これまでのフラッグシップ機で開放型ヘッドホンの「K812」を、そのまま密閉型にしたデザインです。まだ未聴なので、レビューとかではないですが、最近K812をずっと毎日使っていたので、つい気になって色々と日記的にダラダラと書いてしまいました。
AKG K872 |
個人的に、自宅でのリスニング用メインヘッドホンとして日々愛用しているK812なので、そのバリエーションモデルの登場は興味を引きます。とは言っても、きっと値段は高いんでしょうね。これを書いている時点ではまだ正式な発売日や価格などはわかりませんが、見たところK812と同等の位置づけのようですね。
K812は素晴らしいヘッドホンなのですが、唯一問題だと思っているのがケーブルです。このK872も同じケーブル仕様みたいなので、そこがちょっと心配です。
K872とK812 |
K872の写真を見る限りでは、ハウジングがパンチングの開放グリルではなく密閉になったのみで、ヘッドバンドやイヤーパッドなどの基本構造は全く同一のようです。もうちょっと意図的にデザイン意匠を変えてくれないと、ぱっと見ただけでは違いに気がつかない程度ですね。
私も、はじめてK872の情報を見た時に、「K812の後継機がもう出るのか!?」と勘違いしてドキッとしました。
ちなみに、K812には木製の高級っぽいスタンドが付属しており嬉しかったのですが、K872には「low-profile carrying case that doubles as a stand」ということで、スタンドになるケースが付属するというのが気になります。K812用に別売もしてほしいです。
K812自体が超絶素晴らしいフィット感と快適さを備えているので、あえてデザインを変更する必要が無かったのでしょう。
内蔵されているドライバもK812から引き続き、大口径53mm 1.5テスラのユニットが搭載されています。もしかしたら密閉型用に、なにかチューニングを変えてきているのかもしれませんが、どうでしょう。
たとえば、AKGといえばセミオープン型K240と密閉型K271という兄弟機シリーズが有名ですが、ドライバは保守パーツリストによると同一でした。
ロングセラーのK240とK271 |
開放型K702と、密閉型K553 |
そういえば、K240シリーズは開放・密閉があるのに、何故かベストセラーのK702シリーズには密閉型モデルが存在しませんね。音響設計が密閉型では成立しないのでしょうか。あの独特なデザインは多方面で人気があるため、「高効率・密閉型バージョン」なんてモデルがあったら結構人気が出そうな気がするのですが。ともかく、AKGの密閉型といえばK550系のような傑作があるので、このK872にも期待ができそうです。
K92 |
AKGのプロフェッショナルシリーズといえば、最近低価格帯でK92とかのカッコいいシリーズが出ました。上位モデルをオマージュしながら、もっとシンプルでフラットなラインになって、よけいAKGらしさが増しています。未聴なので買うかどうかわかりませんが、気になっています。K92、K72、K52という三兄弟で、どれも密閉型だそうです。
最近ちょうどベイヤーダイナミックT1の密閉型T5 2nd Generationが登場しましたが、個人的にすごく気に入りました。
(→http://sandalaudio.blogspot.com/2016/03/beyerdynamic-t5p-2nd-generation.html)
純粋なリスニング用途においても開放型に対して密閉型は決して劣ることはないという事を実証しています。今後コンピュータなどを駆使した音響設計が充実するにつれて、密閉型だから音がこもるとかピーキーな特性だといったような一昔前の定説はもはや過去のものになりそうです。
K872の公式スペック(http://www.akg.com/pro/p/k872)をざっと目を通してみると、もうほとんどK812そのまんまです。インピーダンス36Ω、5~54000Hz、重量390グラム、など、唯一異なるのが能率で、K812の110dB/VがK872では112dB/Vになっていますが、微々たる差です。
dB/mWとdB/Vの違いと換算
余談になりますが、世間一般のヘッドホンメーカーは能率に「dB/mW」を使うのですが、AKGは「dB/V」なので、単位が異なるため、そのまままでは両者の比較はできません。dB/VからdB/mWへの換算はちょっと面倒なのですが、たとえばK872は公称36Ωで、112dB/Vなので、Excelでの計算式にすると、
=112+10*LOG(36*0.001,10)
でこれは97.56dB/mWになります。つまり結構低能率ですね。
計算式に「インピーダンス」が必要なので、この公称36Ωというインピーダンスはどの周波数で測ったのかというのも重要ですね。
通常であれば、能率とインピーダンスはともに1kHzでの測定値を使います。Innerfidelityなどのレビューをみると、K812は実測値でインピーダンスが40~50Ωの間くらいなのですが、それくらい公称と実測が異なるのはよくある話です。つまりその分だけdB/mWのスペックにも誤差があります。
ちなみに、Beyerdynamic T1は102dB/mWなのですが、500Hzでの測定だそうです。そういえばゼンハイザーはHD800にはAKG同様dB/V表記を使っています。
ではdB/VとdB/mWのどちらを使えば良いのかというと、それぞれ違う特性を表しているので、なかなか決めるのは難しいです。
単純に考えれば、dB/Vというのは、アンプから1Vを出力した時に出るヘッドホン音圧は何dB SPLなんだろう、という意味なので、アンプの電圧をテスターで測れば良いだけなので簡単です。たとえば家庭用スピーカーの能率なんかも、通常dB/V/mといって、1Vで、1m先での音圧というものを使っています。
これは「アンプは定電圧駆動している」ということを前提にしています。
定電圧というのは、ヘッドホン(負荷)を接続しているかどうかは関係なく、アンプはちゃんと電圧を維持してくれる、という理想的な状態です。アンプのボリュームノブを上げれば、それに合わせて電圧が設計通りに最大電圧まで上がっていくのが理想です。
これがアンプが本来あるべき特性なのですが、現実的なショボいアンプ(特にバッテリー駆動)の場合は、ヘッドホンを接続してアンプに負荷がかかると、電流不足によって、目標電圧に達することができず、たとえばヘッドホン無しでは5V出ているのに、ヘッドホンを挿した状態だと3Vに落ち込んでしまう、なんてことがおきます。
とくに、インピーダンスの低いヘッドホンを接続すると、アンプは電流をどんどん流さないといけないので、そこまでの電流供給ができなければ、電圧が落ちてしまいます。
最悪の場合、ヘッドホンのインピーダンスがゼロに近ければ、アンプから見るとヘッドホンケーブルのプラスとマイナスをショートさせていることと同じなので、どんなにアンプのボリュームを上げても電流がガンガン流れるだけで、電圧は上がりません。
この場合、電圧 × 電流 = 電力(ワット)を使うほうが、ヘッドホンの能率を表しやすいです。つまりdB/mWです。
AK240が出せる最大出力電圧 |
たとえば上記のグラフをみるとわかるように、HD800なんかの場合は、インピーダンスが300Ωと非常に高いので、電流は微小量しか流れないため、アンプから見ると、ほぼ何も接続されていないかのように、ボリュームノブを上げれば電圧が上がります。そのため、dB/V表記を使うのはわかりやすいです。
一方でK812・K872の場合、36Ωとちょっと微妙なところなので、貧弱なアンプを使うと、思ったように電圧が上がらず、この場合dB/Vの単純計算は成立しない場合があります。
上記のアンプ特性グラフでも見られるように、一般的なポータブルアンプとかは、大抵ヘッドホンのインピーダンスが50Ωを切ったあたりから出力電圧が下がってきますね。無論例外はあります。
話が逸れてしまいましたが、よくカタログスペックに書いてある「能率 = 112 dB」というのは一体dB/mWなのか、dB/Vなのか、どの周波数での話なのか、インピーダンスはフラットなのか?周波数ごとに変動するのか?なんて、色々な憶測が必要なので、112dBという数字だけではあまりアテにできないです。
K812とK872のケーブルについて
AKG K812は、AKGらしい美しく音楽性の高いサウンドが楽しめる、とても優秀なヘッドホンだと思います。(昔のレビュー→http://sandalaudio.blogspot.com/2015/08/akg-k812.html)
しかし、世間のヘッドホンマニアの話を聞くと、案の定というか、ケーブルに関しての懸念やコメントが一番多いです。
K812標準のモヤシケーブル |
最近、高級ヘッドホンというと、どのメーカーも左右両出しで色々なプレミアムケーブルに交換できるシステムを導入しています。左右両出しということは、近頃ヘッドホンアンプに定着してきた「バランス接続」にも対応できるということが世間では喜ばれています。
これはプレミアムケーブルが必ずしも高音質だというわけではなく、単純にヘッドホン自体に10万円以上も払う覚悟を決める時には、誰もが将来的な拡張性とか、アップグレードとか、そういったことも購入する最後のひと押しになります。
K812は名義上プロフェッショナルなレコーディング・スタジオ用というシリーズなので、そのような無駄なハイエンド思考は見当違いだ、と主張するのももっともな意見です。しかし実際、購入者の過半数は家庭でのリスニング用でしょうし、そのリスニング層によって販売台数や売上が左右されるのであれば、それに合わせた考慮は大事だということです。
K812のケーブルについては、問題点が二つあります。
まず、左側片出しで「L・R・グラウンド」の3ピン仕様なので、バランス接続が不可能なのはもちろんのこと、左右ドライバ間の橋渡し用のケーブルが、どう見てもショボいのです。
ハウジングを通してあるフレキシブル基板 |
いわゆるフレキシブル基板というやつに二本の線がプリントされており、たとえば携帯電話の中身とか、デジカメのチルト液晶画面とか、そういった用途でよく見かけます。
よくあるやつです |
別に、これで問題なく音が鳴るのだから文句を言う筋合いは無い、と言われるとそれっきりなのですが、この手のフレキシブル基板はプラスチック部分の厚さが0.1mm程度、実際の銅箔配線は0.03mmくらいなので、デジタル信号とかならいいですけど、低インピーダンス・低能率なヘッドホンに使われるのはちょっと心配です。また、これを見た後に、ケーブルは極太高純度OFCとかこだわっても、なんか焼け石に水な感じがします。
できれば趣味のリスニング用ヘッドホンとしては、左右両出しで、ドライバまでオーディオケーブルをそのまま取り回し出来るデザインのほうがオーディオ的魅力があると思います。
また、バランス接続できないことで何か問題があるのか?という疑問はあるかもしれませんが、このK812というヘッドホンはインピーダンスと能率が低く、ケーブル内を流れる電流量が多いため、標準品のケーブルでは左右のグラウンド電流が共通線を通ることで、クロストーク発生の問題があります。
これはK702の時代から問題視されていたことで、ミニXLRコネクタ、ケーブルともに信号が「L・R・グラウンド」の三線なので、ケーブル交換のみでは結局どうにも対策しようがないのが難点です。
最近になってソニーなどが、ヘッドホン側を4端子にして「左右グラウンド分離」配線に変更しはじめたように、これはそこそこ重要なポイントです。
最終的にアンプにつなげる3.5mm端子は3端子なので、ケーブルが三線でも四線でも結局どうでもいいじゃないか、と思うかもしれませんが、3mという長いケーブル内で共通グラウンドを使っているというのが問題点です。
ヘッドホン側端子、ケーブルともに左右別々の四本線にして、それぞれ距離を開けるなどして十分に信号干渉を防げれば、クロストーク発生はアンプ側3.5mm端子のみに絞られるので、微々たるものですし、あとはバランス端子なりにすれば完璧です。
これについては、以前ゼンハイザーIE80で実測してみました。
(→http://sandalaudio.blogspot.com/2016/02/ie80.html)
そういえば、ケーブルが固定式だった初代K701は左右グラウンド分離の四線配線だったのに、ミニXLRを採用したK702からは左右グランド共通になって、クロストークが10dBほど悪化したと嘆いている人達が当時たくさんいました。いまだにK702シリーズの左右両出し化改造はその効果がハッキリと現れるので人気です。
ともあれ、K812はせっかくAKGのフラッグシップ機だというのに、あれだけ多くのマニアが問題視していた左右グラウンド共通によるクロストークに一切対策を施していないのが、マニア的に不人気の原因の一つだと思います。
AKG伝統のミニXLRコネクタ |
K812のもう一つの悩ましいポイントは、コネクタ端子です。従来のAKGプロフェッショナル・スタジオヘッドホンシリーズは、K240からK712まで、ずっと3ピン「ミニXLR」という規格を使っていました。端子も手に入りやすく、交換ケーブルなども容易に自作できます。
K812に採用されているコネクタ端子は、スイスのLEMOというメーカーが製造している、LEMO 00サイズというタイプです。中身は従来のミニXLRと同じように3ピン仕様です。
LEMOコネクタ |
このLEMO 00サイズは、たとえばゼンハイザーHD800も採用しています。あちらは左右両出しなので、00サイズの2ピン仕様です。ちなみに00サイズでも何種類かバリエーションがあるので、一般的に入手しやすいFGG.00というタイプはK812には使えてもHD800には使えないなど、ちょっとめんどくさい仕様です。
このLEMOコネクタですが、00サイズというのはカタログ内でも最小で、それより大きい0Bサイズ以上のものは、産業機械とか測定機器とかに幅広く採用されています。コネクタ単体の価格は高価ながら、非常に高精度に作られており、着脱がパチっと確実にできるので、信頼性がとても高いです。
K812の00サイズも素晴らしいクオリティなのですが、その中身が大変です。端子単体で2000円くらいで買えるのですが、ケーブルを自作しようものなら泣きを見るくらい細かいです。
3mm幅の中にぎゅうぎゅう詰めの端子です。 |
また、この端子のコンパクトなサイズによってケーブルの許容サイズが決まってしまうため、あまり外径の太いケーブルは搭載できません。
K812の純正ケーブルはヒョロヒョロした3mケーブル(多分K240とかと同じ線材)なので、どうにもアップグレードする効果を確認したくて、K812を購入してからすでに5種類くらいケーブルを作ってみました。
この00サイズコネクタはAWG22~24くらいならギリギリ行けるので、ケーブルの線材は銀コートOFCやPCOCCなど色々試してみたのですが、今のところGradoのケーブルが一番音質的にしっくりきました。特徴的なクセがつかずに、響きに暖かみが増すような感じです。
ちょっとしたケーブル作業で役に立つGradoケーブル |
Gradoのケーブルって線材自体は謎なのですが、値段が安いくせに、柔らかくて、わりと何にでも合うので、色んな場面で重宝しています。ただしシールドが無いただのビニール線ですのでノイズには弱いかもしれません。
K812自体がもともとそんなに重苦しいサウンドのヘッドホンではないので、あまり派手な銀線や銀コートOCCなどを使ってしまうと、中低域が腰高になって宙に浮いたような不安感があります。また、スタジオモニターヘッドホンだからといって、ベルデンとかのススメッキ銅線を使ってみたところ、荒っぽくて粗野な感じで、どうにもAKGっぽい美音が消えてしまいました。ベルデン88761とかモガミW2901とか、スタジオ切り売りケーブルは安いので手軽に実験材料に使えますが、独特のサウンドがヘッドホンにもともとあったメーカーの音作りを押しのけてしまうようなアクの強さがあります。
おわりに
K872がもうじき出るよ、という事だけを書こうと思っていたのですが、なんかK812の不満大会みたいになってしまいました。色々ケーブル関係とかで日々自作の努力を惜しまないでいるのも、それだけこのヘッドホンの潜在能力が高いことによる代償です。素晴らしい音色の響きを、あとちょっとだけ上のレベルに持って行きたい、とそう感じさせてくれるヘッドホンです。
欲を言えば、もう少し三次元の空間分離というか、キレのあるスケール感を出してほしいな、と思うことがあるので(行き過ぎるとHD800になってしまいますが・・)、今回発売されるK872はもしかしたらそっち方面での進化があるかもしれません。買うかどうかはわかりませんが、大いに期待しています。