2026年7月10日金曜日

Ultrasone Signature Quantum ヘッドホンのレビュー

Ultrasoneの新作ヘッドホンSignature Quantumを買ったので感想を書いておきます。

Ultrasone Signature Quantum

Signatureシリーズの最新フラッグシップで、海外では2026年5月に€999で発売しました。シリーズの原点Signature Proを彷彿とさせる赤黒デザインに最新S-Logic 5とアルミハウジングということで、ファンとして見過ごせず入手しました。

Signatureシリーズ

ドイツUltrasone社の「Signature」シリーズが2026年にフルモデルチェンジを果たし、今回紹介するSignature Quantumというモデルが新たに加わりました。

ちなみに、これを書いている2026年7月時点でUltrasoneは日本での取り扱いがアユートからキクタニミュージックという楽器輸入代理店大手に移行している最中だそうで、新製品情報に乏しいのですが、ドイツを中心に海外楽器店ではすでに販売していたので自前で調達しました。

ドイツ南部バイエルンのミュンヘン近郊に本社を構えるUltrasoneは1990年代創業の老舗ヘッドホンメーカーですが、同じドイツのゼンハイザーやベイヤーダイナミックと比べると小規模で影が薄い存在です。

ゼンハイザーやベイヤーが放送局やPA機器を専門にしているのに対して、Ultrasoneはどちらかというとミュージシャンを中心に楽器店で販売しているイメージが強いです。以前はHFIやProシリーズの上級モデルとしてSignatureシリーズがありましたが、最近はSignatureシリーズに一本化した中でラインナップを展開しています。

ちなみにUltrasoneといえば不定期でEditionシリーズという超高級ヘッドホンも出していたのですが、2020年のEdition 15 Veritas以降は更新されていません。これらEditionシリーズはレファレンスモデルというよりも貴金属や木材をあしらった高級路線で、サウンドチューニングも開発者(社長)の気まぐれのコンセプトモデルなので、Ultrasoneの定番フラッグシップといなると、やはり昔からSignatureシリーズということになります。

Signature Quantum & Signature Pro

とりわけ2011年発売のSignature Proというモデルが有名で、私も密閉型ヘッドホン最高峰の一つとして絶賛してきました。安価なDJスタイルのように見えて、当時としては破格の十万円という高価格に驚き、いざ聴いてみると抜群に音が良いという、見かけによらず凄いヘッドホンでした。

それ以降Signatureシリーズには幅広い価格帯のバリエーションやマイナーチェンジモデルが登場しており、2021年発売のSignature Masterというモデルも素晴らしかったのですが、ヘッドバンドやハウジングの構造は今日までずっと初代モデルを踏襲しており古臭い印象がありました。今回ようやくフルモデルチェンジということで、デザインの意匠は残しながら、だいぶモダンな形状に更新しています。

2026年新作

低価格のAeroとRayvoはパッドが布素材です

これまでのラインナップがSignature Master、Fusion Closed/Open、Pureという四段階だったのに対して、新型はSignature Quantum、Master Pro、Aero、Rayvoという並びになるようで、この中で前作Fusion Openに相当するAeroのみ開放型でハウジングが真円形です。

QuantumとMaster Proはそれぞれ999/799ユーロとそれなりの価格差があるものの、単純な上下関係というよりも方向性の違う二つのフラッグシップという印象を受けますし、実際サウンドチューニングが大幅に異なるため好みが分かれると思います。

Signature Master、Master Mk II、Master Pro

Signature Master Mk IIとMaster Pro

新旧シリーズの変化についてはSignature MasterとMaster Proを見比べるとわかりやすいです。私が持っている2021年初期型のSignature Masterは2011年のSignature Proとほとんど同じ形状のままで、オーテクATH-M50やソニーMDR-Z700といったY2K世代のDJヘッドホンのスタイリングを連想します。

無骨で堅牢そうなデザインだけあって、ヒンジなども経年劣化で壊れる気配がありませんし、ボール状に折り畳んで、躊躇なくリュックに投げ入れることができる信頼感があります。

その反面、ヘッドバンドが硬くて頭頂部が痛くなり、側圧もかなり強いため、レザーが馴染むまでは苦行のようなヘッドホンでした。Ultrasoneに限らず昔のヘッドホンというのはそういうのが多かったです。

2024年にはマイナーチェンジのSignature Master Mk IIが登場、ヘッドバンドのクッションが硬いレザーから柔らかいメッシュに、ケーブルもバランス接続対応になりました。音質自体の変更は無かったので、私は買い替えていません。

それらと比べると、今回登場した新作Signature Master Proは飛躍的な変化を遂げています。まずイヤーパッドが厚手の低反発素材になり、ヘッドバンドもだいぶスッキリしたシルエットです。全体的なイメージとしては旧モデルが2000年代のDJヘッドホンだとすれば、今回はソニーやゼンハイザーなど売れ筋のワイヤレスヘッドホンにだいぶ寄せています。とくにヘッドバンドや回転ヒンジのデザインは少し前のソニーWH-1000XM4あたりを連想します。

Signature Quantum & Master Pro

装着感はほぼ同じです

私が購入したSignature Quantumも同じ形状です。完全新設計ということで、ちゃんと頭にフィットするのか不安があったものの、いざ装着してみるとUltrasoneらしからぬ快適さに驚きました。

デザインからも想像できるとおり、最近のワイヤレスヘッドホンとよく似た装着感で、イヤーパッドは厚手で耳周りに吸い付くように密着してくれるため遮音性能も大変優秀です。

公式スペック364gのとおり、アルミ製ハウジングが想像以上に重く、ワイヤレスでもないのにバッテリーや電子回路が入っているのかと思えてしまうほどです。対照的にヘッドバンドは細くグニャグニャしているため、実際に手に持ってみるとだいぶハウジングの存在感があります。

これまでのSignatureシリーズとは根本的に違う装着感で、側圧はだいぶ緩くなり、厚いイヤーパッドの圧縮でかろうじてホールドしている感覚です。頭頂部の負担も少なく、長時間の装着も問題無さそうですし、以前のようなレザーのエージング作業も不要になりました。

ただしハウジングの自重が結構あるため、リクライニングしたり急に起き上がるなどで重心が移動するとヘッドホンがズルっと落ちてしまうくらい側圧が緩いです。旧型のようなガッチリしたホールド感を求めている人には向いていません。

デザイン

せっかく購入したので豪華なパッケージを自慢したいです。Signature Quantumのみパッケージが巨大すぎて驚きました。遠目では前作Signature Masterと同じ箱のように見えて一回り大きいので収納に困ります。

一見普通のパッケージ

世代ごとにだんだん箱が大きくなってます。

中に専用ケースが

こんな感じです

中身は昔から定番のジッパーケースではなくカッコいいアタッシュケースです。ここまでくると、もはやSignatureシリーズというよりもEditionシリーズの新型と呼びたくなります。Quantum以外の新作モデルは以前と同じ箱とジッパーケースのようなので、Quantumが一番値段が高いといっても、アタッシュケースにどれくらコストを割いているのか気になるところです。

付属品は1.5mの4.4mmバランスケーブルと3mの3.5mm(6.35mmアダプター)シングルエンドケーブルのみです。ドイツ本国では初回予約すると先着でUSBドングルDACが付属するプロモーションをやっていました。ケース中央の穴はそのためでしょうか。

昔のイメージを残しつつ進化を遂げています

一見高級ヘッドホンに見えないのが良いです

ロゴはガラス表面が削られています

本体は非常に高級感があるのですが、写真ではなかなか伝わらないのが残念です。ハウジングのエンブレムロゴなども含めて5,000円のDJヘッドホンと思われても不思議ではないのですが、ハウジングはアルミ削り出しにマット塗装、イヤーパッドはシープスキン本革、エンブレムは強化ガラス製でロゴがエングレービングで刻印されているという、かなり贅沢な作り込みです。

実際に手に取ってみると、その精巧さと重厚感に驚くと思いますし、公式情報によるとアルミと強化ガラスは単なる高級感のためではなくハウジングの共振対策ということで、確かに叩いても全然響かないので恩恵を実感します。

とても上質な新型イヤーパッド

ヘッドバンドも一新されています

肝心の新作イヤーパッドはまるで高級ハンドバッグのような厚手のシープスキン革で、縫製も丁寧です。すでにだいぶ柔らかく仕上げてあり、内部の低反発スポンジも厚いおかげで、数ある高級ヘッドホンの中でも装着感と肌触りはトップクラスに優れていますし、耳周りにピッタリと密着するおかげで遮音性も抜群に良いです。

ヘッドバンドはだいぶ薄くなったものの、メッシュクションは快適ですし、外側のレザーの質感が良好で見た目の高級感も損なっていません。全体的にSignatureといよりもEditionシリーズの精巧さを彷彿とさせます。

あいかわらずMade in Germanyです

丁寧な仕上がり

金属ヒンジ

個人的にひとつだけ懸念点があるとすれば、ヘッドバンドの回転ヒンジ機構が最近のワイヤレスヘッドホンでよく見るようなデザインに変更されており、この部分の強度が心配です。

私自身これまでいくつかワイヤレスヘッドホンでヒンジ部分がバキッと折れてしまうのを経験しているので、今作がどれくらい長持ちするか気になります。

一応ヒンジ機構には金属部品を多用しており、部品の組付けも非常に丁寧で、そこそこ堅牢に見えますが、回転に摩擦抵抗が無くクルクルと容易に回ってしまうため、内部配線の疲労耐性についても不安があります。このあたりは実際に長く使ってみないとなんともいえませんね。個人的にはこれほど簡単にクルクル回らないようにナイロンワッシャーを噛ませるなどで抵抗感を増やしてもらいたかったです。

S-Logic 5

Ultrasoneといえば独自技術の「S-Logic」ということで、イヤーパッドを外してお馴染みの金属パネルを確認してみました。

Signature Quantumでは新たに第五世代「S-Logic 5」に更新されたそうですが、全作Signature MasterのS-Logic 3や、それ以前のSignature Proと比べても外観だけでは違いがわかりません。わかりやすいのはS-Logic 3から中央に謎のピラミッドが追加されたくらいでしょうか。

S-LOGIC 5だそうです

ULE金属板

Signature Proでは中央のピラミッドがありませんでした

UltrasoneファンならおなじみのS-Logicですが、これまでUltrasoneを使ったことがない人にはだいぶ異質な構造に見えるかもしれません。

私の適当な解釈になりますが、S-Logicというのはドライバーからの音が複雑な障壁を通ることで音のタイミングや立体的な空間展開を調整する技術のことです。

一般的なヘッドホンの場合、ドライバー振動板からストレートに鼓膜に届けるのが正解とされており、ハウジングはむしろ邪魔な存在として、できるだけ反射の少ない開放型が好ましいと考えられています。ところがUltrasoneのS-Logicではむしろスピーカーのドライバーとキャビネットの関係性のように、ヘッドホンハウジングによる反射や回析を積極的に活用しています。なんとなくJBLパラゴンとかのアイデアを連想します。

具体的には、ダイナミックドライバーが金属板に隠されており、一部の音は中央の六角形のグリルを通り、さらに上下の白いフィルターから特定の周波数帯だけが通過します。

中央には謎のピラミッドがあり、六角形のグリルは耳穴の軸線よりも下に、白いフィルターは耳穴から遠く離れた上下前後に計画的に配置されていることで、様々な経路から発せられる音が複雑な立体音響を生み出す構造は容易に真似できるものではありません。

近頃のハイエンドヘッドホンによくありがちな巨大な平面振動板を耳の真横に隣接させるデザインとは真逆のコンセプトなので、初めて聴く時は不思議な感覚がありますが、慣れるとS-Logic特有のメリットを理解して重宝するようになります。

具体的には、フォーカスが効いてアタックやパンチもクッキリしているのに、鼓膜をダイレクトに刺激する音圧の不快感が無い、耳からちょっと離れた場所から聴こえてくる感覚です。弱点としては、出音グリルと耳穴の相対位置が肝心なので、手探りで正しい位置に装着することが求められます。私の場合は中央よりちょっと前に寄せて装着することで高音の出方が自分にベストな感じです。

さらにUltrasoneによると電磁波による悪影響を低減するため、金属板にはミューメタルというパーマロイ合金を採用しているそうです。電磁波の影響はさておき、上の写真のSignature Proでは15年経っても腐食しておらず綺麗なままです。

Signature Quantum & Signature Master Pro

Signature Aero & Signature Rayvo

ところで、これまでのUltrasoneヘッドホンというと、基本的に40mmダイナミックドライバーを採用しており、上位モデルでは振動板にチタンや金などの薄膜をコーティングすることで鳴り方を変える手法を取ってきました。今回Signature Quantumでは公式スペックによると金とチタンを二重でコーティングしているそうで、Edition 15と同等の手法だそうです。

ちなみに一番カジュアルなSignature Rayvoはパワフルさを重視して50mm、開放型のSignature Aeroは45mmドライバーを搭載しているそうです。それぞれS-Logic金属板の開口部が上下反対なのが面白いです。

ケーブル

前作Signature Master MkIIからバランス接続に対応しており、今回Signature Quantumも3mの3.5mmシングルエンドと1.5mの4.4mmバランスケーブルが付属しています。

ヘッドホン側は左片側出しで、3.5mmTRRS四極コネクターを使うことでバランス接続する仕組みです。

柔軟で高級そうなケーブル

ちなみに今回S-Logic 5での改善点として、右側ハウジングに送るのと同じ長さの配線を左側ハウジング内にも詰め込むことで、左右の内部配線の長さを揃えたそうです。

片側出しケーブルでは受け渡し配線がヘッドバンド内を通るため、左右のケーブル長さが物理的にズレてしまうのが弱点として挙げられがちなため、そのための対策です。

音質への実害があるのかは別として、どれだけ高級そうなアップグレードケーブルに交換しても片側だけが細い内部配線を通るのは感覚的に気持ち悪いので、高級ヘッドホンでは左右両側出しケーブルを採用しているメーカーが多いです。ヘッドバンドの回転ヒンジ機構などで内部配線が断線するリスクも回避できます。

Ultrasoneもこれまで最高級Editionシリーズでは左右両側出しを採用しており、Signatureシリーズの上位互換とも呼べるEdition 7、Edition 9、Tribute 7では左右両側出しケーブルという点が差別化ポイントになっていました。今回Signature Quantumも個人的には両側出しの方が嬉しかったのですが、片側出しの扱いやすさも理解できるので、バランス接続対応は良い折衷案です。

Signature Masterのは金色です

付属ケーブルはかなり良い感じです。これまでのUltrasoneというとEditionシリーズを含めて付属ケーブルがショボく、社外品へアップグレードするのが定石だったのですが、今回Signature QuantumではケーブルメーカーLuminoxとコラボした高品質ケーブルだそうです。Luminoxというと台湾のLuminox Audioでしょうか。3mシングルエンドがSPOFC、1.5mバランスは5NOCC-SPOFCと書いてあるので線材が違うようですが、どちらも優秀です。

太くても柔軟で、布巻きなので絡まりにくく、だいぶ扱いやすいです。アクセントとしてメタリックな赤い繊維が編み込んであるので、私のデスクの上に黒いケーブルが散乱している中でも瞬時に識別できるのは助かります。

ネジ込み式なのが珍しいです

ヘッドホン側はこれまでずっとオーテクM50xやゼンハイザーHD500系と同じ2.5mmツイストロック式でしたが、今回の新作では3.5mmネジ込みを採用しています。全く新しい試みというわけではなく、大昔のPRO2900なども同じ3.5mmネジ式でした。

よくある6.35mmアダプター用のネジ山と同じなのですが、ケーブルを自作するとなると、ネジ山ありでTRRS四極というのは調達が難しいです。これまでの2.5mmツイストロック式もメーカーごとにロック部分の太さが微妙に違って互換性が悪かったので、それよりはマシでしょうか。

これくらい細いプラグなら入ります

ネジ山が無くても持ち手が細めのコネクターなら入るので、よくバラ売りしている直径7mmのプラグは問題なく使えました。ちなみにTRRSは先端からL+/R+/R-/L-です。

ただし注意点として、私が普段よく使っている無難な線材でケーブルを作ってみたところ、純正付属ケーブルと比べて低音が暴れてだいぶバランスが崩れてしまいました。

付属ケーブルの1.5mバランスと3mシングルエンドを比べてもここまで大きな音質差は無かったので、純粋に線材の差でしょうか。ゼンハイザーなどと同じく、良かれと思ってケーブルをアップグレードするとむしろチューニングのバランスが狂ってしまうという例です。

インピーダンス

再生周波数に対するインピーダンスの変化を確認してみました。


インピーダンスと位相のどちらをとっても一般的なダイナミックドライバーといった感じで、Signature Quantum公式スペックの40Ωというのもピッタリですし、これといってコメントする点も思い当たりません。

唯一の開放型Signature Aeroのみ低音に大きな変動がありますが、それ以外はほぼ同じような傾向ですし、40mmのQuantumとMaster Pro、45mmのAero、50mmのRayvoとそれぞれドライバーサイズが違うものの、全体的な傾向は似ているようで、高価なモデルほど鳴らしにくいといった心配はなさそうです。

音質とか

Ultrasoneのヘッドホンは一般的なダイナミックドライバーなので音量は出しやすく、ポータブルDAPなどでも問題なく駆動できますが、せっかくの最上位モデルということでAustrian Audio Full Score Oneヘッドホンアンプを使いました。ラインソースはChord Qutest DACです。

Austrian Audio Full Score One

まず第一印象として、Signature Quantumは低音の量がかなり多いです。普段レファレンスモニター系ヘッドホンのサウンドに慣れている人ほど最初は違和感があると思いますし、もっと軽めのサウンドを求めているのならSignature QuantumよりもSignature Master Proの方が良さそうです。

私も普段の評価基準であればMaster Proを選ぶところですが、今回はQuantumの方に特別な魅力を感じて迷わず購入しました。すでに前作Signature Masterを持っていてMaster Proはそれと同系統の延長線という点もありますが、それ以上にQuantumは凄いヘッドホンだと確信しました。

凄いサウンドというのは具体的には、まず最初にUltrasoneのセールスポイントであるS-Logicのおかげで音の刺激が鼓膜に直撃する感覚が無く、密閉型ながらハウジングやドライバー振動板の存在感が目立ちません。最低音から最高音まで耳よりも前方に押し出されたような位置から音が聴こえてくるため、長時間聴いていても疲労や不快感が少なく、音量を上げても鼓膜への刺激は少ないままで、耳穴の軸線から外れた空間から体を震わせるパワフルな音圧が感じられるのはS-Logicならではの体験です。

二つ目のポイントは、低音が多いといっても、中高域の音色が鮮明でキラキラ美しいUltrasone本来の魅力が損なわれておらず、増強された低音がそれ以外の音を覆い隠さずに、不思議なほど分離して両立できています。

そして三つ目のポイントは、低音楽器の音色の描き分けが素晴らしく、特定の帯域だけをブーストするのではなく、中域からのつながりにも違和感がありません。これについてはこれまで聴いてきたヘッドホンの中でも随一だと思います。

これらを合わせると、Signature QuantumはUltrasoneの伝統である中高域の音色の美しさを、そっくりそのまま低音の領域まで拡張することに成功しており、まるで地上世界と地下世界のように、聴き応えのある帯域が普段ヘッドホンと比べて二倍に増えたような充実感があります。ハウジングが堅牢なおかげかヘッドホン自体が響いている感じが無く、聴きながらハウジングに手を添えてみても、低音の振動が目立ってくる明確なポイントがありません。

駆動については、USBドングルDACでも十分な音量が得られますが、それなりにしっかりしたアンプで鳴らすことで低音のレスポンスが増して、スッキリした透明感が得られます。このあたりの伸びしろも昔からUltrasoneヘッドホンの魅力で、アンプをアップグレードするたびにサウンドのポテンシャルをどんどん引き出せている実感があります。

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Signature Quantumのサウンドの特徴が実感できるアルバムとして、ミュンヘンフィル自主レーベルから新譜で1971年ケンペ指揮アルプス交響曲を聴いてみました。

古い録音のアルバムはオーディオ機器の性能に追いついていないことが多く、普段あまり試聴には使わないのですが、今作はバイエルン放送公式アーカイブの最新リマスターということもあって音質が素晴らしく、当時のケンペとミュンヘンフィル、そしてヘラクレスザール音響の凄さは現代の最新録音を凌駕する凄みがあります。


Signature Quantumは低音が強いということで、最初は打ち込みEDMをズンズン楽しむのに向いていると思い、実際そういう使い方でも優秀なのですが、意外にもクラシックの大編成オーケストラで素晴らしいサウンドを引き出してくれたので、むしろそういった生楽器演奏が好きな人にこそ注目してもらいたいです。

アルプス交響曲はオーケストラ楽器の見本市のような壮大な演目としてオーディオのデモ盤として愛されているわけですが、Signature Quantumはそんな大編成演奏の凄さを余すことなく描き出してくれます。

S-Logicのおかげでステージ全体がホログラフィックな立体像として前方に浮かび上がる感覚は慣れるまで不透明に感じるかもしれませんが、クラシックが好きな人ならコンサートホール二階の一番値段が高い席からステージを眺めるあの感じが伝わってくると思います。

先ほど言ったとおり低音の描き方がこれまでのヘッドホンとは別次元の上手さで、コントラバス、チューバ、コントラファゴット、ティンパニ、そしてアルプス交響曲といえばオルガンや大太鼓など数々の演出装置が見事に描かれ、それぞれの楽器が明確に区別でき、質感や音色の音階を聴き分けることができます。オケのフルスコアに例えるなら、これまでのヘッドホンだと上半分の段しか見えていなかったのが、ページ全体の縦の並びがクリアに見渡せるようになった実感があります。

たとえば4曲目「森への立ち入り」でのヴァイオリンのざわめきの上での柔らかいホルンやファゴットソロであったり、13曲目「頂上にて」でホルン8人と管楽器総出の雄大な大迫力、そして突然のティンパニの凄まじい低音の唸りに驚かされ、まさに圧巻のスペクタクルが味わえます。

トランペットやヴァイオリンの鮮明さと響きの豊かさのバランスの良さ、そして分離が良くても広く展開しすぎてスカスカにならない程度にまとまった前方視野と、とにかく音色と雰囲気の塩梅が絶妙に良いため、違和感なく演奏の世界に引き込まれます。

もちろん完璧というわけではなく、他のヘッドホンと比べて一歩劣る弱点もあります。まず当然のことながら、録音の粗探しのような精密なモニター用途には向いていません。音楽制作側がSignature Quantumを使ってしまったら、細かいことを気にせずに楽曲の鳴り方に満足してしまうと思います。あくまで音楽を聴く側の贅沢な特権として使うべきです。

モニター用途ならSignature Master Proがありますし、個人的にはベイヤーダイナミックDT1770PROの性能に長年の信頼を置いているためそちらを選びます。トラックパートごとのノイズや滑舌の処理、スコープを見ながら位相やステレオバランスを調整するなど、精密作業には密閉型ならDT1770PRO、開放型ならオーテクやゼンハイザーなどの方が断然有利です。

もう一点、これはUltrasone全般に言える事なのですが、S-Logicによって空間が作り上げられているため、録音に含まれているリアルな空間情報を聴いているのか、それともS-Logicによる錯覚効果なのかという曖昧さがあります。

破綻しない説得力があるので、必ずしも悪いことではなく、逆に言うと空間情報に乏しいスタジオミックス曲でも効果を発揮してくれるのがS-Logicの強みです。

とくに他の密閉型ヘッドホンと比べると周波数帯ごとの反射に統一感があり、フルートからコントラバスまで自然な音像が成立しているのは素直に凄いと思います。ただし、音像自体は遠くに配置されるものの、音像よりもさらに遠くへと残響が拡散していくホールの奥行きについてはSTAXやHIFIMANなどシンプルな開放型ヘッドホンの方が断然有利です。S-Logicの効果はどちらかというとゼンハイザーHD800SやヤマハYH-5000SEなどドライバーを物理的に耳から遠ざけて周囲のハウジングで反響させるタイプの開放型ヘッドホンの空間表現に近いです。

Channel ClassicsやPentatoneなど最先端のオーケストラ録音の広大なホール音響を最大限に引き出すにはSTAXなどの方が良いかもしれませんが、すでにそういった優れた開放型ヘッドホンを持っているヘッドホンユーザーこそ、Signature Quantumは全く異なる音楽の魅力を引き出す道具になってくれます。

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Signature Quantumがクラシック演奏に向いているということがわかったので、もっと小規模な室内楽で最先端の録音を聴いてみました。

Apartéレーベルからの新譜でAusländerとRyserによるエネスコ、オネゲル、プーランクのチェロソナタ集です。スイス若手新人を起用するCrescendoシリーズからの一枚ですが、このシリーズは他のアルバムも良いのでオススメです。Apartéのように録音品質が良いレーベルだと最近の若手アーティストが得意な繊細な技巧が上手く表現できて相性が良いです。

これは多分Quantumで聴くべきアルバムだと期待していたところ、いざ鳴らしてみると想像以上に凄かったです。

音が鳴り始めた瞬間から「等身大のチェロとグランドピアノ」というにふさわしい迫力のサウンドに圧倒されます。低音が強いという安直な表現では表現しきれない力強さがあり、緊迫した弓と弦そして大きなチェロの胴体から発せられる音像がヘッドホンという枠組みを超えたスケールで描かれます。

とくに6曲目オネゲルのチェロソナタでは、機関車のように突撃するピアノの厚い和声の上で暴れまわるチェロの迫力が圧巻で、ヘッドホンの限界を意識させずに白熱した演奏をフルで描ききっていますし、続くプーランクでは蝶が舞うような華麗な音色を披露してくれるあたり、表現の幅が広いです。よく優れたアンプについて「ヘッドホンを鳴らしきる」という表現が使われますが、この場合はその一歩先に進んで「ヘッドホンが楽器を鳴らしきっている」ような感覚です。

先ほど挙げたS-Logicの弱点である収録空間の再現性も、チェロとピアノのシンプルな組み合わせでは、どのみち至近距離のオンマイク録音ですし、むしろS-Logicが組み立ててくれたUltrasone独自の空間展開が魅力を倍増させてくれます。

室内楽に限らず、オンマイクなスタジオミックスのポピュラー楽器曲などでも、下手に原音忠実な空間再現を得意とするヘッドホンよりも、むしろS-Logicの恩恵に任せる方が立体的で魅力的なサウンド空間を味わえます。そのあたりはヘッドホンよりもスピーカーと部屋の関係に近いかもしれません。

ピアノの艷やかなタッチも絶妙で、チェロとは異なる平面で左右に広く展開しながらも音が滲まず、さすがUltrasoneらしい艶っぽい美しさ満載です。とくにこのあたりが低価格なSignature PureやRayvoでは味わえない部分なので、やはりEdition 15ゆずりのチタンゴールドコーティング振動板のおかげでしょうか。従来のEditionシリーズというと高音ばかりでキンキンするモデルもありましたが、ピアノなどの高音の美しさが一級品だったことは確かですし、それがようやく実用性を帯びてきた感覚です。

実は最初に試聴して感想をメモしていた時点ではまだ公式サイトの情報が更新されておらず、「コーティングに関してはこれまでの金ともチタンとも断言できない、絶妙な中間の良い感じに仕上げている印象」なんてメモしていていたところ、あとでそれが実際に正解だと判明したので、私のUltrasoneファンとしての耳が衰えていないことに嬉しくなりました。

せっかくなので、あらためて2011年のSignature Proと聴き比べてみたところ、やはり大幅な進化が実感できます。Signature Proも当時のライバルと比べるとピアノや弦楽器の音色の良さが抜群に優れており、旧世代の淡々としたモニターヘッドホンに一石を投じるようなインパクトがあったわけですが、その音色の魅力はあくまで中高域に限定されており、それ以外はまあまあ普通に鳴っている程度で、今となってはだいぶ有効帯域が狭く感じます。

続いて2016年のTribute 7では低音が増強されており、当時HD800やLCD2が流行っていた時代としては、ハイエンド機でここまで低音がパワフルなのは珍しかったわけですが、楽曲によっては嫌気が差すほど低音が強烈で、質感の描き分けに乏しく音楽全体を覆い隠すような主張の強さもあって、マニア向けの高価な嗜好品という感覚でした。

その後のSignatureシリーズADAM SP-5やSignature Masterでは、あいかわらずUltrasoneらしい艷やかな音色の美しさは健在ながら、低音は控えめで世間一般のモニターサウンドに寄せており、その点ではUltrasoneといえども世代ごとに試行錯誤が伺えます。

この頃から、Ultrasoneに限らずヘッドホン全般で低音が控えめな方が高音質という評価が定着したのは、そもそも低音が不要だから、もしくはフラットだからではなく、実際の楽器やスピーカー並みの低音をヘッドホンで出そうとすると、どうしてもドライバーやハウジングが対応しきれず暴れてしまうという技術的な限界からの妥協という側面もあります。

そういった歴史的な経緯や個人的な体験があるからこそ、今回Signature Quantumの広帯域な描き方の上手さに、ついにヘッドホンもここまで来たかと驚かされたわけです。

おわりに

Ultrasoneというのは本当に謎多きメーカーです。全部計算してやっているのか、それとも手探りの末に偶然行き着いたのか、私の頭では理解が追いつきません。

あまりにも普通すぎるデザインなのに他社を圧倒する凄いサウンドを引き出せている事、そして過去モデルと比べて目立った変更も見られないのに飛躍的な進化が実感できる事が実に不思議です。

近頃は多くの新参メーカーが何十万円もする高額ヘッドホンを次々とリリースしており、それぞれ独自のハイテク技術を主張して競い合っているわけですが、そんな中でUltrasoneは最古参の老舗ながら、一見普通すぎるデザインと999ユーロという値段で現代の最高峰ヘッドホン勢と互角に戦えるサウンドを実現しているため、なんだかハイエンドヘッドホンの大袈裟な競争が馬鹿らしく思えてしまいます。

2011年にSignature Proが登場した際も、そのカジュアルすぎるビジュアルと凄い高音質のギャップに驚かされましたが、今回まさにその再来といった感じで、2026年現在のハイエンドヘッドホンを色々と体験した耳でも、Signature Quantumのサウンドは素直に凄いと感じて購入するに至りました。

今回Signature Quantumを通して、これまでの定番ヘッドホンのサウンドは必ずしも正しい評価基準にはならないという大事な点をあらためて思い出させてくれました。

誰かが勝手に正解と決めたレファレンスカーブに沿って各メーカーのヘッドホンの優劣を評論するのでは、周波数特性などの安易な部分に視野が限定されてしまい、肝心の生音の再現性や質感表現の上手さといった本質を見逃してしまいます。Ultrasoneに限らず、各メーカーが独自のポリシーを持って努力しており、それぞれ何を伝えようと目指しているのか理解することで視野が広がります。それらの中でレファレンスカーブにピッタリ沿う事を最優先にしているメーカーがあっても良いと思いますが、同じ定規で他のメーカーを評価するのに慣れてしまうと、結局毎回同じような音のヘッドホンばかり選び続けることになってしまいます。

たとえば私も今回Signature QuantumとSignature Master Proのどちらを買うべきかちょっと悩みました。

Master Proの方が前作Masterと同じくレファレンスモニター系に近いので、私の普段の好みではそちらを選ぶだろうと思います。他に似たようなヘッドホンを持っておらず、メインのモニターヘッドホンとして多目的に活用したい人ならMaster Proは悪くない選択肢です。

聴き比べて熟考した結果Quantumの方を選んだわけですが、そちらの方が測定上優れていたからというわけではなく、もっと抽象的に、現在のUltrasoneがリスナーに伝えたい最先端のサウンドだという実感があり、それを使って音楽を聴く楽しみが期待できたのが最大の理由です。

また、世間では密閉型よりも開放型ヘッドホンの方が優れているという先入観を持っている人が多いと思いますが、密閉型の遮音性の高さのおかげで音楽の世界に集中できるというメリットを侮ってはいけませんし、Signature Quantumは密閉型の可能性を新しい次元へと引き上げてくれました。

価格帯を問わず、これくらい特出した存在感がある新作ヘッドホンというのは珍しいですし、普段のヘッドホンとは一味違う面白いサウンドを提供してくれる選択肢という点でSignature Quantumをぜひ多くの人に試聴してもらいたいです。


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