2015年5月23日土曜日

Audeze EL-8 開放型・密閉型を比較試聴してきました

米カリフォルニアのヘッドホンメーカー Audezeの新ヘッドホン EL-8を試聴してきました。
このヘッドホンはAudeze LCDシリーズの平面駆動型ドライバ技術を継承した、ポータブル用ヘッドホンということで注目を浴びています。

Audeze EL-8 左:密閉型  右:開放型



興味深いのは、同じデザインと価格で開放型・密閉型の2つのモデルを販売していることです。値段が同じということは、どちらが優れているというわけではなく、ユーザーの好みで選ぶことになるので、非常に悩ましいです。私も購入しようか真剣に考えていたので、今回は2つ同時に同条件で1時間ほど試聴してきました。結果、購入は断念したのですが、一応参考までに記事にまとめておきます。

2015年5月現在、日本では未発売ですが海外では結構前から出回っているので、日本でもショップなどでちらほらと見る機会が多いです。


開放型はAudezeの「A」の文字をあしらったメッシュ形状になっており、密閉型はそのメッシュ部分がアルミのフタみたいなものに交換されています。一般的に、開放型と密閉型のヘッドホンは音響設計の時点で色々と違うので、単純に開放型にフタをすれば密閉型になるわけではないのですが、その辺はきっと内部のチューニングも色々と変えているのでしょう。

今回は出先での試聴だったので写真はあまり撮れませんでした。


まず最初に、Audezeという会社についてですが、これまでは平面駆動型の大型ドライバを搭載したLCDという高級ヘッドホンのみを販売していました。LCDシリーズは現行モデルのLCD-3が27万円前後と、かなりハイエンドな商品で、ハウジングも超大型、駆動にはかなりハイパワーなアンプが必要と、本格的なリスニング用途のヘッドホンです。最近ではLCDシリーズでも低価格な手に入りやすいモデルがあり、一番下のグレードは11万円付近になります。勿論LCDシリーズということで開放型で巨大、低能率ですからポータブルには全く使えないヘッドホンです。

今回登場したEL-8シリーズは好評だったLCDシリーズの技術をコンパクトに仕上げて、駆動能率も上げることでもっと幅広いユーザー層が楽しめるような商品を目指したということで、販売価格も8万円程度と、他社のハイエンドヘッドホンと比較して手が出しやすい価格設定になっています。

デザインも、これまでの超巨大なハウジングから一新して、自動車のBMWデザインワークスが手がけたというエレガントでスリムなフォルムになっています。

ここまでは事前に聞いていた広報資料なのですが、実際に手にとってみた感想をまとめてみます。

外観・装着感について

まず手にとってみると一瞬でわかるのですが、とにかく想像以上に重いです。鉄の塊を持ったかのような重量感で、見た目のスリムなデザインとのギャップに驚きます。スペック上も460グラムと、一般的なヘッドホンの中でもかなり重い部類です。(たとえばゼンハイザーHD800は370グラムです)。

個人的な感想としては、この重さであるかぎりポータブル用途は無理だな、と思いました。大柄なアメフト選手などでないかぎり、装着して動きまわるだけで首が疲れます。

また、ケーブルも両出しの着脱式なのですが、タイトルの写真で見られるようにコネクタが新規の薄い長方形のもので、なんとなくUSBやマイクロSDカードのような端子です。この部分が曲げに弱そうで、使用中壊してしまいそうで心配になりました。ちなみに引っ張ると簡単に外れます。

装着感は非常に良好ですが、不思議な体感です。まずイヤーパッドがとても重厚でふかふかしたものなのですが、耳に装着する際の密閉感が驚くほど強く、何気なく装着したら圧力で鼓膜が痛くなりました。ノイズキャンセリングヘッドフォンや、飛行機内で離着陸時に起こるあれです。驚くことに、これは密閉型も開放型も両方とも同じように起こりました。

実際に装着してからは非常に快適で、側圧は強めですが痛さは全くなく、むしろピッタリと吸い付く密閉具合に閉塞感を感じます。ハウジングの重量を受け止めるために側圧はかなり強くしているのでしょう。肌触りも良好で、特に驚いたのが、ヘッドバンドの頭頂部にあるパッドがとても快適で、頭に触っているかどうかも気がつかないくらいでした。試聴中に頭上にヘッドバンドが乗ってないような気がして、手で触って確認してみるとちゃんと頭に乗っている、といったことが何度もありました。

イヤーパッドのクッションは最近よく見る超肉厚の低反発素材で、例えばソニーのMDR-Z7やOPPO PM-3などと似ていますが、このEL-8はさらに重厚です。OPPO PM-3はハウジングが小さいため若干装着時の安定性が悪い印象だったのですが、EL-8は大きめのハウジングのおかげで安定しています。サイズ感はゼンハイザーのHD598シリーズや、最近レビューしたUltrasone Performanceシリーズと似ています。

ケーブルは両出しで、いわゆる「きしめんタイプ」のフラットケーブルです。薄くて取り回しは楽です。以前ソニーがよく使っていたもの(XBAシリーズヘッドホンなど)に似ています。コネクタは一般的なL字型3.5mmプラグです。

音質について

実は私はこれまでどうしてもAudeze LCDシリーズの音が好きになれず、多くのヘッドホンを所有していながらLCDは一度も購入したことがありません。とくにLCD-2とLCD-3は試聴会などで体験する機会は何十回もあったのですが、毎回納得いかず頭をひねってしまいます。

個人的に感じるLCDシリーズの問題は、大口径の平面駆動型ドライバが耳に隣接しているため、耳の後ろからも音が聴こえる、ということです。つまり、理想的には前方定位でリアルな演奏を楽しみたいのに、頭の後ろからも音楽が鳴っているため擬似的な3D効果のような感じで不自然さが拭えません。

コンサート会場で最高の指定席に座ってピアノ・リサイタルを楽しみたいのに、LCDを使うと自分がピアノの中に突っ込まれたかのような不自然な音場感になってしまいます。クラシックやジャズなど、生録音やワンポイントマイクのリアルな音場を再現するようなジャンルでは致命的な問題なのですが、スタジオ合成のポピュラー音楽の場合はあまり気にならないかもしれません。

この定位感の問題以外ではLCDは極めて良好なヘッドホンだと思っているので、今回のEL-8はドライバサイズが小さくなり、一般的なハウジング形状になったため、もしかするとLCDを超える音場感が得られるかと期待していました。

いろいろと試聴した結果、たしかにLCDをとくらべてEL-8のほうが一般的なヘッドホンに近い音場と定位感で、たとえばゼンハイザーHD800ほどの前方定位には敵いませんが、可もなく不可もなく、満足のいくプレゼンテーションでした。

EL-8を試聴していて驚いたのは、密閉型と開放型の音色があまり変わらないというか、非常に似せてチューニングされています。もっとあからさまに音質差をつけているのかと思ったら、言われなければどちらが密閉でどちらが開放型かわからないくらい、中性的な音質にしてあります。つまり密閉型にしては高音域の開放感は非常に優秀ですし、開放型にしては濃厚でパワー感があります。たしかに音漏れを考慮すると密閉型のほうが優秀ですが、環境騒音からの遮音性は開放型でもとても良いです。構造を見ると、開放型といってもドライバの後方が開放されていても、ドライバ前方と耳は密閉空間になっています。

もちろん開放型と密閉型で音色が全く一緒というわけではなく、特に中低域の男性ボーカルやギターを聴いていると、開放型のほうが音色に味と深みがあるのですが、密閉型では多少うわずったようなヌケの悪さがあります。これはハウジングの共鳴かなにかだと思いますが、この中低域の出し惜しみ感が密閉型の唯一の問題でした。

どちらのEL-8も、低域はLCDのようなしっとりとした出し方ができないようで、どうも量感はあっても味気無い印象です。低域の問題はたいがいアンプの駆動力不足が原因だったりするのですが、Lehmann BCL据置型アンプを使用してみたところ残念ながらLCDほどのディテール深い低音はEL-8では発揮できませんでした。先日ベイヤーダイナミックのAK T5pを試聴した時も感じたのですが、高能率を目指したポータブルヘッドホンで、据置型のような十分満足いく低域を出すのは難しいみたいですね。AK T5pも上質な高域に見合わない、味気ない鳴るだけの低域でした。

今回はせっかくの「ポータブル機」ということでiFi Audio Micro iDSDとOppo HA-2で駆動してみました。EL-8の能率は結構悪く、Micro iDSD、HA-2のどちらもゲイン調整を高ゲインモードに設定しないと十分な音量はとれませんでした。

トータルバランスで見ると、EL-8は極めてフラットで、測定グラフなどは良好なんだろうと思わせるのですが、楽曲のジャンルによって得意不得意があるように思えました。

たとえば小編成のバンド録音などであれば、ボーカルやギター、ピアノ、ベース、などとそれぞれに集中して演奏を楽しめますし、解像感も良好で、刺さったりこもったりなどの破綻もせず優秀に感じます。しかし致命的だったのは、大編成のオーケストラ録音が上手に再現できないところでした。同価格帯の他のヘッドホンとくらべて、大人数の楽器が一気にワーッと鳴っている時に、EL-8では淡々とした奥まったフラットな鳴り方で、主旋律やリズム、メロディなどが前に出てきません。

参考までに比較で使ったLCD-2 Rosewood、Grado PS500やベイヤーダイナミックT1などは、確かにそれぞれ不得意な部分もありますが、こういった大編成のトゥッティを上手に料理してくれるというか、音楽に重要な部分だけを抜き出して美音を生成してくれるような良さがあります。これがハイエンドヘッドホンの醍醐味だと思っています。EL-8は残念ながらこの部分だけLCDクラスのヘッドホンには敵わないなと感じました。

まとめ

EL-8はLCDとは若干違うの個性のあるヘッドホンだと思いました。8万円という価格帯だとライバル機も多いので、単純に自分の好みから外れてしまったため購入には至らなかったですが、技術的な要素や高品質なデザインなど、魅力的な部分も多いヘッドホンです。

密閉型と開放型のどちらも非常に近い音作りで、用途に応じて選ぶ必要がありそうです。個人的には開放型のほうが良いと思いました。LCDのと比較すると低音になるにつれ解像感が落ちるようですが、高域の開放感や分析的な鳴り方は一級品なので、自分のよく聴くジャンルにピッタリはまれば悪くない選択肢だと思います。