2015年12月1日火曜日

AKG K240シリーズ ヘッドホンについて(K240DFとか)

AKGの「K240」シリーズヘッドホン、とくに往年の銘器「K240DF」を紹介したいと思います。

AKG K240DF

前回、「フラットなヘッドホンとは」という話題について書いてみたところ(http://sandalaudio.blogspot.com/2015/11/blog-post.html)、その中で取り上げたAKG K240DFについて興味を持った人からの問い合わせが何件かあったため、今回はこのヘッドホンを含めたK240シリーズについて簡単にまとめてみようかと思います。



K240DFは1985年発売なので「超ビンテージ」ヘッドホンと言えますが、極上な音色が現在でも高く評価されており、良品は中古市場で取引されています。K240シリーズの歴史はAKGヘッドホンそのものの歴史とも言えるため、日本のソニーMDR-CD900STなどと同様に、現在でも決して色褪せない普遍的な銘器の代名詞です。

K240DFの「DF」というのはDiffusFeldもしくはDiffuse Fieldの略で、ヘッドホンの音色をチューニングする際の基準の一つです。どくにドイツなど欧州の録音・放送スタジオなどで広く採用されている規格で、同様のチューニングをベースとしているヘッドホンには、ゼンハイザーHD600、HD800、ベイヤーダイナミックDT880などがあります。DF規格については前回の記事をご覧になってください。(http://sandalaudio.blogspot.com/2015/11/blog-post.html

AKGのモニターヘッドホン

K240の上位機種にあたるK500

AKGのヘッドホンというと、一般的には今回紹介するK240シリーズの発生モデルと、上位機種K500シリーズの系譜(後にK501、K601、K701、K712などになる)が有名です。もちろんそれ以外にも安価なK121・K141や、最近ではK550など素晴らしいヘッドホンが星の数ほど存在するメーカーなのですが、K240・K500系は世界中の放送・音楽スタジオで愛用されているため、もしかすると「ヘッドホン史上最重要モデル」と言えるかもしれません。

これら2つのシリーズに共通している点は、スタジオモニターヘッドホンとして一貫した音作りのコンセプトを受け継いでいることなのですが、AKGというと録音用マイクの製造メーカーとしても世界トップクラスの権威ということで、ヘッドホン設計においてもマイクの開発技術を活かしたユニークな設計方法をとっています。

具体的にこれらAKGヘッドホンのユニークな点というのは、ハウジング構造を巧みに取り入れた音響設計です。

通常のメーカーであれば、まずダイヤフラム(振動板)の大口径化や強力磁石などで、ドライバ単体の性能を極限まで追求した上で、ヘッドホンハウジングの役目としてはドライバの背圧を吸音材や開放グリルなどで無理やり抑えこむ手法が主流です。

K240SとK240DFの小型ドライバとユニークなハウジング構造

しかしAKG K240シリーズの場合は、ドライバからの背圧が巧妙に、意図的にリスナーにむけて反射されるようデザインされています。まずヘッドホンの中を覗いてみると、ドライバの前に特殊なグリルが設けてあり、グリル中心にはドライバから中高域のみを直接出音する穴があり、さらにハウジングから反射された音は低音成分のみ通すように、周辺にフィルタを設けた穴をいくつも配備してあります。







ダイナミックドライバ単体で低音から高音まで安定して出音するためには、大口径で薄く硬い振動板が必要があり、K240が登場した1970年代当時ではまだ技術的に到達不可能でした。振動板が大きくなるほど重くなり高域が鈍りますし、歪みや捻じれなどで意図しないクセが生じるからです。そのためK240シリーズでは、マイク技術を応用した32mmという小型ドライバに、ハウジングからの反響を上手に駆使することでワイドレンジ化を果たしています。

K712のハウジングも外周の白い通気口で低音を出しています

上位モデルのK701系列では、これよりも大きい40mmドライバですが、イヤーパッドを外してグリルを観察してみると、K240と同様にセンター部分だけに開口があり、周辺には低音を通すための白いフィルタとスポンジが入っています。つまりK240シリーズと同じ設計概念を継承しています。

最近ではソニーの70mmドライバを筆頭に、新素材を活用して大きな振動板が作成できるようになったため、AKGでもK712の後継機AKG K812では53mmの大口径ドライバで直接出音するような設計に変更されました。しかし、往年の「AKGらしい」音色というとやはりK240・K500シリーズからの音響設計が一番当てはまるように思えます。

K240シリーズ

K240シリーズの第一号機は1975年に発売されたモデルで、通称「Sextett」と呼ばれています。Sextettとは「六重奏」という意味ですが、なぜそのような名前かというのは、イヤーパッドを外してみると一目瞭然です。(私は所有していないため、参考資料のみになりますが・・)

AKG K240

初代K240には6つのパッシブドライバが(写真はHead-Fiより)

前項で述べたように、K240シリーズのユニークなポイントはドライバの背圧を反射させて低音を出すことなのですが、初代K240 Sextettでは、グリルに6つの「パッシブドライバ」という膜を設けて、背圧を受けてこれらが振動する、擬似的な低音用スピーカーの役割を演じています。

パッシブドライバ(もしくはパッシブラジエータ)というのは、大型スピーカーなどでよく活用される技術なのですが、普通のバスレフポートから低音の空気を押し出すよりも、一旦ここで振動板を介すことで、耳に届く低音の波形を整えるという役目があります。

最近のBluetoothスピーカーも低音用パッシブラジエータを多用してますね

つまり、単純なハウジング反響による「ボフッ、ボフッ」という空気圧で低音を演じるのではなく、繊細にチューニングされたドライバで、音楽的に意義のある低音を作り出します。

そのため、この初代K240 通称「Sextett」は、数あるK240シリーズの中でも、モニター調のサウンドではないものの、一番低音が豊かで音楽的に楽しめるサウンドだということで、今でも人気があります。

K241 K242

この初代K240は音質面では高評価だったのですが、6つのパッシブドライバは製造コストが高かったため、どうにか同じ音質を維持したままコストダウンできないかと試行錯誤した後、登場したのがK241、K242でした。(番号は同じでも、最近販売しているK242HDとは別物です)。

一部パッシブドライバを廃止したK241

海外市場向けに名前や内部構造などが微妙に変わっていたのですが、基本的にはパッシブドライバの代わりに薄い紙素材のようなものを使用して、それが低音チューニング用フィルタの役割を果たしていたようです。

これらは基本的にK240 Sextettのコストダウンモデルなので、あまり人気がありません。

OEM品のRealistic Pro 50 (写真はHead-Fiより)

また、この当時AKGは他社ブランド名義でのヘッドホンも製造していたため、フィリップスSBC-3178や、Radioshack Realistic Pro 50など、ハウジングのデザインとロゴのみを変更したOEM製品も複数存在しています。

K240DF、K240M

1975年の初代K240 Sextettから、数多くの発生モデルで得た経験をもとに、10周年の1985年にリニューアルとして登場した後継機がK240DFとK240Mです。

K240DF

どちらもSextettで使われた6つの独立したパッシブドライバを放棄して、かわりにK241で見られたような布膜フィルタの改良版を採用しています。

K240DFは、1985年当時にマイクメーカーのノイマン社らが考案したDiffuse Field構想をもとにヘッドホンの補正カーブを調整しており、ヨーロッパの放送局向けの厳密な要求をクリアするスペックのヘッドホンとして登場しました。

同時に登場したK240Mのほうは「Monitor」ということで、放送局ではなく音楽作成用のモデルとしてデビューしました。

K240DF(左下)はK240や初期型K240Mと異なる(写真はWikipediaより)

K240DFとK240Mの違いは音質チューニングにあり、前回DF補正カーブについてまとめた際にも触れましたが、スピーカーリスニングに慣れているエンジニアにとっては厳密なDF補正のヘッドホンは高音がキツく低音が少なすぎるという不評がありました、そのため、K240Mでは初代K240譲りの若干中低域の量感を増やした音作りになっています。

K240シリーズの保守部品リストを見ると、DFとMでドライバのパーツ番号が異なることがわかるのですが、マニアが現物を比較してみたところ、ドライバ背面に小さな通気口が開いているかどうかの違いらしいです。ちなみに通気口を木工用ボンドなどで塞ぐと、DFがMのサウンドになるらしいです。

ちなみにK240DFとK240Mロングセラーのため、モデルのロットによって若干仕様変更が見られるので、外観やパーツなど一概に全てが同じ構造とは言えません。

K240「Anniversary」(写真はHead-Fiより)

また、AKG創立50週年記念のK240M 「Anniversary」というモデルも存在します。

600Ωの壁

ここまでのK240シリーズは、K240M、K240DFを含めて全て600Ωという高インピーダンス仕様で、しかも約88dB/mWという超低感度です。

オーディオマニアにとっては、この高インピーダンス、低感度がネックであり、ポータブルDAPや電圧が貧弱なヘッドホンアンプでは到底音量が稼げないという難点があります。私自身も、マッキーなどのコンソールで利用する以外では音楽鑑賞用では音量が低すぎて、ずっとお蔵入りになっていた経験があります。

そもそも600Ωというのは音楽・放送業界ではスタンダードであり、600Ω出し、600Ω受けというのが一般的な業務用配線規格になっています。家庭用オーディオで主流な「ロー出し、ハイ受け」ではなく600Ω共通のインピーダンスマッチングにすることで、ロスを抑えて電圧対音量(dBV・dBU)のマッチングも安定します。

600Ω基準のヘッドホンは、他にもベイヤーダイナミックDTシリーズや、ゼンハイザーHD25の業務用モデル(HD25-13-II)などがありますが、どれもスタジオの備品に接続するためのヘッドホンであって、600Ωラインでモニタースピーカーなどと同様の端子に接続できるという利便性があります。

また、最近主流の高効率、低インピーダンスヘッドホンのような電圧ノイズに敏感にならず、とりあえず出力電圧さえ満たせれば、アンプそのものの特性にヘッドホンの音質が依存しないというメリットがあります。

K240S

プロスタジオで定番となったK240DF・K240Mですが、フィールドワークや家庭用機器でも活用したいという要望から登場した55Ωの低インピーダンスモデルがK240S、通称「Studio」です。

55Ωで鳴らしやすくなった、K240S

このK240Sは55Ωという低インピーダンスのおかげでポータブル機器でも音量がとりやすくなり、最近流行りのノートパソコンやUSB機器を活用したアマチュア音楽作成やDTMでも十分に活用できるようになりました。

K240DFとK240Sの比較

K240Sは、外観上はK240DFやK240Mとソックリなのですが、実は中身はかなり異なっています。具体的にはK240DFやK240Mで使用されていた旧来の32mmドライバを廃止して、新たに30mm「Varimotion」ドライバを採用しています。


このバリモーションとは、ドライバ振動板の中心と外周の厚さを変えることで、定在波を抑制して音の乱れを整えるという技術です。実質的には、K240Sでは低インピーダンスが要求されるということで、AKG K3などのポータブルヘッドホン用に開発された新型ドライバを応用したということになります。

このため、従来のスタジオ用K240DF・K240Mと、新機軸のK240Sでは音質が根本的に異なるため、K240S発売後も数年間はK240Mが平行して販売されていました。

K240 MKIIとK242HD

2015年現在、K240シリーズの現行モデルはK240 MKIIとK242HDです。

K240 MKIIとK242HD

どちらもK240Sをベースとした55Ωの30mm Varimotionドライバを搭載したモデルなので、残念ながら600ΩのK240M直系モデルはもう存在しないことになります。

時代の流れはポータブルリスニングであり、音楽作成スタジオなどでも600Ωとアマチュア機器が混同されているような時代なので、あえて600Ωにこだわる必要が無いのでしょう。ちなみにベイヤーダイナミックは未だに律儀にDTシリーズの600Ω版を併売しています。

K240 MKIIとK242HDについてですが、これらは音質的にはK240Sとほぼ違いはありません。厳密には、K240 MKIIはケーブル交換可能、レザー調イヤーパッドで、K242HDはケーブル交換不可、ベルベット調イヤーパッドという違いがあります。

AKGコンシューマ部門とプロ用機器部門のロゴ

なぜ2つのモデルにわかれたのかというと、単純にAKG社がハーマングループに買収されて、プロ用機器部門と、コンシューマ機器部門に別れたためです。

日本でもプロ用機器の代理店は「ヒビノ株式会社」、コンシューマ機器は「ハーマンインターナショナル」というふうに分かれているので、単純に流通の事情でK240 MKIIとK242HDに使い分けされています。また、それぞれのロゴも異なっています。ようするに楽器店で買えるのがK240 MKII、家電オーディオ店で買えるのがK242HDですね。

2015年現在ではAKGヘッドホンの販売はプロ・アマ分けずに統合しようという流れで、K242HDは生産終了、K240 MKIIの一本化となっています。

K270とK271

K240の発生モデルとして忘れてはいけないのは密閉型のK270シリーズです。またいつかレビューしてみたいですが、簡単にまとめてみます。

密閉型モニターヘッドホンとして人気のK271

一般的に知られているのは、K271と後継機のK272HDなどがありますが、密閉型らしい非常にクリーンで締まった音色が一部マニアに人気の機種です。私自身も、K240よりもK271の方をずっと好んで使っていました。

K270発売当初からのコンセプトは「ボーカルダビング用ミキシングヘッドホン」なので、音楽鑑賞というよりも、いかに明朗にボーカル域の微細な調整ができるかという現場重視の音作りです。そのためワイドレンジよりも遮音性と音漏れ防止が最重要課題であり、ヘッドバンドに装備されているマイクロスイッチによってヘッドホンを耳から外した瞬間に出音がミュートされるというユニークなギミックを持っています。

K270はなんとツインドライバ

初代K270は、なんと小型マイクロドライバが左右に各2個づつ装備されており、ヘッドホンでありながらIEMのように耳孔にダイレクトに出音することで、無駄な音漏れを最小限に抑えるというユニークなデザインです。密閉型は能率が下がるので、ツインドライバで音量を稼ぐという意味合いもあります。これについても特殊すぎて生産コストがかかるため、後継機のK271からはK240と同じドライバを応用した一般的なヘッドホンになりました。

AKGを離れたエンジニア達の話を聴くと、当時は音質追求のために比較的自由に好き勝手ができた「研究所」的な会社だったのが、経営方針が変わり30%のコストで90%の性能を発揮するような製品を目指すようになったのが不満だったそうです。

K1000

K240DFの話題で絶対に欠かせないのがAKG K1000です。

伝説のK1000

AKG K1000は1989年に登場したAKG最上級フラッグシップ機で、その奇抜なデザインから今でも知名度が高いヘッドホンです。ハウジングが耳に一切接触しない完全なオープンデザインで、発売から25年以上経った今でも一部マニアから最高のヘッドホンとして語り継がれています。

故障が多いので修理工程次第でかなり音質が変わってしまうのですが、今でも可動品は中古市場で10〜15万円程度で売買されています。

なぜK240DFの話でK1000が出てくるかというと、当時AKGはK240DFの成功から、このK240DFと同じ音質特性で、予算度外視で最高のヘッドホンを作れ、という上層部の司令で、AKGマイクロホン部門のエリートたちが選抜されて作成されたのがK1000だということです。

AKG C414マイクロホン、なんとなくK1000と似ています

つまり、K240DFのノウハウがあるヘッドホン開発者たちと、C414などの定番高性能マイクのノウハウがあるマイク開発者たちが意見を出し合って、K240DFを基礎として自由な構想で開発が進みました。

K1000開発者のインタビューなどで言われているのは、彼らが未だに個人使用しているヘッドホンはK240DFとK1000のみだということです。また、最新フラッグシップ機K812に関しては、「ヘッドホンとしては悪く無い、でも所詮ヘッドホンだ」といったコメントをしています。

K1000はヘッドホンを超越するというコンセプトで当時の技術の粋を集結して作ったモデルですが、さすがにダイヤフラムの剛性やドライバの駆動力などは現代とは比較できないほど陳腐なので、いつかAKGが重い腰を上げて最新技術を活用したK1000の後継機を作ってほしいです。

耳に接触しないヘッドホンというと、このK1000以外ではソニーのPFR-V1くらいしか思い浮かばないので、(Qualia、MDR-F1、MDR-MA900の系統も近いですが)、「スピーカーは近所迷惑だからNG、でもヘッドホンは蒸れるし違和感がある」という中間的ユーザーにウケそうなのですが、なかなか流行らないものですね。

K240DFのデザイン

話をK240DFに戻します。私が所有している個体は以前放送局で使われていたものを格安で譲り受けたもので、コンディションはボロいですが音質は上々です。

K240DF 前方から見るとスマートなシルエット

K240シリーズはフィット感に関しては非常に良好で、軽量なハウジングと緩い側圧のおかげで、数多くのアラウンドイヤー型ヘッドホンの中でも特出して疲れにくい、蒸れにくいデザインだと思います。

モニターヘッドホンといっても、がっちりとホールドする密閉型ヘッドホンとは異なり、K240は極限まで「まるでなにも装着していない」ような感触を追求しているようです。業務で長時間使用するエンジニアにとって、K240がロングセラーである理由は、単に音質だけではなく、このような快適な装着感も貢献していると思います。

また、遮音性は皆無に近いため、周囲の騒音は筒抜けなのですが、逆にそれがリラックスしたサウンド体験に貢献していることは確実です。詰まったような耳栓効果が無いため、装着していることを忘れてしまうこともあります。

外観上のデザインは1970年代のモデルから大きくは変わっておらず、多くのパーツが流用可能です。初代K240 Sextettの初期モデルを目視で確認できる手がかりは、ヘッドバンドに大きな丸い穴が開いていることですが、Sextettの中期モデルから現在と同じ穴の無いビニール製のものになりました。

ヘッドバンドそのものはK701などと同様に髪留めゴムのようなもので吊られており、緩やかな側圧とともに絶妙なフィット感が得られます。長期間の使用でゴムが伸びきってしまったら、似たような形状の手芸用ゴム紐を使って修理できます。もちろん現在でもAKGから純正修理部品が購入できます。

ケーブルは方出しストレート3.5mm・6.35mm兼用

ヘッドバンドを支持しているアーチ状の部品は中空になっており、その中に右ドライバへのケーブルが配線されています。ケーブルはAKGらしく、左側片出しの細い3mストレートケーブルで、コネクタは3.5mmとねじ込み式の6.35mmアダプタになっています。

K240DFはケーブル交換できません

K240Sは3ピンXLRコネクタです

K240DF、K240Mを含む初期のK240シリーズはケーブルがハウジングに固定されておりケーブル交換は不可能なのですが、K240SからはAKG定番の3ピンミニXLR端子の着脱式ケーブルになりました。これは上位モデルのK702などと互換性がありますので、リケーブルの幅が広がります。

イヤーパッドは交換可能

イヤーパッドは円形の合皮製で、あまりスポンジが入っていない薄手なデザインですが、逆にそれが軽快な装着感につながります。イヤーパッドは現行モデルと同じ形状なのでAKGから純正交換パッドを購入できます。ヘッドホン自体が安価なため、交換パッドも千円台で購入できるのが嬉しいです。ちなみに私のK240DFはオリジナルのパッドが経年劣化でパリパリに割れてしまったので、一度新品に交換しています。同じ合皮でも、初期のものより現行品のほうが耐久性が上がっているかもしれません。

また、純正でK242HDなどで使われているベルベット調のパッドも購入できますし、ベイヤーダイナミックDTシリーズのパッドも互換性があります。それぞれドライバから耳への距離感や、吸収される周波数帯が異なり、音色に影響するため、色々ためしてみるのも面白いかもしれません。

イヤーパッドの下にはスポンジが入っています

イヤーパッドを外すと、薄いスポンジが一枚入っているのですが、これも経年劣化でボロボロになってしまうので交換が必要になります。スポンジのカスがドライバの振動板付近に入り込んでしまいノイズが出るという症状を散見しますが、エアブロアーなどで飛ばせば大丈夫です。

K240DFのパッドを外してみたら、スポンジが劣化していました

スポンジの下にはK240シリーズ特有のドライバグリルが確認できます。この部品の開口率などで音質チューニングを行っているのですが、私のK240DFの場合はセンターにドライバが見える小さな穴が空いており、その周辺に白い布に覆われた通気口が見られます。

K240SとK240DFのドライバ・フィルタの違い

K240Sの方は、一見してドライバの形状が異なっていることがわかります。30mm XXL Varimotion ドライバというやつで、サイズは小さいものの上位機種K701などで採用されている40mm XXL Varimotionドライバと同じ世代の設計だということがわかります。(グリルの開口処理もK701系と似ています)。ドライバ外周の白いフィルタも、ナイロン生地のような光沢のあるものになっています。

K240DFの音質について

K240DFやK240Mのような低能率600Ωヘッドホンを駆動するためには、相当強力なヘッドホンアンプが必要になります。最大電圧が十分に引き出せてスタジオ用途で定評のある、たとえばLehmann LinearやViolectric V281などの据え置き型トランジスタアンプが相性が良いと思います。

今回は自宅で長年愛用しているGrace Designs m903を使ってみました。通常のヘッドホンであれば音量が60~70%で十分なところ、K240DFでは90%近くまで上げる必要がありました。高インピーダンスヘッドホンの場合、アンプの発揮できる最大音量は内部回路の最大電圧で決まるため、最高音量付近で電圧が頭打ち(クリッピング)になってしまうようなアンプでは音質面で不利になるかもしれません。

K240DFのサウンドは「中高域の繊細な表現」に特徴があり、はっきり言って低音は全然出ません。聴けばちゃんと鳴っているのが確認できるので、低音がバッサリとカットされているというわけではないのですが、最近主流の低音がブーストされている音作りに慣れていると、かなりスカスカに感じると思います。ではイコライザーで低域をブーストすればいいいのか、というとそうでもなく、設計上あまり歯切れのよい低域は出せないデザインなので、低音を増強するとどうしても全体にモヤがかかってしまいます。

このヘッドホンの魅力は、繊細でありながら分析的でない、空気感溢れる音場の再現性です。よく高音寄りのヘッドホンというと、シャリシャリでアタックが耳に刺さるような刺激的な音作りを想像しますが(とくにモニターヘッドホンというとそういうイメージがありますが)、K240DFはそれの真逆で、あえて自己主張しない自然な響きが、何処までも高く伸びていくといった印象です。

たとえば高音の素直さに定評のあるゼンハイザーHD800と比較すると、たしかにトータルで見た性能や微細なディテールの分離感、明瞭感などはHD800の圧勝なのですが、空気感のリアルさにおいてはK240DFが特筆した潜在能力を発揮します。クラシック、とくに大編成オーケストラをコンサートホールで楽しむような役割に適していると思いますし、特に分離の悪い古い録音などと相性が良いです。実質クラシック・オケ専用ヘッドホンと言えるかもしれません。


ドイツグラモフォンから、ベーム指揮ドレスデンでのエレクトラを聴いてみました。1960年の録音で全盛期オールスターキャストの名演なのですが、この当時としても若干ショボい録音品質ということで敬遠気味なアルバムです。マイク設備やルカ教会の音響のせいもあると思いますが、尖ったヒステリックなサウンドは一般的なヘッドホン鑑賞では疲労感が募ります。

こういった硬質な録音の場合は、高解像なモニターヘッドホンではかえってマイナス効果となるのですが、じつはK240DFの本領が発揮される場面でもあります。K240DFの解像感はそこそこなので、あまり激しく刺さることがなく、また過剰気味な高域レベルもK240DF特有の空間表現の伸びの良さのおかげで、パーッと頭外の空間に広がります。満天の煌めきというか、何処まで広がるんだと心配になるくらいサウンドが展開します。歌手もダイレクトに迫ってくるのではなく、ステージ上で繰り広げられている舞台を一歩下がった位置関係で鑑賞しているイメージを体験できます。

この「一歩下がった」という音作りが、最近の解像感・生質感重視のヘッドホンでは実現できない珍しい音楽体験だと思いますし、モニタースピーカー越しにプロダクション全体を見渡すようなエンジニア業務では欠かせない冷静さでもあります。解像感重視のヘッドホンと比較すると一長一短だと思いますが、このK240DFのような軽妙でふわっとしたトータルサウンドを体験できるヘッドホンというのは近年稀なので、そういった意味でも特別な存在だと思います。


最近レコードショップを漁っていて偶然見つけた廉価版セットで、アダム・フィッシャー指揮バルトーク管弦楽集を聴いてみました。1990年代のデジタル録音で5枚入り1500円だったので買わない手はありません。(ピアノ協奏曲集は入っていないのが残念です)。

アダム・フィッシャーは、Channel ClassicsやDSD録音の高音質アルバムで一躍スターになったイヴァン・フィッシャーの兄にあたります。脚光を浴びている弟と比較して日陰者の兄ですが、地元ハンガリーの国立オーケストラを率いて演奏するバルトークは分析的過ぎず、熟れた手腕で切り崩していき、十分に楽しめました。

この廉価BOXはデジタル録音なのですが、若干ホール残響がカブり気味でモッサリとしたサウンドなので、最近のヘッドホンを使用するとどうしてもキレの悪い野暮ったい演奏に聴こえます。リズムが先導するべき「カカシ王子」や「舞踏組曲」も地方の公民館で聴いているかのような残響に足を引っ張られるもどかしさがあります。

K240DFを使うことでサウンドの歯切れ良さが回復するわけではありませんが、空間が脳内にとどまらないため純粋にホールの残響として私の頭が認識してくれます。つまり疑似体験という意味で「ホール3階バルコニー席で、ちょっと遠かったかな」、と錯覚でき、音楽に集中できます。

ヴァイオリン協奏曲はウィーンフィルのコンマスだったゲルハルト・ヘッツェルがソリストという珍しい組み合わせです(登山事故で亡くなる一年前の録音です)。録音のせいで主演が立たず、ドロドロとしたサウンドを残念に思っていたところ、K240DFを使うことで余計な残響が完璧にホールの四方をイメージングしてくれて、その中でポツンと存在するソリストの存在感が浮かび上がります。これは近年のグイグイとソロを押し出す音作りとは異なり、逆にリスナーに集中を求める、実体験に非常に近い演出だと思いました。実際、一度K240DFで音楽を聴き始めると、凛とした空気が張り詰め、座禅のような集中力が生まれるようで、無意識にその場で正座したまま聴き入ったりしてました。「聴き入る」と言っても「美音にうっとり」ではなく、「息を呑むような集中力」といった意味です。

クラシック録音においては、録音技術がシンプルで素直であるほど真価を発揮するようなK240DFですが、その反面、スタジオマジックを多様したようなプロダクションでは高域の位相乱れのせいで上記のようなリアルな空間定位が味わえず、単なる薄味のサウンドになってしまいます。
これは空間情報が乏しいレコード全般に言えることなので、ジャンルによっては全く相性が悪いヘッドホンになりそうです。

K240Sの音質について

K240DFの弱点を克服するために開発された後継機のK240Sですが、その狙いはおおよそ達成できたように思えます。さすがにモバイル向け設計だけあって、スマホなどでも十分に音量が出せる高能率です。

まず単純に、中低域の量感が増強され、そのため高域の伸びの良さが犠牲になりました。とは言っても低音が「人並み」になったという程度で、例えばベイヤーダイナミックT1やゼンハイザーHD800などと同程度というレベルです。

このチューニングのおかげでサウンドはフラットに近く、とくにこの時代に顕著になった電子ドラムやベースギター音を十分に鳴らしきるためにはK240Sのようなサウンドが必要で、K240DFでは力不足なのかもしれません。

K240Sになって失われたものというのは、高音が形成していた空間の広さです。同じ録音をK240DFとK240Sで聴き比べてみると、K240Sでは明らかにサウンドが左右の耳に張り付いています。音像が近いためよりモニター調に聴き分けが可能ですが、それが空間的な広がりを持っていません。

たとえば先ほどのベーム指揮エレクトラのように高域が強調されている録音では、まんまと「ヒステリックな」サウンドになってしまいます。(つまり録音に忠実で素直な特性だと言えるのかもしれません)。

では、K240Sになって全てが台無しになってしまったのか、というと、もちろんそういうわけではありません。実際K240Sのサウンドのほうが好ましいという場面も多々有ります。

K240Sになって良くなった点というのは、「楽器の響き」の美しさです。これは、中低域が増して音色のボディ部分が肉厚になったことと、音像が近くなり統一感が増したこと、そして新開発XXL Varimotionドライバの恩恵という相乗効果だと思います。

例えばピアノやヴァイオリンなど、これまでK240DFではホール残響などの空間と距離感を楽しんでいた部分が、K240Sでは一気に音色重視の聴き方に変わります。金属弦のツヤや胴体の共鳴などが手に取るようにわかり、普通の楽器が一気に極上のヴィンテージ銘器にすり替わったような印象になります。たしかにもうちょっと空間余裕や高域のヌケの良さがあっても良いかと思いますが、ギブアンドテイクと考えれば十分な魅力です。

よくAKGというとオーストリア・ウィーンの伝統サウンドなどという宣伝文句が使われますが、このK240Sこそが、そのサウンドを味わえる最短ルートだと思います。

言い忘れていましたが、このK240シリーズのヘッドホン(特にK240SなどVarimotion系)は、ドライバのエージングがとても重要です。よくエージングを信じない人もいますが、たとえば他社製のヘッドホンでは開封後から全然音質変化が無い製品も多いです。(というか、高級モデルは出荷前にかなり鳴らしこんでいるものも有ります)。K240Sは開封後の第一声は擦れるようなカサカサした音色で不快だったのですが、2~3日使い続けることで現在のサウンドになりました。これは内部の吸音材(綿)が蒸れて落ち着いたとか、ドライバの振動板すり合わせとか、色々な理由があると思いますが、エージングにお金がかかるわけではないので、購入後は自然な成長を楽しんでください。また、年季の入った店頭の試聴機と、購入したての新品のサウンドは結構違うので、購入時にその場で開封して試聴機とA/B比較してみるのも一興です。

まとめ

K240シリーズというのは、本当に奇跡的なヘッドホンだと思います。AKGが長年培ってきた録音機器メーカーとしての技術の結晶とも言えますが、1970年代のデビューから現在まで、ほぼ変わらないルックスとデザイン、そして充実した音質をキープし続け、現代でも十分通用する高性能ヘッドホンという事実に脱帽します。

残念ながら600ΩのK240DF・K240Mシリーズはもう生産されていませんが、K240Sは現行品のK240 MKIIが絶賛販売中です。(その下に姉妹モデルのK142がありますが、オンイヤーパッドなので耳が痛くなります)。

近頃、10万円を超えるようなハイエンドヘッドホンが乱立する中で、K240 MKIIは正規品でも15,000円程度で購入できるという想像を絶するコストパフォーマンスです。私自身も最近はK240シリーズの価格をチェックしておらず、大昔に自分が購入した時の記憶で、「大体3万円くらいだろう」と想像していたら、なんと15,000円という値札に愕然としました。以前は全てAKGの本拠地オーストリア製だったものが、最近中国製に変わってから価格が急落したようですが、それを踏まえてもお買い得感が抜群です。

とくに、この価格帯において、低音のパンチやノリの良さだけを追求せずに、純粋にハイファイ調の素直な美音、たとえばクラシックの大編成オーケストラが楽しめるヘッドホンというと、K240が唯一の存在かもしれません。(例えば、安価な入門機と言われているソニーMDR-1Aですら25,000円もします)。

誰もがみんな10万円の重量級高解像ハイエンドヘッドホンを求めているわけではなく、たとえば「長時間の作業でも疲れない」、「リラックス・BGM用途でうっとりとする響きが欲しい」など、そういった現実的なニーズには最適なヘッドホンだと思います。

本来は業務用のスタジオモニターヘッドホンとしてデビューしたK240シリーズですが、軽快な装着感、片出しの細く長いケーブル、スマホやノートパソコンでも音量が取れる高能率、高級感のある落ち着いたデザインなど、色々考えると、たとえば自宅でパソコン作業中に使ったり、ヘッドホン初心者へのプレゼントとしても、失敗の無い一品かもしれません。

余談ですが、最近楽器店などで、K240とデザインがソックリの無名ブランドによる廉価品がよく売られています。商標登録などはどうなっているのか不明ですが、それだけデザインが定番として定着していることを嬉しくも思います。パクリ品は音質面ではアレですが、パーツの互換性があるので、部品取り用に重宝されていたりします。