2024年4月10日水曜日

Ultrasone Signature Pure ヘッドホンの試聴レビュー

Ultrasoneの密閉型ヘッドホンSignature Pureを聴いてみたので感想を書いておきます。

Ultrasone Signature Pure

2023年9月発売、3万円という手頃な価格帯でありながら、ドイツ製で50mmドライバーにS-Logic 3を搭載するUltrasoneらしいモニターヘッドホンです。

Ultrasone

Ultrasoneというのは二面性のあるメーカーです。我々ヘッドホンマニアにとっては金銀財宝のような超高級ヘッドホン「Edition」シリーズで有名で、創業者の独創的な感性による驚きを楽しむ鬼才ブランドという印象があります。

その一方で、ヨーロッパでは古くから楽器店で販売するような普及価格帯ヘッドホンでも大きなシェアを持っていました。日本はオーテクやソニーなどが強いので、そちらの側面が注目される機会も少なかったように思います。ゼンハイザー、ベイヤーダイナミックといったメジャーなブランドと並んで、Ultrasoneも忘れてもらっては困るというのが私の主張です。

明らかに高級そうなEdition 15 Veritas

プロ用として人気のPRO-580i

手元にあったSignatureシリーズを並べてみました

その点では、今回のSignature Pureはちょっと面白いモデルです。Signatureシリーズ自体は、HFI/PROとEditionシリーズの中間に位置する、10万円前後のプロ上級機シリーズだったのですが、最近はMFIやPROシリーズが無くなったことで、有線ヘッドホンはEditionとSignatureシリーズのみのラインナップに絞られています。

そんなわけで、2021年に現行世代へと更新されたSignatureシリーズでは、Signature Pulse、Natural、Masterという三機種でそれぞれ約7、9、13万円だったところ、いつのまにかNaturalが無くなり、今回新たにSignature Pureが3万円で入ってきたことで、3、7、13万円と価格の幅が広がりました。MasterとNaturalが40mmチタンコートドライバーで、PulseとPureは50mmドライバーです。

これらとは別に、米国オンラインショップDrop別注モデルで50mmのSignature Xと、ドイツのプロ用スピーカーメーカーADAM名義で40mm金コートのSP-5というモデルも存在します。

私自身は現行モデルではSignature MasterとADAM SP-5を購入しており、さらに古いモデルではSignature ProとSignature DJというモデルも持っていたりなど、我ながらずいぶん熱心なファンのようです。

S-Logic 3

Ultrasoneというと「個性派ヘッドホン」というイメージが定着しているのも、独自のS-Logicによる部分が大きいです。ヘッドバンドにもロゴが目立つように主張しています。

S-Logic 3

S-Logic 3

Ultrasoneファンなら何度も聞いた話だと思いますが、あらためて私なりに説明すると、S-Logicはダイナミックドライバーと耳の間に金属板を挟み、その板の適切な位置に出音穴を設けることで、音の方向や時間差を調整するギミックです。

写真を見るとわかるように、ドライバーの真上はあえて半開きの状態にしておき、周辺の穴に密度の違う白い紙フィルターを貼って特定の周波数帯のみ通すことで、音を拡散して、前後上下で立体感のあるサウンドを作り上げてきます。振動板からの直接的な音圧から鼓膜への圧迫が緩和されるというメリットもありそうです。

さらに、ドライバーの磁石が頭の間近にあるのは健康上良くない(?)ということで、これまでのモデルではS-Logic金属板が磁気シールド材のパーマロイ製になっており、ULE (Ultra Low Emission)と呼ばれていたのですが、今回Signature Pureの公式サイトを見るとLE (Low Emission)と書いてあるので、高価なパーマロイではない別の金属になったのでしょうか。どのみち実際の効果についてはよくわかりません。

Signature DJと比較

Signature Pureに搭載されているのは第三世代のS-Logic 3ということで、同じ50mmドライバーの初期モデルSignature DJと比較してみると、出音グリル中央にDouble Deflector Fins(DDF)というピラミッド型の突起物が追加され、これでドライバーからの直接音を特定の方向に拡散しているようです。

グリルも旧型ではドライバー振動板が直に見えるのに対して、Signature Pureでは後ろにメッシュのようなものが一枚挟んであります。それ以外でも細かいところで改良されているのでしょう。

Signature Masterと比較

40mmドライバー搭載のSignature masterは中央の出音グリルがさらに制限されているのがわかります。DDFも赤色の別部品で形状もちょっと違います。

こうやって見ると、Ultrasoneのサウンド設計は「振動板からの音波をストレートに届ける」という一般的な考え方とは真逆の、かなり異色のアイデアであることがわかります。これでは反射音で濁ってしまうのではと心配になりますが、実際聴いてみるとそうはならないのが不思議なところです。

ヘッドホンでは珍しいですが、イヤホンではドライバーの角度を変えたり出音ノズルや音響チャンバーで音を調整するのが一般的になっていますし、そもそも人間も外耳と耳穴で音を反射して空間情報を分析しているわけですから、S-Logicも人間の聴覚をうまく利用した技術と言えます。

Signature Pure

Signatureシリーズは、折りたたみ回転ヒンジや分厚いヘッドバンド、長いコイルケーブルなど、明らかにスタジオを意識して作られた無骨なデザインです。

いわゆるDJ型ヘッドホンです

スタジオ用途というと、暗い部屋でミックスエンジニアが大きなコンソールやDAW画面を操作するのを想像する人もいるかもしれませんが、実際はスタジオの備品として数台購入して、ギタリストやドラマーなど演奏者のフォールドバック用途に配られるなど、汗まみれで過酷な扱いを受けることが多いです。

たとえばこんな感じに(→https://www.crisscrossjazz.com/album/1418.html)、最新セッション写真でもオーテクM50xでヘッドバンドがボロくならないようカバーをつけているのはよく見る光景です。(ピアニストだけHD600なのが面白いです)。

折りたたみ

Signatureシリーズも、言ってしまえばオーテクM50xとそっくりの形状で、イヤーパッドの形状もよくある楕円形で、社外品パッドはソニーやオーテクと互換と書いてあるものが多いです。ベイヤーやAKGの円形パッドが共通サイズなのと同じように、プロ用モデルでは消耗品をあえて汎用サイズにするのは合理的な判断のようです。

片出しケーブルのツイストロック着脱端子もオーテクと同じですが、こちらはオーテクの純正ケーブルは根本が太いので入りません。ゼンハイザーHD590シリーズのは入ります。社外ケーブルメーカーはこれら三社で使えるように細いタイプにしている事が多いです。

ちなみにバランスケーブルが使えるか気になるところですが、TRRS四極を挿しても根本のRS接点が短絡するよう内部で配線されています。

Signature Masterと比較

私の持っているSignature Masterと並べて比べてみると、全体の構造は全く同じで、まさに兄弟機といった感じなのですが、13万円のSignature Masterと3万円のSignature Pureで10万円分の差があるかはさておき、プラスチック素材はPureの方がテカテカして安っぽく、動かすとギシギシ音がします。

これでもMade in Germanyです

プラスチックです

とくに目立つのは側面のエンブレムで、上位モデルはメダルのように金、銀、銅でランクを区別しているのに対して、Pureはハウジングと同じ黒いプラスチック製で、見るからにチープです。他にもヘッドバンドやイヤーパッドに本革ではなくメッシュ素材を使うなど、全体的にコスト削減の努力が伺えます。

このあたりを好意的に捉えられるかは個人差があると思います。値上がりするくらいならテカテカのプラスチックで十分だと思える人なら、内部のドライバーやサウンド技術は妥協せずに涙ぐましい努力をした高コスパモデルという印象を受けますし、逆にもうちょっと払ってもいいから高級感を求めたいというなら、7万円のSignature Pulseがあります。

実用上そこまで問題になることは無いと思いますし、価格差を考えると納得できます。ちなみに上位機種はプラスチックの上にゴム塗装のようなものを施しているので、それがギシギシを抑えているのでしょうか。これがむしろ厄介で、私が持っている古いSignature ProやSignature DJはゴム塗装が劣化してベタベタになってしまったので、Signature Masterもそうならないか心配しています。

ヘッドバンド

ヘッドバンドに関しては、ひとつ言いたい事があります。私は長年のUltrasoneファンとしてSignature ProやSignature Masterといった最上級モデルを常に購入してきたわけですが、それら上級機はヘッドバンドが本革製になり、非常に硬く、クッション性が皆無で、長時間装着すると痛くなってきます。

逆に今回のような低価格モデルのほうがメッシュ素材に厚手のスポンジクッションで軽量快適な構造になっており、耐久性はさておき、装着感ではこちらの方が優れていると思います。本革の高級感が好きな人もいると思いますが、できれば容易に交換できるような構造にしてもらいたかったです。

さらに、Signatureシリーズのヘッドバンドは厚みや硬さが均一なので、装着時に円形に広がるのではなく横一直線になってしまい、厚いヘッドバンドが頭上で盛り上がっているのは不格好です。最近は動画配信などで見た目を気にする人も多いですし、多くのメーカーはヘッドバンドを薄く目立たないよう配慮したり、あえてヘッドバンド中央と左右の剛性を変えるなどで頭頂部は円形を保つよう工夫しているので、今後Ultrasoneにもそのあたりの配慮を願いたいです。

イヤーパッド

かなり厚みがあります

イヤーパッドについても良い点と悪い点があり微妙なところです。上級機の本革パッドは最初は硬くて馴染みが悪いのですが、高級革靴や手袋と同じように、だんたんと柔らかく自分の耳形状に合うようになってきます。それに対してSignature Pureに付属しているパッドはかなり厚い低反発のベロア調マイクロファイバー素材で、手触りは快適なのですが、装着してみると厚さがヘッドホンの形状に合っていない感覚があります。

顔が細くて耳が高い位置にある人なら問題ないと思うのですが、私みたいなアジア人顔が装着すると、ハウジングの回転角が足りずイヤーパッドの厚み分だけハウジングが「ハの字」に広がってしまい、パッドの下側に隙間ができてしまいます。

ヘッドバンドが短いとパッドの下に隙間ができてしまいます

ヘッドバンドを伸ばすと隙間が解消されます

これはオーテクのAWAS・AWKTでも遭遇したトラブルです。その時と同じように、回避策として、ヘッドバンドを普段より長めに調整することでハウジングが逆ハの字型になり、顔の側面に合うようになります。(ヘッドバンドの調整はハウジングが上下に動くだけでなく、円周に沿った動きなので)。そのため、上手く密閉できない人は、頭頂部とヘッドバンドクッションの間にタオルを挟んだり、ヘッドバンドカバーを装着してみると良いかもしれません。

Signature Master、Pro、Pure、SP-5

私がこれまで試してきたSignatureシリーズの中ではADAM SP-5の装着感が一番良いです。ヘッドバンドとイヤーパッドが弾力のある薄い合皮素材でできており、ピッタリと肌に吸い付く感覚があります。

Signatureシリーズはモデルごとに素材選びで差別化しているのは結構ですし、パッドによる音響設計への影響も無視できませんが、正確にフィットできなければ音質云々の話も無意味なので、その点ではモデルごとに趣向を変えるのではなく、ユーザーが容易に交換できるようなシステムにしてもらいたいです。

MasterやSP-5の薄手パッドは、頭を動かしてもヘッドホンがピッタリと固定されており、音場空間が乱れる気配がないという利点があります。その点はやはりプロっぽいです。一方Signature Pureの厚いパッドはDan Clark Aeonなどのようにグニャグニャと動いてしまうため、装着後も最適な位置を見つけるのに時間がかかります。クッション性は良好で、長時間の使用でも痛くなったりせず、5時間以上ゲームに使っても問題ありませんでした。

付属ケース

ケーブル収納

付属品ではシンプルなキャリーバッグのようなポーチが同梱されています。上位モデルでは頑丈なハードケースでしたが、正直わざわざハードケースに入れて持ち歩くことも無かったので、個人的にはポーチのほうが手軽で実用的だと思います。

ケーブルは着脱式なのですが、今回は2mコイルケーブルのみというのはちょっと惜しいです。できれば上位モデルと同じようにポータブルでも使いやすい1mくらいの短いタイプも欲しかったです。

Drop Ultrasone Signature X

ところで、3万円という価格も含めて、Signature Pureは2022年にDrop別注品として登場したSignature Xとよく似たモデルです。私自身Drop別注モデルはたびたび購入してきたこともあり(AKG K7XXなど傑作も多いです)、Signature XがDropで発売された時はずいぶん気になったのですが、当時のレビューでは不具合や不良品の酷評が多く、怖気づいて購入しませんでした。

具体的にはヘッドバンドやハウジングが割れるといった問題が多く報告されていました(今でもDropサイトのユーザーレビューなどで色々と破損写真が見れます)。それ以外でPureとの相違点ではイヤーパッドがベロア調マイクロファイバーではなくビニール合皮なのと、付属品の多さくらいでしょうか。50mmドライバーやS-Logic 3など基本的なデザインはよく似ています。

これまでDropからの限定リリースを見ると、メーカーの正式販売の前に市場調査を兼ねて出すケースが多いような気がするので(HD6XXやK7XXなど)、今回もそうだとは断定できませんが、流れを見るとそうなのかもしれません。Drop版も後日対策品に変更されたらしいですし、Signature Pureは後発なだけあって、今のところヘッドバンドが割れるなどの報告は見ていません。サポート周りでもDropは厄介ですので、ネタ的に買うのは良いですが、同じ値段ならあえてDrop版を選ぶメリットも少ない気がします。

インピーダンス

いつもどおり周波数に対するインピーダンス変動を測ってみました。

手元にあったSignature Master、Signature Pro、Signature DJとも比べてみました。違いを強調するために縦軸を拡大しています。ちなみにADAM SP-5は70Ωなのでグラフから外れてしまうため除外しました。

インピーダンス

位相

こうやって比べてみると、1kHzあたりではどれも同じような30Ω付近に収まっており、S-Logicの影響か高音の特性にそれぞれクセがあり、可聴帯域外の高音では50mmドライバー(Signature PureとDJ)と40mm金属コートドライバー(Signature MasterとPro)で違いが現れてくるようです。

同じ50mmドライバーでも初期モデルSignature DJのような大きな位相変動で低音を強調するタイプと比べると、Signature Pureはもっとリニアな深みを与えることを狙っているようです。スペックだけなら同じように見えても、物理的な音響設計は結構違うことがわかります。同じ50mmシリーズのSignature DXPとSignature Pulseで時代の変遷を比較できたら面白いのですが、残念ながら身近にありませんでした。

ケーブル

ケーブルによる違い

さきほどのヘッドホンのインピーダンス比較では、モデルごとのケーブルの違いに影響されないように、すべて同じケーブル(手元にあった中で抵抗値が一番低かったオヤイデHPC-22W)を使って測ったのですが、ケーブルを変えるとグラフも変化します。

Signature Pure付属の2mコイルケーブル(紫線)を使うとインピーダンスがそこそこ上昇するようで、ケーブル単体をテスターで測っても結構な抵抗値があります。青線はSignature Masterに付属していた1.2mのストレートケーブルで、こちらも若干違います。

ケーブルによって抵抗値が変わったとしても、クロストークや周波数依存性さえ無ければ単純にボリュームノブを通しているようなものなので、音質面でそこまでデメリットは無いかもしれません。しかしケーブルを変えると鳴り方の印象が変わるというのも納得できると思います。

さらに、上のグラフでFittedと書いてある緑線は、ヘッドホンを実際に耳に装着してピッタリ密閉させた状態で測ったものです。ドライバーの自由振動が妨げられるので50Hz付近の山が落ち着きます。これは密閉具合によって変わるので、フィットが悪かったりメガネをつけていて隙間ができると緑線と黒線の中間になります。

音質

Ultrasoneのヘッドホンはどれもソニーやオーテク並みに鳴らしやすいので、ポータブルDAPやUSBオーディオインターフェースでも十分な音量が得られますが、せっかくなので同じドイツのViolectric V281ヘッドホンアンプで鳴らしてみました。DACはChord Qutestです。

Violectric V281

Signature Pureの第一印象はまさにSignatureシリーズの期待通りのサウンドです。外観だけ同じで中身はまるで別物のようなモデルかと思いきや、意外にもメインの中域の部分はSignatureシリーズの中でもSignature Masterにかなり近い鳴り方なので驚きました。40mmと50mmドライバーの違いもそこまで気にならないので、S-Logicを含めた全体の音作りが上手なのでしょう。

低音はSignature Masterや他のモニターヘッドホンと比べるとかなり量が多いです。しかし、特定の帯域だけ空気ポンプのようにドスドス動かすのではなく、もうちょっと広い帯域に分散できています。このあたりは昔のSignature DJと比べて大幅な進化が感じられます。

低音が鈍く重くなるというよりも、中低域のメリハリが強調されるような仕上がりです。今回試聴するにあたり、ひとまず耳を慣らそうと思って適当にYoutube動画を再生してみたところ、マイク収録環境の良し悪しが目立つような聴こえ方です。ヘッドホン自体がブーミー気味になりやすいので、収録マイクが近すぎて低音が乗りすぎている時の不具合が強調されるようです。

つまり、ポッドキャストなど、スタジオブースのマイクセットアップや、ナレーションとBGMのバランスを判断するモニターヘッドホンとしては最適かもしれません。高音の解像感でいうとゼンハイザーやベイヤーなどのほうが得意かもしれませんが、ナレーションの低音側の傾向を判断するのにはスピーカーが必須だったところ、Signature Pureが意外と使えそうです。その点ではShure SRH1540とかに近いかもしれません。

MDR-M1ST、Hi-X60

身近にあった密閉型モニターヘッドホンと聴き比べてみました。

ソニーMDR-M1STは中高域のキラキラした鮮やかさがソニーらしいです。パッドが薄いのもあって鼓膜でダイレクトにモニターしている感触が強く、クラシックのヴァイオリンや管楽器はもちろんのこと、女性ボーカルの滑舌などもこれが一番明確に伝わってきます。その点ではCD900STの特徴を継承しているのでしょう。その一方で、低音はこの中で一番遅れている感じます。鈍いとか丸いというより、タイミングがワンテンポ遅くリズム感を妨げている印象を受けます。

Austrian Audio Hi-X60は個人的にメインヘッドホンとして使ってきただけあって、かなり愛着があります。こちらはSignature Pureと比べると低音が軽く、ドライで真面目な鳴り方だと思います。密閉型でありながら包み込むような響きの強調があまり感じられず、開放型に近いモニター感覚が得られるあたりを気に入っています。特にクラシックなど広帯域で正確さが求められる場面で効果を発揮してくれて、DT880やHD600のような使い方を求めている人はこちらの方が良いかもしれません。

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PosiToneレーベルからAltin Sencalar 「Discover the Present」を聴いてみました。

トロンボーンがリーダーで、トランペット、アルト、テナー、バリトンという贅沢な五管構成のセッションです。開幕のMaiden Voyageで想像できるように、あの頃のハンコックなどのスタイリッシュで細やかなアンサンブルのアレンジが楽しめますし、ソロもそれぞれの個性が際立って、PosiToneの一般的なアルバムよりもジャズの知的な側面が楽しめる一枚です。

Signature Pureで聴いてみると、どの曲も、開幕の合奏部分ではやはり中低域が重すぎる感じがするものの、いざソロに入るとそれも気にならなくなり、良い感じに楽器に張りを持たせてくれます。

ドラムがカチッと正確に鳴ってくれるのは上位機種ゆずりのモニターらしさが実感できます。一昔前のUltrasoneというとキンキン刺さる高音のイメージがありましたが、最近のモデルではだいぶコントロールが良くなっており、往年のファンからすると金属感は物足りないかもしれません。

しかし、UltrasoneらしさとしてのS-Logicの効果は健在です。こればかりは体験してもらうしかなく、しかも奇抜な鳴り方というわけではないので、すぐには効果に気が付かないかもしれません。しかし、他の同型の密閉型ヘッドホンと交互に聴き比べてみることで、S-Logicの特別さが実感できると思います。

単純に言うと、響きが多いのに、楽器の直接音の邪魔にならない、というのがS-Logicのユニークな特徴です。直接音のアタックだけが鼓膜に打ち付けるのではなく、逆にハウジングの響きで音が鈍るわけでもありません。

抽象的な感覚としては、カメラの魚眼レンズというか、大きなステンレスのボウルを覗いているようなイメージでしょうか。センターで活躍している個々の楽器がクッキリ聴こえて、その上下左右の全周囲をなんともいえない響きが取り巻いている感じです。おかげで楽器の切れ味を損なわずに演奏全体に時間と空間的な厚みと広がりを加えてくれます。

さらに、時間軸や位相が意外と揃っているのもS-Logicの効果だと思います。密閉型はとくにタイミングが不揃いな傾向があるのですが、Signature Pureは低音が遅れている感覚がありません。

サックスやトロンボーンなど単音楽器のソロは極上に素晴らしいですし、その下で演奏しているベースのメロディが互角に補い合うことで、聴いていてかなり気持ちが良いです。

ドラム、ソロ管楽器、ベースという三人のレイヤーがお互いにギリギリのところで厚みが重なり合って、かつ覆い隠さない程度に分散しており、さらに他の低音重視のヘッドホンと比べて低音のアタックのタイミングが的確で、リズム感に優れています。

弱点を挙げるとするなら、唯一気になるのはピアノです。ソロの単音は良いものの、左手でコードを叩いていると、和音の下に存在すべきでない付帯音が感じられて、それが違和感として目立ちます。特定の周波数帯に濁りがあるというよりは、響きの親和性がうまくいかないようです。

もうちょっと詳しく説明すると、単音楽器ならS-Logic由来の響きが倍音や太さへと貢献してくれるのに対して、ピアノで複雑な和声を鳴らしていると、ヘッドホンによって生まれる背後の響きとコードの構成音が噛み合わず、違和感として認知されるような感じです。

これはクラシック音楽でも同じで、楽曲が広帯域な和声重視になると違和感が目立ってきます。逆に言うと、ポップスや打ち込み系の楽曲で、各パートの帯域が明確に分割されている場合はSignature Pureが優れた効果を発揮してくれます。

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Onyxレーベルから、Thomas Dausgaard & BBC Scottish SOのバルトーク管弦楽集 Vol.3を聴いてみました。前作も大変高音質だったので、今回の「かかし王子」も楽しみにしており、実際に期待を裏切らないアルバムに仕上がっています。

このような大編成のオーケストラ作品はSignature Pureとの相性が悪いと思ったので、弱点を探るには最適な楽曲です。

たとえば開幕に重低音の響きが続く場面では、Signature Pureでは120Hz付近にヘッドホン由来の響きが感じられ、録音の空間展開と対応していないため、位相のねじれた浮ついた感じが悪目立ちしています。

そんな序盤を抜けて二曲目に入ると、クラリネットとフルートのソロなど綺麗に描いてくれますし、低音がリズムやエフェクトとして入ってくる場合は効果的で、違和感もありません。

つまり、クラシックでもロマン派以降に多い、和声に貢献する通奏ドローン低音のようなものや、ピアノやチェンバロなど低音まで広い帯域受け持つ和声楽器では、楽器と響きの境界線で違和感が発生するのでしょう。なまじ距離感があるせいで、洞窟で演奏しているような感じというか、低音のうねりの帯が周囲にあり、その奥でスッキリした高音楽器が演奏しているような鳴り方が気になります。

では、この違和感を解消するにはどうすればよいかというと、単純にSignature Masterなどの上位機種に移行すればよいだけで、ヘッドホン由来の響きがスッキリと管理され、主役と背景の前後感も正しいものになります。しかしその反面、低音に包みこまれるリッチな体験が得られないので、物足りないと感じるかも知れません。

たとえばADAM SP-5なんかはバランスが良く整ったヘッドホンだと思うのですが、それはハイレゾクラシックなどのモニター用途と相性が良いというだけであって、万人におすすめできるかというと、そうでもありません。

これらの音の違いは、Signature Pureのイヤーパッドが厚いためでもあるので、ではSignature Masterのパッドに交換すればMasterっぽいサウンドになるのか気になるところですが、実際にやってみるとうまくいきません。薄いパッドでドライバーが間近になることで、Signature Pureの荒っぽさやコントロール不足が逆に目立ってしまう結果になり、上級機との趣旨の違いを実感します。

どのみち大きな価格差がありますし、Signature Pureは低価格というのが大きな魅力でもあるので、単純に比較するのも無理があります。ファミリーカーに薄いスポーツタイヤを装着するような感じでしょうか。

ところで、Signature Pureに付属しているコイルケーブルは鈍く低音が目立つ傾向があるので、可能であれば上位モデルに付属している1.2mストレートケーブルに交換して聴き比べてみることをおすすめします。私も今回の試聴ではそうしました。

ではもっと高価な社外品ケーブルに交換すればよいのかというと、そうとも言い切れないのが面白いところです。たとえばオヤイデHPC-22WはSignature Masterで中高域の鮮やかさが増して気に入っていたのですが、Signature Pureに装着すると中低域が前に出て悪目立ちしてしまいます。

2mコイルケーブルはSignature Pure本体の弱点を制限してくれるブレーキのような役割があるのでしょうか。暴れは抑えられる一方で、中高域の切れ味や鮮やかさは大人しくなります。利便性だけでなく音質面でも1.2mストレートケーブルの方が良いと思えたのに、わざわざ買い足すのも面倒ですし、同梱していないのが残念です。

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そんなわけで、長所もあれば、価格相応に短所もあるSignature Pureなのですが、今回色々と聴いてみたところ、個人的にクラブミュージック楽曲が素晴らしく鳴ってくれる事を絶賛したいです。これだけは格別に感銘を受けました。

最近はプログハウス系が一周回ってリバイバルしているようで、上のGU45など、昔から愛聴してきたシリーズでコンピが作れるくらい新作トラックが生まれているのは嬉しいです。

大昔にソニーZ700などの時代から延々と打ち込みを聴いてきた人にとって、Ultrasone Signatureシリーズはそのスタイルを極めた頂点のような存在で、ライバルの存在も思い浮かびません。ハウスやDnBなど(いわゆるBeatportで買うような楽曲)を聴く時は必ずSignatureシリーズに手が出てしまいますし、その進化系としてSignature Pureはその中でも抜きん出て優れたモデルだと思います。

片出しコイルケーブルやピッタリと遮音する回転ヒンジ機構といったDJヘッドホン的な要素を備えながら、通常なら大口径ダイナミックドライバーが鼓膜に直撃するところ、S-Logicのおかげで音が一旦分散するため、多方面から聴こえてくるクラブやラウンジPA的な余裕があります。とくにキックが重くて遠いのが良いです。

S-Logicがダイナミックドライバー特有の指向性や周波数依存性を平坦にしてくれて、平面的な鳴り方になっているのかもしれません。リードのシンセなどが太くまろやかな一方で、帯域端キックとハイハットなど、リズムが縦にピッタリと揃ってくれるのが爽快です。原音忠実とか解像感が高いというわけではありませんが、どんなトラックでも「良い感じ」に鳴ってくれます。

Signature DJ

50mmドライバーの初代モデルSigature DJは、その名のとおりDJを意識したモデルで、低音が喉元を打撃するような強い鳴り方なので、騒音下でビートを掴むには良いのかもしれませんが、音楽鑑賞用としては辛いものがあります。

低音以外の部分とのすり合わせが悪く、覆い隠すように邪魔になっており、まるで真面目な車載オーディオのトランクに巨大なサブウーファーを追加したような感触があります。クラブミュージック全盛期のDJ系ヘッドホンはみんなこんな感じで、当時はそれでも喜んでいました。

それと比べるとSignature Pureはもっと広く深く鳴ることを目指しているようで、不快感が少ないため延々と聴いていられます。Signatue DJも当時7万円くらいの決して安くはないヘッドホンですが、同じメーカーということもあり、時代の進歩が明確に感じられます。

そんなわけで、今回Signature Pureで打ち込み楽曲を延々と聴いていて「いい音だな」と関心していたわけですが、そんな中で、ふと気がついた事がありました。これは結構多くの人に当てはまる事かもしれません。

大昔、私がまだ学生だったころ、初めてヘッドホンリスニングに興味を持って、日夜を問わず勉強中に延々とビートをBGMとして聴いていました。しかし、最近はもっぱらハイレゾ生録楽曲などを集中して聴くようになり、当時聴いていたようなダンストラックを聴き直してみても面白みが感じられません。自分の耳が高尚になったとか、ヘッドホンシステムが高級になって録音の不具合が聴き取れるようになったから、なんて思っていたわけですが、ところが今回Signature Pureを使っていると、当時と同じように延々と打ち込みを聴いていられますし、無難なBGM用というわけでなく、いい音だと関心しながら没頭していられます。

もっと高価なヘッドホンで聴くことで、トラックパートの分離とか、アナログシンセの再現性といった性能面では優れているかもしれませんが、Signature Pureほど没頭できません。メインで使うヘッドホンとして、常に優秀なハイエンドモデルを追い求めてきた中で、なにか失われてしまった部分もあったのかもしれないと思えてきました。

おわりに

Signature Pureはプラスチックでベーシックな3万円のヘッドホンではありますが、Ultrasone Signatureシリーズ上位機種の優れたサウンドをしっかり継承していることが確認できました。

私の場合は、とくに聴き疲れしにくく、作業中に延々と聴き続けるのに最適なあたりが、あいかわらずのUltrasoneらしさを実感できます。S-Logicのおかげか、とくにEDMやサウンドトラックなど打ち込み系には最高のパートナーになってくれます。

プロ用モニターとしても、低音の力強さはあっても、音色のクリア感や空間の広さが確保できており、遮音性も良好なので、長時間のDAW作業に没頭したい人に最適だと思います。マイクのセッティングによる中低音の膨らみに敏感なので、動画配信のナレーション環境を整えるのに向いていますし、弾き語りやアコースティックギターなどプライベートな環境での自身のモニタリングにも役に立つと思います。

バンドやオーケストラのミックスなど、もうちょっと多人数の複雑な楽曲になってくると、全体的な繊細さや高音の空気感の分析力が足りなく感じてくるので、そうなると上位機種に移行するか、静かな環境で開放型ヘッドホンを使うメリットが出てきます。

そのあたりは音楽鑑賞においても同様で、開放型ヘッドホンであれば低価格なモデルでも繊細なサウンドが得られるものの、部屋が静かでないといけません。それと同レベルのサウンドを遮音性の高い密閉型ヘッドホンで実現しようとなると、必然的にヘッドホン自体の価格が高くなってしまいます。

そもそもクリエイターの多くは、大編成のバンドやオケのレコーディングではなく、騒音対策に乏しい自宅にてDAWや動画編集でコツコツと地道な作業をしていると思うので、その点ではSignature Pureは実際の業務に向いているヘッドホンだと思います。

このあたりは、店頭であれこれ比較試聴する段階では、どうしても派手で鮮烈なサウンドの方を選んでしまいがちです。そういう刺激の強いヘッドホンを買ってしまったものの、自宅では遮音性が足りずボリュームを上げることになり聴き疲れが増し、長時間のヘッドホンリスニングには馴染めないという人も案外多いと思います。すでにモニター系の開放型ヘッドホンを持っているのなら、二台目にはこのような真逆の性格の密閉型ヘッドホンを手に入れるのも良いと思います。

個人的な要望としては、できれば上位モデルと同じように1.2mストレートケーブルも付属してもらえたら良かったと思います。価格を抑えるために難しいと言われるかもしれませんが、逆にこの価格帯ではケーブルの互換性や入手方法を知らない初心者も多いと思うので、むしろ入門機であるからこそケーブルの選択肢も提供してもらいたかったです。

それ以外では、フィット感も遮音性も優秀な、使い勝手の良いデザインなので、初心者のみでなく、ベテランでも手元にあれば何かと役に立つヘッドホンです。


余談になりますが、これを書いている時点で、Ultrasoneのドイツ公式サイトを見るとSignature Masterが在庫無しで「Master Mk II arriving soon!」と書いてあるので、どのようなモデルになるのか気になります。

優れた音質はそのままで、ヘッドバンドの硬さなど全体のフィット感が改善されていると良いのですが、高価なモデルですし、私も買い替えに向けて貯金すべきか今から悩んでいます。


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