2021年11月26日金曜日

HiBy RS6 DAP のレビュー

 HiBy RS6というDAPを買ってみたので感想を書いておきます。

HiBy RS6

2021年11月発売、価格は約16万円とそこそこ高級なモデルです。2月発売のNew R6というDAPと同じデザインの上級モデルとして、新たに銅シャーシにHiBy独自のFPGA R2R D/Aコンバーターを搭載しているというユニークさに興味を持ちました。

HiBy DAP

このブログを何度か見てくれた人ならご存知かもしれませんが、私はHiBy R6 ProというDAPを長らく愛用してきており、新作イヤホンの試聴用やUSB DACへのトランスポート用として散々使い倒してきました。2019年4月発売のモデルなので、かれこれ二年半も飽きずに使い続けていたことになります。それ以前はそこそこの頻度でDAPを買い替えてきたのを思うと異例の事です。

R6 ProからRS6へ

そんなR6 ProはHiByの初代DAPシリーズとしてクラウドファンディングサイトで先行発表していたのをネットニュースで見て、新興ブランドを支援するつもりで興味本位で購入してみた結果、期待以上の働きをしてくれたわけです。

シャーシやユーザーインターフェースから音質の仕上がりまで気合の入ったモデルで、とくにクラウドファンディングの先行予約価格ではコストパフォーマンス抜群でした。中華メーカーの中では意外なほどにスッキリした気張らないデザインも好印象です。

R6 Pro・RS6・New R6・R8

RS6・New R6

初代R6/R6 Pro以降、HiByはR2、R3、R5、R8といった幅広い価格帯のDAPを続々と発売しており、2021年2月には初代R6の後継機として二代目New R6に世代交代しました。

ちなみに私が使ってきたR6 Proというのは初代R6のアルミシャーシがステンレスになり、内部のオーディオ回路が高品位パーツにアップグレードされた特別版でした。

つまり今年2月に後継機のNew R6が登場した際にも、もしかすると同じく特別版New R6 Proみたいなモデルが出るのではないかという期待が脳裏にあったせいで、買い替えは保留にしてきました。

HiBy RS6

そんなNew R6発売から数ヶ月経ったころに今作RS6の発表を見て「予想的中」と喜んだわけですが、今回は単純にシャーシ素材やパーツが変わっただけではなく、搭載するD/Aコンバーターも全く新しい自社製のものを採用するということで、さらに面白そうなので買い替えに踏み切りました。

最上位モデルのR8ではなく、あえてミドルクラスのR6をベースに渾身の自社製DACを搭載するという判断も、実験機的な意味合いを込めているのかもしれません。

ちなみにHiByは有名なFiio、Cayin、Shanlingなどと比べると比較的新しい中国のメーカーです。しかしDAPハードウェアに参入する前から上記メーカーを含む多くの中華系DAPのユーザーインターフェースなど基礎設計を担うOEMとして裏方で活躍してきた実績のある会社です。最近になって多くのDAPメーカーがAndroidに移行して内製の力をつけてきたことで、今後OEM事業の需要減を予想して、自社ブランドでのDAP製造に着手したのかもしれません。

特にR2やR3などのコンパクトモデルは、最近Fiioがこの手の低価格なAndroid非搭載セグメントから撤退したこともあり、その穴を埋める形で好評なようです。

そんなわけでHiByは新興メーカーということもあり、私が使ってきたR6 Proも完璧というわけではなく、購入当初はいつくかの細かい不具合がありましたし、今回のRS6も発売直後の現状としてはまだ後述するバグもあるため、そういうのが気になる人は素直にDAPの王者Astell&Kernなどを買った方が良いと思います。とはいえHiByのUI自体はかなり安定しています。他の中国メーカーのフラッグシップDAPを試したらクラッシュや再生ミス(88.2kHzファイルが半分の速度の44.1kHzで再生するとか・・・)の連発で、人気の新作のレビューを断念したことも何度もありますから、それらと比べるとHiByはかなり安心できる部類です。

私の場合、真面目に聴く用途には自宅の据え置き機やiFi Audio micro iDSD Signatureなど信頼できるシステムを持っているので、DAPはもうちょっとカジュアルに、面白そうなモデルを使ってみたいという感覚があり、これまでR6 Proを長らく愛用してきた感謝の気持ちも込めて、今回RS6を購入することにしました。

Darwin

RS6の目玉とされているのが、HiByが独自に開発したDarwinアーキテクチャーというD/Aコンバーターです。

ESSや旭化成AKMなど既存のDACチップを使うのではなく、汎用FPGAコードとディスクリート基板でD/A変換を行うというアイデアは、シンプルな物なら自作キットなどでも以前から色々ありましたし、極限まで突き詰めればChordやdCSなどの方式にも通づるところがあります。低価格な据え置き機でもR2Rが最近はちらほら見られるようになってきたものの(Cayin RU6ドングルとか)、高性能・高音質を目指すと基板面積が大きくなってしまうため、ポータブルDAPではまだ珍しいアプローチです。

一昔前までは、DACにESSやAKMの上位チップを搭載しているというのが高級DAPの証みたいな風潮がありましたが、実際のところ、それら高級チップはそこまで単価が高いわけでもなく、安価なモデルでも採用しているのが増えてきた事や、そもそも高級チップを搭載しても音が良いとは限らないということが世間に知れ渡ってからは、そこまで声高く主張されることは少なくなりました。

また、DACチップメーカーが32ビット・140dB S/Nと極限までスペックを追い込んで開発を進めているのは素晴らしい事ですが、実際のところ、市販のオーディオ機器に組み込むとなると、特にポータブル機では電源やアナログアンプ回路などの性能の方がボトルネックになってしまうため、安価な製品にハイスペックなDACチップを搭載しても宝の持ち腐れという主張もあります。

そんなわけで、据え置き機では古くからChordやdCSを筆頭として、最近はマランツなども汎用FPGAで独自のD/A変換を投入するなどで差別化を図っています。もちろんFPGAやディスクリートR2Rだからといって市販DACチップよりも高音質である保証はありませんが、オーディオメーカーとして理想のサウンドを目指す探究心があるのは良いことですし、自社で独自開発できるという技術力の証明にもなります。カレーを作るのにレトルトかルーかスパイスから始めるのかの違いのようなものです。

肝心のRS6のDarwinについて、実は公式サイトを見ても抽象的なフレーズばかりで、あまり具体的な内容がよくわかりません。私が見た中で一番核心に触れていそうなのは公式Youtube動画の解説だと思うのですが、それですら実際の回路写真は無く、抽象3Dイラストのみで表しています。こういう電子が回路を流れていくCGアニメは素人目には説得力があっても、やはり我々みたいなマニアは現物の実装写真やロジック処理の詳細が公表されていない限り、実際に中で何が起こっているのか懐疑的になってしまいます。

動画を見る限り、音楽信号をFPGAで256タップの16xオーバーサンプリングしてからR2R回路でアナログ変換するという仕組みのようです。ベテランdCSのRing DACなどはもうひと手間かけて(冗長性を持った高速電流ソースを巡回させて)リニアリティを改善させる手法を取り入れているわけですが、Darwinにはそのあたりの特別な工夫があるのかは不明です。

特にR2Rというアイデア自体はシンプルなので回路設計は誰でもできますが、抵抗やコンデンサーなど個々の要素の精度や特性のばらつきによってクセが出るため、実装がとても難しいです(そのため高コストすぎて90年代に廃れたわけで)。アマチュアのDIYなら部品一つ一つを測定して選定するなどの手間がかけられますが、量産となると、ただR2Rというだけで高音質である保証はありません。

RS6はデルタシグマではなくR2Rを採用したことでオーバーサンプリング無しのNOS再生も可能になるので、NOS至上主義のマニア勢にも人気が出そうです。私自身は主にハイレゾ音源を聴くのでオーバーサンプリングもNOSもあまり関係無いのですが、古いCDを聴くときなどは面白そうです。

さらにYoutube動画の後半では、DSDは直出しでデジタルドメインで増幅したものを直接LPFしているようなので、マルチビット変換していない生のビットストリームということで、もし本当にそうであれば、フィリップスやソニーが描いたDSD本来の理想の形ということで、そちらも面白そうです(実際は後述する不具合に悩まされています)。

D/A変換はさておき、最も肝心なヘッドホンアンプ回路は公式サイトにブロック図が記載されており、これを見ると、ボリューム調整はD/A変換のバッファー後にNJW1195Aデジタル制御アナログボリュームICで行われており、OPA1622オペアンプをヘッドホンアンプに使っているそうです。

ボリュームICというと、データを削って音量を下げるデジタルボリュームと勘違いする人がよくいますが、NJW1195AのようなICチップは内部に沢山の固定抵抗が入っていて、ボリュームエンコーダーからの指示にしたがってカチカチと抵抗の組み合わせを切り替えて音量を絞っているだけなので、回路的にはリレー制御ディスクリート抵抗ボリュームと似たようなものです。これならR2RもDSDもネイティブデータのままでD/A変換されるのでデジタルでの劣化は起こりませんし、さらにライン出力もブロック図を見るとボリュームICを通る前に(つまりボリューム固定で)出力されます。

ヘッドホンアンプに使われているOPA1622は2015年に登場した最新のハイパワーオペアンプで、0Ω負荷対応、ヘッドホンを直接ドライブできる事を売りにしており、データシートの推奨回路を見ても真っ先にヘッドホンアンプ用が掲載されています。一般的な全部入りのチップアンプを採用するよりも、オペアンプで組んだ方が柔軟な回路設計ができる事から選んだのでしょう。

ちなみにNew R6の方はESS ES9038Q2MでD/A変換してバッファーを通した後に、ヘッドホンアンプにはアナデバのSSM6322というインテグレーテッドオーディオアンプICを採用しています。つまりD/A変換だけでなく後続するアナログアンプ回路もNew R6とRS6で全く異なるアプローチになっています。

パッケージ

New R6やR8のパッケージは見たことがないのでわかりませんが、RS6はゴールドとブラックを基調にしたエレガントな紙箱です。

パッケージ

内箱

レザーケース

黒の内箱はマグネットで閉じており、本体の下には薄茶色のレザーケースも同梱しています。

Astell&Kernとかは最近レザーケースが別売なので、それも買うと余計な出費になりますし、よくDAPやスマホを買ったけどケースの在庫がなくて使いたくとも傷の心配でハラハラするということもあるので、こうやって付属してくれるのは嬉しいです。ちなみに別売で緑色のケースもあるそうで、広報写真ではそっちを使っている方が多いです。

専用S/PDIFケーブル

ケーブルは普通のUSB A→Cと、さらに同軸S/PDIFケーブルはUSB Cから出すという変な仕組みになっています。R6 Proでは3.5mmアナログライン出力がTRRSでS/PDIF兼用でした。

付属品に関して個人的に不満があるとすれば、画面の保護フィルムが一応付属しているのですが、プラスチックのペラペラのショボいやつなので、せっかく高価で綺麗なDAPなのだから、できればガラスフィルムくらいは入れてもらいたかったです。(中国のHiBy公式ショップでは別売してます)。あと、後述するヘッドホンとライン出力を間違いやすいので、使わない端子を埋めるゴムのプラグとかを付属してくれたら良いと思いました。

デザイン

RS6のハウジング形状はNew R6と全く同じですが、素材がアルミから銅に変更されたことで、235gから315gへと、かなり重くなっています。私がこれまで使ってきたステンレスのR6 Proが285gだったので、RS6では画面サイズが大きくなったこともあって、そこまで重くは感じません。

RS6とNew R6

シャーシの質感は現在のHiByラインナップの中では個人的にはこのRS6が一番好きです。ローズゴールドのフィニッシュはきめ細かいですし、ボリュームノブやボタン類も変に奇抜な事をやっておらず、統一感があります。上位モデルのR8の方が黒い塗装が荒くて、そこまで高級感がありません。R8のステンレス版R8SSはまだ実物を見たことがありません。

CGでどれだけかっこよく見せても、実物の仕上がりは工場の製造技術によるものですから、そのあたり多くの中華系DAPメーカーは高級機であってもまだAstel&Kernやソニーの質感やデザイン意識に敵わないところです(好き嫌いではなく、ちゃんとした資格を持ったUI/UX工業デザイナーに任せているかという意味です)。その点R6 ProやRS6はかなり良い部類だと思います。

レザーケース

RS6だけひときわ豪華です

ベルクロで閉じます

ボリュームノブ部分がヘタりそうです

レザーケースは上部をベルクロで留めるタイプで、RS6だけは特別に背面にキルティングっぽいデザインと銀のエンブレムがあるので、New R6とR8よりも高級っぽく見えます。ボリュームノブのあたりはすぐボロボロになりそうなので、機会があれば緑色のケースもスペアで買っておこうかと思います。

出力端子はR6 Proは上面、RS6は下面にあります

それにしても、最近のDAPはヘッドホン端子が上にあったり下にあったりで一貫性がありませんね。今作ではヘッドホン端子が本体下面で、ボリュームダイヤルが上面なので、手で持って使うには便利ですが、バッグのポケットなどに入れて使う場合はボリュームが底になって操作ができないのは不便です。ダイヤル式のほうがカッコいいのはわかりますが、個人的にはR6 Proやスマホのようなボリュームボタン操作のほうが小刻みな調整ができるので好きです。

カードスロット

個人的にR6 Proと比べて良くなった点もいくつかあります。まずmicro SDカードスロットが棒で押すトレイ式ではなくバネ式に変更された事です。私は出先で新作DAPを試聴するときなど頻繁にカードを入れ替えするので、棒で押すタイプは毎回ペーパークリップを探すのが面倒で、本体に傷がつく心配もあったので、バネ式はありがたいです。

側面トランスポートボタン

もう一つ嬉しいのは、本体側面のトランスポートボタンが手触りで押しやすくなっている点です。逆に言うと、故意に押してしまうリスクは高くなったと思いますが、以前のR6 Proでは突起しておらず、デザイン的にはかっこよかったものの、手探りでどのボタンか判明するのが難しかったです。

あとは、初代R6/R6 ProはBluetoothの感度が悪いという不評があったのですが、New R6/RS6ではだいぶよくなり、スマホ並に途切れず使えるようになりました。SBC / AAC / aptX / aptX HD / UAT / LDAC対応だそうです。

R6 ProとRS6

画面サイズはR6 Proが4.2インチだったのに対して5インチに拡大されたので、ずいぶん見やすく操作しやすくなりました。さすがにR8の5.5インチになると手に余るので、私としてはRS6がちょうどよいサイズです。

R8はデカいです

厚みもかなりあります

こうやってRS6の横に並べてみるとR6 Proの小ささとR8の巨大さがわかります。特にR8は厚さもかなりあるので、実物を触ってみて躊躇するサイズ感です。

最近のHiBy DAPのデザインについて、一つだけ不満を挙げるとするなら、ヘッドホンとライン出力端子の配置はもうちょっと考えてほしかったです。ライン出力専用端子を設けてくれているのはありがたいのですが、POとLOというラベル表記もわかりにくく、初心者の試聴デモなどでは間違えてヘッドホンを挿してしまうリスクが高いです。

RS6とNew R6は同じですが

R8は左右逆なので混乱します

さらに酷いのは、RS6/New R6とR8では配置が左右逆になっているのです。レザーケース装着時や暗くてラベルが見えなかったりすると(画面に警告も出ないので)、ライン出力はレベル固定なので不注意で大音量が鳴ってしまう可能性があります。

ライン出力というのは必要な人以外はそう頻繁に使うものではありませんから、できれば不注意で挿さないように保護用ゴムプラグなどを付属してもらいたかったです。

インターフェース

Androidは9.0で、特別に緑と金のテーマカラーのアイコンやスキンが使われています(普通のAndroidデザインにも戻せます)。

カスタムスキン

アイコンもカスタムです

R6 ProでもUSB C端子でしたが内部配線はUSB 2.0だったので、充電やデータ転送もそれ相応だったところ、今回RS6はちゃんとUSB 3.1になったので、カード書き込みもカードリーダー並に速く、18W QC3.0急速充電にも対応しています。

バッテリーは4500mAhで8.5時間再生だそうなので、独自DAC搭載といっても消費電力は一般的なDAPとそこまで変わらないようです。

HiByMusicアプリ

私はストリーミングアプリとかは使わずにプリインストールの音楽再生ソフトHiByMusicのみを使っているので、これの使い勝手がかなり肝心です。完璧とまでは行かないものの、日々の用途で不満に感じることは無く、よくできたソフトです。

特に、細かい点ですが個人的に一番うれしいのは、ジャンル→アルバムという二段階絞り込みができる事です。あたりまえのようで意外とこれができないDAPが多く、400GBのカードに大量の曲を入れていると、階層絞り込みができないと目当てのアルバムを探すのに延々とスクロールすることになり苦痛です。

唯一不満点があるとするなら、ブラウザーのアルバムアートのキャッシュが不十分なようで、高速スクロール中はスクロールを止めて指を画面から離すまでアルバムアートがロードされないため、目当てのアルバムを見つけにくい(いちいち画面単位でスクロールを止めて指を離すを繰り返す)のが面倒なくらいです。HiByに限らず、近頃のDAPはせっかく高性能SoCを搭載していてもこういった動作処理がいちいち受動的で、先読みキャッシュ処理などのユーザー目線のUI設計は大手スマホアプリと比べると一歩劣るのが惜しいです。

日本語モード

設定項目

設定項目

日本語化の翻訳もまともですし、実際に使っている人が開発したんだろうなと思える細かい設定項目があるのが嬉しいです。カードスキャンも2,000曲くらいなら一分以内に終わります。このあたりのインターフェース周りは他社もこなれてきた感じはありますが、その中でもHiByはやはり一日の長があるようです。とにかくクラッシュしにくいのはありがたいです。

Audio SettingとDarwin Controller

HiByMusicアプリとは別に、Androidの設定画面からAudio SettingとDarwin Controllerの設定が行えます。New R6やR8などではデジタルフィルター選択がAudio Setting内に含まれているのですが、RS6ではあえて別の設定画面に分けたようです。

フィルター以外は他のHiBy DAPとほぼ同じです

ショートカットからも行けます

Audio Settingではヘッドホン出力ゲインを三段階に切り替えられます。(これは画面状態スワイプのショートカットアイコンからも直接行えます)。

DSDのゲイン補正は普段+3dBを選ぶところですが、ファームウェアのバグなのか、変更しても何故か音量は変わりませんでした。

MSEB

さらに普通のイコライザーとは別にHiBy独自のMSEBというのもあり、これはイコライザーの進化版みたいなもので、周波数ではなくAir、Sibilance、Vocalといった感覚的な項目で強弱を調整できるスライダーです。特定のイヤホンに合わせてチューニングを追い込んでカスタムプロファイルを作りたい人には便利かもしれません。

Darwin Controller

デジタルフィルター

Darwin Controller設定の方を見ると、デジタルフィルターは10種類から選べて、さらにNOSモードは今回のセールスポイントということもあって、独立したボタンになっています。他社DAPみたいに、せめてNOSのON/OFFくらいはショートカット画面で選べれば便利だと思うのですが。

Atmosphere Enhancedという機能はONにしてもイマイチ効果がわかりませんでした。公式サイトにも説明がありません。

イヤホンのリストがあります

選ぶと写真と解説が

いくつか写真がバグります

さらにCustomized Presetsというオプションで、いくつか中華ブランドのIEMがリストアップされていて、それらを選ぶとHiByが推奨するデジタルフィルターに自動的に切り替わるというギミックがあります。フィルターの数が尋常でなく多いのはこれを見越してでしょうか。

選んだイヤホンの写真や解説が出るので面白いアイデアだと思いますし、自分の持っているイヤホンがあるとなんだか嬉しいです。ただし現行ファームウェアでは未完成なようで、一部のイヤホンを選んでも絵が変わらず、その前に選んだイヤホン絵のままなので中途半端に混乱します。

フィルター

デジタルフィルターは10種類もあるので、それぞれ44.1kHzのパルス信号でスコープしてみたところ、こんな感じになりました。DefaultはFilter 1と同じようです。よく似ているものもあれば、Filter 10のようにかなりユニークなものもあります。それぞれESSやAKMのようにShort DelayやMinimum Phaseみたいな名前をつけたほうがわかりやすかったかもしれませんが、10種類全部に名前をつけるのも大変そうです。せめて傾向でのジャンル分けとかがあれば便利だと思います(今後ファームウェアアップデートで種類が増えるかもしれませんし)。ちなみにフィルター10は通常とは時間軸で逆向きなので不思議ですね。

ちなみにNOSモードはしっかりNOSです。パルスを見ればプリ、ポストリンギングが無いので理想的なD/A変換だという主張はたしかにわかりますが、16 bit サイン波を見ればデジタルフィルター有りと比べてNOSはカクカクした階段状になっているのが一目瞭然です。

上がフィルター1、下がNOS

つまりNOSはデジタルな意味では誠実なD/A変換ですが、デジタル化される前の音楽波形を復元するという意味では違います。A/D変換で失われてしまった原音をどれだけ本物っぽく復元できるかというのがデジタルフィルターの腕の見せどころです。

ちなみにNOSでカクカクした波形でも、後続するアナログアンプやスピーカー・ヘッドホンのレスポンスが緩ければ、それらがアナログフィルターとなって、スムーズなサイン波に近づきます。RS6のヘッドホン出力の場合はレスポンスが鋭いため、階段の角が若干鈍るくらいでカクカクが残っています。古いCDプレイヤーのNOSの音が良いという逸話は、単純に「NOSだから良い」のではなくて、そういった後続アナログ回路の仕上がりも含めて考えなくてはいけません。

追記:フィルター設定について「色々と切り替えても音が一向に変わらない」という話を聞いたので調べてみたところ、現在のファームウェア(Ver 1.30)ではフィルターを変更しても音楽をポーズして再生しなおすとフィルターがDefaultの形状に戻ってしまうというバグがあるようです(設定画面上では選択したフィルターのままの表示です)。再生中にフィルターを切り替えれば上記の波形のように切り替わるので、そうやって試してみてください。NOSだけは例外で、単独のトグルスイッチなので、こちらは再生停止してもNOSモードのまま維持されるようです。

RS6ファームウェア1.20での不具合

RS6購入時のファームウェアは1.00で、これを書いている時点では、無線LAN経由のアップデートで1.20になりました。すでにNew R6で実績のあるシステムなので、インターフェース関連での不具合には遭遇していないのですが、新規開発のDarwin関連で不具合が一つあります。

アップデート

一応HiByに問い合わせたところ、問題は認識しているのでアップデートを待てということで、気長に待つことにします。

この不具合というのは、DSDファイルの始まりや終わりなどで無音が続くとシュルシュル、キュルキュルというノイズが聴こえる事です。昔の人ならCDプレイヤーのトラッキングが悪い時の音といえば想像できると思います。1bitサーボのロックが下手なのでしょうか。DSDファイルの始まりは急激なステップが発生したりするので、通常はファイルを先読みしてそのあたりを穏便に事前処理するべきですが、RS6はそこが未熟なようです。

DSD曲の無音部分を見ると

全く同じ部分をiFiで再生すると

DSD64よりも128、256とレートが上がるにつれてノイズの音量も大きくなります。2LレーベルのDSDサンプラーとかで比較してみるのがわかりやすいかもしれません。

楽曲によってはノイズが一切聴こえないものもありますし(レーベルごとの差があるので、A/D変換機材の差でしょうか、DSDネイティブ録音でもPentatoneはキュルキュルうるさくてLSO Liveはほぼ無音といった具合です)。

音楽の音量が増すとキュルキュルノイズも収まるので、そこまで大きな問題ではありません。しかし、これと関連してか、RS6でのDSD再生は楽曲によっては高音のホワイトノイズが目立ち、かなりハイテンションでやかましい感じになりがちです。高音(ノイズシェーピング)カットのローパスが不十分なのでしょうか。New R6やR8を含めた他のDAPと比べると明らかにノイズレベルが高いです。

ESSやAKMのDACチップであればDSDのローパスを含めた一式をチップ内で処理してくれるので、このような不具合は起こらず、PCM用フィルターを選ぶのと同じ感覚でDSDローパスフィルターのカットオフ周波数を30kHzや50kHzなど選べるタイプが多いのですが、RS6はそのあたりがまだ調整不足のようです。

RS6のブロック図を見る限り、このローパスフィルター部分はDarwin FPGAフィルターとは無関係で、ディスクリートで組んでいるように見えるので、そうなるとフィルターのカットオフをファームウェアで調整できるようにするのは可能なのでしょうか。

楽曲によってはノイズが全然気にならないものもあれば、かなり目立つものもあり、冒頭のキュルキュルノイズはあっても音楽再生中はノイズが少ないものもあるなど、なかなか予測不能で悩ましいです。

DSDについて追記

2021年12月のファームウェアVer 1.30にて、上記DSD再生ノイズへの対策が行われました。その前のVer 1.20から二週間ほどしか経っていないので、かなり早急なリリースです。

早速アップデートしてみたところ、Darwin Controller設定にDSD Filterという項目が追加され、「Darwin Default」と「Darwin 1」の二種類から選べるようになりました。Darwin Defaultを選ぶと無音時のノイズが無くなり、再生中のバックグラウンドノイズも若干下がったようです。一方Darwin 1ではアップデート以前のノイズが復活します。

これで一件落着と言いたいところですが、Darwin Defaultを選ぶとノイズが無くなると同時にDSD音楽の鳴り方もずいぶん変わってしまうので、今後どちらを使うべきか悩まされます。それについては下の方で後述します。

出力とか

いつもどおり、0dBFSの1kHzサイン波ファイルを再生しながら負荷を与えて、歪み始める(THD > 1%)最大電圧(Vpp)を測ってみました。

公式スペックによるとバランス出力で最大4.7Vrms・690mW (32Ω)と書いてあり、実測でもほぼぴったりです。最近のDAPの中ではそこそこパワフルで実用的な部類だと思います。

グラフの赤線がバランス出力で、ゲインを三段階に切り替えられます。青線はシングルエンドで、そちらの高と中ゲインがバランスの中と小ゲインモードにちょうど重なるような感じです。

ヘッドホンアンプにOPA1622オペアンプを使っているので、ICチップアンプと比べるとパワーが落ちるかと思いきや、高負荷でも相当粘り強い優れた設計のようです。

さらにライン出力は専用端子を設けているだけあって、こちらはヘッドホンアンプ回路を通す前の純粋なライン出力を出しています。先程のブロック図を見るとボリューム制御ICも通していないため、ボリューム調整できない固定レベルなのも納得できます。

こちらは無負荷時シングルエンドで2Vrms、バランスで4Vrmsで、出力インピーダンスは実測シングルエンドで90Ω程度です。公式サイトのスペックでは10kΩと書いてありますが、それではほとんど音が鳴りません。多分送り先の推奨入力インピーダンスの事でしょうか。


R6 Pro・New R6・R8とも比較してみます。グラフが混雑しないように、それぞれ4.4mmバランスでハイゲインモードのみのグラフです。R8のみターボモードというのがあるので、破線はターボモードOFFの状態です。

RS6は他のHiBy DAPと比べると最大電圧が若干低いですが、低インピーダンス負荷までしっかり最大電圧を維持できていて十分実用的な部類です。

同じ1kHzテスト信号を再生しながらボリュームを無負荷時1Vppに合わせて負荷を与えていったグラフです。(ライン出力はボリューム固定なので記載していません)。こちらも他のHiBy DAPと比べると若干の傾斜がありますが、問題になるほどではありません。ちなみにゲイン切り替えは単なるソフト上のボリューム制限なので影響を与えません。

こうやって見ると、RS6はユニークなDarwin D/A変換を搭載しているものの、肝心のヘッドホンアンプ部分では真っ当な優れたDAPだということがわかります。

S/PDIF

ところで、今回RS6のS/PDIF出力はUSB Cから出している奇妙なデザインなので(つまりケーブル自作が面倒なため)、付属ケーブルを使うとどんなものか気になって確認してみました。

上が44.1kHzで下が192kHz再生中

結論から言うと、立ち上がりはそこそこシャープではあるものの、アイパターンがあまり開いておらずグリッチが多そうであまりいい感じではありません。

上が44.1kHzで下が192kHz

75Ωでターミネーションしてジッター測定器で測ってみたところ、トータルジッターは2ns程度でほとんどがランダムではない確定ジッター(DJ)です。付属ケーブルがショボくて反射しているのでしょうかね。

R6 Pro

R6 Proもトータルジッターは2ns程度なので大差ありませんが、見た目は綺麗に開いており、RS6のようなゼロクロスしそうな反射はありません。

据え置きDDコンバーター

参考までに、自宅で使っている据え置きUSB→S/PDIF変換機ではトータルジッターが111psと一桁以上優れているので、S/PDIFを多用する人は専用のコンバーターを使う方が気分が良いです。もちろん音質への影響は送り先DACのジッター対策能力によります。

RS6はUSB OTGトランスポートしては優秀なので(DSD256もしっかり安定して通ります)、どうしてもS/PDIFが必要な場合以外ではUSBで接続するほうが良さそうです。

音質とか

今回はポータブルDAPということで、試聴には主にIEMイヤホンを使いました。個人的に好きな64Audio NioやAcoustune HS1697Tiなどをバランス接続で鳴らしてみます。

64Audio Nio

Acoustune HS1697Ti

Sound LiaisonレーベルからGidon Nunes Vaz Quartet 「Ebb Tide」を聴いてみました。しっとりしたスタンダード曲中心のトランペットリーダーによるカルテットです。

一曲目はソロから始まり、曲を追うごとにメンバーが増えていくのは飽きさせず楽しいです。全員が揃う4曲目The Summer Knowsやベースの重低音から始まる5曲目Gone With the Windなど聴き応えがあります。このレーベルらしく、音響やマイク機材も厳選した高音質DXD録音です。


RS6のサウンドは、第一印象から他のDAPとは雰囲気が全然違うので驚きました。New R6やR8と聴き比べても瞬時にRS6だとわかるくらい異色の仕上がりです。

これまで多くのDAPやヘッドホンアンプを聴いてきた経験上、どのメーカーも上級機になるほどクセが少なくなり無個性に向かうイメージがあったので、そうなるとRS6の個性的なサウンドは不具合があるのではと懐疑的になったのですが、一週間ほどじっくり聴いてみた結論として「かなり良い」と断言できるようになりました。

独自のDarwin D/A変換が貢献しているのでしょうか。真っ先に頭に浮かんだのは既存のDAPではなく、同じくFPGAの独自D/A変換で有名なChordやdCSなどのサウンドです。もちろんそれらの高級機と全く同じ音がするというわけではなく、ESSやAKMのDACチップを採用している他社DAPと比べれば、明らかにそっち寄りだという意味です。

友人がRS6を試聴した時も「なんかChord Mojoっぽい」と言っており、私自身は自宅でChordとdCSを使っている事もあり、どちらかというとChordよりもdCS Debussy/Bartokとかの系統に近い印象を受けました。

具体的には、一音ごとのタッチが艶っぽく、柔らかく流れるような一体感のある情景を描き、高音から低音までアタックの質感を自然に解像してくれるのが得意で、そのかわりにカチッとしたエッジや音圧のインパクトは不得意で、ヘッドホンの解像力が足りないとフワフワ掴み所がない、といった感じです。

Chord Mojoはもうちょっとロールオフされて温厚なアナログライクな鳴り方が得意だと思いますし、Chord Hugo 2以上になると新鮮なクリア感が強調されて、磨かれた水晶みたいな鳴り方になるところ、RS6は柔らかくしっとりしているところがdCSっぽいと思えました。iBassoなどのガツンと力強いサウンドを求めている人にはあまり向いていなさそうなDAPです。

PCM再生ではバックグラウンドノイズが非常に静かです。以前のR6 Proでは無音時のホワイトノイズがそこそこあったので、感度の高いイヤホンでは気になるという人も多かったようですが、RS6ではノイズレベルがぐっと下がりました。

さらにR6 Proはスマホなどの電磁ノイズ干渉に弱く、私が毎日通る電波塔の付近でチリチリとノイズが乗るのが日常だったところ、RS6に変えてからは同じ場所でノイズ量と頻度が大幅に減りました。こういったノイズというのは1か0かではなく、微小レベルでも存在していて音楽に影響を与えているものなので、RS6はバックグラウンドの「黒さ」が大幅に向上しているように感じます。

試聴に使ったジャズアルバムでも、DXD録音ならではの広大なダイナミックレンジを描ききってくれます。RS6のセールスポイントとしてNOSやR2Rというキーワードを強調しているせいか、昔のCDプレーヤーのように44.1kHz/16bitに特化したレトロDACかと誤解している人もいるようですが、RS6のDarwinはしっかりDXDまで対応しているモダンなD/A変換です。

RS6の鳴り方に慣れてから他のDAPを聴いてみると、それらは高音が派手に広がり、トランペットやドラムの断絶したアタックの連続で息が詰まるような感じがして、「なるほど、これが刺激や疲労感につながるのか」と思えてしまいました。

RS6のスムーズさ、そしてdCSなどと似ていると思える原因は、言葉で説明するのが難しいのですが、単純に高音楽器やアタックが丸くなっているというのではなく、音楽全体の雰囲気に一体感があり、連続性がある、という事だと思います。

これは極めて重要な事で、一旦気がつくと常に意識するようになります。ジャズバンドやオーケストラなどのアンサンブルにて、個々の楽器がそれぞれ個別のトラックパートとして存在しているのではなく、RS6では全員が共通した音響環境に収まっている感覚が強く、たとえばソロパートの受け渡しや、伴奏との掛け合いなどの時間の流れが常に感じ取れるようになります。

つまり、受動的に次々と発生する音色をランダムに浴びせられるのではなく、RS6で聴いていると、なんとなく雰囲気で次に起こる事が予測・期待できるようになり、演奏者が狙っている流れと展開のビジョンが伝わりやすくなるという事です。わかりやすく言えばタメやノリ、グルーヴみたいなもので、ソロ奏者が最初の一音を発する前に、すでに予兆みたいなものを肌で感じられ、その流れがアンサンブルでずっと続くような感じです。

さらに低音についても独特なので理解するまでにちょっと時間がかかりました。ウッドベースのソロなどを聴いてみるとわかりやすいのですが、一般的なDAPでは低音だけ他とは別の鳴り方というか、居場所が割り当てられているような感覚がするところ、RS6では中域演奏の背後で同じくらい広い空間で低音が鳴っています。

普段なら低音というのは音圧で体感するもので、自分の喉元あたりで圧力の塊がボンボンと鳴っているのが当たり前になっていたところ、RS6で聴くと、そういった迫りくる重いパンチが無くなるので、ずいぶん軽めなサウンドだな、と最初は思うのですが、じっくり聴いてみると、ベースやドラムの塊が広く展開して、細かいニュアンスがそれぞれ異なる要素として聴き分けられるようになります。つまり、500Hzから5kHzまでしっかり聴き分けられるのと同じくらい、50Hzから500Hzまでも一つの塊にならず複雑な情報が伝わってくるという感じです。

さらにRS6が上手なのは、低音が分散しすぎて不明瞭になることはなく、さらに前後の分離がはっきりしているため中域とかぶってしまうこともありません。これはDarwin DACなのかヘッドホンアンプ回路のおかげかわかりませんが(銅シャーシのおかげという可能性もあります)、これまで低音を単なるリズムの装飾品として聴いてきた人も、RS6で聴くことで見方が変わるかもしれません。

R6 Pro・RS6

RS6・New R6

LAWOレーベルの新譜でSonoko Miriam Weldeとオスロフィルのブルッフとバーバーのヴァイオリン協奏曲です。

ベタな情熱的ヴァイオリン演奏の代名詞すぎて、最近はあまり演奏されなくなった作品ですが、こうやってLAWOの北欧らしい雄大なサウンドでの新録を聴くと、大時代的なケレン味溢れる熱演とは一味違って楽しめます。ソリストも切れ味があって良い感じです。録音はDXDです。

RS6をR6 ProとNew R6と聴き比べてみました。個人的にR6 Proのサウンドを大変気に入っており、これを超えるDAPがなかなか見つからない事から、何年も買い換えずに使い続けてきたわけです。

まずR6 Proは温暖で厚みがあり、音色の芯の部分をしっかり鳴らしてくれる一方で、キラキラした派手さや、広大で精密な描写などは不得意なDAPでした。嫌いな人にとっては、重苦しくてIEMで使うとノイズも多いという不満が多かったようですが、私のように生楽器ソロ録音とかを聴く人にとってはかなり良い感じのDAPだと思います。

一方New R6はそんなR6 Proとは真逆の性格を持ったDAPで、かなり実直でカチッとした鳴り方の優等生キャラです。録音に含まれた情報を全て引き出すポテンシャルは非常に高いと思いますが、冷たくダークな印象で、空間のスケールもそこまで大きくなく、華やかさや艶っぽさが不足している感じがあります。

R6 Proから買い換えるとなると、New R6の方がノイズレベルが明らかに低く、R6 Proの低音が重く音抜けが悪いという弱点を見事に解消してくれる一方で、音色に惚れ込ほどの決め手が足りないといった微妙な存在でした。

私の勝手な偏見ですが、過去のAKなどのDAPではシャーシがアルミからステンレスや銅になると音色に特殊な味わいが付加されるような印象があったので(グラウンドとか電磁シールドとかの影響があるのでしょうか)、New R6もアルミ以外の素材になればかなり良くなるのでは、という期待もありました。RS6とは別に、普通のNew R6がステンレスや銅シャーシになったバージョンではどんな音になるのか非常に気になります。

そんなわけで、私みたいにR6 Proなど個性が強めで味が濃いサウンドのDAPを好んで使ってきた人にはRS6を是非おすすめしたいです。しかし、初めての本格的DAPを買いたい人にとってはNew R6の方が世間一般における「普通に優秀なサウンド」が体験できるので、そちらの方が良いかもしれません。RS6よりも値段が安いですし、インターフェースデザインは共通しており、しかもアルミシャーシなので軽量です。

R6 Proも旧世代機となり無価値になったかというとそうでもなく、独特な濃い音色はまだ魅力的ですし、一回り小さなシャーシも使い勝手が良いです。私もとりあえず手放す予定はありませんが、バッテリーにちょっとした不具合があるので、RS6を購入したことですし、これを機会に修理に出そうかと考えています。


ところで、今回試聴に使ったジャズやクラシックアルバムはDXD(PCM 352.8kHz)録音なので、RS6のDarwin DACのデジタルフィルターやNOSモードの影響はほぼありません(オーバーサンプリングする必要が無いので)。

せっかくなので、面白い実験として、一旦これらDXD音源をパソコンで44.1kHz・16bitにダウンコンバートしたファイル(ノイズシェーピングやディザリング無し)を取り込んで、オリジナルのDXDとRS6のデジタルフィルターの効果を比較してみました。

流石に私の耳では10種類のデジタルフィルターを聴き分けるほどの技量は持っていませんが、Filter 1とFilter 10くらいの大きな違いなら、なんとなく雰囲気が変わるような気はします。

どのフィルターが良いかは楽曲ごとに変わってくると思いますが、今回は標準のフィルター1で良いようでした。どれが最良というよりも気分転換で変えられるのが良いです。

DXDのオリジナルと比べると、デジタルフィルターを通した44.1/16ファイルの方が柔らかく空気が淀むような質感があり、演奏の繊細なニュアンスと残響の境界が曖昧になる感じがします。一旦解像度を落とした画像や動画をアップスケールするのと同じように、データを相当削ったのを補完したわけですからぼやけるのは当然の事でしょう。ホールの澄んだ空気が音楽室の空気になるようなイメージです。

ゲーミングPCに興味がある人なら、最近のグラボに搭載されているNvidiaのDLSSやAMDのFidelityFXのように低解像度を4Kにアップスケールするギミックと似ているかもしれません。よくYoutubeのレビュアーがそれぞれプレイ映像を比較して「こっちは輪郭がシャープだけど木々とか炎が不自然にぼやける」なんて解説しているのと同じような感じで、デジタルフィルターに正解はありません。

RS6をNOSモードに切り替えると、デジタルフィルター特有のモヤモヤした感覚が払拭され、音色の表面のザラザラが強調されるような感じがします。音のオンオフの差が明確になり、低音は骨太で重く、ドラムは打撃のインパクトがあります。一昔前のいわゆる「デジタル臭い」線の細いシャカシャカしたCD音源に嫌気が差していた人がNOS DACの力強いサウンドに魅了されたのは納得できます。NOSの面白いところは、DXDのオリジナルとは全く別の方向で、音楽の魅力を引き出してくれるところです。

今作のようなDXD録音の場合はやはりDXDネイティブで聴くのが一番情報量が多く、圧倒的な空間の奥行きや定位の立体感が実現でき、まるでスタジオの空気すべてを余すこと無く取り込んでいるように感じます。特に肝心なのは、RS6がDXDのような超ハイレゾ音源のポテンシャルをしっかりと引き出せている事です。どれだけ高級なDACチップを搭載していても、電源やアンプ回路などがショボければ性能を引き出せませんが、RS6ではその心配は無用のようです。

RS6・R8

最後に、現在HiBy DAPの最上位R8と聴き比べてみました。R8SSではなくてアルミの方です。

個人的にR8のサウンドはとても気に入っていて、R6 Proから乗り換えようかとも真剣に検討したのですが、毎日の通勤で携帯するにはサイズが巨大すぎるので断念しました。AK KANN ALPHAのように、自宅中心で据え置き機のように使うならR8は良い候補だと思います。

RS6とR8は、感性と技術、水と油のように正反対の性格のサウンドです。ここまで性格が異なる二つのDAPを生み出せたHiByの技術力の高さにも関心します。

R8は音像定位が前後左右の全方向に広く、きめ細やかなサウンドがカチッと正確な定位と距離感で描かれます。パワーも十分にあるので駆動に余裕があり、音色が大味にならず、音量を上げていっても音痩せする印象が無いので、大型モニターヘッドホンでもポテンシャルを引き出してくれます。鳴り方の傾向はRME ADI-2DACのようなプロ機に近いかもしれません。

RS6がスムーズに流れるような優美なサウンドなのに対して、R8はレファレンス的な絶対性能の高さを見せつけてくれます。試聴に使ったヴァイオリン協奏曲では、RS6がメロディやアンサンブルの展開に身を任せて楽しんでいるのに対して、R8はまるで自分が指揮者かミキシングデスクのように各セクションの仕事に目を光らせているような感じです。

このような優秀録音を聴きながら音量をどんどん上げていってみると、下手なDAPでは破綻して弱点が強調されるところ、R8では細かな空間情報がどんどん聴き取れるようになり、コンサートホールの広さがますます感じ取れるようになります。IEMイヤホンも良いですが、開放型ヘッドホンユーザーには特におすすめしたいです。

私自身はR8のようなサウンドはmicro iDSDや据え置き環境で実現できているため、DAPはあえてRS6の独自色に魅力を感じましたが、正直な話、もしDAPを音楽鑑賞の中核に置きたいのであれば、個性的なRS6よりも何でもこなせる完璧主義のR8の方が良いかもしれません。


Pentatoneレーベルから新譜でLawrence Foster指揮グルベンキアン管弦楽団のプッチーニ「蝶々夫人」を聴いてみました。DSDネイティブ録音です。

今をときめくMelody Mooreの蝶々さんは力強くピンカートンを殴り倒せそうな勢いなのでミスマッチな気もしますが、Elisabeth Kulmanのスズキがとても良く、全体的に優れた録音です。なかなか新録が少ないオペラなので、Pentatoneの素晴らしい音質で楽しめるのは嬉しいです。

前述のとおり、現在RS6のDSD再生は高音のバックグラウンドノイズが高めなので完璧とは言えません。それでも音楽自体は楽しめるので色々と聴いてみたところ、ノイズを無視すればかなり良い鳴り方です。鮮やかで生々しく、PCMと同じく、もしくはそれ以上に音響全体に一体感があり、流れるような演奏です。特に歌唱との相性が非常に良く、発声の波が続々と耳に届くような、まさに「ビットストリーム」と言わんばかりです。同じアルバムをR8で聴くと、一気にノイズフロアが下がり背景が静かになるのですが、それと同時にRS8では演奏自体も静的で客観的に観察するような感じになってしまいます。

RS6のDSD D/A変換手法が本当に素晴らしいのか、それともノイズがディザリングみたいな効果で錯覚を起こしているかはわかりませんが、ひとまず現在の鳴り方にはとても満足できています。DSD再生が下手なDACでありがちな、うねるような気持ち悪い空気感がRS6では全く無いので、素性は良いであろうことは実感できます。

ただし、もし今後ファームウェアアップデートとかでノイズ対策が実施されるとして、そのせいで現在の良好なDSDの鳴り方が台無しになってしまっては困ります。今でもノイズの量は楽曲ごとに差があり、比較的ノイズが少ない楽曲でのRS6の鳴り方は本当に素晴らしいので、それを維持したままノイズだけを下げる方法を見つけてくれることを願っています。設定でいくつかのフィルターモードを切り替えられたりしたら良いですね。

DSDの音質について追記

新たなファームウェアVer 1.30にてDSD Filterが「Darwin Default」と「Darwin 1」から選べるようになり、Darwin Defaultだと上記再生ノイズの不具合が解消されました。特に曲間など無音時にキュルキュル聴こえるノイズが無くなったので、かなり聴きやすくなりました。Darwin 1を選ぶとノイズが復活するので、こちらはVer 1.20と同じ再生モードということでしょう。

そんなわけで、これで万事解決と思ったのですが、いくつかDSDファイルを聴いてみると、新たなDarwin Defaultはどうも音が良くないというか、個人的にしっくりきません。Darwin 1と交互に聴き比べてみると、私ならノイズは我慢してでもDarwin 1の方を使いたくなってしまいます。

Darwin Defaultを選ぶと、確かにノイズ量は減るのですが、音楽全体が詰まったような息苦しい感触がします。特に低音の表現に注目すると、その差は明らかです。Darwin Defaultでは低音の空気圧がドスンと迫ってきて、演奏の空間とは無関係な、場違いなスタジオ特殊効果のように感じられます。

ノイズが多いDarwin 1を選んだほうが、ティンパニやコントラバスなどの低音楽器がちゃんとステージ上のオーケストラ配置の正しい位置から鳴っており、距離感や周囲の残響の空気感なども現実味があります。

高音もDarwin 1のほうが伸びやかで、リスナーに向かって主張してこないため、やはりリアルな生演奏らしい空間を維持できています。ようするにDSD再生のメリットである、生録の空間や時間表現の自然さという点ではDarwin 1の方が明らかに優れています。Darwin Defaultの方がノイズ量はが少ないのでディテールが聴き取りやすいように感じますが、どうにもPCMっぽいというか、一音一音が詰まっていて自然さがありません。

アップデート後もまだDarwin 1モードが選択できるだけでもありがたいですが、ファームウェアの調整次第でここまで鳴り方が変わるということが実証されたわけですから、これで終わりにせず、今後もモードを増やすなどしてサウンドを追い込んでもらいたいです。

ここからは不具合対策というよりは音作りのセンスの領域に入るので、メーカーが「これにて一件落着」と主張しても文句は言えないと思いますが、個人的には現時点でDSDのみ若干の不満が残ります。

おわりに

今回HiBy RS6を購入したことで、これまで長らく愛用してきたR6 Proからようやく世代交代することになりました。

新規開発のDarwin D/A変換の仕上がりは期待以上で、たしかに他社やHiBy自身の一般的なDAPとは一線を画する、ユニークな説得力のあるサウンドです。R2RやNOSといったビンテージ風なキーワードが注目を集めますが、実際はDXDでもしっかり描き出してくれる、素晴らしいハイレゾDAPです。

私のこれまでのDAP遍歴を振り返ってみると、Fiio X5、iBasso DX90、Astell&Kern AK240SS、Cowon Plenue S、Questyle QP2R、HiBy R6 Proといった具合に、その世代ごとに、バリバリの高解像というよりは、どちらかというと温厚で主張が強い個性派DAPを選んできており、今回のRS6もまさに私の趣味の延長線上だというのは納得してもらえると思います。

完璧無比なDAPという話であれば、RS6よりも別のモデルをおすすめすると思いますが(それこそHiByにはR8とR8SSがありますし、AKなども断然洗練されています)、現時点で一番面白い事をやっているDAPとなれば、RS6はかなり上位に入ってくるのではないでしょうか。

2021年はコロナを差し引いても半導体不足と旭化成工場火災のダブルでオーディオ業界が揺さぶれている状況が続いており、サプライチェーンの危うさと、製品の中核を成す部品の命運を他社に握られているという危うさに、多くのメーカーが気づきはじめたろうと思います。そんな中で、すでに組み込みOSなどにおける開発実績があるHiByが一足先に独自DACを導入したのはとてもスマートな判断ですし、他社もこれから似たような方針を模索するだろうと思います。Android化以降停滞気味だったDAPの多様性という意味では良い傾向なのかもしれません。