2022年1月23日日曜日

2021年 個人的に気に入った最新イヤホン・ヘッドホンとかのまとめ

例年のごとく2021年に個人的に試聴して気になったイヤホン・ヘッドホンなんかをまとめてみたいと思います。


2021年はオーディオに限らず多く業界においてサプライチェーンの問題で大変な一年だったと思います。私も新製品をじっくりと試聴できる機会が減って、ブログに載せる数も少なくなってしまいましたが、それでも素晴らしい新製品が豊富な一年でした。

2021年

ちょうど一年前の2020年末を振り返ってみると、オリンピックやコロナ自粛もようやく一段落ついて、オーディオ店に行って実機に触れてみる事も可能になり、社会が通常に戻るかと一安心していたわけですが、現実はそううまく行かず、個人的にはむしろ2021年の方がダメージが大きかったように感じました。

一年を通して製造や物流網の人手不足、半導体チップ不足といった一連の問題が積み重なって、社会全体が疲弊しています。特にオーディオ製品においては、開発は終えたのに十分な数量を製造できそうにないから発売延期とか、いざ発売したのにどこにも在庫が無いなんて事が増えました。

私の本業の方も、ヘッドホンとは無関係ですが、通常なら納期3ヶ月の部品が急に2年と言われて、世界中の倉庫に問い合わせて在庫をかき集める事になったり、港湾施設がコロナ蔓延で閉鎖されてコンテナが差し止めされたりなど、長期的な予測を全く立てられないような状況が続いています。

その一方で、DHLやFedExなど独自の空輸フリートを持っている運送会社は現状に驚くほどスピーディーに対応できており、空輸するコストが見合う高額製品であれば、私もずいぶんお世話になりました。そういえばマクドナルドのポテトフライの供給が危うくなり、コスト度外視で空輸されることになった、なんてニュースもありました。

こういった不測の事態だからこそ、それぞれの業界の中でも勝ち負けが明確になったようで、たとえばドイツ郵便傘下のDHLはコロナ特需のおかげで2021年7月に過去最高利益を叩き出し、従業員に臨時ボーナスを出すくらい好調だったのに対して、日本郵政傘下のトールエクスプレスはコロナ需要に乗り切れず、挙げ句にランサムウェア攻撃で顧客情報や配送状況データを大量に消失するなど管理の脆弱性が露見して、2021年に674億円の特損で撤退する、なんて散々なニュースもありました。

ランサムウェアといえば、2021年にはNAS大手QNAPの製品が攻撃され、ユーザーのNAS上の全てのデータがロックされてしまうというニュースもありました。原因は元開発者がバックドアを仕掛けておいたのが判明して悪用されたらしいですが、中小企業でもこういったコンシューマー向けNASを社内データ用に使っているところが結構多く、開発データが全部飛んだなんて話も聞きました。

そんなわけで、物流やクラウドサービスなど、我々は当たり前のように世界的なネットワークに依存しているという現状と、その危うさが露見したような一年でした。世の中こんな話ばかりになると、久々にネットに頼らず自宅に積んであるCDやレコードのコレクションをじっくり聴きなおすのも悪くないな、なんて思えたりもします。

イヤホン

2021年は相変わらずBluetoothワイヤレスイヤホン、特に左右別々の完全ワイヤレスイヤホンが話題の中心にあった一年でした。価格コムで「完全ワイヤレス(左右分離型)」に絞り込むと、この一年で150種類以上もの新製品が登録されています。

新作が多すぎます

さらに、そんな需要に応えるように、Bluetoothまわりの環境も進化しています。

Bluetoothは必然的にデータが圧縮されるため音質が劣化するということでオーディオマニアには敬遠されているわけですが、2021年9月にはQualcommがaptX Losslessというコーデックを発表したことで、今後スマホやイヤホンで対応機種が増えれば、ようやくロスレス再生ができるようになりそうです。そうなると、現在は無線や有線LANが主流である据え置きネットワークオーディオ機器も、もっと手軽なBluetoothで代替できるようになってくるかもしれません。

QualcommとBluetooth SIGのどちらも頑張っています

さらにBluetooth標準化団体(SIG)からも、ようやくSBCの後継規格LE Audio・LC3の詳細が固まってきたのも大きな進展です。Bluetoothのバージョンがどれだけ上がっても、オーディオといえばSBCが標準であって、特定の対応機種同士のみaptX・AAC・LDACといった高音質コーデックが使えるという状況が過去10年くらい続いていたわけですが、今後Bluetooth 5.2以降の標準規格としてLE Audioが必須になった事で、とりわけ意識せずとも高音質・低遅延が標準になるらしいです。ただしLE Audioには上記aptX Losslessのようなビットパーフェクト・ロスレス再生は明記されていないようなので、そのあたりはどうなるのか気になります。

どちらにせよ、Bluetoothワイヤレスのもう一つの弱点である、イヤホン本体内部にある小さなアンプで音を鳴らしている、という事実は変わらないので、その点はやはり有線イヤホンをパワフルなアンプやDAPで鳴らす方が断然有利です。

さらに、電子回路の効率がどれだけ向上しても、音を出すにはエネルギーが必要なわけで、そのエネルギーを供給するリチウムイオン電池の大きさと単価がボトルネックになっています。

テスラ自動車のバッテリー交換に260万円請求された人の話が最近ニュースになりましたが、別にぼったくりなわけではなく、電気自動車の規模の電池となれば安くはありません。今後リチウムイオン電池の価格とサイズが大幅に改善するとは考えにくいので、イヤホンに限らず、社会全体の技術革新は次世代電池の実用化に依存していると言っても過言ではないと思います。

そんなわけで、完全ワイヤレスイヤホンも結構ですが、ワイヤレスで音質を追求するなら、そこそこ大きな電池やアンプ回路を搭載できるヘッドホンタイプにもメリットがあると思います。

価格コムとかで完全ワイヤレスイヤホンの新作を観覧してみると、中国のOEMメーカーのおかげで、技術的なノウハウが無くても数千円台から委託製造できるようになっており、ありとあらゆるメーカーが自社ブランド名義のモデルを発売して、市場が飽和しています。特にイヤホンとは縁が無いようなファッションブランドや高級オーディオブランドなんかもワイヤレスイヤホンを出すようになり、なんだか「フェラーリの香水」みたいな、本物を買えない人用のブランドロゴ商法みたいな虚しさも感じます。

逆に言うと、音質に定評があるメーカーの力作も、それら凡庸な新作の中に埋もれてしまい、ユーザーの目に触れる機会が減ってしまうという問題もあります。

Final ZE3000・Victor HA-FW1000T

それでも2021年はたとえばFinal ZE3000、Shure Aonic Free、JVC Victor HA-FW1000Tなど、1、2、3万円台で、ベテランイヤホンメーカーの新作が好評を得ているのは嬉しいです。FinalとJVCはこれまでに多くの低価格モデルで経験を積んだ上で、満を持して気合の入ったモデルの発売なので、音質以外の信頼性や実用性でも完成度が高いです。


Shure Aonic Freeは一見普通の完全ワイヤレスっぽいのに、裏側を見るとSE215をそのままくっつけたようなデザインに思わず笑ってしまいました。これならフィット感が悪いはずがありません。このように、それぞれ完全ワイヤレスといえどメーカーの独自色を損なわず、筋が通っているのが良いです。

ソニーWF-1000XM4

他にも色々なメーカーがありますが、結局のところ、ソニーWF-1000XM4という圧倒的なハイテクモデルが2万円台で買えるわけですから、コストパフォーマンスを含めて全体的な完成度の高さで熟練メーカー以外がソニーを超えるのは極めて困難でしょう。

私自身はワイヤレスといえば5000円くらいのBluetooth MMCXケーブルをWestoneやShureと組み合わせて使っているくらいで、普段の音楽鑑賞にはあいかわらず古典的な有線イヤホンばかりを使っており、2021年もたくさんの素晴らしい新作に出会えました。

Sennheiser IE900

まず2021年で一番凄いと思えた新作イヤホンは、ベタですが、やはりゼンハイザーIE900でした。16万円という価格は安くはありませんが、現状で他にライバル候補も思い浮かびません。

法外に高額なラグジュアリー系イヤホンメーカーが乱立する中で、改めて大手の技術力の高さと、ハイエンドの適正価格というものを示してくれました。10年前にソニーのMDR-EX1000が登場した時のように、IE900はこれまでのハイエンドイヤホンの固定概念を覆すような存在です。

とくにダイナミック型イヤホンにおいて、これからはIE900がレファレンスとして比較対象になるわけですから、各メーカーはそれを乗り越えるのに相当苦労するだろうと思いますし、業界全体のレベルアップにもつながると思います。

解像感や位相の正しさなど現時点で完璧に一番近いモデルだと思うので、逆に言うと、カジュアルに使うにはちょっと華がないというか、真面目すぎて面白くないイヤホンかもしれません。ジェネレックなどのスタジオモニタースピーカーみたいな存在でしょうか。そのため凄いとは思いながらも私自身は購入はしませんでした。

64 Audio A3t & A4s

もう一つ、2021年の新作で個人的にとても気に入ったイヤホンを挙げるなら、64 AudioのA4sというモデルです。これはカスタムIEM専用モデルで、私は試聴用のユニバーサルデモ機を聴いただけなので、ブログでは紹介しませんでしたが、それにしても素晴らしいサウンドなのでカスタムを作りたくなってしまいます。

USD$1099で1DD+3BAのハイブリッド型という平凡な構成で、これといって目立った特徴も無いものの、クラシックなど自分の好みの生音にピッタリ合います。同じくハイブリッドのNioが濃厚な特別感のあるサウンドなら、こちらのA4sは普段使いに合うような万能モデルです。

64 Audio Duo

64Audioは他にもDuo、U6t、U18sといったユニバーサル型の新作を出しており、それぞれ個性溢れる魅力がありますが、現在のラインナップで私の趣味に合うのはNioとA4sのようです。

新作のDuoは1DD+1BAのハイブリッドで、自宅で使える開放型イヤホンというコンセプトには興味を持ったものの、いざ聴いてみると、実は64Audioの他のモデルでもAPEXモジュールを一番開放的なやつに交換すればDuoと同じくらいの開放感があるため、そこまでメリットが見いだせませんでした。それよりも低音が尋常でなく強烈なので、私はダメでしたが、そういうのが好きな人にはおすすめできます。

ちなみにDuoのプロモ動画がYoutubeにあって、カッコよく作られているものの、なんだか家族に逃げられたおじさんが広い家で独りしんみり音楽を聴いているような哀愁を感じてしまいます。

Campfire Audio Holocene

2021年で個人的に気に入ったイヤホンの三つ目は、Campfire AudioのHoloceneです。7万円台なので、同社ラインナップの中ではそこまで高価なモデルではありませんが、出世作Andromedaがさらにスッキリと洗練されたような傑作です。Andromeda譲りの美音がもっとバランスよく扱いやすくなった感じなので、これまでAndromedaが高音寄りでシュワシュワしているからと敬遠していた人にもおすすめできます。

Campfire Audio 2021

Campfire Audioは他にもハイブリッド型Polarisに代わるMammothや、低価格帯のSatsuma、Honeydewなど、デザインもサウンドも個性が強い芸術的なモデルを続々リリースしているので、色々試聴してみれば気にいるモデルが必ず一つは見つかるだろうと思います。

AK Solaris X & Solaris

Astell&KernとのコラボモデルAK Solaris Xもかなり良いと思いました。本家Campfire Solarisとほぼ同じ価格で、このAK版の方が搭載ドライバー数が3BA+1DDから2BA+1DDへと減っているのはどういう事かと疑問に思いましたが、実際に聴いてみると、ドライバーが減ったせいかサウンドに余裕が生まれて風通しの良い鳴り方に変化したようで、私なら本家よりもAK Solaris Xの方を選ぶと思います。

AK ZERO1

AKといえばDAPのメーカーですから、ヘッドホンやイヤホンは他社とのコラボモデルというアプローチをとっていたのですが、2021年はAK ZERO1という自社ブランドでのイヤホンを発売したのは意外でした。価格も9万円と、AKの高価なDAPと比べて不釣り合いにリーズナブルな印象がありますが、1DD+2BAにさらに高音用マイクロ平面駆動ドライバーを搭載しているというユニークな構成です。

Fiioのラインナップ

もうちょっと安い5万円以下の価格帯になると、多くの人がワイヤレスイヤホンに行ってしまうので、有線イヤホンの新作はずいぶん少なくなりました。

Fiioを筆頭に低価格モデル中心だった中国系メーカーも、ワイヤレスと競合しない高価格帯に移行したいようで、新作はどんどん高額化しています。

特にFiioは新作が多すぎて、試聴してもどれがどれだか混乱して忘れてしまいます。2021年だけでもFD3、FD5、FH5s、FD7、FDXと、さらに既存のモデルも加えると、1万円から10万円台まで幅広いラインナップを持った一大勢力になりました。

iBasso IT01x

1万円くらいのそこそこ良い新作イヤホンで他に思い浮かぶのはiBasso IT01xくらいでしょうか。それにしてもiBassoの独特のセンスにはいつも困惑させられます。今回も「InTuneってなんだよ」とツッコミたくなります。

SHE9700BT・Fidelio S3

もっと安いのだと、ワイヤレスですがフィリップスが新たなオーナーのもとで再スタートしたので、往年の名機SHE9700がBluetooth化して5000円程度で復活しました。大昔からイヤホンマニアだった人にとってはずいぶん懐かしいモデルなので、ネタとして買うのも面白いかもしれません。他にもFidelioシリーズが蘇り、Fidelio S3というイヤホンが4万円くらいで出ましたが、流通の関係か、プロモーションが下手なのか、あまり話題になりませんでした。

Shure Aonic 215 Gen 2

往年の名機といえば、ShureのロングセラーSE215がAonic 215 Gen 2として完全ワイヤレスアダプターとのセット販売に変更されました。デザインはちょっと不格好ですが、この手のMMCXワイヤレス化アダプターの中では音が良い方だと思います。

こういうアダプターは持っていればなにかと便利なので、私も気にはなっているものの、SE215はすでに持っているし、アダプター単品で買うとコスパが悪いし、なかなか購入する思い切りがつきません。これでもし新作Aonic 4やAonic 5とワイヤレスアダプターのセットがあれば買っていたかもしれません。

Westone Pro X50

ShureのライバルWestoneは2020年にオーディオ部門がLucid Audioに買収されたので、今後の展望が不透明でしたが、2021年にはこれまでのUM-Proシリーズが新たにPro X10・20・30・50に世代交代しました。

個人的にWestoneはコンパクトで邪魔にならないためUM-Pro50を寝る用に長年愛用してきたので、新作Pro X50も気になっているものの、まだじっくり試聴できていません。ケーブルコネクターがMMCXからLinum T2 (IPX互換)に変更されたので、Ultimate Earsなどと同じく、ますますプロ仕様に進化しました。こちらもShureみたいにワイヤレスアダプター同梱版を出せばよいのに、と思います。

Etymotic Evo

Etymotic ResearchもWestoneと同じくLucid Audio傘下に入っており、2021年にはEvoという3BAの新作を発表、こちらもT2・IPXコネクターを採用しています。悪くなさそうなので、あまり話題になっていないのが残念です。

Effect Audio ConX

高価なケーブルもConX仕様になっているようです

コネクターといえば、Effect AudioのConXに新たにIPXが追加されたのは大変嬉しいです。似たようなアイデアは各メーカーからも色々な独自規格が出ていますが、既製品なら、対応しているケーブルの種類や価格帯の広さから、やはりEffect Audioは強いです。今のところ接点の不具合にも遭遇していません。

反対側の交換式プラグもあると便利です

せっかく高級ケーブルなのに余計な接点が増えるのはダメだろうと言われるかもしれませんが、ケーブルの音質なんてあくまで主観的な物ですし、高価なケーブルを使い回せる安心感もありますから、あれば便利なことは確かです。アンプ側のコネクターもDIYなら色々売っているので、自作できるなら一つくらいは全対応のケーブルを持っておくと役に立ちます。ヘッドホン用ケーブルも同じようなアイデアが普及してほしいです。

Acoustune Sho

2021年の高級イヤホンのトレンドを見ると、前述のゼンハイザーIE900が16万円なのを筆頭に、大体10~20万円までくらいの相場に落ち着いているようです。

いくつか新作の例を挙げると、FAudio Dark Sky、Audeze Euclid、Noble Audio Zephyr、Acoustune Sho、Unique Melody MEST MKIIなど、どれも20万円以下くらいに収まっています。個人的にはAcoustuneのダイナミック型HS1697Tiがとても好きなので、それの上位モデルとも言える新作Shoが一番気になっていますが、残念ながら試聴できていません。

Audeze Euclid

Audeze Euclidはイヤホンなのに平面駆動型というのがユニークで、数年前にiSineで挑戦したスタイルをギリギリIEMと呼べるくらいのサイズまで小型化したようです。こちらは何度か試聴してみましたが、密閉型ということもあってダイナミック型とあまり違いがわからないというか、iSineのような奇抜さも無いので、あえて平面型であるメリットが薄れたような気もします。個人的にはiSineの方向性でフィット感の改善などの進化を見たいです。

なんにせよ、各メーカーが高価な材料や特殊な製造技術などを惜しみなく注ぎ込み、コスト度外視のフラッグシップ機を開発して、現在の市場規模に合わせて量産するとなると、大体20万円くらいに収まるようです。

QDC Anole V14 ・ Oriolus Traillii

もちろん腕時計や万年筆のように純粋な技術スペックでは計り知れない魅力を追求すれば際限なく高価になっていきますから、36万円のQDC Anole V14や80万円のOriolus Trailliiなど尋常でない値段のイヤホンも出ていますが、私を含めて多くの人にとって、10~20万円のイヤホンを色々と聴いてみれば、自分にとって最高のサウンドが必ず見つかるだろうと思います。

Empire Ears Eve MkII & Legend Evo

たとえばEmpire Earsの新作Legend EvoとEve MkIIを試聴してみたところ、36万円と10万円ということで三倍以上の音質差があるかというと、そういうわけではなく、音質の傾向がまるで正反対なので、派手なLegend Evoよりも落ち着いていて素朴なEve MkIIの方を気に入る人も多いだろうなと思いました。

Softears RS10

似たような例で、このあいだ水月雨MoondropのS8という7万円のイヤホンを気に入って買ったので、姉妹ブランドSoftearsのRS10という22万円のモデルは、S8のドライバー数が増えた上位互換かと思って試聴してみたところ、性格が全然違いすぎて驚きました。S8がボーカルの味わいを温厚に出すのに対して、RS10はレファレンス的にかなりドライで硬派で、それこそIE900とかが好みの人に合いそうです。

このように、高価なモデルだからといって必ずしも自分にとってのアップグレードになるとは限らず、意外と中堅価格のモデルの方がスペックにとらわれず魅力的に仕上がっている可能性もあります。

ヘッドホン

イヤホンと比べると大型ヘッドホンはモデルチェンジの頻度がゆっくりではありますが、2021年は意外と多くの新作ヘッドホンが登場しました。

特にロングセラーとして定評を得ているGradoとUltrasoneの両社が久々にラインナップを刷新したので、首を長くして待っていた人も多いだろうと思います。

Grado SR325x

Gradoは2014年のSR60eやSR325eといった「e」シリーズが終わり、新たに「x」シリーズへと世代交代しました。

まずSR60x~SR325xまで1~4万円台の5機種が登場、外見はほとんど変わっていませんが、新型ドライバー、ケーブル、パッドを導入したことでサウンドの印象はずいぶんモダンに変わりました。

Grado RS1x

さらに年末にはウッドハウジングの上位モデルRSシリーズも新型RS2xとRS1xになりました。従来のRS2e・RS1eはマホガニー材を使っていたところ、ここ数年Gradoが実験していた特殊木材のGHシリーズで得た経験をもとに、複数の木材を組み合わせた設計に変更されています。

Ultrasone Signature Master ・ Natural ・ Pulse

Ultrasoneも長らく変化が無かったSignatureシリーズがようやくSignature Master・Natural・Pulseの三兄弟へと世代交代しました。それぞれ約12・9・7万円台です。

GradoとUltrasoneのどちらも個人的に昔から愛着があるメーカーなので、モデルチェンジはとても嬉しい反面、グレードによるバリエーションが多いので、一つ買うならどれにすべきか悩んでしまいます。特に私にとってUltrasoneのSignature Proは付き合いが長い特別な存在なので、素直に後継機Signature Masterを買うべきだと思うのですが、ひとまずラインナップ全体を聴いてみてからブログで感想を書こうかと考えていたところ、なかなか一気にまとめて比較できる機会が無く、放置気味になっています。

GradoもひとまずSR325xでも買おうかなと思っていたところ、追ってRS2xとRS1xが発表されたので、もしかしたら私がGradoで一番好きなGS1000eも近々新作が出るのかも、と心配になって、結局買わずじまいです。

ちなみにGradoヘッドホンの中でもGradoらしからぬ温厚サウンドでGradoマニア以外から好評を得ている2020年のHempヘッドホンも、2021年にはひっそりと新作ケーブルに変更されたHemp Ver.2というのが出ています。

Grado Pokémon Special Edition

あと、米国ポケモンセンター限定コラボモデルというのも出ており、結構気合が入ったデザインなので買ってみようかとも思ったのですが、中身がSR80相当と書いてあるのに値段がずいぶん高いので手を出しませんでした。

Focal Clear Mg ・ Celestee

フランスのFocalからは素晴らしい新作が登場しました。10万円の密閉型Celesteeと、15万円の開放型Clear Mgです。素材の質感や色使いなど、家電ガジェットっぽさを感じさせない美しいデザインはさすがです。私は好きなのですが、ハウジングのブツブツのデザインが苦手だという人も結構いるみたいです。

スピーカーの名門Focalは2015年頃にヘッドホンに参入したばかりのまだまだ新参者なので、Utopia、Elear、Clearなど初期モデルは意気込みとこだわりは感じさせるものの、サウンドが荒削りで個性的すぎて、万人に進められるようなモデルではありませんでした。その後ユーザーフィードバックをもとに急速に進化を遂げて、特に2019年に登場した密閉型Stelliaのサウンドのレベルの高さには私も驚かされました。

今回のCelesteeとClear Mgも初期モデルと同じようなデザインを踏襲しているものの、無駄な響きや悪いクセがしっかりと対処されて、どんなメーカーと比べても恥ずかしくない優秀なモデルになっています。

Austrian Audio Hi-X65

オーストリアAKGの流れをくむ新興メーカーAustrian Audioからは、初の開放型ヘッドホンHi-X65が登場しました。5万円台のスタジオモニターヘッドホンで、私ももうちょっとじっくり聴いてからブログで紹介したいと思っているところです。

こちらは業務用機器っぽさがフランスのFocalと対象的で面白いですね。M50xのような回転ヒンジのDJ型ヘッドホンスタイルなのに開放型というのは珍しい組み合わせです。さらに低価格な密閉型Hi-X15・25・50と新作が続き、年末には新たな密閉型Hi-X60も登場するなど、急激にラインナップを広げているわりに、公式サイトの情報が乏しく具体的に中身がどう違うのかよくわからず、どれを聴くべきか戸惑ってしまいます。

オーディオテクニカ ATH-HL7BT

オーディオテクニカは家庭用ハイエンドヘッドホンの新作が2020年に出揃ったので、2021年は目立った高級機はありませんでしたが、あいかわらずM50xのBluetooth版など好調に売れているようです。新作で注目すべきはATH-HL7BTという2万円台のワイヤレスモデルです。選択肢が少ない開放型Bluetoothヘッドホンなので、こういうのが欲しかったという人も多いでしょう。

私も2020年に似たようなコンセプトのGrado GW100というヘッドホンを買ってみたところ、自宅でのZoom会議やダラダラとYoutubeを見たりなどの雑用で大活躍しました。一日中装着しっぱなしで適当に何か流しながら、そのままキッチンやバルコニーにも行けるというのは個人的に画期的です。「Bluetoothは外出用だから遮音性重視」という固定概念を捨てて、今後他のメーカーもこういった開放的な軽量ワイヤレスヘッドホンをどんどん作ってもらいたいです。

Audeze LCD-5 & CRBN

尋常でなく高価な新作ヘッドホンもいくつか登場しています。アメリカからは、まずAudezeが平面駆動型LCD-5と静電型CRBNを発売しました。どちらも60万円台という挑戦的な価格です。2015年頃からLCD-4がフラッグシップの座に君臨してきたので、オーナーはそろそろ新作に買い替えたくなる頃合いでしょう。

AudezeのLCDシリーズといえば700g近い重さが有名でしたから、新作LCD-5は音質よりもむしろ420gへと大幅に軽量化した事の方が大きなニュースです。市場リサーチで「音は良いんだけど、重さが・・・」という声が多かったのでしょうか。

静電型CRBNの方はSTAXドライバーユニット(アンプ)と互換性がある本格派で、LCDシリーズとは別系統のフラッグシップとして新たな試みなので、なんだかんだでAudezeはハイエンドヘッドホンとしてSTAXを脅かすほどの不動の存在になってきました。

Dan Clark Audio Stealth

Dan Clark AudioもUS$4000の高級機Stealthを発売しました。一見Aeonシリーズと同じような、なんの変哲もない密閉型ヘッドホンのようにも見えますが、技術的には大幅な進歩を遂げています。まるでLCD-5とは正反対になるよう意識したかのように、こちらは密閉型で鳴らしやすい折りたたみ可能なポータブルヘッドホンなのが面白いです。平面駆動型のファンならば、LCD-5とStealthを両方買い揃えるのが正解でしょうか・・・。

HIFIMAN HE400SE

平面駆動のライバルHIFIMANは意外と静かな一年でした。エントリーモデルHE400SEが出たくらいです。2万円弱とは思えないくらいしっかりした鳴り方なので、低予算で平面駆動らしいサウンドを味わいたい人にはぜひおすすめしたいです。

HIFIMANは中国の通販サイトなどを見るとHE560の新作やEdition XSなど色々な情報があるのですが、実際にどの程度流通しているのかイマイチよくわからないのが困ります。イヤーパッドやヘッドバンドのデザインなど、中国レビュアーが紹介しているデモ機と、後日実際に店頭に並んでる商品が全然違ったりなど、掴みどころがありません。(Edition XSは2022年1月に日本でも発表されました)。

Meze Liric & Elite

新興メーカーの中ではMezeに勢いがあります。出世作のMeze 99やEmpyreanは箱鳴りのクセが強く、どんな音楽を聴いてもMezeの音になってしまうため私は好きにはなれませんでしたが、それらの成功をもとに、新たに27万円のLiricや53万円のEliteといった超高級機を続々展開しています。いわゆる忠実なモニター系というよりは、ヘッドホンがまるで楽器のように楽曲の音色を補完するような芸術的なメーカーなので、そういった意味では価格相応の価値はあると思います。

STAX SR-X9000

このように高価なヘッドホンの新作が続々登場する中で、日本が誇るSTAXからも待望の新作フラッグシップSR-X9000が発売しました。これまでの最上級機SR-009Sが40万円台だったところ、今作は60万円台だそうです。私もSRM-T8000との組み合わせで結構じっくりと試聴してみたものの、あまりにも完璧すぎるというか、クセの無い自然な鳴り方すぎて、ブログのネタにはできませんでした。

一つだけ言えるとすれば、私自身はこれまでのSTAXではSR-009Sなどのオメガシリーズはちょっと押しが強い感じがして、むしろ価格的には下になるSR-L700など長方形ラムダシリーズのスッキリしたサウンドの方が好きだったのですが、今作SR-X9000はそれら両方の良い部分だけを絶妙に融合したような感じで、死角も非の打ち所もありません。懸念としては、上流ソースにかなり敏感なので、外部プリを導入してT8000のボリュームノブをバイパスするなどでも鳴り方の印象が結構変わってしまう、まさにヘッドホンマニアの泥沼としても最高峰の存在です。

Sennheiser HD560S

ゼンハイザーからは、2020年に海外でヒットしたHD560Sがようやく日本でも発売されたくらいで、大型ヘッドホンではIE900イヤホンほど目立った新作はありませんでしたが、それでも2021年は色々とゼンハイザー関連の話題に翻弄された一年でした。

まず5月にはゼンハイザーのコンシューマー部門がスイスSonova社に売却されました。以前から身売りするという発表はあったので、ようやく契約が交わされたわけです。

世界的な巨大ブランドに成長したゼンハイザーですが、未だにゼンハイザー兄弟が社長を務めるコンパクトな体制なので、大きくなりすぎて先行きが危ういコンシューマー部門を手放して、本来の主力であるプロフェッショナル機器メーカーへの原点回帰を目指しているようです。

名門ブランドのカジュアル・コンシューマー部門の影響力が強くなりすぎて、投資家からさらなる成長を求められて放漫な多角化したり経営方針が変わって、ブランドの名声を台無しにしてしまった、という例はオーディオに限らず過去に何度も見てきたので、ここで一旦ブレーキをかけたゼンハイザーの判断はさすがだと思います。

そんなSonova傘下で今後どうなるのかと不安な声が出てきたタイミングで、次世代フラッグシップイヤホンIE900をリリースして、その圧倒的な技術力と高音質の健在ぶりにマニアも納得せざるを得ませんでした。

DROP HD8XX

そして9月頃にはHD800SのDrop限定廉価版HD8XXが予約購入者のもとへと発送されはじめたのですが、いざ聴いてみると良くも悪くもHD800Sとはずいぶん鳴り方が違い、純粋にHD800Sの廉価版として購入した人にとっては期待はずれ、みたいな声がちらほら現れました。

そんなタイミングで今度はゼンハイザーが本家HD800Sの格安セールを行い、アメリカなどでは10月、日本では11月から16万円台(つまりHD8XXと送料や関税を含めるとほぼ同じ価格)という特価で売られるようになりました。それだけでも欧米のヘッドホン掲示板が荒れたのですが、さらにSonova移行後ゼンハイザーのドイツ本社工場が閉鎖され、高級ヘッドホン製造はアイルランドに一本化される、つまり今回のセールは旧在庫一掃のため、という噂が浮かんできたので、多くの人が急いでドイツ製HD800SやIE900を買い漁るという事態になりました。

アイルランドが悪いわけではなく、HD25・HD600・HD650など、HD800登場前のゼンハイザー高級機といえば伝統的にアイルランド工場製が当たり前だったわけですし、そもそも「Made in 〇〇」の定義も曖昧で、ドライバーやコネクターなど全てのパーツを一つの国の工場で作っているわけではなく、最終的な組み立てをどこで行うかというだけだったり、まあ色々とあるわけですが、やはりMade in Germanyのネームバリューは強いようです。

サイトの仕様表でもアイルランドに

そんなわけで、セールが終わった12月にはゼンハイザー公式サイトのHD800SとIE900のどちらもアイルランド製へと情報が変更されました。

さて、それだけならAKGの本社工場閉鎖時とあまり変わらないのですが、さらにややこしい事に、セール時に多くの人がHD800Sを購入したことでHead-Fi掲示板やYoutubeなどでもHD800Sに関する話題が再燃して、誰が言ったのか「HD800SよりもHD800の方が高音質だ」なんて噂もまことしやかに語られて、一時期HD800の中古品人気が盛り返すという変なトレンドも起こりました。

昔あれだけHD800Sを推していたコミュニティが、いまさら手のひらを返したように翻弄されまくっているのは滑稽です。当時を知らない新しいヘッドホンユーザーも増えているのでしょう。あなたのHD800を売ってくれとか、セールで買った新品のHD800Sと物々交換しようなんてPMを私に送ってくる赤の他人もいたくらいです。

これは昔HD600とHD650も辿った道なので、もはやHD800もビンテージとして逸話が生まれるほど古くなったのかと思うと、時代の流れを感じます。結局この話もHD800Sのセールが終わるころには落ち着いたのですが、今後はアイルランド製とドイツ製の違いでネット掲示板での議論やマウントの取り合いが延々と繰り広げられるのでしょう。

Beyerdynamic DT700 PRO X & DT900 PRO X

ベイヤーダイナミックも近頃はコンシューマー路線から離れて、ゲーマーやレコーディングなど、明確な目的を持ったプロ用へと舵取りしている印象があります。

数年前はカジュアルなBluetooth製品にも積極的に力を入れていたのですが、Lagoon ANC以降は音沙汰がなく、イヤホンのBlue Byrdも発売したはずなのに不具合で回収になり、ようやくBlue Byrd 2nd Genとして再発表されたものの、もはや時代遅れに見えてしまいます。コンシューマー向けで完全ワイヤレス型を出せていないのは致命的です。

M90 PRO X

一方ホームレコーディング関連では新たにPRO Xというシリーズを展開して、約三万円でヘッドホンのDT700 PRO XとDT900 PRO Xが登場、これらはDT770・DT990の上位機種というか近代化アレンジで、合わせて新作レコーディングマイクM70 PRO X・M90 PRO Xも発売され、セットでの需要を狙っています。

世界的にYoutubeなどの動画作成やホームレコーディングのブームで、そこそこ良い機材を揃えたいという需要も高まっており、ところがバイヤーズガイドとかを見ると、DT990とSM57といった扱いにくい古典的入門セットが未だに根強いようなので、ベイヤーから新世代の選択肢が生まれたのは嬉しいです。

公式サイト(europe.beyerdynamic.com/pro-x)が充実しています

PRO Xシリーズでは、単純に新作ヘッドホンとマイクを売るだけではなく、公式サイトやYoutubeなどで基本的な設置ガイドや利用シナリオなど初心者向けコンテンツを沢山提供してくれているのは素晴らしいです。

とくにマイクは高性能なものを買ってもセットアップが駄目だと散々な結果になりますし、ここで学んだクリエイターがさらにプロの道を目指すかもしれませんから、こういったコミュニティ全体を盛り上げるようなコンテンツはメーカーとして一番正しいセールス戦略だと思います。

Beyerdynamic MMX150

さらに、1-2万円台のゲーミングヘッドセットMMX100(アナログケーブル)とMMX150(USBケーブル)も登場しており、どちらも好評を得ています。私自身、近頃のベイヤーダイナミックはハイエンド機T1/T5p 3rd Genの音があまり好きではなかったせいで、ちょっと距離を置いていたのですが、新作の入門モニターヘッドホンやゲーミングヘッドセットを聴いてみると、意外と真面目で古風なベイヤーらしいチューニングなので驚きました。

サウンドの誠実さ、堅牢さ、フィット感などの基礎がしっかりしており、余計な小細工が無いため、私みたいなヘッドホンマニアであってもベーシックな用途であれば十分満足できる仕上がりです。ヘッドホンラインナップの根幹にDT770・DT990というロングセラーがあるからこそ、単なるトレンドではなく現場のユーザーの意見に沿った製品開発が行えるのだろうと思います。

EPOS E6PRO

ゲーミングヘッドセットといえば、ゼンハイザーの話に戻りますが、数年前にゼンハイザーがデンマークの補聴器メーカーDemantと共同出資でゼンハイザー・コミュニケーションというヘッドセット関連子会社を設立して、そこでEPOSというゲーミングヘッドセットブランドを展開しました。

これまでEPOS by Sennheiserというブランドだったところ、ゼンハイザーがDemantのライバルSonova社に吸収されたことでEPOSはゼンハイザーの名前が使えなくなり、最近のモデルはEPOS単独になりました。

ゼンハイザー時代のEPOS GSP602やGSP670などは、あからさまにゲーミングらしいデザインでもサウンドはHD400・500シリーズみたいでそこそこ優秀で、しかも遮音性が凄いので、変なゲーミングブランドのヘッドホンを買うよりはよっぽど良いと思っていたのですが、最新のEPOS H6PROとかを聴いてみると、ハウジング内部反響が管理できていなかったり、開放型といっても変なところに通気グリルがあるせいでシュワシュワしたサウンドになっていたりなど、基本的な部分でどうにもコンセプトが定まっていないような印象を受けました。

GSP602はゴテゴテしたプラスチックをもうちょっとスッキリしたデザインで作り直せば、ゲーミング以外でもライブストリーミングやオンラインミーティング用のヘッドセットとして人気が出そうに思います。

ところで、近頃はスマホ用の小型USBドングルDACやBluetoothレシーバーDACみたいなやつがずいぶん流行っているようですが、それと同じアイデアで、ヘッドホンの側面に貼り付けてヘッドセット化するための、高音質USB・Bluetooth DACアンプとブームマイクが一体化した製品とかって誰か作ってませんかね。


DAP

DAPメーカーの2021年を振り返ってみると、半導体チップ不足問題でかなりのダメージを受けたようです。現時点でオンラインショップを見ても、現行モデルの多くが在庫無しになっており、大事な新作のための部品や製造ラインを確保するためにも旧モデルは生産中止になっているものが多いです。DAPの他にもドングルDACやBluetooth系製品など、ショップは在庫が確保できず入荷延期が繰り返されています。

たとえば中国の大手FiioのDAP製品といえば、その時点で最新のSoC、DAC、アンプチップなどを搭載することで、スペックと話題性で勝負するというビジネスモデルなので、一般的なオーディオメーカーよりもむしろスマホメーカーの売り方に近い印象です。そのため長期的な製造販売プランを立てるのが難しいようで、チップ調達などのボトルネックやコスト高騰が発生すると一気に動きが鈍ってしまうというリスクを抱えています。

Fiio M11 Plus LTD

業界全体が旭化成プラント火災の影響をまだ引きずっているようですが、個人的にはFiioを含めていくつかのメーカーやショップのアプローチにはあまり関心できませんでした。8月に登場したM11 Plus LTDというDAPは最たる例で、旭化成AK4497 DACチップをあえて「Out of Print」と称して、今はもう手に入らない伝説的な高音質チップ、みたいな扱いで限定版商法を行っていました。Fiioとしては、確保できるチップの数が不透明だから限定版ということに、という意図があったのだろうと思いますが、結果として市場を扇動するような形になっています。FiioだけでなくShanlingなども同様です。

AK4497なんて、昨年まではほとんどのオーディオメーカーが採用していたチップですから、希少性もなにもありませんし、旭化成自体は火災の影響から徐々に回復して、2022年早々にもっと優れた次世代チップを展開すると公表しているのにも関わらず、そういう事情を知ってか知らでかヘッドホン関連の掲示板で「今後二度と手に入らないAK4497でないと真の高音質は得られない」みたいに話が膨れている一連の流れを傍から眺めていると、上述したゼンハイザーHD800の件と同じように、やっぱりポータブルオーディオ市場というのはネットに扇動されやすい、まだまだ成熟していないジャンルなんだな、と痛感しました。

Fiio M17

12月にはFiioも本命のフラッグシップ機M17を24万円でリリースして、こちらは旭化成ではなくESSのES9038PROを採用しています。さすが最上位だけあって携帯性を捨てた大型シャーシに9200mAhバッテリー、そしてポータブルスピーカーなどでも使われるTHX788+という強力なチップアンプを搭載することで、3Wの高出力を発揮できるモンスターマシンになっています。6インチ画面で610gという巨体なので、ポータブルというよりはAK KANNシリーズのような家庭用ポータブル機という使い方が妥当なようです。

iBasso DX300

FiioのライバルiBassoも、ここ数年はかなり活発に新作DAPをリリースしています。2021年冒頭には15万円のフラッグシップ機DX300が登場して、年末には小型の中堅モデルDX240が13万円で発売されました。

DX300はFiio M17ほど重くはないものの、6.5インチ画面を採用している大きなDAPで、シーラスロジックのDACチップCS43198を採用しているのは意外性があります。旭化成とESSの二強状態が続いている中で、それ以外のICメーカーも遜色無く優れたDACチップを作っているということはもっと世間に広く知ってもらいたいです。

iBassoは一般的なAndroid系DAPとしてはメジャーな存在ですが、Fiioなどと比べると会社の規模が小さいせいか、相変わらず見切り発車の印象があり、DX300も試聴時になぜか急に再起動したり再生が倍速になったりなど不可解なソフトバグが多くて戸惑いました。ファームウェア更新とともに徐々に改善していったと思いますが、私が試聴機を使うのは大抵発売から間もない頃なので、どうしてもマイナスイメージが拭えません。Android DAPや再生アプリはもう熟成しきっていてもいい世代なのに、iBassoに限らず新作DAPというと毎回バグにヒヤヒヤさせられます。

ハードウェア的にはDX300はとても優秀で、今回新たなアンプ交換モジュールを採用しているのも興味深いです。ただし、この手の交換モジュールというのは過去にもいくつかのDAPメーカーが試みているものの、別売モジュールが数種類しか出なかったり、次世代機が出ると前のモジュールの互換性が無くなるなど残念な結果になることが多いので、このiBassoも今後どのように展開していくのか注目しています。

iBasso DX240

年末に出た5インチ画面のDX240はDX220の後継機になり、DX220用のアンプモジュール(AMP1~AMP8)と互換性があります。ただしDX300のアンプモジュール(AMP9~)は使えないのは残念です。もしiBasso全体でモジュールの互換性があるなら、DX220/240のユーザーがDX300にアップグレードするなど、他社に浮気させない囲い込み戦略になると思うので、このあたりは詰めが甘いなと思います。

ちなみにDX240も発売時にじっくり使ってみたのですが、結局のところ音質はアンプモジュールに大きく依存してしまうわけで、操作性も単なるAndroidですし、これといって書く内容も思い浮かばず、あえてブログでは紹介しませんでした。

iBasso DX300 MAX

DX300のアンプモジュールが別基板という特徴を生かして、9月には30万円のDX300 MAXというモデルも登場しました。500台限定で、巨大なブロックのようなシャーシの中にDX300のメイン基板と強力な特注アンプモジュールを組み合わせたパワフルなモデルです。

こちらもちょっと試してみる機会はあったのですが、流石に500台限定となるとブログレビューなんか書いてるうちに売り切れてしまうので、興味はあったものの、そこまで熱心にはテストしませんでした。DAPに限らずイヤホンの限定モデルなども、ブログで感想を書いても、読んだ人は手に入らないんだろうなと思うと気が向きません。どうせなら5~6年は販売し続けてくれるような製品を取り上げたいです。

Shanling M3X

中国のDAPメーカーでは、2021年はHibyとShanlingの二社が頑張ってくれました。FiioとiBassoのどちらも低価格帯から撤退して、10万円超の高級機に専念するようになったので、その空白にHibyとShanlingが上手く入り込んだような状況です。

確かに最近はワイヤレスイヤホンが主流になったことで、未だに有線イヤホンを使っている人となれば相当なマニアしか残っておらず、昔のようなジョギング用の安価なコンパクトDAPを求めている人は少なくなっていると思いますが、それでも需要が完全に無くなったわけではありません。2021年はHibyのR2・R3・R5、そしてShanling M3XやM6と、この二社のおかげで1~10万円の選択肢が一気に充実しました。

Shanling M6 Pro Ver.21

Shanlingはちょっと前に発売したM6・M6 Proのどちらも旭化成DACを搭載しており製造を継続できないということで、2021年にはVer. 21と称してESSのDACチップに変更したモデルを発売しています。ちなみにM6とM6 Proはそれぞれ6、8万円くらいで、Proの方がDACチップとアンプが強化されています。

Shanling M30

ShanlingのフラッグシップDAPといえば2020年に登場した18万円のM8がありますが、2021年にはM30という45万円もする巨大なモデルが登場しました。こちらは残念ながら試聴できていません。ソニーDMP-Z1とかと似たようなコンセプトで、Android DAPだけれどポータブルを想定しておらず、据え置きで使うデスクトップ機という感じです。このM30のユニークな点は、操作画面、D/A変換、Nutubeアンプ、トランジスターアンプ、バッテリーなど、全てがモジュラー化されており、今後各モジュールごとに換装できる将来性が考えられた設計です。

Shanling独自の企画なので、このまま投げ捨てずに開発を敢行してくれることが大前提なわけですが、スタート価格が全部込みで45万円というのはさすがに厳しいです。こういうモジュール商法というのはまずベースユニットを所有している人数で今後のモジュール売上の上限が決定されてしまうわけですから、もうちょっと気軽に手を出せるようにして、徐々に組み立てていって後に引けないような売り方を狙ってもらいたかったです。

Hiby R2 R3Pro Saber R5 Saber

Hibyは好評なR3 DAPからさらに小型化した1万円台のR2が追加され、旭化成DACを搭載していたR3 ProとR5は新たにR3Pro Saber、R5 Saberと名前を変えてESS製DACチップに変更されました。

Hiby RS6 & New R6

さらに初代R6の後継機New R6が発売されました。9万円台で5インチ画面という極めて王道なAndorid DAPです。どのメーカーを見ても、高価なフラッグシップ機になると色々と詰め込みすぎて重くなり、6インチ画面など巨大なサイズ感になってしまうため、日頃からポータブルで持ち歩けるDAPとなると、Fiio M11、iBasso DX240、Shanling M8、Hiby New R6など、5インチ画面でフラッグシップよりも一個下のモデルが狙い目のようです。

12月にHibyはNew R6と同じシャーシサイズの上位モデルRS6を16万円台で発売しました。シャーシがアルミから銅削り出しになり、さらにNew R6のESS社DACチップではなくHiby独自のFPGAコードによるD/A変換に変更され、アナログアンプ回路も改良されました。

私は2019年に出たR6 ProというDAPを長らく使ってきたこともあって、この機会にRS6に買い替えました。音質面ではかなり独自色が強く、気に入れば唯一無二のDAPになりそうです。

Astell&Kern SE180

中国から離れて、韓国Astell&Kernは2021年も相変わらず堅実に進化を続けており、4月には約18万円のSE180というDAPが登場、こちらはiBassoのようにアンプモジュールが交換可能という、AKにしては珍しいモデルです。

個人的には2020年に出たSE200というモデルの音をかなり気に入っており、どちらかと言うとSE180よりもそちらの方が好みのサウンドなのですが、以来SE180には新たなアンプモジュールもいくつか登場しているので、今後それらと合わせて再度試聴してみたいです。

Astell&Kern SR25 MKII

年末には2020年モデルSR25の後継機SR25 MKIIが約9万円で登場、こちらは当初からシーラスロジック製DACチップを採用していたので、旭化成からESSへの変更とかではなく、新たに4.4mmバランス出力を搭載するとともに、オーディオ回路のブラッシュアップとネットワーク関連の新機能追加などが行われています。

最近はイヤホンだけでなく大型ヘッドホンでも4.4mmを使う機会が増えてきたわけですが、Astell&Kernといえば2.5mmバランス出力端子を普及させた当事者だったので、もうちょっと意固地に2.5mmにこだわるかと思いきや、最新モデルではあっさりと惜しみなく2.5mm & 4.4mm両対応になったのには驚きました。もちろんすでに2.5mmでケーブルを揃えている人も多いでしょうから、SR25 MKIIのような比較的ベーシックなモデルですら両対応にしてくれていると気兼ねなく買えるので嬉しいです。

Astell&Kern SP2000T

さらに年末には新たなハイエンド機のSP2000Tというモデルが登場しました。現時点のラインナップを見ると2019年のSP2000というモデルが33万円で一番高価ですが、新作SP2000Tも約30万円ということで引けを取りません。

名前にはどちらもSP2000とついているものの、共通点は全く思い当たらないくらい別物です。SP2000は銅かステンレスの削り出しシャーシに厳選されたパーツや回路設計で、Astell&Kernが現時点で思い描く最高峰のサウンドを追求しており、一方新作SP2000Tの方はアルミシャーシにNutube真空管とトランジスターアンプの両方を搭載して、任意で切り替えることができます。ようするに、同じハイエンドDAPといっても、自社が理想とするサウンドを磨き上げるか、ユーザーに柔軟な選択肢を与えるか、という全く異なる二つの方向に分かれているようです。

このSP2000Tはまだ数時間試聴したのみなのでブログに挙げていませんが、真空管とトランジスターのどちらのモード(そして両方を組み合わせたハイブリッドモード)で聴いても、これまでのAK DAPとはずいぶん傾向が違うサウンドなので驚きました。そのうちじっくり聴く機会があれば感想を書きたいと思います。

2021年の新作DAPに関してはこんなところで、他にもL&PやCayinなどの新作もありましたが、基本的にAndroid OSにストリーミングアプリなどをインストールして使うという図式は変わっていません。

やはり現在のトレンドとして、数年前にAK KANNシリーズが受け入れられたことで、巨大化することでヘッドホンも鳴らせるパワフルなDAPというコンセプトが増えてきたようで、さらに吹っ切れてソニーDMP-Z1やShanling M30のようなポータブルを捨てた卓上機も生まれています。DAPはデジタルオーディオプレーヤーの略称で、ポータブルである必要は無いわけですから、今後は据え置きシステムとの融合がテーマになるのかもしれません。

Astell&Kern ACRO CA1000

たとえば2022年早々にAKがACRO CA1000という据え置きの巨大DAPを発表したのも個人的にちょっと気になっています。またDMP-Z1以降ソニーのウォークマンもずいぶん古くなってきたので、そろそころDAPに限らずオーディオ全般のラインナップ刷新を期待したいです。

これからのハイエンドDAPは、紋切り型なDACとアンプチップを組み合わせただけのハイテクガジェットではなく、RS6やSP2000Tのように、D/A変換やアンプ回路の独自技術に積極的に挑戦できるメーカーが増えれば面白くなりそうです。特に昨今の半導体チップ不足問題はなかなか解決する気配が見えませんし、同じような社会現象は定期的に起こるので、そういった状況でも打開できるような独自技術を持っているメーカーは強いです。

毎年の事ながら、DAPに関して個人的な要望としては、そろそろ凡庸なAndroidアプリを卒業して、もうちょっと多機能で洗練されたプレーヤーアプリを期待したいです。DAP標準アプリはもちろんのこと、HF PlayerやUAPPなどのサードパーティアプリも一向に代わり映えせず、タグ階層フィルターソートやスマートプレイリストといった機能も無いため、結局パソコンのJRiverには敵いません。多くのユーザーがTidalなどのストリーミングアプリを不満もなく使っている現状では望みは薄いようです。


ポータブルDACアンプとか

いわゆる「DAC内蔵型ポタアン」というジャンルははずいぶん下火になって、唯一オススメできるモデルとなるとiFi Audioのmicro iDSDやxDSDシリーズくらいしか思い浮かばなかったのですが、2021年には意外な方向から新たなトレンドが生まれました。

いわゆる「ドングルDAC」とでも言うのでしょうか、正式な名称はわかりませんが、スマホのUSB・Lightning出力からバスパワー給電で駆動するDACヘッドホンアンプの事です。

色々なメーカーから出てます

古くからある人気モデルではAudioquest Dragonflyシリーズなんかが有名ですが、2021年は中国のメーカーを中心に新作が爆発的に増えており、しかも単なるガジェット的な利便性のみではなく、どのメーカーも音質最優先での作り込みを目指しているところが面白いです。

その原因は複数あると思いますが、まずサブスクリプションストリーミングサービスでロスレスやハイレゾというキーワードがトレンド化したこと、そして、これまでDAPと高級IEMを使っていたコアなユーザーもスマホ中心の利便性に負けて、肥大化するDAPに見切りをつけてしまったなどが思いあたります。

それまでオーディオに興味が無かった人も、Bluetoothワイヤレスイヤホンを買って慣れてきた頃に、「ロスレスが良いらしい、Bluetoothは圧縮されるからダメらしい」という情報をガジェット系ニュースで耳にして、ちょっとお金に余裕がある人は有線への回帰というトレンドが見られるようになりました。

店頭でドングルDACを買っている人を見ると、IEMよりもむしろ、ゼンハイザーやFocalなどの大型ヘッドホンを買ったけどスマホ付属のドングルだと音量が足りないから、という人が結構多いです。我々みたいなオーディオマニアは意外と忘れがちですが、これまでショボいスマホ付属ドングルを使っていた人からすれば、Dragonfly程度でも明らかに違いがわかるくらい有意義なアップグレードになります。

ただし、残念なことに、2022年になった今でも一部のDACはiPhoneに挿すと電力不足エラーが出るとか、Galaxyだと認識しない、なんて、大昔から変わらないトラブルが延々と続いているのが残念です。とくに新興メーカーにありがちなのは、DAC本体は入念にテストしたのに、販売にあたって適当なOEM製のUSB-C Lightningケーブルを同梱したせいで、一部スマホで認識しない、突然切断する、なんてトラブルが頻発するなんてこともよくあります。USB C - USB Cも、未だに中身がUSB 2.0相当だからOTG接続で方向性がある(逆向きだと認識しない)なんてモデルも多く、いつまでたっても変わらないなと呆れてしまいます。

iFi Audio GO blu

ドングルDACはどのみちスマホのバスパワー給電に依存するのでパワーもたかが知れているわけですから、個人的にはバッテリー内蔵のBluetoothレシーバーみたいなものの方が魅力的です。充電に気を使わなければいけないのは難点ですが。

この手のジャンルで最大手のFiio BTRシリーズが2021年は部品供給難で一時期生産休止になってしまい手に入らなくなったのは残念でした。iFi AudioからもGO bluというモデルが出たので、そちらも良さそうです。これらBluetoothレシーバーの多くはUSBドングルDACとしても兼用できるのが便利です。

ただし前述のとおりBluetoothは2022年にaptX LosslessやBluetooth 5.2 LE Audioといった重要な進展が期待できるので、そうなると既存のBluetooth機器がそれらに対応するのか、買い換える必要があるのかが気になって購入する思い切りがつきません。

iFi Audio xDSD Gryphon

もうちょっと大きめのポータブルDACアンプでは、iFi Audio xDSD Gryphonが一番良さそうです。私は昔からiFi贔屓なのは周知の事実だと思いますが、それにしても毎年よくここまで機能を詰め込んだ新製品を出せるなと関心します。

2018年発売のxDSDの上位後継モデルで、値段は6万円から8万円台へと上昇しましたが、オーディオ回路の更新とともに、新たにOLED画面が追加されるなど全体的に進化しています。Bluetoothレシーバーとしても使えるので、持っているとなにかと便利です。個人的には旧xDSDはマイクロUSBコネクターが使っているうちにガタガタになって壊れてしまったので、今回USB-Cに変わったのが一番嬉しいです。

EarMen TR-Amp

iFi Audioよりも機能的にはシンプルですが、EarMen TR-Ampも悪くなかったです。4万円弱で極めて古典的なヘッドホンアンプですが、パワフルでメリハリのある、いかにも「アンプでドライブしている」感覚が得られるため、ドングルDACの痩せ細ったサウンドに不満を感じているならぜひ試してみてください。


さらに2022年はChordの新作ティーザーサイトが出ているので、そちらも気になっています。


据え置きヘッドホンアンプ

2021年も沢山のハイエンドヘッドホンが続々登場しているのにも関わらず、据え置き大型機はちょっと停滞気味です。多くの人はDAPなどポータブルアンプで十分満足できているということでしょう。

とくに日本の大手メーカー勢はもうこの手のジャンルは諦めてしまったのか、ここ数年はずっと静かなままです。マランツHD-DAC1など一時期流行った10万円前後の複合機が復活する日は来るのでしょうか。

TEAC UD-505-X

唯一このタイプの新型ではティアックからUD-505-Xというのが15万円で出ましたが、こちらは2017年のUD-505の旭化成DACチップをESSを変更したモデルなので、あまり目新しさはありませんでした。せっかくなら、筐体は変えずとも、この機会にボリュームノブを重厚な削り出しにして、高級オーディオグレードコンデンサーと純銀内部配線で、筆記体のSpecial Editionエンブレムを貼って、みたいな、日本のハイエンドメーカーがよくやる手口で売り出せばよかったのに、なんて思いますが、そのへんティアックは真面目すぎますね。

RME ADI-2 DAC FS

ちなみにRMEのADI-2 DACも旭化成からESSへとDACチップが変更されました。RMEのようなプロ機器メーカーはスペックと音質が保証できれば内部にどんな部品を使っているかという事にはそこまでこだわっていないため(そもそも発売当時から旭化成DACも途中で一度変更されてますし)、モデルチェンジなどせずADI-2 DACのままで販売を続けています。

ちょっとおもしろい話としては、この旭化成からESSへのチップ変更についてRME公式サポート掲示板でトピックが上がった際、RMEの中の人いわく、我々は掲示板が世界の中心かと思ってるかもしれないけど、もう二週間くらい出荷してて、説明書にもちゃんと明記してあったけど、今までだれも指摘しなかったということは、つまりほとんどの購入者は掲示板なんて使ってないんだよ、と皮肉っぽく言ってました。

その後私がショップに聞いた話では、ADI-2 DACを買ったあとにネットで旭化成対ESSバージョンの音質議論とかを読んで「ESSに変わってるなんて聞いてない、詐欺だ」と怒り狂って返品を求める客がいたそうです。マニアは商品ではなく情報を買っているんだという揶揄が思い出されます。これまでプロ相手に長年商売をしてきたRMEにとって、ADI-2 DACは初めてのコンシューマー機ですから、こういう憶測の音質論争に巻き込まれるのは勘弁してもらいたいでしょう。

Mytek Liberty HPA

Mytekからは、2018年に登場した13万円のLiberty DACが好評だったようで、同じ小型フォームファクターでMytek Liberty HPAが20万円で登場しました。こちらはDAC非搭載の純粋なアナログヘッドホンアンプなので、Liberty DACなどとセットで使うことを想定しているようです。コンパクトサイズでも4ピンXLRバランス出力も搭載している本格派です。

これまでMytekといえば40万円のBrooklynと80万円のManhattanといった超高級機しか選択肢が無かったので、Libertyシリーズでその片鱗が味わえるのは嬉しいです。

SPL Phonitor X

本格派据え置きヘッドホンアンプでは、個人的にやはりSPLとViolectricが強いと思っています。2021年はSPLが日本でも流通するようになり、35万円のPhonitor Xや17万円のPhonitor SEが手に入るようになったのは嬉しいです。Phonitor Xを試聴できるショップがあれば、自前のヘッドホンを持参して聴いてみることをおすすめします。特に、普段DAPなどで聴いている人はダイナミクスの差に愕然とするかもしれません。

Violectric V226 & V5902 PRO

Violectricは日本での取り扱いが少ないのが残念ですが、2021年はラインナップ全体が一新され、ヘッドホンアンプも続々と新作が登場しました。1400ユーロのV226から3700ユーロのV5902 PROまで、DAC内蔵の有無やリレー式ボリュームなど幅広いオプションを展開しており、さらにはChronosというドングルDACまで出すほど気合が入っています。サブブランドNiimbusも新たにUS 5 PROにアップデートされ、5500ユーロと非常に高価ですが、現時点で最高峰のヘッドホンアンプのひとつだと思います。

iFi Audio Pro iDSD Signature & Pro iCAN Signature

iFi Audioからも、フラッグシップのPro iDSD & Pro iCANが新たにSignatureに更新されました。外装は金メッキ以外はほぼ変わらず、内部のオーディオ回路がさらに高品位化されています。Pro iDSD Signatureが46万円、Pro iCAN Signatureは31万円と高価ですが、特にPro iCAN Signatureはトランジスターと真空管のプリ回路を切り替えて二種類のサウンドが楽しめるので、なんとなくお買い得にも思えてきます。

MSB Premier Headphone Amplifier

オーディオアクセサリーやStereo誌で見るような高級オーディオブランドも近頃はヘッドホンアンプに参入してくるところがちらほらと現れてきました。中でもMSBのPremier Headphone Amplifierは約140万円という圧倒的な価格で、しかもDAC非搭載のアナログアンプです。惚れ惚れするような削り出しシャーシを見ると、やはり高級オーディオというのはこうあるべきだという説得力があります。

個人的な感想になりますが、MSBのようなスピーカー向けのハイエンドオーディオブランドによる本気のヘッドホンアンプがもっと増えてもよいのに、なかなかスピーカーとヘッドホンユーザーの融合ができていない現状を見ると残念に思います。

昔はヘッドホンなら100mWのオペアンプ回路程度で十分だと思われていましたが、最近はディスクリートで3Wくらい出せるヘッドホンアンプが求められる時代になってきたので、そうなると電子機器ガジェットメーカーの範疇を超えて、しっかりした電力素子やパワー回路が求められるアンプ設計者のジャンルに足を踏み入れています。

Chord Anni

Chordからも、Qutest DACと合わせるためのコンパクトなアンプAnniが登場しました。本来の用途はスピーカー用のインテグレーテッドアンプなのですが、その小型卓上デザインからヘッドホンアンプとして活用したい人も多いだろうと思います。10Wの強力なアンプで家庭用の大型ヘッドホンを駆動するのを想定しており、サウンドも厚くゆったりとした感触なので、まるでスピーカーで聴いているかのようなリラックスした音楽鑑賞が楽しめます。

Luxman P-750u MK II

日本のメーカーではあいかわらずラックスマンが頑張っており、ロングセラーP-750uが新たにMK IIへとモデルチェンジしました。2020年にはP-750u Limitedという限定モデルがあったので、それを発展させたデザインのようです。ラックスマンの凄いところは、電源や増幅回路からボリューム制御まで、すべての部分において手のこんだ自社設計を行っており、内部写真を見ると感動的なほどゴチャゴチャしています。先程のMSBの内部写真と比べてみると、単なるアナログヘッドホンアンプでも、こうまで違うのかと関心します。37万円という値段は高価ですが、海外のハイエンドメーカーなどでは絶対にこの値段では作れない気合の入った製品です。

STAX SRM-400S & SRM-500T

ヘッドホンアンプに含むべきかわかりませんが、STAXも2019年のSRM-700T/Sに続いて、より低価格なSRM-400S(ソリッドステート)とSRM-500T(真空管)を発売しました。ヘッドホンは2019年の時点でSR-L700 MK2とSR-L500 MK2になったのに、L500に合わせるアンプ(ドライバーユニット)は古いままで、700用アンプは高価すぎる、という中途半端な状態が続いていたので、今回ようやくシステムがアップデートされたのは嬉しいです。

ところで、STAXはヘッドホンとアンプがセットになった75,000円のエントリーモデルSRS-3100というのがあるのですが、これのヘッドホンは素晴らしいのに、アンプがかなり古くてショボいやつなので、個人的にはこれを早くどうにかしてもらいたいです。このアンプのせいでSTAXの第一印象が悪かった人も多いだろうと思います。


私のヘッドホンシステム

2021年を通して個人的によく使ったシステムを紹介します。

ちなみに私の勝手なポリシーとして、レアな昔の名機とかではなく、できるだけ店頭でいつでも購入できる現行モデルを使いたいと考えています。しかし想像以上に長く愛用している製品もあり、その代表格がViolectric V281ヘッドホンアンプです。

Violectric V281

2016年に購入してから6年間も毎日使い続けている事になりますが、未だに飽きることも故障することもなく、日頃から一番信頼を置いているヘッドホンアンプとして活躍しています。

惜しくも2020年にV281 Final Editionというオプション全部込みのモデルが出て販売終了となったのですが、私としてはまだまだ買い換える気になりません。

ViolectricはV281・V280の後継機として新たにV590など新作を続々リリースしており、どれも据え置きヘッドホンアンプとしては最高クラスの製品だと思うのですが、どちらかというとプロ機器寄りのメーカーなのでデザインもプロモーションも地味で、なかなか注目されないのが残念です。

SPL Phonitor Mini

そんなV281のバックアップ要員として、SPL Phonitor Miniというヘッドホンアンプも購入しました。こちらも古いモデルで2021年に廃番となり、以前から欲しかったモデルということで、無くなる前に処分品を手に入れました。

SPLはViolectricと同じくドイツのプロ機器メーカーで、2021年には日本市場にも正式参入したニュースで覚えている人もいるかもしれません。こちらもViolectricと同様に硬派すぎるプロ機器イメージを払拭して、もうちょっとオーディオファイル向けに路線変更しているようで、私が買ったPhonitor Miniは古い世代の象徴とも言うべきモデルなので、それと比べると現行のPhonitor SEなどはずいぶんスッキリしたデザインになっています。

Violectricに負けじと超強力なアンプ回路を搭載しており、SPL独自のアナログクロスフィード機能が特に素晴らしく、古いステレオ録音を聴く場合に絶大な効果を発揮してくれます。これまでデジタルのクロスフィードで満足いかなかった人もSPLは絶対に試してみる価値があります。

同じモデルでも中身はずいぶん違います

ちなみに私が買ったPhonitor Miniは一ヶ月ほど使っていて故障してしまったのですが、交換品で送られてきたユニットのシャーシデザインや中身が最初に買ったやつと全然違ったので驚きました。音質の違いは無さそうですが、開発の苦労が伺えます。

Chord Qutest DAC

据え置きUSB DACは相変わらずChord Qutest DACを主に使っています。コンパクトでシンプルなDACですが、ヘッドホンを鳴らした時のサウンドをかなり気に入っていて、2019年の発売以来ずっと電源を入れっぱなしで愛用しています。Violectricが比較的真面目で地味な傾向なので、Qutestの色彩が豊かな音色でバランスがとれているのかもしれません。

Qutest以外にもDACはいくつか持っているのですが、スピーカーを鳴らすと凄い音がするDACでも、ヘッドホンで聴くとどうにもパッとしないモデルが意外と多いです。個人的にスピーカーでは愛用しているdCS DebussyやApogee Rosetta 200などもヘッドホンでは使う機会がありません。

どのDACがヘッドホン用に良いのか、という話ではなくて、あくまでシステム構成の一環ですので、今使っているViolectric V281とChord Qutestの相性が良いというだけの事でしょう。できれば一つのシステムでヘッドホンもスピーカーも満足なレベルで鳴らせれば良いのですが、あまりこだわりすぎると、そう簡単には行かないようです。

iFi Audio Zen Stream

他には、新たにiFi Audio Zen Streamを導入しました。これまではパソコンからオーディオラックまで2~3mくらいのUSBケーブルが必要で、それによる音飛びやノイズ混入にずいぶん悩まされたので、いずれネットワーク化したいとは考えており、安価な実験用としてZen Streamを試してみたところ期待以上にうまく行ったので、そのまま使い続けています。高価なNASストリーマーとかと違って、それを経由していることすら忘れてしまうくらい脇役に徹して、PCのJRiverからDACへの橋渡しを行ってくれています。DoPのDSD256が通らないのが唯一の不満点ですが、それ以外ではトラブルも無く満足しています。S/PDIF出力もあるので、USBが使えない古いDACを鳴らすのにも重宝しています。

iFi Audio micro iDSD Signature

ポータブルヘッドホンアンプはiFi Audio micro iDSD Signatureが2020年から続投です。ちょっと不格好ですが、行く先々でクイックグリップでテーブルの端に固定して使っています。

先程のZen Streamと同じくiFi Audioばかりですが、私みたいに手頃なハイテクガジェットが好きな人に向けての製品開発が上手いのでしょう。Zen Streamに関しては他にも似たような選択肢は色々あると思いますが、micro iDSDシリーズは、かれこれ3世代、6年以上も使い続けており、これを上回る製品は見つかっていません。パソコンデスクに丁度よいサイズで、必要に応じてポータブルでも使えて、超ハイレゾDSDフォーマット対応がしっかりしていて、IEMイヤホンにも大型ヘッドホンにも対応できる強力なアンプと、まさに死角が無く、手放せない製品です。

据え置きアンプやDAPなど、他にももっと音が良いと思える製品は色々持ってますが、最悪それらが全部無くなっても、とりあえずmicro iDSDだけあれば当面は大丈夫、という安心感があります。

ポータブルDAPは長らくHiby R6 Proというのを使っていて非常に満足していたので、それの後継機にあたるHiby RS6というモデルに買い替えました。最近のスマホに慣れているとR6 Proの4.2インチ画面はちょっと小さすぎて使いづらいかなと思っていたので、新型RS6の5インチはちょうどよい感じです。せっかくなので別売の緑色レザーケースも買いました。

前述のとおり、RS6は既存のDACチップではなくFPGAで独自のD/A変換を行うというユニークなモデルで、発売から数ヶ月経った今でもまだまだ細かい不具合が多いため、現状では万人に勧められるモデルではありませんが、サウンド面では確かに他社のDAPとは一味違う柔らかく奥深い印象があり、唯一無二の存在だと思います。

ユニークな試みのDAPといえば、もうちょっと予算があればAstell&KernがNutubeを搭載した新作SP2000Tも音色が素晴らしく、自分も買いたいと思いましたが、流石にRS6の二倍近くするので断念しました。RS6のサウンドは良いと思いますが、常にその音色で長期間使っていればそのうち飽きてきたりもするので、その点ではSP2000TやSE200のように異なるサウンド回路から選べたり、SE180やiBassoなどアンプモジュールを交換して、気分転換できるDAPというのは良いアイデアだと思います。

Fostex TH909

私が自宅で真面目な音楽鑑賞で使っているヘッドホンは、これまでベイヤーT1 2nd Gen、Grado GS1000e、オーテクATH-ADX5000など色々と使ってきて、2021年は念願だったフォステクスTH909を購入して、それを一年を通して使い込んできました。一日8時間以上装着している事もよくあるので、装着感や耐久性も満足できています。パッドはすでに一回交換しました。

限定版の青色バージョンが店頭にあったので、それを買ったのですが、公式写真で想像したよりも暗い色合いで、デニムや藍染めのような落ち着いた雰囲気が結構気に入っています。

写真ではなかなか伝わりにくいですが綺麗です

このTH909というヘッドホンは私にとって普段の音楽鑑賞の理想に近く、これまで多くのヘッドホンを聴いてきた中でもここまで全方位で高水準なモデルは思い浮かびません。楽曲の細部まで再現してくれるパフォーマンスと、温厚で聴き疲れしない柔らかな仕上がりが絶妙なバランスで共存しており、50年代のアナログレコードから最新のハイレゾ音源まで、さらに動画やゲームなどの雑用でも、あまりシビアにならずに音源の魅力を引き出してくれます。

もっと顕微鏡のように分析的な高解像ヘッドホンや、味付けが濃いラグジュアリー志向のヘッドホンなら他にも選択肢はありますが、このTH909ほど全体的な完成度が高く、安心して付き合えるヘッドホンは希少です。ヘッドホンマニアというよりも、音楽をずっと聴いているのが好きな人に絶対におすすめできるヘッドホンです。

今のところ、もっと予算があったとしても買い換えたいモデルは思いあたりませんが、TH909はダイナミック型ヘッドホンなので、もう一台追加で買うなら優れた平面駆動型が欲しいかもしれません。ずいぶん前にHifimanの初代HE560を気に入って買って以来、平面型では真剣に買いたいと思える後継機に出会えていません。なんとなく思い浮かぶのはDan Clark AudioのEther 2くらいでしょうか。

Beyerdynamic DT1770PRO

密閉型ヘッドホンは相変わらずベイヤーダイナミックDT1770PROが活躍しており、2016年からずっと現役で頑張っています。浮き沈みの激しい新興メーカーと違って製品の息が長いので、未だに現行モデルとして十分通用する優れたヘッドホンです。もし壊れたら同じものをもう一台買い直すだろうと思います。

Adam SP-5

屋外などでラフに扱うにはAdam Audio SP-5というUltrasone Signatureシリーズのバリエーションモデルを使う機会が多かったです。ピッタリと密閉して遮音性が高く、Adamのモニタースピーカーサウンドを忠実に再現しているので、DJ用っぽい見た目から想像される以上に真面目で実用的なモニターヘッドホンです。丸く折りたためて携帯性が良いので出先で重宝しています。

こちらは2021年にUltrasone本家からも新型が出たので、買い換えようかとも考えているのですが、最上位Signature Masterを買おうか、でも値段が高いから、ひとつ下のSignature Naturalでもいいかも・・、なんて悩んでいるうちに時間が経ってしまいました。

SP-5についてのブログ記事でも書いたのですが、Adam AudioのYoutubeがかなり充実していて、とくに「In the Studio」シリーズは様々なジャンルのレコーディングセッション風景のミニドキュメンタリー形式で50本近くあるので、プロがどんなヘッドホンを使っているかとか、音楽の裏側がもっと深く知れる素晴らしい動画です。ぜひ見てみてください。

64 Audio NioとUE Live

イヤホンについては、2021年は個人的に大きな転換点になりました。これまではダイナミック型、BA型、ハイブリッドと、それぞれの鳴り方に明確な違いがあるため、各ジャンルから好みのモデルを揃えていたのですが(たとえばダイナミックはAcoustune HS1697Ti、BAはCampfire Andromeda、ハイブリッドはUM Mavis IIといった感じです)、2021年にメインで使ったイヤホンといえば、64Audio NioとUE Live、つまりどちらもハイブリッド構成のモデルでした。

ちなみに騒音下で寝る時など耳栓代わりの手軽でコンパクトな小型イヤホンはあいかわらずFinal E5000かWestone UM-Pro50を使っています。

私はあまり事前情報やニュースをチェックしておらず、試聴する機会があったら一通り聴いてみた上で、気になったモデルのドライバー構成などは後で確認する、といった流れなので、自分の好みに合うイヤホンが64 Audio NioとUE Liveのどちらもハイブリッド型だったのは単なる偶然です。

それにしても、従来のハイブリッド型というと、BAとダイナミックドライバーの摺合せが悪く、帯域間クロスオーバーがねじれるような違和感があるモデルばかりで、満足できたのはUM Maverick/Mavisシリーズくらいだけだったのですが、ここ数年のハイブリッド型の多くはそのあたりが大幅に改善しており、本当の意味でBAとダイナミック型のメリットの相乗効果が得られるようなモデルが増えてきました。

そんな中でも、開放感があって温厚で緩い64Audio Nioと、ピッタリと密閉して正確な音響空間を形成するUE Liveは、まるで開放型と密閉型ヘッドホンのような使い分けができるため、2021年はほぼこの二つのイヤホンを使って過ごしました。

これからはハイブリッド型だけが買う価値がある、というわけではなく、たとえばダイナミック型のIE900やBA型のHoloceneのように各ジャンルごとに気に入った新作は色々とあります。

おわりに

今回は2021年に個人的に気になったモデルなどを振り返ってみました。年末年始は実家へ帰省せず仕事続きで、引っ越しも重なってしまったので、書くのがずいぶん遅れてしまいましたが、それにしてもカジュアルからハイエンドまで素晴らしい新作が多かった一年だっと思います。

イヤホン、ヘッドホン、DAPなど、どれも単なる焼き直しではなく、技術的にも音質的にも業界全体が着実に進化していることが実感できました。すでに愛着があるモデルを持っている人でも、ぜひ色々な新作を試聴してみてもらいたいです。

その最たる例がゼンハイザーIE900やSTAX SR-X9000です。老舗メーカーが過去の栄光にあぐらをかくのではなく、さらなる高みを目指して努力している事が実感できたのは素晴らしいです。高価なので手が出せないとしても、どちらも現時点の最先端を象徴するサウンドなので、機会があればじっくり体験してみる価値があると思います。

DACやDAPなどの電子機器に関しては、今のところ部品調達や製造の遅れでバタバタしているので、2022年はまずコロナやサプライチェーン問題による遅れを取り戻すのが最大の課題だと思います。旭化成の次世代ICにも期待したいですし、そういえばロームの高音質D/AチップBD34301EKVもそろそろヘッドホンオーディオ製品に入っているのを見たいです。チップアンプではTHXが一気に台頭してきたので、TIなど他社も負けてはいられません。

Bluetooth機器、スマホドングルDAC、ポータブルDAPなどはどれも2021年は新世代への過渡期という印象を受けました。すでに数年前からソニー、AK、Fiioなどによってある程度のスタンダードが確立していることで、どのメーカーも凡庸を脱却するために試行錯誤している姿が伺えます。そのおかげでメーカーごとの得意なスキルや売り込みたいポイントが明確になってきて、面白くなってきたように思います。

逆に、昔のイヤホン市場のような、高価な特殊素材とか貴金属をふんだんに使った高級ケーブルといった話題は最近は控えめになってきたように思います。今では低価格なメーカーがコストパフォーマンスの高さを主張するためにそういうキーワードを乱用する事が多くなったせいで、説得力や付加価値が下がってしまったように思います。それよりも、一流メーカーの証としては、工作精度、熟練の精密な組み立て、高度な測定検査といった技術力の高さが注目されるようになってきたように思います。

私にとって2022年は、昨年聴けなかった新製品を含めてもっと色々と聴いてみる機会があってほしいです。コロナ以前であれば、私が普段興味を持たないようなニッチな渡来製品でも、オーディオ趣味の友人達と集まって持ち寄ることで必ず新しい発見があったのですが、イヤホン・ヘッドホンは直に肌に触れて使い回すのでコロナ衛生上の相性が最悪ですから、そういう機会がぐっと減ってしまいました。

さらに、メーカーやショップの人達との会話もまた取り戻したいです。そういった機会が無いと、ネットで第三者が勝手に言っているだけの憶測で評価したり、固定概念に囚われてしまいがちです。オーディオ界隈でも最近はとくにソーシャルメディアで誤った憶測が補強しあう、いわゆるエコーチェンバー現象と呼ばれているようなものが強くなっているように思います。オーディオのコミュニティー活性化のためにも、どうにか状況が落ち着いて、イベントや海外渡航が復活してくれることを願っています。

逆に、自宅勤務に切り替えたり、自粛期間後も以前よりなんとなく自宅で過ごす時間が増えた人が多くなったせいで、音楽鑑賞という趣味に注目が集まっているのは嬉しい事です。

そういえば、オーディオ系のネットニュースを振り返ってみると、2021は空間オーディオというキーワードが「次世代の音楽体験」だということでずいぶん紹介されていましたが、なんとなく音楽鑑賞ファンの人たちとは全く縁のない別世界で開発が進められているような違和感もありました。

実際オーディオメーカーや高音質レーベルなどからの協賛もあまり見られず、私みたいに毎週何枚も新譜を聴く人でも、相変わらず2chステレオが主流のままです。どれだけサラウンド形式が複雑になったとしても、結局のところ一流アーティストのコンサートは自分の前方のステージで繰り広げられて、人間の耳は左右の二つしかないという事実は変わりません。

オブジェクトベースの多チャンネルオーディオ、ようするにマルチトラックで各音源トラックごとに空間位置情報が記録されていて、リスナーごとのスピーカー構成環境に応じて再生時にスピーカーチャンネルが割り当てられるという仕組みは、ゲームや環境音響の再現、とくにVRやAR用途には絶大な効果があると思いますが、音楽鑑賞においては、ミックスやマスタリングエンジニアが作品を仕上げるという工程、つまりレストランのシェフに料理を作ってもらうという行為自体を否定して、食材を機械に入れて自動的に作ってもらうようなものですので、芸術としての音楽鑑賞とは逆行しているとも思ったりします。

私自身は今のところ、優れたアーティストとスタジオエンジニアが仕上げた2chステレオ作品を、優れた2chオーディオ機器とスピーカー・ヘッドホンで鑑賞するときに一番感動を受けます。

そんなわけで、次回は2021年に個人的に気に入ったジャズやクラシックの高音質盤なんかをいくつか紹介したいと思います。