2023年8月24日木曜日

Fiio M15S DAPの試聴レビュー

 Fiioの新作DAP M15Sを聴いてみたので、感想を書いておきます。

Fiio M15S

2023年4月発売、価格は約15万円ということで、Fiioの中でもM17に次ぐ上級モデルです。前回紹介したHibyやAKの新作DAPと合わせて試聴してみたので、メーカーごとに実際どれくらい違いがあるのか気になります。

Fiio M15S

近頃のFiioのイメージというと、多色LEDにマットブラックの角ばったデザインや高出力アンプといったマッシブさをテーマに掲げており、オーディオファイル的な嗜好品というよりは、ゲーミングパソコンのビデオカードのような最先端のハイスペック感を強調しています。

現行Fiioラインナップ

最近のFiioヘッドホンもゲーミングっぽさが強いです

特にコロナ中は店頭試聴ができなかった事情もあり、ネットでスペック性能を頼りに購入する人や、初心者でもそこそこ良いヘッドホン機器を買いたい人が増えた事もあり、謎理論やオカルトではなくテックガジェット的な目線からも説得力があるような売り方というのが成功しているように思います。

直近のフラッグシップで30万円の「M17」を試聴してみた時も、巨大なシャーシにLED発光、専用冷却ファン付きスタンド、DC電源接続でパワーアップなど、まさにゲーミングPCで見慣れた手法で、公式サイトもまるでMSIやGigabyteかと見違えるくらいでした。

続いて8万円台の「M11」シリーズも更新され、M17開発で得た技術を多く取り込んだM11Sに進化、そして今回は15万円のM15がM15Sにモデルチェンジしたわけです。

M11の方は売れ筋ということで、2019年からM11、M11Pro、M11Plus LTD、M11Plus ESS、そしてM11Sと、ほぼ毎年のペースで新型が登場してきたのですが、M15は2020年に初代が登場して以来久々のアップデートなので、この価格帯のDAPを探していた人には待望の新作になります。

予算的にはM17を購入できても、さすがにあの巨大なシャーシサイズを常用するのは厳しいという人も多いだろうと思いますので、そういった意味では、外出時など気軽に使える上位機種としてM15Sは重要なモデルです。

M17を買うか、R7とM15Sで使い分けるか

また、余談になりますが、M17をベースにDACとアンプのみのポタアン化したQ7や、デスクトップDAPタイプのR7といった発生モデルが登場しており、もしM17のハイパワーが欲しいのなら、私ならむしろそちらの方に目移りしてしまい、ポータブルで使うにはM11やM15くらいのサイズがちょうどよいと思えてしまいます。

M11S・M15S・M17

現行Fiio DAPの画面サイズはM11S(5インチ)、M15S(5.5インチ)、M17(6インチ)というふうに区別されているので、音質や価格とは別に、スマホのようにストリーミングアプリを多用するなら5.5インチくらい大きい方が良いですし、逆にもっとカジュアルにポケットに入れて使いたいなら5インチの方が使いやすいかもしれません。

スマホと同じように、写真で見るよりも実機を手にとってみたほうが、自分の使い方に合うサイズか直感でわかると思います。

M11S・M15S・M17

M15Sだけ丸みのあるデザインです

デザイン的にはKシリーズと似ています

M11Sは明らかにM17の意匠を受け継いだゴツゴツしたパソコンパーツ的なデザインでしたが、M15Sはもうちょっと丸みを帯びた、Fiioの中でもデスクトップアンプK5やK7に寄せたようなスタイルです。

M11S・M11Plus ESS・M15S

厚さはほぼ同じです

ちなみにM11SとM15SのあいだにM11Plus ESSというモデルも存在します。こちらはM11Sとデザインがほぼ同じで画面が5.5インチに拡大されたモデルなのですが、D/Aチップやアンプ回路など中身もけっこう違うので、今回のM15Sとの差別化がややこしくなっています。

価格設定はM11S、M11Plus ESS、M15Sがそれぞれ約8、10、15万円くらいということで、その点で見るとM15Sの方が明らかな上位機種という位置づけになっています。

リリースの順番から考えると、まずM11Plusが2019年に登場した後に、そこからサイズを5インチに縮小させたM11Sと、5.5インチのままで上位に発展させたM15Sへと分岐させたのだろうと思います。

ソニーっぽくもあります

4.4mm・2.5mm・3.5mm

カードスロットとUSB-C

M15Sの丸い側面の切り欠きや、ヘッドホン端子のリング部品など、なんとなくウォークマンやShanlingぽさもあり、個人的にはこちらの方が手に馴染むので好みです。

ヘッドホン出力はバランスに4.4mmと2.5mmの両方があるのも便利です。底面のカードスロットは棒で押し出すタイプで、写真左側のカードスロットのように見えるのはダミーなので、カードは一枚しか入りません。

背面が綺麗です

背面は一見ただのガラスパネルなのですが、内側がファセットになっており、光の加減でダイヤカットのように多面反射して結構綺麗です。このあたりも含めて、M11やM17と比べて控えめな大人っぽいデザインのように思います。

エンコーダーではありません

デザインで印象的なのは上面のボリュームノブです。これはけっこう不思議なアイデアなので、ちょっと説明が必要です。

一見デジタルエンコーダーのように見えますが、実はアナログポットなので、無限にガリガリと回転するのではなく、最小から最大までの限られた範囲でスムーズに回ります。

ところが音楽信号はこのアナログポットを通っておらず、内部的には120ステップのデジタル制御ボリュームを採用しており、このアナログポットの抵抗値を読み取ってデジタル制御に使っています。

つまりアナログポット特有のスムーズな使用感でありながら、ガリノイズやステレオギャングエラーなどが原理的に発生しないという、いいとこ取りのアイデアです。

Adjust by volume knob

ただし、アイデアとして破綻していると思える部分もあります。M15Sの側面にはボリューム上下のボタンも用意されているのですが、ソフトの設定でノブとボタンのどちらかしか選べません。ボタンを選べばノブは無反応で役立たずになります。

ノブのポットにはモーターがついているわけではありませんから、ボタンでボリューム操作するとノブの現在位置との整合性が取れないため、このような設定にしたのでしょう。

それならそもそもボリュームボタンは搭載しなければよかったかもしれませんが、それでもAndroid OS上のソフトボリュームとも連動する必要があるため、どのみちモーター無しのボリュームポットというのはAndroid DAPとの親和性が悪いです。

この奇妙なボリューム操作ギミックを除けば、M15Sはごく普通のDAPという感じで、D/AチップにESS ES9038PROを採用しており、これはM17と同じなので、外観のデザイン以上に内部は上位機種と共通している部分が多いだろうと想像します。

ちなみにM11Sの方はESSのES9038Q2Mを採用しています。同じES9038でも、PROはデスクトップ用、Q2Mは省電力でポータブル用に特化したチップなので、DAPではQ2Mを採用するメーカーが多い中で、FiioはあえてPROの方を投入しています。Q2Mは2ch DACチップなのに対して、PROは一枚で8chのDACが搭載されており、ステレオ用途では左右4chづつ並列で動かすことで高い性能を実現しています。

M11Plus ESSはES9068Aを使っており、こちらはかなり大きなチップで、4ch D/Aのみならず、MQAネイティブ処理、A/D変換、マイク入力すら対応している汎用タイプです。同時期にFiioが発売した据え置き型K9にも採用されているので、こうやって見るとやはりFiioは特定のチップや回路に固執して自社独自の音色を作り込むのではなく、開発の時点で最善と思われる最先端チップを積極的に投入していることが伺えます。

バッテリー駆動ではSuper Highが最大ですが

USB QC給電するとUltra Highが現れます

ヘッドホンアンプ回路は公式スペックでのバランス出力(32Ω負荷)が、M11Sは670mW、M15Sは990mW、M17は3000mWということで、グレード順にパワーアップしていく感じです。

さらにM15SはUSB充電ケーブルを挿すと特殊なUltra Highパワーモードが選べるようになり、バランスで1200mWまでブーストされるので、ここまでくるとM17の3Wまで行かなくとも、ほとんどの大型ヘッドホンを難無く駆動できます。実際多くの据え置きヘッドホンアンプでもこれほどのパワーが出せるモデルは珍しいです。

このようなDACやアンプの違いがあるため、バッテリー再生時間はM11Sがシングルエンドで14時間なのに対して、M15SとM17は約10時間程度だそうです。

ヘッドホンアンプ回路についてはOPA926を搭載していると書いてあります。I/Vやローパスに関しては不明です。OPA926というと、データシートが無くFiio特注として数年前に現れたオペアンプで、K3からM11Sまで幅広いモデルに使われている、まさにFiioサウンドの中核とも言えるアンプです。

その一方で、M17やQ7、R7などの大型機ではヘッドホンアンプ回路にTHX 788モジュールを採用しているため、このあたりでもM15SとM17で明確な境界線を敷いているようです。

背面のメタルグリル

大きなコネクターも入るのが嬉しいです

付属レザーケースは茶色い普通のレザーっぽい仕上がりで、空冷のためか背面は金属グリルがあります。

出力端子の開口を大きくとってあるので、写真のiFi Audio 4.4mmなど大きめなプラグでもケースを外さずに挿すことができるのは嬉しいです。

フラップ
マグネットで留まります

ボリュームノブの部分にはレザーのフラップがあり、マグネットで留められるようになっているのは、耐久性は心配ですが面白いアイデアだと思います。

インターフェース

Fiio DAPの面白い点として、通常のAndroidモードとは別にPure Musicモードというのが昔から用意されています。

Pure Music Mode

これを選択することでAndroid OSの余計な機能が停止して、プレーヤーアプリでの音楽再生に特化したモードになるようです。実際に音質が大きく変わるというわけではありませんが、ホームシアターAVアンプなどによくあるピュアモードとかと同じで、なんとなく気分が良いです。

ストリーミングアプリをインストールするなら、Androidモードにすれば普通にスマホと同じようにGoogle Playにアクセスできるため、使い勝手は良好です。

FiioとAKのプレーヤーアプリ比較

選曲ブラウザー

プレーヤーアプリの設定

Fiioの純正プレーヤーアプリは、私としては普段HibyやAKのインターフェースを使っているためボタンの位置などに馴染むのにちょっと時間がかかりましたが、どれも似たようなものなので、一旦慣れてしまえば問題なく使えます。

アプリ内の設定項目も豊富なので、色々な場面で役に立つと思います。

Second harmonic regulation

Androidオーディオ設定でユニークな機能として、Second harmonic regulationというのがあります。画像で見る限り、意図的に高調波歪みを付加する機能のようです。

とくに最近のデジタルオーディオは歪み率が測定不可能なレベルにまで下がっており、スペック的には優秀であっても、それでは逆にアンプの味わいや個性がなくなってしまうため、あえて真空管回路などを通して歪みを増すという本末転倒な状況に陥っています。DAPでもNutubeなどの真空管を通すタイプが好評です。

それらを踏まえると、このようにソフト上であえて高調波歪みを追加するのも有意義な試みではないでしょうか。常に真空管アンプを通すよりも、ソフトなら不要な時にはオフにするだけで済むので、ちょっとしたネタとしては面白いアイデアです。

出力

前回同様、0dBFSの1kHzサイン波ファイルを再生しながらボリュームを上げていって、歪みはじめる(THD >1%)最大出力電圧(Vpp)を測ってみました。

まずはM15Sのみのグラフで、実線はバランス、破線はシングルエンド出力、赤色はUSB充電ケーブルを接続したUltra High状態、青線はバッテリー駆動で四段階のゲイン設定、そして緑線はライン出力モードです。

宣伝どおりUSB給電のUltra Highモードではかなりパワーアップしており、38Ωでおよそ1600mWくらい出ています。バッテリー駆動でも1160mWくらいなので、最近流行りのインピーダンスが低い平面駆動型ヘッドホンとかでも満足に駆動できそうです。

ちなみに公式スペックではUltra Highで1200mWとありますが、どの程度の歪み率で測定するかで変わりますので、少なくともスペック通りの性能は出ていることは確認できました。

ライン出力モードはしっかり高インピーダンス出力なのも嬉しいです。シングルエンドとバランスでそれぞれ2V・4Vrmsで、出力インピーダンスも90Ω・170Ω程度です。

Hiby DAPのようなライン出力専用の端子があるわけではなく、ソフト上でヘッドホンとライン出力を切り替える仕様なのですが、AK DAPのようにヘッドホン出力のまま特定のボリュームに固定されるのではなく、M15Sではしっかり内部回路がヘッドホンアンプ前のライン信号に切り替わってくれるのは素晴らしいです。

無負荷時にボリュームを1Vppに合わせて負荷を与えていったグラフです。バランス(実線)よりもシングルエンド(破線)のほうが定電圧を維持できています。出力インピーダンスで言うと1.1Ω・2.2Ωくらいです。ちなみにゲイン設定は影響しません。

最近のFiio製品と比較してみました。どれもバランス出力にて最大ゲイン設定での数値です。

やはり高出力を求めるならK9・R7・M17が圧倒的ですね。K9だけグラフがカクカクしているのはボリュームノブのステップのせいです。

DAPでは、M11SとM11Plus ESSはほぼ同じような出力電圧で、それらと比べてM15Sはしっかり価格相応にパワーアップしていることが伺えます。同じ5.5インチDAPでM11Plus ESSとM15Sのどちらか決めかねているなら、このあたりがポイントになりそうです。

ヘッドホンも鳴らしたいからM11よりもう少しパワーが欲しい、でもM17ほどの巨体は持ち歩きたくないとなると、M15Sはかなり絶妙な位置づけだと思います。

ただし、一見同じように見えるアンプ回路でも、ボリュームを1Vppに合わせて負荷を与えていったグラフを見ると、R7とK9の方が横一直線に定電圧を維持できており、出力インピーダンスは約0.4Ωくらいと非常に低いので、やはりコンセント電源の据え置き型のメリットが実感できます。M17やM15Sにも電源供給モードがあるものの、アンプの出力インピーダンスはバッテリー駆動時と変わらず、他のFiio DAPとぴったり重なります。

音質

今回の試聴では、ひとまず普段から聴き慣れているUE LiveやゼンハイザーIE900をはじめとして、いくつか性格の違うイヤホンを使ってM15Sの性格を探ってみました。

UE Live

Sennheiser IE900

Hiby R6 III・R6PRO II、Astell&Kern SE300といった最近のDAPと交互に聴き比べてみたところ、やはり三社三様でそれぞれサウンドの個性が際立っています。

Hibyの二機種がどちらも「Hibyらしい音」と思える枠組みに収まる感じだったように、メーカーごとの設計思想の違いが音色にもしっかりと現れていることは確かです。

スペックを見ただけではどれも同じように思えても、意外とどのイヤホンを使ってもDAPの違いが明確に感じ取れたので、DAPはまだまだオーディオ機器としての楽しみを秘めているようで一安心しました。

そんな中でFiio M15Sですが、これまでのFiioらしいサウンドを踏襲しながら一歩先に進んだ音作りのように感じます。今回試聴したDAP勢の中でどれか一台だけ購入するとなると、私だったらこのFiio M15Sを選ぶと思いますし、現行Fiioラインナップの中でも一番好きなモデルかもしれません。

実はここ数年のFiioには個人的にそこまで魅力を感じておらず、今回もまた同じような傾向かと想像していたところ、それを良い意味で裏切られたので、自分でも驚いています。

Posi-ToneレーベルからWillie Morris 「Conversation Starter」を聴いてみました。

最近かなりリリースの質が上がってきたPosi-Toneレーベルから、テナーとアルトの二管で、コルトレーン寄りの熱気が入った作品です。リーダーのMorrisはジュリアードで管楽教員もやっている技巧派で、テクニックはもちろんのこと、ソロの組み立て方がとても上手く、演奏に引き込まれます。個人的にドラムのE.J. Stricklandのファンで、彼が入ることでセッションが締まって緊張感が増しているのも良いです。


M15Sでこのようなハードなジャズを聴いてみると、Fiioらしさという点では、スペックからも想像できるとおり、パワフルでダイナミックな、安定感のあるサウンドが描かれます。パワフルというと厚く重いサウンドを想像する人もいるかもしれませんが、むしろその逆で、どんなイヤホン・ヘッドホンを接続してもダイヤフラムをしっかりと前後に駆動することで楽器をフルレンジに再現する、いわゆる「鳴らしきっている」安定感が伝わってきます。特にUE Liveイヤホンのような濃く厚いサウンドでも、濁り固まるのではなく、音場をスッキリと広く展開してくれます。

逆にたとえばレスポンスは素早くてもパワー不足なアンプだと、一音ごとの立ち上がりだけシャープなのに音楽の流れや雰囲気があまり伝わってこない、断絶的なシャカシャカしたサウンドになってしまいますし、その一方で、豊かさを強調するようなアンプでも、響きだけを盛っていてアタックが鈍った眠いサウンドになりがちです。

そのようなDAPにありがちなパワー面での問題がM15Sではあまり感じられず、真面目でしっかりとした性格なので、まるで古き良きDACポタアンとよく似た鳴り方だと思いました。FiioではQシリーズがありますし、ソニーの昔のPHA-3であったり、私が個人的に大好きなiBasso D14のような一昔前の雰囲気を思い出させてくれます。

最新のHibyやAKと比べると古臭いというか野暮ったいサウンドとも言えるのですが、むしろそのおかげで、ジャズセッションのようなシンプルな作品ほど、私にとっては昔から聴き慣れた実家のような安心感があります。楽曲から斬新な表現や未知の側面を引き出してくれるわけではないので、その点では最新機種としてのインパクトは薄れるものの、ポータブルオーディオとは本来こういう音だという説得力があります。

具体的には、低音のスケールが大きく余裕を持っているのと、高音はハッキリしていても自然なロールオフ感がありギラギラしていないあたりが挙げられます。特にHiby R6PRO IIと比べると、M15Sの方がドラムやピアノ左手のパーカッシブな音圧の迫力が充実しているため、ジャズとの相性が良いです。一方R6PRO IIの方が細かいディテールの精密さは一枚上手なので、ハイレゾのクラシック室内楽とかはそちらのほうが有利なようで、それを聴いたあとだとM15Sは粒が粗いというか、表面の質感描写にこだわっていない印象です。しかしそのおかげか、ジャズのドライブ感はもちろんのこと、たとえば交響曲を大迫力で堪能したい時などもM15Sの方が向いています。

私にとってDAPは屋外の騒音下で使うものという認識なので、M15Sはそんな環境でも負けずにしっかりと張りのある音を鳴らしてくれるのが自分の好みに合っているようです。一方R6PRO IIやAK SE300の方が軽めで繊細なので、静かな自宅でじっくりと楽しむには向いているかもしれません。

Pentatoneからの新譜でMelody Moore 「Remembering Tebaldi」を聴いてみました。Pentatoneはやはりこのような大規模な企画盤が見どころです。

黄金期ソプラノ歌手テバルディの軌跡を辿るトリビュート企画で、Mooreの歌声はもちろんのことFosterの指揮も重厚な雰囲気があって良いです。トランシルバニアのオケというと聞き慣れませんが、旧クルージュ・ナポカといえば、ブルックナーの名盤などが思い出されますし、今作もその片鱗を感じさせる厚いサウンドが健在です。選曲も素晴らしく、個人的には13曲目、修道女アンジェリカの一曲が好きです。Pentatoneとしては久々のDSDネイティブ録音だそうで、オーディオファイル的にも興味が湧きます。


M15Sの鳴り方について一点だけ弱点を挙げるとするなら、音色の美しさや色艶はあまり強調されません。どちらかというと中域は軽めで、余裕を持ったドンシャリといった傾向です。特に今回私が普段使っているHiby RS6と聴き比べるとそのあたりが不足しているように思えました。歌声やヴァイオリンなど楽器そのものの美音を堪能するならRS6の方が有利です。M15Sは昔のDACポタアンと似ていると言いましたが、音色の良さに定評のあるSU-AX01、Soundroid Vantam、Signature Micro iDSDといった個性の強いDACポタアンを聴き慣れているのなら、M15Sではちょっと素朴すぎて物足りなく感じると思います。

ただし私としては、むしろここがM15Sの大きなメリットであり、近頃のFiio製品の中でも珍しく気に入った理由になっています。というのも、FiioのDAPやヘッドホンアンプは新型が出るたびに毎回じっくり試聴しているのですが、最近はどれも同じような音色のクセが感じられて、それが自分の趣味に合わず敬遠することが多かったです。

M17を筆頭にK9ProやR7など、THXアンプ搭載機が多いのと関連しているのかもしれませんし、なにか別の要因があるのかもしれませんが、ここ数年のFiio特有のサウンドというものがあるのは確かです。それら全体の傾向としてはM15Sと似ているものの、中高域に特徴的な厚い響きというか、主張の強さがあり、どんな楽曲を聴いてもそれが気になってしまいました。価格やフォームファクターを問わず、いざ音楽を鳴らしてみると「ああ、またこの音か」とすぐに伝わってきます。

周波数バランスとして高音が突出しているというわけではなく、フラットな範囲なのですが、ソプラノやヴァイオリンのあたりがまるで二重に鳴っているような、時間軸方向での変な厚みが感じられるのです。マルチドライバーイヤホンのクロスオーバーの摺合せや、金属ハウジングのイヤホンの響き、もしくは、アンプならコンデンサーなどのクセが目立っている時の感覚に近く、気になると無視できなくなってしまいます。

ただしこれは悪いことではなく、好意的に捉えれば艶やかさを付加している感じですし、どのモデルを選んでもFiioらしい音色を持っているわけで、この鳴り方が好きでFiioファンになった人も結構多いだろうと思います。特に各トラックの帯域が限定的なスタジオミックスの音楽では、本来カットされてしまった声や楽器の高域倍音成分が補完されて充実感が増すので、それはそれで良いと思います。M15Sはそのような効果が無くなったことで、最近のFiioとは一味違い、もっとシンプルで素朴な昔のポタアンを連想するのだと思います。

Audeze MM500

とくに相性が良かったのがAudeze MM500でした。Audeze平面駆動型ヘッドホンの中でも最近の傑作モデルですが、プロ用モニタータイプということで、カジュアルなLCDシリーズとは一味違った真面目な鳴り方です。

普段DAPで鳴らしてみると、十分に性能を引き出せていないような、なんとなく生気の抜けた鳴り方になってしまうのですが、M15Sで(さらにバランス駆動で)鳴らすと低音も高音も詰まった感じから開放され、広く大きな描き方をしてくれます。ここからさらに音色の厚みや実在感を求めるなら据え置き型アンプを使うべきなのですが、ひとまずM15Sで普段使いには問題ないレベルで鳴ってくれます。

Elysian Annihilator

Fir Audio 5x5

イヤホンとの相性に関しては、いくつか手元にあったイヤホンを鳴らしてみたところ、ちょっと面白い結果になりました。

M15Sの特徴である余裕を感じる鳴り方と中域が控えめという二点を踏まえると、使い方の向き不向きが見えてきます。

たとえば、Elysian Annhilatorという高価なイヤホンは、他のDAPで鳴らすと高音の静電ドライバーと低音のダイナミックドライバーがそれぞれ別々に鳴っているようで、中域クロスオーバーの変な感じが目立ってしまい、あまり納得できませんでした。しかし据え置きアンプで聴くとずいぶん良いので、これはもしやと思いM15Sで鳴らしてみたところ、見事このイヤホンの長所を引き出してくれました。静電ドライバーとダイナミックドライバーが間近で干渉せず、どちらも余裕と距離感を持って鳴っており、しかも中域がサラッとしているためクロスオーバー付近が目立ちません。おかげで高価な超弩級イヤホンの面目が保たれたというか、存分に本領発揮してくれました。

一方、個人的に結構好きで度々使っているFir Audio 5x5は真逆で、こちらは低音と高音の両端がギラギラしていて限界を感じるものの、中域の繋がりがマルチドライバーにしては非常に良好で、音色の美しさを堪能できる素晴らしいイヤホンです。ところがM15Sで鳴らすと、帯域両端の限界ばかりが目立ってしまいます。そこでこちらはAK SE300で鳴らしてみると、ギラギラ感が収まり、かなりマイルドにまとまってくれて、軽快で優雅な鳴り方に落ち着くので、そちらの方が相性が良いです。

それではElysian AnnhilatorをSE300で鳴らしてみるとどうかというと、スムーズで角が立たない良い感じに仕上げてくれるのですが、せっかくの静電ドライバーや強烈な低音といった高級イヤホンならではの規格外っぷりが若干失われてしまうようで、ちょっともったいない気もします。

もっと高解像系のイヤホン、たとえばゼンハイザーIE900などは、明確なクセが無いため、どのDAPでも満足に鳴らせるのですが、逆に言うとDAP側のクセが目立つことになります。私の場合IE900はHiby R6Pro IIとの相性が良く、たとえばDXD音源を聴くと音の入口から出口までボトルネックが存在せず、解像感や位相情報を保ったまま届けてくれる感覚が楽しめます。

もちろん相性というのは好みによりますし、もはやこのレベルのDAPになると、ノイズが目立つとか音割れするなどで壊滅的に使い物にならないということはありません。それでも、DAPとイヤホンの組み合わせ次第で雰囲気が結構変わりますし、あれこれ試して聴き比べのもオーディオ趣味の楽しみの一つです。もうちょっと安いDAPだと、アップグレードしたい意欲の方が勝ってしまうと思いますが、M15Sであれば、優れたオーディオ機器の表現の一つとして、それ以上は望めないレベルに到達していると思います。

おわりに

今回Fiio M15Sをじっくり聴いてみて、個人的にかなり気に入ったことに正直驚いています。最近のFiio製品はちょっと子供っぽすぎて眼中に入っていなかったのですが、M15Sは新たな側面を見せてくれたというか、昔のFiioを思い出させてくれる上質なサウンドです。派手さは無いかもしれませんが、値段と性能と音質のバランスが良いDAPだと思います。

今回は中堅価格帯DAPの新作を色々と聴き比べてみたところ、Hiby、AK、Fiioの三社とも売れ筋のメーカーだけあって致命的な問題などは無く、どれを選んでも失敗はありません。そんな中でもそれぞれに個性があり、自分に合ったモデルを見つける楽しみは健在です。

Hiby R6 III・R6PRO IIはスッキリした高解像系で、まさに最先端DAPに求められている精密さが実感でき、ハイエンドのサウンドを低価格帯に落とし込んだ印象です。もっと濃い音色を求めているのなら上の価格帯にRSシリーズが存在しているので、それらとの住み分けも明確になってます。

AKはHibyとは逆に、高解像な最先端サウンドはフラッグシップSP3000に任せて、SE300はどちらかというと柔らかく長時間でも聴き疲れしない音楽鑑賞に向けた製品だと感じました。数あるDAPの中でも雰囲気の良さが魅力的で、ユニークな存在なのでツボにはまる人も多いと思います。

Fiio M15Sはこれらの中でも一番パワフルなアンプを搭載しながらサウンドはそこまで押し付けがましいわけではなく、むしろ余裕を持った鳴り方が好印象で、汎用性の高さという点でも一番実用的なDAPだと思います。

Fiioの弱点としては、新型を乱発するような傾向があり、とくにM11シリーズはあまりにもバリエーションが多すぎて、いつ買っても後悔する気分になってしまいます。その点M15Sは上位クラスだけあって、そこまで陳腐化は早くないと思うので、M11シリーズの動向や些細な違いであれこれ悩むよりも、いっそのことM15Sを選んだ方が精神衛生上好ましいかもしれません。

もちろんこれらのDAPよりも高価なモデルは各社から色々と出ていますが、Android DAPとしての機能やシャーシの品質などについてはそこまで大きな違いは見られず、あくまで音質の趣味嗜好の世界に突入します。逆にこれらよりも安いモデルになると、アプリ処理速度や画面解像度など実用面で明らかな制限を受けることになるので、せっかくDAPを購入するのなら、今回見てきた8~20万円くらいのラインナップが妥当なラインになりそうです。

私自身は相変わらずHiby RS6を使っており、概ね満足できていますが、必ずしも完璧ではありませんし、今回の新作に買い替えるべきか、結構悩まされました。さらに上のフラッグシップ級が欲しいと思うものの、価格やサイズを踏まえると、この8~20万円のクラスでなにか実用的な新しい技術(これまでだとUSB OTG、USB-C、Google Playなど)が導入されるごとに買い替えるのが現実的かもしれません。