Westone W80 |
BA型ドライバを8基搭載した、Westone史上最上級モデルで、2016年10月発売時の販売価格はおよそ20万円という高価なイヤホンです。これまでのトップモデルW60が9万円くらいなので、飛躍的なジャンプです。
見た目のデザインはWestoneらしく、なんてことないIEMイヤホンなので、音質に関してはどれくらい進化したのか気になって試聴してみました。
Westone
私自身はWestoneの熱狂的なファンというほどではないのですが、それでも数年間Westone UM Pro30というイヤホンをずっと「夜寝る時に使うイヤホン」として頻繁に活用しているので、もしかしたらトータル装着時間としては(無意識に)一番長く鳴らしているイヤホンかもしれません。Westoneというメーカーは、近年の高級イヤホンブームが始まる以前から、コンサート会場でのミュージシャン用イヤホン(いわゆるIEM)を製造していたメーカーで、それらを音楽鑑賞に使ってみたところ「意外と音が良い」ということで一般コンシューマにも定着して現在に至ります。その辺は、同じくプロミュージシャン用IEMを作っているShureと似たような境遇で、常にライバル視されています。
2011年頃にソニーとかがコンシューマ向けマルチBA型イヤホン(XBAシリーズ)を発売するまでは、量販店でマルチBA型を買いたければShureかWestoneのどっちか、くらいしか選択肢がありませんでした。イヤホン内の搭載ドライバの数が増えるごとに値段が上がっていく図式を一般に広めたのも、ShureとWestoneの二社です。
アメリカでも西寄りのシカゴに本拠地があるShureは、イヤホン以外にもミュージシャン用のマイクなどを作っており、その分野でも世界的に大きなシェアを誇っています。Shureの場合は総合プロオーディオ機器メーカーの中にイヤホンを作る部署がある、みたいなイメージです。
一方同じアメリカでも東寄りでコロラドに本拠地があるWestoneは、主要ビジネスが補聴器とか、工場労働者やパイロットなんかが使うインカムや耳栓のような製品が多いため、イヤホンの設計においても医学的なノウハウに力を入れています。
Westoneの米国公式サイトに行くと、耳鼻科のネットショップみたいな感じです |
米国のWestone公式サイトに行くと、耳鼻科で使うような医療機器ばかり売っている総合ネットショッピングページがメインで、その内容のほとんどが補聴器パーツや聴覚測定器関係の製品なので、我々が求めているリスニング用イヤホンのホームページになかなか辿り着けなかったりします。
シェルの色は交換パネルで変更できます |
WST-W10 |
Westoneのユニバーサルイヤホンというと代表的なのがWST-Wシリーズというやつで、一番安い2万円のW10から、9万円のW60まであり、そこに今回20万円のW80がシリーズ最上位として登場しました。
W10が1ドライバ、W20が2ドライバといったふうに、各モデルの数字の数が搭載BAドライバの数になります。
UM Pro 50 |
また、Wシリーズと並行して、UM Proシリーズというのもあり、14,000円のUM Pro 10から、20、30、そして50という四つのモデルがあります。このUM Proシリーズは外観はWシリーズとそっくりなのですが、シェルのデザインが若干簡素に作られており、サウンドチューニングも「プロ用」に仕上げてあるということです。私自身は、UM Pro 30という3ドライバタイプのやつを気に入って使っています。
周囲の音を聴こえるようにしたAMシリーズ |
2016年7月には新たにAMシリーズというのが発売され、現在AM Pro 10、20、30の三モデルが出ています。このシリーズはあえて遮音性を避けて、音楽を聴きながらも周囲の環境音を聴き取れるという、イヤホンの常識を覆すユニークな設計です。ステージ上のアーティストが使うことを想定しているそうです。
そんな感じで、我々のような一般コンシューマは基本的にWシリーズがメインで、ちょっと尖ったプロ意識を主張したければUM Proシリーズ、そして必要であればAM Proシリーズ、といった感じにわかりやすい選択肢になっています。
2015年に登場した、日本限定のWestone30 |
そういえば最近、日本限定でWestone30という特別モデルが発売されました。なんでも、往年の銘器として支持を得ているWestone 3(2009年頃に発売された、W30の前のモデル)をオマージュして作ったらしいです。
カスタムIEMのESシリーズ |
ユニバーサルモデル以外では、カスタムIEMも製造しており、同社の補聴器で使われているノウハウを応用することで、装着感がとても良いということで好評です。とくに耳型で作られたモールド部分が他社のような硬いプラスチックではなく、体温で若干柔らかくなって耳孔にそって変形する素材で造られているのがユニークです。
そんな感じで、Westoneというと数年前までは派手なマーケティングをせず、「聴いて気に入ったなら買えば?」みたいな投げやりな商品展開だったのですが(それでも高音質で絶賛されているのですが)、最近世間の高級イヤホンブームが衰える気配が無いため、ようやくWestone社も重い腰を上げて、その技術の粋を披露してくれたのが、今回のW80という最高級モデルです。
パッケージ
試聴の際にW80のパッケージを見せてもらって驚きました。これまでの最上位モデルW60でさえ、コンパクトな量販店イヤホンっぽい紙パッケージで統一していたのに、今回W80では値段相応にかなりゴージャズです。巨大なパッケージ |
イヤホンというよりは、ヘッドホンかと思うくらい巨大な紙箱です。サイズ的には楽器店で見るDTM系パソコンソフトのパッケージ版みたいだなと思いました。
W80は「シグネチャー・シリーズ」と書いてあるとおり、Westone社の音響デザイナー、カール・カートライト氏のサインがパッケージに描かれています。
箱は中心で上下に二分割する仕組みですが、そこがピッタリと合っておらず、意図的に中のオレンジ色が見え隠れするという面白いデザインです。
なんだか標語っぽいメッセージが書いてあります |
箱の上の部分をスライドして開けると、音響デザイナーのカートライト氏からのメッセージで、「結局、音質が良いことが一番大事で、それがダメなら作る意味無いよね」みたいな事がかいてあります。一体誰に向かって言ってるのでしょうか。
中には巨大ナイロンケース |
これまでのWestoneイヤホンというと、オレンジ色のペリカン風プラスチックケースが有名でしたが、今回は趣向の違うケースを同梱してきました。
化粧箱を開けると、中には巨大なナイロンケースが入っています。これを開けると、イヤホンやアクセサリ類、そしてさらに、イヤホン収納用の小さなナイロンポーチがもう一つ入っています。
アクセサリ類は豊富です |
この巨大ケースは、左側にティッシュケースみたいな形状の収納メッシュがあるので、余分なケーブルとかを格納するのに便利そうです。
右側のイヤホンが入っていた部分は仕切りが自由に取り外し移動できるデザインなので、ようするに巨大ケースでDAPやポータブルDACアンプなんかも合わせて収納できるようになっています。これはかなり実用的で重宝するデザインかもしれません。
デザイン
W80は名前の通りバランスド・アーマチュア型ドライバを8基搭載しており、構成は高中低がそれぞれ4・2・2だそうです。公式サイトの商品解説のところで、まず最初に「パッシブ3WAYクロスオーバー」ということを強調しているので、つまりケーブルからドライバまで直配線ではなく、何らかのフィルタ回路を通っているみたいです。よくここまでコンパクトな筐体に詰め込めたなと関心します。
過去のマルチBA型IEMの場合、周波数特性やインピーダンスがぐちゃぐちゃなのは、クロスオーバーがヘタクソ(というか、そもそもクロスオーバー回路無しとか)だからという理由が大きいので、最近はどのメーカーもBAドライバに送る信号をちゃんとクロスオーバー回路を通すことに熱心になってきています。そうすることで、各ドライバ間で重なってしまう周波数帯を電気的にフィルタして、ドライバごとの干渉を抑え、役割分担が明確になります。こないだ試聴したNuForce HEMシリーズなんかもそれの上手な例です。
なにはともあれ、中身がどんなに複雑になっていようと、W80はサイズ感も形状もこれまでのWestoneイヤホンと全く同じなので、コメントに困ります。ここであえて派手な新規デザインにしなかったのが逆にストイックで良い感じです。
写真ではシェルハウジングがブルーですが、このパーツが4色付属しており、気分に応じて好きな色に交換できます。ショップも余計なカラーバリエーション在庫を持たなくてもよいのでありがたいです。
SpinFitを装着してみました |
コネクタは相変わらずMMCXですが、これまでのWestone同様にケーブル端子とハウジングの間にあまり余裕が無いため、スリーブ部分が太いタイプのケーブルだと、ちゃんとパチンと接続できないかもしれません。Westone対応と書いていないケーブルの場合、試着は必須です。
イヤピースはShureと同じく細いタイプです。今回の試聴には普段使い慣れているSpinFitを持参して装着しました。
最近はマルチBA型IEMでも細い音導管は音質的に悪影響を与えるということで、ソニー・ゼンハイザータイプの太いサイズを採用しているメーカーが増えてきていますが(Campfire、64Audio、JH Audioなど)、Westoneはあいかわらず細いタイプを使い続けてます。それで音質が良いのであれば、文句を言う筋合いは無いでしょう。
UM-PRO30とほぼ同じ形状です |
シェルハウジングが大きくなっているようには見えません |
自前のUM Pro 30と比較してみましたが、フィット感も重量もほとんど変わらなかったので、むしろ8ドライバのありがたみが無さすぎるくらい手軽な感覚です。
たとえばShureの場合、SE535などと比べてSE846は大きくゴロッとした形状になってしまい私の耳に合わないのですが、W80ではその心配はありませんでした。ようするに、これまでのWestoneイヤホンの装着が問題なければ、W80でも大丈夫です。
今回W80の注目点として、ケーブルが新しく高品質なものになりました。しかも、アップグレードケーブルで定評のあるALO(Campfire Audioとかの会社)に作ってもらったということです。このケーブルについては、音質的な貢献がかなり大きかったので、下の方でもうちょっと詳しく紹介します。
音質について
今回の試聴には、普段使い慣れているDAPのCowon Plenue Sを使いました。W80の鳴らしやすさはこれまでのWestoneイヤホンと同じくらいなので、一般的なDAPで問題なく駆動できると思います。
インピーダンスは公称5Ωということで、かなり低い部類なのですが、わずかなボリュームで極端に爆音になるというほどでもなく、Plenue Sではボリューム50%くらいで丁度良いくらいでした。ただし、インピーダンスが低いということは、アンプの出力インピーダンスが高いと周波数特性やレスポンスが影響されやすいということです。古典的な据え置きアンプを使うよりは、高性能なDAPとかを使うほうが良いかもしれません。
(出力インピーダンスについて→ http://sandalaudio.blogspot.com/2016/07/blog-post.html)
W80のサウンドについての第一印象は、「なんだかモヤモヤしてる」という感じでした。しかし不思議なことに、聴き込むことによりそれが徐々に気にならなくなってきます。根本的な傾向として温暖系で柔らかいタイプの音色なので、シャカシャカするとか、鮮烈なアタック感とか、そういった張り詰めたシビアなサウンドとは対極的です。
最初は中低域の厚みの太さと、モヤモヤした音響に、「これはダメだ」とギブアップする寸前だったのですが、それに耐えてちょっと聴き続けてみたところ、その甘さの中にも音色の粒立ちがしっかりと表現されており、単なるボヤケたイヤホンとは底力が違うという事に気が付き始めました。
真面目に30分ほど聴いてみると、だんだんと「これはかなり良いのではないか」、と思えるようになってきました。経験上、音色のクセが強いイヤホンというのは長時間聴くと不快になってくるものなのですが、W80ではそんなことはありませんでした。
W80のモヤモヤ感をもうちょっと具体的に説明すると、音場空間全体を覆うような「霧のような空気感」というか「雰囲気」みたいなものがリスナーを包み込んで、その中で様々な楽器がハーモニーを奏でてくれる、といった表現が私にとって一番しっくりきます。
リスナーの前方に広がる一定の距離感があるので、石造りの教会のパイプオルガンみたいな中低音の密度と空間余裕を感じます。つまり、音色や響きに厚みがあるものの、音圧がドコドコと耳を圧迫するようなパンチのあるドンシャリサウンドとは真逆の印象を受けました。
高音域は刺さりや刺激が不快にならないよう仕上げてあるのですが、詰まったような息苦しさは感じさせず、むしろ中高域にかけてクッキリと音像が浮かび上がるような、図太く明快な音色が現れるので、やはり石造りで天井が高い教会コンサートを連想します。柔らかく包み込まれるような音場なのに、楽器の音はクリア、という一見矛盾したようなサウンドを体感できます。
リスナーを包み込むような音響効果は、むしろダイナミック型イヤホンに似ているかな、と考えたのですが、ベイヤーダイナミックAK T8iEと聴き比べてみたところ、表現の手法が全然異なることがわかりました。ダイナミック型は単一ドライバのおかげで音響に自然な統一感があることがメリットなのですが、逆に言うと、個々の音像が主張しないです。ライブアルバムとかで、自分がその場所にいるような臨場感はダイナミック型の方が優秀だと思いますが、W80はさらにそこから、会場の熱気に埋もれないで、ステージ上のアーティストが存在感を出しています。
W80の一番ユニークな特徴は、その厚い空間の中でクッキリ浮かび上がる中高域の音色が、とても「ツヤツヤしている」と思えることです。具体的な表現が難しいのですが、私自身がAKG K712・K812なんかを高く評価しているのと同じような傾向で、メイン楽器の質感が硬質にならず、艶やかで美しい鳴り方をしてくれます。
個人的な感想として、他社の高級ヘッドホンやイヤホンというと、どうしても解像感を主張するために、音色の表現が粗っぽく、シビアになってしまうように思えます。W80の場合、録音のノイズまで見通すような粒子っぽいザクザクした質感ではなく、むしろ音色(トーン)の魅力を倍増させるような、意図的な音作りが感じられます。
AKG以外では、たとえばUltrasoneやオーディオテクニカのヘッドホンなんかも似たようなツヤっぽさがあるかもしれませんが、W80はそれらよりもマッタリしており、キラキラな高域のクリア感を強調した感じではありません。
今まで様々なイヤホンを使ってきましたが、ここまで空間に厚みを持たせて音色の色艶を見せつけるようなサウンドは類を見ません。たとえばJH Audio、Noble Audio、64 Audioなどの高級BA型イヤホンは、それぞれに独自の魅力や個性がありますが、W80と比べるとどれもドライでクリアな見通しの良さや、アタック・スピード感重視のサウンドのように聴こえてしまいます。
実はW80以外にも、主要メーカーの最新作イヤホン・ヘッドホンは可能な限り色々と試聴しているのですが、どれも「まあこんなもんかな」といった無難な感想に落ち着いてしまうことが多く、あえてブログでなにか書こうという気になりません。その点W80は独創的で面白い商品として、ぜひ紹介したくなりました。
W80の試聴中に「このイヤホンすごく良いな」と率直に感じ取れたのは、普段であれば耳障りに思える録音でも、想像を絶する美音効果を体験できたからです。これまで無意識に敬遠していたアルバムを次々と聴いてみたくなってしまい、つい試聴時間が長くなってしまいました。つまり、それだけ音楽を聴くことが楽しかったということです。
一例として、ドイツ・グラモフォンが1950年代に録音した、リタ・シュトライヒのアリア集があります。小鳥のさえずりのような高音域を得意とする派手派手なソプラノ歌手のシュトライヒで、しかも50年代の古臭い録音なので、通常のイヤホンでは歌声の高音がキンキン刺さりすぎます。
普段はあまり聴きたいとは思わないアルバムなのですが、W80を使うことにより、まず背景の消極的なオーケストラ伴奏が、グッと奥行きと力強さを持ってリスナーの周囲を埋め尽くします。そして、そこに登場するシュトライヒの歌声が、暖かく丸みを持って、かつ立体感があり、クリアで美しいという、理想的な鳴り方をしてくれます。当時のマイクノイズや、ダイナミックレンジの圧縮感なんかも一切感じさせない、魅力的な音楽体験でした。
次に、エレクトロ系としてはマイルドで大人っぽいコンピを定期的に出しているLate Night Talesシリーズから、半年くらい前に発売された「Sasha:Scene Delete」を聴いてみました。シングルカットと、通しミックスの二種類が販売されているのですが、ミックス版のほうが聴き応えがあります。
Sashaというと、DJ稼業から自作自演プロデュース作曲家への転換が成功した好例だと思いますが、この最新作も作り込みとクオリティが素晴らしいです。サンプルを多用せず、極上なシンセ音源を重ねる手法は相変わらずで、音色そのものの密度が凄まじいです。
この手の音楽は、なまじクラブ系っぽい低音増強ヘッドホンで聴くと、せっかくの繊細な何十層にもなる音色のレイヤーが埋もれてしまいますし、一方、あまり高音重視のシャリシャリ高解像イヤホンとかだと、没入感が薄れて、薄っぺらく退屈になってしまいます。その点、W80はほぼ理想的に近い鳴り方でした。
アナログシンセやモデリング系音源は、お世辞にもハイレゾ高音質とは言えないものが多いのですが、それでも魅力を最大限に引き出してくれるようなイヤホンだからこそ、W80は素晴らしいと思えます。
W80の欠点として思い当たるのは、やはり「ドライバが沢山あるように聴こえる」ことです。独唱と合唱の違い、みたいな感じでしょうか。常に無数の音がせめぎ合っている混沌とした世界に投げ込まれたような感覚です。
休む暇もなく常になにかしら鳴り響いている密度の高いヴェールに自分が包まれたような世界なので、そこにリスナー自身が没頭できれば良いのですが、BGMとして適当に聴き流すのには適していないタイプのサウンドかもしれません。
その点、私にとって、クリアでパリッとした「BA型らしい」王道イヤホンというと、やはりUM Pro 30は捨てたものではないと、改めて評価できます。3ドライバのモデルでは、聴くべき楽器が刺激的に耳に届き、周囲の空間や響きはほとんど感じられません。ボーカルアルバムであれば歌手の歌声が、ロックであればギターソロが、みたいに、意識せずとも目立つべきところだけがクッキリと目立ちます。
では、W80と比べてUM Pro 30の何が不満なのか、となると、そこがやはり、音色の美しさの差だと思います。
単純に「音楽を聴く」といっても、下位モデルのイヤホンでは、歌詞を聴くとか、ギターやピアノのメロディを耳で追うとか、そういった「作曲に対する」聴き方に留まるのですが、同じ音楽をW80で聴くと、そこからさらに、声色の美しさ、ギターやピアノの出音の美しさといった、音そのものを味わう楽しみ方が顕著になります。
どんなに音楽好きな私であっても、実は内心退屈になってしまうピアノソナタ、バロックのチェンバロ曲とか、もしくはハウスやDnBのような単調なシーケンサー曲とかでは、安いイヤホンで聴いていると、延々と繰り返されるサウンドがやかましく不快になり、数分聴いただけで飽きてきて「はやく終わらないかな」なんて思ってしまいます。
しかし同じ曲をW80で聴くと、ピアノ、チェンバロ、アナログシンセといった楽器そのものの音色が美しく、単調に延々と続く曲でもずっと聴き続けていたくなる、いつまでも終わらないでいて欲しいと思えるようになります。そこが、Westoneが作り上げたW80の一番大きな魅力だと思います。
音色が美しいという特徴は、ハイエンドなイヤホン・ヘッドホンであれば当然のことのように思えますが、実はそれが実現できていないものが結構多いと思います。
スタインウェイやストラディバリウスみたいな最上級の楽器を使った、高音質スタジオ録音とかであれば、そこそこなイヤホンでも満足できる音色を味わえるのは当然なのですが、たとえばロックのギターソロとか、モータウンのチープなストリングスとか、古いラジオ録音のトランペットとか、コンプレッションかけまくりのポピュラーボーカルとか、そういったクオリティに難ありのサウンドであっても、没頭して音色を楽しめるよう作り込まれたのがW80の凄いところだと思います。
変な言い方ですが、UM Pro 30のようなシンプルなイヤホンほど、そのような低クオリティな録音に関してシビアで不快に感じてしまうので、そのほうが「モニター調」と言えるのかもしれません。
ケーブルについて
W80に付属しているケーブルはALO社の「ALO Reference 8」というやつです。このケーブルはWestoneのための特注品というわけではなく、ALO公式ショップで別売もしている通常モデルです。つまり標準で高級ケーブルが同梱してあるタイアップコラボ企画みたいな感じですね。透明なビニール外皮なので、中身のケーブルが透けて見えます。公式サイトの紹介通り、銀メッキ銅線とOCC銅線のミックスだということがわかります。
ALO Reference 8ケーブル |
これまでWestoneというと、黒ビニールのしょぼいケーブルが同梱しており、オーナーの多くは社外品ケーブルにアップグレードする悩み(楽しみ)があったのですが、今回のALO Reference 8ケーブルは相当高級そうです。
そういえば、意外と知られていませんが、Westone公式サイトではALO以外でもWestone Ultra Thinケーブルという、デンマークのLinum(Estron)ケーブル社とのコラボレーションケーブルも販売しています。極細ですぐに断線しそうで怖いので買っていませんが、見かけによらず頑丈で評判が良いようです。
今回W80はALO製ケーブルですが、現在ALOのイヤホン用ケーブルは米国の公式ショップ価格が下記のようになっています。
- Tinsel Wire $149 (銀メッキ銅)
- Campfire Litz $149 (銀メッキ銅リッツ)
- SXC24 $249 (銀メッキ銅:2ピンタイプのみ)
- Copper 22 $289 (銅)
- Reference 8 $299 (銅+銀メッキ銅)
- SXC8 $349 (銀メッキ銅)
つまりW80に付属しているReference 8というのは、ALOの中でも二番目に高いケーブルというわけです。(イヤホンだけでなく、大型ヘッドホン用の極太ケーブルも含めると、さらに$1000とか、とんでもなく高価なのもありますが)。
一番下が付属のReference 8、その上にLitzと通常のWestoneケーブル |
また、値段表を見てもわかるように、上位モデルはどれも大体$300くらいで上下関係が曖昧なので、一番高いやつが最高音質とは限りません。ようするに「銅」、「銀メッキ銅」、そして今回のReference 8はそれらのミックス、といった感じに、好みに応じて三種類の傾向を用意しているようです。
個人的な感想として、以前Campfireイヤホンに付属していたTinselは低域が弱く繊細すぎる感じで、現行Campfireイヤホンに付属しているLitzはほんの僅かキラキラ感が増すものの安定感が良く満足しています。Copper 22も試してみたことがありますが、かなりマイルドで低音がボワボワするので、硬質なサウンドのイヤホンと意図的に合わせたい人用だと思いました。
左から順に、Reference 8、Litz、通常のWestoneケーブル |
今回、W80試聴の際に、この新しいReference 8ケーブルがどれくらい全体の音質に貢献しているのか興味があったので、これまでの古いWestoneケーブルと、Campfire Litzケーブルを持参して、比較してみました。
同梱のReference 8ケーブル |
まず、W80付属のALO Reference 8ケーブルについては、W80そのものの感想と同じになってしまうので、それ以上書き足すことも無いのですが、色々なケーブルを付け替えて聴き比べてみた感想としては、W80の音質傾向の半分くらいはこのReference 8ケーブルに由来するものだ、という印象を受けました。
Reference 8から別のケーブルに交換することで、とくにW80特有の低音の空間広がりや、全体的な出音ダイナミクスの余裕みたいなものが薄れてしまい、もっと締りのある淡々とした地味なサウンドになってしまうので、やはりW80においてReference 8ケーブルの影響力は強いようです。もちろん、別のケーブルに変えたからといってW80がシャリシャリの高域系イヤホンに変貌するわけではなく、基本的に温暖系のマイルドな傾向は変わらないのですが、それでもケーブルの存在感は無視できません。
逆に、たとえばUM Pro30にReference 8ケーブルを装着しても、若干音色が緩くマッタリするくらいで、W80のような分厚い教会のような音響は得られません。むしろUM Pro30の弱点が強調されてしまうというか、音数の少なさや、音色の魅力の薄さなど、W80と比べて劣っている部分が見えてきてしまいます。
Reference 8ケーブルについての印象は、安直な考えですが、ALO Copperのような銅の低音余裕と、ALO SXC8の銀のキラキラ感が両立している、なんて言ってしまうと出来過ぎでしょうか。でもW80の感想をまとめると、まさにそんな感じです。
よく銅と銀メッキ線との混合ケーブルというと、ポジティブ面だけが共存してくれるよりも、むしろそれぞれのネガティブ面が残留してしまう事が多いのですが(つまり低音のボワボワした締まりの悪さと、高音のシャリシャリした不快感とか)、その点Reference 8はそういった気配を見せないので、優秀なケーブルなんだなと関心しました。
ケーブルを変えると音が変わるというのは、W80に限らず、どのイヤホンでも避けられない宿命みたいなものなのですが、W80の場合面白いのは、Reference 8というかなり個性的な仕上がりのケーブルが純正で付属しているという事実です。
今回試したケーブルの中で、一番「艶っぽく、スケールが大きく、開放的」だと感じられたのがReference 8だったので、W80のサウンドに貢献する付属ケーブルとしてはこれ以上無いと言うくらい理想的な選択だと思いました。
Campfireに付属しているLitzケーブル |
次にCampfire Litzケーブルですが、これを使うことで、W80がそこそこ「普通」っぽいサウンドに修正されます。具体的には低音がグッとシンプルになり、全体の線が細くなります。
Reference 8でステレオイメージが広範囲に広がっていたところが、Litzではセンター寄りでもっとテキパキしたモニター調のクリアな感じになります。ただ、W80の魅力である空気感やムードみたいなものが半減してしまうので、私自身はReference 8の方が好みでした。
逆に言うと、もしW80のフワフワ感をどうにかしたい、というのであれば、このCampfire Litzや、似たような銀メッキ銅線を選ぶのも良いかもしれません。
ちなみに、Reference 8はケーブルが「捻って」あるので、かなりクセが付きやすく硬いのですが、Litzは鎖のように編んであるので、とても柔らかくスルスルとしてます。
通常のWestoneケーブル |
次に、UM Pro30に付属していた、通常の黒いWestoneケーブルを使ってみました。これははっきり言ってダメでした。全体的にあまり良いところが思い当たらないというか、なんだか「気の抜けたコーラ」みたいなイメージです。上記のReference 8やLitzと比較すると、音の太さも広がりも控えめで、何か特出した個性があるわけでも無いので、地味で音が平坦になってしまいます。
このWestoneケーブルは決して「悪い」ケーブルと言うわけではないのですが、無難すぎるので、たとえ下位モデルのWestone IEMであっても何か他のケーブルにアップグレードすることで、よりイヤホン本体の魅力が引き出せると思います。ただ、あまり高いケーブルを買っても本末転倒ですね。
MMCXケーブルというのは、「買っとけば、またあとで別のイヤホンでも使えるから」という謎の説得力でついつい高いやつを買ってしまうのが怖いところです。
ついでに、FiioのオヤイデPCOCCケーブル |
ついでに、これまで私がUM Pro30で黒い純正ケーブルの代わりに使っていたFiioの安いケーブルも試してみました。4000円くらいのRC-WT2というやつで、オヤイデ線材の安価なOEMらしいです。
このケーブルもALO Reference 8やCampfire Litzと比べると分が悪いです。Westone純正ケーブルと比べると中域の音色に魅力が増すのでアップグレード効果が感じられるのですが、Reference 8やLitzと比べると、音同士の繋がりが悪く、音楽全体の統一感が薄いです。なんだかデコボコしているような「まとまりの悪さ」が感じられます。
高いケーブルの方が良いとは一概に言えないとはいえ、今回ばかりはW80付属のReference 8ケーブルがさすがに凄いと思いました。ここからさらにアップグレードするとなると難しいと思うので、私だったらそのままReference 8をずっと使い続けると思います。
まとめ
Westone W80のサウンドは想像以上にユニークでした。聴き始めは独特な音色に納得できず耳を疑ってしまいましたが、時間をかけて様々なアルバムを聴いてみることで、徐々にその素晴らしさに共感できるようになりました。簡単に言うと、とてもまろやかにマッタリした優雅な音色で、一見モヤモヤしているのに、その中で艶やかさが十分に発揮できている、不思議な仕上がりです。そんな魅力がどんな曲を聴いても破綻しないことに、聴いている自分自身も頭で納得できなくて、魔法にかけられたような気分でした。
このW80特有のサウンドは、これまでのWestone上位モデルUM Pro 50・W50・W60などでもその片鱗が伺えたのですが、個人的な意見としては、それらはチューニングの塩梅がまだW80ほどの絶妙な域に達しておらず、クセが耳に残る、味付けの濃いサウンドのように思えてなりませんでした。
それらを試聴するたびに、「UM Pro 30とかは普通っぽくて良いのに、なんでWestoneは高価になるとこんなに変なチューニングにしてるんだ」と疑問に思っていました。それが、今回W80を聴くことによって、ようやくWestoneが目指している到達点が理解できたような気がします。
改めてW60などを聴きなおすと「なるほど、そういうことか」と理解できるのですが、やはりW80の完成度に到達する前の発展途上モデルのように思えてしまいます。
Westoneというと、Shureのライバルとして、価格やドライバ数のみで比較することが多いと思いますが、それぞれの最上位モデルを聴くことで、両社の最終的なビジョンが大きく離れていることが明白になりました。Shure KSE1500・SE846・SE535で教育された耳でW80を聴くと、「なんだこれは」と落胆するかもしれません。
UM Pro 30のような中級価格帯のBA型イヤホンの場合、ドライバの構成やコスト的な制限から、どのメーカーのモデルもそこそこ近い特性に落ち着いてしまうように思います。一方、ある程度高価なモデルになると、各メーカーごとの個性が目立ってきます。
これまでマルチBA型イヤホンの高級モデルというと、多くのメーカーが「ShureのSE846っぽいサウンド」に寄せていたように思えるのですが、Westone W80は、あえてそこに異議を唱えてきたような印象を受けました。
Westoneの開発者たちは、べつに洞窟に篭って孤立した状態にいるわけではなく、他社の様々なイヤホンを参考のため試聴する機会は多いと思うのですが、それでもあえて無難な平均点のようなチューニングを目指さず、これほど独自性を打ち出したサウンドを追求した手腕に感服しました。
W80は、シビアな刺々しさとは無縁の、優雅で美しい音色の響きに包み込まれて、「ずっと音楽を聴いていたい」と思わせてくれるイヤホンです。そう感じられるイヤホンというのは過去にあまり例を見ないので、20万円という価格も納得できてしまいます。
録音の良し悪しに関わらず、自分が普段聴き慣れたアルバムから新しい魅力を引き出せたり、大好きなアーティストのサウンドがより一層深く味わえるイヤホンなので、音楽を聴くことが好きであればあるほど、高く評価できるイヤホンだと思いました。