2015年3月4日水曜日

ソニー MDR-Z7 ヘッドホンのレビュー

ソニーのハイエンドヘッドホン、MDR-Z7のレビューです。

2014年、ソニーが世間に提唱した「ハイレゾ」ブームを牽引するために生まれた、宿命のフラッグシップモデルです。



低価格帯のMDR-1Aや、ウォークマンNW-Aシリーズとの同時期発売で、多くの家電量販店で、「ハイレゾ体験」のためのデモブースが設置されたので、目にする人も多かったと思います。2万円台のMDR-1Aはたくさん売れたと思いますが、このMDR-Z7の売上はどうだったのか気になります。5〜6万円という価格帯は結構ライバルが多いので、ソニーとしても参入するのがなかなか難しい位置づけだと思います。


ソニーのハイエンドヘッドホンというと、過去にあったQualiaを思い出します。あの頃20万円超のヘッドホンというのは常識破りのぶっ飛んだ価格設定でしたが、今となっては、ゼンハイザーHD800をはじめとして、高価格帯ののヘッドホンなんてどこにでもありふれてますね。

それと、ソニーのハイエンドというと、MDR-Z1000とMDR-EX1000という、業務用スタジオヘッドホンがありますが、あれらはどちらかというとピーキーな解像度重視の音作りで、駆動能率も悪いという、使いづらい製品でしたが、今回のMDR-Z7は久しぶりの音楽鑑賞向けのハイエンド機ということでコンシューマユーザーの期待が大きいと思います。

また、過去のコンシューマハイエンドというと、MDR-SAシリーズのような完全開放型が定番でしたが、今回のMDR-Z7は、時代のトレンドも考慮してか、セミオープンのいわゆる密閉っぽい形状にしているのが興味深いです。オーディオテクニカみたいに開放と密閉のシリーズを両方出すという手もありますが、ソニーの方向性としては、今後どうするんでしょうね。




このMDR-Z7の最大の売りは、70mmという巨大なドライバです。ドライバが大きいと暴れやすく共振モードも下がるので、低域ボワボワ、高域メチャクチャ、という印象があるのですが、そのへんソニーは振動板を「アルミコート液晶ポリマー」という軽くて剛性の高い素材を選ぶことで、上手に仕上げています。

70mmアルミコート液晶ポリマードライバ

写真で見えているのが70mmドライバですが、たしかに他社を圧倒するサイズ感です。卓上のスピーカーとかでもこれより小さなドライバを使っている商品が多いです。去年までのソニー液晶ポリマー振動板というのは、白っぽい半透明のペットボトルみたいな素材でしたが、今回のは表面をアルミコーティングしていることがわかります。そういえばMDR-1RもアルミコートでMDR-1Aに生まれ変わりました。

もしかすると、将来的にチタンコートやダイヤコートなど、さらに高級な薄膜コーティングにするのかもしれませんね。


MDR-Z7のイヤーパッドは合皮製で、厚い低反発素材でできており、非常に付け心地が良いです。AKGやゼンハイザーのドーナツ型ではなく、縫製が平面的なバウムクーヘン型なので、顔の側面に吸い付くような、不思議な感覚です。



パッドは基本的に取り外し交換不可能ということで、ちょっと複雑な機構になっているので、オーテクやAKGのように無理に引き剥がそうとすると、最悪パッドが破れてしまう形状です。
上記の写真のように、パッドの内側に、Fostex TH900などと同じような、回転ロックするプラスチックリングがあるのですが、パッド自体の回転防止のためにパッドと合わせてネジ止めしてあります。イヤパッドの一番下の部分の内部に、小さな+ビスがあるので、それをメガネ用などのドライバで外してから、パッドとプラスチックリングを合わせて反時計回りに回すと簡単に外れます。



ところで、今回70mmドライバを革新技術のようにアピールしてますが、実はソニー自身が過去に発売していたMDR-XB1000、通称「タイヤホン」が70mmドライバを使っています。その時のパンフレットから、「世界最大」ってうたってますね。

このMDR-XB1000も所有しているのですが、見た目の低音モンスターのような形状に反して、実はかなり行儀の良い、高域から低域まで落ち着いた音色で、普通のリスニング用途にも優れたヘッドホンです。

70mmドライバのMDR-XB1000とMDR-Z7

MDR-XB1000のドライバはMDR-Z7と似ているがアルミコートではない
MDR-XB1000 意外と音が良く、個人的にお気に入り

MDR-XB1000は、巨大なイヤパッドのあまりにもバカっぽいデザインに惚れて、たしか2012年くらいに生産中止になるということで、急いで在庫処分品を買った記憶があります。MDR-XB1000以降のXBシリーズヘッドホンは、どれも少口径化して、低域が「質感より体感」のクラブミュージックサウンドになってしまい非常に残念です。このMDR-XB1000も数年後にあの巨大なイヤパッドが加水分解でボロボロになってしまうと思うと悲しいです。

ちなみに同じ70mmドライバでも、MDR-XB1000と今回のMDR-Z7では全然別物です。XB1000のものは、透明なプラスチック製ですね。


MDR-Z7はさすがに高級機種だけあって、外観はかなりコストをかけて作りこんでおり、形状や素材など、すべて100点満点といえるくらいすばらしい設計です。実際に手にとってみると、質感、装着感、高級感ともに、自分の所有しているすべてのヘッドホンの中でもナンバーワンかもしれません。



ヘッドバンドは上にレザーが貼っており、Momentumっぽい演出です。ハウジング回転機構の金属形状は鏡面処理とバフを混ぜておりとても綺麗です。ハウジングはマットブラックですが、荒くエアブラシで塗装したようなシボ加工になっています。同時期に発売されたMDR-1Aも似たようなハウジング加工になっていたので、今年のソニーのテーマなのかもしれません。以前のMDR-1Rはスムーズなマットブラックだったので、1Rと1Aの見分けをつける手がかりとして重宝してます。

調整機構は若干のクリック感のある一般的なものです。目盛りがあるのが便利ですし、頭の大きい人でも十分余裕があると思います。


ケーブルは両出しの着脱式で、コネクタは一般的な3.5mmミニジャックです。モノラルではなく3極のステレオミニを使っており、バランス駆動+アースといった配線になっているようです。付属のアンバランスケーブルも3極なのですが、ヘッドホン側端子はTIPに信号、RINGにグランドが使われており、SLEEVEは未接続です。付属のバランスケーブルの場合、TRS端子ともに接続されています。付属のミニジャックにはロックネジがついていますが、ジャック自体が結構固くてカチッと入るので、一般的な3.5mmプラグでも問題なく使えます。









デザイン的には非常に満足しているMDR-Z7ですが、一つだけ非常に不満な点があります。それはアンプ側の3.5mm 6.25mm  変換プラグの仕様です。

一見普通の変換プラグなのですが、一般的なねじ込み式のアダプタではなく、単純に差し込むタイプなので、今まで見たことのない形状です。想像できると思いますが、6.25mm端子で使用している際、毎回引き抜くたびにアダプタが外れてしまうため、とてもイライラします。なぜこのようなデザインにしたのか不明です。もしかすると、ソニーのデザイナーの人が、「ネジ山が見えるのはカッコ悪い」などと言ったのかもしれませんが、その人はクビにするべきだと思います。

バランス接続はアンプ側にソニー独自の3.5mmステレオミニx2という方法を使っています。いまのところ変換アダプタなしでは、ソニーPHA-3アンプが対応しています。

バランス接続については今のところ業界の標準規格がはっきりしていないのですが、家庭用のヘッドホンアンプだと4ピンXLRもしくは3ピンXLR×2、ポータブル用だと4端子2.5mmマイクロジャックか、Kobiconnという四角いコネクタがよく使われています。

その中で、ソニーの3.5mmステレオミニx2というのは極めて異色です。コネクタの入手が楽なので自作ユーザーには喜ばれると思いますが、また規格が増えるのは面倒です。ちなみにメーカー側としては、バランス接続に関してはユーザーが間違えて正しくないジャックに差し込んで機器を壊してしまう可能性があるので、利便性よりも独自端子を選ぶことが多いのですが、その点ではソニーの選んだ3.5mmステレオミニというのは不思議な選択です。

ケーブルについてですが、今回ソニーは気合を入れて米国Kimber Kableとコラボレーションしたアップグレードケーブルをオプション販売しています。それ自体は面白い企画だと思いますが、ヘッドホンのリリース時に同時発売だったため、なんか同梱ケーブルはあまり良くないといったイメージを与えてしまいそうです。実際は同梱ケーブルも良い素材を使っているようです。

MDR-Z7同梱のバランス駆動ケーブル

さらに、バランス用ケーブルも同梱で付属しているのですが、レビュー記事などの書き方で、アップグレードケーブルを買わないとバランス駆動できないみたいに思っている人が意外と多いようです。




付属のバランスケーブルを使おうと思ったのですが、残念ながらPHA-3アンプは持っていなかったので、簡単に自作で4ピンXLRと3ピンXLRx2のものを作ってみました。ケーブルは手元にあったBELDEN 88760を使いました。4ピンXLR出力のあるOPPO HA-1でバランス、アンバランスと交互に試聴してみたところ、明らかにバランス出力のほうが優れている結果になりました。音質については後記します。





あまりにも付属アンバランスケーブルと、自作バランスケーブル接続の音質差が大きかったため、もしかして音質差はバランス・アンバランスではなく、ケーブル品質の差なのかもしれないと思い、確証のために色々とアンバランスケーブルも作ってみました。写真は、Wireworld Solsticeのコネクタを交換したものです。

自作ケーブルを作ってみて分かったことは、少なくともOPPO HA-1では、やはりバランスとアンバランス接続には音質に大きな差があり、それと比べるとケーブルによる音質差というのは微々たるものだということでした。ソニーの同梱ケーブルとベルデン、ワイヤーワールドなど、色々なケーブルでアンバランス接続しても、大して音の傾向は変わらないのですが、これをバランス接続にすると明らかに変化します。これはバランスによる恩恵と、OPPO HA-1の内部回路の差という両方の要素がありますが、どちらにせよバランス接続のほうが優れていました。OPPO HA-1ではなく、PHA-3など他のバランス対応アンプでも同じ効果が得られるかは不明です。

余談ですが、最近「バランスケーブル」という単語だけが独り歩きしていて、雑誌のライターさんなどでバランス駆動についてよく理解せず記事を書いているのを少なからず見かけます。

バランス駆動というのはケーブルのプラスとマイナスの両方に逆相の信号を送って倍の振幅を得る、なおかつ同相ノイズを打ち消す駆動方式ですので、アンプ出力がLRの2回路だけではなく、L+ L- R+ R-の4回路必要です(最終段だけ4回路に分けているのもありますが)。単純に左右独立の4本のケーブルでアンプに接続したからといってバランス駆動とは言いません。それはただのクロストーク防止のための「グランド独立配線」です。たまにレビュー記事などで、「変換アダプタを使ってバランスケーブルに対応」などと書いてあると呆れてしまいます。

ノイトリック
スイッチクラフト

ところで、ヘッドホン側の3.5mmステレオミニ端子ですが、あまり大きいコネクタプラグを使うとハウジングに干渉してしまいます。一般的なものであれば十分に余裕があります。例として、ノイトリック(REAN)とスイッチクラフトの代表的なコネクタを使いましたが、どちらも問題ないです。スイッチクラフトはピッタリでかっこいいですが、形状が長いのでリスニング中にケーブルが肩に当たって負荷がかかります。



MDR-Z7のデザインについて色々と見てきましたが、音質の方はいかがでしょうか。

まず第一印象としては、「好き嫌いの別れる音」「リスニング向け」「イージーリスニング」といったフレーズが思い浮かびます。

目立った特性としては、中域ボーカルレンジの綺麗な表現と、低域の量感があるため、過去のデンオンのヘッドホンなどを彷彿させます。スピーカーのような綺麗にまとまった音場に、瑞々しい表現力のある楽器音が鳴るので、純粋にポップスなどの音源を楽しむには非常に良いと思います。フラッグシップ機にありがちな、高解像度でカリカリしたスペック重視の音質ではなく、ちゃんとリスニングを考えた結果こうなったんだな、と想像できます。

古い音源や、コンプが強く耳に痛い楽曲などでも、美しい方向に演出してくれるので、トータルで考えると、買ってよかったと思える商品だと思います。ヒスノイズやハイハットのシャリシャリ感が抑えてあるので、ちょっと録音がうるさくて聴くのを敬遠していたアルバムなども楽しめました。

5万円クラスの対抗馬として色々と候補が上がりますが、たとえばATH-W1000XやT70、SRH1540などよりもMDR-Z7のほうが格段に豊かで美音系だと思います。開放型だとK712、AD2000X、SRH1840などありますが、MDR-Z7はそれらに迫る空間的表現があると思います。個人的にはもうちょっと上のHD700やT1などと比較しても、MDR-Z7のほうが好きだという人は多いかと思います。

ほぼ完璧に近いMDR-Z7ですが、いくつか問題点もあります。まずいちばん困るのは中低域の残響感です。とくに低音は「盛っている」印象が強く、歯切れがよいとはいえません。ウッドベースなどを聴くと、エッジやアタック感が抑えられており、「ブォン、ブォン」といった感じに響きますので、定位感の乏しいバスレフのような印象です。

中高域の楽器の距離や定位はある程度上手に決まっているのに、低域だけが色々と反響しているので、まるで部屋で聴くスピーカーのよう、というのはこれが原因かもしれません。音響の悪い部屋だと、低域の反響がすごいですからね。そのへんの影響か、HD800やT1などと比較すると、やはり前方定位や空間の広さが不足している感じがします。70mmドライバということで、平面駆動のLCDシリーズと似た空間表現になるのかとおもいきや、意外とコンパクトな音場です。LCDのような頭の後ろにまで音が回りこむような演出は好きではないので、これはこれで良いと思います。

あと、楽曲によっては中低域の強いパッセージ(ギターのオーバードライブなど)で歪みっぽく濁った感じになるので、抜けの良い爽快感を求めているユーザーには適していないかもしれません。その点、たとえばHD700などはもっと繊細にすべての情報を表現してくれるのですが、どうも耳に音が直接来るような聴き疲れする音質なので、MDR-Z7のスピーカー的な表現力はリスニングには有利です。


OPPO HA-1バランス接続にしてみたら、この問題点であった中低域の濁りが明らかに解消され、音場の見通しも相当良くなりました。開放型に近い感じがします。もしバランス接続をする環境があるならば、このMDR-Z7は相当化けるヘッドホンかもしれません。

駆動感度は102dB/mWで70Ωなので、能率は十分良いです。貧弱なポータブルアンプでは多少駆動に苦労するようで、全体的にぼやけたような、楽しくない音質になります。Oppo HA-1、Lehmann BCL、iFi iDSD Microなどでは十分良い音で鳴ってくれます。NW-ZX1ではギリギリ辛いと思います。


総合的に見て、5万円クラスという価格帯ではかなり良いヘッドホンではないでしょうか。他の候補機種にもなにかしらクセがあるので、手放しにベストモデルを決められるわけではありません。豊かな低音でリラックスしたリスニングが好きであれば、ソニーだからと敬遠しないで是非手にとてもらいたいすばらしいヘッドホンだと思います。

専門店で色々なヘッドホンと試聴比較する機会があったら、たとえばモニターヘッドホンのように微小な音やノイズを聴き取れるかではなく、「実際自分が好きな音楽を楽しむためにはどのヘッドホンが良いか」、という考え方をすれば、このMDR-Z7は決して悪くない選択肢だと思います。逆に、MDR-Z7が気に入らないのであれば、GradoやUltrasoneなどのイロモノのほうがよいかもしれません。