2021年12月8日水曜日

ハイエンドDACのヘッドホン出力 (Chord Dave & dCS Bartok)

今回は個人的に最近使う機会が多かったChord DaveとdCS Bartokについて、ちょっとした短い記事です。

Chord Dave & dCS Bartok

どちらも高価なハイエンドDACとして有名なモデルですが、それぞれ最近のトレンドに合わせてヘッドホン出力も搭載しているため、実際どれくらいのパワーがあるのか確認してみました。

Chord & dCS

近頃、幸運にもChord DaveとdCS Bartokという二つのDACを試聴に使う機会が何度かありました。どちらも100万円を超えるようなハイエンド機で、主にスピーカーオーディオ用のライン出力DACもしくはデジタルプリとして高く評価されています。

最近はアナログソースをすべて排除して、これらDACプリからそのままパワーアンプを駆動するというスタイルの人も増えてきているようです。

Chord Daveは2015年発売で価格は約160万円、dCS Bartokは2020年発売で約290万円と、どちらにせよ私のような常人ではそうそう手が出せない価格帯です。

これらの一世代前にあたるChord QBD76やdCS Debussyなどはライン出力のみだったのですが、やはり時代のトレンドに合わせてか、DaveとBartokのどちらもフロントパネルにヘッドホン出力も搭載するようになりました。

ちなみにBartokの方はヘッドホン出力はオプションで、無しのバージョンは230万円なので、つまり約60万円の差額になります。これくらい高価なオーディオになると「60万円相当のヘッドホンアンプなのか」とコスパを気にしたり、口座の残高をいちいち確認するような人はそもそも眼中に無いでしょう。

今回この記事を書こうと思った理由は二つあります。まず、最近ブログの試聴記事でChordやdCSを使っていると、それらについての質問メールが意外と多かったのが一つです。購入したいけれど身近に試聴できる環境が無いから意見を聞きたい、という人が多いようです。

もう一つの理由は、これらのような据え置きラインDACにヘッドホンアンプが搭載されていると、どうしても「どうせヘッドホンアンプはオマケ程度」という先入観を持っている人が多いようで、それらを使わず別のヘッドホンアンプを買い足しているケースをよく見かけます。

好みのアンプを通すことで音に色味を付けるなど明確な意図があるなら理解できますが、そうではなく、ヘッドホンアンプはセパレートに限るという確信だけで不釣り合いに低スペックなヘッドホンアンプを接続して、せっかくの高性能DACを台無しにしているようなケースも何度か見ているので、では実際これらのDAC内蔵のヘッドホンアンプはそんなに言うほど貧弱なのか、確認してみようと思ったわけです。

これくらいのハイエンド機になると、さすがに音質の感想などは信頼の置ける専門店のアドバイスや専門誌のレビューを参考にしたほうが良いと思いますし、接続する上流下流の構成や、オーディオラックや電源までこだわる人も多いでしょうから、音質に関しては今回そこまで追求しません。あくまで十分なパワーがあるのかというだけの話です。

出力とか

そんなわけで、早速ヘッドホンとライン出力電圧を測ってみました。いつもどおり0dBFSの1kHzサイン波信号を再生しながら負荷を与えて、歪みはじめる (THD < 1%) 最大電圧 (Vpp)を測ってみます。

Daveが緑線で、Bartokが黒線です。両者の6.35mmヘッドホン出力の線は約6Vrms (17Vpp) でスペック通りにピッタリ一致しています。

まず緑線のDaveの方を見ると、本体前面にある6.35mmヘッドホン出力と背面にあるRCAライン出力(プリアンプモード)の最大電圧はどちらも6Vrmsで、出力特性も同じなので、グラフ上では線が重なっています。

これはChord Hugoシリーズなどにも見られる特徴で、FPGAから出力された信号がそのまま高速アンプで一気に電流電圧ともに増幅されるため、ライン出力とヘッドホンアンプ出力の区別をつけていません。

一般的なオーディオ機器の場合、非力なラインレベル信号からヘッドホンを駆動できるまでアンプでバッファーする際にノイズや歪みが増すため、ライン出力とヘッドホン出力を分けて設計しているわけですが、Chordの場合は余計な工程の必要が無いシンプルさが大きな利点です。

一方XLRライン出力を見ると、無負荷時の最大電圧は高くても、負荷がかかると定電圧を維持できず落ち込んでいくので、つまりバランス化のためにトランスかなにか追加回路を通しているようで、ライン信号用途に特化しています。、ライン出力は非力で高インピーダンスであるべき、という主張の人はこちらを使うほうが良いでしょう。

たまに背面のXLRライン出力を使ってヘッドホンをバランス駆動した方が良いなんて主張する人もいるようですが、グラフを見ればわかるように、たしかに背面XLRでもヘッドホンから音は鳴るでしょうし、6.35mmシングルエンド出力とはサウンドの印象が大きく変わるでしょうけれど、それが必ずしもバランス化でパワフルになったわけではないことは理解してもらえると思います。

次に黒線のBartokの方を見ると、ヘッドホン出力は背面のライン出力とは全く異なる特性です。あくまでライン出力DACが基本にあり、そこにヘッドホン専用アンプ回路を追加したデザインのようです。ヘッドホンアンプは有料オプションだというのも納得できます。

ヘッドホン出力はXLRバランスを使うことでしっかり二倍の電圧が得られるようになっており、かなりの高電圧が得られます。一方6.35mmシングルエンドでは無負荷時にライン出力と同じ6Vrms(17Vpp)になるよう設計されています。

DaveとBartokのどちらもRCAライン出力が最大6Vrmsというのはかなり電圧が高いので、接続先が許容できる最大ライン入力電圧のスペックには注意が必要です。デジタルプリアンプとして使うならボリュームを最大まで上げる事は無いでしょうけど、送り先にもボリュームノブがあるプリやインテグレーテッドアンプの場合は、DaveとBartokのデジタルボリュームを最大にして接続すると音割れしたり、最悪の場合送り先を壊してしまう可能性があります。

DaveはメニューでDACモードを選ぶとRCAとXLRがそれぞれ3・6Vrmsにボリュームが固定され、Bartokも設定画面で2Vrmsに落とすことができます。多くのコンシューマー用アンプは1~2Vrmsを目安としている機器が多いので、Daveの3Vrms固定というのは、それでもちょっと高すぎますね。説明書には、そういった機器に接続する場合はAMPモードに切り替えて、ボリュームを絞って使えと書いてあります。

同じテスト信号で、ボリュームを無負荷時に1Vppに合わせて負荷を与えたグラフはこんな感じです。

緑線のChord Daveでは、先程の最大出力電圧グラフで見たとおり、6.35mmヘッドホン出力とRCAライン出力はどちらも横一直線に1Vppを維持しており、出力インピーダンスは0.1Ω程度と非常に低いです。一方XLRライン出力のみ明らかに非力で、出力インピーダンスは60Ωくらいの高インピーダンス出力です。

Bartokの方を見ると、ちょっと不思議で、なぜかXLRライン出力がヘッドホン出力並に出力インピーダンスが非常に低く(約0.6Ω)、RCAライン出力のみ50Ωくらいの高インピーダンスです。バランス化のためにバッファーアンプなどを通しているのでしょうか。つまりDaveとBartokでは背面RCA・XLRライン出力の特性が真逆なのが面白いですね。

つまりラインDACとして使う場合、それぞれRCA・XLRで特性が違うことになるので、聴き比べてみるのも面白いかもしれません。(そうなるとケーブルや、受け側の回路の違いも影響を与えるので、一概にどちらが良いとは言えません)。

最後に、参考までにChord DaveとChord Hugo TT2を比較してみました。緑色がDaveです。

赤線がHugo TT2のハイゲインモードで、背面のXLRライン出力では50Vpp以上も出せているのが凄いです。公式スペックでは1.15Wrms@300Ωと書いてあるので、換算すると18.6Vrms、つまり52.5Vppになり、グラフとぴったり合います。破線はRCAライン出力で、こちらはDaveと同様に、前面の6.35mmヘッドホン出力と共通しています。

Daveは基本的にシングルエンドで、背面XLRは何らかの変換回路を通していることで出力特性が落ちているのに対して、TT2は背面XLRはライン出力と言いながら、実は前面ヘッドホン出力端子の二倍の出力を実現できています。

Chordファンのあいだでは、Daveを買うかHugo TT2 + M-Scalerのセットを買うかで悩んでいる人もいるようですが、こうやって見ると設計思想が根本的に違うことがわかります。DaveはあくまでD/A変換に比重を置いたピュアオーディオ製品で、Hugo TT2はそれ単体で圧倒的なパワーを提供するデスクトップ機という位置づけのようです。ここまで出力が強力だと、サウンドに余裕を与えるメリットと考えるか、それとも実際そこまで高出力が必要無いならむしろ害悪と考えるかはオーディオにおける永遠の議題です。

さらに他の強力なヘッドホンアンプとも比べてみました。グラフにラベルするのを忘れてしまいましたが、一番パワフルな紫がViolectric V281、赤がiFi micro iDSD Diablo、黒がBartok、緑がDaveです。バランス出力があるものは実線がバランスで破線がシングルエンドです。

こうやって比較すると、たしかにBartokやDaveはそこまで強力なように見えなくなってしまいますが、実際のところ、個人的にV281やmicro iDSDで最大ボリュームが必要だったことは一度も無く、通常はゲインスイッチを下げて常識的な範囲で使っています。

また、どのアンプでも負荷が50Ω以下くらいになってくると出力が電流限界に差し掛かり、どれだけ電圧ゲインがあったとしても音量が上がらなくなってくるため(グラフ左側の傾斜)、たとえば50ΩのHifiman HE6SEのように、鳴らしにくい事で有名でもインピーダンスが低いヘッドホンでは、そこまで駆動力の差は無くなってきます。

その点Chord Daveは一見非力なように見えても、低インピーダンス側では一番粘っているので、ヘッドホンとの相性によっては良い組み合わせになるかもしれません。

デザイン

Chord DaveとdCS Bartokのどちらも、背面を見ればわかるように多機能なDACなので、ユーザーの環境に応じて様々な使い方が想定できます。

どちらのメーカーも既存のDACチップを使わずに汎用FPGAにてアップスケーリングなどの処理を行ってから独自回路でD/A変換するという手法の先駆者です。

両社が注目を集めはじめた2000年頃はフィリップスやソニーのビットストリーム式、バーブラウンのアドバンスドセグメント式など、当時のオーディオDACチップメーカーがそれぞれ16bit R2Rの限界を超えるべく、独自のオーバーサンプリングやD/A変換のアイデアで競争していた時代です。

まだ主流はハイレゾではなくCD音源でしたから、それらをどう処理するかが重要視されていました。例えるなら、HDや4Kテレビを売っているのに、まだ720×480のテレビ放送を見ているようなものです。

ちょうど同じころにXilinx XC Spartanシリーズなど低価格汎用FPGAも手に入るようになり、CDオーディオ程度のデータなら専用ICに頼らずとも、何度も書き換えられるFPGA上のコードでリアルタイム演算処理する事が可能になりました。

当初これらは「ディスクリートDAC」などと呼ばれており、dCSは航空宇宙用DSPや業務用A/Dコンバーター開発から始まり、1993年頃には独自のRing DACを搭載したコンシューマー向けオーディオDACを発売しています。当時はArcamのCDプレイヤーにも技術提携していたのが懐かしいです。

さらに英国のDeltecというメーカーが1997年頃にFPGA DACを発売して、1999年頃に会社が潰れたことで、エンジニアがフリーランスとしてChordに移籍したような流れだったと思います。

Chordの場合はFPGAで膨大なオーバーサンプリングを行ったマルチビットストリームを高速電流ソースで増幅することでそのままアナログ波形になるという手法を使っており、一方dCSはFPGAでオーバーサンプリングと複雑なアルゴリズムを組み立てておいて、それを冗長性を持たせたASICやディスクリート回路に巡回させることで、歪やノイズの規則性を排除するというような感じで、アプローチが根本的に違います。

両者に共通する点があるとすれば、セオリーの筋が通っており、FPGAなど構成部品の性能や精度が上がることでD/A変換の性能も必然的に向上するような先見性を持った手法のため、発案当初から現在まで段階的にアップグレードを繰り返して最高級DACの地位にずっと君臨しつづけています。

また、どちらのメーカーもセパレートのアップスケーラーなど機器間伝送にてS/PDIFの192kHz上限を超えるためにDual BNC S/PDIF・Dual AES/EBUといった手法を使っている点も似ています。

Chord Daveは純粋なD/AコンバーターとしてUSB・各種S/PDIF・AES/EBU入力とアナログライン出力のみを搭載しており、一方dCS Bartokは最近のトレンドに沿ってネットワークDACとしても使えるようになっています。

Daveが登場した2015年はまだネットワークDACがハイエンドに浸透していませんでしたが、それ以降はHugo 2GoやMojo Polyなどネットワーク化モジュールを積極的に投入しているので、今後Daveの後継機が出るならネットワーク機能もきっと追加されるでしょう。

それにしてもDaveと比べてBartokの巨大なシャーシは設置に苦労します。444×430mmとほぼ正方形なので、本格的なオーディオラックでないと奥行きが足りません。せっかくヘッドホン出力が付いていても、卓上でカジュアルに使うわけにはいかなそうです。

DaveとBartok、というかChordとdCSというのはどちらもイギリスのメーカーなわけですが、古くからのライバルというか、そもそも音質を比較するまでもなく、デザインの好き嫌いでファン層が大きく分かれるようなブランドだと思います。

Chordはどちらかというと奇抜で七色のLEDランプがキラキラ光るデザインが目立ち、このDaveでさえラインナップの中では比較的デザインが静かな方で、最上級Ultimaシリーズなんかは90年代に現れたタイムマシーンのような独創的なデザインで、好き嫌いはともかく、ひと目見たら忘れられない存在感を放っています。

一方dCSは従来機ではクラシック楽器のような曲線美で有名でしたが、一つ前のRossiniというシリーズで曲線と直線をあわせたデザインを経て、今回Bartokではカチッとした直線的なデザインに路線変更しています。その昔ArcamのCDプレイヤーにdCSのRing DACを搭載していた時期がありましたが、Bartokのデザインを見ると、なんだか当時のArcam FMJ・Divaシリーズとかを思い出させてくれます。

インターフェース画面でも両者の個性が目立ちます。Daveは毒々しいカラーリングにセリフフォントという、デジタルUIにおいては掟破りのデザインで、一方Bartokはまるで電子レンジかエアコンのような味気ないアイコンとフォントです。

どちらもタッチパネルではなく、ダイヤルとボタンで操作するのですが、たとえばDaveではDACプリモード切り替えには左右ボタン長押しとか、Bartokでは設定画面から戻るにはPowerボタンを押すなど、それぞれ一般常識が通用しない独特の操作性に慣れるまでは困惑します。このあたりの「開発エンジニアの思うがままに作った感」がいかにもイギリスっぽいなと思わせてくれます。

実際に使ってみて

ここ数ヶ月Chord Daveを色々なシナリオで試してみたところ、基本的な使い方については同時期に発売したHugo 2などと似ているため概ね満足できましたが、いくつか実用上の不満点もありました。

まず良い点としては、USB接続でPCM 352.8kHzやDSD256まで問題無く再生できます。

悪い点では、PCMとDSDネイティブ再生モードが自動的に切り替わらないため、ボタン長押しで任意に切り替えないといけません。

どちらのモードでも音楽は聴けるのですが、PCMモードでDSDファイルを再生するとPCM変換されていまい、逆にDSDモードでPCMを再生するとせっかくの膨大なタップ数のフィルターが使われません。(そのため遅延も無いため、動画再生時はDSDモードを使えと説明書にも書いてあります)。

もう一つ悪い点は、曲飛ばしや再生開始時などに結構な音量でバチッとノイズが入ることがあります。ここまで高価なDACなら後続する機器も相応に高価でしょうから、もうちょっとソフトスタートに配慮してもらいたかったです。ヘッドホン出力やRCAライン出力がパワフルすぎる弊害でしょうか。XLRライン出力なら低減されるかもしれません。(受け側機器にもよりますが)。

Hugo M-ScalerからのDual BNC接続できるのか個人的に気になったのですが、色々と試行錯誤してもうまくいきませんでした。本来Blu Mk IIを使うべきでしょうけれど、残念ながら手元にありません。

Hugo M-ScalerからHugo TT2へのDual BNCは問題無く705.6kHz再生ができたのですが、Daveにつなげると、音楽は鳴るもののパチパチとノイズが入ってしまいます。

念のためM-Scalerをもう一台用意して試しても両方同じ結果になりました。BNCケーブルは付属品を使うとノイズが最悪で、もっと高級な75Ω 12G-SDI同軸ケーブルなどを使った方がノイズが確実に目立たなくなりますが、完全に無くなるまでには至りませんでした。

Bartokの方は今回ネットワーク機能は使わずUSB接続のみで試しました。メニュー画面がややこしいのを除いては概ね満足でしたが、唯一不満に思ったのはDSD再生の上限がDSD128 (5.6MHz)までで、DSD256に対応していない事です。これは公式スペックでもそう書いてあり、多分DoPで384KHzまでしか受けられないなどの事情があるのでしょう。前作Debussyや上位モデルも同じです。

DSD256音質メリットの論議はさておき、最近はDSD256ネイティブで録音され販売しているファイルも多いですし、仕事上そういうのを聴く必要もあるので、たとえ内部演算でDSD128にデシメーションするとかでも、なんとか再生に対応してもらいたかったです。

音質とか

一応ヘッドホンを鳴らしてみた感想もちょっと書いておきます。普段から聴き慣れているFostex TH909やFocal Clear Mg/Stellia、HIFIMAN各種を聴いてみました。

Daveは艷やかで透明感のある、まさしくChordを象徴するような音で、特に生楽器の新鮮さやボーカルの声質の魅力を引き出すのに最高です。

このDaveの開発から数年後にHugo 2が生まれたので、両者はまさに兄弟機のような親近感があります。Hugo 2を聴いたことがある人は多いと思いますが、Daveはそれが全方向に拡張されて、静かな背景から楽器の音色が浮かび上がってくるような、澄んだ明るいサウンドです。

同じ据え置き機でもHugo TT2がパワフルでエネルギー感がある傾向なのに対して、Daveは繊細な精密機械のような佇まいの、まるで箱庭や盆栽のように細部に至るまで丁寧な質感に魅了されます。Hugo 2と同様に高能率IEMイヤホンなどとの相性も良いので、価格はさておき、もし卓上で気軽に何でも鳴らせるDACアンプを買うとなったら有力な候補です。

そんなDaveとは対象的に、Bartokは高出力なバランスアンプによる余裕を持った鳴り方が印象的です。余裕というのは、音量を取りにくい低能率大型ヘッドホンを鳴らすと、多くのアンプではボリュームを上げていくほど刺激的でうるさく感じるようになるのに対して、Bartokはどこまでボリュームを上げてもリラックスした柔らかい鳴り方を維持してくれます。

個人的な感想として、ヘッドホンアンプに特化したメーカーの多くは、高級機であっても激しいインパクトや派手さを強調する傾向があるのに対して、スピーカーオーディオの実績があるハイエンドメーカーの場合、このBartok以外でも例えばSimaudioやBricastiなどのヘッドホン出力を聴いても、駆動する苦労を意識させない、長時間でも聴きやすいサウンドを目指しているように感じます。

ただしBartokには弱点があり、バランスでもシングルエンドでも、高感度IEMイヤホンで聴いてみるとアンプのホワイトノイズが結構目立ちます。

アンプのゲインが高いから仕方が無いのかもしれませんが、同じくらいパワフルでもノイズフロアがもっと低いヘッドホンアンプは沢山ありますから(Violectricもmicro iDSDもIEMイヤホンで問題なく使えます)、その点Bartokはあくまで大型ヘッドホンを鳴らす事だけを想定しているようで、汎用性は低いです。

もちろんグラフで見たとおりパワフルなアンプなので、Focalなどインピーダンス変動が激しく駆動が難しいヘッドホンでもしっかりと正確に鳴らしてくれます。サウンドに関してもヘッドホンアンプ回路が余計な脚色を行っているというようには感じられず、dCSらしい鳴り方がそのまま実感できるという点では優れたアンプ設計だと思います。dCS DebussyからViolectric V281など優れたヘッドホンアンプを接続して鳴らした時の感覚とよく似ています。

dCSらしい鳴り方というのは、歌手や楽器など個別の音像にスポットライトを当てるのではなく、録音に含まれている空間全体をそのまま立体的に提示してくれる能力の高さだと思います。

その点ではChordと比べて音源に対する要求が高く、優れた楽曲では異次元のスケール感を発揮してくれるのですが、そもそも正しい空間情報が欠落している楽曲を聴くと、居心地の悪さが目立ってしまいます。

特にスタジオ録音のポップスなど、ボーカルや楽器の音色そのものの収録にはとてもこだわっていて、マイクやコンプレッサーなども厳選して丁寧に仕上げていても、音響空間やステージの空気感などはあまり考慮していない作品の場合は、Daveで聴いたほうが音色の美しさや艶っぽさが際立つので圧倒的に楽しめますが、Bartokで聴くと面白みがなく、ドライで冷めた作品のように聴こえます。

一方、ブルックナーの交響曲やバッハのミサ曲などを聴くと、Bartokの凄さが際立ちます。ホールや教会の床や天井などの空間条件がきっちりと描かれ、演奏メンバーそれぞれがその条件からはみ出さず、響きに埋もれず繊細に描画されます。音色そのものよりも、その情景を描く能力は圧倒的に凄いです。空気感が豊かなサウンドといっても、ふわふわと宙に漂って足元が心許ない鳴り方ではなく、dCSのサウンドというのはしっかりと地面の存在感があるのが特徴的です。

そんなわけで、どちらも高価なDACでも、DaveとBartokは性格が全然違うわけですが、あくまで私の個人的な感想として、Chordと比べるとdCSのサウンドはヘッドホンで聴くのには向いていないように思います(dCSには怒られるかもしれませんが)。Bartokに限った話ではなく、以前からDebussyやPaganiniを聴いた時にも感じていました。

ヘッドホンでの音楽鑑賞は、音色の質感や細部の解像感などにおいてはスピーカーに勝っている部分も多いかもしれませんが、dCSの得意としている音響空間の提示においては、優れたスピーカー環境で体験できるような凄さは、現時点ではどれほど高級なヘッドホンでも十分に実現できていないと思います。

ヘッドホンマニアでも、スピーカーに興味が無い人だと、楽曲の空間プレゼンテーションや位相管理の重要さという概念がなかなか伝わらなかったりしますし、楽曲もヘッドホン前提で仕上げていると、優れたスピーカーオーディオで聴くと平面的で低次元になってしまいがちです。

そんなわけで、個人的にBartokの方はスピーカーシステムをメインに考えている人が導入すべきで、ヘッドホンアンプはあくまで便利なオプションという風な考え方が正しいと思います。これはBartokの内蔵ヘッドホンアンプがショボいというわけではなく、他のヘッドホンアンプを接続して鳴らしても同じ感想になりますし、むしろ変に濃い味付けのヘッドホンアンプを通すと、せっかくのBartokの立体的なスケール感が潰れて台無しになってしまいます。

将来的にBartokのポテンシャルを引き出せるくらいヘッドホンの性能が進化してくれるかもしれませんし、逆にdCSがChordのようなデスクトップ・ポータブル製品に参入してくれたら、さらに面白くなりそうです。それまではヘッドホンを鳴らすためだけにBartokを導入するのはもったいないと思いました。

ChordもQBD76、2Qute、初代Hugoの頃はシビアな扱いづらさがあったのですが、ここ数年でHugo 2・Mojo・Qutestといった比較的カジュアルなモデルを続々リリースして、ハイエンド以外のユーザーフィードバックを得る機会が増えてきた事で、サウンドもより洗練されてきたように思います。

肝心なのは、ハイエンドオーディオのユーザーというのは、DACだけの音ではなく、後続するプリ・パワーアンプやスピーカー、ケーブル、部屋の音響設計に至るまでの全体的な構成によって理想的なサウンドを組み立てるのが常識になっていました。一方今回のようにDACの内蔵ヘッドホンアンプからそのままヘッドホンを鳴らすという使い方は極めて稀です。おかげでメーカーごとに意図した素の性格というのが伝わりやすくなったのは、面白い体験だと思いました。

おわりに

今回はオーディオマニア向けの詳細なレビューとかではなく、あくまでヘッドホン系のブログとして、Chord DaveとdCS Bartokのどちらもパワフルなヘッドホンアンプを搭載しており、それだけで優れたヘッドホンリスニング環境が整うという話でした。

特にChord DaveはHugo 2と同じような感覚で、IEMイヤホンから大型ヘッドホンまで精密に鳴らすことができる柔軟さが魅力的です。発売から時間が経って、そろそろ後継機とかも気になる時期ですが、逆に考えれば中古品も比較的安価に手に入るため、思いがけず手に入れる機会に巡り会えるかもしれません。ハイエンド機の中では小型でデスクトップでも活用できるため、古いラインソースを一気に処分してパソコンとDaveだけの簡潔な構成に入れ替えたベテランオーディオマニアも何人か知っています。

ところで、近頃はヘッドホンオーディオが広く浸透して、非常に高価なヘッドホンシステムも続々と現れているので、スピーカー環境を持っていなくとも、このような優れたDACに興味を持つ人が増えています。

そもそもDACなどのラインソース機器はスピーカーもヘッドホンも関係ないので、ジャンルの棲み分けは本来無いはずなのですが、これまでのヘッドホンオーディオは主にネット掲示板を中心に、スピーカーオーディオファイルとは別の社会を形成していたせいで、そこそこ高価なヘッドホンシステムを組んでいても、スピーカーオーディオにおける一流ブランドや、それらの歴史や音について全く知らない人が多いように思います。

オーディオイベントやショップに行かず、オーディオレビュー雑誌も読まないため、ニッチなヘッドホンアンプのガレージメーカーについてはやたら詳しいのに、エソテリックやマークレビンソンすら聞いたことが無い、という感じです。ヘッドホンブーム初期の頃の指標として、Benchmark DAC1やRME Firefaceなどハーフラックサイズのスタジオ機器がもてはやされたことも関係しているのかもしれません。

そんなわけで、スピーカーオーディオでは古くから使われてきた技術やセオリーでも、ヘッドホン界隈では最新技術として話題沸騰したり、明らかに技術力が伴っていないコピペ回路のメーカーでもヘッドホン用として売れば注目を集めたりなど、ヘッドホンオーディオにおけるDACやDAPのデジタル回路というのは、既存のオーディオマニアからすると、なぜそこまで語り尽くされた話題で今更白熱の議論が繰り広げられているのか、不思議と滑稽なジャンルだったように思います。

多くのハイエンドメーカーが冷ややかな目で見ていたところ、そこに一石を投じたChord MojoやHugoはかなりのブレイクスルーでした。それ以降、ヘッドホンマニアのあいだでも、Chordという凄いメーカーがあるらしい、ということで興味を持つようになり、その流れでDaveもヘッドホン用途に相当数売れています。

個人的な感想として、ほんの数年前までは、ChordやdCSに限らずエソテリックやソウルノート、WadiaからMSBまで、新旧優れたDACを借りて試聴したりしても、身の回りのヘッドホンマニアは一切の興味を示さず、勧めても聴こうともしなかったのに、最近になってBricastiがM3 DACにヘッドホン出力を搭載したり、今回のdCS Bartokもヘッドホン出力が追加されたことで、ヘッドホン掲示板やYoutubeで取り上げられるようになり、ようやく同じヘッドホンマニアが通りすがりに「Bartokだ!凄い!」と目を光らせてくれるという、非常に面白い現象を感じています。今後他のハイエンドオーディオブランドもヘッドホン方面に(できればそこまで高くない価格帯で)積極的に売り込んでくれることを期待しています。

また、逆に今回dCS Bartokを聴いてみて感じたように、スピーカーで鳴らして圧倒的な凄さを感じたDACでも、ヘッドホンではどうしても同じレベルの感動が得られないという事もあります(あくまで個人の好みの話です)。これは以前DebussyやRossiniシステムからヘッドホンアンプを鳴らした時も同じように感じました。逆に私が普段使っているChord Qutest DACのように、ヘッドホンで鳴らすと良い感じなのに、いざスピーカーシステムにつなげると期待していたほど上手くいかず、Daveに格差を見せつけられてしまうなんて事もあります。

耳元で鳴らすのと空間全体を鳴らすので感覚そのものが根本的に違うのは当然かもしれませんが、どれだけ優れたDACでも、必ずしもスピーカーとヘッドホンで共用できないというのは悩ましくもあり、オーディオの面白さでもあります。

このあたりもスピーカー主体のDACやアンプメーカーにとっては製品開発にて研究する価値がある分野だと思いますし、それと平行してヘッドホンメーカーへの相乗効果も期待できるかもしれません。

実際のところ、ヘッドホンを鳴らすなら数万円程度でも十分に優れたDAPやDACアンプが手に入りますし、私もそれらで満足できていますが、似たような価格帯の製品であれこれ買い替えて音質を吟味したりするのに迷走したり飽きてきたなら、DaveやBartokのようなハイエンド製品を一度でも試聴してみれば、何か新しい発見があるかもしれません。