iFi Audio Pro iDSD |
micro iDSDのデスクトップ据え置き型という位置づけで、iFi Audioの技術を集結させた最上級モデルです。これを書いている時点で日本ではまだ発売していませんが、海外ではすでに流通しています。価格は40万円くらいだそうです。
多機能な装置ですが、今回は簡単な試聴のみだったので、シンプルにUSB入力からヘッドホン出力のみ使ってみました。
Pro iDSD
iFi Audioの据え置き型「Pro」シリーズは、すでに2017年にアナログヘッドホンアンプのみの「Pro iCAN」(約22万円)と静電型ヘッドホン用バイアス装置の「Pro iESL」(約20万円)が登場しています。Pro iCANは大型ヘッドホンでも軽々駆動できる高パワーと、真空管とトランジスターモードで音色の違いを楽しめる柔軟性で好評を得ており、現時点で最高クラスのヘッドホンアンプを探している人におすすめできるモデルだと思います。私も新作ヘッドホンの試聴デモなどで遭遇する機会が多いです。
真空管が見える天板窓があります |
そんなPro iCANと同じサイズのシャーシで、DAC+ヘッドホンアンプ一体型のPro iDSDが登場するという事は数年前から告知されており、オーディオショウなどでも試作機が何度か参考展示されましたが、待てども一向に発売する気配がなく、一体どうなったのかと心配していたところ、ようやく(海外では)発売されました。
後述しますが、実際に使ってみるとまだ動作の完成度が低いようだったので、そのへんも含めて日本での発売は延期になっているのだと思います。
Pro iCANと重ねてみました |
誤解されがちですが、Pro iDSDは必ずしもPro iCANとセットで使うためのDACというわけではありません。確かにそういう使い方もできますが、名前がiDACではなくiDSDという事からもわかるとおり、micro iDSDのように単体でヘッドホンアンプとしても使うことを想定しているオールインワン複合機です。
つまり前面のヘッドホン出力端子はオマケ程度のものではなく、iDSDの名前に恥じぬよう、しっかりと作られています。さらに、Pro iCANで好評だったトランジスター・真空管モード切り替えはPro iDSDにも搭載されていますが、アナログクロスフィード効果「3D Holographic」と、低音補正の「XBass」はありませんので、そういった音作りの柔軟性を求める人のためにPro iCANがあるのでしょう。
Pro iCANでシステムを組むためにUSB DACやケーブル類などを色々と買い集める事を考えると、Pro iDSDのオールインワンで40万円という価格も高くないのかもしれません。さらに無線・有線ネットワークでストリーミング対応や、同期クロック入出力など、マニアックなユーザーに向けた新機能も豊富な一台です。
ディスプレイが綺麗です |
フロントパネルに大きな液晶画面があります。写真ではわかりにくいですが、有機ELだそうで、白の発色がクッキリとして綺麗です。
この画面には再生中のソース、入力レート、デジタルフィルター、出力レートなどが一括して表示されます。例えば上の写真だと、USB接続でDSD 5.6MHz音源を再生中で、ビットパーフェクト(BP)モードなので、出力も5.6MHzです。
フィルター切り替えノブ |
左側にはInput切替とFilterノブがあり、その下にトランジスター・真空管アンプモード切り替えスイッチがあります。
トランジスターから真空管への切り替えは、何らかのタイマー動作があるようで、電源投入後や、長らくトランジスターモードを使っていてから真空管モードに切り替える時に、一分くらいの遅延があります。それ以降は交互に切り替えても即座に変わります。
Filterノブは、回転することでオーバーサンプルフィルター切り替え、押し込むことで「DSD Remaster」というアップスケーリング機能を選ぶ事ができます。
ソースがPCM入力の場合、フィルターは「Bit Perfect → Bit Perfect+ → Gibbs Transient Optimised (32 taps) → Apodising (128 taps) → Transient Aligned (16,384 taps)」といった順番で切り替えることができます。ソースがDSDの場合はダイレクト変換されます。
192kHzソースでBP(ビットパーフェクトモード) |
Filterノブを回すとフィルターが選べます |
TA(Transient Aligned)で192kHzが768kHzに |
micro iDSDでは、D/Aチップ内蔵のフィルターモードを選ぶのみだったのですが、今回はD/Aチップの前にFPGAを搭載しており、iFi Audio独自のDSP演算で前処理を行う仕組みになっています。Bit Perfectを基準点として、そこから音色の好みに応じて切り替えます。
D/Aチップはバーブラウンとのみ書いてありますが、これまで通りならDSD1793でしょうか。チップを4基搭載しているということなので、データをチップ振り分けのためにDSPで前処理するのだから、色々なフィルターモードを盛り込もうというアイデアかもしれません。
細かい処理については不明ですが、Bit Perfect+はBit Perfect同様オーバサンプリングは行わず、ナイキスト周波数付近のロールオフ補正のみ行うということです。つまり、通常44.1kHzのBit Perfectでは20kHzにて-3dBくらいのロールオフが発生するのですが(そのため、ノンオーバーサンプルは音色が温かいなんて言われがちですが)、Bit Perfect+ではそれをできるだけフラットに近づけます。どちらが正しいかというよりも、大昔の(80年代ノンオーバーサンプルが主流な時代の)CD音源はこの-3dBロールオフを考慮してあえて高域を持ち上げるようなマスタリングが多かったのですが、以降オーバーサンプルDACが一般的になってからは音源そのものがフラットに近づいているので、BitPerfect+を選んだ方が良いのかもしれません。それ以外のモードはデジタルフィルターでそれぞれプリ・ポストリンギングの配分が異なるので、よくESSや旭化成D/Aチップにあるフィルターモードのようなものを、より高性能なFPGA演算で行っているということでしょう。なんとなくChordを意識したネーミングですが、オーバーサンプルの話であって、その先のD/A変換は大きく異なります。
フィルターノブを押すとDSD Remasterモードに |
192kHzソースがDSD1024モードで49MHzに |
Filterノブを押すとDSD Remasterモードが「OFF → DSD512 → DSD1024」の順に切り替わります。これは入力ソースがPCM・DSDともに影響を受けます。どちらもFPGAのDSP演算でオリジナルデータを高レートDSDに変換したたものがD/Aチップに送られるという仕組みです。
そもそも以前からiFi Audioがあえてバーブラウンの古いD/Aチップを使いつづけるのは、他の最新チップと比べてD/A変換回路が簡潔だからという理由でした。バーブラウンのカレントセグメント方式は、単純にDSDデータの列によって開閉するスイッチ(アナログFIRフィルター)として振る舞うので、原理的にネイティブ変換に近い(つまりDSD A/D変換の真逆に近い)動作です。
チップ単価も消費電力も高く、クロックや電源など周辺回路品質の影響を受けやすいため敬遠されるようになりましたが、逆に言えば、シンプルだからこそD/Aチップの性能がボトルネックにならず、周辺回路を高品位化することで音質向上が見込めるということです。一方、他社の最新D/Aチップは、音質が良くなったというよりは、外部の影響を受けにくく、そこそこの音質を手軽に実現しやすくなったというメリットの方が大きいです。
3.5mm・6.35mm・2.5mmバランス |
右側のボリュームノブはアナログボリュームポットで、モーター内蔵でリモコン操作ができます。
ヘッドホン出力は6.35mmと3.5mmアンバランス、そしてAKタイプの2.5mmバランス端子があります。
Pro iCANではバランスが3.5mm・4極だったので、意外な変更です。実際2.5mmの方が普及していますし、Pro iCANでは間違えてアンバランスの3.5mmヘッドホンをバランス側に接続してしまうミスが怖いので、良い判断だと思います。
最大電圧 |
Pro iDSDのヘッドホン出力を測ってみました。USB入力で、いつもどおり0dBFSの1kHzサイン波信号を再生して、負荷を与えた状態での最大出力電圧(Vpp)です。トランジスターモードで、ヘッドホン出力ゲインスイッチを+18dBに設定しました。
Pro iCANはアナログヘッドホンアンプなので、ライン入力のソース電圧に比例してしまうのですが、Pro iDSDはデジタル入力なので、フルスケールが明確です。
ちなみに、Pro iCANでは6.35mmがフルパワーで、3.5mmは意図的にゲインを低く(つまりiEMatch内蔵に)してあったのですが、Pro iDSDでは6.35mmと3.5mmで同じ出力が得られます。
このテスト中、Pro iDSDのボリュームを上げていって電流限界に陥ると(つまりグラフ上の負荷が20Ω以下くらいから)、音楽信号が歪み始める直前にシステムの安全装置が働き、電源が強制シャットダウンしました。万が一ヘッドホンの不良でショートしてしまった場合なども、こういった保護回路があるのは嬉しいです。他の多くのアンプでは、高負荷になると盛大に歪みますし、とくにガレージメーカー品などは、保護回路が全く無くアンプが焦げるモデルも多いです。
グラフを見るとわかるように、Pro iDSDのヘッドホン出力は据え置き型ヘッドホンアンプとして十分強力な部類です。公式スペックでアンバランス・バランスがそれぞれ5Vrms・10Vrms(つまり14Vpp・28Vpp)と書いてありますが、測定上は若干低いようですが大体そんな感じです。
バランス出力は2.5mmだからと侮っていましたが、ちゃんとアンバランスの二倍の振幅を得ており、パワーも申し分ないです。ここまでパワフルなら平面駆動の大型ヘッドホンとかも楽々駆動できるので、4ピンXLRでないことが残念です。
比較のために、以前測ったPro iCANのグラフを重ねましたが、こちらはライン入力を2Vrms、ゲインスイッチは+18dBで、6.35mmアンバランスでの数字です。XLRバランスも測ってみたかったのですが、公式スペックで23Vrms、つまり65Vppになってしまい、高負荷すぎて私のポータブル測定器の限界を超えてしまうので諦めました。
さらにmicro iDSDのグラフも重ねてみましたが、ポータブル機でありながらPro iCANと遜色ない高出力に改めて凄さを実感できます。
このグラフだけ見ると、確かにPro iDSDのヘッドホン出力は低めですが、他のiFiアンプが異常なだけで、Pro iDSDでも大概のヘッドホンは駆動できます。
トランジスター・6.35mm |
トランジスターモードのアンバランス出力で、ゲインスイッチを切り替えると、こんな感じになります。0dBだと最大1.6Vppなので、スマホとか、多くのDAPのローゲインモードとかと同じくらいの小音量になります。
結局のところ、micro iDSDのTurboモードや、Pro iCANの+18dBモードのような大電圧は私自身ほとんど使ったことがありません。むしろ0dBモードですらゲインが高すぎるため、どちらもiEMatchアッテネーターを内蔵することで常識的な音量に落としていましたが、そういうのを通すと音が変わってしまいます。
Pro iDSDでは、あえて一握りのマニアを喜ばせるような非常識なハイパワーは主張せず、アッテネーターを使用せずとも、ゲインスイッチを0dBにすればIEMでも問題なく使えるよう、ユーザー目線でちょうどよいゲイン調整範囲を目指したようです。なんだかiFi Audioも大人になったなと思えてきます。
トランジスター(Solid State)と真空管(Tube)でほぼ出力特性は変わりませんが、Tube+モードのみ若干出力が落ちるようです。通常のTubeモードと比べて負帰還を控えめにすることで、より古典的な真空管らしいサウンドを目指したモードということです。
各モードにて、無負荷時にボリュームノブを1Vppに合わせて、負荷に対する電圧の落ち込みを測ってみました。どのモードでも全く同じ結果になったので、ヘッドホンアンプの出力バッファーはモードに依存しないということでしょう。ちなみにグラフ上にはありませんが、Pro iCANやmicro iDSDもほぼ同じ結果です。
iPurifierも使えます |
今回の試聴では、せっかくなのでPro iDSDとPro iCANを連携し、さらにアクセサリーのiPurifier DC2とiPurifer 3も接続してみました。
本来Pro iDSDにはこれらiPurifierと同等の機能が内蔵されているはずですが、ネタ的に面白そうだったので使ってみただけです。音質変化とかはあまりよくわかりませんが、とりあえず問題なく動きました。
ちなみにPro iDSDとPro iCANは、私がやっているように上下に重ねてしまうと排熱が悪くなるので、もっと隙間をあたえるべきなのですが、別売の専用ラック「Pro iRACK」が無駄に凝ってて高価すぎて、今回は用意できませんでした。触って心配になるほど熱くはなりませんでしたが、できればなにかスペーサーを入れておけばよかったと思います。
ケーブル類も、iFi Audio Geminiケーブルを使いたかったですが、今回は身近にあったAudioquestのやつを使いました。
豊富な入出力 |
いろいろ接続できます |
ライン出力はXLRとRCAが用意されており、ダイヤルスイッチでレベル固定かボリュームノブ連動、さらにそれぞれでHiFiかPROゲインが選べます。例えばXLR出力の場合、固定出力のフルスケール信号で、HiFi = 4.6Vrms PRO = 11.2Vrmsだそうです。
11.2Vrmsは32Vppなので、業務用スタジオコンソールやアクティブモニタースピーカーとかでギリギリ耐えられるくらいの高電圧ですから、通常はHiFiモードを選ぶべきです。PROの方が名前がカッコいいからと安易に選択してしまうと、大抵のオーディオアンプだと歪んでしまい、最悪、過電圧で送り先のアンプの入力回路を壊してしまいます。
RCA同軸S/PDIFは3.5mm光入力にも使えます |
デジタルオーディオ入力は、ほとんどの人がUSBケーブルを使うと思いますが、RCA S/PDIFとXLR AES/EBUもあります。
さらにmicro iDSDと同じように、RCA端子が3.5mm 光デジタル入力にも対応しているのは嬉しいです。ちなみに光デジタル入力で192kHz・24bitもちゃんと音が出ましたが、光は一応96kHzが規格上限なので、192kHzだとケーブル次第でパチパチとノイズが出るものもありました。
BNC同軸が2つあります |
BNC同軸入力は、スイッチで「ATOMIC・DARS・10MHz・STANDALONE」が切り替えられます。STANDALONEを選んでおけばS/PDIF入力として使えると書いてあります。
それ以外だとクロック同期入力用になり、ATOMICはPERF10を使えと書いてあるので、よくエソテリックとかが使う10MHzルビジウムマスタークロックを接続できそうです。DARSというのはAES-11規格上でいういわゆるワードクロックシンクです。10MHzモードはPERF10とどう違うのかよくわかりませんが、下流への受け渡し用にはこっちを使えと書いてありますから、ターミネーションの違いでしょうか、それとも内部的に扱いが異なるのかもしれません。どれもマニュアルを読んだのみで、実際に試していません。
BNC同軸出力は、先程のスイッチでDARSか10MHzを選べば入力からパススルーします。外部クロック入力を使わない場合は内蔵で10MHzを生成出力するので、CDトランスポートとかと同期させるには便利です。
実際のところ、一昔前の業務用A/D・D/A コンバーターとかならまだしも、Pro iDSDの内蔵クロックは相当高精度らしいですから、わざわざ外部クロックを用意しても、ケーブルやコネクターを経てジッターが悪化するデメリットの方が大きいと思います。マスタリングスタジオ機材を連動するとかなら別ですが、単純にCDトランスポートとかと同期するくらいの用途であれば、Pro iDSD内蔵クロックにトランスポートを同期させたほうが、マスタークロックが肝心のD/Aチップまで最短距離になるので最善だと思います。
マイクロSDやイーサネット、無線アンテナもあります |
有線と無線LANは、既存のネットワーク環境につなげることで、最近流行りのネットワークストリーマーDAC的にも使えるようです。今回は試すことができなかったのですが、説明書によると、MUSOというスマホアプリとペアリングすることで、Tidalなど一部のインターネットストリーミングサービスや、NAS上の音楽ファイル、もしくは本体のマイクロSDカード上の音楽を再生できるようになるそうです。
MUSOアプリは使ったことがないので調べてみたところ、中国上海のLinkPlayという会社が開発しているようで、同社が販売しているCobblestoneというストリーマー用の制御アプリとして紹介されています。何らかの縁で、この技術をOEMで導入したのでしょう。ROONっぽい物を目指しているようですが、現時点ではまだDSFファイルに対応していないなど、カジュアルストリーミング用の域を抜けていないようなので、オーディオマニア的には今後の成長に期待します。
Pro iDSDの電源入力はACアダプターで、付属品は15Vですが、9~18Vまで対応していると書いてあります。社外品のアップグレード電源とかを使いたがる人もいますが、消費電力が60W以上ということなので、相当な電源が必要です。付属品はスイッチング電源ですが、トランス電源を使うとして60Wだと電磁ノイズが心配なので、どっちもどっちですね。
ちなみに一つの電源でPro iCANも給電できるようDC出力端子もあるのですが、今回はそれぞれ別のACアダプターで駆動しました。アースループなどを考えると、単独か個別のどっちが良いのか気になります。
今回Pro iDSDを色々と使ってみて、いくつか不可解な不具合にも遭遇しました。
まず、ケーブル類やACアダプターの抜き差しで、結構な静電気が発生することがあったので、配線をいじる際には必ずヘッドホンを抜いて、電源を落としておくべきだと思います。特にPro iCANとつなげる時など、両方ともグラウンドから浮かせたスイッチング電源だからかと思いますが、イヤホンのグラウンド線から金属ハウジングまでビリビリ静電気が来ました。以前Pro iCANとDAPをバランスケーブルで繋げた時も、グラウンドが不安定でアンテナのようにノイズを拾う問題があったので、家庭の配線環境にもよりますが、アースループと基準電位の両方に注意して、どうにか安定したアースを落とす事が重要だと思います。
二つ目の不具合は、DSD RemasterモードをONにして、感度の高いイヤホンで耳を澄ますと、稀に無音時にDSD512モードでは「プー」DSD1024モードでは「ピー」と僅かな高周波ノイズが聴こえました。微小音なので再生中も常に鳴っているのか不明です。全く聴こえない時もあります。内部的な問題か、可聴帯域外の超高周波ノイズがイヤホンと共振しているからか、原因は不明ですが、不思議な現象でした。
もう一つ困ったのは、AK DAP(SE100)からUSB OTG接続を試みたら、なぜか上手く行かず、毎回USBデバイス検索中にDAPが強制リブートしてしまいました。SE100のファームウェアは7月の時点で最新のものです。AndroidスマホからのOTGは問題なく接続できたので、原因は不明です。
どれも実用上とりわけ困ったというほどではないですが、対策や対処法があれば知りたいです。
音質とか
肝心の音質についてですが、これはどう書くべきか悩ましいです。というのも、あまりにもモードや機能が多すぎて、一体どこから手を付ければよいのかわかりません。
それだけ柔軟に自分の好みに合ったサウンドを見つけやすいというメリットはありますが、「これがPro iDSDの音だ」という決定的な印象も見つけにくいです。
特に、Pro iCANと同様に、トランジスターと真空管モードが選べるというのはユニークで魅力的です。友人でPro iCANを買った人がいますが、ヘッドホンをたくさん持っていると、それぞれ相性があったりしてアンプも複数所有してしまうので、それらを一掃して一つのアンプに絞るためにPro iCANを買ったという理由が大きかったようです。
その上、さらにPro iDSDになるとDSPによるデジタル処理も選べますし、バランス、アンバランスと、何十通りの組み合わせが考えられます。
ひとまずアンバランス、トランジスターモード、Bit Perfect+、DSD Remaster OFF、0dBゲインで、USBソースから試聴してみました。
イヤホンは普段から愛用しているUM Mavis II、Dita Dream、ヘッドホンはHifiman HE-560、フォステクスTH610、そして最近買って気に入っているフォステクスT60RPとFinal E5000など、聴き慣れているモデルを総動員しました。
Pro iDSDの第一印象は、Pro iCANよりもmicro iDSD直系の進化形サウンドだと思いました。個人的にmicro iDSD BLを所有していて日々使っているので、なんとなく親近感がわくサウンドです。パワフルでダイナミック、強弱の使い分けが上手で、勢いがあり、それでも暴れずに安定しています。
micro iDSDは、鳴らしにくいヘッドホンでもしっかりと「鳴らし切る」ポテンシャルを高く評価しているのですが、Pro iDSDはそれの延長線にあります。
鳴らし切るというのは、アンプ依存の限界を感じさせず、ヘッドホンの音響を少音量から大音量までしっかりとコントロールできているという意味です。どのイヤホン・ヘッドホンでも最大限の性能を引き出せる安心感があり、つまり組み合わせの相性に悩まされず、レファレンス的に使える装置だと思います。
あくまでヘッドホンを駆動するだけの「無個性なサウンド」とも言えますが、決して退屈というわけではなく、よく理想的なアンプの事を「ゲインを持ったケーブル」なんて表現を使いますが、Pro iDSDはそれに近いです。
micro iDSDと比べると、まず高能率イヤホン・ヘッドホンでの使い勝手と音質の両方が良くなっていると思います。micro iDSDではEcoモードとiEMatchスイッチを使うことになり、どれも音のエネルギーが損なわれるような感じがするのですが、Pro iDSDでは0dBモードでそのまま使えて、音痩せするような違和感がありません。さらにmicro iDSDは低音量でボリュームノブの左右ギャングエラーが避けられませんが、Pro iDSDはその問題がありません。
さらに、TH610やHE560など低能率なモニターヘッドホンでは、micro iDSDは音量を上げていくと音色が硬くドライになりがちだという指摘も多いようですが、Pro iDSDはその辺のコントロールが優れていて、ボリュームノブやゲインスイッチに関わらず、大音量でも高域と低域の両方がリニアに追従しています。
決してマイルドなリラックス系ではありませんが、micro iDSDでネガティブに思われていた要素だけを絶妙に取り払ったような感じです。このあたりは、D/A変換回路の進化もありますが、据え置き型になることで、クロックや電源などがアップグレードされたことによる影響も大きいのでしょう。どちらにせよ、micro iDSDのサウンドの良い部分だけを継承して、より幅広いジャンルのイヤホン・ヘッドホンで引き出せるようになったのが嬉しいです。
Pro iDSDのライン出力から、Pro iCANを通して聴くと、意外とサウンドの印象が変わることに驚かされます。同じヘッドホンでもPro iCANで聴いたほうが空間展開が広がり、前方の奥行きや余裕を持ったスケールの大きな(ちょっと緩い)鳴り方になります。音楽の分析力はPro iDSDの方が優れていると思えるのですが、同じ楽曲を交互に聴き比べてみると、Pro iCANを通したほうが立体的で自然な深みが魅力的に感じてしまいます。とくに両者をXLRケーブルで接続するとその効果が強く、RCAだとちょっと控えめに感じましたが、どのメーカーのケーブルを使うかなど話がややこしくなります。
ようするに、Pro iDSDの上にPro iCANを追加するメリットはあるのかと考えると、確かにあると思いました。Pro iCANの方が高音質だというよりは、Pro iDSDだけでは得られない別のサウンドを提供してくれるという印象です。それぞれ設定次第で多彩な音色や表現の幅があるので、どんな楽曲とヘッドホンの組み合わせでも必ずベストな回答がある、死角が無い組み合わせです。
さすがに両方合わせて60万円(+ケーブル類)を買える人となるとなかなか限られてくると思いますが、変に個性的なガレージメーカー製アンプをあれこれ買い換えるのに飽きてきたマニアが最終的に落ち着くには、これくらい柔軟性を持ったシステムが一番かもしれません。しかも個々のサウンド水準はとても高いです。
Pro iDSD単体のサウンドについて話を戻すと、まずトランジスターと真空管モードについては、Pro iCANでの同機能の印象とほぼ同じでした。とくに「Tube」モードはトランジスターモードから劇的に音が変わるほどではないものの、楽器音の輪郭にちょっとした丸みや柔らかさが生まれるようで、とても気に入りました。デメリットが少なく、普段のリスニングは常時これでも良いと思います。一方Tube+はそこからさらに「聴きやすく」スムーズになる一方で、音数や質感の情報量が減るような印象を受けたので、個人的にあまり好きではありませんでした。とくに普段から聴き慣れた楽曲だと、なんとなく物足りなく感じます。
オーバーサンプルフィルターモードについては、そこまで大きな優劣は感じられず、なんとなく雰囲気で選ぶような感じでした。一番処理が重いTransient Aligned(TA)モードは、Bit Perfectと比べると一見ハイレゾっぽくなるのですが、楽器の線が細くてヒョロっとした印象です。Bit Perfectはアタックが刺激的でザクッとした覇気があるので、これまでのiFi Audioらしいサウンドに一番近いと思います。どちらにせよ、6種類のフィルターモードから選べるので、私の場合は楽曲にあわせて、おもにアタックの刺激を調整するために使いました。過度なオーバーサンプルフィルターの善悪というのはオーディオDACにおける長年の論点ですが、どちらかの陣営の信者になるよりも、雰囲気次第で色々選べるのが一番良いです。
DSD Remasterモードはもうちょっと面白く、明確な変化が感じられました。DSD512・DSD1024モードで段階的に、歌手や楽器の音像がほんのちょっとだけ前方奥に移動するような印象です。奥行きが増すというよりは、音像そのものが一歩遠ざかる、なんとなくクロスフィードにも似ている感じです。この一歩下がる感触のおかげで、音楽全体に余裕が生まれ、とくに、立体感に乏しかったり、平均音圧が高くやかましい音楽には有効です。
個人的な感想ですが、これまでiFi AudioのDAC(micro iDAC2やmicro iDSDなど)は、ハイレゾPCMやDSDでの凄さと比べて、44.1kHz・16bit CD音源の再生が実直すぎて、地味で華が無いという印象を持っていました。Pro iDSDもその傾向はあるのですが、そこでDSD Remasterモードが役に立ってくれます。
一方、他社のDACだと、多くの場合、複雑なアナログアンプ回路などのせいで音色の味付けが濃いので、たとえCD音源でも豊かに映えるのですが、ハイレゾPCMやDSDも同じく濃い味付けで、違いがわからないくらい厚化粧に埋もれてしまう製品が多いです。つまりD/A変換がどれだけ高性能になっても、後続するアナログ回路がボトルネックになっているのでしょう。その点Pro iDSDは、あいかわらずハイレゾPCMやDSDのポテンシャルを引き出すことが上手なのがiFi Audioらしいです。
44.1kHz・16bitというフォーマット自体が音が悪いという意味ではなく、多くの場合、特に80・90年代のCDアルバムとかは、デジタルマスターの音作りが陳腐で、いわゆる「デジタル臭い」と言われるような作品が非常に多いです。クラシックやジャズのファンでも、この時代のアルバムをほとんど聴かないという人も多いのではないでしょうか。そんなときにDSD Remasterモードでちょっとした補正を行ってくれることで、雰囲気がずいぶん変わります。逆に、元から音響の完成度の高いアルバムだと、DSD Remasterモードの必要性をあまり感じませんでした。
おわりに
今回Pro iDSDを数回にかけて試聴してみたのですが、とにかく多機能すぎて話題が尽きないというか、軽々しく全貌が語りきれない装置です。iFi Audioの出世作であるmicro iDSDの発売からすでに4年が経過して、その間に培ってきたユーザーフィードバックや技術進歩を、予算やポータブルの制限に囚われず、全てつぎ込んで生まれたのがPro iDSDだということが明らかに伝わりました。全く新しいサウンドデザインではなく、micro iDSDの短所を潰して、良さをしっかり伸ばす方向で作られたと思えます。(私が勝手にそう感じただけですが)。
このような「DAC+ヘッドホンアンプ」の複合機で、約40万円というのは非常に高価で珍しいです。スピーカーオーディオと同様に、最上級のハイエンド機器を買える余裕がある人なら、自分の好みに合わせてセパレートタイプのDACやアンプ、ケーブルなどあれこれ組み合わせるのが趣味として面白いことは確かですし、メーカー側としても、その方がリスクを分散できます。
一つの開発チームで、デジタル・アナログの総合的なノウハウや「音作りができる」人材が揃っているオーディオメーカーは意外と数少ないので、一点集中のセパレートと比べて、DACアンプ複合機になると、たとえば10万円でトータルスペックをそこそこ満たすような商品は作れたとしても、そこからさらに作り込んで、ボトルネックを潰していき、メーカー独自の高音質を追求していく事が難しいです。
高価なDACアンプ複合機でも、中身を開けて覗いてみると、豪華なアナログアンプに簡素な(外注品の)USB DACモジュール基板をポン付けしただけとか、もしくは高性能USB DACに、出来合いのヘッドホンアンプICチップを追加しただけといった中途半端な商品が多いです。そんな中で、Pro iDSDのように総合的な作り込みが優れている製品というのは意外と少ないです。
これら数十万円クラスのヘッドホンアンプというのは、万人に薦められるものでもなく、それぞれのメーカーが目指した音作りに価値を見出して払う金額なので、愛用ヘッドホンと愛聴盤にて、自分の求めている音作りが明確にわかっている人が手を出すものだと思います。
そんな中で、Pro iDSDは異色の存在です。基本となるサウンドがとてもシンプルで(つまり、あまり奇をてらうような独自色を出さず)、その上でフィルターや真空管など多彩な組み合わせを上乗せできるというのは大きなメリットだと思います。
さらに、今回ライン出力からPro iCANに接続して、全く別のサウンドが味わえたように、素の特性が優れているので、せっかくネットワークやリモコンボリュームにも対応していいることですし、「DACラインプリ」としてスピーカー用パワーアンプを駆動するという構成も面白いかもしれません。デジタルソースのみでアナログ入力が無いのが残念ですが、レコードプレーヤーでも持っているなら別ですが、この機会にアナログラインソースを一旦傍らに置いて、Pro iDSDとパワーアンプのみのシンプルなスピーカー&ヘッドホンオーディオシステムにリセットしてみるというのも有意義な試みだと思います。