2023年8月14日月曜日

Astell&Kern AK SE300 DAPの試聴レビュー

前回に続いて最新DAPを色々と聴いてみたので、今回はAstell&KernからAK SE300の感想をまとめておきます。

2023年6月発売で価格は約30万円、AK初の自社製フルディスクリートR2R DACを搭載する意欲作です。

AK SE300

Astell&Kern(AK)というと王道な高級DAPメーカーというイメージがありますが、その中でもSEシリーズだけは、A&futuraというサブネームからも想像できるとおり、かなり奇抜で未来感や冒険心あふれるモデルが集中しています。

AKのラインナップは単純に価格差による上下関係というわけではなく、シリーズごとに明確なテーマを設けており、それぞれ全く異なる開発手法をとっているのが面白いです。まるで自動車メーカーなどと同じような感覚でしょうか。

SE300 & SP3000

フラッグシップのA&ultima SPシリーズはその時点で技術的に可能な限りの最高峰を目指すモデルで、私自身も2017年発売のSP1000は自分にとって最高のDAPとして今でも使っています。出力スペックなどは最新のDAPと比べてそこまで高くなくとも、とにかく「音が良い」という一点で魅了しつづけています。現行モデルのSP3000も、もし現時点で最高のDAPを購入するとなったら私も真っ先に選びますが、60万円近くするので、さすがに高すぎて手が出せません。

他にも、高インピーダンスなヘッドホンを鳴らすのに特化したKANNシリーズや、小型軽量でポータブルに適したA&norma SRシリーズなど、それぞれに独立した個性があり、定期的にモデルチェンジしてシステムやオーディオ回路が更新されるあたりも、やはり自動車メーカーのラインナップ戦略と似ています。

今回登場したSE300のSEシリーズは、そんな中でも実験的なアイデアを担当しているようで、これまでのモデルを見ても、異なる二つのD/Aチップを搭載して音色の好みで切り替えられるSE200や、DACとヘッドホンアンプ回路をモジュール化して交換できるSE180などがありました。

私の勝手な印象としては、SE以外のAK DAPシリーズは、基本的にAKの開発者が意図したサウンドチューニングを明確にしており、その音色に共感した人が購入するという、一種の芸術性というか、音楽鑑賞を追求する製品なのに対して、SEシリーズの場合は、いくつか異なるモードを用意するなどで、サウンドの変化を楽しむ、鳴らし方をユーザー側に委ねるという考え方のようです。

また、SP3000などのフラッグシップシリーズよりも一個下のグレードという事で、最新技術や音色モードに対してユーザーからのフィードバックを得る、実験的な土台になっている感じもあります。その点フラッグシップのSPシリーズはあまり奇抜なことはせず、王道の最高峰として、あえて横道に逸れない無難な仕上がりです。

SE300とSP3000

SEシリーズの難点としては、やはり価格設定による位置関係が分かりづらいという印象はあります。12万円のSR35と60万円のSP3000では大きな隔たりがあり、30万円のSE300はそれらの中間に位置するわけですが、だからといってSP3000の廉価版だと思って購入しても、サウンドのコンセプトが根本的に違うので期待に沿わない可能性があります。

逆に言うと、SE300の音色を気に入ったなら、SP3000に買い替えても必ずしも上位互換とは言えないため、どちらも唯一無二の存在でもあります。

SE300

そんなわけでSE300ですが、シャーシデザインはSE200とSP3000の中間をとったようなAKらしいスタイリングを踏襲しています。

他のDAPメーカーみたいに「音は良いのにデザインが奇抜すぎて好みに合わない」という事もなく、さすがAKらしい安定したデザインです。ただし最近のAK DAPの例に漏れずケースは付属していないようなので、純正レザーケースは別途18,000円くらい予算に上乗せしないといけません。

ボリュームエンコーダー

片面だけ鏡面仕上げ

側面のボリュームエンコーダーが宝石のようで綺麗ですね。このあたりの仕上がりの良さは他社では真似できません。LEDは再生中のファイルフォーマットや、アンプのモードによって色が変わるように設定できます。

マットなアルミシャーシに唯一のアクセントとして、右側面だけ曲線的な光沢のある金属パネルが配置されています。これまでのSEシリーズは四角いブロックを切り出したような鋭角なフォルムで、手で持つと角が痛いという不満がありましたが、今回はこのツルッとしたパネルのおかげで手触りは若干良くなっています。

ただし、アルミシャーシにかろうじてSP3000っぽい光沢を付け足したような、ファミリーカーにクロームのホイールを装着したようなミスマッチ感もあり、実際に手にした時の高級感でいうとSP3000との隔たりを感じますので、そのへんは好き嫌いが分かれるかもしれません。

さすがAKは美しいです

それでも、背面のパネルは光の加減で幾何学模様が浮かび上がるなど、他社のDAPと比べると質感が圧倒的に優れているので、30万円という価格設定にも十分納得できる仕上がりです。

近頃は他のDAPメーカーも軒並み値段が高くなってきていますが、質感に関しては、はっきりいって、AKと比べてしまうと天地の差があるというか、音質はどうであれ、シャーシの加工技術や組み立て精度といった側面では、何十万円も払うべき商品のレベルに到達していないメーカーが多いです。作っている側がそのクオリティの違いについて理解できていない印象すらあります。

その点SE300やSP3000になると高級嗜好品として一流デパートのショーケースに陳列しても恥ずかしくない質感の高さがあるので、高価な値段にも十分な説得力があります。

上面の出力端子と電源ボタン

側面のトランスポートボタン

底面のマイクロSDカードスロットとUSB-C

借り物なので、上面にはまだ保護フィルムが貼ってありますが、電源ボタンとヘッドホン出力端子があります。シングルエンド3.5mmとあわせて、バランスは4.4mmと2.5mmの両方が用意されているのは嬉しいです。これの前に出たAK PA10というモデルではついに2.5mmが廃止されたので、こちらもそうなるかと思っていました。

電源ボタンは上面、トランスポートボタンは側面と、押し間違いが無いように分けられているのもありがたいです。前回Hiby R6PRO IIを使っていて、その部分でのみ不満がありました。

前作SE180と比べると、画面が5インチから5.5インチに拡大されたことで(解像度はどちらも1920×1080)、重量は280gから317gへと重くなっています。ちなみにSP3000も5.5インチですが、シャーシがアルミからステンレスになり、493gとさらに重くなるので、携帯するには覚悟が必要になります。

KANN MAXが小さく見えます

この下のモデルとなると、SR35が3.6インチ184gで、KANN MAXは4.1インチ305gです。KANNは巨大な特殊シリーズというイメージがありましたが、現在ではSE300の方がむしろ大きく重いというのが面白いです。

インターフェース

他社のDAPが素のAndroid OSを採用して、音楽プレーヤーはあくまでアプリの一つとして扱っているのに対して、AKはいまだに自社製プレーヤーアプリを中核に置いているのに好感が持てます。Androidベースではあっても、スマホ的なホーム画面などをあえて見せないことで、音楽プレーヤーとしての純粋さをアピールしています。

SE300はSP3000から導入された新たなインターフェースOSを採用しており、画面の高解像化にしっかり対応しているのはもちろんのこと、個人的にはCDジャケット風のアルバム表示が結構気に入っています。実用性は無くても、こういう遊び心は嬉しいです。

ジャケット風画面

メニュー画面

ストリーミングアプリに対応

主要なストリーミングアプリのインストールにも対応していますが、本体を起動すると、まずDAPトランスポート画面が表示されるのは、なんとなく安心感があります。

もちろんホーム画面とGoogle Playを求めている人も多いと思いますが、そういうのは音楽再生の究極を追求する本質とは離れているため、AKとしてはあえて他社大勢との住み分けを意識しているのでしょう。

オーディオ設定

アンプのゲインとクラスA・AB

スワイプダウンメニュー

オーディオや画面表示の設定などは一般的なAndroid風のレイアウトですが、アンプのゲインやクラスA・AB切り替えなど、DAP特有の機能は変に凝ったデザインになっています。

実際は毎度これらのメニュー画面に行かなくても、スワイプダウンのショートカットから切り替えることができます。

ディスクリートR2R DAC

一昔前ならディスクリートR2R DACというとニッチなオーディオメーカーの専売特許で、DSDやDXD再生に非対応だったりなど、製品そのものの完成度としては不安なイメージがありましたが、ここ数年でHiby RSシリーズを筆頭に、普通のDAPと全く変わらないスタイルの製品が登場して、ずいぶん身近になってきました。保守的なAKですら参入してきたのもまさに象徴的です。

公式サイトによると、SE300では48組96個の固定抵抗によって24bitデコード対応のディスクリートR2R回路を搭載しているそうです。

R2Rに限った話ではありませんが、24bit対応といっても24bitの理論上限-144dBが得られるわけではなく、旭化成やESSなどトップクラスのD/Aチップでも実質的に電気信号として観測できるのは21bit(つまり-126dB)くらいで、どのみち後続するヘッドホンアンプ回路のノイズでさらに‐110dB程度に劣化しますし、究極的にはヘッドホンや人間の耳自体がそこまでのダイナミックレンジ(観測できる最小音量と最大音量の差)を許容できるようには作られていません。

とはいえ、適当に見よう見まねでディスクリートR2R回路を作っても、理論上は完璧でも、実際は個々の抵抗値のばらつきや、基板レイアウトによる電流・発熱分布による偏差など、様々な要因から、16bitすらままならない製品もあり、そうなると流石にD/Aコンバーターとしての本質が問われてきます。

ディスクリートR2Rというのは机上のアイデアや高級っぽいオーディオグレードパーツの物量投入で事足りるものではなく、SE300のサイトにも説明されているように、膨大な数の抵抗チップを一つ一つ測定選別して、厳選された96個を理想的なレイアウトで基板上に実装するという手間があるため、高コストで大量生産には向いていません。つまり低価格なR2R DACでは不安になりますし、逆に高価だからといって既存D/Aチップよりも優秀かというと、そうでもありません。

ただし、近頃はスマホなどハイテク産業の発展により、高精度な表面実装部品や、複雑かつ正確な基板製造技術が活用できるようになり、80年代と比べてディスクリート回路でも性能が出しやすくなったおかげで、聴感上ではICチップのDACと比べて十分健闘できるレベルにまで迫り、DAPメーカーとしても、ようやく挑戦する価値が見いだせる時代がやってきたということだと思います。

ちなみにSE300はDSD256やDXDフォーマットも問題なく再生できます。サイトにはDSD256ネイティブと書いてありますが、どのようなD/A変換経路なのかの説明は見つかりませんでした。

デジタルフィルター

SE300はディスクリートR2Rということで、オーバーサンプリングを一切行わないNOS(ノンオーバーサンプリング)モードが選べるのもセールスポイントになっています。

NOSモード切り替え画面

NOSは、古き良きを愛するオーディオマニアの中で一部熱狂的なファンが存在するため、最新の高級据え置きDACとかでも稀にNOSタイプのものが存在します。

44.1kHz・16bitのサイン波をNOSモードで再生

同じ音源をオーバーサンプリングモードで再生

上のグラフはSE300で同じ波形ファイルをNOS・OSと切り替えてオシロで観測したものですが、これを見てもわかるように、デジタルにおける「原音忠実」という言葉の意味を考えた場合、現実の生楽器の波形を復元すべきなのか、それともデジタルで記録されたビットを正しく階段状に再現するのかで「原音」の解釈が分かれます。

とくにNOS直後に登場した90年代のオーバーサンプリングフィルターというと、前後のデータを参照してスムーズにつなげるだけの単純な処理だったので、NOSファンに言わせると、そのせいで時間軸がぼやけて音楽のインパクトが損なわれるという不満がありました。

簡単に言うなら、ファミコンのドット絵を4K液晶テレビでプレイしてみた人ならわかると思いますが、変にエッジが滲んでモーションブラーがかかったような処理(つまりオーバーサンプリングフィルター)が行われて、汚い映像になってしまいます。

そこで、ファミコンは昔のブラウン管テレビを使ってプレイするのがベストだと主張するマニアもいれば、最新の液晶モニターでもゲーム専用の特殊な等倍表示モード(つまりNOSモード)を搭載しているモデルを選んで使ったりします。

NOSとOSのどちらが原音忠実かというよりも、そもそも80年代初期のCDは、当時売っていたNOS式CDプレーヤーでの鳴り方を前提にプロデュースされていたのだから、それで聴くのがベストという考え方もあります。

世代や音楽の好みによって、それぞれ持論があると思いますが、最新のクラシック音楽とかは96kHz・24bitかそれ以上で録音される事が一般的になっているので、そもそも階段の段差が細かすぎてオーバサンプリングの意味も薄れてきます。

NOSの意味

余談になりますが、オーディオ初心者にとって、NOSというと「古い音楽を聴くのに適しているDAC」というイメージがなんとなく定着していると思いますが、実は事情がもうちょっと複雑なので、踏み込んで考える必要があります。

実際の80年代当時の高級CDプレーヤーを思い返してみると、まだオーバーサンプリングを行っておらずDACは確かにNOSでしたが、DAC後のライン出力回路を見ると、I/VやLPF、バッファーアンプやデカップリングなどで信号経路に電解コンなどを多用した、かなり凝ったアナログフィルター回路を導入しているモデルが多かったです。

つまりデジタルフィルターの代わりにアナログフィルターがその役目を果たしており、さらに、CDプレーヤーであれば22kHzが絶対的な上限なので、そこを目標にアグレッシブで独創的なフィルターを各社が導入していました。さらに、当時のアンプも22kHz以上の高周波に対応する必要が無かったので、こちらも内部回路的に可聴帯域ギリギリのフィルター設計を導入していることが多かったです。

90年代初頭にパイオニアやデンオンなどのCDプレーヤーが高周波を復元するようなフィルターを導入しはじめてから、アンプ側もその辺を意識するようになり、究極的には1999年SACDの到来とともに、100kHzまでリニアに対応できるオーディオシステムというのがセールスのキーワードとして主張されるようになり、その後ハイレゾの売り方に繋がっているわけです。

現在のDAPやDACの場合、192kHz/24bitやDXDに対応するため、D/A変換後のアナログ回路にCDのような22kHzでバッサリ切るアグレッシブなフィルターを導入できないので、44.1kHz・16bitの階段波形がカッチリと正確に通過してしまいます。そのためNOSだからといって古いCDプレーヤーと同じ効果は得られません。

もっと総合的に見ると、NOS DACを好んでいるレトロオーディオ愛好家は、ハイテクなDXD再生などにはあまり興味が無く、アンプを選ぶとすれば、真空管やトランス入力などの懐古的なモデルに興味を惹かれる傾向にあるため、そこでNOSに対応するようなアナログフィルター効果を得る事ができています。ところがDAPの場合はライン出力で別途ポタアンとかを通さないかぎり、そうはいかないのが難しいところです。

NOSとOS

参考までに、SE300で44.1kHz・16bitのパルス波形の音源を再生して、オーバーサンプリング(OS)とNOSモードでパルスの再現を確認してみました。

SE300はオーバーサンプリングフィルターは一種類しか選べず、前後対称の一般的なフィルターを採用しているのがわかります。せっかくFPGAを活用しているのですから、もうちょっと色々なフィルターを選べるようにしてもらいたかったです。

NOS支持者は、このような前後対象フィルターで発生するプリリンギングの滲みを問題視しているわけで、古いCDプレーヤーでは確かにそうでしたが、最近のFPGAによる高度なオーバーサンプリング演算なら、Chordなどがやっている長大タップの波形復元フィルターとかも容易に実現できるはずです。

クラスA・AB

余談になりますが、SE300はアンプのモード設定でクラスAを選ぶと非反転、クラスABでは反転アンプなのが面白いです。

ちなみに、位相反転によって音楽の鳴り方が変わるのかは諸説あり、議論の火種になるので深く追求しませんが、SE300のクラスA・AB切り替えで音質差が感じられるなら、位相反転による可能性も無視できないかもしれません。

入力信号に対して出力が反転か非反転かというのはメーカーや機器ごとにバラバラなので、どちらが正解というわけでもありません。音質を追求して設計した結果が反転アンプになったのなら、非反転にするためにわざわざもう一段余計な反転アンプを通すのでは本末転倒です。

位相は音質に影響しない派の主張としては、音波はそもそも連続した波なので、プラスとマイナスのどちらが先かは無関係だと言いますし、影響する派の主張としては、大太鼓の打撃音などでスピーカーコーンがまず前に押されるか後ろに引かれるかで体感する音圧が違うと言います。どのみち録音自体の位相もバラバラなので正解はありません。

出力

いつもどおり0dBFSの1kHzサイン波信号を再生しながら負荷を与えて、歪みはじめる(THD >1%)最大出力電圧を調べてみました。

バランス出力はシングルエンド出力の二倍、そしてクラスA・ABモード切り替えはアンプ出力には影響しない(つまり音質のみの変化)ということがわかります。

一応ライン出力モードもありますが、ソフトウェアによってボリュームが固定されるだけの機能なので割愛しました。

ちなみに以前SP3000ではライン出力モードにバグがあり、今回SE300でも同じバグを継承しているかと心配していたのですが、ちゃんと修正されており、SP3000の方も同時期にアップデートパッチで対策されたようです。

そのバグというのは、ライン出力モードで別のアプリに切り替えると(プレーヤーアプリからTidalに切り替えるなど)、ボリュームがヘッドホン出力を最大にした状態、つまりとんでもない爆音になってしまうというものでした。もしSP3000・SE300でこのようなバグ(ライン出力で使っていて音が歪むなど)に悩まされいるならアップデートをしてください。

他社のDAPとの比較は前回Hiby DAPで記載したので、今回は他のAK DAPと比較してみました。バランス出力で最大ゲインモードで測定したもので、SR35、SE300、SP3000の線がぴったり重なるので、アンプの基礎設計が同世代だということがわかります。それでも音質は全然違うので、アンプのパワー数値だけを見て音質の良し悪しを語るのは無理だということが伺えます。

KANN MAXはヘッドホンのインピーダンスが150Ω以上なら抜群の高出力を発揮してくれますが、それ以下だと非力であることがわかります。つまり使い分けが重要です。

それと比べて、最近登場したAK PA10ヘッドホンアンプは、私も購入して愛用していますが、低インピーダンス側の粘り強さは群を抜いて優れています。ではDAPだけで鳴らすよりもPA10を通した方が優秀なのかというと、たしかにPA10の筐体サイズを見れば、同じアンプ回路をDAPに詰め込むのは難しいとは思いますが、解像感などの面では、余計なアンプ回路を通さないだけDAP単体の方が優れていると思うので、こちらも使い分けが重要です。

さらに、最近流行りのUSBドングルDACの例として、4.4mmバランス出力のAK HC2も比べてみました。スマホのUSBバスパワーに依存するため、やはり最大出力も電圧ゲインも弱いです。それでも普通にイヤホンを鳴らすくらいなら全然不満を感じないので、それだけDAPが過剰スペックだとも言えます。

なんにせよ、現行AKラインナップを見ると、KANN MAXを例外として、DAPは基本的に同じパワー設計で、12万円のSR35と60万円のSP3000が音質でのみ勝負していると考えると面白いです。

SE300に戻って、同じテスト信号で無負荷時に1Vppにボリュームを合わせてから負荷を与えていったグラフです。

こちらでもクラスAとABモードで違いはありませんでしたが、バランス(実線)と比べてシングルエンド(破線)の方が定電圧を維持できています。出力インピーダンスを計算してみると1.4Ω・0.7Ωくらいなので、バランスでもそこまで大きな問題ではありません。

音質

SE300の音質について、まず第一印象からして結構ユニークな仕上がりです。スムーズでマイルドというか、これまでのAK DAPとは雰囲気が違い、とりわけ従来のSEシリーズDAPのサウンドとは方向性が異なるので、後継機として買い替えを検討している人は実際に試聴してみると驚くと思います。

また、外観は上位モデルSP3000とよく似ているものの、そのサウンドを継承した廉価版という感じでもないので、そのあたりも意外性があるDAPです。

UE Live

派手気味なイヤホンの方が良いです

旧作SE200ほどサウンドに鋭いエッジ感は無く、もっと軽やかで緩く柔軟な描き方です。SR35と比べても音像のクッキリ感というかインパクトがそこまで目立つわけでもありませんし、KANN MAXほど落ち着いたデスクトップ感もありません。R2R DACによる効果なのかは不明ですが、他のAKとは雰囲気が違うことは確かです。

私が普段使っているUE Liveイヤホンは重厚な鳴り方なので、SE300と合わせるとエッジやクリア感が不足している印象があり、悪くないですが、ちょっと緩すぎるかもしれません。逆にEmpire Earsなどもうちょっと派手気味なイヤホンの方が、SE300が良い感じに柔らかくまとめてくれるので相性が良いです。

ではSE300はR2Rっぽいのかというと、私の感想としてはそのようには感じません。何をもってR2Rぽいと言えるのか明確な定義はありませんし、意見も分かれるところだと思いますが、私にとって最近のディスクリートR2R搭載DAC機器に共通する音作りとして、80年代のCDプレーヤーのサウンドを彷彿とさせる印象があります。実際にR2R回路の性質がそうしているというよりも、むしろ意図的にそのようなチューニングを目指しているような感じです。

一方SE300はというと、もうちょっと後年の90年代前半、オーバーサンプリングR2Rから1bitデルタシグマへの境界線あたりのCDプレーヤーサウンドを連想します。しかも、マランツやソニーなど日本メーカーよりも、Meridianなど当時英国や欧州でライフスタイルなハイエンドシステムオーディオを作っていたメーカーの印象に近いです。他にはMicromegaとかArcamとかでしょうか。エレガントでコンパクト、良い意味で物量投入の正反対というか、蓋を開けてみると中身はスカスカなのに、なぜかチューニングの技工でスムーズで聴きやすいサウンドを奏でてくれる感じです。日本だと当時のヤマハとかがそれに近いです。

ようするに、いわゆるハイエンドオーディオと言われて我々が想像するような、解像感カリカリの情報量で圧倒するサウンドであったり、逆に重厚でツヤツヤな質感を生むサウンドとは違い、SE300はもっとスムーズで角の立たない不快感の少ないサウンドです。

R2Rでも性格が違います

同じくディスクリートR2R DACを搭載したHiby RS6と比較しても、サウンドの印象はむしろ正反対です。Hiby RS6はまさに古典的CDプレーヤーっぽい性質で、中低域の彫りが深い、一音ごとの厚みと豊かさを描くのが得意なDAPだと思うのですが、SE300は音楽全体の流れを妨げず、音像と背景の境界線がそこまで強調されず、雰囲気が掴みやすいDAPといった感じで、好みが大きく分かれます。

それでもR2Rっぽい共通点として思い浮かぶのは、音源の品質やフォーマットにそこまでシビアにならない、といったあたりで、特に44.1kHz・16bitのCD世代音源をメインに聴いているなら、どちらも相性が良いと思います。逆に言うと弱点も共通しており、つまりハイレゾPCMや高レートDSD楽曲を再生しても、あまりメリットが引き出せない印象です。

ハイレゾ再生になにか不具合があるというよりも、なんとなく44.1kHz・16bitと同じような素朴さみたいなものが感じられ、ハイレゾ音源のメリットである空間や空気の描写といったあたりの引き出しが弱いです。そのあたりはAK DAPでもSP3000が得意とする領域になるので、私みたいにクラシックのハイレゾ音源ばかり聴いているような人は、やはりSP3000が描く広大なスケール感の方に圧倒的な魅力を感じてしまいます。

逆にCD音源を聴くのであればSP3000では物足りなさが気になってしまうので、音源の品質やフォーマット次第ではむしろデメリットになる場合もあります。先ほどのテレビの例に戻ると、最新の4Kテレビでニンテンドースイッチをプレイしたときのような物足りなさです。

もうひとつ、SE300の特徴として感じたのは、古いアナログ録音のデジタルリマスターなど、アナログ的なノイズや歪みがある音源に関しては、そこまで美化してくれるわけではありません。R2RやNOSというキーワードにそういった効果を期待している人には、SE300はむしろ味付けが足りないようです。そのあたりはHiby RS6の方が上手いですし、もっと言うなら、CayinやL&P、iBassoなどの方が得意でしょう。SE300はNOSモードでもアンプが素直すぎるため、古典的なアンプのような複雑な倍音成分を追加したり位相をずらしたりなどの美音効果は得られません。

NOSとOSモード切り替えはやはり合わせる音源やイヤホン・ヘッドホン次第になるわけですが、効果は実感しやすいです。私の場合、SE300自体がかなりスムーズな傾向なので、NOSモードを選ぶことでもうちょっと刺激やエッジ感みたいなものが追加されて、ちょうどよい感じになります。今回の試聴でもNOSモードで聴く事の方が多かったのですが、カジュアルなリラックスBGM用途に使うならOSモードの方が良いので、その使い分けができるのはありがたいです。

私が普段使っているHiby RS6 DAPにもNOS・OS切り替え機能があるのですが、こちらはNOSにすると荒っぽすぎて、個人的にほとんど使う機会がありません。その点SE300の方が有効な使い分けができそうです。

アンプのクラスA・ABモードはNOS・OS切り替えほどの目立った違いは感じられませんでした。AK PA10ではクラスAバイアスを上げると音が鈍く厚くなりすぎて、あえて下げて使うことが多いのですが、SE300の場合はそこまで変化が無いというか、サラッと流れてしまいがちなサウンドにもうちょっと厚みを持たせるために、なんとなく感覚的にクラスAを選ぶことが多かったですが、ブラインドで比べろと言われてもわからない程度だと思います。

そのあたり、個人的にSE300が欲しいかというと微妙なところです。サウンドは魅力的で、これとって不具合も思い当たらないので、普段使いでも困る事は無いと思うのですが、かなりリラックス系の鳴り方なので、使い続けていると刺激を求めて飽きてくるかもという心配はつきまといます。

また、この価格帯なら、もうちょっとレファレンス的な汎用性も求めたくなります。その点はAK DAPが他社と比べて高めの価格設定であることも考慮しなければなりません。

何でもできる万能DAPだと期待するのではなく、AKにとってはあくまでアイデアを実証するためのSEシリーズであるという割り切りが肝心ですし、レファレンスを求めるならSP3000を視野に入れるべきです。ようするに、他のメーカーの30万円とAKの30万円では目指しているところが違うというわけです。

Dan Clark Audio Aeon Noir

Grado RS-2X

個人的にSE300の特徴が最大に引き出せると思えたのは、ヘッドホンを鳴らした時です。

ヘッドホンならKANN MAXを使うべきではというのも一理ありますが、近頃のヘッドホンは駆動能率が高く、インピーダンスも低いモデルが増えてきているため、SE300でもパワー不足は感じられません。

特に、最近広く浸透している平面駆動型のDan Clark AudioやHifimanなどは、平面ドライバーならではの高い解像感と細かな描写が得意なので、SE300の柔らかく流れるようなサウンドと絶妙な相乗効果が得られます。

また、平面ドライバーは最低音から最高音まで位相変動が少なく、広い帯域でリニアに鳴ってくれることが大きなメリットなので、そのあたりもSE300の素直な特性とマッチしています。R2Rに限らず、低音や高音の味付けが強いアンプだと、ダイナミック型ヘッドホンでは問題なくとも、平面ドライバーだと帯域ごとの空間位置の不具合がバレてしまいがちです。その点SE300で鳴らすと音響全体が素直な平面として描かれるため、違和感が少なく、聴き疲れしにくい、リラックスした音楽体験につながります。

同様に、Gradoのような完全開放の溌剌とした鳴り方のヘッドホンとの相性も良いです。SE300は中高域の質感を過度に持ち上げていないため、音量を上げていっても刺激的にならず、かといって高音がロールオフされているわけでもなく、中域から最高域まで直線的に伸びていく感覚があります。Grado以外にもオーテクやゼンハイザーなどの開放型ヘッドホンを持っていて、据え置きアンプと比べてDAPだと上手く鳴らせないという経験がある人は、SE300と合わせてみる価値があると思います。

UE Premier

UM MEST Mk II

同じような理由から、今回SE300を試聴しているあいだ、ここ最近で上手く鳴らすのに苦労したイヤホンをあれこれ試してみるのが面白かったです。

UE PremierやUM MEST Mk IIなど、凄いイヤホンであることは理解していても、合わせる機器との相性で悩まされることが多かったモデルが、SE300だと大概上手くいきます。これらイヤホンのポテンシャルを最大限まで引き出してくれる、というわけではありませんが、サウンドが破綻して不快になる境界線の内側に留まるようにDAPが上手いこと収めてくれているようで、どんな楽曲を聴いてもそこそこ良い感じに鳴ってくれます。

そんなわけで、第一印象ではちょっとカジュアルすぎるかと思えたSE300も、だんだんと独自のメリットが伝わってくるようになってくると、あらためてヤマハやアーカムなどのオーディオブランドと似ているという考えが頭に浮かびました。

これらのメーカーというと、特に90年代当時はいわゆるライフスタイル系のイメージがあり、ハイエンドなピュアオーディオマニアよりも音楽家や楽器演奏者に好評だった記憶があります。私の勝手な解釈として、ピュア系とライフスタイル系オーディオの決定的な違いは、買った後に悩む必要があるかどうか、だと思います。

ペアリングの相性はもちろんのこと、設置場所やケーブルなどで悩むのもオーディオ趣味の醍醐味だと思いますが、全員がそれに興味があるわけではありません。むしろ適当にそのへんの棚に置いて、どんなジャンルの音楽でどんなスピーカーを繋げても良い音で鳴ってくれる製品の方が気が楽ですし、多くの人に勧めやすいです。

SE300もそんな感じで、ひとまず手持ちのイヤホン・ヘッドホンが何であれ、落ち着いた良い感じに鳴ってくれますし、それらの個性を上塗りするほどクセが強いわけでもないので、後日イヤホンをアップグレードする際にも、違いは十分に伝わってくると思います。

これまでのAK SEシリーズというと、DACチップやアンプを切り替えて聴き比べるなど、もうちょっとDAPそのもののサウンドを吟味するようなスタイルでしたが、それらと比べるとSE300の場合は、ピュア系のSP3000に対する、もっとイヤホンや音源を含めたシステム全体の扱いやすさが魅力になっています。

おわりに

AK初のR2R DAC搭載機ということで、どんなものかと気になっていたSE300ですが、いざ聴いてみると、良い意味でAKらしくもR2Rらしくもないユニークなサウンドでした。

ハイエンドな絶対性能を求めるという感じではありませんが、ストレスなく聴きやすいサウンドは最近のDAPでは珍しい傾向なので、こういうのを求めていた人も多いのではないでしょうか。単純にR2Rだからとう物珍しさだけで評価するのはもったいないです。少なくとも不具合や機能上の問題などは無く、言われなければ自社製DACだと気が付かないくらいです。

ただし30万円の価格帯となると、もうちょっとカチッとした分析力を求めている人もいると思いますし、その点現在のAKラインナップでは60万円のSP3000にたどり着くまで大きな隔たりがあります。以前はこの価格帯にSP1000の弟分のSP1000Mというのがあったりして、そこそこ好評だったように思いますが、SE300はその役目にはありません。

今回はSE300のほかにも、Hiby R6PRO IIやFiio M15Sを試聴してみたわけですが、総じて言えるのは、DAP市場が成熟し、ユーザーが経験豊富になり、普段使いに求めているものが定まってきたおかげか、見掛け倒しのパワーやS/N比などのスペック競争は一旦落ち着いてきたようです。

メーカー側としても、そのような普段の音楽鑑賞に寄り添うようなモデルが増えてきたようで、SE300はまさにそのような新世代を象徴するようなモデルだと思いました。

続けて次回はFiio M15Sを試聴してみます。