Campfire Audioの2021年モデルから、Satsuma、Honeydew、Mammoth、Holocene、AK Solaris Xをまとめて試聴する機会があったので、感想を書いておきます。
2万円台のSatsumaから18万円のSolaris Xまで、相変わらずラインナップ刷新のペースが速いメーカーなので、まるでスニーカーやワインのビンテージのように、今年はどんな風に仕上げてきたのかワクワクさせられます。
Campfire Audio
今回試聴してみたCampfire Audio 2021年新作の一部は8月頃に発売したものですが、個人的になかなか試聴機を手にすることができず、10月末になって一気に目の前に現れて翻弄させられている状況です。
他のオーディオメーカーも近頃は製造や物流の滞りのせいで、せっかく新作発表が行われてニュースサイトのレビューなどを読んだのに、いざ購入したくても潤沢な在庫が無い、という状況が続いているのが残念です。アマゾンなどの大手でも、イヤホンに限らず入荷待ちの商品が目立つようになりました。
そんな中で、今回Campfire Audioの新作をじっくり聴ける事になったのは実に幸運なことです。すでにご存知かと思いますが、Campfire Audioは近年そこそこ大手メーカーと呼べるくらい成長しているものの、製品開発については相変わらず芸術肌というか、明確なグレードや上下関係が無く、各モデルが独立した作品としてアイデアを即商品化するようなフットワークの軽さで有名です。
そのため、今回の新作も明確にどれの後継機だとか、そういったロードマップが無いため、サウンドに関しても実際に聴いてみるまで予測不可能です。
また、数年前と比べて搭載ドライバー数や独自技術などについてそこまで積極的に主張しなくなったようで、純粋にサウンドの仕上がりで勝負するような印象が強くなりました。そういった意味でも、実際に試聴してみるまではスペックだけでは計り知れません。
ハウジング形状だけ見ると、今回試聴した新作は大きく三種類に分かれます。まずダイナミックドライバーのHoneydewと1BAのSatsumaはどちらも二万円台のエントリーモデルで、シェルも小型のプラスチック製です。
MammothとHoloceneの二機種はこれを書いている時点では日本ではリリースされていないようです。米国公式サイトではMammothが$549の2BA+1DDハイブリッドで、Holoceneは$649で3BAだそうです。どちらもCampfire Audioの定番アルミシェルデザインで、内部は3Dプリンター製の音響チャンバーを搭載しています。
最後にAK Solaris Xは正式にはCampfire AudioではなくAstell&Kern名義でのコラボモデルという位置づけで、約20万円の2BA+1DDハイブリッド型です。既存のCampfire Audio Solarisは3BA+1DDという構成なので、今作ではあえてドライバー数を減らしているのは興味深い試みです。
パッケージ
Campfire Audioといえばデビュー当時から電子機器らしからぬ綺麗な包装紙を用いたパッケージが印象的でした。今作もまるで高級チョコレート店のようなプレゼンテーションです。
AK Solaris Xを除いて統一されたパッケージになっており、それぞれ付属ケースの模様も異なります。
ちなみに従来モデルではケースに本革を使っていましたが、今作ではエコに配慮して新たに再生プラスチック繊維を採用したそうです。イヤホン本体の色合いが地味なMammonthやHoloceneには一番派手なケースが付属しているのは面白いですね。
イヤピースはFinal製を含めた数種類が付属しており、クリーニングブラシやピンバッジもオマケでついているのが嬉しいです。ちなみに黒いメッシュのポーチはイヤホンを左右個別に収納したい人のための配慮です。ケースにそのまま入れるとシェルが衝突して塗装が剥げるという不満があったので、数年前から付属するようになったようです。
付属ケーブルはこれまでどおり定番の銀メッキ銅リッツ線の改良型を採用しており、HoneydewとSatsumaは軽量版「Smoky Lite」、MammothとHoloceneはコネクターに蓄光材料を使った「Smoky Glow」という仕様になっています。
AK Solaris XだけはAstell&Kernらしい黒いパッケージなので、印象がガラッと変わります。パッケージが変わるだけでCampfire AudioというよりもJH AudioやBeyerdynamicのAKコラボモデルと同じ雰囲気がしますね。こちらはさらに高級モデルらしく純銀リッツ線ケーブルを採用しており、AKなので2.5mmバランスで、2.5mm→3.5mmアダプターケーブルも付属しているようです。
デザイン
こうやって一列に並べてみると、新作HoneydewとSatsumaのサイズの小ささがわかります。シェル自体がコンパクトになっているだけでなく、ノズル部品も細い専用設計になっているのは意外でした。
つまり従来のモデルの感覚よりもイヤピースは大きめのサイズを選ばないとフィット感が緩く感じました。ハウジング自体も薄くなって、耳のくぼみにピッタリと収まるので、カジュアルさが増しています。
どちらのモデルも低価格だからといってプラスチックシェルにドライバーを接着しただけのチープな設計ではなく、ノズルはステンレス製ですし、内部にはしっかり上位モデル同様3Dプリンター製の音響チャンバーを搭載しているあたり、ちゃんと真面目に作られています。
Honeydewはダイナミック型なのでシェルに通気孔があります。これのおかげで装着時の耳栓のような圧迫感が軽減され、密着具合による出音の乱れも少ないので、気軽にパッと装着して使うのに適しています。雰囲気としては個人的に好きなイヤホンのゼンハイザーIE60/IE80を連想しました。
一方SatsumaはシングルBAで通気孔が無いので、装着時の耳栓感覚が強いです。Etymoticなどクラシックな1BAイヤホンの感触が好きな人には良いかもしれません。
個人的には、こういったコンパクトなイヤホンは横になって寝る時に使えるかというのが重要なポイントです。その点Honeydewは合格ですが、SatsumaはシングルBAらしくシェルが横から押されると音楽がシュワーッと変な音になってしまうのでダメでした。純粋な音質だけでなく、用途に応じてそういった使い勝手についても確認しておくのが大事です。
MammothとHoloceneは従来のCampfire Audioらしいデザインとサイズ感です。Mammothはハイブリッド型なので実質Polarisの後継機でしょうか。
Polarisは1BA+1DDでダイナミックドライバーは9.2mmだったのに対して、Mammothでは2BA+1DDになり、ダイナミックドライバーも10mmバイオセルロース振動板に変更され、これに伴って内部の3Dプリンターチャンバーも全くの別物になっています。
Holoceneは3BAというマルチBAではよくある構成なのですが、意外にもCampfire Audioの過去モデルを見ると、Orion (1BA)、Nova (2BA)、Jupiter (4BA)、Andromeda (5BA)といった具合に、なぜか3BAだけ不在でした。
2019年に日本のミックスウェーブ限定モデルとして「C/2019 Q4」という3BAモデルが一瞬だけ販売していたので、Holoceneはそれをベースに開発を進めたモデルなのかもしれません。ドライバー構成も高音用×1と中・低音用×2の2WAY構成というのもHoloceneと同じです。残念ながら私は限定モデルの方は未聴なので比較できません。
AK Solaris XはここまでのCampfire Audioらしいデザインからガラッと変わります。シェル形状はCampfire AudioでのSolarisシリーズと同じですが、鈍い光沢のある質感はとても美しく、側面から見たメカっぽさもカッコいいです。
ただし、赤いフェイスプレートの表面はガラスではなくベタベタしたゴムっぽい質感なのでホコリが付きやすいのが難点です。
3BA+1DDのSolarisに対してAK Solaris Xは2BA+1DDになったので、グレードダウンしたのかと感じる人もいるかもしれませんが、公式サイトの展開イラストを見ると、その意図が何となく理解できます。
これまで中高域用の二つのBAドライバーがノズル先端を塞ぐような形で配置されていたのに対して、Solaris Xではこれらを一つの小型BAドライバーに集約することでチャンバー内の音響が改善されたように見えます。(他にも色々と違いはあるかもしれません)。
一昔前まで、BAドライバーといえばKnowles社などの既製ユニットを買って搭載するだけだったので、ドライバー搭載数が多い方が優秀だという定説があったわけですが、ここ数年で各イヤホンメーカーが独自の特注BAドライバーを開発できるようになったおかげで、単純な比較が難しくなりました。逆に言うと、現在がBA型イヤホンの全盛期ともいえますので、従来のBA型イヤホンの固定概念に捕らわれてはいけません。
インピーダンス
各モデルのインピーダンスを測ってみたところ、1BAのSatsumaだけ極端な傾向なので、他のイヤホンとの比較になりません。
高域に向かってインピーダンスが急激に上昇して、2.7kHz付近で一気に落ち込むあたりは1BAを筒状ハウジングに詰め込んだデザインの典型的な特性です。
スペックでは46.4Ωと書いてあり、たしかに1kHz付近ではそれくらいかもしれませんが、こういう単一のスペック値があまり参考にならないのはグラフを見れば理解できると思います。
Satsumaのシェルは一見Campfire Audioらしい形状ですが、内部展開図を見ると実際はEtymoticのような筒状の音響チャンバーにBAドライバーが搭載されているので、この筒の直径と長さで笛のようにチューニングしているのでしょう。
Satsumaを除外するとこんな感じです。1DDのHoneydewは5.5kHz付近の小さな山以外は19Ω付近で安定しているのはさすがダイナミックドライバーらしいです。公式スペックでも17.44Ωと書いてあるので、ケーブルを含めて19Ωはほぼぴったり合っています。
それ以外のモデルはHoloceneがマルチBAでMammoth・Solaris Xがハイブリッドなのに、どちらも低域のインピーダンス特性がよく似ているのは面白いですね。これらはDC抵抗で3Ω付近にまで下がるので、アンプの駆動力によって音質が変化しやすいため、試聴の際には注意が必要です。
Satsumaを含めて電気的な位相で表すとこんな感じになります。どれも高域プレゼンス帯の癖が強そうな印象がありますね。
さらにAK Solaris XをCampfire本家のSolaris 2020と比較してみました。両者の全体的な傾向は似ているので、駆動に関しては同じような感覚で、音質表現のニュアンスのみを変更しているような印象です。
音質とか
今回は試聴するモデルが沢山あるので、それぞれの感想は手短にしておきます。
奇遇にもChord DAVEを使える環境があったので、今回はそれを使いました。今までChord Hugo TT2 + M-Scalerを使う事が多かったので、まあ似たようなものです。DAVEの方が若干パワーが低い代わりにサウンドの透明感が高いような気がするので、イヤホンの試聴には最適かもしれません。
特に今回はインピーダンスがとても低いイヤホン勢ですから、Chordのように出力インピーダンスとノイズのどちらも非常に低く優秀なアンプで鳴らすメリットがあります。イヤピースは付属のFinalのやつを使いました。
音量に関しては、インピーダンスグラフを見て想像できるとおり、1BAのSatsumaが唯一とても鳴らしにくく、それ以外はほぼ同じボリュームで試聴できました。Satsumaだけはボリュームノブを30%くらい余計に上げないといけません。もちろんどのモデルも最近のDAPとかであれば問題なく音量が得られる部類です。
まずSatsumaとHoneydewをひとまず聴いてみました。二万円程度なので過度な期待はできませんが、そこそこ悪くないと思います。サウンドは奇抜な脚色を加えたものではなく、それぞれ1BAと1DDという特徴が明確に感じられるオーソドックスな傾向です。
コンパクトなハウジングと細めのノズルによる軽快なフィット感や、上級機と遜色無いケーブルや豊富なアクセサリーなど、全体的なパッケージとしては完成度が高いです。例えばShure SE215のようにカジュアルに扱える定番モデルとして十分に実用的です。
Campfire Audioは今のところShureがやっているようなBluetoothワイヤレス化ケーブルを出していないようですが、こういうモデルこそ、そういったワイヤレス化との相性が良いと思います。このご時世にもなって未だにワイヤレスモデルを出していないところを見ると、Campfire Audioはアンチなのでしょうか。
音質面では、まず1BAのSatsumaは高音寄りの軽快な定番1BAサウンドで、まさにEtymoticや昔のFinal Audioなどの懐かしいBAサウンドを彷彿させます。とりわけチャンバーで余計な低音を盛らなかったのは正しい判断だと思います。BAらしく中高音の解像感がとても高く、音量を上げていっても響きが濁らないので、女性ボーカルやギターなどの帯域をピンポイントで細やかに聴きたい人には向いていると思います。ただしさすがに1BAなのでフルレンジな豊かな低音は得られませんし、抑揚のダイナミクスも狭いので、ノリの良いパワフルなサウンドに圧倒されたいような人には向いていません。
さらに、BAから出た音が長い円筒形の内部チャンバーからノズルとイヤピース、そして耳穴内部を通って、一つの長い筒として音響を形成するため、特にイヤピースの長さや内径などでサウンドが大きく変わります。ためしにリスニング中に指でハウジングを押して上下左右に動かしてみると、シュワシュワとフィルターのような干渉効果が実感できます。
ダイナミック型で通気孔があるHoneydewはそのようなフィルター効果は一切無く、耳に押し込んでも音の変化はほぼありません。
HoneydewはSatsumaとは対象的に、ダイナミック型らしく温厚で柔らかく、かなり「緩い」サウンドです。こちらも低音を過剰に盛りすぎたり振動板を金属コーティングしてギラギラしたハイレゾっぽいサウンドに仕立てるなどの、ありがちな演出を行っておらず、中域全般が盛り上がっている豊かな鳴り方に留めているのは好印象です。ただし解像感はあまり高くないので、じっくり聴き込むと最小成分まで聴き分けるのが困難で、もどかしく感じるかもしれません。
そうは言っても数千円台の適当なイヤホンにありがちな淡々として面白みの無いサウンドではなく、ちゃんと流れるような質感や豊かな音響空間が再現できているので、寝るときや仕事中のBGMなど、余計な刺激や耳障りにならずに長時間リラックスして楽しむ用途に適しています。同じくダイナミック型のSE215よりももうちょっと緩く、JVCウッド系ほどは個性が強くなく、なんとなくゼンハイザーIE80とかに近い印象です。
次に、ハイブリッド型のMammothを聴いてみました。こちらは同じハイブリッド型の前作Polaris 2とはかなり違う鳴り方だったので驚きました。
Polaris 2と比べてBAドライバーが増え、ダイナミックドライバーの直径も大きくなったので、高音も低音もドンシャリ傾向が強くなるかと想像していたところ、意外にもその逆で、高音側はアタックがマイルドに、低音側は中域まで広くカバーしています。つまりクロスオーバーの繋がりが良くなり、Polaris 2ほど意識しません。
低音のダイナミックドライバーの音が軽くなったというわけではなく、最低音に向かってどんどん量感が増していくので、EDMなど打ち込みの低音が使われている作品では凄まじいパワーが得られます。Polaris 2ではそれだけに特化した低音で、残りの帯域はBAっぽいサウンドだったところ、Mammothでは上の方までダイナミックドライバーが重なってくるような感じです。
そのため、他のイヤホンを聴いてからMammothに切り替えてみると、中域全体に薄い霧のヴェールがかかっているような不明瞭な感覚に困惑するのですが、そのまま聴き続けているとだんだん気にならなくなるので不思議なものです。クロスオーバーの上下で分断されているのではなく、カチッとしたBAサウンドの後ろでダイナミックドライバーが雰囲気を演出しているような二重構造に聴こえるため、一般的なポップスのシンセにありがちなパッドとリードの組み合わせなどの作風では良い感じで楽しめます。
ポータブル向けにインパクト重視だったPolaris 2も素晴らしいイヤホンでしたが、Mammothはさらに完成度が高い領域にもう一歩踏み込んだような仕上がりです。
残るは3BAのHoloceneとハイブリッド型のAK Solaris Xです。
今回一通り聴いてみた中で、私のおすすめとしてはHoloceneが別格で気に入りました。Campfire Audio全ラインナップの中でも、有名な5BAのAndromedaと同じくらい好きで、トップの座を争う素晴らしいイヤホンだと思います。
Holoceneの鳴り方はAndromedaにかなり似ており、「中高域の金属的な美音」がまず印象的です。さらにドライバー数が減ったせいなのかもしれませんが、高域特化に陥らず、全体的にバランスの良い仕上がりになっています。ようするに、単純にAndromedaの廉価版として片付けるにはもったいない、洗練された傑作です。
Andromedaの場合は得意の高音以外の帯域があまりはっきりとしておらず、ふわっとした臨場感の中で鋭く輝く美音、という組み合わせが魔法のような雰囲気を生み出しています。世代を重ねるごとに改良され、最新版ではもうちょっと中低域も出るようになってきましたが、やはりドライバー数が多いためか、全体的に響きが厚く、背景が音で塗りつぶされるような感覚があります。
さらに、数年前に登場したAndromedaの7BA型モデルはHoloceneとは真逆のアプローチで、低音用BAドライバーを新たに追加することで低音が豊かになるメリットはあったものの、音の層がさらに重厚になり、余白が埋め尽くされる感覚は、個人的にはあまり好きではありませんでした。今作Holoceneではドライバー数を減らす事で余白を生み出し、音響技術の進歩のおかげで濁りが少なくクリアに仕上がっています。Andromedaほどゴージャスではありませんが、Holoceneは聴いていて「ずいぶん丁寧でバランスの良い仕上がりだな」と関心します。
今回ここまでHoloceneを気に入った理由は、私が普段よく聴く「古いヴァイオリン録音」でものすごいサウンドを発揮してくれたからです。つまり他にありふれたサウンドではなく、このイヤホンでしか体感できない美しさが存在するという理由で高く評価したいです。
Andromedaの方が周囲の空気の臨場感が豊かに出るので、新しめの録音には適しているのですが、Holoceneは逆にソリスト一点集中で鮮やかな演奏が注意を引きます。ハイフェッツやオイストラフ、私が愛して止まないコーガンなど、1950年代のヴァイオリン録音をHoloceneで聴くと音色の美しさに聴き惚れてしまいます。
このHoloceneの金属的な倍音を強調する演出は決してレファレンス的とは言えないため、たとえばピアノ録音なんかを聴くと、打鍵のたびに金属的な尖りが感じられ、明らかにスタインウェイではない別の楽器のように聴こえてしまいます。そんな不完全さも踏まえて、ヴァイオリンだけのために買おうかと悩んでしまうくらい魅力的なサウンドです。
AK Solaris XはHoloceneとは全くの正反対の、ハイエンドに相応しい優等生サウンドです。Holoceneはどちらかというと他にも優れたイヤホンを色々と持っているマニアが美音に惚れ込んで衝動買いするタイプですが、AK Solaris Xはこれ一つでほとんどの用途をカバーできる完璧さを誇っています。
ハイブリッド型といってもMammothほど重低音に特化したEDMサウンドではなく、あくまでBAの弱点をダイナミックドライバーが補うような自然な仕上がりになっており、音場展開のスケールが大きい、距離感と余裕を持ったサウンドになっています。
つまり、あまり攻撃的や刺激的ではなく、低音も高音も距離感を損なわずにストレートに伸びていく感じがして、肩の力を抜いてリラックスした音楽体験が得られます。AndromedaやHoloceneのような過剰な美音効果は期待できないので、この場合はイヤホンよりも音源の仕上がりの方がボトルネックになりそうです。
Campfire Audio版のSolaris 2020と比較してみると、一長一短で好みが分かれそうです。Solaris 2020の方がワイルドで歯応えがあり、一音ごとに中身が詰っているような感覚なので、ロックなどのドライブ感を楽しむには良さそうです。一方AK Solaris Xはスッキリして音抜けが良いため、同じ音源でももうちょっと客観的になり、たとえばアコースティックな作風をじっくり味わうのに向いています。どちらも立体的でスケールの大きいサウンドという点では共通しています。
私ならAK Solaris Xはクラシックのフルオーケストラとか、複雑なマルチトラックのダンスミュージックなど、個々の楽器音の主張が強すぎると全体の構成が損なわれてしまうような作風に向いていると思います。
おわりに
Campfire Audioの2021年新作を一通り聴いてみて、個人的には3BAのHoloceneにひときわ感動しました。価格的には中堅モデルに位置するものの、これまで聴いてきたCampfire Audioイヤホンの中でも一番魅力的に感じたサウンドかもしれません。
思い返せば五年前にAndromedaのサウンドに感激して、その場で即決購入したのがCampfire Audioとの長い付き合いの始まりでしたが、今回のHoloceneもその時と同じくらいの衝撃を受けました。
高音の独特の金属感が気になる点など、決して完璧なイヤホンというわけではなく、しかし「古いヴァイオリンが輝くように鳴る」というスキルに限っては他のイヤホンを圧倒します。完成度の高さならAK Solaris Xですが、Holoceneは芸術的な魅力があります。
一点特化型で用途が限られるのと、予算的にも厳しいので、その場で購入する気は一旦落ち着かせたものの、現時点で個人的な欲しい物リストのかなり上位に入っています。
AK Solaris Xも、もっと強烈なサウンドを予想していたところ、意外にもスッキリ余裕を持った仕上がりでした。独特のクセが少ないので、AK DAPとセットで揃えれば当面は満足できるでしょう。特に最近のAK DAPを見ると、SE200やSP2000Tなど一つのDAPで異なるアンプ回路のサウンドを楽しめるというような作風が増えてきたので、その点でも味付けが濃いイヤホンよりもAK Solaris Xの方がアンプによる違いを体感しやすいだろうと思います。
残りのSatsuma、Honeydew、Mammothも一通り聴いてみて感じたのは、それぞれドライバー構成などを意識したコンセプトをあえて明確に強調するようなチューニングになっているように思いました。つまり、無理矢理Campfire Audioらしいサウンドシグネチャーに染めるのではなく、BAらしいサウンドならSatsuma、ダイナミックならHoneydew、といった感じで、それぞれの長所を伸ばすような感じです。
とくにシングルドライバーは意外と新作が少なく、ShureやEtymoticなどの定番モデルが売れ続けているジャンルでもあるので、今回のように最新の音響技術を導入した新鮮な解釈というのは十分な意義があると思います。
他のイヤホンメーカーでよくありがちな、単純に搭載ドライバー数を変える事で価格帯バリエーションを増やして「何のために存在しているのかわからない」モデルを展開するのではなく、それぞれに意味を持たせて、あえて正解が無い個性的なラインナップにしているところがCampfire Audioらしいです。