2021年12月24日金曜日

Chord Anni ヘッドホン&スピーカーアンプの試聴レビュー

 ChordからAnniというアンプが出たので試聴してみました。とても小さなシャーシなので一見ヘッドホンアンプのようですが、実は10Wのスピーカー用アンプです。

Chord Anni

すでに発売しているQutest DAC・Hueiフォノアンプとセットで使うことを想定しており、私自身Qutest DACを長らく愛用していることもあって、主にヘッドホンアンプとしてどんなサウンドなのか気になっています。

Quetstシリーズ

はじめに断っておきますが、今回の試聴ではスピーカーを鳴らせる環境ではなかったので、あくまでヘッドホンアンプとして使ってみました。そのためスピーカー用途に検討している人にとってはあまり意味の無いレビューです。

Chord Anni

公式サイトからQutestシリーズ

このAnniというモデルはChord社製品の中でもQutestシリーズというクラスに含まれており、現時点ではQutest DAC、Hueiフォノアンプ、そして今回のAnniで三作目になります。

別売で専用スタンドも販売しており、これらを重ねる事でコンパクトなフルシステムが組めるというアイデアです。DAC・フォノアンプ・インテグレーテッドアンプと一通り出揃ったので、あと現代のオーディオシステムで欲しいのはストリーマートランスポートくらいでしょうか。

昔のChordetteシリーズ

当時からストリーマーもありました

Chordにとって、このようなコンパクトシステムのアイデアは今回が初めてではなく、10年くらい前にはChordetteというシリーズで同じように小型コンポーネントを出していました。私も当時はこのシリーズのQute HD DACなどを活用していたので、Chordのコンパクト系には長らくお世話になっています。

Daveなどを含むChoralシリーズ

さすがReferenceシリーズは派手ですね

現行ラインナップでは、この上にChoralシリーズがあり、こちらはDave DACなどでおなじみの一回り大きなシャーシサイズで、値段も一桁上がります。

私みたいに10年以上もChordを使っていれば、普通なら上級Choralシリーズや、さらに上のReferenceシリーズにアップグレードするのが自然な流れなのでしょうけれど、私の場合はいつまでたっても予算的に苦しいままで最下層を漂っています。

公式サイトからTable Topシリーズ

ちなみにHugo TT2 はTable Topシリーズという別シリーズに分類されており、共通シャーシサイズでM-ScalerアップスケーラーとTTobyパワーアンプが用意されています。このようにChordは各シリーズでそれぞれでフルシステムを組めるように商品を展開しているようです。

専用スタンド(別売)

Qutestシリーズをスタックするための専用スタンドはアルミ削り出しに本体と同じパウダー塗装で、たしかに高品質だとは思うのですが、別売で値段が三万円台と非常に高価です。しかも単品価格ですから、Qutest DAC・Huei・Anniでスタンドを三つ買わなければなりません。流石にここまで高いと、イケアとか100均で似たようなスタンドを探したくなります。

もちろんスタンド無しでも重ねることはできますが、上下の間隔が狭すぎてボタンが押しにくく、本体にゴム足の跡がつく心配もあります。

個人的に価格以外でこのスタンドに不満があるとするなら、ただ上下に重ねるだけで固定されるわけではないため、セットを一式持って移動するには不便です。上の写真にある旧Chordetteシリーズのスタンドでは、一体型でハンドルがついているので便利でした。

スタンドで重ねた状態

Quetst上面のLEDは隠れてしまいます

スタンドでスタックすると、たしかにカッコいいので、高価でも買いたくなってしまいます。

ちなみにAnniは放熱グリルがあることからわかるように発熱するので、重ねるなら最上段に置きたいです。そうなるとQutest DACのトレードマークである大きなLEDライトのガラスレンズが隠れてしまうのは残念です。

Daveと比較

Hugo TT2 + M-Scaler

DaveやHugo TT2 + M-Scalerと比較するとコンパクトさを実感できます。これでスピーカーが鳴らせるのだから凄いものです。

Anni

Anni本体のデザインはこんな感じで、上面に電源とゲイン切り替えボタン、前面には6.35mm & 3.5mmヘッドホン出力とボリュームノブがあります。ボリュームノブを押し込むと周辺の赤色が青色に変わり、背面二系統のRCAライン入力が切り替わります。

ゲイン切り替え

ヘッドホン接続時

ゲインボタンを押すと色が変わりハイ・ローゲインが切り替わります。ただしゲイン切り替えはスピーカー出力のみに効果があり、ヘッドホンでは無効になるため、ヘッドホンを接続するとボタンが紫色に変わります。

背面

背面はこんな感じです。Qutest DACでは電源用にマイクロUSB端子を採用していましたが、今回はスピーカー用アンプなのでUSB 5Vバスパワー程度では不十分なのでしょう、電源は専用のACアダプターで、4ピンの丸形コネクターを使います。

アナログライン入力はRCAのみで二系統あり、ボリュームノブを押す事で交互に切り替わります。

細めのバナナが必要です

スピーカー出力はバナナのみなのがイギリスっぽいですね。アメリカンな人はスペードが使えないと怒り狂っているかもしれませんが、こういうのを見ると昔のQuadなどのブリティッシュな伝統を彷彿とさせてくれます。そうなるとやはりWBTとかHirschmannではなく英国が誇るDeltronプラグを使いたいです。

後述するDC出力とフォノアンプ用のグラウンドがスピーカー端子の上にあるのもデザイン的にカッコいいです。日本のメーカーだったらもっとゴチャゴチャしていそうです。

RCA端子間隔が狭いです

左右のRCA入力端子の間隔はQutest DACと同じくらい狭いです。私が普段Qutest DACで使っているWireworldケーブルではRCAコネクターの取っ手がギリギリ接触しますので、もっと太いケーブルだと入らないかもしれません。

この方が良い感じです

Audioquestのベーシックなケーブルの方がしっくりきます。ただし、このAudioquestケーブルは見たとおり左右間隔があまり広げられないため、Daveだと広すぎて届かないというトラップがあります。このあたりも価格帯の違いというか、身分相応のケーブルが求められているような暗黙のルールを感じます。

DC OUTケーブル

Qutest DACに給電

特殊な分岐ケーブルが付属しており、これをAnniのDC OUT端子に接続することで、Qutest DACとHueiに給電することができます。Hueiは12V丸形DCジャックで、Qutest DACは5VマイクロUSBです。それぞれ個別にコンセントからACアダプターを使わなくてもよいのは便利ですし、グラウンドを統一するメリットもあるのかもしれません。(実際は後述するトラブルがありました)。

ヘッドホンアンプの出力

今回Anniをヘッドホンアンプとして試聴してみたところ、結論から言うと、音質はかなり良いものの、有効に活用できる条件が狭いというか、私みたいなヘッドホンマニアにとっては若干使いづらいアンプでした。その理由について解説したいです。

まず1kHzサイン波信号を再生して、ボリュームを上げて歪み始める(THD < 1%)最大電圧(Vpp)を測ってみました。

ゲイン切り替えボタンは背面のスピーカー出力端子にのみ効果があり、ヘッドホン出力はスピーカー出力をローゲインモードにした時と同じ出力電圧になる設定のようです。

ちなみに説明書によるとQutest DACを2Vrmsモードで接続するようにと書いてあり、それでAnniのボリュームを最大まで上げると無負荷時のヘッドホン出力はグラフ緑線の10Vpp (3.5Vrms) となります。

Qutest DACは3Vrmsモードにも変更できるので、そうすればグラフの青線の15Vpp (5.3Vrms) が得られます。

これらは格別低いというわけではありませんが、大型ヘッドホンを駆動することも想定される据え置きヘッドホンとしては、もうちょっと欲しいところです。ただし、あまりゲインが高すぎるとボリューム調整が難しくなるので、ようするにヘッドホン出力でもゲイン切り替え可能にしてもらいたかったです。

Hifiman HE6SE

どのみち一般的なダイナミック型ヘッドホンを鳴らす程度なら問題ないと思いますが、平面駆動型で鳴らしにくい事で有名なHIFIMAN HE6SEでは、Qutest DACを3Vrmsに設定してAnniをボリューム最大まで上げても音量が足りませんでした。ボリュームノブが半分を超えたあたりから体感的に音量が上がる気配がありません。

適正音量に関しては個人差がありますし、聴いている楽曲やジャンルにもよりますが、例えばダイナミックレンジが広いハイレゾのピアノソロ作品などでは特に苦労します。

どれくらい高いRCAラインレベルまで許容できるのか確認してみたところ、ヨーロッパのプロ機器で多い6Vrms(+18dB)くらいで入力オーバーになり、ボリュームノブを上げきる前に歪みはじめます。これがグラフの赤線で、30Vppくらいが上限のようです。

それくらい出せるなら十分パワフルだろう、と思うかもしれませんが、一般的なオーディオ機器のライン出力は1~2Vrms程度なので、それらと接続する場合はゲインが足りないというのが問題なわけです。

ちなみにスピーカー出力でハイゲインモードにすれば、2Vrms入力でもグラフの紫線のようにアンプの出力上限に迫る事が確認できますので、ようするに説明書で2Vrmsを使えというのはスピーカーでハイゲインモードでクリッピングしない上限という意味では納得できます。

歪んだサイン波

AnniはChord独自のUltimaアンプという特殊回路を採用していることで、いざ歪みはじめると急激にかなり強烈に音割れするので、あまり高いラインレベルを入力するのはおすすめできません。

最大電圧を測っている時も、ボリュームノブが限界をちょっとでも超えると上の画像のように盛大な歪みが発生するため、なかなか上限を見極めるのが難しかったです。

他のChordのヘッドホン出力電圧と比較してみるとAnniはたしかに低めに見えますが、2Vrms入力でもHugo 2と同じくらいですから、それくらいあれば十分だという人も多いでしょう。クリッピング電圧までまだまだヘッドルームに余裕があるので、20Ω以下でも落ち込んでいません。

手元にあったパワフルなヘッドホンアンプと比較してみました。どれもバランスではなく6.35mmシングルエンドです。こうやって見るとAnniのアンプ設計の特徴がわかりやすいです。

Violectric V281とSPL Phonitor Miniのどちらも高インピーダンスなヘッドホン負荷で高電圧ゲインを得られる設計を目指しており、特にPhonitor Miniはグラフでは見切れていますが600Ωで110Vppを超える圧倒的な出力が有名です。

それらと比べるとAnniはたしかに高インピーダンスでの最大電圧は低めですが、20Ω以下くらいから他社を圧倒するパワーを見せてくれます。やはりAnniはスピーカーの8Ωを想定して設計しているのでしょう。実際私の適当な測定でも、8Ωで9.9W、つまり公式スペックの8Ω10Wにピッタリ合うので驚きました。あくまでスピーカー用アンプとして設計されている事が伺えます。

同じ1kHzテスト信号のまま、無負荷時にボリュームを1Vppに合わせて負荷を与えていったグラフです。先程見たTT2、Dave、V281、Phonitor Mini、micro iDSDなども重ねてみたのですが、それぞれラベルをつけるのがバカらしいほど、どのアンプもピッタリ1Vppを維持できています。

やはりこれくらい優秀なヘッドホンアンプ勢ともなると、出力インピーダンスは限りなくゼロに近く、優劣の差も見分けがつきません。それでも測るとすればAnniは大体0.2Ω以下という感じですが、これくらい低いとケーブルやコネクターによる差の方が目立ってきます。

Campfire Audio Holocene

そんなわけで、Anniは出力インピーダンスが非常に低く、ゲインもそこまで高くないということで、IEMイヤホンなどと相性が良いかと期待したわけですが、ここでもう一つの問題が浮上してきます。

そこそこ感度が高いIEMイヤホンを鳴らしてみると、アンプからのホワイトノイズがかなり目立ちます。写真にあるCampfire Audio Holoceneを鳴らしてみたところ、ボリュームを最小に絞っても「シューッ」というノイズが聴こえてきます。

Hugo 2はもちろんのこと、据え置き機Hugo TT2やDaveなどでもここまでノイズは目立たなかったので、Anniのノイズの多さはかなり意外です。せっかく6.35mmと3.5mm出力端子を用意しているのですから、3.5mmの方はゲインを下げてでもノイズを減らすようなIEM用回路設計を考案してもらいたかったです。

Qutest DAC用電源供給ケーブル

もう一つ驚いたのが、Qutest DACの電源によるノイズです。先程写真で見たようにAnniからQutest DACへ電源を供給するケーブルが付属しているのですが、これを使ってQutest DACを給電すると、Anniのヘッドホン出力から変なハイピッチなノイズが聴こえてきます。

ホワイトノイズとは明らかに異なる「プーッ」というノイズで、ボリュームを上げるとノイズ量も増えるので、Qutest DACのライン信号から来ているのでしょう。感度の高いIEMイヤホンだと一目瞭然で、一部のヘッドホンでも注意すれば聴き取れます。

この電源分岐ケーブルを使わずに、Qutest DACを別のACアダプターで給電すれば異音は消えます(Anni自体のホワイトノイズは消えません)。私としては、グラウンドループ回避のためわざわざAnniからスター接続できるよう分岐ケーブルを付属してくれたのかと勝手に解釈していたのですが、むしろ逆にノイズが発生してしまうというのは意外でした。

Anniが15V、Hueiは12VでQutest DACは5VのDC電源なので、このアダプターケーブル内の簡素なレギュレーターで12Vから5Vを作っているのでしょうか。これまでもChord社は電源やケーブルに無頓着なのは知っていましたが、それにしても、ここまで明らかにノイズが目立ってしまうのは驚きです。

そもそもAnniではなくQutest DACがこれほど電源品質の影響を受けやすいというのが根本的な問題なわけで、それについては個人的にQutest DACを三年間使ってきた中ですでに実感していました。

Chordとしては一般的なUSB充電器程度でも大丈夫というスタンスのようですが、例えばiFi Audio iPower 5Vシリーズ(マイクロUSB端子への変換アダプターが付属している)や、自作の5Vリニア電源、ラボの高精度安定化電源など色々と試した結果、それぞれQutest DACの音質が変わってしまいます。ノイズの量というよりも、電源がショボいと音場空間が宙に浮くようにフワフワして定位が定まりません。スピーカーで鳴らすと違いがわかりやすいです。ただし高価な電源が必ずしも良いというわけでもなく、余計な電源フィルターとかを挟むとむしろ音が悪くなるなど、試行錯誤するしかありません。

Chordに限らず、多くのオーディオメーカーにおいて、エントリークラスとハイエンドで具体的に何が違うのかというと、DACチップの銘柄とか、THDやS/Nといった表面的なスペックではなく、やはり電源品質のような外部からの影響をどれだけ排除できるか、つまりロバストネス的な部分に大きなコストを割いていると思います。

Qutest DACでも、条件さえ良ければ上級機と同じくらいの音質や測定スペックを得られるかもしれませんが、ACアダプターが変わっただけで音質が一変してしまうのがエントリークラスらしい難点だと思います。

話を戻すと、Qutest DACとAnniをセットで活用しようと検討している人は、ぜひQutest DACには優れた電源を用意することをおすすめします。フォノアンプのHueiは手元に無かったので確認できませんでしたが、こうなるとAnniのホワイトノイズの件も、もっと優れた電源で駆動できたらノイズ量は変わるのか気になってしまいます。(特殊なコネクターなので今回は試せませんでしたが)。

ヘッドホンアンプの音質

今回の試聴ではQutest DACとAnniのセットで鳴らしてみました。個人的に愛着があるDACなので、Anniの特徴も把握しやすいです。

トランスポートはHiby RS6 DAPからのUSB OTGで、ラインケーブルは普段使っているWireworldです。上述した問題があるので、Qutest DACの電源は別のACアダプターから給電しました。

HD800S

先程見たように、Anniは極端に鳴らしにくいヘッドホンや高感度イヤホンは不得意なアンプなので、色々と考えた結果、それらの中間で相性が良さそうなヘッドホンとして、ゼンハイザーHD800Sを選びました。他にもベイヤー、Grado、Focalなどのダイナミック型ヘッドホンであれば総じて良い感じです。

豪華な比較試聴です

今回Anniを試聴するにあたって個人的に一番気になっていたのが、AnniのサウンドはHugo 2・Hugo TT2・Daveのどれに近いのだろう、という点です。

そもそもQutest DACはHugo 2からヘッドホンアンプやバッテリー回路を取り除いてライン出力に特化したような製品だったので、単純に考えればQutest DACとAnniを組み合わせる事でHugo 2っぽくなるか、それともスピーカーも鳴らせるほどパワフルなアンプということでHugo TT2っぽいのかと想像が膨らみます。

結論から言うと、Anniはそれらのどれにも当てはまらない独自のサウンドです。さらに言うなら、「Hugo 2・Hugo TT2・Dave」が共通した一つのグループであるとすれば、Anniは全く別のグループに分類されるようなサウンドだと感じました。

Chordによると、AnniはフラッグシップUltimaシリーズのアンプ設計を継承しているというのがセールスポイントらしいですが、たしかに私がこれまで聴いてきたChord DACのヘッドホン出力とは性格が異なる、ユニークな鳴り方です。

LSO Liveレーベルからモーツァルトの管楽器協奏曲集を聴いてみました。オケメンバーをソリストとして起用しているのが珍しいです。録音はDSD128 & 256ネイティブで、いつものBarbicanではなくLSO本拠地St Luke'sのJerwood Hallなので音が普段よりも良いです。これまでこのレーベルを音質面で敬遠してきた人もぜひ試してみる価値があると思います。


Bethlehemレーベルの1957年Nina Simone And Her Friendsが2021年最新ハイレゾリマスターで登場したので聴いてみました。後年のソウルフルなスタイルではなく50年代当時らしいスタンダード集で、彼女のピアノをバックにクリス・コナーとカーメン・マクレエとの三人で交互に歌を受け持つという贅沢なアルバムです。

Chord Anniを通して聴くサウンドは、柔らかく温厚で、空気の臨場感が豊かに出るような印象です。音像の質感をカチッと出すというよりは、若干フォーカスが甘めで、楽器の直接音とは別に、背景に滲むような音響が感じ取れるようです。

たとえばLSOのアルバムは小編成オケなので、あまり高解像を強調しすぎるアンプだと奏者が剥き出しに晒されるような聴こえ方になりがちですが、Anniでは間隔を埋めるような良い雰囲気みたいなものが感じられるおかげで、とても聴きやす仕上げてくれます。音色自体の響きが長引くとか、過剰に厚く重なり合うという感じではなく、楽器とは別に緩やかな空気が流れているような印象です。

ただし三次元的な立体効果ではなく、あくまで平面的に、時間軸方向で流れがスムーズになっているような感じです。ソリストを中心にオケが広大なスケール感で展開するような感覚は薄いので、スピーカーに例えるなら、オーディオルームの巨大なメインシステムとは別の、小型ベッドルームオーディオに求めている鳴り方に近いです。

また、温厚だと言っても、高音がロールオフされているとかモコモコしているというわけではありません。もっと味付けが濃いアンプの場合だと、音色そのものに余計なクセがついてしまい、録音というよりもアンプを聴いているような感覚になってしまうところ、AnniはやはりChordらしく音色そのものは極めてピュアーで、全体的な雰囲気というか、プレゼンテーションを上手に整えてくれるような鳴り方です。

そんなわけで、たとえヘッドホンを鳴らすのであっても、「コンパクトなデスクトップシステムでChordのサウンドを楽しむ」というAnniのコンセプトに沿ったサウンドが見事に実現されています。

DaveからAnni

Anniの独特なサウンドはQutest DACの影響が強いという可能性も無視できませんので、ラインソースをDaveに変更してAnniを鳴らしてみたところ、サウンドの印象はほとんど変わりませんでした。つまりAnni自体の個性が主導権を握っており、上流に接続された機器の違いはそこまで明確には現れないようです。

Dave自体にもヘッドホン出力があるため、ヘッドホンを交互に挿し替えて聴き比べてみたところ、あまりの違いに愕然とします。ヘッドホンアンプはそこまで音質に影響を与えないと思っている人は、この差を聴けば考えが変わるだろうと思います。

先程言ったようにAnniでは音色の周囲に空気が広がり、連続した流れが感じられるのに対して、Daveでは出音の線が細く、極めて精密な描写です。Anniで聴いてからDaveに変えると、あまりにも音が痩せていてデッドな鳴り方のように聴こえるので、本当にこれで良いのか、と心配に思えてしまうのですが、そのまま聴き続けていると、Daveの方が楽曲そのものの素の姿を正しく表現しているという確信が湧いてきます。

例えば試聴に使ったニーナ・シモンのアルバムは1950年代ステレオ最初期の録音ということもあり、歌手とピアノが左右極端に振られていたりなど、現代の感覚としてはかなり聴きづらい不自然な作風です。これをDaveで聴くと、それらの定位の収まりの悪さ(位相差や空気感の違いのせいで、一つの演奏空間としての説得力の無さ)が明らかになってしまい、かなり聴きづらく感じるのですが、Anniを通して聴くことで、なんとなく良い雰囲気に収まってくれます。

もちろんDaveにはクロスフィード機能があるため、それをONにすればステレオの違和感に対処してくれますが、その弊害として、不自然な奥行きというか、空気がうねるような息苦しさも生まれてしまうため、個人的にはChordのクロスフィードはあまり好きではありません。その点Anniはあくまで平面的に良い感じに和らげてくれるので、なんとなくアナログっぽいというか、いい意味でライフスタイル系オーディオに求められているサウンドといった感じです。

同じように、Hugo 2やTT2を通して聴くと、Daveほど精密ではないものの、個々の音色が際立つ、明確な鳴り方なので、Anniのようなリラックス感は得られません。とりわけTT2はパワフルなダイナミクスが魅力的なアンプなので、先程のオーケストラ作品なんかを聴くと、最新DSD録音の性能を十分に引き出してくれて、個人的にはAnniよりもTT2で聴くほうが好みですが、一方ニーナ・シモンはTT2ではベースの重低音や歌手の刺激的な高音が奔放に飛び跳ねてしまい、整合性が悪く、まるでライブ会場の「音響が悪い席」に座っているような感じになってしまうため、Anniで聴いたほうが断然良いです。

ところで、Anniを通して色々な曲を聴いていると、「この鳴り方はどこか他でも聴いたことがあるぞ・・・」と思うようになり、色々と考えてみたところ、なんとなくスタックスのラムダシリーズなどの静電型ヘッドホンで聴いている感覚に近いと思えてきました。ダイナミック型ヘッドホン特有の過剰な音圧のインパクトや激しさとは一味違う、澄んだ空気感が音楽の流れを運んでくれるような自然な雰囲気が静電型っぽいです。

HD800Sなどのダイナミック型ヘッドホンが静電型に変身することは不可能ですから、あくまで例え話として、Anniがもたらしてくれるサウンドの傾向は静電型が好きな人なら特に気に入るだろうな、というイメージが湧いてきたという事です。その点でも、やはりコアなヘッドホンマニアというよりも、ハイエンドなスピーカー環境に慣れていて、その傍らでヘッドホンも妥協したくない、というようなオーディオマニアにスタックスの静電型システムが好まれているのと、Anniのコンセプトとの共通点があるのかもしれません。

おわりに

Anniのコンパクトなデザインとパワーの絶妙なバランスや、特徴的なサウンドの仕上がりは、Chordが想定しているユーザー層を思い浮かべてみれば説得力があります。重厚なオーディオラックや部屋の音響設計が必須な大迫力のフルサイズシステムとは別に、デスクトップに置けるコンパクトなスピーカー用アンプを求めていて、ヘッドホンを鳴らすのも、それこそHD800SやFocalなど定評のあるモデルを一つか二つ持っているような人にはちょうど良いです。

これでHueiフォノアンプも接続して、KEFとかBBC系のブックシェルフスピーカーと合わせて、書斎のサイドボードにシンプルなレコード再生環境を整えるというのが粋な使い方でしょう。実際試していませんが、レコードとの相性が良いアンプのような予感がします。

ヘッドホン一辺倒のマニアにとっては若干中途半端な印象もあるので、ヘッドホン用途だけに購入するのはもったいない気もしますし、これまでどおりHugo 2やTT2を選んだ方が汎用性が高く、様々なイヤホン・ヘッドホンの聴き比べなどにも適していると思います。

ただし、意外と忘れがちなのは、AnniはHugo 2などには無いアナログライン入力を搭載しているという点です。最近はパソコンやスマホなどデジタルソースのみで完結している人も多いと思いますが、まだまだ手持ちのレコードプレーヤーなどアナログラインソースをつなげたいという人も根強いですし、しかも昨今のレコードブームもあり、Hueiフォノアンプも出したわけで、アナログインテグレーテッドアンプを出すのは当然の事で、MojoやHugo 2シリーズとはしっかり棲み分けができています。

多くのメーカーの場合、このような小型デスクトップシステムとなると、どうしても入門機という先入観に囚われて、ただブランドのバッジを貼り付けただけのような安易な製品だったり、機能性を詰め込みすぎて結局置き場に困るようなサイズになってしまいがちですが、Chordの場合はベテランのオーディオマニアでも満足できるクオリティを惜しみなくつぎ込みながら、電源や入出力の部分などは思い切って簡素化してコンパクトに徹している点がAnniとQutestシリーズの魅力だと思います。

私自身はQutest DACを長らく使ってきて、フォノアンプも新しいものを物色しているところなので、この際HueiとAnniのフルセットを導入しようかと考えたりもするのですが、流石に専用スタンドの値段を見てためらってしまう程度では、自分にはまだ早い、と思えてしまいました。