2016年10月21日金曜日

MrSpeakers ETHER Flow + ETHER C Flow の試聴レビュー

米国のヘッドホンメーカーMrSpeakersから、開放型「ETHER Flow」と密閉型「ETHER C Flow」の二機種を試聴してみました。

MrSpeakers ETHER Flow

標準価格が20万円以上もするような超高級ヘッドホンなので、前回のGrado GS2000eに続いて、奇しくも「欲しいけど高くて買えない」シリーズ第二弾になってしまいました。

ETHER Flowは、2015年に発売されたヘッドホン「ETHER」「ETHER C」の発生モデルです。既存のETHER→ETHER 1.1に続く後継機というよりは、新パーツを搭載したパワーアップ版といったところです。そのため、米国の公式サイトでは現行オーナーへのアップグレードサービスも行うらしいです。

私では手が出せない価格なのですが、今回はせっかく新旧モデルが揃ったので、この機会にちゃんと聴き比べておこうと思いました。


MrSpeakers

MrSpeakersというメーカーは、ネット直販がメインの小さなガレージ工房といった感じで、決して大手ではないのですが、最近は日本でも代理店による販売が始まったおかげで知名度が高まってきたようです。平面駆動型振動板を採用していることで、たとえばHIFIMANやAudeze LCDシリーズなどのライバルとして注目を浴びています。

ETHERシリーズは米国のメーカー公式サイト直販価格が$1,500+税、日本での代理店直販価格が21万円なので、一般的に高級ヘッドホンとして扱われているゼンハイザーHD800Sなんかとほぼ同価格です。関税とサポートを考えると、国内価格は妥当な範囲ですね。これを書いている時点では、Flowバージョンの米国価格は$1,800ですが、日本での国内価格は未定です。

こないだのGrado GS2000eとか、毎回高価なヘッドホンばかり紹介するのも気が引けるのですが(そういうモデルの購入層はこんなブログとか参考にするほど初心者じゃないでしょうし)、でもやっぱり話のネタ的には、つい高級ヘッドホンのほうに興味を惹かれてしまいます。

というか、最近は低価格のイヤホン・ヘッドホンがどれも軒並みに性能が良くなっていて、これといって悪い点とか、書くべき内容が思い当たらないほど死角がなくなってきているのが困ります。たとえば、実は今回はiBassoの最新イヤホンIT03を試聴した感想とかを書こうと思っていたのですが、あまりにも「普通に良すぎて」、私のショボい文面では「コスパ高い、音質良い、純正ケーブルだと低音乱れるかも」くらいしか書くことが思い当たらなかったので、ちょうど同日に試聴したETHER Flowのほうに誘惑されてしまいました。

ヘッドホンという物体に、これ以上どこまで付加価値が上乗せできるのかは知りませんが、このETHER Flowくらい高価になってくると、もはや性能やスペック面での優劣や上下関係というよりは、メーカー自体のポリシーや音作りに共感できるかどうか、という、いわゆる「趣味性」や「嗜好性」が強くなってきますね。GradoやFinal Audio、Ultrasone Editionシリーズなんかも良い例です。

そもそもスタジオエンジニアとかでもない限り、音楽を聴くという行動自体が趣味嗜好の世界なわけですがら、このような超高級ヘッドホンが存在することも不思議ではありません。近々Focal社からもUtopiaという56万円のヘッドホンが発売されますが、それも先行予約は順調に埋まっているそうです。

最近はハイエンドヘッドホンの値段が天井知らずで高騰化している、なんて不満を述べている人も多いですが(欲しくても買えないわけで、私もその中の一人ですが)、実際それらメーカーの上昇志向のおかげで、近年は低価格帯のモデルも性能アップが顕著ですので、我々一般人が20万円のヘッドホンを買うかどうかは別として、結果的に業界全体がその恩恵を授かるのは良いことだと考えるようにしています。

20万円以上もすると、さすがに買えなくても一度は聴いてみたくなります

ETHER Flowのあまりの高値に目がくらんで、値段についての話題が先行してしまいましたが、そもそもこのMrSpeakersという会社は、ほんの数年前までは、いわゆる「改造ヘッドホン」をネット直販などで販売している小さな個人商売でした。

フォステクスT50RP

その当時の改造ベースとして使われたのがフォステクスT50RPという平面振動板タイプのヘッドホンだったため、それが今回のETHERヘッドホンでも採用された平面ドライバへの執着につながっています。

たかが2万円未満のT50RPヘッドホンが、MrSpeakersの手にかかると、当時の最高級ヘッドホンとも互角に戦えるようなハイエンドサウンドに生まれ変わる、という口コミから始まり、米国を中心に、自分も真似してみようという貧乏マニアによるT50RP改造ブームの火付け役になった、という一面もあります。(Googleで「T50RP Mod」なんて検索すれば、世界中のマニアの試行錯誤が垣間見れます)。

T50RPの平面型ドライバ

さらに言えば、当時まだAudezeやOppoなどの平面駆動型高級ヘッドホンが一般的に認知されていなかった時代に、このタイプのドライバの優位性をヘッドホンマニアに知らしめたという功績もあるかもしれません。(Staxは静電駆動なのでちょっと違いますね)。

フォステクスT50RPは、ドライバの高性能とは対象的に、非常にチープなプラスチックボディやペラペラのイヤーパッド、ショボいケーブルなど、低価格なりの仕上がりだったため、これらのパーツを一つ一つ吟味して自作品と交換していくことで、少ない元手でもコツコツと確実に体感できる音質向上が得られるということが、自作改造マニアに喜ばれる理由だと思います。

Mad DogとAlpha Dog

そんな感じで、MrSpeakersはALPHA DOGやMAD DOGといった名称の完成品モデルを展開し、ベースとなるフォステクスT50RPを極限までアップグレードし尽くした後、次なるステップとして選んだ道が、それまでのT50RPベースという縛りから離脱しての、独自ヘッドホンの開発でした。そこで生まれたのがETHERということです。

ETHERシリーズのドライバ

ETHERの根源はT50RPへの試行錯誤で培ってきたノウハウなので、平面駆動型ドライバの魅力を引き出すという基本的なコンセプトは一緒なのですが、ドライバやハウジングなど全部品をほぼフルスクラッチで新設計しなおした、全く新しいヘッドホンです。これまでの改造ヘッドホンで得た経験と元手を活かして、自己流で完全新設計のヘッドホンメーカーになる、というのは、自作マニアにとっては夢のような話ですね。

とくにETHERのユニークな点は、平面振動板がフォステクスのような平面薄膜ではなく、V-Planarと呼ばれる蛇腹のように起伏をもった形状になったことです。この起伏のおかげで、振動板の動きがより平面的な前後運動になり、平面ドライバの理想に近づけたということが公式サイトに画像つきで解説してありました。

ヘッドホンにおける平面振動板というと、フォステクスのように平らな板のタイプが一般的ですが、ETHERに搭載されているV-Planarの蛇腹形状は、家庭用のスピーカーでよく見かける「リボンツイーター」とか「ハイルドライバ」なんていうタイプに近似しています。

スピーカーだと蛇腹ドライバは結構普及しています

ELACのJETドライバやADAMのX-ARTなど、細かいところでは各メーカーごとに独自技術がありますが、原理的には、電気を通す金属層がある薄膜を、蛇腹式に折り畳んで、磁石に挟むといった感じです。スピーカー用の場合は、中低域を鳴らすには歪みや効率が悪すぎるので、基本的に高域ツイーター用途としてのみ活躍しています。

ETHER Flow

ところで、Audeze、HIFIMANしかり、この手のガレージ系ヘッドホンメーカーというと、かならず不具合修正や音響チューニングやらで、謎のマイナーチェンジが行われるのは必然のようなものなのです。

Audeze LCDシリーズの「Fazor」ドライバアップグレードや、HIFIMAN HE-1000の「Ver.2」など、公然の変更はもとより、知らなければ気がつかないような暗黙の仕様変更は結構頻繁に起こっています。(そういえば、たとえば最近のAudeze EL-8は、初期型と比べるとものすごく良くなっています)。

ETHER 1.1 「アップグレードキット」

初代ETHERも例に漏れず、ちょっと前に、ドライバ前に入れるスポンジが新しいタイプに交換されて、ETHER 1.1という名称に仕様変更されてました。その時は、単なるスポンジ入れ替えなので、安価な交換キットが直販されてましたが、今回のFlowアップグレードは流石にユーザー自身が行うのは難しいらしく、メーカーに返品する方式をとっています。

米国のMrSpeakers公式サイトを見ると、ETHERオーナーはFlowアップグレードを行う際には問い合わせメールを送れと書いてありました。日本での事情はよくわかりませんが、代理店に確認するのがベストですね。

ガレージメーカーの大きなメリットとして、大手企業とくらべて販売台数が少ないため、個人対応で旧モデルを「アップグレード改造」してくれるサービスが充実しているのもセールスポイントです。最近のハイエンドヘッドホンメーカーを見てみると、こういった「トレードアップ」プログラムをちゃんと実施してくれるメーカーというのが、マニア層に支持される秘訣のようです。

やっぱりユーザーとしては、折角の高い買い物ですし、モデルチェンジとかも頻繁にありすぎると買い時を見極めるのが難しいので、当面のあいだ「送り返せばいつでもアップグレードできる」という安心感は、購入にあたって重要なポイントでしょう。

そういえば最近フォステクスも、TH900などをTH900 MK2相当の着脱式ケーブル端子に有償交換してくれるサービスをはじめましたが、それも既存オーナーにとっては嬉しい提案です(費用は高いみたいですが・・)。

密閉型ETHER Cは、初代とFlowでほとんど見分けがつきません

MrSpeakers公式サイトを見る限りでは、今回Flowという名称になったのは、ドライバに実施された改造に由来するそうです。具体的には、振動板の前に空気の流れを調整する整流板みたいなものを新たに追加することで、音の渦が整えられ、よりエアフローが自然になった、ということで「Flow」らしいです。今までのスポンジがより高度な設計になったみたいな感じですね。

FLOWではドライバ前面にパネルがついてます

ようするに、従来のETHERモデルが型落ちになったわけではなく、音響パーツを新規追加したからコストアップしたわけで、メーカー側も新規パーツによる音質向上に自信があるものの、最終的にはユーザーの耳で決めて欲しいということで、当面はこれまでのETHER 1.1と新型のFlowを並行して販売するらしいです。

デザイン

今回、開放型と密閉型のそれぞれ初代とFlowで、合計4台のヘッドホンが手元にあったのですが、実際どのへんが変わったのかと観察してみても、外観を見ただけではなかなか違いがよくわかりません。

赤色が初代ETHERで、青色がETHER Flowです

開放型モデルの方は、ハウジングの色がこれまでの赤から、Flowでは青色になったので判別可能ですが、知らなければただのカラーバリエーションみたいです。どちらもラメの入ったキラキラと光沢のある塗装です。

ちなみに、初代オーナーがFlowアップグレードのために返品した場合、ボディの塗装は赤のまま戻ってくるんでしょうかね。

開放型モデルのグリルはこんな感じです

開放型モデルはハウジング外側が金属製グリルで、その中に繊維質の吸音材が敷き詰められています。

ヘッドバンドにFLOWと書いてあります

密閉型モデルの方は、初代とFlowともに綺麗なカーボンデザインなので、見分けがつきません。唯一の手がかりは、ヘッドバンド調整機構のプラスチックパーツが、新型は左側に「Flow」と書いてあります。

やっぱりカーボンってハイテクっぽくて魅力的ですね

カーボンというと、スポーツ用品とか自動車のカスタムパーツなんかでよく見ますが、ヘッドホンとかオーディオ製品では珍しいですね。フルテックとかがコネクタのスリーブに使っている程度でしょうか。

このカーボンハウジングのおかげで、密閉型モデルでも開放型と同じくらい軽量なので、見た目とは裏腹に装着感は快適です。カタログスペックでは開放型ETHERが370g、密閉型ETHER Cが390gだそうなので、HD800とかと同じくらいです。これと比べるとAudeze LCD3の600gという凶悪な重量は、流石に長時間の使用では首が疲れてきます。

このパーツがスライドすることで調整できます

クッションが無い、一枚のレザーです

ヘッドバンドのデザインは新旧ともに共通しており、AKGのような二本の金属アーチにレザーパッドが釣ってあるスタイルです。頭に置く部分はクッション材などは無い、ただのレザーなので、たとえばAKG K601~K612シリーズと似ています。

AKGの場合はゴム紐で伸縮することで高さ調整できるのですが、ETHERの場合はスライダー部品の摩擦抵抗で維持しています。カチカチと位置決めできるわけではないので、将来的にここが緩くなってきそうで心配ですが、ヘッドホン自体がそこまで重くないので、自重でずり落ちてくるようなことはありませんでした。この摩擦で抑えるという簡単設計は、なんとなくGradoと共通しているなと思いました。

精巧で軽量化に貢献しているヒンジパーツ
一定の角度までわずかに回転できる仕組みです

個人的に、ETHERシリーズのデザイン面で一番気に入ったのは、ヘッドバンドアーチのヒンジパーツです。

アーチは細い針金のようなワイヤーなので、AKGなどと同様にバネのような柔軟性がありますが、そのワイヤーが固定されている部品が精巧に肉抜きされた金属パーツなので、高性能なハイテク感に溢れています。なんだかロボットやラジコンのパーツみたいな、無駄のない機能美が魅力的です。

このパーツ部分でハウジングが前後に回転する仕組みです。回転角はあまり無く、大体Fostex TH900系ヘッドホンと同じくらいでした。

音質が最優先とは言えども、やはりヘッドホンというのは人間の頭に装着するわけですから、このETHERを使ってみることで、軽量化や快適なフィット感を確保することが、音楽を楽しむ上でいかに重要なのか再認識させてくれました。「本当にヘッドホン好きのマニアが設計したんだな」と、納得のできる仕上がりです。

初代開放型ETHER(左)のみが平行タイプのパッドでした

密閉型ETHER Cは初代、Flowともに三次元パッドです

中は長方形の穴になっています

密閉型も同様です

イヤーパッドはかなり快適です。今まで使ってきたヘッドホンの中でもトップクラスに良好です。レザーなので蒸れますが、肌触りとフカフカなスポンジが耳を優しく包み込んでくれます。手触りはLCDシリーズに近いですが、全体的な装着感はソニーのMDR-Z7とかに近いと思いました。

イヤーパッドのサイズ感や内部の長方形のくり抜きとかはフォステクスTH500RP・TH610なんかも連想させますが、素材の高級感はETHERのほうが大幅に優れています。

今回手元にある各モデルのイヤーパッドを比べてみると、、初代の開放型ETHERのみ厚さが均一なバウムクーヘン形状で、それ以外は三次元立体構造です。これはどういった事情があるのかわかりません。

もしかすると初代ETHERでは開放と密閉型でそれぞれパッドを使い分けていたところ、密閉型に採用されていた三次元タイプが好評だったため、新型のFlowではどちらもそのタイプを使うことになったのかもしれません。

このパッドは、ETHER以前のMrSpeakersヘッドホンでも、(フォステクスT50RPベースのAlpha Dogなどで)似たようなものが使われていたのですが、そのときは私の頭では全然フィットできませんでした。

当時のMrSpeakersヘッドホンはネット界隈で大絶賛されていたので、機会があるたびに何度も試聴を試みたのですが、ヘッドバンドやハウジングの設計が明らかに日本人向けではないというか、アメリカの白人の骨格をベースに作られていたらしく、まともな装着が不可能でした。

平均的なアジア人の顔は、一般的に白人と比べて幅広で、顔の中心点に対して耳の位置が低いため、私なんかがAlpha Dogなどを装着すると、イヤーパッドが頬に密着せず、耳の下あたりに隙間が出来てしまいます。もちろん個人差はあるので、問題なくフィットできる人もいるでしょう。

そういえば、同じようにフィリップスのX1ヘッドホンでも、欧州人の顔をベースとして、アジア人のテストを怠ったため、日本人にフィットしないというクレームが多かったそうです。後継機X2では調整幅が変更され、かなり改善されました。サングラスやメガネとかでも、よく日本人は鼻が低いから、なんて言われますが、実際は鼻よりも、耳の位置が白人と異なるのが海外ブランドが合わない理由のひとつだったりします。

そんな経緯があって、私の場合、初期のMrSpeakersヘッドホンはフィット問題のせいで高音質かどうか評価すら難しかったのですが、ETHERでは完全新設計ということで、日本人でも確実にフィット感がよくなっています。大型ながら軽量でピタッと包み込むように装着できるのは、やはりソニーMDR-Z7とかの設計を連想させます。

ケーブル接続端子はカチッとロックする信頼性の高いタイプです

どこかで見たことがある、4ピンロッキングタイプのコネクタです

ケーブルは左右両出しで、独自形状の端子を採用した着脱可能タイプです。サイズ的にはAKGやAudezeのミニXLR端子と似ていますが、互換性はありません。よくアナログ映像や産業用ケーブルで見かける4ピン8mmのクイック端子で、パチっとロックする、かなり信頼性の高い接続です。個人的にこの端子はヘッドホン用に理想的だと思うのですが、あまり流行りませんね。ちょっと業務用っぽすぎてエレガントさに欠けることは確かです。

パーツ屋で互換コネクタを見つけるのも容易だと思いますが、MrSpeakerの公式サイト自体がコネクタをバラ売りしているので(しかもたったの$6.99)、元々自作から生まれたメーカーなわけですし、自作マニアに友好的なようです。他のメーカーも見習って欲しいです。

手作り感のあふれる純正ケーブル

4ピンXLRタイプを使いました

今回の試聴機には4ピンXLRタイプのバランスケーブルが付属していました。米国の公式直販サイトでは、6.35mm、3.5mm、2.5mmバランスタイプなんかもオプションで選べるようです。

自作感が漂うケーブルで、ノイトリック端子に、ケーブル分岐点はスミチューブぽい簡素なデザインです。線材はどんなものを使っているかは不明ですが、ユーザー勢からはそこそこ好評を得ているようです。

公式サイトを見るかぎりでは、過去のモデルでは「スタンダードケーブル」という黒いビニール線が付属していたようですが、今回ETHERシリーズに付属している編み込みスリーブに覆われているやつは「DUMケーブル」という名称だそうです。ちなみに別売もしています。

やはり自作マニアが創り出したメーカーなんだな、と実感するのは、この「DUMケーブル」というのはDistinctly-un-Magicalの略称、つまり、格別魔法でもなんでもないケーブル、という、皮肉に溢れた名称です。

これは設計者がケーブルアップグレードに対して批判的だという意味ではなく、むしろその逆で、よくケーブルメーカーにありがちな意味不明な魔法のようなエセ科学を押し付けるのではなく、様々な高純度OFCケーブルで度重なる試聴テストで吟味した結果たどり着いた、ベストなサウンドが得られるケーブルだ、ということが、ちゃんと解説してありました。

また、この付属ケーブル以外でも、下記ケーブルメーカーの交換ケーブルも試してみると良いよ、と米国公式サイト内でリストアップしてくれているのも笑ってしまいました。

実際私自身も、趣味やら依頼やらで自作ヘッドホンケーブルを作る機会が多いのですが、そこそこ高価な最上級線材とか、技術的な色々なノウハウを駆使してみた自信作なのに、いざ使ってみると「音が良くない」なんてことが本当に多いので、ケーブルというのは難しいなとつくづく実感しています。むしろ、皮肉めいてしまいますが、高価な既製品であればこそ、それらの音のクセに対しても肯定的になれるという錯覚もあるのかもしれません。

ETHER自体が高価なヘッドホンなので、付属ケーブルに飽きてきたら色々と社外品ケーブルを試してみるのも面白いと思います。コネクタを買って自作・改造する場合も、HD800とかと比べると容易で線材太さも寛容です。

市販品では大手ケーブルメーカーでETHER用をわざわざ作っているところは少ないですが、ガレージ系の小規模なケーブルメーカーであれば、意外とメールで問い合わせれば特注で作ってくれるところも多かったりします。

今回の試聴では付属ケーブルのみを使いましたが、別にこれと言って不満はありませんでした。

開放型と密閉型

これまでAudeze LCDやOPPOなどの平面駆動形ヘッドホンを色々と聴いてきて、なんとなく、「開放型」というフレーズは当てはまらない、なんて思うことが度々あります。

開放型ヘッドホンというと、音抜けがよくて、空気がこもらず、爽快で自然なサウンド、なんてイメージが思い浮かびます。たしかに密閉型ヘッドホンと比べるとそういう傾向はあると思いますし、ETHERの場合も開放型と密閉型で大きな音質差があります。しかし、LCDやETHERのような平面駆動型ヘッドホンの場合は、ごく一般的なダイナミック型ヘッドホンと比べると、開放型っぽさの理想とはちょっと離れているように思います。

たとえば、今回の開放型ETHERや、Audeze LCDなどを装着してみると、想像以上に耳への閉鎖感というか圧迫感があります。そして、左右のハウジングを手でグッグッと押し込んでみると、鼓膜に結構な圧力がかかります。それと同時に、平面ドライバがガサゴソと音を立てているのが聴こえます。(飴玉の包み紙みたいな音です)。

なぜ圧迫感を感じるのか考えてみると、ETHERやLCDなどの場合、振動板がほぼハウジング全面を覆うくらい大きいですし、その周囲に空気の抜け道がほとんど無い設計なので、耳と振動板のあいだは空気がほぼ密閉された空間です。そのため音圧が耳を圧迫します。

この場合の「開放型」というのは、ドライバ裏面から出る音がハウジングに妨げられないデザインだという意味であって、ドライバ前面はむしろ密閉状態なので、なんとなくイヤホンに近い感覚だと思います。これはHD800とかみたいに「ドライバ以外はすべて通気性メッシュ」というのデザインとは装着時の感覚がまるで違います。

面白い実験として、たとえば開放型ETHERのグリルを両手で覆ってみても、実はそこまで劇的にサウンドが変わらないことに驚きます。(HD800とかは、それをやるとかなり変わります)。

さらに面白いことに、実は密閉型のETHER Cの方が、ハウジングを両手で抑えたときの音の変化が大きかったです。(その理由は後述します)。

ようするに、何が言いたいかというと、MrSpeakersの公式サイトでもちゃんと書いてありますが、開放型と密閉型のどっちが優れているかは、先入観にとらわれず、単純に音質を聴き比べて決めてください、ということです。

ちなみに一般的に密閉型のほうが遮音性が高いことは確かなのですが、ETHER Cのカーボン素材はかなり薄く造られているため、外部ノイズの遮断性は悪いですし、音漏れもそこそこそあります。実際こんな巨大なヘッドホンを出先で使う人はいないと思いますが、通勤とかのモバイル用途で使おうと思っているのであれば、あまり過信しないほうがよいと思います。

サウンドについて

今回の試聴では、最近気に入っているSimaudio MOON 430HADをバランス接続で使いました。ETHERは23Ω・96dB/mWということで、インピーダンスはそこそこ低いものの、能率が悪いので、しょぼいアンプでは駆動に若干苦労します。密閉型のETHER Cは92dB/mWとさらに能率が低いです。

平面駆動型ドライバというのは、原理的に周波数に対してインピーダンス乱れが少ないため、音質がアンプの特性にあまり依存しないというメリットがあります。つまり高性能低出力なDAPとかよりも、できれば古典的な高出力の据え置き型ヘッドホンアンプを使う方がよいかもしれません。

というか、今回試聴してみた感想としては、ETHERヘッドホンそのものの個性が強いので、あまりアンプのこととかを考える必要は無いな、なんて思いました。

通常版ETHER・ETHER C

Flowアップグレードを聴く前に、まずは通常モデルのETHER・ETHER Cを試聴してみました。どちらも「1.1」アップグレードが施された状態のものです。

ちなみに「1.1」アップグレードについては、Flowアップグレードほど強烈な変化は感じられませんでしたが、それ以前と比べると若干音色の彫りが深くなって、音楽が身近に感じられます。初期モデルオーナーは「1.1」アップグレードをして損はないと思います。

ETHERのサウンドは個人的にはLCD3よりも好みの傾向です。開放・密閉型ともに、空間表現はLCDとよく似ており、近距離でリスナー周辺をぐるっと取り巻くような音場は、やっぱり平面駆動型らしいスタイルです。

LCDなどで私がいつも不満を述べている「楽器が耳の後ろ側でも鳴っている」ような非現実的な感覚はETHERでも気になったので、やはり大型ドライバを至近距離に配置すると、こういった鳴り方になってしまうのは仕方がないようです。

そのような限られた音場の中で、LCDやHIFIMANなどは比較的カッチリと定位置に音像を縛り付けるタイプなのに対して、ETHERは音像がもうちょっと自由に浮遊している感じで、とくに音の響き成分がよく伸びてくれるため、生っぽさとかライブ感が強いです。

周波数特性は、さすが高価なヘッドホンだけあってかなり広帯域です。低音から高音まで隅々まで良く鳴っているなと感心します。これといって何かが不足しているようには感じません。LCDの場合はもっと中域重視で音色の暖かみを押し出す感じで、HIFIMAN Edition-XやHE-560はもっとタイトに抑制された丁寧な仕上がりなので(HE-1000はVer.2でちょっとマイルドになった気がします)、ETHERは平面駆動型ヘッドホンの中でも音色そのものの、音楽的な魅力を引き出してくれる独特のサウンドです。

開放型ETHERは、前述した理由の通り、開放型というよりはセミオープンっぽい鳴り方で、格別音抜けがクリアだとか、爽快だとか、鮮やかなサウンドでは無いのですが、一音一音の音色が自然で、自由に鳴っているなという印象を受けました。

開放型の気になるポイントは、中低域にモコッとしたヌケの悪い帯域があり、そのせいで全体の傾向が煮えきれないもどかしさを感じます。なんというかあえてパリッとしたメリハリやクリア感を極力避けているような、自然であるがゆえのまどろっこしさです。歪みっぽいというわけでも無いですし、音量配分もフラットなのですが、一番当てはまる表現は「緩い」「音の立ち上がりが遅い」といった感じです。

密閉型ETHER Cの方は、もう少しモニターヘッドホンっぽく細やかなサウンドです。開放型で感じられた中低域のモコモコ感は無く、分解能力は高いです。ユーザーの評判を見ると、若干低音が弱いという指摘がありますが、私自身はコレくらいでちょうどよいと思いました。ズシンと響くほどではないですが、アタックは力強く、帯域が被らない感じで、まあ普通です。不満点を上げるとすれば、開放型ほどの特徴的な魅力が無いので、あえてETHERである必要は無いかもな、と思えることです。

Flow

開放型モデルのFlowアップデートを聴いてみたところ、初代モデルで感じた中低域のもどかしさがほとんど解消しており、よりクリアで爽快なサウンドに仕上がっていました。音像や空間表現などはあまり変わっていないのですが、音色の質感がより端正になった印象です。

一方、旧型のほうがより自然で暖かめな鳴り方なので、そういうのが好きな人は旧型のほうが好みかもしれません。

開放型ETHER Flow

傾向としてはFlowのほうが初代モデルよりも好みのサウンドなのですが、ひとつ気になる点としては、初代では中低域にあったヌケの悪いポイントが、Flowでは高い周波数帯にシフトしたようで、女性ボーカルとかヴァイオリンなどの音域に、鈍い金属的な響きが強調される帯域が生まれました。

じっくりと聴いてみると、このETHER Flowというヘッドホンは、音の立ち上がりの部分だけが他のヘッドホンと違っていて、かなり個性的です。

一般的な開放型ヘッドホンでありがちな、アタックの「カキン!」とか「ジャン!」といった刺さる部分が、ETHER Flowではマイルドで、派手さやスピード感は乏しいのですが、それでいて、その後の「音の伸び」で高音がグッと響きが増すのが面白いです。

言葉で表現するのは難しいのですが、たとえば金属を叩いた「カキーーン」という音があれば、それの「キーーン」という部分が徐々に音量を増すような感じです。とくに高域でこの響きが付帯するため、金属音などでアタックよりも伸びの部分が強調されるという、不思議な特徴です。

そのような特徴が若干気になるというだけで、必ずしも悪いわけではないので、合わせる楽曲によっては普段以上に美しくなるような効果が得られます。とくにポピュラー楽曲などで、コンプレッションが強く、大音量だとシャカシャカとアタックが耳障りな音楽の場合は、このETHER Flowのような、アタックが控えめで、なおかつよく鳴ってくれるサウンドの方が好ましいと思います。

密閉型「ETHER C」と「ETHER C Flow」

密閉型のETHER Cは、Flowアップデートで低音の量がかなり増えたようです。ドライバ前方の音波がFlowの整流板で制限されることで、相対的に後方のハウジング反響が増えたのでしょうか、それとも、ハウジング内部の吸音材などが改良されたのでしょうか。

具体的な理由は不明ですが、全体的にダイナミックさが増して、ワイルドで、よく鳴り響くサウンドになりました。初代ETHER Cはモニター調で平坦な印象だったのですが、Flowでは特に中低音の弾み具合が特徴的です。一般的にユーザーが求めている派手なサウンドと言う意味では、Flowの方が正解なのかもしれません。

この密閉型ETHER C Flowの試聴中に、徐々に音量を上げていくと、気になったポイントが二つありました。

まず、ハウジングが初代ETHER Cよりも強烈に振動します。薄いカーボン材なので、振動するのは当然なのですが、これが結構サウンドに影響を及ぼします。スピーカーで言うところのパッシブラジエータみたいな感じで、ようするに、「でんでん太鼓」のようにハリのある低音を演出しています。

たとえばヒップホップやハウスEDMのようにキックドラムが強い楽曲を聴いている際に、ハウジングを両手で押さえていると、低音の音色がかなりダンプされ、ポコポコど地味な鳴り方になってしまいました。つまりそれだけハウジングが音の鳴り具合に貢献しているのでしょう。

密閉型はこのようにハウジング反響への依存が強いので、その響かせ方が迫力につながることもあれば、押しの強さに感じることもあるので、開放型よりも好き嫌いが分かれるタイプだと思います。とくにFlow版ではこの傾向がより強調されているように思いました。

ハウジング特有の付帯音というのは密閉型の特性としては当たり前のことなのですが、それでも、最近紹介した密閉型ヘッドホン(ベイヤーダイナミックDT1770やフォステクスTH610)の場合は、密閉型デザインでありながら、ハウジング反響を上手にコントロールできているため、無駄な響きのクセが少ないです。「密閉型も、昔と比べて随分進化したんだな」と、近年の密閉型デザインへの見方が大きく変わりました。

DT1770やTH610などの場合、ドライバ単体の性能が非常に高く、単独で低音までの広帯域を存分に発揮してくれるため、昔のようにハウジングによる低音増強を必要としていません。その点ETHER Cは低音の音色や量感が古典的な密閉型タイプのサウンドです。

もう一つ気になった点は、ドライバ振動板そのものの音色です。そこそこの音量になると、ドライバ自体の特徴的な音色が感じ取れるようになります。とくに中低音において、大きな平面振動板がボヨンボヨンというか、ペコペコと動いているような感触があります。

たとえばゼンハイザーやベイヤーダイナミックのモニターヘッドホンのような、強靭なダイナミックドライバの場合、「音が鳴る」「音が止まる」というオンオフのメリハリがきっちりとしていて(いわゆる制動感)、なんというか、ビリヤードの玉突きみたいなカツンとしたダイレクト感があります。

一方、ETHERの振動板は、硬いコーンではなく、感覚的に、薄いプラスチック膜がベンベンと鳴っている、空気が自由振動しているような、テニスラケットのような弾力性と張りみたいな感触があります。

この特徴が、私がETHERシリーズで感じていた響きの伸び具合や、ギスギスしない自由な音色の根本にあるのかもしれません。冒頭で述べたように、ヘッドホンそのものが楽器のような個性を持っているため、録音そのものに、ハウジングとドライバそれぞれの特徴が加わり、よりいっそう音楽を魅力的に表現できるポテンシャルがあります。

おわりに

開放型、密閉型ともに、小音量のリスニングにおいては、初代ETHERよりもFlowの方が概ね優れていると思いました。開放型はよりクリアで繊細になり、密閉型はより鮮やかで力強くなったことで、概ね好印象です。

その一方で、どちらのモデルも、音量次第でそれぞれの個性が徐々に浮かび上がる傾向で、その音量限界が際どいように感じられました。もちろんそれが許容範囲かどうかは個人差があります。

よくレビューなどを読んでいると、同じヘッドホンを聴いているはずなのに、リスナーごとの感想が大きく分かれることがありますが、実はその理由のひとつが、各自それぞれ適正だと思っている音量にけっこうな差がある、という事実です。これは意外と盲点なのかもしれません。

また、周波数測定グラフなんかも、実際どの程度の音量で測ったデータなのかでかなり表情が変わってきます。とくにETHERの場合、ドライバやハウジングのクセや貢献度が、音量によって変化します。

理想的には、どんな音量でもフラットに聴こえるヘッドホンであるべきですが、今回のETHERのように、ある音量を超えるとじわじわと現れてくる個性みたいなものも面白い一面なので、そうなると、小音量ユーザーと爆音ユーザーではかなりイメージが変わってくると思いますし、魅力の範疇に収まることもあれば、度が過ぎると感じる人もいます。大型スピーカーとかではよくあるケースです。

MrSpeakers ETHERのFlowアップデートは、着実な進歩というよりは、メーカーから我々への新たな音響設計の提案のようです。

私自身が試聴した限りでは、たしかにFlowに魅力を感じるものの、初代モデルが格別劣っているというほどでも無かったのですが、ただひとつだけ確信できたのは、Flowアップデートで、これまで以上に開放型と密閉型バージョンのサウンドの差が顕著になったようです。

では個人的にどっちが好みかと聞かれたら、自分が普段聴き慣れているヘッドホンの特性に近いのは、まず開放型ETHER Flow、それに続いて密閉型ETHER Cでした。開放型はFlowになることでより洗練されて整ったサウンドになりました。響きの強さは、欠点というよりは、むしろ長所として積極的に味わっていきたいです。

Flowアップデートの有無にかかわらず、このETHERというヘッドホンは音色の独自性が強く、評価が難しいタイプのサウンドだと思います。必ずしも万能とかモニター系といった優等生サウンドではないですし、設計に由来するクセも目立つのですが、それでいて音色がギクシャクしておらず、「鳴るように鳴らしている」ような自由さが、好印象につながっています。なんとなく往年のビンテージスピーカーの魅力や、楽器のようなポテンシャルを秘めているようです。

ようするに、ETHERというヘッドホンは、もうすでにスタジオモニター系などの真面目なヘッドホンサウンドを知り尽くしたマニアや、家庭のハイエンド・オーディオの酸いも甘いも噛み分けた愛好家の方にこそ試聴してもらいたい、趣味性の高い世界です。嗜好性が高いながら、下手なヘッドホンではこの仕上がりは到達不可能だという説得力があります。たぶん、多くのベテランユーザーが、自身の聴き慣れた愛聴盤をETHERで改めて聴きなおすことで、「これだ!」と感銘を受ける、なにかがあるのでしょう。レンジが広い、自由な鳴り方には、それが実現できる実力があります。

MrSpeakersのこれまでの動向を見る限りでは、ETHERというヘッドホンは必ずしも完成形ではなく、逐一アップデートが積み重ねられている発展途上のプラットフォームのようです。社長の自作マニアとしての血が騒いで、休息を許さないのかもしれません。

この段階的な進化の過程は、傍から見ている分には楽しいですが、実際に購入を検討するとなると、いつが買い時なのか見極めるのが難しいですし、店舗在庫や試聴機などがすぐに型落ちになってばかりでは困ります。そういった意味でも、レビューに翻弄されること無く、興味をもったら積極的にアップグレードに挑戦できるようなチャレンジャーであれば、MrSpeakersの飽くなき追求をリアルタイムで逐一体験できる、良い機会だと思います。

私自身は、このETHERで培った技術をもとに、MrSpeakersがもうちょっと低価格なヘッドホンを出してくれないかな、なんて密かに願っています。とくにデザインや装着感とかに関してはほぼ理想の満点に近いので、国内外問わず大手ヘッドホンメーカーの開発陣がどうして未だにここまで高水準のものが作れないのか、つくづく不思議に思います。メーカーは後学のためにぜひETHERを買って勉強に役立ててもらいたいです。