2023年11月19日日曜日

Yamaha YH-5000SEヘッドホンの試聴レビュー

 ヤマハのヘッドホンYH-5000SEを試聴してみたので感想を書いておきます。

YH-5000SE

平面振動板の開放型ヘッドホンで、2022年12月登場、価格は約50万円というハイエンド製品です。最近はこの価格帯で主に海外からのライバルが多いので、新参のヤマハがどれくらい健闘しているのか気になります。

ヤマハ

オーディオにおけるヤマハというのはかなり謎の多いメーカーです。

一般的にはヤマハというと楽器やプロオーディオのメーカーというイメージがありますが、私のようなCD世代の人にとって、ヤマハは家庭用の据え置きオーディオ機器でも結構名を馳せていた印象があり、私自身、子供の頃自宅にあったNS10Mモニタースピーカーで相当音楽を聴きましたし、初めて自分で買った本格的なオーディオ機器も中古のCDX-640 CDプレーヤーだったなど、かなり身近な存在でした。

その後私はオーディオ機器を解体修理するようになって、毎回ヤマハの製品を見るたびに、他社とは一味違ったミニマリズムというか、単なる物量投入やエキゾチズムに頼らない、シンプルながら良い音を追求する作り込みに関心した覚えがあります。

セパレートのコンポーネントオーディオに関しては1970~90年代までが全盛期だったと思いますが、超弩級のハイエンドでもなければ、安価なエントリー機でもない、不思議な存在感のある製品群でした。私の勝手な印象としては、生粋のオーディオマニアよりも、プロの楽器演奏者や、録音芸術を純粋に楽しむような人たちにヤマハのユーザーが多かったような気がします。

当時のヤマハのオーディオは鳴り方自体も威圧的ではなく、ピアノや弦楽器などがサラッと自然に鳴ってくれるような魅力があり、さすが世界に通用する楽器を作っているメーカーだけあるなと納得しました。

そんなヤマハですが、90年代後半のホームシアター全盛期になるとそちらに移行して、2chのピュアオーディオは一旦撤退、2007年頃に再度復帰して現在まで続いています。復帰当時の新作SACDプレーヤーCD-S2000を聴いた時も、やはりライバル勢とは一味違う、落ち着いた侘び寂びみたいな魅力を感じて、ヤマハらしさは健在だと思った記憶があります。(内部のレイアウトや設計も、今見ても美しいです)。

それ以降、ピュアオーディオとホームシアターの両方で地道に頑張ってきたヤマハですが、ヘッドホンブームが到来しても、そこまで積極的に参入してこなかった印象があります。

私も2011年頃にEPH-100というイヤホンを買って、結構良い印象がありましたが、それ以降、他社がマルチドライバーなどで飛躍的に進化していく中で、ヤマハのみ静観している感じでした。Pro500やM82などデザインが印象に残るカジュアルヘッドホンが度々発売された以外では、今回のようなハイエンドクラスのヘッドホンは無かったように思います。

HPH-MT220は持ってます

私自身、最後に買ったヤマハのヘッドホンを思い出してみると、HPH-MT220という堅牢な密閉モニターヘッドホンで、お世辞にも快適な音楽鑑賞用ヘッドホンというタイプではありませんでした。ヤマハのヘッドホンというと、そのような「楽器店で電子ピアノとセットで買う」イメージが強いので、今回50万円のYH-5000SEはかなり特出した存在です。

冒頭でヤマハは謎だと言ったのも、そのあたりにあります。大きな企業なので、楽器製造はもちろんのこと、プロオーディオ、ピュアオーディオ、シアター、ポータブルなど、各部署がどれくらい密接に連携しているのかいまいちよくわかりません。毎回新作が出るたびにジャンルやテーマがバラバラで、一体どのような流れで製品をリリースしているのか、同じ開発スタッフがプロジェクトごとに異動しているのか、それとも別のオフィスで顔を合わせることも無いのかなど、各製品ごとの関連性が知りたいです。

たとえば、五年くらい前のオーディオイベントで、ヤマハが疑似VR体験ができるハイエンドなヘッドホンアンプ試作機を出していた記憶があります(ヘッドホンはたしかソニーを使っていたと思います)。あれなんかは今作YH-5000SEやHA-L7Aアンプの開発に繋がったのか、YH-L700Aワイヤレスサラウンドヘッドホンに貢献しているのかなど、どうなのでしょう。

YH-5000SE

このYH-5000SEというヘッドホンは発売時から頻繁に試聴してきたのですが、合わせて使う44万円の高級ヘッドホンアンプ「HA-L7A」とセットでの感想を書きたいと思っていながら、そちらがなかなか手に入らないせいで、長らく保留になっていました。

かなり気合が入っているHA-L7A

セパレートのようで、実は一体型です

HA-L7Aアンプとのセットはオーディオイベントのブースで何度か聴いたことはあるものの、まだアンプ単体でじっくり性能をチェックする機会がありません。

ニュースによると、アンプはようやく2023年11月末に発売らしいですが、試聴機が回ってくるのを待っていては来年になってしまいそうですし、実際このヘッドホンを購入する全員がアンプとのセット(100万円コース)を買うわけでもありませんので、今回とりあえずヘッドホンのみの感想を書いておこうと思いました。

50mmドライバー

YH-5000SEは50mmの平面ドライバーを搭載する本格的な音楽鑑賞用の開放型ヘッドホンで、本体重量は320g、インピーダンスは32Ω、感度は98dB/mWといった、最近のハイエンド平面駆動型ヘッドホンのトレンドに沿ったスペックです。

ただし、平面駆動型といってまず想像するAudezeやHifimanのような円筒フレーム全体に振動膜が張ってあるタンバリンのような形状とは一味違い、YH-5000SEはかなり複雑な立体構造になっています。

ハウジングはゼンハイザーHD800のような立体バッフルで、ドライバーはFinal D8000のような円盤タイプといった具合に、平面型でありながらダイナミック型のようにも見える、このようなデザインのヘッドホンは極めて珍しく、実際のサウンドも独特の感覚になっています。

軽量でハイテク感あふれるデザイン

軽量なマグネシウムフレームはまるでオーテクATH-ADX5000のような軽快さがあり、立体形状で耳周りにピッタリ収まってくれるあたりはソニーMDR-Z1Rのような安定感もあり、後発なだけあって、色々なメーカーのハイエンドヘッドホンをしっかり勉強して、単なるコピーではない独自の理想的なデザインを生み出したような印象を受けます。

どんなに音質に定評がある高級ヘッドホンでも、いざ使ってみるとあまりにも重くて、短時間で疲れてしまう事がよくあります。本気モードのために50万円のAudeze LCD4(690g)を買ったのに、結局普段は3万円のHD599(250g)を使うことの方が多い、なんて人がけっこういます。その点320gのYH-5000SEは「これくらいなら疲れずに使っていられるな」と思えるレベルに収まっているのがありがたいです。

この部品を見ただけで、明らかに高級品だとわかります

このあたりはプラモっぽいです

とくにハウジングやハンガーのヒンジ部品のメカっぽさは、オーディオや楽器のヤマハよりも、むしろMotoGPやスーパーバイクのヤマハを連想させるようなハイテク感があります。ヘッドホンコネクター部品はまるでガンプラのパーツみたいですね。

鋳造を意識させるザラザラしたハウジングに対して、ハンガーはつや消しブラックに可動部分はクロムに仕上げるなど、パーツごとに材料の質感を巧みに応用して、高級志向でありながら、単なる贅沢品にとどまらない、50万円という価格設定にも十分な説得力がある作り込みだと思います。

ヤマハの最新アンプ5000シリーズ

ヤマハのサウンドバーSR-B30

昨今のヤマハのハイエンドオーディオ製品というと、上の写真の5000シリーズのように、バブル期の物量投入を想像させるレトロ感をテーマにしており、その一方で、売れ筋のサウンドバーやホームシアター系では、もうちょっと欧州デザインを意識した存在が消えるタイプのイメージなので、それらと比べると、このヘッドホンは意外なほどに自己主張が強くハイテク感に溢れています。

HP-1

YH-5000SEのもう一つのテーマとして、往年のヤマハヘッドホンへのオマージュというのもあるようで、とりわけ1970年代のHP-1というモデルが参考に挙げられます。平面振動板やメカっぽいデザイン要素としては確かに関連性も見えますが、流石に近頃のヘッドホンユーザーで昔のヤマハ製ヘッドホンを知っている人はほとんどいないと思います。

個人的には、YH-5000SEとは別に、このHP-1を5万円以下くらいで現代版リメイクしてくれたら結構売れると思うのですが、どうでしょうか。最近こういったGradoっぽいオンイヤー開放型というのは欲しくてもなかなか選択肢がありません。PortaProなどレトロ調が人気になっていますし、このHP-1も音質の素性は良いので、パッドやケーブルなどを近代的にアレンジすれば、手軽に楽しめる高音質としてヒットしそうです。

銀コートOFC

ヘッドホン側が3.5mmなのがありがたいです

YH-5000SEに話を戻すと、付属ケーブルは2mの銀コートOFC編み込みタイプで、見た目よりも柔軟で扱いやすく、3.5mmと4.4mmバランスタイプが同梱されています。4ピンXLRタイプは別売で、定価93,500円と書いてあるので、相当気合が入ったケーブルなのでしょう。

高級ヘッドホンともなると、ヘッドホン側には独自の着脱コネクターを採用したがるメーカーが多い中で、ヤマハはあえて3.5mm TS端子を選んでくれたのは単純明快で大変嬉しいです。プラグが若干奥まった形状なので互換性の確認は必要ですが、既存の社外品で選択肢が豊富なのは良い事です。

円形の50mm振動板

前方傾斜とバッフル面が目立ちます

ハウジング内部を見ると、50mm平面ドライバーが前方から耳に向かって傾斜配置されているのが目立ちます。ドライバー振動板の周辺には放射状に配置されたバッフル版があり、複雑な音響デザインを行っている事が伺えます。このあたりはHD800のコンセプトにかなり近いです。

これにはメリットとデメリットの両方があるので、そのあたりを理解する必要があります。

たとえばHifimanなど典型的な平面駆動型ヘッドホンを例に挙げると、大きな振動膜が耳の真横に平行に配置され、音波が平面から発せられるので、耳穴に対してヘッドホンの前後上下の装着位置はそこまで気にせずとも、左右の位相タイミングがピッタリ揃った音波が鼓膜に届けられます。しかし、その一方で、音が耳の真横から発せられているというヘッドホンらしい聴こえ方を嫌う人も多いです。

YH-5000SEのような前方傾斜とバッフルによる設計は、ドライバーを耳から離して、前方からの音はドライバーから直接に、上下と後方からは周囲のバッフル(メッシュ)で特定の周波数帯域は反射して、それ以外を外に逃がす事で、まるで前方にあるスピーカーから音が鳴っていて、部屋の周囲に反射しているような立体的な臨場感が得られます。

このような臨場感重視の設計は、他にはゼンハイザーHD800なんかが典型的な例ですが、平面振動板でここまで立体的に作り込んでいる例はあまり見ません。

Audezeのリスニング向けモデルLCD-4などを見ると、バッフルではなく厚手に傾斜したイヤーパッドを採用することで、前方傾斜を強めて、音が耳穴に届く前にパッドで響かせるような設計にしています。その場合はパッドの厚さや材質(さらには経年劣化)で鳴り方が大きく変わります。

ようするに、左右の鼓膜に最短距離でダイレクトに音が届く方が正確だという考えと、前方から拡散するように音が響く方が好ましいという考えと、どちらが正解というわけでもありません。肝心なのは、メーカーやモデルごとに目指す方向性が異なるため、単純な優劣では比較できないという事です。

外周は一見コンパクトですが、内部は余裕があります

MDR-Z1Rとは親子ほどの差があります

パッドの厚さはだいぶ違います

実際の装着具合に関しては、まず本体ハウジングやイヤーパッドが他のメーカーと比べると比較的コンパクトなので、ちゃんと耳が収まるのか心配になりますが、実は外径が小さいだけで、耳が入る内部空間の直径はソニーMDR-Z1などと同じくらいの余裕があるサイズ感です。

Audezeも最近LCD-4からLCD-5に更新して大幅な小型化を遂げましたし、近頃のトレンドとして小さい方が喜ばれるのでしょうか。

装着してみると、顔の側面が厚いクッションに覆われるというよりは、耳周りにコンパクトなカップを置くような感じです。長時間の使用でも痛くなったり蒸れることも無いので、リスニング向けの高級機として上手に作られています。

スライダーがなぜか緩すぎました

今回借りた試聴機では、ヘッドバンドの調整に関してのみトラブルがありました。

ハンモック式のパッドをスライダーで上下に調整できるタイプなのですが、このスライダーがかなり緩くて、摩擦で保持してくれないため、装着時に最長までスルッと伸びてしまうのです。

私物なら分解してシムを入れるなどで調整できると思いますが、借り物なので壊すわけにもいかず、今回は使用中ずっと悩まされました。このあたりは他社のようにカチカチと調整するタイプにしてもらいたかったです。

インピーダンス

いつもどおり再生周波数に対するインピーダンス変動を確認してみました。

インピーダンス

位相

60Hz付近に山があるのは装着具合で結構変わってくる部分ですが、中域以降はスペック通り35Ωです。1-2kHzに若干のギザギザがある以外では、きれいな横一直線で、最高音まで変な位相変動が起こっていないあたりは平面駆動型らしいメリットです。

インピーダンス

位相

参考までに、似たようなインピーダンスのヘッドホンと比較してみました。同じく平面駆動型のDan Clark Audio Expanse、ダイナミック型のソニーMDR-MV1と並べてみると、それぞれの特徴が目立つものの、どれも最新設計のヘッドホンだけあって、アンプにとってそこまで難しい負荷ではありません。

マルチドライバーIEMイヤホンとかの過酷なインピーダンスを普段から見慣れていると、このようなヘッドホンの素直な特性には一安心します。

音質とか

冒頭で話したとおり、本来ならヤマハHA-L7Aアンプと合わせて鳴らすべきだと思ったのですが、試聴機が手に入らなかったので、今回はヘッドホンのみのサウンドを知るためにも、私が普段から聴き慣れているヘッドホンアンプで鳴らしてみました。Chord Dave、iFi Audio Pro iCAN Signature、RME ADI-2DAC FSの三種類です。

Chord DAVE + iFi Pro iCAN Signature

まず最初に、YH-5000SEの第一印象を簡単にまとめると、再生周波数の広さや、録音から引き出せる音の情報量・解像感に関しては、他社のフラッグシップと比較しても十分通用する、最高クラスにふさわしい優秀な仕上がりです。

ヤマハとしては近年初の高級ヘッドホンになるわけですが、荒削りに感じることもなく、存分に音楽鑑賞が楽しめるよう入念な調整をしているように感じます。見た目からはもっと淡々とした味気無いサウンドを想像していたところ、意外と迫力があり、勢いよく仕上げているあたりは驚きました。

その一方で、空間表現は若干個性的で、この価格帯のヘッドホンとしては珍しい作風なので、それを気に入るかどうかで意見が大きく分かれそうなヘッドホンです。そのあたりも含めて、もうちょっと詳細に聴いてみようと思います。

RME ADI-2DAC FS

平面型にしては感度もまあまあ高く、インピーダンスが安定しているため、パワー面では最近のDAPなら十分に鳴らせるくらい気軽に使えるヘッドホンではあるものの、肝心の音色に関しては、アンプを変えることによる音質変化が明確に現れるタイプのヘッドホンだと思います。

ドライバーの基礎性能が非常に高く、細かなニュアンスから大きなダイナミクスまで難なく鳴らし切ってくれるため、ヘッドホンよりもアンプの方がボトルネックになりがちなのでしょう。

たとえば高音や低音を適当に艶っぽく丸めて綺麗めに仕上げているアンプでは、明らかに不自然で作為的に聴こえてしまうというわけです。しかも空間の臨場感を強調するタイプのヘッドホンなので、なおさら伸びやかさなどの限界がバレてしまいます。

他にも、下手なDSPによるEQやフィルターなどを通した場合、周波数特性上では問題なく見えても、空間のねじれのような違和感として現れてしまうあたり、YH-5000SEはハイエンドにふさわしいリニアなレスポンスの高さを実現できています。

50万円のヘッドホンならそれくらいできて当然では、と思うかもしれませんが、意外と多くの高級ヘッドホンでは、音源のポテンシャルを引き出すよりもヘッドホン自体が過剰な色艶を盛るような傾向にあるので、どれだけアンプが素直でも、結局はヘッドホンの演出に塗りつぶされてしまうという事がよくあります。YH-5000SEはそうではなく、アンプなど上流機器にも結構気を使うヘッドホンです。

パソコンに例えるなら、ハイスペックなゲーミングモニターに買い替えて、初めてビデオカードの性能限界が体感できるようになる感じでしょうか。

Chord DAVE

私自身、とくにクラシックのハイレゾ音源などを聴く場合はChord DAVEからの直出しが一番好みのサウンドです。

普段はDAVEから別のアンプを通してしっかり駆動させた方が好みに合うヘッドホンが多いのですが、YH-5000SEはむしろDAVEのD/A変換から最短距離で鳴らした方が良いです。

DAVEからPro iCAN Signatureを通すと、音色自体は濃さや厚みが増して良い具合になるのですが、空間情景がさらに混雑して、録音作品を聴いているというよりはオーディオ機器の響きを聴いているように思えてしまいます。インターコネクトやiCANの真空管モード切り替えスイッチによる影響など、接続経路が複雑になるほど、それぞれの個性が重なり合って邪魔になってきます。

逆にRMEではもうすこし色気や味付けが欲しくなります。DAVEもかなりクリーンな傾向だと思いますが、やはりRMEと比べるとDAVEの方が連続した音が流れるようにつながる感覚があり、リスニング向けに適した美しさがあります。

ウッドハウジングなどで美音を厚く盛るようなヘッドホンであれば、RMEくらいカチッとしたアンプの方がバランスが取れて良いのですが、YH-5000SEは平面型ということもあって、そこまで音色そのものに厚みを持たせておらず、RMEとの組み合わせでは音源の粗さが目立ってしまいがちです。

YH-5000SEは総じて平面型らしい広帯域な表現が大きな魅力です。ドライバー自体が可聴帯域全体を均一にカバーしているおかげで、ダイナミック型にありがちな、低音をハウジングで響かせて盛ったり、高音を金属コーティングで盛ったりなど、ドライバーの不足分を補助するようなギミックが感じられず、最低音も最高音も質感が統一された鳴り方をしてくれるおかげで、録音されている情報を正確に届けてくれる感覚があります。平面振動板としてはコンパクトな50mmというサイズでありながら、このフルレンジ感が出せるのは素晴らしいです。

そんなわけで、YH-5000SEのサウンドは十分ハイエンド相当に優れているのですが、冒頭で触れたように空間表現がちょっと特殊なので、ここが好みが分かれるポイントになりそうです。

私自身も、YH-5000SEを普段のメインヘッドホンとして選ぶかとなると、この部分が悩ましいところです。逆に言うと、他のヘッドホンではあまり見られない特殊な演出なので、むしろこういうのを求めていたという人も多いだろうと思います。

具体的に何が特殊なのかというと、ドライバーが前方遠くにあり、そこから耳に届くまでにかなり響きの効果を加えている感覚があります。ハウジング形状がら想像できるとおりの鳴り方と言えますが、それにしても、ずいぶん3D的な臨場感を与えています。

臨場感や音場の広さを感じさせるヘッドホンといっても二通りあり、歌手や楽器などの音像が間近で、そこから広々とした遠方へと残響が広がっていくタイプか、それとも音像自体が遠くにあり、耳に到達するまでの空間を再現してくれるタイプかに分かれ、YH-5000SEは明らかに後者のタイプです。

形状が似ているゼンハイザーHD800も同じような臨場感を生み出す傾向がありますが、あちらはヘッドホンより外側にも音が広がっていく感覚もあります。その点YH-5000SEは全ての音がハウジングの中の限定的な空間容積で生まれて完結している感覚です。臨場感はあるのに、ハウジングよりも遠方には音が発散していく感じはありません。

このYH-5000SE特有の空間表現は、音像が遠くにあるという点ではヘッドホンよりもスピーカーでの音楽鑑賞に近いのですが、とりわけシアタールームにて壁埋め込みのスピーカーを聴いている、映画鑑賞の感覚に近いです。

それに対して、オーディオファイル的なリスニングルームの場合、できるだけ広い部屋で、スピーカーから左右や奥の壁まで数メートルの距離を確保することで、スピーカーが生み出す音場形成の妨げにならないよう努めますが、YH-5000SEは逆に、部屋の壁からの反射を積極的に駆使してリスナーを包み込むような三次元音響が連想されます。

ヤマハというと、サウンドバーやAVアンプによるサラウンドオーディオでは世界的にもトップクラスの技術力を持ったメーカーなので、その技術が活かされているのかもしれません。それらは基本的に出音面からリスナーの耳までの空間を主体に作り込む手法になっており、そのあたりがYH-5000SEの鳴り方とよく似ているように感じました。

サウンドバーの場合はユーザーの部屋の寸法や反射率などの不特定要素が介在するため、測定マイクとDSPによる響きの補正が必要になりますが、ヘッドホンであればハウジングとバッフルの距離や音響特性は定まっているので、物理的なチューニングで作り込むことができます。(ヘッドホンでも、ユーザーの耳形状などによる違いを測定してDSP補正する技術もありますが)。

では、イヤホンのように耳元でダイレクトに鳴らすヘッドホンと、YH-5000SEのように空間音響を作り込むヘッドホンのどちらが良いのかというのは、普段聴いている音楽や用途によって決まります。

ダイレクトに鳴らすタイプは、ミックスによるトラック編集作業を極力行わず、周囲の環境も含めてマイクで収録した作品、たとえばクラシックの室内楽や生楽器演奏の情景をそのまま届けるような楽曲にて威力を発揮してくれます。

広大なホールやスタジオ空間にて、ヴァイオリンソロをステレオマイクで収録した作品などであれば、ダイレクトなヘッドホンで聴くことで、演奏者の生音よりもさらに遠くの壁や天井に拡散していく響きがリアルに復元され、まるでその場にいるかのような錯覚が得られます。マルチマイク録音であっても、メインの音響マイクが決まっていて、それ以外はスポット用に補うような作風であれば同様の効果が得られます。

一例として、シュトゥットガルト室内管弦楽団の自主制作レーベルによるバルトークとアダムスのアルバムを聴いてみました。指揮はツェートマイヤーです。

バルトーク弦楽ディヴェルティメントの収録風景が公式Youtubeに挙がっているので、それを参考に見てみるとわかりますが、ほぼ無観客の小ホールにて、指揮者の後方上あたりにメインのステレオマイクを配置しており、各セクションをスポットで補強してバランス調整している感じで、実際にアルバムを聴いてみても、まるで客席最前列か指揮者目線でステージの空間音響が楽しめます。

ステレオマイクで拾った現場の響きの位相差・時間差が鼓膜に正確に届けるためには、ダイナミック型ヘッドホンだと耳穴とコーンの軸線がずれると再現性がそこなわれるため、平面振動板もしくは静電型のような大きな出音面を使うメリットが大きいです。古くからSTAXなど静電型がクラシックに適しているなんて言われているのもそんな理由があります。

このような録音をYH-5000SEのように空間を作り込むタイプのヘッドホンで聴いてみると、録音自体に含まれている現場の音響と、ヘッドホンが生み出す臨場感の効果が重なりあってしまい上手く行きません。

さらに、YH-5000SEの特徴として、音像が遠い反面、ヘッドホンの外側へはあまり音が広がらないため、なんだか奏者が部屋の壁際で演奏しているような聴こえ方になってしまいます。

大人数のオーケストラ作品でも、コンサートホール本来のスケールの大きな奥行きや空気感があまり発揮できず、むしろ一般的に我々が想像するリビングルームの壁際のテレビの真横に設置したスピーカーでの聴こえ方に近いです。

ようするに、一言で空間音響や臨場感といっても、それがコンサートホールなど収録現場の情景を再現するのか、スピーカーで聴いている部屋の情景を再現するのか、二通りの解釈があるため、どちらを求めているのかで意見が別れてしまうというわけです。私の場合、前者のような録音を聴く事の方が圧倒的に多いので、YH-5000SEではどうもパッとしません。

では、YH-5000SEはどのような使い方が適しているのかというと、やはり生の空間音響を含まないマルチトラック楽曲、もしくは本来シアタールームで堪能すべき映像作品などで絶大な効果を発揮してくれます。

一例として、ACTレーベルからDavid Helbock「Austrian Syndicate」を聴いてみました。リーダーが多数のシンセを操るフュージョンバンドで、曲ごとに様々なゲストを呼んでバリエーション豊かな作品です。

こちらも公式Youtubeにセッション動画が上がっているのが嬉しいです。スタジオミックスと言っても、一般的なポップスのように別録りしたパートを切り貼りするのではなく、リアルタイムで息の合ったセッションを繰り広げているあたりはジャズらしいです。よくこんな狭いスタジオでしっかりトラックが分離できるなと関心します。

マルチトラックのスタジオミックス作品の多くは、歌手や楽器それぞれがオンマイクで収録されるか、そもそもシンセやベースなどはマイクを使わずDIライン出力でそのまま録音するのが主流なので、ミックスの過程で空間エフェクトを通す事はあっても、上の動画を見てもわかるとおり、観客席からステージの空間を感じ取るという作り方ではありません。

普段からイヤホンやヘッドホンで聴いている人なら、そのようなダイレクトなオンマイク感に慣れてしまっていると思いますが、リビングルームのスピーカーに慣れている人は、どんなに高価なヘッドホンでも、音像が脳内に張り付いているのは違和感があると思います。

それなら、アンプなどによく実装されている「クロスフィード」エフェクトを使えば良いのではと思うかもしれませんが、意外とそうでもありません。極端に左右にパンされている楽曲であればクロスフィードの効果が発揮されますが、上のDavid Helbockのアルバムなんかは、かなり自然なステレオイメージになるように上手にミックスされているため、たとえばSPL Phonitorのクロスフィード機能をオンにして聴き比べても、あまり目立った変化はありません。とくにSPLなどのクロスフィードの場合、あくまで間近のニアフィールドモニターで聴いているのと同じ感覚を再現する意図があるので、シアター的な部屋の反射音響まで再現しているわけではありませんから、普通のヘッドホンで聴くと音像が近すぎて余裕のない威圧感があります。

そこでYH-5000SEで聴いてみると、音像が一歩離れる余裕が生まれ、ヘッドホンが生み出す立体音響によって、耳に到達するまでに音楽全体が空間に馴染むような感覚が得られます。響きを盛って解像感を鈍らせるわけではなく、高性能ドライバー由来の広帯域・高レスポンスを維持したまま、メインの音像が浮かび上がり、部屋のような臨場感を生み出せているあたりは、さすがシアター系が得意なヤマハらしい作り込みだと思います。

とりわけ映像作品、映画はもちろんのこと、ゲームやアニメなどでも素晴らしい体験が得られます。こちらも普通のイヤホン・ヘッドホンを使っていると、アテレコの声が脳内に結像するのに慣れてしまいがちですが、本来は自分の前方に音像が形成される方が作品を鑑賞する上で正しいと思います。もっと具体的に言うなら、画面上の人物の「映像」と声の「音像」が同じ位置に重なり合うことで、本物の声のようなリアルな没入感が得られるという感覚です。

映像に関しては、画面サイズと視野角によって鑑賞位置(画面への距離)が決まるので、プロジェクターなりゲーミングモニターなり、そのあたりの環境がすでに整っているとしても、映像と音像を合わせるとなると、私の身の回りの友人でも、かなり調整に苦労している人が多いように見受けます。

一番初歩的な例で言えば、スピーカーの間隔とトーインを微調整して、歌手の音像を、大きすぎず小さすぎず、等身大のサイズに合わせるといった作業です。さらに、壁に吸音パネルを設置するなどで反射を調整して歌手と伴奏の分離を強調させたり、ステレオの左右のみならず上下の視野角も考えはじめるときりがなく、結局、本格的な映画館のように埋め込みのスクリーンスピーカーを導入する人もいます。このあたりの苦労を体験した人ほど、YH-5000SEの巧みな音作りに魅力を感じると思います。

私自身、長らく疑問に思っていたのですが、家庭でシアター音響を楽しむには、AVアンプやサウンドバーなどは超高級品からエントリーまで幅広く着々と進化しているのに対して、なぜかヘッドホンは現在に至るまでピュアオーディオやモニター系の固定概念に因われて、目立った進展が伺えません。

2chステレオのダミーヘッドによる、イヤホン的な周波数特性にこだわっている高級ヘッドホンはたくさんありますが、では実際にそれらを買ったとして、リアルなコンサートホール音響の録音をメインで聴いている人はどれくらいいるのでしょうか。

むしろシアター的なスピーカー体験を求めるべきユーザーの方が大多数だと思います。しかしシアターの臨場感を作り込んだヘッドホンでは、必ずしも測定で最高得点が出せるわけではありません。そんなわけで近頃のヘッドホンのトレンドは本末転倒のような気がします。

ハイエンドなシアター環境をすでに整えていて、それと同じ体験をヘッドホンに求めている人、もしくは間取りや音量の配慮のためシアター環境を実現できないけれど、ヘッドホンならぜひ味わってみたい人にとって、このYH-5000SEはまさに理想的なヘッドホンで、これまでも他に選択肢は全く無かったように思います。

おわりに

ヤマハYH-5000SEは50万円という値段にふさわしい作り込みと音質を誇るヘッドホンだと思いました。

近頃は円安の影響もあり、これくらい高価なヘッドホンがありふれている中で、あえて国産大手のヤマハが参入してくるメリットはあるのか疑問に思ったのですが、いざサウンドを聴いてみると、これは確かにソニーでもオーテクでも不可能な、ヤマハらしいシアター系の臨場感あふれるサウンドが楽しめました。

高級ヘッドホンでこのような体験は珍しいですし、さすがシアター音響のベテランであるヤマハだけあって、単なるギミックではない説得力があります。

近頃の高級ヘッドホン、とくに海外メーカーを中心に、まるでイヤホンのようなストレートな聴こえ方をスペック指標に掲げているモデルがとても多いです。それはそれで生楽器のバイノーラル録音とかを聴くなら良いと思うのですが、実際のところ大多数の人が普段聴いている音源にて求められる鳴らし方と大きな隔たりがあるように思えてきます。

かといって、スピーカー環境をエミュレートするヘッドホンが欲しくても、主に低価格帯で不十分なモデルばかりです。それなら、適当なヘッドホンで空間DSPを通せばよいだろうと思う人もいるかもしれませんが、ヘッドホン由来の濁りやレスポンスの悪さを抑えるのはDSPでは無理です。YH-5000SEは広帯域で高レスポンスな平面ドライバーのサウンドがあってこそ、ここまで空間表現を作り込めたと思います。

アンプの性能に敏感なあたりもヘッドホンマニアにとっては「鳴らしがいがある」と言えますが、カジュアルに使いたい人は甘く見ているとポテンシャルを引き出せないかもしれません。ヘッドホンに慣れていないユーザーも興味を示すだろうと思いますので、そんな意味でもHA-L7Aアンプと合わせたサウンドがレファレンスになってくれそうです。

HA-L7Aとのセットで買わないと意味がないというわけではなく、ヘッドホンのみを買うにしても、ひとまず店頭でHA-L7Aで鳴らした体感を把握することで、自宅のアンプやDACなど上流環境の指標になるというわけです。

ちなみにHA-L7Aアンプは空間DSP機能を内蔵しているのも面白い試みだと思います。ヘッドホンユーザーは懐疑的に思うかもしれませんが、シアター系のオーディオマニアなら慣れ親しんだ機能ですし、あらためてYH-5000SEの方向性を示しています。DSPのチューニングはYH-5000SEをレファレンスに使っているでしょうから、他のヘッドホンでどれくらい説得力が出せるかは不明です。

個人的な要望としては、せっかくここまで空間にこだわるのなら、ぜひUSBとHDMI入力で本物のマルチチャンネル入力によるサラウンドプロセッサーを導入してもらいたかったです。今回YH-5000SEはあくまでハイエンドな2chスピーカー環境を前提に開発されたので、サラウンドは今後また別の製品ジャンルになるのでしょうか。

サラウンドには縁がないと思っている人も多いかもしれませんが、最近のゲームのほとんどがロスレスのサラウンド出力対応です。パソコンやゲーム機からハイレゾ7.1.2chとかでヤマハが作り込んだプロセッサーとヘッドホンで鳴らしてみたいというのが私の理想です。

もちろん100万円コースになってしまうと流石に厳しいですが、今後高級ヘッドホンも周波数測定だけに頼らず空間表現を重視したモデルがもっと増えてほしいです。そういった意味でYH-5000SEは一見単なるヘッドホンのように見えて、結構ユニークで先見性のある、ヤマハらしいヘッドホンだと思いました。