2015年12月3日木曜日

64 Audio ADEL ユニバーサルIEMを試聴してきました

64 Audio (1964 Ears)の新しいIEMシリーズ「ADEL」を試聴してきました。

他社の一般的なマルチBA型カスタムIEMと同様に、このADELも2ドライバから12ドライバまで幅広いバリエーション展開しているわけですが、ユニークなセールスポイントとして、ドライバの背圧を上手に逃がして鼓膜への圧迫感を低減する「ADEL Auto Module」というパーツが搭載されています。

ADELの8ドライバと12ドライバモデル
シリーズでカスタム(A-Series)とユニバーサル(U-Series)の両方を展開しているのですが、カスタム版はすでに販売(というか注文受付)が11月末に始まっており、ユニバーサル版は2016年1月に発売だそうです。

今回、カスタム版プロモーションのためにメーカーが店頭に試供しているユニバーサル版を試す機会があったので、せっかくなので全バリエーションを試聴してみました。


64 Audio

最近まで「1964 Ears」という社名だったのですが、今回新IEMシリーズ発表とともに「64 Audio」と名前を変えたようです。ちなみにそもそもの由来は、1964年は音楽にとって黄金期だったから、というインスピレーション的なネーミングだそうです。

本社はバンクーバーということですが、カナダの大都市バンクーバーではなく、アメリカ、ワシントン州にある同名の街で、オレゴン州ポートランドと隣接しています。小さな会社ですが、BA型IEMのメーカーとしては結構歴史があります。

ADEL

これまでの64 Audio製品は、シュアーやWestone、もしくはJH、Noble Audioなどと同様に複数のBAドライバをプラスチックのモールドケースに封入した、ごく一般的な形状だったのですが、今回の新シリーズ「ADEL」では、ユニークな機構を採用しています。


↑ 公式サイトとYoutube動画に詳細な説明があるのですが、ハウジングにBAドライバ以外に、筒状のメタルパーツが搭載されています。このパーツは耳孔へのダクトと対照的な位置にあり、中にはゴムのダンパーが入っておりドライバの背圧をここで吸収するというギミックです。

音導管(緑)とは別に背圧を逃がす(青)ことで、鼓膜への負担を低減

銀色のチューブが背圧を吸収します(公式サイトより)


チューブの中には複雑なダイヤフラムが入っているらしいです

この筒状パーツ(ADEL Auto Module)の特性を追い込むことで、音質的な悪影響を抑えながら鼓膜への圧力を抑えるという構造です。実際BA型IEMを好まない人たちの多くは、出音の圧迫感や閉鎖感(耳栓状態)を理由としてあげていると思うので、このADEL新機構はそのような悩みを解消できるアイデアとして注目しています。

B&Wの「ノーチラス」コーンなんかも、背圧を制御する技術ですね

実際大型スピーカーではドライバの背面にパッシブラジエータや特殊機構を配置して背圧を制御するという仕組みは昔からありましたし、ダイナミック型IEMの場合はドライバの性質上背圧のチューニングは必要不可欠でした(たとえばIE800なんかは上手な例です)。マルチBA型IEMではこれまで密閉型が主流でしたが、ただドライバの数を増やすだけの手法はもう流行らないので、そろそろADELのように筐体設計も配慮した新機軸の音響設計が注目されます。

装着感

私の耳孔の形状が特殊なのか、これまでの大型マルチBA型IEMは、なかなかフィットすることが出来ず、試聴するまでもなく断念することが多かったのですが、このADELは最小構成の2ドライバから、最大12ドライバまで、どのモデルも快適に違和感無くフィットできました。

たとえばJHの場合、ロクサーヌやレイラなど、どれもレビュー記事などで「素晴らしい」ということでワクワクしながら試聴してみたところ、耳孔からポロポロと外れてしまい、まともにフィットできず、そのため左右のバランスや低音の量感も安定せず正当な評価が出来ないでいます。

もちろん複数ドライバの本流はカスタムIEMなんでしょうけど、ユニバーサル版で試聴出来ないとカスタムをする思い切りがつかないことと、私自身の場合は使用するイヤホン・ヘッドホンの回転が激しいため、納期数ヶ月のカスタムを作るなんて悠長なことをする気が向かないです。

ADELは一般的なゼンハイザー・ソニー系のイヤピースが装着できるため、コンプライ(多分400番)など色々使い回しができるのが嬉しいです。今回の試聴機は3段フランジのキノコが付属していたのですが、自分の耳に全く合わなかったため、常用しているJVCスパイラルドットイヤピースを使ってみました。使用するイヤピースで印象も変わると思うので、普段慣れているものを持参するのがベストです。

ケーブルや耳かけ部分はごく一般的なカスタムIEMで見られるタイプで、コネクタも古き良き時代の2ピンタイプです。個人的に2ピンは折れるのが心配なので、MMCXのほうが好みなのですが、別にたいした違いではないですね。

ADELは耳孔に入れる音導管が太くて長いため、今回使ったJVCなどのシリコンでは音導管がギリギリまで露出します。実際この方が音質がイヤピースに依存しにくいため良いと思います。

装着感はJHやシュアーなどよりもNobleに近く、また最近ではALOのCampfire Audioとも似ていました。特に、ADELのセールスポイントである「Auto Module」の金属ダクトがちょうど良い位置にあり、そこを目安に指でグッと押し込むと直線的にドライバの挿入位置決めができるので快適です。

デモ用モデルはクリアハウジングで、内部の配線が見えるスケルトン仕様

ちなみに今回の試聴機は内部のBAドライバが見えるように透明なハウジングなのですが、製品版のユニバーサルタイプはハウジングが黒になるそうです。クリアのほうがカッコいいと思うので残念です。カスタム版はもちろん無数のカラーバリエーションを選択できます。

音質

個人的にこれまでの1964 Earsラインナップについてはあまり詳しくないので、音質の傾向が似ているとかはよくわからないのですが、今回ADELを色々と試聴してみたところ、「それぞれ各価格帯にあわせて絶妙なチューニングをしているな」と感じました。

2BAから12BAまで、幅広いラインアップです

つまり単純に高価になるほど音が良くなるというわけではなく、各モデルごとに、同価格で競合するようなライバル製品と良い勝負になる音作りだと関心しました。

今回試聴には、手持ちのiBasso DX80と店頭にあったFiio X5-IIを使いました。

まず全体的な傾向としては、低価格の3ドライバモデルから、ドライバ数が増えていくことにより、楽器の太さや低域の量感が増していくような感じです。

まず2と3ドライバのモデルは、価格相応というかBA特有の歯切れ良さが目立っており、案の定シャリ感や刺さりがあります。とくにボーカルは若干ホットなビビリがあるので、これはシュアーなどと同様です。個人的にこの価格帯ならダイナミック型のほうが良いかなと思います。

5ドライバになって、音質はかなり良好になります。たとえばSE535などと比べると確実にワンクラス上の音色ですのでアップグレードする価値はあります。個人的にはこの5ドライバが一番バランスが良く、なおかつ音に活き活きとしたエネルギーを感じます。

一つ面白いと感じたのは、音場のプレゼンテーションが、3ドライバでは左右に狭く、奥行きのある、いわゆるモニター調な鳴り方で、とくに前後のディテールが優秀だったのですが、これが5ドライバ以上になると、だんだんと奥行き方向が圧縮されて、左右のサラウンド展開が広くなります。

各楽器の音色が太く強調されることで、音場の奥行きが失われるのかもしれません。これ自体はリラックスして音楽を楽しむという上では悪くない演出だと思います。圧迫感が無く音色が太く描かれるので、一種のスピーカーリスニングに近いかもしれません。

8ドライバになると、音質の変化が安定志向になり、5ドライバよりも各楽器の響き重視で空気感が減ります。5ドライバと8ドライバのどっちが良いか、と聞かれたら、トータルのバランスが良いのは8ドライバだけど、お買い得感は5ドライバだと思うので、価格相応の音質向上かというと、そうとも言えません。特に安定志向は10ドライバで顕著になり、はっきりいって「退屈」で過剰に整えられた音色のように思います。なにも特出しないのでなんとも言えない無個性で試聴中も「ふーん」という感じでした。


今回は、落ち着いたジャズボーカルの高音質アルバムで、オーディオデモ用途に最適な、Lyn Stanleyの新譜「Interludes」をメインに聴いてみました。

色々と試聴していって、最終的に12ドライバのモデルに行き着くのですが、値段が米ドルで$1599なので、日本だと20万円くらいになるのでしょうか。結構な高額商品です。

ADEL U12 意外とコンパクトで良好なフィット感

この12ドライバモデルは不思議なサウンドだと思いました。これまでバランス重視の明朗系チューニングだったものが、12ドライバになると明らかに低域の量感が多いです。同じボーカル曲を比較試聴していると、12ドライバではじめて、ウッドベースなどの中低域楽器が女性ボーカルに被っていることが確認できました。さらにギターやピアノなどの伴奏も線が太く、まったりとした和み系のサウンドです。つまりあえでキンキンの解像度重視のサウンドにするのではなく、広帯域でありながら重心を落として「音楽的」なチューニングを施した、一種の嗜好品だと思います。

全く同じ価格($1599)でNoble Audio Kaiser 10がありますが、個人的にはKaiser 10のほうがモニター調の「ヘッドホン的」な音色・音像で、ADEL U12はもっとどっしりとしたスピーカー調のリラックス空間を演出しています。これはADELのセールスポイントである「鼓膜への負担を低減する」という効果が見事に機能しているからかもしれません。

そろそろ決定版のマルチBA型IEMが欲しいけど、過去の製品はどれもキンキンしていて聴き疲れする、というユーザーにとっては、救世主的なモデルになる可能性もあります。また、今回の試聴はユニバーサルモデルでしたが、カスタムも同傾向の音色なのであれば他社製品との差別化ができているので面白くなりそうです。

まとめ

今回は試聴のみだったので、勝手な第一印象でのインプレッションでしたが、マルチBA型IEMというのも、ここ最近でかなり進歩したな、と関心しました。数年前のBA型というのは、巷やメディアでどれだけもてはやされても、どうしても「BA臭い」サウンドが拭えないイメージだったのですが、このADELを筆頭に、だんだんとダイナミック型(もしくは大型ヘッドホン)との境界線が薄れてきており、そろそろ「BA嫌い」なヘッドホンマニアの人でも満足出来そうな仕上がりになっています。

個人的には、5ドライバと8ドライバが価格的にもベストだと思いました。とくに5ドライバは米ドル$749ということで(10万円以下?)、ライバルが多い価格帯です。

たとえば、最近試聴した製品の中では、ALO Campfire Audioの8.5mmダイナミックドライバを搭載した「Lyra」がかなり良かったです(上位機種の4BA型「Jupiter」はBA臭くてアウトでした)。また、Noble Audioの低価格モデル「Savant」も、非常に素晴らしいです。

これらで比較すると、ALO Lyraが一番ディープで心地よい音楽性のあるサウンドで(ダイナミックですし)、Savantが若干高域寄りで、シャリつきもギリギリに抑えた絶妙な切れ味を持っており、今回の64 Audio ADELが、それらの中間でバランスよくチューニングされていると思います。各自それぞれ音色の特徴があるものの、どれも違和感や破綻が少ない音作りなので、この価格帯で選ぶとなると悩ましいです。

カスタムで作るとなると、どうしても納期や導入コストを考慮して高価なモデルを選んでしまいがちなのですが、ADELに限って言えば、8ドライバを境に安定志向なサウンドになっていく印象だったので、たとえば8と12ドライバのどちらを選ぶか、入念に試聴する必要が有ると思います。もちろんカスタムにすることで中高域が増すのであれば、あえてまったり系の12ドライバを選ぶのが正解かもしれません。

ユニバーサルにおいては、10万円前後というのは激戦区なので、その中でもADELの5ドライバはかなり優位性があると思います。12ドライバのユニバーサルとなると流石に購入する人は数えるほどしかいないと思いますが、過去のレビュー記事などで神格化されているJHなどばかりではなく、このような新世代のモデルを是非試聴して検討してもらいたいです。