用にもうちょっと短いケーブル類を同梱してくれれば嬉しかったです。

USBドングルタイプのEarMen Sparrowに付属している短いUSB C→Cケーブルがちょうどよいサイズだったので、今回はそれを使いました。

 EarMen Sparrow

Sparrowのようなドングルタイプのヘッドホンアンプは市場に溢れかえっているので、あえて試聴する意欲も沸かなかったのですが、せっかく手元にあるので試してみました。

EarMen Sparrow

価格はUS$199、中身はES9281PROチップを搭載しています。最近だとHiby FC3やTHX Onyxなんかも同じチップを使っていますね。ただし、それらとは違い、EarMen Sparrowは2.5mmバランス出力も搭載しているのがユニークです。

ところで、TR-Ampはバランス非搭載なのに、こっちはバランス対応なのが面白いですが、こういう合理的な判断は好感が持てます。

つまり、Sparrowはバッテリー非搭載でスマホからのバスパワー給電に頼るため、あまり大きな電圧を期待できませんから、出力のバランス化で高電圧を稼ぐメリットがありますが、一方TR-Ampはバッテリー内蔵なのでシングルエンドでも十分に高い電圧が得られるため、あえてバランス化するコストメリットは薄いということでしょう。

コスト度外視の高級機ならとりあえずバランス回路を搭載するのも悪くないと思いますが、TR-Ampのようにある程度の予算に収めるとなると、一概にバランス化する方が音質が良いとは言えないのが製品開発の難しいところです。(その分だけ他の部分でコストカットしないといけないので)。

フォーマットはDSD128・PCM 384kHz 32bit・MQA rendering対応ということで、スマホのハイレゾ・ロスレスストリーミングを手軽に楽しみたい人にとっては十分すぎるハイスペックな製品です。

ちなみにSparrowからバランス出力を除外したEagleというモデルもあるのですが、今回私が使ったのはSparrowのみでした。スペックを見る限りバランスの有無以外は同じようです。

EarMenの出力

いつもどおり、0dBFSの1kHzサイン波信号を再生して、負荷を与えてボリュームを上げていって歪み始める(THD > 1%)時点での最大出力電圧(Vpp)を測ってみました。


まずTR-AmpとSparrowのみのグラフです。ちなみにSparrowは青の実線がバランス出力で、破線がシングルエンドです。

こうやって見ると、Sparrowはドングルタイプながらなかなか健闘しており、バランス出力を活用することで電圧を稼いでいることがわかりますが、やはりUSBバスパワーは根本的に電力不足なので、いくらバランス出力を使っても、50Ω以下くらいからはTR-Ampのシングルエンド出力には敵いません。

ちなみにTR-Ampは公式スペックで3.4Vrms・350mW(32Ω)と書いてありますが、実測でも3.3Vrms (9.3Vpp)で335mWだったので、ほぼぴったりスペック通りです。

Sparrowはバランス出力で1.8V・110mW(32Ω)と書いてあり、こちらは実測でもうちょっと上まで出せました。

同じテスト信号で、無負荷時にボリュームを1Vppに下げて負荷を与えてみます。

Sparrowの方はスマホのボリュームステップの事情からぴったり1Vppには合わせられなかったので、0.64Vppでテストを行いました。

グラフを見てわかるとおり、10Ω以下まで横一直線に定電圧駆動を維持できています。Sparrowのバランス出力のみ僅かに落ち込みますが、デメリットと言えるほどではありません。低インピーダンスなマルチドライバーIEMイヤホンとかを正確に駆動するためにしっかり作られたアンプ設計のようです。

参考までに、TR-AmpのライバルであろうiFi Audio micro iDSD Signatureとnano iDSD BLのグラフと重ねてみました。どちらもシングルエンド出力です。

こうやって見ると、どれも1V定電圧出力はぴったり一直線で優劣つけがたいですが、最大電圧ではやはりmicro iDSDのTurboモードが圧倒的です。TR-Ampの最大電圧はnano iDSD BLとほぼ同じで、60Ω以下の低インピーダンスヘッドホンを使う場合ではTR-Ampの方がパワーがあります。価格的にもmicro iDSDとnano iDSDの中間くらいというのは納得できます。

ところで、TR-Ampのヘッドホン出力について一つだけ気になる点がありました。ボリュームノブを上げていくと、ある地点からDCオフセットがいきなり大きくなるのです。

上のグラフは手動でボリュームノブを回したので、若干の誤差はあると思いますが、ようするに無音から30%くらいまではオフセットがほぼ無いのですが、そこを超えると一気にオフセットが-80mVDC程度に上昇しています。

ちなみに、このオフセットはヘッドホン負荷を与えても変わらず、かなり低インピーダンスですので、音質への影響は少なからずあると思います。

DCオフセットというのはつまり常にドライバーの振動板が片側に若干押されている状態ですから、振動板の前後の動きにクセがついてしまいます。一般的には大きなオフセットがあると音が詰まったようなハイテンションになる傾向があります。たとえばクラシックの録音などでは平均レベルが低くダイナミックレンジが広いため(大音量の部分はほんの一瞬の出来事で、演奏のほとんどが小音量なので)ボリュームを上げて聴く事になります。そういう録音を聴く場合はオフセットの影響が顕著になるだろうと思います。

Auris Audioの出力

次に、Auris Audio Euterpe、Nirvana、HA-2SFの出力です。これらを測定するにあたって一つ問題点があります。

公式スペックを見ると、たとえばNirvanaの出力は6.5Wだと書いてありますが、これはどれくらいの歪み率での数値なのかが書いてありません。

このブログでは普段から「ボリュームを上げていって、1kHzサイン波の歪み率が1%になった時点での出力」を測っています。これは多くのアンプメーカーが目安としている数値ですし、StereophileやHi-Fi Newsなどの雑誌でも同様です。もちろんもっと高性能なスタジオ機器ですと、社内ルールとして歪み率0.1%での出力を掲げているメーカーもあります。

Nirvanaで50Ω負荷でボリューム50%の状態

ところが今回のような真空管アンプの場合、ある程度の負荷(ヘッドホンのインピーダンス)がかかった状態では、ボリュームノブを半分も上げない頃から容易に歪み始めて、歪みが増しながらも音量もどんどん大きくなっていきます。つまり、トランジスターアンプにあるような明確な「頭打ち」という概念が無く、最終的には20%以上歪んでも、まだ音量のマージンがあるような感じです。

では、歪み率1%は良くて5%はダメなのかというと、そういう明確な線引きはありません。真空管の魅力として、オーディオでもギターアンプでも、音楽と同調するような倍音成分(つまり歪み)を与えて、本来の音以上に美しい音に仕上げてくれるという意図があります。

Nirvana
HA-2SF

歪みというのは単なるパーセント数値だけで表せるものではなく、それぞれに高次高調波の複雑な個性があるので、そのためにアンプメーカーはパワー管をECC99やEL34と変えるわけですし、同じ管でもメーカーやビンテージ品などで音色の個性は大きく変わります。公式スペックの数値も、サイン波のRMSで計算するのと、完全に歪みきった矩形波っぽい波形をテスターのTrueRMSで測るので定義が変わってきます。

そんなわけで、今回Auris真空管アンプでは歪は一切無視して、1kHzサイン波でVppがほとんど上がらなくなる最大電圧を測ってみました。Euterpeはデジタル入力で0dBFSを再生して、HA-2SFとNirvanaはアナログ入力のみなので、Chord QutestのRCA 3Vrmsモードを使いました。これくらい高い入力ならボリュームノブが最大になる前にアンプが完全に飽和します。

ごちゃごちゃしていますが、赤がNirvana、青がHA-2SF、緑がEuterpeです。

ところで、NirvanaとHA-2SFには4pinXLRバランスと6.35mmシングルエンド出力が用意されていますが、これらの出力はほぼ同じ結果になりました。トランス出力で接地されず浮いている状態なので、単純にどこを0V基準点として測るかの違いのようです。(測定には差動プローブを使いました)。

真空管アンプらしく、無負荷時Nirvanaは153Vpp、HA-2SFは162Vppととんでもない高電圧が得られます。もちろん電圧ゲインが飽和する前に電流が飽和するため、トランジスターアンプのような定電圧駆動というわけにはいかず、ヘッドホンのインピーダンスが下がるにつれて最大電圧も一気に落ち込みます。

Log-Log

もうちょっと見やすいように、NirvanaのみLog-Logグラフで表すとこんな感じになります。こうすればインピーダンスセレクターノブの挙動が理解しやすくなります。

およそ100Ω負荷あたりを中心に電圧と電流の配分傾斜が変化しているのがわかります。そもそもトランス(変圧器)の定義というのはそういうものです。つまりセレクターで600Ωを選べば、高インピーダンスヘッドホンでの最大電圧ゲインは高くなるものの、低インピーダンスヘッドホンでは逆に下がってしまうという事です。

次に、同じ1kHzテスト信号で、無負荷時にボリュームノブを1Vppに合わせて、負荷を与えていった時の電圧の落ち込みです。

先程のTR-Amp、Sparrowと比較してみると一目瞭然ですが、トランス出力の真空管アンプというのは出力インピーダンスが非常に高いので、どんな負荷でもぴったり1Vが維持できるような定電圧駆動は実現できません。

こちらもごちゃごちゃしてわかりにくいため、Nirvanaのみを抽出したグラフはこんな感じになります。

こうやって見ることで、インピーダンスセレクターと出力の関係がわかりやすいです。セレクター表記の32 / 80 / 150 / 300 / 600Ωにてそれぞれ実測で出力インピーダンスを計算してみると、およそ25 / 58 / 128 / 165 / 240Ωくらいになりました。

真空管アンプの「インピーダンス切り替えスイッチ」はそもそもなんのためにあるのか、どこに合わせるのが正解なのかわからない、という人は、これらのグラフを見ればなんとなく理解できると思います。Nirvanaの場合、600Ωに設定することで最大電圧が得られますが、定電圧駆動に近づくのは32Ωの方です。

Focal Clear Mg

一例として、Focal Clear Mgを接続してみるとどうなるでしょうか。このヘッドホンは公式スペックでは55Ωと書いてありますが、実際にインピーダンスを測ってみると、確かに中域は55Ωくらいであっても、低音域は500Ωにまで上昇しています。

先程のグラフにFocal Clear Mgの中域の55Ωと低域の500Ωを重ねたグラフです。つまりNirvanaにFocal Clear Mgを接続して音楽を聴くとどうなるかを表しています。

TR-Ampであれば1Vの定電圧を維持できているので(つまり出力インピーダンスが限りなくゼロに近いので)、Clear Mgの中域の55Ωも、低音の500Ωも、等しく1Vでドライバーが駆動されます。

Nirvanaを使った場合、低域の500Ωと中域の55Ωではヘッドホンに与えられる電圧が大きく異ることがわかります。

インピーダンススイッチを32Ωに設定した場合、低域はほぼ1Vの0.98V程度なのに対して中域は0.7Vに落ちるので、低域と中域で約0.28Vの電圧差つまり音量差が発生します。

インピーダンススイッチを600Ωにした場合はさらに差が開き、低域は0.89Vで中域が0.21Vなので0.68Vもの電圧差です。ようするにFocal Clear Mgの低域が強調されるような状況です。

Focal Clearのスペックに書いてある104dB/mWで、TR-Ampの1V定電圧で鳴らすのがフラットだと仮定して、上記グラフで得た電圧を音量に換算すると大体こんな感じになります。

実際は音楽波形は常に変化しているので、ここまで単純ではなく、もっと複雑な事が起こるのですが、一番簡単に考えると、アンプの出力インピーダンスが上昇することで、ヘッドホンのインピーダンス特性が周波数特性に影響を与える事は理解できると思います。

ではこれは悪いことなのかというと、そうでもなく、音楽はあくまで主観的なものですから、スペック重視なら真空管にせずトランジスターで良いのでは、という本末転倒な話にもなってくるので、多くの真空管アンプメーカーはあえて真空管らしい特徴を強調するように設計しているなど、鶏が先か卵が先かというジレンマに陥りがちです。

結構なAC電圧です

Auris Audio真空管アンプを使用する際に、一般的なトランジスターアンプとは勝手が違う、真空管アンプならではの注意点があります。

さきほど出力グラフで見たとおり、ヘッドホン出力はトランス出力で、XLRバランスと6.35mmステレオジャックのどちらもシャーシアースに落としていない状態なので、特に6.35mmは本来グラウンドであるべきスリーブ(取っ手の部分)がバランスのコールドとコモンになっています。

つまり1kHzテスト信号を再生しながら6.35mmスリーブ対シャーシアースをテスターで測ってみると、ボリュームに連動して最大73Vrmsつまりアンプの振幅そのままが観測できてしまいました。

グラウンドに落とせればそれで結構ですが、金属製イヤホンなど浮かせた状態で聴いていて、急にイヤホンを金属の電子機器の上に置いたり、6.35mm→RCAアダプターケーブルを挿すなど本来の想定外の使い方をするのは危ないです。感電まではいかなくとも、デジタル系など繊細なデバイスでグリッチや不具合を起こすリスクはあります。

これはつまり、スピーカー用アンプと同じ考えでヘッドホン出力端子を設計しているからでしょう。スピーカー用真空管アンプに慣れている人なら「トランス出しなのだから浮いていて当然だろう」と思うかもしれませんが、ヘッドホンやイヤホンのように頻繁に抜き差しして、キャパシタンスがあって、プラグの取っ手や本体が他の機器に触れやすい機器では、ここまでの電位がケーブルのスリーブやシールドに現れるのはちょっと心配です。

EarMenの音質について

まずEarMen製品の試聴にはスマホやHiby R6PRO DAPからUSB OTG接続で鳴らしました。接続に関しては不具合には遭遇せず、挿すだけですぐに使えました。

TR-AmpとSparrow

TR-AmpにはこのUSB C-Cケーブルは付属していません

ドングル型のSparrowはこれといって可も不可も無く、この手のヘッドホンアンプでよくあるタイプのサウンドです。ノイズが低く情報量が多い、余計な小細工の無い仕上がりなので、高能率IEMイヤホンをバランス駆動で鳴らすとかであれば、数万円台のポータブルDAPなどと比べても遜色ありません。

とは言ったものの、やはりTR-Ampに乗り換えると明確なアップグレードが実感できます。最近はこの手のポータブルDACアンプの選択肢が少なくなっていますが、スマホやパソコンで充実した音楽鑑賞を楽しみたいなら、ドングル型よりもやはり強力な電池内蔵のポータブルDACアンプを使う事をおすすめします。

ATH-ADX5000

特に大音量でヘッドホンを鳴らすと違いが明白です。オーディオテクニカATH-ADX5000は見た目から想像できるように爽快感のある派手なサウンドで、下手なアンプを通すと暴れやすい、アンプの個性が増幅されるようなヘッドホンです。

Sparrowで聴くと、決して音が悪いというわけではないものの、どんな音楽を聴いても一定の枠組みの中に収まっているような、ダイナミクスが固定されて淡々と流れていく感覚がありますが、TR-Ampで鳴らすことで一音ごとの強弱の違いや展開の盛り上がりが伝わってきます。

Sparrowと比べてTR-Ampではいわゆるヘッドルームに十分な余裕を感じさせてくれて、ボリュームを上げていっても不快感がなく、より音楽の奥深いところまで見通せるようになるので、アンプの設計が優れている証明だと思います。

IE900

この手のアンプの中ではノイズフロアは十分低く、サウンドもシャリシャリしていないのでイヤホンとの相性も良いです。サウンドの傾向は比較的無個性で、下手に凝った演出を狙っていないため、相性とかも気にせずに使えそうです。

特徴があるとすれば、音量を上げていくと中域のメリハリが強く前に押し出されるような感覚があるので、リラックスしたリスニング環境というよりはボーカルやソロ楽器が太く描かれる傾向で、たとえばiBassoとか、ソニーのポタアンのDSEE機能を切った時のような印象に近いかもしれません。昔のPHA-3みたいにどんなイヤホンでもしっかり鳴らしてくれる信頼のおけるパートナーになりそうです。

とくにiFiやFiioなどの軽量ポタアン(Hip-DACやNano iDSD、Q3シリーズなど)と比べると一つ上の迫力のあるサウンドなので、ドングルタイプからのアップグレードや使い分けを検討しているなら、中途半端に安価なものよりもTR-Ampくらいを目指す方がメリットが実感できると思います。

さらに上を見るとChord Mojo、iFi Audio micro iDSDシリーズ、Chord Hugo 2などベストセラー機が視野に入ってくるので、そのへんになると音の好みや用途に応じて変わってくると思います。個人的にはTR-Ampの音質はちょっと地味に力強すぎて、昔のロック曲のCD音源とかを聴くには良いですが、最新DSDやハイレゾ録音のメリットを引き出すのは不得意のように思えたので、その点ではmicro iDSDシリーズの方が好みです。逆に劣悪な録音を補完して聴きやすくしてくれる演出が欲しいならJVC SU-AX01(すでに生産終了)とかChord Mojoみたいなモデルの方が良いです。

そんなわけで、このTR-Ampは小型化やバスパワー依存で性能に限界があるエントリー製品と、音質重視で独自の個性を伸ばす方向の高級製品のちょうど中間に立つような、値段と性能と音質のバランスが絶妙な立ち位置にあるレファレンスデザイン的なモデルだと思います。

ちょっと前に生産終了したiBasso D14というモデルや、さらに昔のソニーPHA-3などは似たような理由で個人的にかなり気に入っており、私自身はすでにD14を持っているので今回TR-Ampを買い足す気にはなりませんでしたが、今回TR-Ampの真面目な性格は現在におけるD14の進化系というような印象を受けました。

Auris Audioの音質について

Auris Audio真空管アンプの試聴では、USB DACを内蔵しているEuterpe以外はChord DaveのXLRライン出力をソースとして使いました。(普段はHugo TT2を使うのですが、後述するトラブルがあったので)。

DAVEとNirvana

試聴に使うヘッドホンには、ひとまずインピーダンス特性が一定で出力インピーダンス変化の影響を受けにくいHifiman Aryaを使い、アンプ側のインピーダンス設定は最低を選択しました。つまり相性問題が起こりにくく、純粋にアンプの音質特性が伝わりやすい組み合わせです。ある程度アンプの特徴を把握してから、もうちょっとクセが出やすいATH-ADX5000やFocal Clear Mgなども鳴らしてみました。

Hifiman Arya

Euterpe、HA-2SF、Nirvanaのどれも音量ゲインに関しては十分すぎるほど強力なので、試聴に使ったヘッドホンでは音量不足になることは全くありません。

とくにNirvanaはゲインがかなり高いので、今回どのヘッドホンでもボリュームノブを25%よりも上げることはありませんでした。ボリュームノブ自体は優秀で、そこそこ絞っても左右のギャングエラーは気になりませんでしたが、微妙な音量調整が困難なので、可能であればラインソース側の出力を下げると良いかもしれません。

まずAryaで一通り聴き比べてみたところ、Auris Audioアンプ全体の共通点として、真空管アンプとしては熱雑音やトランスのハムなどのバックグラウンドノイズが比較的静かで、音量による音質変化も少ないため、扱いやすい設計を目指しているように感じられました。もちろん真空管アンプですからボリュームを上げたときのノイズレベルはChord Daveのヘッドホン出力などと比べれば大きいですが、他社の真空管アンプではフルパワーで鳴らさないと最高音質を引き出せないモデルもある中で、Auris Audioは総じて汎用性が高いです。

サウンドの仕上げ方も無闇にリッチな厚みを加えておらず、たとえばChord Daveのヘッドホン出力と交互に聴いてみても、単純に風味の違いというだけで、言われなければ真空管と気が付かないかもしれません。

Euterpe、HA-2SF、Nirvanaと聴き比べていくと、単純に高価なモデルになるにつれ段階的に音質がグレードアップするのではなく、それぞれに独自の魅力が感じられるよう仕上げているようです。

Euterpeは丸くコンパクトにまとまったサウンドで、派手な尖りや重低音の音圧などはマイルドに抑えて、空間の広がりや奥行きも限定的なので、たとえばモニター調でカリカリしたヘッドホンでも、Euterpeを通して聴く事で全体的に落ち着きのあるリラックスした音楽体験が得られます。

ドラムやパーカッションなどが四方八方に飛び散らばり翻弄されるのではなく、じっくりと音色主体のまろやかな音楽の流れが楽しめるので、シビアなオーディオマニアというよりは、デスクトップに置いて気が向いた時に気軽に音楽を聴きたい人に適していそうです。気軽と言っても音色のクセは少ないので、ハイエンドなヘッドホンでも十分に通用するアンプです。

HA-2SFはシャーシが一気に大型化するだけあってサウンドの性格もかなり変わります。Euterpeと比べるとホットで力強く、音が顔面に向かって飛び出してくるようなイメージです。空間の広がりはEuterpe同様コンパクトにまとまっており、余計な響きが長引くようなことも無く、全体の情景というよりは音像そのものの質感をしっかり描き出してくれます。なんとなくギターアンプとかのホットさに通づるものがあるので、ボーカルマイクの温かみのある飽和っぽさやエレキギターの音圧を見事に再現してくれて、多くの人が真空管アンプと言われて想像するようなサウンドに一番近いだろうと思います。

Daveのヘッドホン出力と交互に比べてみると、HA-2SFは高音が広がるような抜けの良さや空気感は限定的ですが、その代わりにボーカルやピアノなどの一音ごとに暖かく輪郭を照らしているような雰囲気は真空管ならではの魅力があります。

逆に言うと、DACなどの上流ソースが濃すぎてはHA-2SFとの二重効果でクセが強くなると思うので、HA-2SFのメリットを活かすにはできるだけ高解像でスッキリしたソースを選ぶのが良いです。

最後にNirvanaを聴いてみました。シャーシサイズはHA-2SFとほとんど同じですが、パワー管や出力トランスが違う事で内部の回路も相当変わっているようで、サウンドの印象もずいぶん違います。

こちらはHA-2SFよりも空間のスケールが大きく、音が広く分散するような感覚で、リスニング音量はそこまで変わらなくても、潜在的にかなり余裕を持って駆動している事が伺えます。

バンドやソロ演奏などの音像中心のHA-2SFと比べて、Nirvanaはオーケストラや複雑なマルチトラック曲の全体を描くのが得意なようで、交響曲やオペラでも十分に対応してくれます。音像自体が細いというわけではなく、それぞれの間にある空間の余白が自然に表現されているので、音が平面的にならず、左右だけでなく前後の奥行きにも分散してくれるのが決め手のようです。

今回試聴した中でDave直出しのヘッドホン出力に一番近いと感じたのがNirvanaだったので、つまり余計なクセや濁りを極力加えずに信号を増幅してくれているという事でしょう。小音量でカジュアルに聴くぶんにはDaveで聴くのとそこまで違いが感じられません。

音量を上げていくと、Nirvanaを通した方が低域の弾みや中域の厚みがあり、奥行き方向で響きに包まれるような感覚があるのに対して、Daveの方が上下にも音が広がってくれます。Hifiman Arya自体が至近距離で繊細な音色の質感を楽しむようなヘッドホンなので、Daveではそれがそのままの形で鳴ってくれるのに対して、Nirvanaを通すことで前方の視界の奥行きを提供してくれて、普段とは違った、もうすこしスピーカーに近い鳴り方で楽しめるようです。

どちらが優れているかというよりは、今回の構成のように、DACにトランジスター系ヘッドホンアンプが用意されていれば、Nirvanaを追加しても、アルバムやヘッドホンごとにトランジスターと真空管のどちらで聴くか選べるので最善の構成でしょう。もちろんDaveほど高価でなくとも、Hugo 2はもちろんのこと、他にもiFi micro iDSDやQuestyle CMAなど、DACヘッドホンアンプ複合機でライン出力を装備しているものに、あえてヘッドホンアンプを買い足すのであれば、真空管アンプを選ぶメリットがありそうです。

Focal Clear Mg

先程の測定グラフで予想した通り、Focal Clear Mgのようにインピーダンス変動が大きいヘッドホンを聴いてみると、アンプのインピーダンスセレクターを上げていくことで鳴り方がどんどん変わっていきます。Clear Mgの場合、単純に低音の量がブーストされるというよりは、低音を中心に音色そのものが緩く広がっていく、柔らかく滲むようなサウンドに変化していきます。

使い方としては、ひとまず一番低い32Ωモードに設定しておいて、自分の好みに合うところまで一段階づつ上げていくのが良いと思います。

わざわざ意図的にサウンドを緩くする必要があるのか、理想的なアンプの特性に反しているのではないか、と主張する人もいるかもしれませんが、個人的にかなり実用的だと思える場面もありました。

クラシックのファンならご存知かと思いますが、たとえばこのロジェストヴェンスキーとソ連国立文化省交響楽団のショスタコーヴィチなど、本家ロシア・メロディヤの録音はデジタルでもアナログでも総じてかなりシャープで鮮烈、特に金管がうるさすぎて拷問のような作風が多いです。

こういうのはオーディオシステムで原音忠実を目指すのはむしろ逆効果です。(その方が作曲家の苦悩が伝わるというなら同感ですが)。この場合Focal Clear MgとNirvanaで、あえてインピーダンスセレクターを150Ωくらいに設定することで、かなり楽しめるようになります。

単純にイコライザーで高音を絞るのとは違い、金管の鮮烈さは維持したまま刺々しいエッジが解消され、ドライな管弦セクションの首を絞めるようなサウンドに複雑な倍音成分が付加されて、厚くビロードのような鳴り方に変化します。さらに、デッドな背景に残響が広がるような効果が与えられ、よりリアルで生演奏っぽい体験が得られるようです。モスクワがウィーンに変身するとまでは言いすぎかもしれませんが、フィリップスのキーロフ録音くらい楽しめるようになるのは確かです。

特にHA-2SFと比べてNirvanaの方が格段に空間のスケールが大きく、十分な余白があるため、響きが豊かになって、オケのセクションが増強されたように聴こえても混雑しているような感じはありません。その点HA-2SFはどちらかというと音色自体を強調するようなアンプなので、Clear MgでインピーダンスセレクターをHIGHにすると、音が鈍ってマイルドになる程度に留まります。

どちらも平面駆動型などの鳴らしやすいヘッドホンを使う場合はそこまで大きな違いは感じられないのですが、「劣悪な録音をクセの強いヘッドホンで聴く」ような状況では、高価なNirvanaの方が特別な魔法のような効果を発揮してくれるポテンシャルを秘めているようです。そのあたりに価格差が現れているのでしょうか。

もちろん必ずしも良い魔法というわけではなく、インピーダンスセレクターの悪い効果を実感したければ、インピーダンスが非常に低いマルチBA型イヤホンを使ってみるのが一番わかりやすいです。

たとえば先日紹介したCampfire Audio Holoceneがちょうど良いです。その時に測定したインピーダンスグラフを見てもらえるとわかるように、このイヤホンは低域は3Ω付近にまで下がり、中高域には20Ωまで上昇するピークがあります。


このようなイヤホンをNirvanaで聴いてみると、32Ωモードでも高音寄りでスカスカな音で驚きますが、さらにセレクターを回してインピーダンスを上げていくと、低音がどんどん出なくなり、シャリシャリしたピーキーなサウンドに変化していきます。

そんなHoloceneをあらためてEarMen TR-Ampに接続して聴いてみると、低音が豊かなバランスの良いサウンドが蘇るので、本来はこういう音だったのかと驚かされます。

IE900

真空管アンプは必ずしもイヤホンと相性が悪いというわけではなく、例えばゼンハイザーIE900のように可聴帯域全体で16Ωをぴったり維持しているイヤホンでは、よく言われるダンピングファクターで考えると相性が悪く思えるかもしれませんが、実際はそこまで周波数特性は変な事にはならないため、真空管っぽい音色を快適に楽しめます。

もちろんイヤホンというのは総じて感度が高く、遮音性も高いため、真空管アンプ由来のノイズは気になります。Auris Audioのアンプは真空管としてはノイズは低い部類かもしれませんが、普段高性能なトランジスターアンプを聴き慣れている人にとっては、これが一番のネックになるかもしれません。ボリュームを上げていくとホワイトノイズが増大するのはもちろんのこと、スマホやBluetoothマウスなどをパワー管の付近に近づけると電波によるチリチリノイズが目立つなど、環境に影響を受けます。

ACアダプター機器を接続すると

とんでもないノイズが出ました

実例として、今回Nirvanaにて、普段どおりにChord Hugo TT2をラインソースとして繋げる予定が、ノイズが出てまともに聴けなかったので急遽Daveを使うことになりました。

この手の経験がある人ならすぐに気がつくと思いますが、Daveはコンセント直挿しでシャーシアースが取れているのに対して、Hugo TT2はアースの取れていないACアダプター駆動なので、それがループアンテナになって色々なノイズが発生したようです。解決策としてHugo TT2と共通の接地が取れればノイズはだいぶ減りますが、さらに上流にノートパソコンを使っていて、それをACアダプターで給電中だとノイズが出るなど、なかなか悩ましいです。

また、私の友人が別のメーカーの真空管ヘッドホンアンプにて、偶然にもリスニングルームの壁の反対側に配電盤があったせいで電磁波ノイズに悩まされ、結局アンプ本体をバーベキューで使うアルミトレーで屏風のように覆う事で対策したなんてこともありました。

近辺にパソコンやテレビなど余計な家電製品を置かないように徹底したり、最近だと電磁シールドを施したオーディオグレードのネットワークスイッチなんてものもあるくらいです。

何が言いたいのかというと、Auris Audioはそのままでも十分良い音で楽しめますが、真空管アンプのポテンシャルを最大限まで引き出すには、それ相応に上流ソースから周辺機器や近辺の電磁波に至るまで、しっかりと配慮する覚悟が必要だということです。私を含めて多くのオーディオマニアが真空管アンプに手を出さないのは、音質の善し悪し以前に、そのあたりの面倒や自信の無さから来ているかもしれません。逆に言うと、こういうハイエンドな真空管アンプをしっかりと「使いこなせる」人こそ尊敬できるベテランだと思います。

おわりに

今回はAuris AudioとEarMenという兄弟ブランドを見てきました。

価格も設計コンセプトも正反対に異なるアンプなので、一つのブログ記事ではなく二つに分けたほうが良かったのでは、と思われるかもしれませんが、あえて比較することで気がつく点も多いと思いました。しかもそれらが一つのメーカーによる製品だというのが、なお面白いです。

今回の比較で考えさせられるのは、単純に音質レビューや紙面スペックに頼るのではなく、自分が何を求めているのかを考えてみる事です。

EarMen Sparrowは最近のドングルの中では比較的真面目に作られていると思いますし、TR-AmpはポータブルDACアンプとして性能は必要十分、サウンドもハイテンションな個性があり、聴き応えがあります。

とくにTR-Ampは4万円台という価格もiFi Audio micro iDSDシリーズとnano iDSDシリーズのちょうど中間くらいで、使用感やスペック面でも健闘しています。普段の薄味なDAPやスマホドングルとは一味違う力強いドライブ感が味わえるので、たとえばDT770やHD600など古典的な開放モニターヘッドホンを所有していて、サウンドが淡々としすぎて物足りないと感じたならTR-Ampを通すメリットが実感できると思います。

しかしトランジスターアンプでは、どれだけ頑張ったとしても真空管アンプのサウンドは実現できません。

今回Euterpe、HA-2SF、Nirvanaと段階的に聴いてみたところ、上位モデルに進むにつれて、それぞれチューニングの違いというだけではなく、組み合わせるヘッドホンや設置環境などへの要求がシビアになる一方で、それに対する音質の見返りも大きくなる、ニッチな製品になっていくように感じました。よくオーディオマニアは電源コンセントやアースに金をかけるなんて話がネットでネタになったりしますが、今回のような場合は実際の影響がありそうです。

さらに、組み合わせるヘッドホンについても、出力インピーダンスの影響を受けにくいからという理由でHifiman Aryaなど平面駆動型を選ぶのはセオリーとしては正しい考え方かもしれませんが、実際のところ、Focalなど影響を受けやすいヘッドホンと組み合わせたほうが良くも悪くもアンプとのシナジー効果が実感しやすく、他では味わえない唯一無二のサウンドが得られるという点でも、無難な選択肢ではなく、経験豊かなハイエンドユーザー向けの製品だと思いました。

そもそも音源やヘッドホンが完璧な音質特性ではありませんから、ひとまずトランジスターアンプで正確に鳴らした時のサウンドを把握した上で、さらに相性の良い真空管アンプが見つかれば、想像を絶するような相乗効果が得られる可能性を秘めており、ハイスペックなトランジスターアンプを一通り経験したマニアが真空管に手を出すのは自明の理と言えます。