2023年10月19日木曜日

QDC Superior, Folk, Tiger, Anole V14 イヤホンの試聴レビュー

QDCの現行イヤホンの中から面白そうな四機種をまとめて試聴できる機会に恵まれたので、感想とかを書いておきます。

QDC Superior, Folk, Tiger, Anole V14

一万円台の新作エントリーモデルSuperiorから、Folk、Tiger、そして40万円のAnole V14に至る幅広いラインナップの中で、それぞれの音質差やQDCというメーカー全体の特徴などを探ってみたいと思います。

QDC

私にとってQDCというのは長らく謎に包まれた存在です。中国のイヤホンメーカーで、かなり昔からハイエンドに君臨している由緒正しいブランドだという事は知っていましたが、これまでなかなかじっくりと試聴する機会にも恵まれず、若干敬遠してきた感じもあります。

その理由としては、QDCの主なマーケットはプロミュージシャンがステージで使うような、自分の耳型で特注するカスタムIEMイヤホンであって、我々コンシューマーが普段使っているシリコンイヤピースのユニバーサル型イヤホンはそこまで積極的に作っていないようなイメージがあったからです。

実際のところQDCのカスタムは中国の方では歌手などトップアーティストに絶大なシェアを得ているようで、つまりプロ界隈では米国のUltimate Earsと対をなすような存在です。

そんなわけで「せっかくQDCを聴くのなら、やっぱりカスタムだろう」という先入観が邪魔をして、店頭でユニバーサル試聴機を聴く機会があっても、なんとなく「カスタムを作りたい人のためのデモ機」みたいなイメージがあり、そこまで熱心になれなかったわけです。

QDC Superior, Folk, Tiger, Anole V14

幸い今回QDCのユニバーサル型イヤホンを四種類借りる機会があり、ようやくじっくりとサウンドを探る事ができました。今回試聴したのはSuperior、Folk、Tiger、Anole V14という代表的な四種ですが、他にも色々なモデルが存在します。サファイアが散りばめられた195万円の「Blue Dragon」はさすがに借りませんでしたが、欲しい人にはそういうのもあります。

QDC Superior

Superiorは2023年7月に登場したばかりの新作で、シングルダイナミック型で15,000円弱というエントリーモデルです。QDCはカスタムIEMメーカーということもあり高価格帯がメインだったので、初の低価格入門モデルということで注目を集めており、安くてもQDCの名前にふさわしいサウンドなのか気になります。

QDC Folk

Folk(Hybrid Folk-S)は6万円台の中堅モデルなのですが、ダイナミック・BA・平面型という三種類のドライバーをそれぞれ一基づつ搭載した異色の構成です。モデル名やウッド調のデザインからも想像できるようにフォークミュージックを意識したサウンドのようです。

QDC Tiger

Tigerは一気に25万円になり、6×BAと2×EST(静電ドライバー)という本格的なモデルです。近頃は中国メーカーを中心にスーパーツィーター的な感覚のEST搭載機がずいぶん増えてきましたね。さらにTigerはチタン製の金属シェルを採用しているあたりもユニークです。

Anole V14

Anole V14は約40万円で、名前のとおり10×BAと4×ESTで合計14基のドライバーを詰め込んだ超高級機です。4WAYクロスオーバーを採用、本体上部に4つのディップスイッチがあり、好みのサウンドに調整できるなど、さすが価格相応に凄いモデルです。

Anoleというのはシリーズ名になっており、ドライバー数でAnole V3、V6、VX(V10)、そして今回のV14が最上位ということです。ちなみにTigerもAnoleシリーズの開発から発生したモデルだそうです。

そんなわけで、今回試聴した四機種はそれぞれ価格帯が相当離れているため、各自どれを買うかは予算でおのずと決まると思いますが、この手のIEMイヤホンの価格は基本的にドライバー数に比例するため、一番高価なモデルが必ずしも一番自分の好みに合うサウンドである保証はありません。そのため値段に惑わされず色々と試聴してみることが肝心です。

ちなみにドライバー数に比例するというのは、単純にドライバーの単価が加算されるというわけではなく、数が増えることで音質設計が柔軟になる一方で、クロスオーバー回路や音響的に正しい空間配置などがどんどん複雑化していくため、それらの開発努力を含めた上で高価になってしまうようです。単純にドライバーの数を倍増しただけで音質が二倍良くなるわけではありません。

デザイン

ユニバーサルタイプでもカスタムに寄せたシェルデザインになっており、見るからにフィット感が良さそうです。プロ向けに多数のカスタムIEMを作ってきたメーカーだけあって、幅広い耳形状にフィットしやすいデザインをユニバーサル版でも実現できていると思います。

どのモデルもシェル形状はほぼ一緒で、上級機になるにつれて厚みと重みが増すような感じです。

形状はほぼ同じです

厚さが若干違います

UE Live、Moondrop S8、QDC Folk

上のUE・Moondropとの比較写真を見てもわかるように、シェル形状に関してはメーカーごとに結構違うので、ユニバーサルといっても普遍的な正解は無いのでしょう。やはり店頭でテストするのが肝心です。

実際に装着してみると、この手のIEMに慣れている人ならきっと不満がないであろう標準的な形状だと思いました。耳穴の上の羽みたいな突起部分が他社よりも飛び出しているため、私の耳だとノズルがグッと奥に入る前に突起がぶつかる感じがあります。横になって枕に押し付けるとノズルよりもこちらのほうが押されるのが気になりましたが、しっかりしたホールド感を維持するために肝心な部分なので、上の写真のMoondropくらい無いとグラグラしますし、なかなか難しいところです。

ノズルはUEと比べると若干短いため、あまり深く耳奥まで挿入しません。Unique Melodyとかと似たような感じです。ノズルの奥行きが短いほどイヤピースは大きいものが必要になるので、私の耳でAzla Crystalシリコンを使った場合は、UEならS~MSで、QDCはMoondropやUMと同じMS~Mくらいでした。

装着時にシェルが耳に密着する状態で、耳穴内部にイヤピースがホールドするのが理想的です。イヤピースが小さすぎて隙間ができると音が軽くスカスカになってしまいますし、逆にシェル本体が耳から浮いてしまうくらい大きなイヤピースだと低音の濁った響きが増してしまいます。

着脱式コネクター

ケーブル

ケーブルは一番安いSuperiorのみ3.5mmストレートプラグ(4.4mmバランスケーブルも売っています)、他のモデルは付属の3.5mm・2.5mm・4.4mmを自由に交換できる独自コネクター仕様になっています。ちなみにTigerとAnole V14はコネクターが共通しており、LEMOのようにパチンとロックするタイプなのですが、Folkのだけは圧入するタイプで、形状も互換性がありません。コストの差でしょうか。

ケーブル線材

高級IEMイヤホンというと、どのみち社外高級ケーブルに買い替えるのだからと割り切ってショボいケーブルを付属しているメーカーが多いのですが、QDCはかなり実用的なケーブルを付属してくれています。モデルごとに線材を変えているあたりを見ても、チューニングの一環としてこだわりがあるのでしょう。

最上級のAnole V14は一番太いケーブルですが、これが意外と柔軟でサラッとしたロープのような手触りなので、とても扱いやすく良好です。Tigerの銅と銀をミックスしたケーブルはAnole V14のものと質感がよく似ており、線材の本数を減らしただけのような感じがします。SuperiorとFolkは値段相応によく見るタイプのケーブルですが、これといって使い勝手に不満はありません。

QDC端子

QDCのイヤホン自体は見たことがなくても「QDCタイプ」のケーブル端子は聞いたことがある人が多いかもしれません。2PINタイプと似ており、プロ用ということで周囲がプラスチックのガードで囲われているしっかりしたデザインです。

一般的な2PINケーブルと互換性があるように見えますが、大抵の2PINケーブルのピン径が0.78mmなのに対してQDCのピンは0.75mmなので、つまり社外品2PINケーブルを使おうとしてもピンがギリギリ太すぎて穴に入りません。無理やり押し込めば入ると言う人もいるものの、穴径が広がってしまうため、以後QDCケーブルに戻したら接触不良を起こしてしまいます。

UEやWestoneがIPXコネクターを採用しているように、プロ用イヤホンメーカーとなると、安価で信頼性が低い2PINやMMCX端子ではなく特殊なコネクターを選んでいる事が多いため、コンシューマー向けブランドでケーブル交換を楽しんでいる人にとっては手が出しにくい理由になっています。

QDCの場合、低価格なSuperiorのみ初心者でも社外ケーブル交換の効果を実践できるよう、あえてQDCタイプではなくて一般的な0.78mmの2PIN端子を採用しています。

一万円台としてはずいぶん綺麗です

Superiorのみ一般的な2ピン端子

収納ケースも嬉しいです

個々のモデルデザインを確認してみると、一番安いSuperiorも値段以上に綺麗に仕上がっています。金色のロゴとクリアコートが立体的に浮き上がるような効果があり、光の反射を有効に活用して、単なる黒一色ではない深みのあるガラス細工のような透明感を演出しています。(赤色バージョンも売ってます)。

さらにノズル部分も一体成型ではなく、しっかりと金属チューブとメッシュを採用しているのもコストがかかっている事が伺えます。

付属品でしっかりしたジッパーケースが同梱されているのは個人的に大変うれしいです。レザーポーチとかよりも断然使いやすいですし、こういうのを別で買うと意外と高いので、それも含めてコストパフォーマンスが高いです。

ウッドは高級感があります

Folkのパッケージ

Folkは名前のとおりフォークミュージックをイメージしているのか、ウッドパネルに楓のロゴであったり、オレンジ色の透明なシェルは樹液や琥珀を連想させるような、全体的にナチュラルでクラシックなイメージを彷彿とさせます。

ウッドパネルというと、普通カスタムIEMなら追加料金を払うような特殊素材になるわけで、6万円台でありながら一見ずいぶんハイエンドなイヤホンのようですし、こちらもノズルにはしっかりした金属部品を採用しており、かなり本格的な作りです。

さらに、本体デザインだけでなくパッケージも木箱を採用して、全体的にクラシックでノスタルジックな雰囲気を演出しているあたりも好感が持てます。

金色が眩しいです

Tigerのパッケージ

Tigerはずいぶん奇抜というか、一番好みが分かれるデザインかもしれません。チタンハウジングのマットグレーな外装はひんやりとクールな感触があるのですが、虎模様の隙間から金色が派手に輝くので、光の加減によってはかなり眩しいです。ゴミが溜まるのでクリーニングも欠かせません。

こちらはシェル全体が金属なので、ノズル部品は一体型になっているものの、フィット感は他のモデルとほとんど変わりません。

この値段になると、パッケージや付属収納ケースもかなり高級品らしいデザインになります。

ちなみにTigerには日本限定300台のWhite Tigerというバリエーションモデルが存在するのですが、そちらはサウンドからシェルデザインまで作り直しているので、全くの別物と考えた方が良さそうです。

Anole V14パッケージ

Anole V14付属ケース

値段相応に凄い作り込みです

Anole V14は、ウェブサイトの写真で見た時は普通というか、正直たいしたことないと思っていたのですが、いざ実物を手にすると作りの良さに驚きました。他社の高級イヤホンと比べても、素材や表面処理の質感などはトップクラスに優秀です。これまでのAnoleはV3とかV6のロゴが正直ダサいと思っていたので(カスタムだと消せるので、そちらに誘導するためでしょうか・・・)、今回V14だけカッコいいのは意外です。

黒い鉱石の断面標本のようなプレートに、金色のトリミングやロゴの埋め込みが丁寧に施されており、高級感がありながら落ち着いて、あまりメカメカしくもなく、誰の目からも高級だとわかるものの、成金趣味っぽくないのも良いです。

蓄光もかなり綺麗です

Anole V14は蓄光素材だということはサイトの情報で読んだものの忘れていたところ、部屋の電気を消したらものすごく綺麗に発光したので、さらに驚かされました。あまり長くは持続しませんが、まるで博物館にある蛍光鉱石の展示みたいに光ってくれます。

インピーダンス

再生周波数に対するインピーダンスを測ってみました。

モデルごとに挙動がかなり違うのがわかります。公式のインピーダンス、たとえばTigerのスペック表に15Ωと書いてあるのは1kHzでの数値であって、搭載ドライバー数やクロスオーバー回路設計によって大きく変動しているので、たとえばFolkとTigerのどちらもスペックでは15Ωでも、電気的な挙動、つまりアンプへの要求は異なります。

とくにTigerは超高音のインピーダンスが極端に下がるため、アンプの特性によってはかなり苦労するかもしれません。20kHz以上の人間の可聴帯域外なら無視できると思っている人もいるかもしれませんが、アンプにとっては負荷になるので、たとえばDSDファイルを再生する場合など、DACやアンプがしっかりローパスしていないと相当なパワーを消費して、可聴帯域の挙動に影響を及ぼします。

それらと比べると、Superiorはシングルダイナミック型だけあって、インピーダンスがスペックどおりの16Ω付近で一定に保たれているため、このあたりもエントリーモデルとして駆動が容易な設計になっているのは嬉しいです。つまりそこまで優れていないアンプで鳴らしても、周波数特性などが大きく変わらないという事です。

Anole V14のマイクロスイッチ

スイッチ変更時のインピーダンス

Anole V14のみ本体上部に四つのマイクロスイッチが用意されており、説明書によると、全てオフの状態がスタンダードで、音楽ジャンルによって何通りかの組み合わせが紹介されています。

  • Pop [1111]
  • Classical [0011]
  • Rap/Rock [1001]
  • ACG [0110]
  • Overtone [0001]
  • Standard [0000]

ということで、説明書に書いてあるとおりにスイッチをあわせると、インピーダンスは上のグラフのように大きく変化します。

これは音量のグラフではないので注意してください。優秀な定電圧アンプであれば、インピーダンスが下がれば電流が増えるので、全体の周波数バランスもそちらに傾きます。ちなみにAnole V14公式スペックのインピーダンスが12~20Ωと書いてあるのは、PopとACGのグラフを見るとわかるように、スイッチ2で1kHzのインピーダンスが12Ωに下がるからです。さらに超高域もTigerのようにインピーダンスが一気に下がります。

音質とか

今回は四種類のイヤホンを二週間にわたりじっくり聴き比べてみたわけですが、それぞれの感想を書くにあたって、ひとまず値段が高い方から順番に紹介していこうと思います。

値段が安い方から始めてしまうと、上位モデルに移るごとに音が良くなっていくのは当たり前すぎて面白くないので、あえて最上位のサウンドを把握した上で、値段が下がるにつれてどのような部分に弱点や不具合が生まれてくるのかを確認してみたいです。

ちなみにイヤピースは主にAzla Crystalを使いました。QDCは一般的なノズルサイズなので、ほとんどのイヤピースに対応できると思います。

Anole V14 & AK SP1000

そんなわけで、まずはAnole V14からになりますが、このイヤホンは相当凄いです。

これまで各社から40万円クラスのイヤホンも色々と聴いてきた中でも、Anole V14はプロモニター的な解像感と安定感を高次元で実現したサウンドで、どんな音楽でも確実に鳴らしてくれるという信頼感が圧倒的に高いです。

予算度外視で、マルチドライバーでとにかく高性能なイヤホンはと尋ねられたら、私ならAnole V14は最優秀候補の一つとして勧めると思います。

普段使っているHiby RS6ではDAPの方の限界を感じてしまったので、あえて高解像な描写が得意なAK SP1000 DAPで鳴らしてみることにしました。(SP1000は2.5mm端子なので、こういう時にケーブルのコネクターを付け替えられるのは便利です)。

SP1000は世代が古いこともあってアンプの出力が弱いので、今となっては汎用性がそこまで高くないDAPなのですが、Anole V14のようにインピーダンスが比較的高めなイヤホンであれば相性が抜群に良いです(V14のスイッチがPopやACGだと厳しいかもしれませんが)。

ちなみにスイッチは主にスタンダード(0000)で使いました。色々なモードを試してみたところ、EQ的な効果と合わせて音像の相対距離みたいなものも結構変わるので、実験してみると面白いですし、高価なイヤホンなので、費用対効果というか、一台で多くのバリエーションが楽しめるのも嬉しいです。

Anole V14の凄さが明確に実感できるアルバムとして、BISレーベルから新譜でBrautigamによるフォルテピアノでのシューベルト即興曲集をおすすめしたいです。(余談になりますが、先日BISがアップルに買収されたというニュースを見てショックを受けました・・・)。

クラシック音楽のファンでも、古楽器・ピリオド楽器の録音はそこまで乗り気ではない人が結構多いように思います。私の勝手な主張ですが、その理由の一つとして、聴いているオーディオ機器の性能が不十分という可能性が案外あるように思います。実際の生演奏を体験したことがないと、自宅のオーディオでの鳴り方のみで「そういうものだ」と錯覚して、本来のポテンシャルを引き出せていないこと自体に気づいていないかもしれません。

グランドピアノのように千人規模のコンサートホールを埋め尽くすパワフルな楽器であれば、大概のオーディオ機器で迫力のあるサウンドが体感できるのですが、当時シューベルトが小さなサロンで演奏していたようなグラーフのフォルテピアノでは、小音量で細かなタッチやニュアンスといった部分に魅力が秘められており、オーディオでの再現が難しいのと同時に、イヤホンごとに鳴り方が意外なほどに変わるので、聴き比べに最適なアルバムです。


このアルバムをAnole V14で聴いてみると、まず質感の豊かさに惹きつけられます。一音ごとの鍵盤のタッチから弦を叩くハンマーのアクションまでの僅かな瞬間に多彩な音色が込められており、注意深く聴けば聴くほど情報が引き出せます。つまりアタックの刺激などの特定の要素で音を塗りつぶすのではなく、時間経過とともに移り変わる音色がタイムラインのように手に取るように伝わってきます。

これは楽器を構成する全ての帯域のタイミングが縦の線で揃っており、余計に響かせず、引き際が素早いという事だと思います。各ドライバーのノズル長さを調整して出音タイミングを揃えるのはよくある手法ですが、それだけでは音の減衰する速さまでは揃えることはできません。多くの場合、特定のドライバーだけ響きが長続きして統一感が損なわれてしまうわけです。しかしAnole V14ではそのあたりの問題が一切感じられません。

そんなAnole V14のサウンドは端的に言えば「スピード感」があると言えます。スピード感というとエッジが強調されたシビアなサウンドを想像するかもしれませんが、本来のスピード感というのは、たとえば高フレームレートのハイスピードカメラ映像、もしくは高リフレッシュレートのゲーミングモニターみたいな体験の事です。それらでも全帯域が揃っているというのは珍しく、たとえば光学系やセンサーの事情から赤色(つまり特定の波長)だけ滲んで残像が起きてしまうなんて事があります。Anole V14ではそれが無く、どのタイミングで切り出しても正確な描写をしているため、シビアなエッジ感ではなく、より自然で表情豊かなサウンドが楽しめるわけです。

さらに映像を例に挙げると、たとえば高性能なビデオカードを買ったとしても、色域が狭くHDRや高フレームレート非対応のテレビに接続していては宝の持ち腐れです。Anole V14はAK SP1000やSP3000で鳴らしても、DAPとイヤホンのどちらかがボトルネックになっている感覚が無く、もっと優れたアンプ(そんなものがあるとすれば)で鳴らしたらどうなるのかというポテンシャルの高さすら感じさせてくれます。

全体的なサウンド傾向は派手なクリア感とは真逆の、静寂の中に点在する音を表すのが得意な、まるで静かな五月雨のような感覚でしょうか。全体の雰囲気には統一感があり、しかも雨粒の一つ一つを精密に解像している感じです。

このクラスの高級イヤホンとなると、マルチドライバーとシングルダイナミックのどちらも凄いモデルが存在しているので、何を持ってして良いと言えるのか、なかなか悩ましいところです。

私自身はダイナミック型が結構好きで、たとえばDita Perpetuaのような、遠い音像が広大な響きに包まれている臨場感に魅力を感じますが、そのあたりはAnole V14は得意ではありません。また、低音の量感や音圧といった部分もダイナミック型の方が得意なので、Anole V14は大迫力を求めている人には物足りないかもしれません。逆に言うと山や谷が少ないため音楽ジャンルの相性問題は起こりにくいです。

迫力のある臨場感とは対称的に、Anole V14は目前のキャンバスに精密な音像のスケッチを描き、複雑に積み重なった演奏でも、一つの音が別の音の邪魔にならず、そこから響きが遠くへと拡散していく感覚なので、正しく設置されたニアフィールドモニタースピーカーの描写に近いです。

つまりオケならスポットマイクを何本どこに置いているのか、試聴に使ったフォルテピアノ演奏なら、奏者と椅子、弦とハンマー、響版とフレームといった音源要素が想像でき、そこから時間経過で空間へ広がる様子が伝わってきます。

低音の方まで膨らまずリニアに描けているあたりは、むしろブックシェルフのモニタースピーカーよりも観察力は優れているかもしれません。ニアフィールドスピーカーを組む際に、毎回サブウーファーを入れるかで悩み、どれを買ってどこに置くかでも悩むので、その苦労を考えるとAnole V14は一枚上手とも思えてきます。

UE Live

Vision Ears Phönix

ドライバー数が多いIEM比較ということで、私が普段使っているUE Liveや、高価なVision Ears Phönixと比べてみました。

これくらいのイヤホンになると、優劣よりも好みの差になるわけですが、この中でもやはりAnole V14が一番モニターらしいストレートな高解像サウンドです。

アメリカのUEとドイツのVE、どちらもプロ用カスタムIEMをメインで作っているメーカーなので、中国代表のQDCとの比較に最適だと思ったのですが、UE LiveとVE Phoenixは音楽鑑賞用の高級志向品としてのチューニングに結構寄せており、同社のプロ系ラインナップとはずいぶん毛色が違います。その点QDCのほうがもうちょっとプロシリーズのサウンドをハイエンドまで昇華させているようで、そもそものコンセプトの違いを実感します。

VE Phönixは中域重視で温厚に仕上げており、音楽の芯の良いところだけを存分に味わえるような作風です。帯域が狭いのではなく、魅せるべきとそうでないところを区別して、作品としての感性を高めるような、例えるならライカのカメラで撮影した作品のような、絶妙な色使いや明暗表現を、非現実的に陥らないギリギリのところで仕上げている感じです。

UE Liveは低音のダイナミックドライバーが強烈で、マルチBAの背景に、まるでアリーナ会場のような臨場感を生み出してくれます。ダイレクトな描写というよりは、名前のとおりライブ感やスピーカーを介した深い音響空間を狙っており、こちらもVE Phönixと同様に、根底にはプロモニターで培った優れた広帯域サウンドがあり、そこにあえてエッセンスを加えることで地味な楽曲でも楽しめるよう仕立ててくれます。

他にも64AudioやEmpire Earsなどプロ用カスタムを作っているメーカーを聴いてみても、やはりコンシューマー向けの上級機になると、あえてモニター調から離れて、(たぶん開発者の)趣味全開のサウンドに変貌しているケースが多く、高価格なモデルでも薦めにくくなります。その点QDCはモニターを極めて、普段の音楽鑑賞でも音源に秘められた魅力を引き出し、まるで超高解像映像のように、思わず没頭して魅入ってしまうポテンシャルの高さを提供してくれるので、そのおかげで多くの人に薦めやすいイヤホンに仕上がっています。

Tiger & Hiby RS6

続いてTigerですが、こちらはHiby RS6で鳴らした方が相性が良かったです。

Anole V14からドライバー数が減ったような内部構成ですが、多分チタンシェルが影響を及ぼすようで、V14よりも金属的で明るいサウンドです。そのためR2R DACを搭載したHiby RS6の厚みのある鳴らし方の方が、クリーンなAK SP1000・SP3000よりも調和がとれるのかもしれません。

金属的といっても、アルミや真鍮などで想像するようなキンキン響いたりアタックが耳に刺さるような悪印象ではなく、もうちょっとスピードが速い、ガラスのような透明感があり、素早く減衰するタイプです。

Anole V14と同じようにスピード感を大事にしており、どの帯域もピッタリと息が揃っているあたりはQDCサウンドの特徴なのでしょう。ドライバーごとのタイミング差はもちろんのこと、金属ハウジングの響きの遅れも目立ちません。こちらもダイナミックドライバーを搭載しておらず、結構スリムなので、EDMなど打ち込み音楽では物足りなく感じます。

Tigerの特徴が実感できるアルバムとして、Eratoレーベルから新譜でLemieuxのフランス歌曲集をおすすめします。

Naiveレーベルの頃からファンだった歌手なので、Eratoにて活躍しているのは嬉しいです。しかも今作はフランス管弦伴奏歌曲の代表作、オケは山田和樹が指揮するモンテカルロという最高の組み合わせです。

このアルバムがなぜTigerとの相性が良いのかというと、ラヴェルはもちろんのこと、ベルリオーズもサン・サーンスもフワフワした淡い録り方で、まさにフランスらしい雰囲気が出ていると思うのですが、オーディオファイル的にはちょっと物足りません。

ポップスのように歌手の帯域だけ伴奏の穴を空けているわけではないので、オケがかぶって不明瞭になることがあり、下手なイヤホンだと風呂場で鳴っているような響きになってしまいます。

そこでTigerで鳴らしてみると、歌手やヴァイオリンセクションに鮮やかさが加わって、背景のふわっとした響きから一歩手前に浮き出してくれます。美音系というほど響きを加えるのではなく、メリハリのコントラストを強調してくれるため、モニター調の鳴り方からは離れていません。スピーカーに例えるなら、古典的なJBLを音楽鑑賞用に活用している人が多いように、正確な描写と爽快な音抜けの良さが両立できています。

Anole V14の方がオケの各楽器の役割やアンサンブルの細部まで展開してくれるので、楽譜を片手に没頭するなら良いのですが、良い雰囲気の中で美しい歌声を楽しむならTigerの方が断然良いです。

他にも、たとえばECMレーベルのアルバムのように霧がかったような厚い残響に包まれた録音であったり、日本のVenusレーベルのようにこってり甘めの作風でも、Tigerなら鮮やかに慣らしてくれます。プレゼンス帯はあまり強調しないので、耳障りなザラザラした粗っぽさや、圧縮音源の高音の濁りなどはそこまで気にすることなく、録音品質に神経質にならず、古い楽曲でも存分に楽しめます。

そんな鮮明な鳴り方が魅力的なTigerですが、それが逆に短所としても挙げられます。刺さって耳障りになるというわけではないので、そのあたりはしっかり価格相応の優秀な仕上がりです。Tigerの短所というのは、チタンシェルかESTドライバーか何が原因なのかはわかりませんが、常に最高音が綺麗に盛られているように感じる事です。

高音に明らかな上限が感じられる録音でも、Tigerではそれを超えたあたりまで拡張してくれている感じがします。たとえばソニーのDSEEのような効果でしょうか。DSEEならDSPなので任意でオフにできるところ、Tigerの場合は物理的な効果なので常に介在しています。

結果的に悪い効果ではないのですが、どの程度までが実際の音源に含まれているか気になってしまうため、Anole V14がモニター系のフラッグシップで、TigerはHi-Fi向けの発生モデルだという使い分けにも納得できてしまいます。Anoleを聴いてみて、実直すぎて面白みが足りない、でもQDCのタイミングやスピード感の良さは捨てがたいと思っている人なら、Tigerを試してみる価値はあると思います。Anole V14の性能をコストカットした廉価版ではなく、独自のサウンドを提示してくれる面白いイヤホンです。

TigerにV14用ケーブルを装着

付属ケーブルの差がどれくらいサウンドに影響を与えるのか気になり、TigerにAnole V14のケーブルを装着して聴いてみたところ、鳴り方が意外と大きく変わります。

Anole V14用ケーブルの方が奥行きや空気感の広がりが増す一方で、楽器の音色そのものは硬くなる傾向にあります。硬いというのはシャープになるのではなく、一音ごとに大理石に刻んだかのような不動の実在感、つまり立ち上がりや引きのコントロールが的確になる感じです。

この方がモニターっぽさは増す一方で、Tiger独自の明るいサウンドの魅力は若干損なわれるため、どちらが良いかは好みが分かれるものの、個人的にはこちらの方がTigerをAnoleに寄せる感じがするので好みに合います。

Folk & Hiby RS6 + AK PA10

続いてFolkに移ります。これは今回試聴した四種類の中でもサウンドの個性が一番強く、高音寄りで中低音が薄味なので、もうちょっと濃さを出すためにHiby RS6からAK PA10アンプを通して鳴らすのが良かったです。そうすることでFolkの魅力がもっと低い帯域まで持続してくれます。

スマホ用ドングルDACなどスッキリ系の機器を使っているなら、そのままで鳴らすよりもPA10のようなブースターアンプ(いわゆるアナログポタアン)を挟んだ方が断然良いです。ノイズが許容できるなら真空管アンプとかも相性が良いかもしれません。

Edouard Pennes「Generation Django」はFolkの魅力を実感するのに最適なアルバムです。

ジャケット写真そのままのような、コントラバスのリーダーにギターが四本、クラリネット、弦楽四重奏団という忙しいユニットが楽しげにセッションを繰り広げるアルバムです。生楽器の奔放な魅力が詰まっており、特に高音側はまるで競い合うように楽器が入り乱れ、表現豊かに鳴らし切るにはオーディオ機器の性能が問われます。

これまで聴いてきたAnole V14とTigerのどちらも基本的にはモニター系のカッチリした鳴り方で、響き(つまり時間軸)の味付けがほどんどありませんでしたが、それらと比べてFolkは中高音に美しい煌めきが乗っており、楽器の音色を引き立ててくれる独自の魅力があります。

フェイスプレートは音質に直接影響は無いだろうと頭でわかっていても、ウッドパネルのおかげかと思えてしまうくらい、クラリネット、ギター、ヴァイオリンと、どの高音楽器とも相性が良いので、女性ボーカルなんかも声の美しさを倍増してくれそうです。

そんなFolkのサウンドは一昔前のCampfire Audio Andromedaとかの用途に近いです。そこへ「ダイナミック+BA+平面振動板」という最先端のハイブリッド構成のおかげで、従来のマルチBA型っぽい音色から脱却して表現の幅が広がっており、時代の変化を実感させてくれます。

Tigerの方が高価なだけあって、複雑なオーケストラや空間をバランスよく再生できるモニター系を土台にしたサウンドでしたが、Folkはもっと主役歌手や楽器そのものにスポットを当てて、そこを美しく楽しむのに特化しているあたり、値段が安くても、その価格帯でできる独自の魅力を追求しているのが伝わります。

響きを乗せるというのはなかなか難しいもので、最初のうちは良くても、長く使っていると一辺倒な過剰演出に飽きてしまうリスクがあるわけですが、その点Folkは楽器の音色と拡散する空気感が混じり合う帯域を綺麗に響かせて、鮮やかさとヌケの良さを絶妙なバランスで両立できています。慣れるまではスッキリしすぎて物足りなく感じるかもしれませんが、じっくり聴いてみると実は個々の音色が美しいことに気が付き、押し付けがましくないため長時間リラックスして楽しめます。

高音を派手に強調することでクリア感や解像感を演出しているイヤホンというのは他にもありますが、それらの多くは特定の高音周波数帯だけ持ち上げて、それよりも上の最高音が実は全然出ていない場合が多いです。ヴァイオリン奏者の息継ぎやギターの指板が擦れる音などディテールが強調されるため、まるで情報量が増したように錯覚するものの、実際それらは肝心の音色を妨げる邪魔な付帯音でしかなく、聴き疲れに繋がります。

その点Folkは、高音用に平面振動板を採用しているおかげか、かなり上の方まで綺麗に響いていくため、音色の質感とさらに上の空気感が無理なく両立できているあたりが優秀です。

低音側は、透明なシェルから中身を覗くと巨大なダイナミックドライバーが見えるので、強烈なV字のドンシャリかと想像していたところ、意外とそこまで主張が強くなく、むしろ控えめなチューニングに留めているところに驚きました。テクノやハウスなどで低音をドスドス体感するのには向いていないと思います。

色々な楽曲を聴いてみたところ、Folkの低音は、派手な楽曲でも歌手に被らないようなギリギリのところを狙っているような印象を受けます。歌をメインで楽しみたいのに、伴奏のベースやドラムの音圧が前に飛び出してくると邪魔になってしまうので、それらが空間的に安定した伴奏に留まってくれるくらいの絶妙なバランスです。

このあたりも、たとえばシングルBA型イヤホンみたいに低音がそもそも出せないというわけではなく、ダイナミックドライバーでいくらでも盛る事ができたのに、あえてこれくらいのバランスに仕上げているあたりにQDCのセンスを感じます。

ダイナミックドライバーを搭載しているだけあって、静かな環境でじっくり聴けば、かなり低い帯域まで無理なく鳴っているのがわかるのですが、たとえば屋外の騒音下で聴く場合は物足りないので、EQでもうちょっと中低音を持ち上げても良いかもしれません。低音が出せないイヤホンを無理やりブーストするのと違って、ポテンシャルはあるので持ち上げても破綻しづらいです。

Superior & AK SP3000

最後に、一番安いSuperiorです。シングルダイナミック型ということでインピーダンスも安定していますし、比較的太い鳴り方をしてくれるので、アンプ側はそこまでこだわる必要が無く、AK SP3000のような繊細で真面目なDAPの方が相性が良いです。

Superiorと釣り合う価格帯となると、下手に個性的なDAPよりもむしろ素直なUSBドングルDACで鳴らす方が良いと思います。

ACTレーベルから新譜でEmma Rawicz「Chroma」はSuperiorの魅力を実感するのに最適なアルバムです。

リーダーはロンドンを中心に活躍するサックス奏者、曲ごとにアップライトとエレキベースを使い分けるロックフュージョン系の作風で、かなりエネルギッシュな推進力のあるクインテット演奏です。激しいブロウとアンビエントな雰囲気が交差しており聴き応えがあります。


Superiorのサウンドについて、まず第一印象から「これは確かにQDCのサウンドだ」という感覚が持てました。Anoleシリーズと比べると大幅な価格差がありますし、しかもマルチBAではなくシングルダイナミックだというのに、明らかにQDCっぽいです。

その理由は、周波数チューニングを寄せているというのももちろんあると思いますが、それ以上に「可聴帯域全体における出音タイミングのズレがとても少ない」という点がQDCらしさを決定的にしているのだと思います。

さらにダイナミック型ということで低音がしっかり力強く鳴っており、その点では今回試聴した四機種の中でもエレキベースや打ち込みベースの重量感が一番体感できるモデルです。

試聴に使ったジャズのアルバムでは、ベースがリズムを先導して音楽全体を前へと押し進めており、バンドをまとめあげる要点となっています。多くのイヤホンでは、低音の迫力はあっても、タイミングが遅れて膨れ上がるような鳴り方になりがちです。音色だけを聴いている分には良いのですが、縦方向が不揃いになり、ジャズセッション特有の押し引きによる緩急と抑揚が伝わらず、退屈もしくは不快になってしまいます。

特定の低音周波数だけブーストして、キックドラムの50~80Hzくらいが強烈に盛り上がり、ベースギターの80~200Hzくらいは隠れて全然聴こえないなんてイヤホンも多い中で、Superiorはそのあたりの帯域が均一に再現されており、しかもタイミングが中高域とぴったり揃っているため、演奏の邪魔にならない素晴らしい低音表現です。

上級モデルと比べると、シングルダイナミック特有の「音色の繋がり」という感覚があり、これは長所とも短所ともとれます。マルチドライバーでは得られない体験なので、単純に安いイヤホンとして割り切れない独自の魅力がある一方で、ここから6万円台のFolkや他のマルチドライバー機種にアップグレードすることで何が得られるのかを知ることも重要です。

音色の繋がりというのは、演奏全体の質感が均一で、流れるような一連の描き方で、一音ごとの分解能は劣ります。一つのドライバーで全ての音波を発しているせいなのかもしれませんが、音と無音のメリハリが弱く、常に音が流れているような感覚があります。

普段の音楽鑑賞ではその方がスムーズでグルーヴ感が出るので良いのですが、たとえば静寂の中に無数の細かな音が浮き上がり、個々の音源の輪郭から残響までピンポイントで解像するといった芸当はSuperiorではできません。

やはり上級機と比べると、奥行方向のレイヤー感が表現できるほどの解像感を持ち合わせていないので、演奏は平面的になり、コンサートホールの奥の方まで見通せるスケール感を再現するのは不得意です。そこまで求めるならFolkやTigerでも困難で、Anole V14クラスか、シングルダイナミックでもゼンハイザーIE900とかDita Perpetuaなど数十万円の価格帯でようやく申し分ないと思えるレベルに達します。

しかし世の中そのような立体音響の音源ばかりではないので、普段聴いている音楽ジャンルによっては、高価なモデルよりもむしろSuperiorが一番楽しめるという人も案外多いかもしれません。もちろん価格差相応に劣る部分もありますが、それ以上に不具合が少ないため、普段使いに最適なイヤホンとして非常に優秀です。

Final A5000、Sennheiser IE600、QDC Superior、Shure SE215SP

個人的に好きなシングルダイナミック型イヤホンと並べてみると、Superiorは一回り大きい本格的IEMイヤホンのような存在感があります。

寝る時などカジュアルに使うには大きすぎるので向いていませんが、Anoleのような高級IEMイヤホンと同じ装着感が得られますし、内部の音響空間に余裕を持った設計ができるといった利点があります。

そんなSuperiorですが、上の写真のA5000やIE600と肩を並べるレベルに仕上がっており、他社の一万円台エントリーモデルのような派手なドンシャリで強調せずとも、本物を作ればわかってもらえるという自信が感じられます。

同じく一万円台で買えるSE215も悪くないですが、古いモデルということもあり、Superiorと比べるとダイナミックレンジが狭く、表面質感や帯域限界も粗っぽさが感じられる、ラジオやカセットテープで聴いているような素朴さがあります(むしろそれが情緒があって良いのですが)。その点Superiorを含めた他の三機種は、それぞれの個性はあるものの、音量の強弱によって表現力が損なわれず、再生周波数の限界に到達しても、詰まったようにカットされるのではなく綺麗に整えているあたりが聴きやすさに繋がります。

A5000はもうすこし透明感や自然な空気感をまろやかに伝えるあたりに重点を置いており、IE600はHD600のように古典的な開放型ヘッドホンのような繊細さが魅力的といった具合に、それぞれ個性がある一方で、SuperiorはむしろAnoleを筆頭とする上級IEMイヤホンのサウンドを再現する狙いが感じられ、5~10万円の価格帯へのアップグレードを検討するまでは、Superiorだけでどんなジャンルでもこなせる安心感があります。

Effect Audioケーブルに交換

Superiorくらいの値段のイヤホンは付属ケーブルに予算をかけられず、音質面でのボトルネックになるケースが多いため、ケーブル交換するメリットがあるのか確認してみたくなります。

他のQDCイヤホンと違って一般的な2PINケーブルを採用しているので、せっかくなのでEffect Audioの高価な銀銅ハイブリッドケーブルに交換してみたところ、音質はかなり大きく変わるものの、必ずしも良い変化というわけでもなさそうです。

高級ケーブルに交換することで帯域が広くなるのですが、そのせいでSuperiorの最高音や最低音に乱雑な荒っぽさが現れます。耳障りになるほどバランスが乱れるわけではありませんが、これらの帯域が音楽のプレゼンテーションに貢献しているとは思えません。

付属ケーブルに戻すと、帯域両端がツルッと綺麗に整い、限界を超えない範囲内に暴れを抑えて整えてくれます。つまりケーブルもSuperiorのサウンドチューニングの一環として大きな役割を占めているということです。

別の安いOFCケーブルに交換してみると、高音が詰まったようなもどかしさが感じられるところ、Superiorのケーブルに戻すと自然な色艶があるので、単なる付属ケーブルだからといって侮れません。他のイヤホンで使ってみても、まるで昔のPCOCCとかのように、シャープで刺さるタイプのイヤホンを丸く整えてくれる優れたケーブルです。

このようにSuperiorは、無理にギラギラと高解像っぽさを強調したイヤホンを作るよりも、あえてリスニング向けに最適化されたモデルとして開発されたことが伝わってきます。高級IEMのエッセンスを落とし込んだ、相当コストパフォーマンスが高い万能選手です。

おわりに

今回はQDCのイヤホンを四種類試聴してみたわけですが、結論から言うと、QDCというメーカーの特徴は、縦のタイミングを揃えたスピード感のあるサウンドだと思います。

響きがコントロールできないような過度の味付けは行わないというポリシーが感じられ、マルチドライバーとしては珍しいくらい、低音を含めた帯域の管理が行き届いています。これまでに散々派手な高級イヤホンを乗り換えてきた人ほど、QDCの良さに気が付きそうです。

一番安いSuperiorは、一万円台という激戦区の価格帯で、他社が派手さで競い合っている中、レファレンスモニターに近いデザインやサウンドを実現しながら、音源や再生機器にシビアにならず十分楽しめるような絶妙な仕上がりです。

初めて有線IEMイヤホンに手を出して様子見したい人は、ひとまずSuperiorとドングルDACの組み合わせで始めれば、それだけで優れた有線イヤホンのメリットが存分に伝わりますし、10万円くらいのレベルまでアップグレードは考えなくても全然通用します。

私みたいに奇抜なイヤホンをあれこれ使い回しているようなマニアでは、Superiorは逆に万能でクセが無さすぎて、買っても使い所が難しく感じてしまいますが、ワイヤレスから有線IEMへの布教活動のためのプレゼントとしても最適です。

Folkはシェルデザインや交換可能プラグなどのデザインも含めて、6万円台という値段はお買い得だと思います。生楽器や女性ボーカルなど中高域の美しい響きが魅力的なイヤホンなので、一台で全てをこなす万能用途には向いていないかもしれませんが、すでに自分のレファレンスとなるイヤホンを所有していて、それとは別に音色の魅力を堪能するイヤホンが欲しいなら最適です。まるでヘッドホンにおけるGradoみたいな感覚でしょうか。

Tigerのクラスになると、相当なマニアでも主力イヤホンとして常用できるレベルになります。ラインナップの中でもHiFiシリーズに入っており、高音質録音ばかりのオーディオファイルよりも、古い楽曲など録音の良し悪しに関わらず楽しみたい音楽ファンにとって、普段以上に鮮やかさを引き出してくれるイヤホンだと思います。

Anole V14 + AK SP3000

私の個人的な感想としては、Anole V14には素直に関心しました。サウンドの好みというのは主観的なものですが、これまで自分が聴いてきたイヤホンの中でも、かなり王道の完璧に近い仕上がりだと思います。

とくに優れたイヤホンだと確信できたのは、私物のAK SP1000や、以前から絶賛しているAK SP3000 DAPで鳴らしても、まだまだ限界やボトルネックを感じさせず、さらに伸ばせるポテンシャルが感じられたからで、これは高級イヤホンでも結構稀な体験です。

他に私が好きなイヤホンは、Dita Dream・Perpetua、UE Live、64Audio Nio(あと、最近はMadoo Typ821も良いと思いました)など基本的に空間や響きの情景が豊かなタイプが好きで、逆に高解像モニター系はUE Reference Remasteredを長年愛用しており、それら両極端の中間に収まる万能イヤホンがなかなか見つからなかったので、その点Anole V14に巡り会えたのは嬉しい発見でした。

正直、試聴機を買い取ろうかとも真面目に考えたのですが、流石に40万円クラスのイヤホンというのは精神的に厳しいため、渋々返却することにしました。

これからも新作イヤホンは色々と出るから大丈夫だと自分に言いきかせたいところですが、その反面、どのみち、このレベルのサウンドは絶対安くは作れないだろうという確信みたいなものもあります。

これくらいの価格帯に手を出す余裕がある人なら、中途半端な個性派をあれこれ買い足すよりも、こういう凄いやつで一本に絞るのも良いと思います。私の場合、奇抜な新譜や新作アンプを試す時など、迷ったらこれで聴けば安心という、いわゆるレファレンスというか精神安定剤のような存在として、手元に持っておきたいと思えたイヤホンでした。

15,000円のSuperiorから40万円のAnole V14という両極端を聴いてみて、改めてQDCの技量に関心して、長年の老舗である理由にようやく納得できました。