2015年5月21日木曜日

Ultrasone Performance 880 ヘッドホンのレビュー

ドイツのヘッドホンメーカー Ultrasoneのヘッドホン Performance 880のレビューです。

2014年の年末にデビューした新「パフォーマンス」シリーズのヘッドホンで、Performance 「840、860、880」3兄弟の中の最上位機種です。


Ultrasoneのヘッドホンは比較的安価で販売されているスタジオユースのDJシリーズと、超高級なプレミアムリスニングのEditionシリーズが有名でが、今回のPerformanceシリーズはそれらの中間を狙った位置づけで、スタジオでもリスニングでも使えることを目指したオールマイティなヘッドホンです。



Performanceシリーズ 840、860、880はそれぞれ4、5、6万円くらいの価格設定ですが、違いは外観とドライバのみで、どれも同じ40mm口径のものを採用していますが基本モデルの840をベースに、860は金メッキ、880はチタンメッキを施すことで音質を変えているそうです。ハウジングの色も各モデルで変えてあります。Ultrasoneのヘッドホンは同系列で上位になるとチタンメッキを採用しているものが多いので(Edition 8やPro 900など)、それが同社ならではの独特なサウンドを生み出しているのかもしれません。

このPerformanceシリーズは発売当時から入荷時期が不明瞭だったり、在庫があったりなかったりで、結局売れているのか売れていないのかよくわからないミステリアスなヘッドホンです。そのためレビューの数も少ないようですが、非常に面白いヘッドホンなので今回これを読んで興味を持ってもらえると嬉しいです。


Ultrasoneというと数年前まではウルトラゾーネと呼ばれていたのでゾネホンとか曽根とかいろいろ愛称がありましたが、最近は日本での販売代理店が変わったこともありウルトラゾーンと表記されるようになりました。

この会社はドイツのヘッドホンメーカーですが、同じくドイツのゼンハイザーやベイヤーダイナミックが比較的「お固い」企業体制で堅実に製品展開を行っているのと比べて、Ultrasoneはなんとなくワンマン経営の勝負師というか一風変わった会社だと思います。音質の傾向は違いますが似たような会社としてアメリカのGradoやKossなんかを連想します。

とくにUltrasoneといえばS-Logicという技術が有名で、端的にいうとドライバを耳の軸線上から若干ずらして配置することで直接音を避け、前方定位を実現するというもっともな理論で、最近になって多くのヘッドホンメーカーが似たようなことをやっているので先見の明があったような気がします。また、ドライバ付近に磁場シールドを設ける事によって脳への電磁波の影響を防ぐという、なんだかよくわからない技術も使われています。

今までUltrasoneの売れ筋ヘッドホンというと、Pro 900やDJ1 Proなど、(なんでもProとつけたがる会社ですね)、いわゆるMDR-Z700直系のDJヘッドホンタイプが主流で、デザインよりも音質で勝負するタイプの会社だったわけですが、基本的に高域重視のパンチの効いたドンシャリで、ロックやテクノなどでガンガン聴きまくるユーザーには好評ながら、一般的にはいわゆるキワモノっぽい扱いを受けてきました。この疎外感もGradoと似ている気がします。

DJシリーズ以外ではEditionシリーズというハイエンドヘッドホンを展開していますが、古くは2008年ごろのEdition 9から一年おきくらいにEdition 8、10、5など、どれもデザインもコンセプトもバラバラであまり脈絡なく好き勝手にコンセプトモデルをリリースしています。高いモデルは30万円以上もしますが限定生産でプレミアがつくこともあって人気は高いです。最近ではこれまで人気だったEdition 5やEdition 8といったモデルをベースにバリエーション展開もしているので、次に何が起こるか予期できないメーカーです。



今回のPerformanceシリーズはハイエンドのEditionシリーズで培ってきた技術を価格を抑えたコンシューマ向けに持ってきたということですが、外観のデザインはたしかにヘッドバンドなどEdition 8に似せている形状になっています。ハウジングはEdition 8より若干大きく、ゼンハイザーのHD600など似たようなサイズ感です。DJヘッドホンのようなハウジング回転機構も備わっていますし、ケーブルもEdition 8は両出しですがPerformanceは着脱可能な方出しに変更されていますので、やはりEditionシリーズとDJシリーズの融合というコンセプトは的確だと思います。

化粧箱

Peformance matters

化粧箱のデザインは1990年台を彷彿させる感じで古臭いです。ネタなのか、真面目にパッケージデザインをしているのか疑問です。こういうのを見ると、ゼンハイザーなんかも昔はこんな感じだったのに、ここ数年でずいぶん垢抜けたな、なんて思います。上蓋を開ける際に、箱の側面に「Performance matters」と一周して書いてあります。言われなくてもパフォーマンスが重要なことはわかっていますが、これはPerformanceシリーズのスローガンのようです。

付属品


セロテープ

中身はヘッドホン以外ではケーブル類、スペアのイヤーパッドと説明書が入っています。説明書の女の人は高級ヘッドホンUltrasone Juliaのパッケージの人ですかね。これらの付属品を取り出そうとすると、なんと箱にセロテープで貼り付けてあり手作り感があります。

ヘッドバンドの調整機構

ヘッドバンドの調整機構はカチカチとスライドさせる一般的なものです。この部分はダイキャスト製なので見た目はカッコイイのですが、ご覧のとおり急な角度がついているのでそのうち疲労破壊しそうで心配になります。ヘッドバンドの調整は、自分の頭では目盛りの0〜8の5段目でフィットしました。

ヘッドバンドのロゴ

ヘッドバンド上部にはメーカーロゴが刻印されており、クッション性も一般的なヘッドホンといったところです。

ケーブルは着脱可能

ケーブルは左側の方出しで着脱可能です。ハウジングの下半分はサラサラしたマットなプラスチックで、上部は綺麗なメッキ処理を施したメタルです。チタンということでクロムメッキより重厚な鈍い光り方で、実際に手にとってみると写真で見るよりも美しいです。この部分はPerformance840ではブラック、860はシルバー、880はチタンと見分けが付くようになっています。

付属のソフトケース

付属品のケースはおむすび型のスポンジ入り素材で、イヤーパッドを回転させて収納します。ケーブルは外したほうがいいみたいですが、ケーブル収納用のポケットなどはありません。実用的ですがカッコイイとはいえませんね。


付属のケーブル

コネクタはロック式

付属のケーブルは二種類あり、一般的な黒いロングケーブルと、リモコン付きのショートケーブルが選べます。コネクタは2.5mmツイストロックタイプで、いわゆるオーディオテクニカATH-M50やゼンハイザーHD598などと同じタイプです。ためしに交換してみたところ、Performance 880のケーブルの方が若干ロック機構部分が太いため、このケーブルをATH-M50などに使うのは無理でした(ちょっと削ればいけそうです)。逆に、オーディオテクニカのケーブルをPerformance 880に使うのは可能でした。

リモコン

リモコンケーブルの3.5mm端子


リモコン付きのショートケーブルは銀色のシールドに透明な被覆のとてもかっこよいデザインです。細くて柔らかく、タッチノイズも非常に少ないので使い勝手も良好ですが、リモコンはワンボタンの簡単なものです。3.5mmコネクタもUltrasoneのロゴが入った高級そうな形状です。


装着感について

PerformanceシリーズのデザインはEditionシリーズをオマージュしていますが、ハウジング自体は結構大きいので、Focal SpiritやゼンハイザーのHD598などを連想します。

側圧はかなり強めで、耳をしっかりと覆うフィット感はオーディオテクニカのATH-MSR7やゼンハイザーHD650などと似ており過去のUltrasoneヘッドホンとはかなり違う装着感です。とはいってもヘッドバンドとイヤーパッドが圧力を上手に分散させているおかげで3〜4時間使っても痛くなったり不快感はあまり感じられませんでした。イヤーパッドは低反発素材で密着度は高いのですが、遮音性はそこそこです。高音や人間の声の帯域はかなりカットしてくれますが、自動車や飛行機などの低音はあまり低減されません。

側圧が強いことの大きなメリットは、装着時にピッタリと定位が決まることです。同じ密閉型ヘッドホンでも、例えばベイヤーダイナミックT5pやフォステクスのTH900などは密閉具合が弱くハウジングが簡単に動き回るため、頭を動かさずじっとしていないと音場が乱れますが、このPerformance 880はしっかりとホールドしてくれます。また、個人的に一番嬉しいのは、ハウジングが薄くあまり奥行きが無いため、リスニング中にハウジングを押し付けても出音が乱れないことです。これはベッドでハウジングが枕に当たったり、電車や飛行機内でヘッドレストに当っても音が変わらないので素晴らしいです。じつは今までこのハウジング問題で多くのヘッドホンの購入を断念しました。最近ではKossのSP330、SP540などが、音は非常に素晴らしいのにハウジングを指でちょっと触っただけで音が割れるので残念ながら購入しませんでした。

交換用ベロアイヤーパッド

なんと両面テープ

イヤーパッドは標準でレザー調のものが装備されており、スペアとしてベロア素材のパッドが同梱されています。しかし確認してみると、両面テープで接着する仕組みです。つまり交換する際には使い捨てになります。

個人的にはベロア調が好きなのですが、今回はレザーとベロアどちらが良いのか悩んでいても始まらないので、交換してみることにしました。

ギターのピックでこじ開ける

両面テープはかなり強固で接着剤のような粘着性があります。指でパッドを引っ張ってもパッドそのものを破いてしまいそうだったので、ハウジングとの隙間から工具でこじ開けました。ハウジングに傷を付けないように気をつける必要があるので、ギターのピックなどが最適です。

ハウジングは鏡面メッキ仕上げ

せっかくパッドを外したので内部の写真です。派手な鏡面メッキでドライバ以外に小さな穴が4つ開いている面白いデザインです。粘着テープのカスが残っているので、これをガムテープなどで除去して新しいベロアパッドを装着します。ちなみにドライバの上に貼ってある黒い布が、パッドの粘着テープと接触するため破れてしまわないよう注意が必要です。一旦外したパッドは、保存してまたいつか使おうと思ったのですが、粘着テープがボロボロになってしまうため再利用は難しそうです。どうしてもレザーに戻したければ交換パーツを購入することにします。

ベロアパッドを装着

ベロアパッドを装着した状態です。音質的には、ベロアのほうが耳への距離が若干遠くなり高域も吸収されるため、多少聴きやすく穏やかになります。低音が増して腰が低くなるのでバランスは良くなるのですが、Ultrasoneといえば定評のある派手な高域が薄まるためどちらが良いか選ぶのは難しいです。レザーを使っていて高域がうるさすぎるようでしたらベロアに交換するのが良いと思います。

音質について

Performance 880の音質は、一言で表すと「派手で繊細」です。高域重視な音作りは過去のUltrasone製品と同じなので、あえて最近流行りの低音過多なチューニングを狙わなかったことは賞賛します。

さすがS-Logicというだけあって、音場の広さは密閉型としては優秀で、とくに前方定位がしっかりとキープ出来ているので複雑な演奏での見通しは格別に良いです。これは低音の篭もりが少ないため邪魔をしないということもありますが、全体的に一歩下がったような音場を演出しているので、オペラ録音ではステージ上の歌手とピット内のオーケストラ演奏者たちがはっきりと区別がつく空間分離が実現できています。音圧の強い古いジャズ録音などでは、このヘッドホンでは全体的に頭内から一歩下がったところで音が鳴っているので、音を脳内で浴びるというよりはじっくりと空間的に聴き分けるような楽しみ方ができます。

ほかのヘッドホンだとここまで分離が良いものはあまり記憶に無いですし、逆に開放型ヘッドホンの場合は鮮烈さが不足して、近い部分の距離感が出せないことが多いので、このPerformance 880は双方の良い所取りの絶妙なバランスだと思います。オーケストラの交響曲など全体的に遠めの録音だと、音量が小さいと音像が遠く小さくまとまって聴こえるので、ある程度音量を上げて聴いたほうがこのヘッドホンの特徴を楽しめるようです。

色々と他社の密閉型ヘッドホンと聴きくらべるとわかるのですが、Performance 880の得意としているのはタイミングとキレの良さで、リズムのメリハリが際立っています。高音域は確かに派手なのですが、プレゼンス帯域より女性ボーカルやヴァイオリンなどの高い部分を持ち上げているような感じなので、空気感やヌケというよりも演奏のディテールが聴き取りやすくなるような高音です。

とくにPerformance 880はチタンメッキドライバということで金属的な刺さる音かと想像していたのですが、そこまで刺激的ではなく、綺麗に繊細な鳴らし方です。これは空間的な余裕があるおかげかもしれません。上位モデルのEdition 8は似たような高音域の演出だと思いますが、あちらはもっとダイレクトに耳元で鳴っている感じなので、個人的には聴き疲れしてしまいます。そういった意味では長時間音楽を楽しむにはPerformance 880の方が良いように思えます。

Edition 8とくらべて、Performance 880は低域の方はあまり質感が無く、淡々と鳴っているような印象です。無理に出そうとしているわけでもなく、かといって高音域ほどの俊敏なアタック感やパンチもないので、まあ普通という意味では問題ないレベルです。

購入前に下位モデルの840と860も試聴してみたのですが、高音域の繊細さは880の圧勝でした。840のほうがエネルギッシュでしっかりとした鳴り方なのですが、あえてUltrasoneというブランドのサウンドを味わうという意味では、個性豊かな880がオススメです。つまり840と似たような音のヘッドホンは他にもありそうだなと思いましたが、880はユニークなUltrasoneらしい体験でした。860は840と880の中間にあたりますが、高域にちょっとヴェールがかかったような不思議な色気があるので、楽曲によって合う合わないがありそうです。

Performance 880の一番の問題は、ポータブルユースには向かないということです。まず能率が非常に悪く、音量が取りにくいです。スペック上でも32Ω・94dB/mWということでアンプ無しでは難しそうです。

最近の他社製ヘッドホンはどれも高能率なので、ここまで駆動が難しい機種はそうそう見かけません。どれくらい悪いかというと、iPhoneでは音量MAXでも不足する楽曲が多く、ソニー NW-ZX1ウォークマンだとほぼMAX近い音量で使うことになります。特に平均ボリュームレベルの低いクラシック録音などでは、NW-ZX1では最大音量でも無理でした。

OPPO HA-2ヘッドホンアンプを使ってみたところ低ゲインモードでは頭打ちで、高ゲインモードを使う必要がありました。コンセント電源を使う据置ヘッドホンアンプならば大丈夫だと思いますが、一般的なUSBバスパワーなどの貧弱なDACアンプでは辛いかもしれません。余裕の無いアンプだと瞬間的な大音量には対応出来ないので、ドラムやベースなどにインパクトの無い、スカスカな音になってしまいます。

Performance 880のただでさえ高域重視の音作りが、貧弱なアンプを使うことによってさらにスカスカのシャリシャリになってしまうので、このヘッドホンの真価を味わうにはそれなりの高出力ヘッドホンアンプが必要になるようです。パワーのあるアンプを使えば、低域もしっかりと出ますし、フラットに近い周波数特性になります。

こんな設計なのに、わざわざiPhone用リモコンケーブルを同梱するなんて、なにを考えているんでしょうね。

この駆動力の問題と関連していることですが、音作りのチューニングが根本的に自宅の静かな環境で楽しむリスニング向けなので、いくら密閉型とはいえど電車の中など騒音が多い環境では、シャリシャリヘッドホンになってしまいます。同じく密閉型ですと、たとえばAKG K550やベイヤーダイナミックT5pなんかも似たような傾向ですね。

通勤など外使いのシナリオではポータブル向けに低域を持ち上げているヘッドホンが必要です。最近取り上げたB&W P7やベイヤーダイナミックT51pなんかは外使いではオススメですが、逆にこういったヘッドホンは静かなリスニングルームで使うと低音過多に感じます。

まとめ

Performance 880は、過去のUltrasone EditionシリーズとDJシリーズの融合という意味では成功しているヘッドホンです。側圧は強めですが装着感は快適で、中高音の空間的表現はUltrasoneならではの味わい深い演出です。

ポータブル用途には向かないかもしれませんが、家庭で音楽鑑賞を楽しむ方には十分におすすめできる個性的なヘッドホンだと思います。試聴する際には、スマホ直挿しではなくちゃんとしたアンプは必須です。

追記:
Ultrasone Performanceシリーズに興味がある人は、Signature Pro、Signature DJとの音質差が気になっていると思います。今回3つを同条件で比較することができたので、感想を書き留めておきます。

個人的にSingnatureシリーズの黒のProと白のDJは、どちらも気になる存在だったのですが、どちらもクセが強くて購入を避けていました。DJの方はちょっと低音過多で、Proはエッジが効きすぎている感じだったので、これらの中間くらいのヘッドホンがあればいいのにな、と思っていた矢先、Performanceシリーズが登場しました。

Signatureシリーズと比較すると、Performanceシリーズは優等生というか、空間とか音場を表現する繊細さを備えています。これと比較するとSignatureシリーズはかなり荒っぽいワイルドな出音に感じられます。とくに低域に関しては、SignatureシリーズはProとDJどちらも残念に思っていたので、この部分がかなりリファインされたと思います。また、Signature Proでとくに感じたのはハウジングの共振で、中域の一部がこもり気味だったのですが、Performanceシリーズでは、密閉型としてはとても上出来な、共振を抑えた音作りです。ベタなコメントですが、従来のUltrasone的な荒々しくキレのある音楽を楽しみたいのであればSignature ProとDJは一聴の価値はありますが、それを期待してPerformanceシリーズを聴いてみると、なんかゼンハイザーみたいな優等生ぶりで肩透かし感があるかもしれません。