2015年3月29日日曜日

Fostex TH600 ヘッドホンのレビュー

Fostexの密閉型ヘッドホン、TH600のレビューです。

購入してからそろそろ一年が経ちますが、結構気に入っているので頻繁に使っています。
TH600の上位モデルにTH900というのがありますが、個人的にはこのTH600の音質のほうが気に入っています。

FOSTEX TH600



TH600の形状はTH900と全く一緒ですが、上位モデルのTH900が漆塗り桜木材をあしらった豪華なハウジングなのに比べて、TH600はシンプルな鋳造マグネシウムハウジングです。

ハウジング以外は同じかと思ってましたが、実はドライバも違うらしく、パンフレットにTH900は1.5テスラ、TH600は1テスラの磁石と書いてあります。磁力の強さと音への関連性については不明ですが(ベイヤーT1が発売された時は、1テスラというのをアピールしてましたね)、少なくともTH900とTH600は音質的に別物として見たほうが良いようです。

2011年にTH900が発売されたあと後続して2013年にTH600が発売されたので、きっとTH900の音色が高く評価されているものの、値段が高くてちょっと手が届かない、という意見が多かったのだと思います。TH900の市場価格13万円とくらべてTH600は7万円なので、ちょうど半額くらいですね。価格設定としては、ゼンハイザーのHD800・HD700の位置付けと似ています。

個人的にはTH900が漆塗り工程にコストをかけているのが気に入らなかったので、質素なデザインのTH600が発表されてようやく購入する意欲がわきました。


ところでこのシリーズは、DENONのAH-D2000、5000、7000シリーズとそっくりだということで発売当初から物議を醸していました。そもそもAH-D7000はDENON用にフォステクス(フォスター)がOEM作成していた商品なのですが、DENONのモデルが発売終了になってから瞬く間にフォステクス名義でTH900が発売されたのには驚きました。

AH-D7000はオーディオマニアからとても評価の高いハイエンドヘッドホンだったので、必然的にTH900にも高い期待がありました。ちなみに試聴した印象ではAH-D7000とTH900はデザインは似ていても音は全然違っていたので、フォステクスが自己流にかなり手を加えたのだと思います。

ちなみにDENONのAH-D7000の後継機、AH-D7100は音質はそこそこ悪くなかったのですが、奇抜なデザインと音作りの方向性の差異から、銘器とされたAH-D7000と比較されてあまり人気が出なかったように思えます。DENONはそのどっしりとした安定具合が定評のある老舗メーカーでAH-D7000も中高年のオーディオマニア(大型スピーカーや巨大なアンプを好む)に売れていたので、サイバーで若者向けっぽい新シリーズは既存のユーザー層を見捨てた、あまり良くない判断だったと思います。金箔桐箱入り黒檀仕様とかのほうが良かったかも。

フォステクスは昔からDENONに色々なヘッドホンを提供していましたが、最近になってDENONが独自路線に切り替えはじめたのは興味深いです。その決断の理由はわかりませんが、ヘッドホンの独自開発というのはそう一筋縄では行かないのでDENONにとっては茨の道ですね。たとえばDENON AH-D1001もフォステクス製でしたが、DENONが後継機AH-D1100を発表すると、AH-D1001は名前を変えてクリエイティブのAurvana Liveとして新たな人生を歩んでいるのは面白いです。

ともかく、フォステクスのヘッドホンというのはTH900、TH600のような新商品であっても、このようなOEMでの長年の開発実績があるため、期待が高まります。


オーソドックスなデザイン

TH600の外観です。ボリューム感のあるイヤパッドと、マットブラックの精悍なデザインが印象的です。ヒンジやヘッドバンドなど外装パーツはTH900同様しっかりと作られており、古典的なヘッドホンの王道のようなデザインです。あまり派手なデザインではないので写真での高級感は無いですが、実際に手にとってみると金属のひんやりとした手触りで、プラスチックの部品が少ないため、安物でないことを実感します。特にマグネシウム製のハウジングは軽量ながらマット塗装で高級な質感があります。FOSTEXロゴも立体的な演出だけで、あまり派手な印刷文字などが無いのが良いですね。

ヘッドバンド調整はカチカチと動かすタイプ
両出しの布巻きケーブル
6.25mmプラグは高級なデザイン

ヘッドバンド調整機構はカチカチと動かすアジャスタータイプで、これといって特徴は無いです。

ケーブルは3mの布巻き両出しタイプで、パンフレットによるとTH900は7N・OFCケーブルですが、TH600は6N・OFCなので、多少の差別化はあるようです。ここ数年はケーブル着脱式というのが流行っていますが、このTHシリーズはケーブルがハウジングに固定されているので、大がかかりな改造をしないと交換は無理です。ケーブルは柔らかくて取り回しが楽なのですが、取り付け部分が弱そうなので、断線しそうで心配です。プラグは6.25mmのみなので、3.5mmミニジャックには変換アダプタが必要です。

イヤパッドは柔らかい合皮製

イヤパッドは合皮の立体縫製で、耳の収まる開口部が広いため、フィット感は軽快です。同社のTH500RPはこの部分が狭かったため、装着するとずいぶんと違う印象を受けます。個人的には、ここまで大きい穴だと頭の装着位置が前後にずれやすいため、音質的な面でも気になります。ハウジングを前後に移動させると音の定位感がズレるのは気持ち悪いですからね。ゼンハイザーHD800などでもイヤパッドが大きいため同じ問題があります。この辺は今後もうちょっと製造技術や人間工学を駆使して先進的な設計にしてくれると嬉しいです。

イヤパッドのロック機構

ドライバとスポンジ

パッドは白いプラスチックのリングを使う回転ロック機構なので、簡単に取り外しできます。パッドを外すと50mmドライバが見えますが、強固なメタルメッシュで保護されています。ドライバの周りのスポンジは接着剤で固定されています。公式にはイヤパッドはユーザー交換不可能と書いてあるので返品修理はできても交換パッドは販売していないようです。


音質についてですが、冒頭でも書いたように、TH900よりもTH600のほうが気に入ってしまい、TH900を買う予定を変更してTH600を選んでしまいました。

もしかすると私はメーカー最上級のフラッグシップ機に過度な期待を寄せてしまっているのかもしれません。AKG K812を買おうと思っていながら、K712を買ってしまったり、遡ればK701を買うつもりがK601を選んだり、同じようなことを何度も経験しています。

ただ今回の場合、TH900と比較して明らかにTH600の方が個人的趣味に合っていたので、双方が同じ値段だったとしてもTH600を選んでいたと思います。

TH900は悪いわけではないのですが、中高域の音色に強いクセを感じたので、素晴らしい表現力や空間の余裕などフラッグシップらしい貫禄の中に、ちょっと違和感を感じる部分がありました。私のイメージしている音色の綺麗さと合致しないのか、どうしても不自然な感じが拭いきれなかったです。その反面TH600は決して音色の美しいヘッドホンとは言えないのですが、ストレートで正直な良い機械的性能だと思いました。

TH600を一言で表すと、「高解像」です。周波数帯の上から下まですべてを不足無く鳴らしきっているような印象で、どのような楽曲でも見通しが良く聴けば聴くほどディテールを拾うことが可能です。耳への音圧や刺さり、篭もりなどの悪い部分が少ないので、録音を解像するポテンシャルが非常に高い高性能ヘッドホンだと思います。

とくにそのワイドレンジ感は圧倒的で、他者を寄せ付けない説得力があります。ここまで高域から低域まで安定してフラットに表現できるヘッドホンは珍しいのではないでしょうか。

数年前にフォステクスがオーディオショウでTH500RP試聴機を展示した際に隣にTH600が置いてあったのですが、双方を交互に聴き比べるととどうしてもTH500RPが篭ったように感じてしまいました。TH500RPはそれ単体で試聴すれば美音が素晴らしいヘッドホンだと思うのですが、TH600と比較したことで、レンジやバランスという観点でTH500RPに不足している部分が露わになってしまったような気がします。

この場合TH600がTH500RPよりもレベルが高いという意味ではなく、単純にTH500RPの良い部分である中音域の美音、楽器の音色の素直さなどといった特色は、簡単なA/B比較ではなかなか理解が難しい部分だということです。反対にTH600のワイドレンジな演出は、短い試聴でもすごいと感じ取れるインパクトの強い特徴だと思います。

TH600は密閉型ですが、音圧やエッジはそこまで強くなく、なんとなくソニーMDR-Z1000やAKG K550を思い出します。K550もそうだったように、密閉型のデメリットを上手に押さえ込みながら、一般的な開放型よりも更に上を行くディテールの解像感を表現しています。

同社のTH500RPと比較試聴すると真っ先に感じ取れるのが、演奏者本人の存在感です。これを良いとするか邪魔なノイズと感じるかで、ヘッドホンの好みが別れると思います。たとえばジャズのサックス演奏を聴くと、TH550RPではメロディラインの美しい音色に惚れぼれとしますが、TH600では演奏者の指使いでサックスのキーを押すカチャカチャという音がとても鮮明に聴こえるので、ヘッドホンを交互に聴くと驚くほど違いがあります。「え、こんな音が鳴ってたの?」というくらいTH600では付帯ノイズや環境音が耳に届きます。

同じ7万円台のTH500RPとTH600ですが、ではどちらが良いヘッドホンかというと主観で意見が分かれますが、多分音楽を聴く際に、TH500RPは「楽器の音色を楽しむヘッドホン」、TH600は「録音内容を楽しむヘッドホン」という感じです。さらにこの論調でいくと、TH900は「ヘッドホンを楽しむヘッドホン」といえるかもしれません。

TH600は空間表現や前方定位なども申し分無いですし、駆動能率もまあ普通なので、ポタアンなどで十分に音量はとれます。色々と比較試聴していると、なんとなくゼンハイザーのHD700に似ているな、とも思いました。ただしHD700の方がもっと鮮烈で聞き疲れするタイプのヘッドホンで、TH600はそれと比べると若干中域が引っ込んでおり全体的に「ダークな」機械的な印象を受けます。もしかすると、HD700とHD800を足して割ったような特性と言えるかもしれません(それぞれの「良い部分」を足して割ったという意味ではないです)。

ではTH600は買うべきか、というと、買って損はしないだろうという意見です。現在所有しているヘッドホンがどちらかというと中低音がふっくらとしていたり、エネルギッシュな個性の強いタイプであれば(たとえばHD650やグラドなど)、このTH600のようなドライで高性能なヘッドホンが対照的で良いのではないでしょうか。逆に、すでにシュアーやオーディオテクニカのようなスタジオモニター調のヘッドホン、もしくはHD800などを所有しているなら、あえてTH600ではなくTH500RPや、もしくはAKGなどに行くのが面白いと思います。