このアンプは個人的に思い出深く、もう10年ほどずっと第一線で使い続けている、素晴らしい商品です。
HMVのステッカーは自分で貼ったものです・・ |
2004年ごろ、まだヘッドホンがブームになる以前では、高級ヘッドホンアンプといえば選択肢はこれくらいしか無かったので、ヘッドホンメーカーの多くがレファレンスとして利用していました。とくにオーディオショウの各社デモブースなどで必ず使われていたので、私も当時それが理由で気になって購入しました。
Lehmann Audioはドイツにある小さな会社で、Made in Germanyの手作りで主に小型のパーソナルモニター用装置を作っています。
このBlack Cube Linearヘッドホンアンプ以外では、名前が似ているので混乱しますが「Black Cube」というレコード用フォノアンプのシリーズが有名で、もう20年以上のロングセラーでありながら海外のオーディオ雑誌などでは常にベストバイとして推薦されている商品です。
他社の製品がアルミ削り出しに金メッキなど豪華絢爛になる中、Black Cubeはその名の通りただの「黒い箱」でありながら高音質だということが逆に格好良く、一番ベーシックなACアダプタを使ったモデルから、徐々に高品質な電源を付属したモデルにレベルアップしていく製品展開も合理的で説得力がありました。
今回紹介するヘッドホンアンプのBlack Cube Linearは、最近では単純に「Lehmann Linear」と名称を変えていますが、2003年の発売当時には上記Black Cubeシリーズの延長線として、小型で必要最低限な構成ながら高品質なヘッドホンアンプ、というコンセプトで開発されたようです。活用される用途としては、スタジオでのモニタリングに使われることを前提にしており、たとえば卓上ミキサーや当時主流になってきたパソコンベースのDAWインターフェースに搭載されているヘッドホン端子では満足できないユーザー向けだったようです。しかし音質が良いという評判が徐々に広まり、家庭用ヘッドホンユーザーにも高く評価されるようになり、たとえヘッドホンといえども高品質なアンプが必要だという認識がようやく生まれ始めた頃でした。
私も、同時期に発売されたゼンハイザーHD650を購入した際に、CDプレイヤーなどのヘッドホン出力端子では満足な音質が得られなかったため、思い切ってこのBCLを購入しました。当時の定価が12万円だったので、たかがヘッドホンに不相応な高価な買い物という認識が強く、多くの雑誌レビューなどでもそのような意見が多かったです。
その当時の世界的なハイエンドヘッドホンというとAKG K1000のような変態装置は除外すると、ゼンハイザーHD600が一番メジャーで、それ以外にもAKGのK240やベイヤーダイナミックDTシリーズなど、主にスタジオヘッドホンを家庭でも利用することが当たり前だった時代です。
2004年ごろを境に、各社からそれまでのプロスタジオ向けやポータブル・ウォークマン用途ヘッドホンの延長線ではない新機軸の家庭用リスニングヘッドホンが続々登場しはじめます。ゼンハイザーHD650やGrado RS1、ソニーからは26万円という超高級ヘッドホンQualia 010、そして翌年にはAKGからベストセラーになるK701が発売され、こういった新製品をオーディオショウなどで試聴デモを展示する際に、常に傍らで駆動していたのがこのLehmann BCLでした。
余談ですが、ゼンハイザーのHD800デビュー時も、自社開発のHDVD800ヘッドホンアンプが登場するまでは試聴ブースでLehmann BCLを使うことが多かったのですが、欧米オーディオショウでユーザーからHDVDの試作品が「音が悪い」と批判された後、また一時期BCLに戻ったこともあり笑えました。(その後HDVDは発売前にちゃんと改良されて、製品版の音は良好です)。
2015年現在、Lehmann BCLの商品自体は未だに製造販売されているようですが、今となってはあまり新品在庫を目にすることもなく、たまにフジヤさんなどで中古在庫を見るくらいです。ドイツ本国のメーカーは健在のようですが日本では販売されていないため(アマゾンでも見つからないため)、代理店が撤退してしまったのでしょうか。非常に残念です。
ちなみに発生モデルとしてUSB入力端子のついたBCL USBや、XLRバランス端子になったBCL Pro、低価格で簡略化されたRhinelander、そして2012年ころには高級パーツにアップグレードされたBCL SEなど、色々とバリエーションが展開されています。これらのいくつかについては後述します。
筐体は奥行きのある長いメタルボディで、1Uラックサイズくらいの厚さです。幅12cm程度の小さなフロントフェイスからは想像がつかない、30cmもの奥行きがあるので、設置に関しては多少気を使います。特に電源スイッチとRCAケーブル端子がリアにあるので、設置にさらに奥行きが必要です。
フロントはアルミ板の簡素なもので、角が尖っているので注意が必要です。黒塗装の金属板で、重量も剛性もかなりのものです。
機能的には非常に簡素なのでこれといって説明することもないのですが、大型のボリュームノブはとてもスムーズで高品質であり、フロントのヘッドホンジャックは6.25mmで2つあります。
実はこの2つのジャックはそれぞれ機能が違いまして、背面のライン出力端子を使っている際には、左側のヘッドホン端子にヘッドホンを接続すると背面のライン端子がミュートされる(右側ではミュートされない)という使い分けができます。それ以外では左右のヘッドホン端子に差は無いので、両方を使って二台のヘッドホンを駆動することも可能です。もちろんそれぞれ個別のゲイン調整はできないので、同じヘッドホンでないと音量が合わないのですが。
こうやって片方に3.5mmアダプタを付けておけば便利です |
ちなみに個人的には2つのヘッドホン端子は非常に重宝しています。というのも、写真のように一つの端子に3.5mmアダプタを常時付けておけば、どのタイプのヘッドホンでも気軽に接続できるという便利な使い道があります。最近はたくさんのヘッドホンを所有しているユーザーも多いので、他社のヘッドホンアンプももっとこういった気配りを考えてくれると嬉しいです。
ゲイン切り替えスイッチは下面にあります |
筐体の下面にはDIPスイッチが2つついており、それぞれ左右チャンネルのゲイン調整が0、+10、+20dBと選択することができます。もちろん双方を同じ設定に切り替えないと、左右の音量が違ってしまいます。
基本的にはいつも最低ゲインの0dB設定で十分な音量がとれるので、ハイゲイン設定にすることはあまりありません。高い駆動電圧が必要な600Ωとかの高インピーダンスヘッドホンを使用する際には切り替える必要があります。
2月のブログ記事で出力電圧を測定してみましたが(リンク→ http://sandalaudio.blogspot.com/2015/02/blog-post.html)、0dB設定だとボリューム最大でちゃんと0dBゲインなので、単純に低インピーダンス出力の電流バッファ的な駆動になります。(つまり2V出力のプレイヤーを接続すれば、BCLのボリューム最大で出力が2Vになります)。
同じ2V入力でも+20dBのハイゲインモードだと13V以上の電圧が取り出せるので、高インピーダンスヘッドホンでも容易に駆動できます。
この切替スイッチのおかげで色々なヘッドホンでも安心して駆動できることが、各メーカーのデモ機として重宝された理由の一つだと思います。
RCA入出力端子は見分けがつかないためいつも混乱します |
背面にはIECケーブルの電源入力と、ステレオRCA端子が二種類ついています。端子は高品質な、よくDIYオーディオなどで見かけるタイプです。外側のステレオペアが入力端子、そしてとなりが出力端子です。出力端子はスルーではなくフロントのボリュームを通るので、簡単なラインプリアンプとしても活用できます。端子間の距離はある程度開いているので。今まで大型のRCAプラグでも干渉することはありませんでした。
上蓋を開けた状態です |
外観だけ見てもあまりおもしろくないので、内部も簡単にチェックしてみます。筐体左右の六角ネジで簡単に開けることができますが、コンセント電源を使う製品ですので注意が必要です。
全体を見ると、かなり丁寧で綺麗なレイアウトです。電源回路と音声基板が一枚になっており、合理的でわかりやすい回路設計です。定価12万円ですが、実質的なパーツは1万円程度で回路も簡単なため、中国のメーカーなどで大量に模造品が出回っているのを目にします。やはりパーツの選択などで微妙に音が違いますが、DIYなどが得意な人にとってはクローンを作るのも面白いプロジェクトではないでしょうか。
大型の電源トランス |
RCA接続端子へのケーブル |
RCA端子は基板直出しのケーブル接続で、トランスの真横なのが多少心配ですが、ノイズなどの問題はありません。ハンダも綺麗でさすがドイツメーカーです。
音声回路 |
ALPS製ボリュームノブと、抵抗類も高品質です |
オペアンプはOPA2134 |
音声基板も非常に簡単で、コンデンサでカップリングされたRCA入力信号をバーブラウンのオペアンプOPA2134で受けて、バイポーラのプッシュプル2段でバッファされるという、教科書的なパワーアンプ回路です。
ボリュームはALPSの高品質なもので、それ以外の電子部品も合理的で信頼性の高いパーツを上手に選択している、ハイレベルな測定装置や産業機器メーカーのような設計です。
実際私の所有しているユニットは過去10年間の半分くらいは常時通電しているのですが、未だに故障や不具合に遭遇していません。将来的にコンデンサなどがパンクしても修理交換は容易ですし、長く使える安心感というのはこういった部分にあると思います。
ちなみに発生モデルの中で、低価格なRhinelanderという商品は、同等の音声基板が簡素化されて、電源が無くなりACアダプタ駆動に変更されたモデルです。たしかにLehmann BCLのコストの大半は大掛かりなトランスと電源回路にあるので、これを排除したモデルを販売するのは合理的です。
BCLにUSB入力がついた「Black Cube Linear USB」というモデルもありますが、これはもうかなり古いモデルで、48kHz 16bitが上限のTIかどこかの出来合いのUSBインターフェースをポン付けしただけの商品なので、あまりオススメできません。これを使うくらいなら最新のUSB DACを買ってライン出力でBCLに入力したほうがマシです。私自身も、PCからUSB でResonessence Herus DACを通してBCLにライン入力しています。Herusは非常に高品質なDACですがバスパワーなため大型ヘッドホンを駆動することは難しいので、それを補うためBCLとペアリングするのが合理的だと思いました。
最近ではBlack Cube Linear SEというハイエンドモデルも販売しており、値段が定価19万円とかなり底上げされており筐体もウッド調のカバーが付属しておしゃれになりました(オリジナルは角が尖っていて危険だったのでカバーは良いアイデアだと思います)。
このSEモデルは基本的な回路設計は通常モデルと一緒ですが、カップリングコンデンサや電源平滑コンデンサ、いくつかの抵抗などが高価なオーディオグレード品に変更してある、いわゆるプレミアム版です。音質は良くなっているかもしれませんが、価格上昇に見合うかは不明です。自作好きなら、似たような改造を通常モデルに行うことも可能です。
さて、音質についてですが、簡単に言えば「素朴で素直、繊細だけど骨のある」といった印象です。
位相管理がしっかりしているのか、音色に破綻が少なく低域から高域までスーッと伸びるような透明感は最新の高級ヘッドホンアンプと比較しても一級品だと思います。
興味深いのは、繊細といっても解像度重視のモニター調な音色ではなく、じっくりと落ち着いて音楽を楽しめるような余裕を持ったプレゼンテーションなので、これはハイエンド・オーディオに共通する、性能と音楽性の両立を実現できている良い例だと思います。
瑞々しさや艶っぽさは少ないので、あえて美音を際立たせるような音作りではないのですが、逆にそのおかげで破綻せずにどんなジャンルでも楽しめる、バランスの良い音色です。
低域の量感は少なめで、エッジのギラギラした刺激が少ないので、ついつい音量を上げすぎてしまうこともあります。試聴者によっては退屈でスムーズすぎる音色と思う方もいるかもしれません。
アナログヘッドホンアンプなので、もちろんDACなど上流デバイスの音質も影響してくるのですが、なんとなくこのLehmann BCLを通すことによって、それらを整えて聴きやすくしてくれるような、余裕や懐の深さを感じます。上流に使うのは、ライン出力DACやポータブルDAPなど、なんでも良いのですが、個人的にはResonessence Herusとペアで使うことが多いです。
もうひとつLehmann BCLの使い道として、リアパネルのRCAアナログライン出力端子がありますが、これが実は想像以上に良いです。
回路的には、増幅回路後にヘッドホン端子から抵抗を通して分岐させているだけなので、ボリュームノブと連動するためプリアンプとして活用できます。このRCA出力をスピーカー用のパワーアンプに接続してみたところ、自分が普段使っているプリアンプよりも素直でクリアな、Lehmann BCL特有の音色が感じられたので、驚きました。
例えば、パソコンからUSB DACを使ったステレオシステムを組みたい場合でしたらアンプに多数のライン入力は不要なので、このLehmann BCLと適当なパワーアンプを一台買えば、スピーカーとヘッドホンの両方に兼用できますのでお買い得です(しかも非常に高音質です)。
唯一注意しなければいけないのは、Lehmann BCLの電源スイッチには保護リレーなどが配備されていないため、電源ON・OFF時に音声回路にバチッという盛大なポップノイズが入ります。当初これに気がつかずパワーアンプの保護回路が働いて驚いた記憶があります。最悪の場合パワーアンプやスピーカーを破損することになるので電源投入時の順番に関しては注意が必要です。
ちなみにLehmann AudioはこのBCLと同じ筐体デザインで「Stamp」という名前のスピーカー用パワーアンプも製造しています。多分BCLと積み重ねてミニコンポ的に活用するためのアンプでしょう。これは未使用なので音質については不明ですが、内部はBCLと同じような電源回路と、Tripath製の10Wチップアンプを駆動しているだけなので、あまり期待していません。チップアンプというのはワンチップで増幅回路が全部入っている、いわゆるオペアンプの巨大版のようなやつで、よくミニコンポやカーステレオなどスペースが限られた場所で使われるアンプです。
個人的にはLehmann BCLと合わせてコンパクトシステムを組む際にJeff Rowland 102というIcePowerの100WクラスDアンプを使っていますが、手軽で高音質なので気に入っています。
まとめになりますが、電源コンセントさえあればどんなソースでも、どんなヘッドホンでも安定して駆動してくれる余裕、そして絶対に壊れなさそうな堅牢性が非常に魅力的です。ヘッドホンマニアとして色々なDACやアンプを取っ替え引っ替えしている毎日でも、つねにLehmann BCLが手元にあるというのは一種の安心感というか、音色のレファレンス的な存在になっている気がします。古い商品ですが決して古い音色というわけではなく、逆にこれに続く多くのヘッドホンアンプの基準になった、決定的な商品だと思います。
最近でしたら中古などでかなり手が出しやすい価格になっていると思うので、興味をお持ちの方はぜひ一度試聴してみることをオススメします。最近は安価で使い捨てのようなヘッドホンアンプが多数発売されていますが、このLehmann BCLは気に入れば一生モノとして大切に使える、本物の逸品だと思います。