Audeze SINE |
米国で$449(5万円くらい)で、オンイヤー型のコンパクトヘッドホンなのに、Audezeが誇る新開発の平面駆動型ドライバを搭載しているという魅力的な商品です。また、カリフォルニアにある本社工場での「Made in USA」というのも嬉しいです。
2016年4月に米国で発売されましたが、大人気のため生産が追いつかない状態が続いています。
Audezeといえば超弩級の平面駆動型ヘッドホン「LCD」シリーズで有名で、最近では50万円以上もする最新最上位モデル「LCD4」が発売されたばかりです。今回のSINEというヘッドホンはAudeze的にどのような位置づけを狙ったモデルなのか気になったので、数時間ほど試聴してみることにしました。
また、今回は使いませんでしたが、このSINEヘッドホンの発売と同時に「Cipher」というiPhone用Lightning端子DAC内蔵ケーブルという話題性の高い製品も登場しました。
今回は試聴機だったので、フレームに保護ビニールが貼ってあったりします。剥がすのも申し訳ないので、そのまま写真を撮りました。
EL-8とか
Audeze(オーデジー)社は、以前は「Audez'e」という名前だったのですが、いつのまにか「'」が消えて、Audezeに変わってしまいましたね。だれも読み方がわからなかったからでしょうか。LCDシリーズはLCD2、LCD3を経て、最新モデルのLCD4が大好評を得ています。
それ以外でも、2015年には、これらLCDシリーズの技術をより低価格帯に落とし込んできた「EL-8」というヘッドホンも登場しました。
SINE、EL-8密閉型、開放型、LCDシリーズ |
このEL-8というヘッドホンも何度か試聴してみたのですが、私としてはあまり好きになれないモデルでした。悪いヘッドホンというわけではないので、市場では概ね好評ですしファンも多いと思います。
EL-8は密閉型と開放型の二種類が同時に発売され、「あのLCDのサウンドをポータブルで!」みたいな売り込み方だったのですが、サイズは巨大(ゼンハイザーHD650程度)、しかも460グラムという超重量級、おかしな着脱式2mケーブルなど、けっして「ポータブル」とは言えない変なモデルでした。
とくに、開放型・密閉型どちらのモデルも装着感が非常に閉鎖的で、水中にいるかのような息苦しい密閉具合と、サウンドも美音系ではない密閉モニター傾向だったため、「あのLCDの・・・」といった開放型サウンドを期待してただけに、ちょっと方向性がズレていました。
そんな感じでEL-8は購入には至らなかったのですが、今回のSINEはさらにコンパクトで、さらに密閉型っぽいので、またEL-8の二の舞いなのか、怖いもの見たさで気になっていました。
そういえば最近ではAudeze Deckardという低価格な据え置き型DACアンプも発売しています。これについては、OEMですし音も仕上げもちょっと荒っぽいので、LCDクラスのヘッドホンと合わせるには能力不足だと思うので、あえて紹介していません。もっと良いアンプはいくらでもあります。
Audeze Cipherケーブル
SINEの話の前に、Cipherケーブルについてちょっと触れておきます。SINEとEL-8ヘッドホンはどちらも、標準モデルを買えば一般的な3.5mmステレオ端子のケーブルが付属されます。しかし、今回SINE登場から、オプションで「Cipher」ケーブルが付属しているモデルもプラス$50で選ぶことができます。(3.5mmステレオケーブルも付属しています)。
EL-8にもこのオプションが追加されました。ちなみにEL-8はテコ入れのため新たにチタンカラーバージョンが追加されました。
EL-8(チタンカラー)とCipherケーブル |
このCipherケーブルというのは、いわゆるDACアンプ内蔵型ケーブルです。3.5mm端子の代わりにiPhone用Lightning端子がついており、ケーブルのリモコン部分に非常にコンパクトなDACとヘッドホンアンプが搭載されています。つまり、iPhoneで音楽を聴く際には、iPhoneの3.5mmソケットからではなく、Lightningから直接デジタル・オーディオデータを送信して、Audeze謹製の高音質DACアンプでアナログ変換したものがSINEやEL-8ヘッドホンに送られるという仕組みです。
極限までサイズをコンパクト化して、本当にリモコンサイズにDACアンプを収めたのは凄いですね。
これは要するにiPhone内蔵DACアンプに頼らず、しかも別途ポタアンを積み重ねる必要もなくなるので、非常に手軽で便利なグッズです。DACアンプの電源はiPhone側から供給されます。
Cipherケーブルの中身イメージ |
これを書いている時点では、最近ネット上のニュースなどで、「次期iPhone 7では3.5mmヘッドホン端子が廃止される」、なんて噂されています。Lightning端子はいわゆるUSBみたいなデジタルデータ用なので、アナログ音声は出力出来ません。よって、外部のDACが必須になるとすれば、このようなCipherケーブルがあれば大丈夫だ!、なんて現時点ではかなり先走った憶測ですが、時期的にそういった事情があります。この手のグッズはアップルの認証とか結構時間がかかるので、早いうちに出したもの勝ちみたいな感じもあります。
ちなみにCipherケーブルに内蔵されているDACはイメージ図を見ただけではESSか旭化成かとかはよくわかりませんが、基本的にDACとアンプの両方をiPhone側から給電するとなると相当省エネな構成になると思います。つまり、普段どうせ別途DACアンプを常備しているヘッドホンマニアであれば、そちらを使ったほうが良いであろうということです。もちろん二者択一ではなく、通常の3.5mmステレオケーブルにも交換可能なので、たった$50増しならこのCipherケーブル付属バージョンを買ってみたくなりますね。想像以上に高音質かもしれませんし。
SINE
話をSINEに戻しますが、今回試聴したのはCipherではなく通常の3.5mmステレオ端子バージョンです。(後日Cipherケーブル版も試聴できました→ http://sandalaudio.blogspot.com/2016/06/audezelightning-daccipher.html)
このヘッドホンの一番大事なテーマは、平面駆動型ドライバだということです。残念ながら中身は見えないのですが、公式サイトの情報によると、80mm × 70mmの長方形ドライバだということです。
平面駆動型というと、このAudeze社のせいで、ひどく高価なジャンルだと思われがちですが、たとえばこの方式においてはAudezeの先輩にあたる日本のFostex社からは、15,000円くらいでベストセラーT50RPシリーズが有名ですし、さらに安く1万円以下のT20RPもあります。あとはOPPOとかHIFIMANとかも平面駆動型を採用しています。
つまり、単純に「平面駆動型ドライバ搭載」というだけでは、高価であるべきとか、一般的なダイナミック型に対して飛躍的に高音質だという理由にはなりません。それよりも長年のLCDシリーズ開発にて得た高音質へのノウハウを、この小型モデルに落とし込んだということが最大のメリットになります。
SINEに搭載されている80mm × 70mmというドライバはFostexと比べると倍くらい大きいですが、たとえばソニーのMDR-Z7のようにダイナミック型で70mmドライバというのも存在するので、平面駆動かどうかは別として、こういった大型ドライバが音質にどう貢献するのかというのは、聴いてみるまでわかりません。
というか、本体ハウジングを見るかぎりではどうにも80mm × 70mmが収まりきるようには思えないのですが、一体どう詰め込んだんでしょう。屏風式とかでしょうか。それじゃ平面じゃないですね。
カッコいいけど傷がつくのが怖いレザーハウジング |
全体的なデザインは、以前のEL-8モデルと同じく自動車のBMW傘下のデザインチームに委託したそうで、「かなり作りこまれているな」と思える高級志向です。国産メーカーもこういうのを見習って欲しいです。
単純にルックスだけの美意識だけではなく、ひとつひとつのパーツを手にとって眺めてみると高品質さに気が付きます。ハウジングの外側はテカテカのパテントレザーみたいな仕上がりで、外周のブラック塗装を施したアルミフレームはどれも最小限の骨組みのみで、無駄な要素が少ないため、メカ的な機能美を感じます。さすがBMWの流れを組んでいるというか、レーシングカーのような合理性があります。
ハウジングは回転してフラットに畳めます |
ケーブルが左右両出しなので、ハウジングは前後どちらにも回転できるようになっているのですが、それが勝手にグルグル回るのではなく、ちょうど良い手触りの抵抗があります。
ヘッドバンドのレザーはステッチが美しいです |
ヘッドバンド調整スライド部分も軽量化の肉抜きっぽい骨組みデザインで、それが絶妙な抵抗でスーッと上下に調整できます。B&WのP5とかP7に似た調整具合です。ヘッドバンドのレザーもセンターを通るステッチによるワンポイントが魅力的です。
ケーブルは着脱可能です |
変な形状の端子ですね |
ケーブルはポータブルとしては珍しく左右両出しで、2.5mと結構長く、太くて硬い「きしめん」タイプのフラットケーブルです。なんとなくパソコンのSATAケーブルとかを連想します。
着脱可能なのが嬉しいですが、ハウジング側面にあるケーブル接続部分がとてもユニークな形状になっています。端子が120°くらいの角度で、ハウジングに横からグサッとささります。こうすることで、端子やケーブルがハウジング下部に飛び出さないので、肩にぶつかったりする不快感(それと断線の心配)が低減して良いアイデアだと思うのですが、とてもユニークですね。自作ケーブルを作りたい人にとっては結構悩ましい構造だと思います。
広報の公式写真 |
写真で見ると全体的になんかプラスチックっぽい印象を受けるのですが、実際に手にとって見ると価格以上にハイグレードな材料を使用していることに驚きます。なんとなくB&O H6とか、B&WのP5とか、そういったラグジュアリー的な質感の良さを連想します。
たとえば一部国産家電メーカーのヘッドホンとかは、広告写真での写り具合はデラックスなのに、実際触ってみると、あれ?プラスチック?スカスカ?みたいながっかり感があって、結局店頭で落胆して購入意欲が下がりまくり、という流れを経験している人はきっと多いと思います。このAudeze SINEの場合は全く逆で、写真を見た時は軽くあしらっていたのに、実物を触ってからじわじわと欲しくなってしまいました。(買ってませんよ)。
個人的には、ヘッドバンドにあるAudezeの「A」マークと、ハウジング側面に「SINE」と大きく書いてある白いプリントはあまりかっこよくないな、と思いました。レザーとアルミのイメージに合わないハイテクポップなフォントです。クリエイティブとかロジクールとかで使われてそうなロゴみたいです。
音質について
SINEの装着感はかなり快適です。オンイヤーとアラウンドイヤーの中間くらいのサイズ感で、ゼンハイザーHD25やベイヤーダイナミックT51pよりも多少大きいですが、Momentumとかよりも小さいです。イヤーパッドはEL-8ほどモチモチと密閉するタイプではないので、なんか普通に長時間使えるような快適具合です。耳にピッタリ沿ったハウジング形状だからか、遮音性も、密閉型の中でもそこそこ優秀といえるくらい良いです。少なくともHD25とかよりも装着感・遮音性ともに優秀です。
アルミフレームのおかげか剛性が高く、装着後はギシギシしたり、勝手に動きまわったりしないので、安定感が高いです。またケーブルは重いですがタッチノイズは皆無でした。側圧も重量も(230g)まあ人並みで、これといって不快感が無いのでどう表現していいか困ります。オンイヤーは耳が痛くなる、という人でもぜひ挑戦してみる価値はあると思います。
試聴のソースには、まずAK240を使ってみました。普段使いではこれで大丈夫だと思いますが、しかし、けっこう駆動に苦労させられるヘッドホンのようです。
このSINEヘッドホンのスペックは、インピーダンスが20Ωということですが、サイトには能率が書いてありません。その代わりに、アンプは推奨500mW~1Wと記載されています。これは20Ωでということだろうと想像します。
20Ωで1Wというと、単純計算でアンプのピーク電圧は6.3V必要なので、AK240は20Ωでは最大3.6V程度しか出せないので、パワー不足ということです。ポータブルなのにこの高パワー要求は、ポタアン前提ですね。
例のCipherケーブルの内蔵アンプで十分なパワーが引き出せるか心配です。というか1Wも消費したらiPhoneのバッテリーはすぐに空っぽです。まあヘビーメタルとかを聴いていないかぎり、常に1Wなわけではないですから、最悪なケースで、ということでしょう。(後日Cipherケーブルを使ってみたら、音量は問題ありませんでした)。
とりあえず、AK240でいくつかのアルバムを聴いてみたのですが、音量はジャズやポピュラー系アルバムではAK240の表示で最大150中「110」くらいで、クラシックのアルバムでは「120」以上にする必要がありました。
そんな録音レベルが低いアルバムでは、Audeze SINEとAK240のコンビネーションでは音圧が圧縮されたような、なんとも言えないもどかしさを感じます。ファイルがMP3になったかのような、アタック感や空間余裕の無さです。これは明らかに駆動力不足っぽいなと感じたので、近くにあった据え置き型のヘッドホンアンプ(今回はSIMAUDIO MOON 230HAD)を借りて、AK240からライン入力して使いました。
タイミングよく使えたMOON 230HAD |
MOON 230HADはとても良いDACアンプなので、オールインワンを探している人にはかなりオススメです。DSD対応USB DACとしても優秀ですし、今回のようにアナログライン入力のヘッドホンアンプとしても、下手なクセがなくパワフルな駆動力を備えています。デザインも良い感じに自己主張しない高級感があります。なんとなくこのAudeze SINEとマッチしているルックスですね。
このアンプを通すことで、クラシックのアルバムで感じられた圧縮感は一気に解消されました。急に見通しが良くなり、なにもかもが自然で「ヌケが良く」なります。つまりAudeze SINEの魅力をポータブルでも最大限に引き出すには、ソニーPHA-3とかChord Mojo、iFi micro iDSDのような強力なアンプが必要なようです。
Mack Avenueレーベルから、フランス人歌手Cyrille Aiméeのアルバム「Let's Get Lost」を96kHz 24bitで聴いてみます。ジャズのスタンダードレパートリーがメインですが、通常のジャズ・コンボバンドではなく、ギターが二人と、ベースとドラムという変則バンドなので、いわゆる甘いジャズボーカルアルバムというよりは、もっとシンプルなフォーク歌謡曲的な仕上がりです。
ギターも派手なエレキやジャズギターよりもフォーク、アコースティック系サウンドなので、紋切り型のジャズボーカル盤は飽々しているという人にオススメです。
肝心のSINEヘッドホンですが、これは結構良いですね。多くの人に気に入ってもらえるサウンドだと思います。
EL-8には無く、SINEにあるもの、それは、LCDっぽさです。SINEを聴いている間、ずっと「これはLCD2そっくりだな~」なんて思っていました。
完全開放型のLCD2と、コンパクト密閉型のSINEが似ているというのも奇妙なのですが、それにしてもサウンドが似ていると思ったのだから仕方がありません。
あえて「LCD」とは言わず「LCD2」と言ったのも、このSINEがLCD2の弱点までも受け継いでいると思ったからです。
ジャズボーカルを聴いていて、特に気になるのは、もちろんメインのボーカリストです。LCDというのはこのボーカルに強いヘッドホンだと思っています。
LCD2に通ずるSINEの魅力というのは、中域から中高域にかけての充実感です。そこそこ近い音像でありながら、かなり立体的に彫りが深く、歪んだり捻れたりせず(つまり位相乱れを起こさず)、クリアなのに太いです。そして、コンパクト密閉型なのに、高域に一切の閉鎖感やこもり具合が無く、ごく自然に流れるように伸びていきます。
ギターのカッティングなどで特に気になる高域の金属感ですが、SINEでは金属的な刺さるサウンドは一切無く、むしろマイルドで落ち着いた、自然っぽく抑えた仕上げ方です。中域から高域まで一切の乱れやブツ切り感が無いため、聴きやすい開放感溢れるサウンドです。
このサウンドを表現すると、「流れるような」というイメージが頭に浮かびます。つまりインパクトとか、硬質でキンキン、ガンガンうるさくエキサイティングになるのではなく、もっと音楽全体が流動的に質感豊かです。流動といっても水のようなサラサラ感ではないので、たとえばベイヤーダイナミックDT880とかAKG K712とかとは違って、もっと濃い油のようなまったりした流れ方です。どちらかというとHD650とか、なんて言いそうになりますが、それよりももっとLCD2に似ています。
とくに女性ボーカルが目の前でしっかりと歌ってくれているのに、一切の硬さや刺さりが無い、それでいて高域がマスクされているようにも感じない、絶妙な自然体験です。
次に、Hyperionレーベルから、Stephen Houghピアノ演奏、Andris Nelsons指揮バーミンガム市交響楽団のドヴォルザークとシューマンのピアノ協奏曲集です。これも96kHz 24bitハイレゾ音源です。
シューマンはメジャーなので過去の名盤は何枚もありますが、ドヴォルザークのピアノ協奏曲は結構レアなので、このカップリングはどちらも楽しめて非常に満足度が高いです。それと個人的にはHyperionレーベルの音質がクラシックの中でもトップクラスに好きなので、最近になってハイレゾ音源が増えてきたのは嬉しいことです。ちなみに同時期にピアニストStephen Houghのソロアルバムでスクリャービンとヤナーチェクという通好みでメロディストなピアノ曲集も発売されて、そちらも素晴らしいアルバムです。
このようなクラシック録音でも、Audeze SINEの魅力は変わらず、メインのピアノが際立って聴き取りやすく、その周りにオケがパーッと広がっていくような感じです。
SINEがLCD2と似ているというのは、この音場のプレゼンテーションがとても似ているからかもしれません。どちらも、前方奥への距離感が全くと言っていいほど皆無で、フロントセンターにある音はベタッと目の前に張り付きます。これはLCD3で若干改善されるのですが、SINEとLCD2はどちらも音像がとても近いです。たとえばよくライバル視されるゼンハイザーHD800なんかとは、この部分が根本的に違います。
オーケストラのような前後の距離感を重視した録音では、HD800ではリアリティ溢れる立体的なホール音場が形成されますが、SINEやLCD2はそれが不得意です。逆に、距離感の無いスタジオ録音アルバムでしたら、SINEの方がサウンドが迫る迫力と、それでいて疲れにくいマイルドな表現力が両立しているため、HD800なんかよりも格段にリスニングが楽しめます。
オーケストラに不向きというのはどういうことかというと、これは私がLCD2が嫌いな一番の理由でもあるのですが、左右に展開されたオケの楽器が、実際のコンサートではソリスト(ピアノ)の左右後方にいるべきなのに、SINEやLCD2で聴いていると、リスナーの後ろに回り込んでしまいます。つまり、私の耳から数センチ斜め下後ろの、首あたりで音が聴こえます。
この不自然なサラウンド的効果は、LCD2を聴いていて感じた時に、あの巨大なハウジングとイヤーパッドのせいだと思っていたのですが、今回オンイヤー型のSINEでも全く同じサラウンド効果が感じられたので、純粋にAudezeが自負する平面駆動型ドライバの音作りに由来するものなのでしょう。
この「オケのヴァイオリンが自分の前ではなく後で鳴る」という効果に納得できなければAudezeは基本的にアウトなのですが、普段聴いている楽曲でもっとサラウンド的3D感を味わいたいという場合には、逆にメリットになりそうです。
ようするにSINEの音場は、Audezeらしく、前後に狭く、左右に広がるような感じです。
この左右に広がるという効果は、協奏曲のオケをじっくり聴いてみるとなんとなく原因がわかってきます。注意して聴くと、ヴァイオリンの帯域(つまりちょっと高い中域)だけ、左右の反響が結構長く残るので、空間が横に広くなったように錯覚します。空気感をあらわす高域(プレゼンス)や、低域はとてもクリーンでレスポンスが速いのですが、この特定のヴァイオリン帯域だけ、ハウジングやドライバの特性か、どうしても耳に残ります。それがセンターのソリストであれば充実した音色の魅力に繋がるのですが、左右両端にあるオーケストラのセクションであると、ぐるっと左右に回り込むような広がり方になります。
良いか悪いかというよりも、そういう音作りなので、気に入れば満足ですし、気に入らないと常に意識してしまいます。楽曲によりますし。
最後に、オーソドックスなハードバップ系ジャズアルバムでWillie Jones IIIの「Groundwork」を聴いてみました。Willie Jonesはドラマーとしてニューヨークのシーンで大活躍中ですが、自身がプロデュースするレーベル「WJ3 Records」を持っており、現在ジャズシーンの中心的人物です。録音も楽曲も演奏も良いので、これまで何気なく買っていたら、全6アルバム中4枚も持っているため、それだけ気に入っているのだと思います。
あまり学術的にテクニカルになるのではなく、なんとなく60年代ブルーノートの新世代を彷彿させるハードでファンキーなアレンジが魅力的です。この最新作も7人の大編成で、Eddie Henderson, Steve Davis, Stacy Dillard, Eric Reedという現役大物揃いに、ベテランBuster Williamsのベース、そしてヴィブラフォンにWarren Wolfと、リーダーの人脈によるそうそうたるメンバーです。
とくにヴィブラフォンが全体の味付けを癒し系にしてくれるので、硬派なトランペットやサックスソロでも、リスナーをキラキラしたサウンド空間に引き込んでくれます。
Audeze SINEでこのアルバムを聴いていて気がつくのは、やはり楽器の音色が素直で、よく目立ち、尋常じゃないな、ということです。素直で丸く暖かみもそこそこあるので、なんとなくハイエンドのダイナミックイヤホンみたいな印象すらあります。ゼンハイザーIE80とか、Campfire Lyraとか、Dita Answerとか、自然でよく伸びるけど硬質ではなく、音像は遠くない、あの感じです。
SINEで奇妙だと思ったのは、低音の表現です。とくにこのWillie Jonesのジャズアルバムはドラマーがリーダーということで、派手なキックドラムから、豊かなウッドベースの響きなど、低音の表現力が大事なポイントとなっています。SINEで聴くと、特定の周波数の重低音はズシンと体感できるのですが、それよりも上の部分がすっぽり抜けてしまっている気もします。
これは、平面駆動ドライバでは出しきれない低音を、ハウジングの設計でバスレフ的に補っているのかもしれません。たとえばウッドベースのメロディラインがあまり前に出てくれず、よく聴き取れません。それで「あれ、低音が薄いのかな?」なんて思っていると、いきなりキックドラムの「ドスン!ズシン!」が来るので、予測しにくい印象です。
なんにせよ、低音は部分的に強弱の差はあるみたいですが、決して響き過ぎたり、中音を覆い隠すような中低音は絶対に出ないので、その辺は上手に処理しているなと関心します。気にしなければ、全体的にバランスの良い周波数特性だと感じますし、バスレフっぽい「ズシン」は開放型のLCD2では決して味わえないので、それはメリットとしても良いかもしれません。
おわりに
このAudeze SINEというヘッドホンは、コンパクト密閉型ながら、本当に「Audezeらしい」サウンドが凝縮された、まさにLCDシリーズをポータブルで持ち出せるようなサウンドです。とくに、LCD2のサウンドシグネチャーを目一杯継承しているように感じられたので、あのサウンドが好きだけどどうしても手が出せないとか、巨大な開放型ヘッドホンを買っても、なかなか使う機会が無いなんていう人は、このSINEを是非試聴してみてください。
結局のところ、もっと余裕のある空間表現を求めているならば、必然的に大型の開放型ヘッドホンを選ぶ必要がありますが、それはひとまず置いておいて、たとえば出先のサブ機であったり、普段手軽に使うための実用に耐えうるコンパクトポータブルヘッドホンを探している人は多いと思います。それでいて、ハイエンドな大型ヘッドホンのサウンドに慣れてしまっていると、なかなか音質的に満足できるコンパクト機を見つけるのは困難です。
カメラでいうと、一眼レフマニアの人が、サブ機でコンパクトカメラを探しても、不満と文句ばかりで中々満足する機種に巡り会えない、なんて症状に似ていますね。そんなマニアでも、ルックス、質感、装着感、そして肝心のサウンドと、トータルスコアで「コンパクト機でここまで出来るのなら・・」と満足させるための全ての要素を高水準で持っているヘッドホンがこのSINEだと思いました。
音質面では低音のバラつきと、左右のサラウンド感に違和感を感じますが、そのせいで破綻するほどではありません。それよりも、駆動にそこそこパワーを要求されるので、最高の音質で楽しみたいのであれば、高出力のDAPやポタアンは必須だと思います。スマホでも音量はギリギリ取れるかもしれませんが、不快感のある圧縮が感じられます。
そこさえ覚悟しておけば、期待以上に素晴らしいヘッドホンだと思います。